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☆救いは万策尽きた後?・・・「テレビ作家の教育力」

アニメに限らず日本古来の物語展開で「救い主」は最後の最後に登場というのが多々ありますね。
(もちろん外国のでもそうなのですが)

表面的にみれば、それは主人公たちが絶体絶命のピンチに陥ったところにヒーロー登場、というのが最高の見せ場になる、ということですが、心意伝承的な観点というか、神話的発想だとちょっと違う面がみえてきます。
それはこの現象世界は魂の修行の場、あるいは「それぞれが創意工夫をしながら生活を乗り切っていくところに真の喜びがある」ということです。

だから身近な例でいえば「至れり尽くせりの躓かないようにしてあげる」教育っていうのは、人間の本性に反する、と考えます。最も大きな学習の喜びを得られる機会を失わせてしまう。

だから救い主は人間がまずギリギリ精一杯に自分の力で突き進んでという段階・・・次のステップへの機が熟した・・・段階で、背中を押してくれる存在として現れるわけです。
水戸黄門だって、そのままずっとその場に居続けてくれるわけではなくて、去っていきますよね。

そこが地元に根付いている「氏神様」とは違う、一時的なお客様としての神様「まれびと様」の重要な意義です。

新たな次をまた自分達で切り開く・・・そのためには救い主は居続けたらかえって邪魔になってしまうんです。
(先日NHKのBSで放送されていた「七人の侍」も全くそのパターンでしたね。最後の志村隆さんのセリフに象徴的にあらわれています。
勘兵衛は『今度もまた負戦だったな・・・いや、勝ったのはあの百姓達だ、儂達ではない』


補足)「テレビ作家の教育力」についての上原輝男先生の発言
子どもはいつでも夢を見ている。その中に先生だから入れるということでなければ、(ならない)。
ガンダムの世界、子どもの世界、夢の世界に働きかけている。(これが、)テレビ作家たちの仕事、
教育力ということから言えばテレビ作家たちの方が優っている。
教育の世界に(は)、子どもの世界に触れるものがない。
1992年(平成4年)9月15日 月例会 

2019年3月29日 諷虹宅①

諷虹 (まんがタイム最新刊から)
NEW GAME がシロバコみたいになっていますね。
このあたりの話、普通に劇場版とかでやりそうな勢いですよね。

虚空 「チーム全体が一つ」っていう発想・・・チーム構成員が「足し算」ではなくて「かけ算」というか「共鳴し合って」いう・・・飛鳥時代からの宮大工の協同作業にも似た感覚。
折口先生の「一家系一人格」っていうのを縦軸ではなくて横軸版にするとこうなるのかもしれない、って今フト考えた。
ウマ娘の「チームスピカ」なんかでもそうだったけど、どのチームがいいとか悪いとかではなくて、例えばサイレンススズカだったりスぺだったらリギルよりスピカの方が共鳴しあえた・・・だいたいゴールドシップなんてリギルでは芽がでないよね。
でもリギルのようなチームの方が伸びるのもいる。
そんないろいろなチームがあって、あの学園は成り立っている・・・本当の意味での「有機体」観・・・

諷虹 八神さんの再登場の仕方がピンチになっての登場・・・
*ネット検索 『真打』

虚空 「真打登場」っていうやつだよね。

諷虹 今回のコトブキ飛行隊でもガルパン劇場版でもそうですよね。

虚空 自分は今月の NEW GAME で真っ先に意識にひっかかったのが、さっきのチームっていうこと。それこそシロバコでの 武蔵野アニメーションもそうだし。
八神さんが戻るきっかけとして、単に技能が高いからピンチの助っ人として、という以上のことをフランス人も発言しているけど。

諷虹 舞台が整ったっていうやつですね。
スポーツでもピンチの場面だからこその場面で出す。もっと前から出してもよさそうなものなのに。先週の「切り札」にも通じますね

虚空 どの場面で登場すれば「チーム全体に最も共鳴しあえるか」っていうことだよね。「舞台が整う」っていうのは、その場のみんなの「集団的構え」。

諷虹 「万策尽きた」というあとに「新たな次元がみえる」。煮詰まって煮詰まってポンと登場してきたことで活路が見いだせる。

虚空 まさに黄泉の国を通過して、三神登場。
でもこれは単に助っ人が出てきて「もう安心」じゃないよね。
それで新展開への予感が感じられて、みんなが再起動。これまでとは違った頑張りでの共鳴が起きる。

諷虹 メタ的な発言だと思いますけど、最終回近くになってのね。今回のえんどろ~でも、魔王という正体を明かすのが8話くらいででていたらね・・・。あと1話くらいのこのタイミングだから。

虚空 受け手側にもそれなりに限界までという精一杯感があってこその・・・っていうのは王道だよね。
ウルトラマンだって最初からは出てこない。でもイデ隊員がそれを期待してしまって、っていうエピソードがあった。
最終回はウルトラマンにもう頼らずに地球は我々の手で守っていかなければならない、っていう感じだった。 
水戸黄門だってギリギリまで印籠を出さないし、大魔神だって本当のギリギリにならないと出現しない。

諷虹 最終回になって2期決定、っていう不意打ちだって、ワンクールで終わってしまう世の中だからこそできること。

虚空 昭和の感覚だとね、それならちゃんと続けてやってくれ、って思うよ。2期開始が何年もたってからとかね・・・。
それも以前と比べて原作にはないオリジナルストーリーをやらなくなった、っていうのもあるんだろうね。よくいえば原作重視だけど、悪く言えば、魅力あるオリジナルストーリーを描けるライターがいなくなった、ともいえる。

諷虹 そういう意味では動画工房は頑張りましたね。

虚空 その話がどのタイミングで出るかな、って思っていたんだけど。

諷虹  我々がきんモザに求めていたのはあれだったんだな、って。

虚空 そうだよ。同じ最終回にミュージカルっていっても段違い。
ネット感想でも「動画工房の底力」なんていう言葉があったけど・・・本気だしたら、たったAパートだけの10分ちょっとでも、劇場で本格的なミュージカルアニメを観たかのような充実感。「アナ雪」なんて吹き飛んだ。

諷虹 みゃーねぇの言葉でフッと現実に引き戻された

虚空 だいたいさ、オープニングのところでいかにもミュージカルのフィナーレでした、っていうような幕の閉まり方。原作を読んでいた人には、「ああ原作通りあっさりと劇は通過なんだな」と思わせておいてのサプライズ展開だったんじゃないの。

諷虹 まさに真打登場。
どれだけに準備をかけていたのか。シナリオだって歌だって

虚空 作詞作曲だけじゃなくて、声優さんたちだってそれなりにいつも以上に練習は必要だっただろうしね。
とにかく内容も小学生の劇を超越していただろ。表向きは楽し気な美しいミュージカル仕立てでありながら「人間界」と「天使界」での「時間・空間・ジンカン」についての残酷なまでのズレと錯綜。
でも最後は、それこそ今回のダンデリオンツイッターで紹介した「『別れ』は最高の『出会い』」を地で行くようなトランスフォーメーションでしめくくっていた。

諷虹 死後救済

虚空 今回の歌詞の中で繰り返しでてきた言葉もさ、『人は大地に 天使は空に』。
そりゃ人間と天使のお話だから当然といえば当然なんだけど、先週「空海」とかの名前の話・・・日本神話冒頭との共通点・・・とのこともあって余計に心の中に響いてきた。

第12話「天使のまなざし」
内容と感想サイト http://anicobin.ldblog.jp/archives/55077332.html

諷虹 とても小学生の文化祭レベルではないですよね

虚空 この前からテレビ作家の教育力として何度も出ているように、幼い子どもが観る番組だって、子ども扱いしないで作られた深いテーマのものって何故か強烈に印象に残っている。セーラームーンのミュージカルだって良くできた作品は大人がみても難しいテーマを真正面から扱っている。一応幼児から小学校低学年を想定してのミュージカルなのにね。「大きなお友達」が真面目に内容に感動していたけど、子ども達がよく集中して観ていたよ。
それと同じようにね・・・これも単に人間と天使の交流という以上の深い世界を、よくまああの数分間に圧縮したと思うよ。
もちろんこのアニメの想定視聴者は小学生ではないけどね。

諷虹 あそこだけEテレとかでやってもいいですよね

虚空 そりゃ深夜アニメの神回として語り継がれるだけではもったいないよ。
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