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☆老子「三宝」 エヴァQ談義を中心として ②「偉大な馬鹿」

玉川学園の創立者である小原國芳先生は「偉大な馬鹿」「馬鹿になれ、大馬鹿に」等々の言葉を口にされていたそうです。宮崎駿監督アニメ「もののけ姫」のラストにも「馬鹿には勝てん」というセリフがありました。

大いなる役割を果たせる人間は目先の損得や利害にこだわらない必要があるということですが、そういったことを老子の三宝という観点からエヴァ新劇場版「破」⇒「Q」での主人公 碇シンジ の姿を通して考えようとしています。
虚空 「偉大なバカ」っていう「バカ」と、アスカがシンジに言い続ける「バカ」っていうのとが同質なのか、どうなのか・・・。

つまりQだとシンジがかなりの愚か者に描かれているような見方もできる・・・そうすると偉大なバカじゃなくて、目先だけのお馬鹿になってしまう。何だかそっちにとれるような印象があった・・・まだ一回しか観ていないけど。

コバルト 石橋をたたいて渡るんじゃなくて、叩く前に渡ってしまうのがシンジ。結果これが状況に間に合うことになる。待ったなしの状況だから・・・・
諷虹 Qをみたのがずっと前なんですけど、どっちかっていうとシンジ目線でみてしまうというのがあるんですよね。だからこっちとしては破のラストの感情とか熱量みたいなのを持ったまま観に行ったら、14年後だかなんだかの肩透かしをくらったような・・・。
状況としては目覚めたばかりのシンジみたいにその世界に順応しようとはするけど、ただ、誰一人として詳しい説明をしてくれないで、お前は何もするなとしか言わない。破のラストで背中を押してくれたミサトさんも全く態度が変わっている。
そういう状態だからこそシンジに肩入れしてシンジ目線でしかみられない部分があったんですね。
でもラストの槍のくだりは、シンジと切り離される感覚になって、あそこらへんから記憶があいまいになっている。結果的に心の支えだったカヲル君も死んじゃって、何だこれみたいな。
ここの切り離された状態だとアスカの「ガキ」とか「バカ」がしっくりくる。
コバルト 馬鹿っていうのは、自分の想定の外側でなきゃ出てこない言葉。なんでこういうことやるんだ、って思わなかったら出てこない言葉。
諷虹 馬鹿って言われた側(B)からすると、馬鹿って言った側(A)の想定の外に居たから言われた訳で、つまり言われた側(B)からすると言った側(A)も言われた側(B)の想定の外側に居ると思われますが、でも言われた側(B)は言った側(A)の事を馬鹿とは思いにくい様な気がしますね
虚空 そういうおめーが馬鹿じゃねーの、っていうのとは違うのね?
コバルト 理解しない馬鹿と理解しようとする馬鹿・・・?しっくりこねーな。
諷虹 相手の想定に歩み寄ろうとするかどうか、っていうことですかね。自分にも非があるかもと思って立ち位置を改めようとするのか、自分が正しいとして自分の立ち位置の正当性を主張するのか
コバルト 反発になるのかな・・・拒絶?
諷虹 反抗期とかもね。
テレビシリーズでもアスカとシンジの喧嘩ってお互いに立ち位置を譲らない喧嘩じゃないですか。エヴァQでモヤモヤしてしまうのは、アスカとかヴィレのメンバーの立ち位置も、Qの時間軸のネルフやカヲル君の立ち位置が全く分からないまま世界の危機云々で散々言い合いされても・・・・って置いてきぼり感
コバルト 喧嘩も向かい合わないと喧嘩にもならない。
諷虹 どっちが正しいかっていう判断もできない。やっぱりお互いにシンジが悪者になっているし、シンジはシンジで14年前の気持ちのままいるから、それが一体何が悪いのかの説明もないから・・・。でもカヲル君だけは全肯定してくれている。
コバルト 他の人は全否定。
虚空 今回の老子さんの言葉に関しての「お話」文にこだわってしまうのはね、そのあたりと関係あるんだけどさ・・・「破」のクライマックスや「Q」のクライマックスとの関りで・・・・
ただ、そこらへんは全員がちゃんと観た時点でもう一度考えた方が良さそうかな・・・・
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