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☆「新旧バットマン比較」にみる 「悪人キャラへの構え」変化の子どもへの影響

2019年11月8日 諷虹・虚空のやりとり記録です。


新旧のバットマンを時代背景と共に比べているのですが、その中で「バイキンマン」や「ヤッターマン」の話が飛び出します。


バイキンマンに原作者が込めた想いと、バットマンのテレビシリーズの頃の悪人キャラの描き方等々には、もしかしたら通じている部分もあったのかも????


そしてそれは、子ども達にとってある種の救いになっていた????

(今期アニメ等々の話題)
諷虹 最近思うのは・・・何も考えないで気楽にアニメを観れるようになりたいかな・・・。日常系は肩の力を抜いて見れるところはありますが。


虚空 そりゃ10代とかの見方とは違ってくるだろうね


諷虹 新たな設定とか覚えるのがね・・・。だから異世界ものとか、長いタイトルのとかはダメ。
しっかりと観たアニメが見ている本数ほどではない・・・片手でたりるくらい


虚空 現実とのかねあいからすれば、諷虹君はちょうど人生のサイクルの中では最もそうなる時期に差し掛かっているともいえるからね。

熊野の六道図からしてもね・・・一番あちらの世界から離れている期間に入ってきてる。
自分だってその頃は一番アニメや特撮とかから離れていたからね。懐かしのは時々みていたけど。
https://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/digital-exhibitions/maya/ex0001.html


諷虹 どうせ作り物と割り切っていても、だからといってバッドエンドを見たいわけじゃないですけど。
映画とかの文化ができていいとこ150年くらいじゃないですか。その中で話題作や名作だけだとしても全てを追うことだってできないし。
アニメや小説でもそうだし。自分がみているところしかみない。


虚空 それこそ流行歌もテレビもね、世間で話題になったものは、結構みんなも知っていた時代。それが今は特化している


諷虹 暇という感覚がなくなる時代が来る・・・今だってアニメやゲームだけでもアップアップしている・・・多趣味な人とかどんなバランスで時間を使っているのかって
それは熱中する気力がない状態なんですよね。漫画もあるし映画も見にいけるんだけど・・・。「暇って何か」ってことになってくる
ネット検索「暇」
暇(ひま、いとま)は、余った時間。することがない状態。
自由に使える時間としての「暇」は、余暇を参照。
休暇としての「暇」は、休日を参照。
官職や奉公をやめて、ひまな身分になること。
職業を離れること。退職、解雇を参照。
離縁すること。夫婦については離婚を参照。


虚空 なんか一気に現実シビアになるね。「ヒマを出される」「おヒマを頂きます」ってなるとね・・・・。

あとはさ、世の中のゆとりというか許容範囲というか・・・ハンドルとかでいう「遊び」の部分の欠如。ぎすぎすしているし、互いに言葉尻とか行動を監視して、非難の応酬。そんなにみんな偉いのかって思うくらい、自分のことは棚にあげて他人のあら探しと総攻撃。
とんでもない時代だよ。

アメリカなんかは日本に先だって社会の風潮というか歪みが起きているのかもしれない。それが先週も話したテレビシリーズのバットマンと、近年作られて劇場版のバットマンの違い



諷虹 友達から誘われるときの決まり文句が「今日、ヒマ?」なんですけど、それに返す言葉が「ヒマっていえばヒマ」・・・飯に行くとかも可能ではあるけども、溜まったアニメの消費とかやることはあるよって状態・・・暇の代替行為というか等価変換というか
ヒマなときにすることだから何も今やらなくてもいいんだけど・・・そのタイミングしかないならそっちが優先なんですけど。だから東京から友達が帰ってきて誘われたら優先しますけど。
優先順位がわけわかんなくなっているから漫画がたまる。新刊がでた時とか買ったタイミングがいいトリガーなんですが、それが過ぎると・・・。「旬」の感覚・・・時が来たというような。
(旧作のバットマン・・・テレビシリーズの劇場版 を一部視聴)
こちらはテレビシリーズのDVD宣伝動画
https://www.youtube.com/watch?v=Bar6vi90heE

コミック・テレビシリーズ ・劇場版 ・アニメ等々をさっと網羅した動画
https://www.youtube.com/watch?v=DBwOIxg34iY

諷虹 ヤッターマンの感じですかね。悪人の方も。

虚空 これが近年の映画シリーズだと街も悪党もみんな病んでいる感じだよね。

*新たな劇場版のダイジェスト
https://www.nicovideo.jp/watch/sm21709373

(バットマンの衣裳のリアル感がアップしています。 あと・・・ジョーカーなどの悪党が非常に不気味) 


虚空 ヤッターマンもそうだけど、テレビシリーズだと何回も同じ悪党が出てくるっていうところは、バイキンマンのような感覚
でも新たな劇場版では悪人たちはみんな悲惨な最後をとげる。


諷虹 オブラートの包み方という感じですね。万人受けに包むとアラジンになるけど、リアル思考になるとフェイトシリーズになるのかなって。(注 願いをかなえる 魔法のランプか聖杯戦争か)

後発の映画の方は映画の方は犯人のキャラをたたせるための残虐性。キャラをリアルに追求するとああいう風になるのかな、って。
それを如何に華麗にみせるかになるとルパン3世のようになるのかな・・・怪盗系。

過去を料理すると残虐性とか・・・よくも悪くも同人作品なのかな、って。
東方の二次創作なんかも「本当は怖い幻想郷」なんて言って、キャラの大半が妖怪だから追求するほど人間を襲っていたり、残虐性がでてくる。
その感覚に似ているのかな、って。
東方だと原作はあいまいにしているからどっちにも作れる。


虚空 そこに時代性もあるんだろうね。ギリギリのラインも日常の感覚も、基準が違う。
昔のバットマンは仮にキャラを深めたとしても、犯罪の動機そのものに遊び心というか、バットマンや社会をおちょくってやろう、っていうのがあるよ。


諷虹 鬼太郎もシリーズによって随分毛色が違う。


虚空 魔法少女モノがそうじゃない。かつての魔法使いサリーとか・・・夢いっぱい路線とは違う


諷虹 リアルへの寄せ方が違ってきていますよね。
願いをかなえる代償とか・・・希望の分だけ絶望・・・光があるから闇
そうすると非常に病んだ敵キャラが出てくる。
言峰綺礼のセリフにもありましたね。(Fate/stay night)
『明確な悪がいなければ君の望みは叶わない。たとえそれが君にとって容認しえぬモノであろうと、正義の味方には倒すべき悪が必用だ。・・・最も崇高な望みと、最も醜悪な望みは同意である・・・そう、何かを守ろうという願いは、同時に何かを侵そうとするモノを望むことに他ならない』


虚空 だからバイキンマンとかのノリでの悪党というのも減っているんだろうね。今の世の中は白黒はっきりさせなければならないから、やっぱり悪は滅びるっていう方向になる。


諷虹 滅び方ですよね。悪いことをしてきたんだから幸せには死ねないけど、見せ場ですよね・・・歌舞伎じゃないですけど、いかに散らせていくか。
笑いながら死んでいく悪党っていますよね・・・


虚空 バットマンの新映画シリーズの1作目、ジョーカーは笑いながら死んでいったよ。


諷虹 どうせならそういう悪党であってほしい。創作の中での悪党は悪い事だと分かってやっているから、散り際は覚悟している。
自分から選んでいる。死ぬ時の美学。


虚空 ジョーカーの最後は不気味だったけどね・・・まあそれが狙いだったんだろうけど。でもペンギンにしてもグロテスクな死にざま。そして周囲の雰囲気も病んだ都会・・・・

(片付けながら)

虚空 諷虹君が50とか60になった時に、その時の社会状況と今を照らし合わせて語る時がくるんだろうね。どんな風に語る世の中になっているか分からないけど・・・その時には自分は草葉の陰からっていうことに間違いなくなっているだろうし。

このバットマンよりは後だけど、東京12チャンネルでアメリカ製の子ども向きアニメをいろいろやっていたんだよね。

チキチキマシン猛レースだとかさ。あれもね、悪者が愛嬌があった。ブラック魔王とかは性懲りもなくやっつけられても毎週でてくる。その雰囲気がバットマンのテレビシリーズにもあったし、日本でいえばバイキンマンなんだろうね。


諷虹 ドロンジョ一味も最後にお仕置きをされて終わりですもんね。


虚空 あれも毎回あんなお仕置きを受けてよく生きてられると感心していたけど・・・。ヤッターマンもそのあと実写で作られたけど、だいぶ雰囲気は変えられてた。


諷虹 ポケモンもそうですね。ゲーム版だと結構あくどいこともしているんですよ。人に危害を加えたり。でもアニメでは非常にコミカルなキャラクターで毎回毎回主人公たちにやられて「やなかんじー」って飛んで行って星になっておわるというのがお約束。で、飛んで行っても次の週にはまた・・・


虚空 もしかするとさ、子どもが安心するのかもね。子どもだって悪気がなくても怒られるようなことをしちゃったりするけど、でもそれが復活する。
生きている限り、どうしたって「悪い心」を抱いてしまうことはあるよ。

でもね今のような成果主義だと一度でも失敗したり悪いことをしちゃったりすると許されないとか捨てられちゃうとか復活のチャンスをもらえないというような感じじゃない。

だから生真面目な子ほど、ちょっとでもそういう大人からみてマイナスの気持ちが芽生えた自分に対してものすごい罪悪感を持ってしまう。

でさ、それを親や教師に絶対悟られないように必死に隠すんだよね。そんな自分だって知られたら、ダメな子と同じ扱いを受けてしまうから。

それで深い部分でどんどん心が病んでいってしまう。子どもとして普通の段階から進行してしまって、はじけた時には取り返しのつかないような反社会的な行動を一気に起こしてしまう。
悪い事をしたら許されないんだ、滅びるしかないんだ、っていうイメージ。もちろん悪い事を毎回復活して繰り返す、っていう受け止め方では困るけど・・・でもある意味で雑草のようなたくましさ。



諷虹 さっきのバットマンも人殺しに近いことはしていますけど、でも粉にするって、ギリギリ人殺しはしてない。だから最後もそこまで非道な最後を迎えるということはない。


虚空 たしかにおちょくったラストだしね。


諷虹 新作映画の方は非常に・・・人も殺すし・・・超えちゃいけないラインを超えている。ここまでやっちゃったらそれはもう相応の報いを受けても仕方ないと。やっぱりどこまで描写するかどうかと思うんですよね


虚空 やっぱりさ、古い映画の方だとあの悪党どもは捕まってもまた性懲りもなく脱獄して悪さをするだろうけど、そこが新映画シリーズだと因果応報というか・・・ひどいことをやったんだからそれなりの破滅。
それで新しい劇場版のペンギンなんかの場合は、分かってくるのはペンギンたちだけっていうようなね。哀れさというかね。だいたい奇形児だからということで親にどぶ川に捨てられて、ペンギンたちに育てられた、っていう設定だからね。だからもう本当に化け物とか妖怪の雰囲気だろ。そういった差別とか偏見。そういった人間の歪みとか気の狂いとか・・・社会全体が病んでいるというようなね。
*新しい劇場版でのペンギン解説サイト
https://bibi-star.jp/posts/2906 ・・・一部テレビシリーズのペンギン解説もあります

https://yumemigatio.hatenadiary.org/entry/20111225/1324822995


諷虹 昔ルパン三世のゲームやってて知ったんですけど、勿論警察につかまってもゲームオーバーなんですけど、ワルサーP38で人を殺しちゃってもゲームオーバーなんですよ。多分そこは美学としてあるんだと思うんですよ。銃で人を撃っても命までは奪わない。


虚空 撃つのはどっちかっていうと次元だもんな


諷虹 そこのラインを超えないようにというところがルパンが愛されているキャラなのかな


虚空 考えてみれば五右衛門だってあれだけ車だの何だのを真っ二つにはするけど、人間の手足をバラバラに切ったっていうのはないね。


諷虹 そこを超えちゃいけないラインとしてわきまえているから。
怪盗キッドも決して人の命を奪わないというのはあるんですよ。


虚空 それは面白い点だね


諷虹 ルパンの美学に反するとゲームオーバーっていうのがね・・・


虚空 そのあたりのところなんだよね。

昔話や童話での残酷な描写を改変しようっていう風潮が強いけど、それが本当にいい効果をもたらしているのかどうか・・・

深層心理学なんかからいうと非常に大事な意味があったというらしい。

このあたりの事は今後も考えていく必要がありそうだね。
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