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☆老子「三宝」 エヴァQ談義を中心として ③「敵対から融合へ」

ここで話はエヴァから離れて「慈(じ)」「倹(けん)」「後(ご)」についての具体例になっていきます。折口先生の「親愛の極致が殺戮」とか上原先生の説く本当の喧嘩・・・幼い頃から経験を積み重ねる必要のある喧嘩ということにもつなげています。
諷虹 エヴァからちょっと離れますけど「慈しみ」って・・・自分の強さだけにこだわってきた人間・・・魔王・・・が虐げられてきた民衆とかの想いを受けた勇者なんかに倒される、これってやっぱり 1対多 みたいな・・・・。
コバルト 周りの人間を守れない自分の不甲斐なさで覚醒する・・・本当の危機感で本気を出していく。
諷虹 自分を倒してくれる人間を待っている・・・結局「誰かのためじゃないと自分の限界を超えた力は出ない」っていうオチ。これが多分「慈しみ」っていうことなんじゃないかと思うんですよね。
コバルト 思いやり・・・・。
諷虹 桃太郎だって基本形はこれじゃないですか。
コバルト 敵が自分を上回った時の笑顔
諷虹 それが慈しみ
コバルト 共振・共鳴がないと慈しみはでてこない。人がいないと定義として成り立たない。
諷虹 前提として、ということですよね。
虚空 真のライバル・・・
コバルト お互いに高め合って最後は澄み切った状態になる。
虚空 バガボンドのような命のいありとりでも、こいつとなら命をやりとりしても悔いはない、とか・・・・自分にとどめを刺したのがお前で良かった、というような感覚。
以前も出てた「殺戮と親愛の極致」
コバルト やっぱ「愛」なんだね。愛情が

諷虹 愛するっていうのも相手が必要


コバルト 本当の敵に出合えた喜び。
諷虹 タイマンってあるじゃないですか。チームの総意を持った一人同士がぶつかりあう。あれもやっぱ数では同等だから想いの強さでどっちが勝ったか、っていう。
コバルト 喧嘩って難しいよね。やりすぎても避けても成り立たない。
諷虹 一人に対して大勢でかかってはタイマンとは言えないですよね。
虚空 それは慈しみじゃなくて、単に葬り去るだけ・・・叩き潰すだけが目的。
コバルト 喧嘩の仕方でもね
諷虹 正々堂々
コバルト 正々堂々って何なの、ってでてきそう
虚空 だいたい「卑怯」って言葉が死語になっているからね。
コバルト タイマンも一方的になったらただの暴力
諷虹 ある程度の実力同士じゃないと
コバルト 気持ちのぶつかりあいでは弱いのが強い方に・・・
諷虹 「義」の感覚
虚空 「まいった」「降参」っていってもとことん潰すじゃない。
弱い方が強い方に、っていう実力差じゃなくて、明らかに弱い方に、さらに集団で襲い掛かる。そしてどんな様子を動画で撮って世界中にばらまく・・・道も何もあったもんじゃない。
諷虹 この「後」は前に出過ぎるな、っって・・・
コバルト 任侠道・・・日向は堅気の方で自分たちは日陰とか・・・
虚空 「人は先に 自分は後に」っていう(ヒマワリ・コバルト が出身の小学校の)校訓。
『自分が先頭に立とうとはしないから、人々は伸び伸びと、自分の器量・才能を発揮し、成長することができるのだ。』って、「言語生態の授業」の基本ともいえるよね。教師が前面にでないからこそ、っていう。上原先生の「大人は子供の鏡になればいい」っていうのともつながる。
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