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☆「江戸庶民の発想」から⑤ 諷虹・虚空やりとり-3 「教育の目的 日本流の自分のつかまえかた」仮面と能面 (2019,02,09~)

虚空 そういえば「藍より青し」っていうアニメもあったよね。原作の絵よりアニメの方がずっと洗練されていたけど。・・・あんな古風な和服女性っていうのは今時いないよね。 
教師集団の中でも意見が分かれるところ・・・指導者として教師の言う通りにという場合は「藍より青し」なんて起きないじゃない。極端に言えば教師からはみ出ようとしたら怒られるんだから。
諷虹 「氷は水これをなして、水より寒し」ってのは水が氷になることによってより冷たいって感じですかね・・・そう考えると割り算的というか掛け算的な感じがしますかね。凍ることで水のポテンシャルを超える・・・水の限界を超えたじゃんって感じですかね(とある科学の超電磁砲 #14「特別講習」)

水が新たな形態になるっていう意味では「藍より青し」とはニュアンスが違うような儀がしますね。水から何かを見出すわけではないですし、藍が青に変わるわけでもないような気がします。
虚空 それこそそれを聞いての思い付きなんだけどさ、この前T・K先生から紹介された田中先生の江戸論のこと・・・「アバター」とかさ。

同じ人間が複数の別モノになる。日本人にとってアバターって西洋人よりも積極的な意味合いがあるのかも。単にネットの匿名性とか、実名を隠すから思い切った発言ができるという以上のね。
同時に複数の自分を並行して生きていける感覚。
自分だってネット上で本名以外に4通り使い分けているけど、それぞれ別人格気分だもん。
それはまた意識世界の中ではパラレルワールドが自由に設定・展開できるとか、様々な人生をパーソナルリアリティ感覚でシミュレーションっていうか・・・本当に生きることができる。それこそこのはな綺譚でよく出てくる「その人にとって信じている世界が現実」っていうね。
諷虹 「城下町のダンデライオン」ってあったじゃないですか。あの中の岬が「感情分裂」って特殊能力を持っていましたよね。
ネット解説
特殊能力を発動すると桃色に光り、七つのリングを生み出し分身を召喚する。働き者で、最大で7人の分身を生み出すことが出来る。それぞれ七つの大罪の関連動物または悪魔に対応した名前をしており[注 1]、分身した岬は全員が何らかの技能に突出し、各部活動の助っ人として活躍している。また、分身した岬は全員テレパスで意思疎通ができる。ただし、岬本人は分身とは違う平均的な自分に劣等感を抱いている。平均的な技能ゆえ、岬は自身を必要とされていないと卑下しているが、客観視ができ社交性があるので茜から必要とされている。
 
諷虹 さっきの調和によって平均化される、ありふれた感じになるっていうのと、藍より青しの二つが組み合わさったような設定ですよね。アバターとかHNとかペンネーム・・・みたいに分身を作るときって、自分の中の普段は抑制している部分が特出して出せる、出せてしまう感じがあるのかもしれませんね。昔の貴族が仮面付けて・・・みたいな感覚に近いのかも。
虚空 そこなんだけどさ、日本人の「能面」の感覚ってあったじゃない。あれを「仮面劇」っていうのはよその国の発想でさ・・・能楽師の世界ではあれを「おもて」と呼ぶ・・・つまり、人間の姿の方が現世モードの仮の姿。面をつけて神や精霊を憑依させることによって、本来の姿と言うか能力を発揮する。

全く逆なんだよね。現世というか現実世界の方が、人間的な常識の制約を受けている・・・でも神モードになればなるほど、人間にとっては非常識になりうる。
日本人ってそっち・・・魂の憑依とか入れ替えが前提になっている感覚を持っているから。
だから別名なんていうのを江戸時代だって普通に使い分けて、何通りもの人生を楽しんでいた。決して単に誤魔化す、隠すではなくてね。

その感覚があるから「水戸黄門」にしても「暴れん坊将軍」にしても「遠山の金さん」にしてもね。「世を忍ぶ仮の姿・・・実は・・・」。普段の生活の方が「仮」
昨日の浜崎あゆみのプロモへの中学生の意見にもあったじゃない。
*中3の時のコバルトブルー君の発言
タカピー「これはね、あれだね、鉄条網と檻っていうのは周りにいる人達か自分に期待することのプレッシャーで自分がそれに壁を作っているような感じで・・・」

コバルト「これはもう心の中に閉じた悲しい思い出・・・。もう二度と出したくないようにぐるぐるまきにしている。・・・いや違う、わかった!檻の中にいるのは本当の自分で、この檻の外にいるのはただ人の言う通りに動いている」
 
仮面なり、違う名前の裏にある方が「本当の自分」っていう感覚。もっともきっとどれも自分ではあるんだけどね。
諷虹 仮面とかには「増幅装置」のようなこともあるのかな、って。
「名乗る」というのも、それで暗示をかけるというかモードを切り替える。
虚空 古典芸能でいうと「口上」かな・・・魂を呼び込む
 
ネット解説【民俗芸能】より
…また,からくり人形(からくり)などの人形戯も各地で考案されている。(6)言い立て芸 言霊(ことだま)の威力で幸運を招き,魔や災害を押さえるとの信仰から祝言・口上(こうじよう)を言い立てたり,長々の物語を披露する慣習が昔からあり,職業芸能化することもあった。正月,各戸を訪問して祝言を述べる万歳,春駒,大黒舞などがその一。…
※「口上」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 
虚空 以前、中学生や高校生に「仮面ライダーの正体が本郷猛なのか、本郷猛の正体が仮面ライダーなのか」って聞いたことがあるよ。そうしたら最初は「仮面ライダーの正体が本郷猛の方に決まっているじゃない」って言いつつ「あれ、でも・・・」って迷い始めて、逆にしたのが何人もいた。
もちろん本郷猛という人間がショッカーにとらわれて改造人間にされた、という事実だけみていけば、本郷猛がもとだったんだから、こっちが正体なんだろうけどね。
でも本郷猛にしか出来ない使命を果たせるのは「仮面ライダー」の状態とすれば、そっちが本命の姿というのも成り立つわけだよ。
諷虹 TIGER&BUNNYなんかでは正体を悟られないためにマスクをつけてましたが、影の存在・・・忍者的な発想
虚空 だからさ、愛と誠でも「かげの大番長」とかさ、ドラマや映画で「かげの黒幕」なんていったら、そっちの方が本命なわけじゃないか。本体を見せていないものこそ、っていう。そう考えると、普段の生活でみんなにさらしている姿の方が「ニセ」というよりは「世間向き」のお姿、っていうことにならない?
 
諷虹 コナンの犯人っていつも黒く描かれているですけど、それも正体が分からないように影を身にまとっている。
虚空 きちんと読んでいないんだけど、郡司先生の歌舞伎についての論文の中に「黒子」についてのがあってさ。単にみえないお約束として芝居の補佐をするだけの存在というのではないみたい。
諷虹 さっきの本質的な正体との関連で・・・
「この世に悪があるとすれば、それは人の心だ。
 しかしそれは同時に善でもある。
 そして最も恐れるもの。勝たねばならない敵、それは自分の心だ」
テイルズ オブ ファンタジアより
 
虚空 それってセーラームーンのギャラクシア編の最後のカオスの場面と通じているかな。これまで戦ってきた敵すべてが同じカオスからうまれた兄弟だった。セーラームーンと同じ仲間だった、っていう。人知を超えた世界には人間の常識が通用しない価値観がいくらでもある、って。
 
 
 
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