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☆「本当の出会い と 別れ」⑧ 「名前」

*2019,03,21 諷虹宅でのやりとり(3)です。
名前を教える・・・それを日本人は合戦という命のやりとりの場でもやったというのですから驚きですね。
実際にどの程度行われていたのかは分かりませんが、問題は本当にそうしていたかどうかではなく、そういった話を聞いて「あり得るかもしれない」と受け入れてしまう心象が現代人にもあるということ。
そんな名残は今でもアニメやドラマや漫画などの中にみられます。

諷虹 ダークホースのキャラをみつけた時のライバルキャラの立ち回りって「名前を覚える」ですよね。「名前を聞いておこう」

虚空 「良きライバルとして認める=名前を覚える」っていうのは「リリカルなのは」の定番

諷虹 騎士道精神にもつながるんですかね。なのはということでいうと、劇場版でしたっけ・・・フェイトがなのはの名前を意識していなかった自分を実感している。

虚空 そう考えるとさ、日本人が合戦の時に名乗りをし合う、っていうのは妙な習慣だけど、すごいことをやっていたんだね。それこそ「親愛と殺戮」が裏表っていうのを示しているのかも。

『名乗り』https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E4%B9%97%E3%82%8A
名乗り(なのり)とは、戦において武士が味方や敵に向かって自分の姓名・身分・家系などの素性、戦功、戦における自分の主張や正当性などを大声で告げること。武士の作法として、名乗りが行われている間に攻撃することは良しとされなかった。
ここにフィクションへの影響っていうのも書いてあるけど・・・
登場人物による名乗りは史実を題材にした歌舞伎や能楽において様式化された名乗りが導入され、時代劇においても歌舞伎の流れを汲む演出として継承されるなど、日本の創作において様式美となっている。

仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズなどの特撮において主人公らが名乗りを上げるのは、制作している東映がテレビ時代劇の演出を取り入れたためとされる[2]。特撮のみならずプリキュアシリーズなどの子供向けアニメ作品でも「変身した後に名乗りを上げる」という演出が定番となっている。

このように敵の前で名乗りを上げる演出は日本人の美意識に則ったものであり、スーパー戦隊シリーズで一時期省かれた際には主要なターゲットである子供の反応が悪かったなど視聴者からも支持されている要素である[3]が、海外で放送したときに「その間に敵の攻撃を受けるのでは?」と最も疑問を抱かれる箇所である[4]。スーパー戦隊シリーズを英語圏向けにローカライズしたパワーレンジャーシリーズにおいては「名乗り」に相当する英単語が無いため点呼を意味する「Roll Call」が当てられている。
別に海外じゃなくても、子ども達どうしてもそれはよく言っていたよ。
「怪傑ズバット」なんか特にね。あんな格好つけている間にどうして攻撃しないのか、って。

諷虹 正体を明かすというのがあるんでしょうね。さっきのダークホースじゃないですけど。

虚空 それは大事な指摘。正体をあらわす「実は〇〇」って・・・本性示顕

諷虹 ある意味で弱点をさらすということもありますよね。
 Fate/stay night  だとサーバントの正体を示すことになりますから

虚空 随分前に紹介したけど昔のアニメで、登場した時に長々と語って、敵に「誰だ?」と聞かれると「貴様らに名乗る名はない」っていうのを毎回やっていたのがあった。
でも最終回で敵の親玉が出てきた時だけは、きちんと名乗っていた。
これも相手を対等にみるかどうかの表われだよね。名乗るということに伴う。

ロム兄さん マシンロボ_クロノスの大逆襲の主人公。 
CV・井上和彦
格言一覧動画 

現代にそれが残っているのがメアド交換かもね。。。ただ連絡方法を教え合っているかどうかよりも、まずお互いをどう位置付けているのかを確認する。

諷虹 ビジネスマンも名刺交換から始まるわけですからね。

虚空 単なるご挨拶以上のものがあるよね。

諷虹 名乗りを上げるからの連想で、なのはの「切り札」っていうワード・・・語源を調べるとトランプ・・・タロットのルーツとも関連ありそう

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%87%E3%82%8A%E6%9C%AD
トリックテイキングゲーム ってマニアックなゲームなんですが・・・場の流れを断つ・・・そういう意味ではさっきの「裁断と継続」とかともつながるのかな、って。

虚空 その名の通り「切る」札ということなんだろうからね。

合戦中に「名乗り」なんていうのも、ある意味では流れを切るわけだよね。それこそフィクションの世界でのセリフで戦いの流れを一旦止める。それを聞くのがマナーというように。

でもね、さっきのロム兄ちゃんなんていうのは聞いている敵さんたちはよくきちんと聞いていると思うよ。怪傑ズバットよりもセリフは長い。
あとさ、バガボンドでの宝蔵院の場面で修行僧の阿厳が勝負に負けて息をひきとる刹那の相手に「阿厳 そなたを屠った者の名だ」っていう場面があったよね。

諷虹 バガボンドでいえば又八が佐々木小次郎の名を語って、っていう場面がありますよね。あれなんかまさに「名前」だけで「自分」がない、っていう感じですよね。

虚空 偽ブランドにひっかかるのもそうかもね。ニセでなくても雑誌やテレビで紹介されただけで、中身が本当に自分に合うかどうかなんて確かめないで、名前だけで信用する。肩書に弱いのだって、学歴信仰にしたってそうだよね。中身はカラでも。

それを皮肉ったのが一休禅師のエピソードにあるよね。衣だけ置いていこうとした、って。http://d.hatena.ne.jp/mowamowa/20070117/1169000870

諷虹 井上さん(バガボンド スラムダンクの作者)は名乗りの場面が多いですよね。自分が好きなのは三井に自分の名前を語らせている部分。
「おう、オレは三井 あきらめの悪い男...」 
http://slamdunk.get0ver.net/mitsui/791
「まだ時間はあるぞ!!絶対勝てる!このスーパースター三井がいるかぎり」 

「オレを誰だと思ってんだバカヤロウ!!オレは最後まであきらめない男三井だ!!」 「しかし今日の三井寿はいいぜ....山王よ」
他の台詞でも三井は自分の名前を語る場面が多いですね。やっぱりブランドなんですかね。中学MVPっていう。

虚空 これは中身がカラッポではないという自負やプライドがあるわけだよね。
実際に結果を出すしね。
あと、こういうのって一種の「言霊信仰」なのかもしれない。自分に言い聞かせている・・・自己暗示、っていえばそれまでなんだけど。
それだけ「名前」というものにはライフインデキス(生命の指標)・・・トランスフォーメーションへのスイッチとして強力な力がある。

諷虹 こうして台詞だけみると三井ってポジティブな人間ですよね。実際の三井とはかけ離れてみえるほど・・・

虚空 ポジティブになるように言葉を操っているという見方もできるよね。

昔さ、児言態の合宿の時、箱根のジャングル風呂の中でストレスから体調を崩しているというような話を同年代の先生にこぼしていたのを、背後で上原先生に聞かれてしまって。その時に「お前は病気になるように気を動かしてしまっているから」と言われた。

三井はその逆だよね。

諷虹 考えてみると体力のなさの場面って三井が多い・・・他のメンバーだって疲れているけど・・・三井の疲れている場面はドラマになる。

虚空 やっぱり自分の名前の使い方の違いだよね。

諷虹 一度バスケを離れたことで、過去の自分を美化しすぎているというのがね

虚空 それが三井の場合は逆にうまく働いた

諷虹 そもそも使い捨てのキャラの予定だったそうですけど、あそこまでね

虚空 それはガルパンのアンチョビさんなんかと同じだよね。そういうキャラなんかでもいざ位置が確定すると主要なポジションになれる。それは作者の力量でもあるよね。

人間への眼差しの深さ。
さっきからこだわっている、相手を人間として認めているかどうか、っていうのをこうした漫画やアニメにあてはめるとさ、キャラを本当にその世界では生きている人間として陰の暮らしまできちんと想定しているか、単に製作者側の想いで都合よくセリフや行動をさせるか・・・それで脚本や作品の深みが全く違ってくるじゃない。

端役であっても普段から大事にしているかどうかという製作者側の構えというか人間性。

諷虹 夏目漱石の「吾輩は猫である」・・・あの冒頭の一文だけ異常に知名度が高いですよね。「吾輩は猫である、名前はまだない」というあそこまで。それだけで「なるほど」と思わせてしまう。名前もまだ付けてもらっていないという・・・

虚空 それの対極が「このはな綺譚」の捨て猫のエピソードだよね。もう瀕死の捨て猫にもきちんと名前をつけてあげていたという。そのおかげで迷わず成仏できた、って。

諷虹 なのはで「まだ名前も教えてもらってないのに」的な台詞のがありましたよね。あれも面白い。

虚空 最近「王子様」っていう名前の変更が認められたっていうニュースが話題になっていたけどさ・・・。昔で言うと「悪魔」っていう名前をつけようとしたとか。キラキラネームの問題。
まああそこまで極端じゃないにしても、自分の名前が好きかどうか、って人生への姿勢につながることもある。

そういうやりとりをこの前もしたばかりなんだけど・・・。

自分なんかは名前を紹介するのがすごく嫌だった。その感覚は今でもかなり引きずっている。それはいじめられていた頃に、いつも「変な名前」って散々馬鹿にされていたから。

今考えるとね、変な名前っていうよりは、どんな名前だったとしても自分をからかおうとしていたわけだから、馬鹿にされていたんだけど、あの頃は「こんな名前じゃなければいじめられなくて済んだのに・・・」って思ってしまった。

実際に自己紹介のたびにからかわれ笑われていたから。だから今でも自分の名前を言わなければならない時に喉の奥が硬直するような感覚になってしまう。これは相当根深いよ。両親には悪いけど・・・。

きちんとつけてくれた名前に対して自分の名前にコンプレックスを抱くなんてけしからん、という意見もあるんだけど、なかなか理屈通りにはね・・・
ましてやどう考えても妙な名前をつけられてしまっていたら、人生には親が考える以上のダメージをあたえてしまう

諷虹 逆だと「襲名」でのレベルアップ。武士なんか幼名を変える・・・出世魚のように。

虚空 名前が変わる=世界が変わる。世界が変わるから名前を変える。両方向。上原先生があげている例は「戒名」。

諷虹 ハンドルネームやペンネームもそうですね。ここでの諷虹なんかもそうですけど、場所が違うから名前をかえる。

虚空 自分もネット上だけで4つ使い分けているからね。それは単に使い分けているというよりは、人格そのものも変えている感覚。
偽名とかでもないよ。それこそパラレルワールドというかさ、複数の人間を同時に同居させている感覚。多重人格障害なんていうのとは別物。
(感覚・センスで作られたアニメ等々の話題 設定等々で理屈が先行していない)
無印A’sのなのはシリーズ、イカ娘、ごちうさ・・・・

諷虹 (ひだまり)ヒロさんってやっぱりヒロさんですよね。・・・苗字ってないじゃないですか。でも名前の説得力。「ゆの」は「ゆの」。

虚空 確かにあの名前の音の響きは別のと言われても違和感を感じちゃうよね。

諷虹 似たような作品だとGAもね。
昔もそんな話題しましたよね。「なのは」「はやて」とか、「君の名は。」なんかで「みつは」とかね。


虚空 そもそも「君の名は。」なんていうのは日本人のドツボ。古い日本映画としてもヒットしているしね。
『君の名は』は、1952年 - 1954年に日本のNHKラジオで放送されたラジオドラマである。映画化、テレビドラマ化、舞台化もされた。

諷虹 名前を度忘れしていたときに思い出せた時の感覚ってあるじゃないですか。微妙にテンションが高くなりますよね。

虚空 逆にどうしても思い出せない・・・喉元まででかかっているのに出てこない

諷虹 あの気持ち悪さってないですもんね。出てくるまで動きがストップしてしまう

虚空 年々その頻度がアップしているというのは嘆かわしいよ。本当にさ、当たり前に話題にしていた名前が突然度忘れっていうのは特にね。
なんで名前を忘れる、名前が分からなくなるということに、これだけ心がゆさぶられてしまうのか。
名前を憶えてくれた相手、あるいは知らないハズなのに知っていてくれた、なんていう時に急に親近感を持つ、ってあるだろ。昔それが上手な校長に仕えたことがあるけど・・・。
「わたてん」(今季アニメ「私に天使が舞い降りた!」の松本さんのエピソードもそういう点から考えると面白いよね。名前をとっくの昔から知っていた方と、全然知らなかった方とのズレ。名前も知らないというのは意識していない証拠・・・この世に存在していないと同じ。

松本香子
みやこの高校時代の被服部仲間。みやこのことは親友かつライバルだと思っているが、当のみやこは友達と認識していない。
高校2年のころ、被服部で一人もくもくと活動するみやこに憧れを抱き、以来彼女に人知れず執着するようになった。・・・ストーカーまがいの行為を繰り返している。
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