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☆「競争原理」の幻想③ ~「共存共栄」は建前でしかないのか?~

*2020年1月11日 やりとり続き

諷虹 最初の「弱肉強食」の時に「神聖な檻」っていう言葉を使っているところが気になっていて・・・。
今の学校教育でという話でいうと・・・ちょうど中3生が自習をしていて(塾)「ディベートって何ですか?」っていうから解説をしたんですよ。論点をはっきりさせて順序だててはっきりとさせていくみたいな・・・それが国会とか民主主義の基本のようになっているじゃないですか。
結局「武力」よりも「弁論」みたいな。それが学校の中とか、表社会の中とか・・・。
でも実際問題、論がたっても、拳銃やナイフには負けてしまう。そういうところが「神聖なる檻」という絶対のものではない。
学校で習ったルールが社会では通用しない部分があるよな、って。
その点ではシートン学園ではティラノサウルスという絶対力を持った担任がいるから、狂暴なクマがいてもちゃんと力で押さえられて、秩序が守られている。
それがあったからギルガメッシュの話とも自分の中ではつながった。

虚空 建前で言うとさ、公民とかで習う国会とか選挙で選ばれた議員の役割、っていうのと現実とはかなりズレているよね。

国会が「これが日本で一番の重要な会議なんだよ」なんていって、小学生に国会中継をみせられるかっていうと、とんでもないじゃない。

「建前とかきれいごとなんてナンセンス」っていうことが正当なこととして堂々と語られているのが今の日本。

江戸とか明治の頃は、もう少し理想論を本気でという気運が残っていたと思うんだけどね・・・いい意味での「大馬鹿者」が若者にも年配者にも多かった。
諷虹 「神聖なる檻」ってある意味で理想郷ですよね。

虚空 その中で教えられる「弱肉強食」だってあくまでも自然界の大きな秩序としてのだよね。だから弱い立場が滅んでいいというのではない・・・そこを普通の感覚での弱肉強食ととらえたら、あのアニメの見方を間違えちゃうのかもしれない。

諷虹 ヤンキー漫画の学校みたいですよね。番長クラスしか残らない。
ヤンキー漫画のクラスって、強者しか残らないみたいな感じで描いていますよね

虚空 でもさ、そうなると残った中でもちゃんとまたランク付けの争いが始まるわけだよね。

諷虹 藤岡先生の言葉にも「ヤ―さんに刺されるかもしれない」っていう言葉がありますけど、「かたぎには手を出さない」とかありますよね

虚空 はなまる幼稚園の組長の娘幼児の言い方だと「素人には手を出すな」だよね。
でも今は、素人とかだからこそ餌食にされる。クラスのボスとかが、弱い者いじめを平気でやる・・・多人数で寄ってたかって。

でもかつてはそんなみっともないことをしたら恥だという感覚がしっかりとあったんだよね。「恥の文化」っていう形でさ。
だから「卑怯なこともしない」って。

諷虹 一般に手を出すキャラってチンピラじゃないですか。組長が一般人に手を出さないのは、部下に上納金とかを要求しているから一般人には手をだす必要がないからなのかもしれませんね。カースト制・・・

虚空 レールガンの学園都市なんてまさにカースト制だよね。だから最も科学が発展している最先端の町、というわりにはかなり治安の悪い区域もあって、危なそうなのがウヨウヨしているように描かれているもんね。

今日のこういう「共存共栄」とか「進化論」の話・・・これは年末の「日本の組織論」とか「発達障害とギフテッド教育」の事とかに全部つながってくると思うんだよね。

参考)実際にアニメ「群れなせ!シートン学園」は異種同士の交流が主たる内容になっている・・・
もちろんギャグ要素たっぷりなので、実際の自然界ではありえないエピソードも多々あるが・・・(ライオンがインパラに恋をする 等々)


そういったテーマの話が盛りだくさんのアニメが今、放送されているということに時代の流れ・・・制作している方々の願い・・・が反映されているように感じています。
第2話 ,ナマケモノ 猫
http://anicobin.ldblog.jp/archives/56319142.html
第3話  インパラ
http://anicobin.ldblog.jp/archives/56350274.html
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