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☆「競争原理」の幻想① ~「弱肉強食」の実相は?~

「競争原理」「成果主義」が理想的な社会を実現するためのカギという発想の根拠として、しばしばあげられるのが「弱肉強食」「自然淘汰」等々の進化論的な発想です。

優れたものだけが勝ち残っていくわけだから、後のものほど優れている・・・という理屈。

よくあげられる例が、いい加減な業者はつぶれていくから、優れた業者ばかりが残って、消費者にも有益、という類のこと。
同様に、人間においても、優れた人たちが世の中を動かしていくのだからいい世の中になるという・・・


しかし果たしてそれが本当なのか?

世間が期待するような現実的・物質的な結果を出せない存在は「価値がない」「世の中にとって邪魔」なのか?

平成3年 4月6日 に児言態が大変にお世話になったイメージ研究の第一人者であられた藤岡善愛先生が 「上原輝男研究室」にて語られた内容は、まさにその部分への問いかけでした。

今期アニメの中に「群れなせ!シートン学園」というのがあるのですが、そこで描かれているテーマがまさに藤岡先生の問いかけに直結するような内容・・・ということからの語り合い記録です。

*2020年1月11日 諷虹宅
虚空 さっきの中学生・・・たまたま理科の過去問のことから生態系がらみの話になって・・・で、教材に使ったのがたまたまカバンの中に入っていた「群れなせ!シートン学園」。
あの冒頭のセリフから「弱肉強食」っていうことの本来の意味を考えた。

参考)「あにこ便」より第一話のセリフ&あらすじ
http://anicobin.ldblog.jp/archives/56285781.html
《ここは様々な動物が共に生活する動物たちの学園。絶えず異なる種族間の争いが起こる中、生徒たちが弱肉強食の精神を育むための神聖なる檻》
虚空 このセリフを3つに分けてこのアニメの世界定めをつかむことからやったんだけど・・・・
①様々な動物が共に生活
⇒じゃあ、どう生活しているのか?

②絶えず異なる種族間の争いが起こる
⇒この種族というのが、何を表しているか?
そんな実態の中で、この学校はどのような教育目標を掲げているのか?

③弱肉強食の精神を育むため
って、こういうステップをふんでいるわけだよね。

で、「今の学校教育はどういう目標だと思う?」って聞いたら「みんな仲良く」って答えてた。

ただね、「実質はどうだろうか?」って。もちろん教育基本法でも学習指導要領でも学校の掲げている教育目標でもそういった理想が掲げられているけど、世の中の本音はどうか?
それこそ「競争原理」「成果主義」で「結果が出せないものは滅びろ」「ダメなやつが淘汰されて、優れたものだけが残るから素晴らしい世の中になる」ってそういう幻想ばかりが宣伝されているわけだよ。

つまりね、実質「人間の学校」も「私立シートン学園」と変わりない、っていう痛烈な皮肉をこの冒頭のセリフには込めているんじゃないかって。

ただ、そうは言っていてもね、このアニメでよく出てくるキーワードが「群れ」だけど・・・特に異なる種族間で仲良くなれるかどうかというのが大きなポイントになっているよね。
その「種族」を「グループ」に置き換えて、人間の学校の人間関係に置き換えてみると、これも相当皮肉って描かれているように思うんだよね。

食堂での同じ種族ばかりで小さくまとまっている・・・群れをなしている・・・というところとか、欲しいメンバーの奪い合いとか。
あとは馬の群れに入れてもらおうとした狼娘が、奴隷のような扱いを受けている場面。そして仲間に入れてもらうためにはそれを受け入れるしかないと、本人も思っている・・・これなんて、まさにパシリとか、いじられキャラとして一応群れの中にいていい、っていうのと同じだろ。
でも、その一方で狼の群れに入ってやろうという人間とか、シマウマがロバの仲間でも気にしませんわ、っていうとりまきのウマ娘たちも描かれているというのがね。
だいたいそんな感じでさっきは終わった。

それで「弱肉強食」のことになったんだけど、電子辞書で調べると、いくつかの国語辞典によって微妙に違いがあるんだよね。

同じ「犠牲」っていう言葉をつかっていてもかなり印象が変わる。
電子辞書より
・広辞苑
(弱いものが強いもののえじきとなる意)
弱者の犠牲の上に強者が栄えること。「ーの世の中」

・明鏡国語辞典
弱い者が強い者のえじきとなること。また、弱い者の犠牲によって強い者が繁栄すること。

・故事ことわざ辞典
力の弱いものが強いものの犠牲となって餌食となること。また、弱いものが強いものによって滅ぼされること。

・四字熟語辞典
弱い者は強い者のために滅ぼされること。また、強い者の繁栄は弱い者の犠牲によって築かれること。

・言葉の作法辞典
弱者の肉が強者の餌食になること。弱者が犠牲になり、あるいは搾取され、強者がますます栄えること。「弱」と「強」とが対になっている四字熟語なので、「強」を「共」とはできない。「弱肉共食」では意味が通じない。

虚空 中学生にこれらの意味の大きな違いを聞いたら「滅ぶ」という言葉に注目していた。
「犠牲」が、犠牲の上に繁栄があるというように、弱い方にも大切な意義があるというニュアンスのと、弱い者は滅ぼされてもしかたがない、あるいは滅ぼしてしまえというようなニュアンス。
進化論の「自然淘汰説」なんかからいえば、弱者は滅びるべきという考えだから、今の世の中でいえば、老人とか障害をもったひとは税金の無駄遣い、邪魔者っていうような本音を抱く人がそれなりに出てきちゃうわけだよ。
学校でも結果を出せない学校には予算を回さないとか、潰れてもいいなんて為政者が平気で言う。

でも、踏み台という意味ではないにせよ、「必用な存在」という意味合いが残るかどうかは決定的に違う。

諷虹 この言葉が言われた時はどういう状況だったのかは分からないけど、現代だったら食物連鎖のことをふまえるかどうかにもかかわる。
イリオモテヤマネコとうさぎなんかでもそうですが、ウサギが完全にいなくなったらヤマネコも死に絶える・・・そうすると、ウサギを弱者と言い切れない部分。
そうすると犠牲的なニュアンスになるのかな、って。

「Fate/Zero」でのギルガメッシュのセリフにありましたよね。
私利私欲のために人を殺したいけど、自分が王だった時には人そのものが少なかった・・・今は雑種にあふれている・・・というようなセリフ。正確には覚えていないですけど・・・

虚空 自意識過剰だよ、こいつは

諷虹 でも一番「王様視点」とも言えますよね。
あと進化論としての弱者は「アリとキリギリス」のような意味での弱者かな、って。
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