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☆ウルトラマンの生みの親を交えての上原先生達対談 を読みながら①

*児童の言語生態研究 第二号 (1968年 昭和43年 12月20日刊行 上原先生 41歳頃) 

「子どもの目をT・V作家と子ども雑誌編集者と語る」 の原稿を読みながらの 諷虹・コバルトブルー・虚空3人のやりとり記録です。

対談記録の後半が、教育一般にとって、非常に重要なことが明確に語られているのですが、冒頭も大切な観点が語られています。

その前半部分を読みながらのやりとり・・・・かなり盛沢山なので分割しています。

①は主に「新旧4コマ漫画 考」です。そのことを通して、同じ物事でも発想の仕方が違ってきている・・・それは意識世界の構築の仕方も根本的に違ってくることに通じます。
なお、対談の記事全部はこちらで読むことができます。
広島大学リポジトリ http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/45035/20180306135326102493/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_2_35.pdf

参考 金城哲夫 上原先生の愛弟子 上原先生の紹介で円谷英二に師事、円谷プロ入社。ウルトラマンの生みの親と言われている
初代ウルトラマン 1966年(昭和41年)7月17日から1967年(昭和42年)4月9日
ウルトラセブン  1967年(昭和42年)10月1日から1968年(昭和43年)9月8日
子どもの目をT・V作家と子ども雑誌編集者と語る
出席者
円谷プロダクション シナリオライター  金城哲夫
雑誌「家の光」「子どもの光」編集者   郷右近タエ
本誌主宰 玉川大学助教授        上原輝男
本誌編集担当 小学校教諭        飯泉良夫
司会     小学校教諭        松原俊一
☆2019年7月13日 サイゼリアにて  諷虹・コバルトブルー・虚空
諷虹 前にも話しましたけど、最近私は漫画を一巻からしか買えない・・・子どもの頃は表紙買いで5巻を買ったりだとか週刊誌でのを途中からとか平気でやっていたんですけど、それって子どもの頃の方ができてたよな、って。


虚空 内容っていうか、ストーリーを追っていたんじゃないんだね。


コバルト もっと動いているものをとらえていた

参考)江戸時代はどうだったのか分からないが、現在の歌舞伎座などの公演では「通し狂言」となっていない場合は、芝居全体のうちの一部分だけ・・・「~の場」・・・という感じでプログラムが組まれている。そもそもストーリー全体を筋道だてて追うというスタイルにはこだわっていない傾向があったことがこういうことからも見てとれる。

上原
 一般的には、そうかもしれないが私はそうは考えません。それよりも、それは、子どもの頭の中でイメージの構成をやるやり方が、変わってくるのではないかと思うのです。

 ストーリーを考えるということは、過程を考えるということ、全体的な継続を考えるということは、パンチのきいたものがほしい・・・切断されたものを必要とすることは、これは矛盾する。一つ一つの場面が切り離されているほうが気持ちがいい・・・しかし、全体的なストーリーを必要とする。これは、やはり、相矛盾する。

⇒諷虹 よく「あのシーンありましたよね」というやりとりの時に、そういったシーンがまとめてニコニコ動画とかにあげられている3分くらいのまとめ動画を見るじゃないですか。例えば「恐怖というのには鮮度があります」というような場面とか、「〇〇の覚醒シーン」みたいな。

ああいうのを切り取ってあげている人がいるっていうことは同じ事をおもっているんですよね。3話の中でのほんの1分のやりとりでも、「ここに何かある」って感じているから、他の人もあげている。それですごい人気になって、逆にそこを知ったことで、全体も観てみようという人もでてきているだろうし、全体をみている人も、その一分にすごい凝縮されていると感じる。
さっきのパンチっていうのは「凝縮」っていうのがあるのかな、って。



虚空 昨日からこの座談会のことで自分が騒いでいるのもね、単にシナリオとかの話じゃなくてね、日常の認識の仕方そのもの話題だと思うわけだよ。

そうすると学校の授業でもね、印象に残るとか意識に残るとかいうのと、今のがね。
ここが共通して「やっぱりみんなこのシーンが印象に残ったんだね!」っていう感覚。互いに納得がいくような場面。

逆に、個人的な好みでみんなと違う場面をあげると「えっ、そこ!?」っていう反応が起きるのだって、「通性」が前提となっているからだよね。


諷虹 ごんぎつねだって、ラストシーンに白い煙が出ている、っていうことにごんぎつねがすべて凝縮されているんだな、とか。そのシーンを見ただけで自然と物語全体が自分の中でハイライトのように駆け巡る。

ファンが選ぶ名場面とかもそういうとこあるんだと思うんですよ。



虚空 ある程度なるほど、って思えるじゃない。そこに何があるのかなんだよね。
ところがさ、集計の仕方によってはね、多くの人が「なるほど」って思えない結果が出ることだってある。

あのNHKが日本の国産アニメ50年記念に集計したのなんて、全然世の中の実態から乖離していたからね・・・・。
参考 以前NHKが日本のアニメ50年を記念した特別番組を放送。ネットでアンケートをとってランキングを発表したが、国民的に誰もが知るようなアニメはほとんど入っていなかった。上位のアニメ、ましてや1位のアニメは国民全体としたら知らない人の方が多数派のようなアニメだった。

その集計の仕方に当時随分と批判があびせられていた。(放送した番組の中でさえ、出演者も同様な違和感を感じていた雰囲気があった)

これは世代を超えて印象に残り続けたアニメ、ではなく、熱心な投票が熱心なファンたちによって行われたアニメが上位の得票になったことを示している。アンケートの集計が現実と大きく乖離する好例になってしまったともいえる。
集計結果 1位~50位
https://yorozu-do.com/animation100/#150
うちベスト25
1位 TIGER&BUNNY/2011年
2位 劇場版TIGER&BUNNY -The Rising-/2014年
3位 魔法少女まどか☆マギカ/2011年
4位 ラブライブ!(第1期)/2013年
5位 ラブライブ!(第2期)/2014年
6位 劇場版TIGER&BUNNY -The Beginning-/2012年
7位 コードギアス反逆のルルーシュR2/2006年
8位 力-ドキャプターさくら/1998年
9位 ラプライプ!The School ldol Movie/2015年
10位 おそ松さん/2015年
11位 銀魂/2006年
12位 ジョーカー・ゲーム/2016年
13位 銀河英雄伝説/1988年
14位 新世紀エヴァングリオン/1995年
15位 コードギアス反逆のルルーシユR2/2008年
16位 ご注文はうさぎですか?/2014年
17位 機動戦士カンダム/1979年
18位 デジモンアドベンチヤー/1999年
19位 PSYCHO-PASSサイコパス/2012年
20位 ソートアート・オンライン/2012年
21位 CLANNAD~AFTER STORY~/2008年
22位 力一ルズ&パンツアー/2012年
23位 ハイキユー!!/2014年
24位 名探偵コナン/1996年
25位 氷菓/2012年

虚空 実際に、昭和を代表するアニメや、日本の代表的なアニメとして、観ていない人でも多くの人があげるであろう作品、たとえば

「サザエさん」「ちびまるこちゃん」「ゲゲゲの鬼太郎」「あんぱんまん」「鉄腕アトム」・・・・なども入っていない。
ネットでの投票に参加する人間が全世代の中で極めて偏っているといる・・・これでは日本のアニメの歴史に残るベスト作品は選ぶことができないというのは、素人でも分かりそうなものなのに・・・
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(場面の分け方についての話題)
虚空 世間は内容内容っていうけれども、やっぱり「カット割り」とかのもっていきかたで同じ内容でも全然印象は変わるから。


諷虹 テレビシリーズでもね、毎話毎話楽しみでみている時って、ラストのところ・・・あと数秒で残りが描けるのにあえてそこをみせないで続きは来週って。(ガルパンなどの例をだす)
切り方ですよね。


参考)テレビ地上波での劇場映画や、バラエティ番組などでは、CMをみせることを優先するためにとんでもないカットを連発する。「衝撃の事実がこのあとに」というような感じで実際には核心をみせないで数十分もひっぱり、とうとう「結末は次週!」なんていうひどい番組もあった。
これは「ズタズタにした不快感」という印象しか残らない。
司会
 自ずと問題がしぼられてきたと思いますが、場面がどんどん動かねぱならず、未来、過去ということもはいって来なけれぱならない。それはテンポを早くするという問題につながってくるわけですよね。

コバルト 未来と過去というのは想像しずらい・・・置いてきぼり。

この前「量子論」の動画をみていて「時間の概念」っていうのがあったんですけど、量子論的にいうと「過去と未来と現在はすべて同時に起きている事」って。


虚空 それがアニメになると「ひぐらしのなく頃に」とか「まどマギのほむら」になるんだろうね。


諷虹 さすがに時間軸が滅茶苦茶になっている作品はなかなか観てもらえないかな、っていう。例えば自分は全く覚えていない未来の痕跡が発見されるとか、連続でない時間、つまり自分が経験してない過去がどんどん積み重ねられるみたいな気持ち悪い作りのものだとSFとかミステリーになっちゃうのかなって。


コバルト 「テンポ」っていう言葉が頻繁にでてきますけど、テンポって結局「時間」じゃないですか。時間の感じ方。


諷虹 タイミング。リズム。


虚空 純日本映画風ということで有名な 小津安二郎 って言う世界的に有名な映画監督がいるんだけど、特別なドラマが展開されるわけでもなく、淡々と進むんだよ。非常にゆったりとした感じで。でもねカット割りはうんと細かい。カメラが頻繁に切り替わる。監督自身、世界的も最もカット割りが細かいんじゃないか、って自負している人。でもカット割りが細かくても、ゆっくりとしたテンポにしか感じない。

参考 映像の魔術師というような異名をとった市川崑監督(犬神家の一族 東京オリンピック等々)はうんと長いカットがあったかと思うと、コンマ何秒というようなカットをたたみかけたりが変幻自在。それによって非常に強い印象を与えるのが得意)


虚空 自分も一時期本気で映画監督になろうとしていたし、教師になってからもドラマ作りだとか放送集会用の動画だとか、研究発表会用の資料ビデオ作成とかさんざんやったけど・・・・「編集」によって同じ素材がどうとでもなるというのはあったよ。
だからこそこの2号の座談会のやりとりはすごく面白いっていうのもある。

あとはね、四コマ漫画の構成が昔の四コマ漫画とは全然違うわけだよね。サザエさんにしてもいじわるばあさんにしても、一つ一つが完全独立だったわけだよ。その四コマで完結。でも今は四コマ漫画を並べてストーリーを組み立てるのが主流じゃない。きらら(芳文社が出してる漫画雑誌のシリーズ)なんていうように。ストーリー四コマっていうやつだよね。

本当だったら一続きのストーリーとして描かれてたいものが、四コマという単位の積み重ねで描くようになっていきている。



諷虹 ストーリー4コマといえども、あくまで4コマ漫画だからストーリーを追いつつも、4の倍数のコマの時にオチを言ったり、変なことを言うわけですよね。ギャグが雰囲気をぶち壊さすぎず、でもそれがアクセントになるような絶妙なボケ・笑いが必要



虚空 そうするとね、昭和の頃とかに四コマ漫画を読んでいた人とは全然違うと思うよ。場面の切り取り方や受け止め方や重ね合わせの感覚が。

四コマだけの完全独立完結で成り立っていた世界が、四コマ漫画がユニットになっていて、それがストーリー全体の中で役割をもって構成されているわけだろ。しかもそれが「連載」の形をとっている。そういう場面の切り方・まとめ方が現代人の標準になってきている。

だから全体を考えるときにも、いくつの四コマ漫画で割るのか、そしてそれぞれの四コマにそれぞれのオチをつけてさ・・・

なかなか上手にできているな、っていうのも多いけどさ、一般に昭和のオジサン・オバサン世代はこういった構成には不慣れなわけだよ。きらら系の漫画なんてよんだら面食らうと思うんだよ。


四コマなの?ストーリー漫画なの?どっちなの?って。
「いや、どっちもです・・・」っていいうのがなかなか伝わらないし、受け入れられない。それはもう頭から「どっちか」と分類してしか考えられなくなっているから。

この座談会で話題にされていることだってね、今からおよそ50年前の対談だよね。この50年にしたってテレビも映画も漫画も表現の方法は随分と変化したりバラエティー豊かになっているよ。


この座談会で語り合っている人たちは50年後の日本のテレビや漫画がどうなっているかなんて知らないでしゃべっているわけだよね。


でも現代の問題に大きくふれることをちゃんと語り合っている・・・それは当時爆発的に広まった「テレビのある家庭」「漫画のある生活」っていうのが「新たな世界構築法」との出会いで、大人も子供もすべての人たちが、新しい表現方法・・・場のつかまえかた、分割の仕方とかを次々と受け入れなければならなくなった時代だったということだよね。



諷虹 今のものをそのままみせても通じないでしょうね。50年前で止まっている。



虚空 そういうことだよ。自分が小さい時にみていた作品の構成までだから、受け入れているのは。

でもね、もし今上原先生が生きていたら「ああ、今はそうなのか」って受け入れたと思うんだよね。変化していくのがあたり前のことだと思っているから。
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