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☆おうち作文をよみながら  ~英才児の特性 から考える 教育全体への視点~

2019年 7月14日  諷虹・虚空

英才児の「おうち」作文をいくつか読んで

諷虹 (書式を揃えている子)よくこれだけ言葉をそろえて書けましたね。


☆おうち論文を読みながら

おふくろの世界 : 「おうち」「におい」作文に見る時間と空間
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/45173/20180313142836116737/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_15_19.pdf

諷虹 石崎小のってツイッターのようなノリですね。


虚空 心の実況中継なんだよね。


諷虹・・・笑いながら個々の作文をよむ


虚空 共感をよぶでしょ。生々しいから故の体感が伝わってきての共感だよね。

似たような経験をしているとか、体感をしたことがあると「ああそれ、分かる分かる」って。
でもさ、留守番なんかのが分かりやすいだけど、留守番を喜ぶ子と怖がる子。怖がる子でも電気をつけまくる子もいれば、真っ暗なところにこもる子もいる。

そうなってくるとね「えッ?何でこんな風になるの?」って・・・体感の基準が違うから、共感できる作文とできない作文の差が極端になるわけだよ。

英才児の作文に多い分析・・・・場合分け・・・だとさ、没我では自分のことだけになってしまうわけだけど、それを超越する可能性を秘めていることが分かるんだよね。

作文そのものは生々しくないから、そういう意味での、読み手の心が動くような共感は読んでいても起きにくいんだけどね。

でも、その気になればより多くの違った立場の人達にも共感を呼ぶような方向にいけるような。
自分とは関係なく網羅できている。観察で。
自分の中に多様な「器」を「型」として用意できるんだよね。だからバカの壁を超越して貪欲にいろいろなことを盛り込めるし、そこに体感をもって反応できる。それらに触発されてイメージ運動を多様に発動できるから。

諷虹 聖徳の作文って要素から「集合」を考える、っていう感じですかね。


虚空 場合分けだと、集合の中に他にどんな場合が入り得るかを機械的に想定できる。
両方向が同時に出来ているっていう感じだよね、英才児は。


諷虹 そこに添加もからむと面白いですよね。この子がこれを学んだら、とかこれを体験したら集合にどんな影響・トランスフォーメーションが起きるか・・・それによって人生の方向が変化する。

虚空 それをどんどん自己増殖できるし、他の意見を聞いても片っ端から取り込めるじゃない、英才児って。それが一昨年参観した数学では山ほどみられたわけだしね。

諷虹 だから変幻自在になれるんでしょうね。相手によって「パッ」と共感できる内容を膨らませて作文を書いたり発表をすることができると思うんですよ。その時には体感豊かに。

自分基準で相手を否定するとダメなんですよね。聖徳は特に。だから余計にあらゆる場合を想定して観察できるんでしょうね。

虚空 答えが確定っていうか正解・不正解がはっきりするような「数学」の授業でもね。

諷虹 いつもここで話すことって、頭の中で留まっている事柄と近いことが出た時に、その事柄をパッと出してその周辺をほっていくという感じですかね。「共振」的にずっと頭の中でとまっていたものが動き出すエネルギーを持つという感じで、他のこととどんどんリンクしていく。共振の連鎖がおきていく。


虚空 それが駿煌会の基本スタンスなんだよね。だから自分が全くこれまで未知だった話題が飛び出したり、いきなり突拍子もないような話題が飛び出しても「自分にはみえない何かではつながっているということでこの話題が出てきたんだろう」ってお互いに察しながらやりとりしている。

そういう姿勢って、教師に限らず人間の基本だよね。

でもさ、それもネット社会とかスマホ生活では、主導権をにぎっている人間とかネット内のあたりまえに沿って演じる。主導権をにぎっている人間は周囲に気をつかわずにやりたい放題だけど、付き添っている周囲はものすごく気をつかっているよね。周りから浮かないようにって。
これが家の中にまではびこってくるんだから本当に気が休まらない。

*「うんちまみれ」・・・体が生温かさに包まれる作文


諷虹 これって「優しい闇」っていう感じがしますよね。

まちカドまぞくで、ご先祖がメソポタミアでの木陰での体感の思い出を語る。(4巻P11)・・・乾季と雨季・・・日本との気温レベルの違い。乾季だと人が死ぬ程暑いから木陰ですっぽんぽんで昼寝するのが気持ちいいって。
寒ければ日向ぼっこ、暑ければ日陰ぼっこ・・・と光が強ければ闇のほうへ、闇が深けれ光のほうへ・・・陰陽一体とか混沌とも繋がっていきそうですかね
 

(正義と悪 の対応が普通と逆 遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX
第二クールは光の結社が敵、第4クールはダークネス(深淵の闇)が敵


虚空 自分なんかはそれをきくと「仮面ライダーブラック」を思い出すね。あの当時も話題になっていたんだけど、正義の方が「ブラック」で、悪の組織ゴルゴムの大神官たちが白い衣をみにまとっている。

「黒」「闇」のイメージの拡張だよね。
その「ダーク」だけどさ・・・宇宙をとりまく「ダークマター」の問題も以前に出たけど


諷虹 そのあたりとこの物語全体をふまえて考察すると面白いんですけど(笑)

主人公のプロフィール(wiki)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8A%E5%9F%8E%E5%8D%81%E4%BB%A3
破滅の光
宇宙で「闇」と永遠の戦いを続けている光。二期で斎王にとりついていた意思。宇宙の本質が「闇」であることから「やさしき闇」と相反した「破滅の光」また「光の波動」と呼ばれ、十代は破滅の光と戦うために「正しき闇の力」の使い手としてネオ・スペーシアンに選ばれた。 インダストリアル・イリュージョン社の調査によれば数億年前にホワイトホールから出現し10年前に地球に降り注ぎ、更にそれ以前からも存在し人間史の変化や世界大戦など事実上世界の歴史に影響を与えてきた。二期の最後で十代とのデュエルに敗れ、斎王から去って行った。三期ではユベルもその存在について言及しており、十代との和解・魂の融合の際に「これから一緒に破滅の光と戦っていく」と発言。十代は破滅の光との戦いのため宇宙へ旅立ち、しばらくしてアカデミアに帰還したが、その後の破滅の光については不明。

ダークネス
宇宙が一枚のカードから始まった時、カードの裏側の闇から生まれた存在。人が必ず持つ「心の闇(負の感情)」に付け入りその精神と肉体を蝕む闇の力であり、また「心の闇」そのものの具現体でもある。四期の物語の焦点。一期ではセブンスターズの一人として、吹雪の身体を操り十代たちに敵対。四期に入ってからは、ミスターTを操り出し本格的に活動を始め、童実野町住人やデュエルアカデミア生徒など、多くの人間をダークネスの世界に引きずり込んだ。在りし日にダークネスと契約し、事の発端を作り上げた藤原優介は今やダークネスそのものとなっており、ダークネスの世界の中で全ての存在を絶望に陥れて闇と同化させ均等化することで苦しみから解放する、ということを目的としている。
「破滅の光」という言葉が何度も出てくる


虚空 自分がこれで思い起こすのは「セーラーサターン」だよね。全てを無に帰する「破滅の戦士」
ネット サターンが覚醒と同時に世界を滅ぼしてしまう「目覚めてはいけない」破滅と誕生の戦士
 

上原先生用語でいえば「死と再生」の象徴みたいなキャラだよ。
さっきの「黄泉の国」「禊・祓い」に通じる。

だいたいさ、セーラーサターンが覚醒するための外部太陽系戦士の3つのアイテムが「剣」と「玉」と「鏡」を象徴した武具。

「三種の神器」だよ。そういう意味ではあのセーラームーンって日本神話なんかの発想も根底にあるよ。最終決戦は「カオス」との闘いだしね。


諷虹 そういえば シャミ子が夢の世界に入るときの最初のアイテムが「夢見鏡」なんですよね。


虚空 吸血鬼じゃないけど、鏡に写るとか写らないとかさ。あとは怪盗セイントテールなんかに出てきたけど、その鏡には正体が写るとか。あとは閻魔の鏡だよね。誤魔化していたことがすべて明るみに出る。


諷虹 となりの吸血鬼さんの主題歌の中にもありましたね。

♪ きっと本当の気持ちは鏡には写らない
ちょっとばっか変だって それもご愛嬌です
不思議を愛しましょい

虚空 まあ気持ちだから写らないのは当たり前なんだけど、そんな風にツッコミをいれちゃダメなんだよね。

見えるから実在、見えないからない、っていうのが世間の常識になってしまているけどさ・・・目にみえないものこそが宇宙全体の8~9割をしめているっていう話じゃない。しかもそれは原子からできているのではない、って。この世のものはすべて原子からできているというのは、大嘘だって世界的な宇宙物理学者がいってたしね。

虚数世界もそうだけど、闇っていうか「見えない世界」「潜在世界」「無意識の世界」が本体。
日本人古来の発想にどんどん近づいているよ。

そこにインフレーション宇宙論なんて持ち込んだら、それこそ全てを産みだす基本が光も何もない世界・・・だから「母胎」そのものだよね。
  
(20時半頃終了)
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