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☆「百谷の王」③  諷虹・虚空やりとりー2 「夢の実現」

虚空 だから「夢」の実現。夢を夢で終わらせない。
「あり得ないことだ」って最初から諦めたら夢で終わってしまう。
現代の教育は幼い頃から「夢の実現」じゃなくて、一部のエリートを育てるために大多数に「諦めを勧める」教育だからね、実質。
昔さ、東京オリンピックの記録映画で市川崑監督がラストに出した皮肉たっぷりの字幕。道徳の授業でも何度か使ったけど・・・

「人類は4年ごとに夢を見る。この創られた平和を、夢で終わらせていいのであろうか」

冒頭からして
「オリンピックとは人類の持っている夢のあらわれである」

だったからね。
あるサイトでの解説
http://www.tamakimasayuki.com/sport/bn_123.htm
諷虹 競馬でも「夢の第11レース」ってありましたよね。
https://www.youtube.com/watch?v=kcv3D26GjWA
「夢の第11レース」・・・実況書き起こし 『』内は字幕
1枠1番..悲運の伝説となった馬番に、サイレンススズカが再び入ります
となりにメジロマックイーン、ウオッカはダービーと同じ馬番です
トウカイテイオー、スペシャルウィーク、テイエムオペラオーがいます
アグネスタキオン、芦毛の怪物オグリキャップ、エルコンドルパサー..
時代を超えた名馬たちが続々とゲートに向かいます
無敗の三冠馬シンボリルドルフ、なじみのシャドーロールでナリタブライアン、
キングカメハメハ、鬼の末脚ミスターシービー、
日本競馬の至宝ディープインパクト..
さらに歴代の女王たち..エアグルーヴ、ブエナビスタ、ダイワスカーレット、
大外18番、世紀の暴れん坊オルフェーヴルです
『あの馬を見ていた頃、わたしは恋をしていた
あの馬が勝った日、僕は故郷を離れた
あの馬の引退の日、私は花嫁の父になった』
さあ、時代を超えて集った歴代の名馬たち..ゲートに収まって..
(がしゃーん)スタートしました!
先頭はサイレンススズカ、後続と5馬身、
2番手にダイワスカーレット、それをマークするようにメジロマックイーン、
『忘れられないものを 思い出と呼んで』
シンボリルドルフは中団で動きません!
『それは美しかったり、悲しかったりする。』
スペシャルウィーク、父の後ろにブエナビスタがつけました!
オルフェーヴル早めにジワリと上がっていく!
『積み重ねてきたことを 人生と呼ぶなら』
ミスターシービー、ディープインパクトは未だ後方!
『思い出はすべて どこか愛おしい。』
夢の第11レース、数々の伝説が駆け抜けていく!!
勝負の行方はまだわかりません!
『weekend memories』
さあ第4コーナーから最後の直線!
いくつもの思い出が横一線に並んで! これはわからない!
⇒動画説明文(公式)
あの馬が勝った日、あの馬が負けた日、あの馬が引退した日…。競馬の思い出は、週末ごとに少しずつ積み重ねられていきます。同時にそれは、自分自身の人生の思い出と、どこかでつながっていたりします。
競馬で、昔のことを覚えている。あの頃のことを思い出すと、その時の競馬も思い出す。
積み重ねられる思い出、「競馬」と「自分」の繋がり。
その味わいを、歴代の名馬たちの姿を重ね合わせることで表現したスペシャルCMです。
競馬に触れたことがある人ならだれでも一度は想像してしまう夢のレース。
思い出を積み重ねたことで浮かび上がった、幻のレース。
レースシーンは各競走馬の特徴を考慮した位置取りやレース展開で構成されています。
どれが勝者かはわかりません。なぜなら、それぞれがかけがえのない思い出だからです。
虚空 ここでいう「競馬の思い出」は単に賭け事として儲かった、損をした、なんていう思い出とは違う世界だよね。
「ウマ娘」なんていうのはそこを大真面目に描いていたから途中から競走馬ファンにもあれだけ支持されたんだろうからね。

あり得ないことだって、「意識世界」の中ではいくらでも実現できる。
だから時代の違う馬、不幸にして安楽死処分になった馬も、同じレースができる。
それこそ自分の中にいくつものパラレルワールドを作ることだって自由だし。
で、それを本気で思えば思うほど「パーソナリティ」の感覚になって、それこそ過去の偉人のようにあり得ないことを実現させてしまえる。
今って、昔ほど「伝記」が読まれていないような気がするんだけど、じいちゃんとかばあちゃんとかに寝床で話された昔の人たちの話なんかも、ものすごい教育力があったと思うんだよね。偉人というような大きな実績がなくても、名もなき人たちが素晴らしい生き様をしていたという語りは。
幼い頃からそういった発想になじんでいたら、夢の実現率もかなり違ってくる。
ことわざにしても中国の故事にしても、今は下手すると「テスト対策として暗記」という対象にしかなっていない。でもお年寄りなどからの「語り」で聴かせられていたのは、全く別物として脳は格納していたと思うし、それこそ知識として覚えているというよりは、心意伝承的に無意識にあるものと「共鳴しあう」形で感情にゆさぶりをかけていたんだと思うよ。
この前グリーンチャンネルでゴールドシップの特集をやていたけどさ、それこそ期待を裏切り続けたり期待以上の働きをしたり・・・でもそのすべてをひっくりめてゴールドシップ。さっきの癖の強さからいえば武豊のインタビューでもあったけど自分を大きく育ててくれた馬は、人間に順応しやすい馬ではなくて扱いにくいけどすごい能力を持った馬。
メジロマックイーンとかさ。
諷虹 ガルパンだと素人のくせ者をどうまとめていくかですけど、コトブキではそれぞれがその分野でのくせ者。高度な能力を持っている。そういう意味ではSHIROBAKOに近いかな。
虚空 監督も同じだしね。水島さんはどっちも描いているといえるね。素人集団Verとプロ集団Ver・・・どちらの場合も。
諷虹 「個性」・・・「キャラクター」ですよね。
虚空 どれがいいか悪いかっていうのは超越してるよね。SHIROBAKOでも太郎なんていい加減にしか見えないキャラをちゃんと位置付けて描いているわけだしね。後半見せ場もつくってる。
諷虹 水島さんの作品のセリフってキャラが・・・
虚空 それこそさ、言葉は伝達の道具ではなくて「人そのものを表す」っていう言語観だよね。母国語の本来の発想。本当によくセリフが練られているよね。
この前の「城下町のダンデライオン」の話でいえばさ、コトブキのくせ者メンバーがそれぞれ重ね合わされて「一つの人格」っていう見方もできるじゃない。
諷虹 ガルパンのキャラソンに出てくるお決まりの言葉で「戦車は一人じゃ動かせないから」っていうのがあるんですよね。それぞれがそれぞれの役割を分担して戦車が動いている、っていう。戦車一台の中でも共同体。個性の強い何人かが一つになっての。
虚空 そういった戦車がさらに何台も集まってチーム。
諷虹 まさに混沌。一つの色もいろんな色が集まっての色
虚空 そこに学校ごとの癖というかカラーが反映されてて・・・しかも劇場版ではそれが即興の大洗チームとなった。
最初はみほが普通の隊長として統率しようとしてのが裏目になったけどね。各自の持ち味を自由に発揮してもらうという意味でみほが表向きはリーダーシップを封印した方が想定外の力を発揮した。
諷虹 スラムダンクに藤真っていたじゃないですか。翔陽高校の。監督としての藤真と選手としての藤真は全く別人格。
最後の最後でみほの戦車が残るというのは、他の戦車がいなくなってしまったから隊長としての「みほ」ではなくて「一選手」としての「みほ」に思い切ってなれるということなんでしょうね。
何台あっても一選手であるのが「吶喊」(知波単学園・・・隊長自らも)
うまくはまれば強い・・・まさに背水の陣だとうまくいくこともあるんでしょうけど。
虚空 アンチョビさんなんかはチーム戦の時は一歩ひいた立場からちゃんと指令を出しているけど、劇場版で一台だけの参戦では独自の判断でガンガン動いてチビ戦車にしか出来ない活躍をしていたからね。黒森峰とかプラウダの戦車だったらジェットコースターのコースなんて走れないじゃない。あの巨大砲をやっつけたのもチビ戦車ばかりだったしね。

こういう描写って水島さんは大好きだよね。勝って当たり前のところが勝っても面白くない。たまにそういうチームが勝つことも描いているけど、本心ではそっちじゃないよね・・・

「百谷の王」という言葉は使っていなくても、そうした構えこそが重要だ、っていろんなアニメを通して描き続けていると言えるかな・・・。
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