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☆学修塾ダンデリオン 1月22日ツイッターに関して 諷虹・虚空 やりとり③ 「境界領域での混沌」

諷虹 この「渚」って名前もエヴァに出てきた「渚カヲル」と通じるのかな、って。
名づけの由来
「渚カヲル」のネーミングは脚本を務めた薩川昭夫による[6]。由来は、映画監督の大島渚からで、「渚」は綾波レイの「波」と対になっている。または姓は偏と旁を分けると「シ者」[6]、すなわち使者(→使徒)であり死者、名前は「オワリ」を五十音順で1字後にずらしたものから「カヲル」、姓と合わせると「シ者オワリ」→「渚カヲル」となる言葉遊び。つまりは「最後の使徒」であり「最後のシ者」であるとの隠喩である。これは弐拾四話のタイトルにも掛かっている
虚空 そうなの?自分は単純に「なぎさ」っていう波うちぎわ・・・寄せては返す波がくる場所っていうイメージからかな、って思っていた。
辞書 海の砂浜から波打ち際までに至るまでの、広い砂地のこと
諷虹 境界領域ですかね。波の動きに応じて「海」だったり「陸」だったりする場所。
あと我々世代だとクラナドなんですが、ヒロインである渚が娘の名前を「汐」ってつけるんですよね。(辞書 月や太陽の引力で海水が満ち引きする現象)
名づけの由来は 『ひとり立ちしても やがては 渚のところに戻ってくるように』というような・・・
虚空 でもさ、あれって出産の時にお母ちゃんの渚って死んじゃうんじゃなかったっけ?それから子供の方も死んじゃうんじゃなかったっけ?
諷虹 ひぐらしのような並行世界で・・・それを回避するルートもある、っていうことなんですよね。アニメ版だと話ずらいんですが、ゲーム版でいうと全ルートを閲覧すれば「光の玉」が集まって大団円ルートに行ける。アニメでは二期のラストでその「光の玉」の奇跡が起きて母親も助かるし娘も助かる。ものすごく大雑把にいうとそういうことになります。
本当はもっと深い意味があるんですけど、それは詳しくはここではとても言えません。

クラナドから元に戻すと・・・「渚」って、まどマギ劇場版のカマンベールチーズ好きの・・・「百江なぎさ」。あれも魔女であり魔法少女であるというところからつけたんですかね。
虚空 最初は魔女は完全悪として描かれていたけど、それらすべてが愛すべき同士だった魔法少女の成れの果てであることが明らかになってから、親愛の情を抱きつつ退治する、っていうような感じだったもんね。
諷虹 (ネット解説文)ほむらのまどかに対する強い愛情が、悪魔ほむらを生みだして、2度の世界改変が起きる・・・
虚空 トランスフォーメーションだね。
諷虹 悪魔っていうのはさっきのなのはでも出てきたけど・・・・
虚空 聖書に出てくる悪魔っていうのも、日本人のとらえかた通りかどうかは分からないよね。だいたいさ、「ガブリールドロップアウト」なんてアニメを作ってしまうんだからさ。天使の優等生が地上にきて堕天使になるとか、悪魔が天使以上に善良だったりして。西洋人からみたらどう思ったんだろうね。
ただ、古いタイプのタロットカードでいう悪魔っていうのは、大切な意味付けもされていたじゃない。神界に入る前に必要なステップとして。
カモワンタロット⇒ 「神の家」に入る直前にいる天上界の偉大な番人
諷虹 エヴァの使徒だってそうですよね。どっちが悪魔だかわからない。
虚空 「はたらく魔王さま!」もそうだった。魔王の方が善良。
そういった逆転が日本人って好きなんだね。
*ここでヒマワリフクロウさんからのライン  
*諷虹「色」「柄」に対しての日本人のイメージを検索して感心する
⇒これらのラインやりとり記録は別記
諷虹 色の組み合わせによって、「和音」のようにその色のイメージがガラッと変わったりするのもあるよなぁって。
手ぬぐいの柄とかは色もですけど絵柄でも意味を出してたり・・・https://kamawanu.co.jp/tenugui/origin.html
虚空 まさに言霊の国だね。
諷虹 これ(かまわぬ 手ぬぐい)なんか女子高生のセンスですよね
諷虹 画像の配置によってということからすると、てぬぐいとかの柄とマンダラっていうのも共通してますよね。バチがあたるかもしれない考えですけど
虚空 いや、バチはあたらないんじゃないかな。マンダラ塗り絵なんてうちにも何冊からあるけどさ、あの幾何学模様に好きな色を塗っていくだけで、トランスフォーメーションをおこせるようなふれこみだから。
そもそもマンダラって、言葉として説明できないからこそ図式でっていう・・・空海が広めた「密教」の根底の発想だものね。
そこはずっと語り合っている「言葉で表すことができない部分に根幹がある」っていうことそのものだよ。
てぬぐいでも着物でも帯でもそうした柄を「どう組み合わせるか=合わせ」っていうことも上原先生は問題にしていたけど、足し算ではなくて、錯綜・共鳴からくる累乗的なかけ算という感じで響き合っていくんだろうね。具体的にいえばそこから触発されるイメージや感情。
それを児言態では「イメージの発動性」って呼んでいたけど、今後の課題としては「発動したイメージ」のその後ということ・・・それが「共鳴」というキーワード。
そしてさ、やっぱり日本人って極端に相反するものを共鳴させあうのが大好きだったと思うんだよ。西洋的な常識では考えられないくらい。それがさっきから出てきているバガボンドのことだとか・・・・
諷虹 マンダラも絵柄同士のコンステレーションっていうことがあるわけじゃないですか。
相反するもの・・・同じ円とか図柄の中に何でこれとこれを一緒に描いているんだろう、って。
虚空 日本画でも浮世絵でも山ほどあるよ。
諷虹 ダリもそうですよね。だから超現実につながるわけで。現実・非現実と両方あるから「超現実」
虚空 スタートの時点とか、一つ一つのステップは老子さんの話からあったように単純。解きほぐせば案外シンプル。でもそこから無限の多様性を広げる・・・水墨画なんかもそうだし、さっきのてぬぐいとかの図柄も、西陣織のような豪華絢爛な配色なんかなくても、イマジネーションを刺激することでどんどん広がる。この前のモノクロ世界の話のように。ゼロのイチの間に無限のグレーがあって、それが無限の色彩となる。
諷虹 てぬぐいの中に「とんぼ」の図柄があるんですけど、前しかみないで飛んでいくイメージから好まれた、ってあるんですけど、それってこの前の「荒野のコトブキ飛行隊」にも出てましたよね。「隼は前しかみないように作られてんの!」
コンビネーション・・・
虚空 それもかけ算だね。バガボンドの井上さんが「リアル」でも書いているチームワークの話だよね。それぞれの関係が起こす「化学変化」・・・想定外のことが起きるから楽しい
コトブキでもガルパンでもそうだよね。水島監督って、くせ者たちがチームワークのために没個性になるよりも、そのまんまでからみあって想定外の力を発揮っていうのを好むよね。
これって、飛鳥時代の宮大工の口伝と同じ。木でも人でも癖をそのまま使え、って。
普通だったら組織のお邪魔虫になるような問題職人を絶対首にしてはならない。そのまま使えるポジションをみつけるのが棟梁の技量だ、って。

この組織論だって、両極端を統合する・・・西洋哲学での「止揚(アウフヘーベン)」よりももっとダイナミックなような気がする。なんて哲学をきちんと学んでなんかないけどね。
ただ、学生時代のゼミは教育哲学のところだったから「絶対矛盾的自己同一」なんていう言葉はさんざん出てきた。この場合の「絶対」って「対立を超越する」っていう意味らしいから、さっきの「超」と通じると思う。(哲学専門の方からみたら暴言かもしれませんが、お許しを)
諷虹 「絶対値」がらみで、アブソリュート(英語表記)absoluteってあるじゃないですか。(辞書 絶対的であるさま。完全無欠なさま。また、まじりけのないさま。)
・・日常での「絶対」の使い方ってそういう使い方とずれている部分がありますよね。
虚空 だから「超」の方が誤解が少ないかも・・・「非現実」と「超現実」の違い。「どっちか」ではなくて「両方の響き合い」・・・
諷虹 日本語のあいまいな表現っていうのも「どっちにも含みをもたせる」んでしょうね。西洋だと「どっちかにしろよ」っていうことになるんでしょうけど。
虚空 あいまいな境界領域っていうのも大好きだよね。
諷虹 渚ですね
虚空 どっちつかずの場所を作る。
諷虹 縁側とかそうですよね
虚空 襖や障子・・・鍵もかけられないし、つつぬけなのに、絶対的な区切りとしてお互いに了解しあって生活する。エヴァでのドイツがえりのアスカのセリフにもあったけど
諷虹 ATフィールドですね。あと旧劇場版でエヴァの操縦席っていうのは母親の胎内だとアスカが気づく場面がありましたけど、あれもドイツ的な思考が邪魔してなかなか気が付けなかったのかな(25話 Air)
(動画で確認
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