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☆老子「三宝」 エヴァQ談義を中心として ④「慈しみの心」

ここでもう一度ダンデリオン記事を読み返して、エヴァの話に立ち返ります。
特に三宝のうちの「慈しみ」という観点に話は集中します。「共振・共鳴」ということをどれだけ起こせるのかというポイントでもあると考えています。見えない世界に主軸を置いての立ち位置になるからこそ、共鳴の連鎖が次々と起きていくのでしょう。
虚空 これって、やっぱりエヴァQと通じそうでしょ
諷虹 確かにそうですね。あそこでいきなりシンジが前に出てしまった。人が変わったように・・・悪い意味での
虚空 その人が変わってしまったという意識の根底に何があったのか・・・というよりも「慈」が本当にあったのかどうか・・・。Qをみてやっぱり、スタジオ・ディーン版のFate/stay night の衛宮士郎と重なったっていうかな・・・こんないい方したら怒られるかもしれないけど・・・・
諷虹 シンジ視点にたってみれば分からないでもなかったのが、最後のシーンでは本当に分らなくなってしまった。
虚空 でもね、今日「破」のクライマックスを観なおして、自分の中ではもうすでに「破」のあの段階でQに通じるポイントが出ていたように感じた。
そういう意味では、パラレルとか時間の戻りという見方もあるんだろうけど、素直に「破」の続きの物語、っていう根底の流れで作られたようにも思う。
前半のミサトさんとかのあたりなんかは確かに?なんだけど・・・。
ネタバレになってしまうからこれ以上は細かく言わないけど・・・って言いながらもう一言だけ・・・「覚悟と責任」の度合いがどうだったのか、という問題。それが「ガキ」発言とのつながり・・・。
諷虹 今ちょっと思い浮かんだんですけど「起きて半畳寝て一畳」とか「武士は食わねど高楊枝」とか「天下を取っても二合半」みたいに、武士に関する言葉ってこの老子の言葉に通じるものがあるなって
虚空 気位・・・だから痩せ我慢とつながる。
コバルト 前田慶次の言葉で「人は日に畳一畳米三合あれば十分」ってのもありまして・・・あと伊達政宗。「暑いときには寒いといえ」「寒いときには熱いといえ」
虚空 あの時代の人たちって毎日「死」と向かい合っていたわけじゃない。すごい密度で生きていたわけだよね。その中でも崩れない精神力・・・
「武士の誇り」なんていうのは簡単だけどね・・・本当に命がけの覚悟

アスカや綾波とか、あのメガネのお姉さんには、シンジとは比べ物にならないくらいの「覚悟」があったと思うんだよね。あと「責任」・・・
諷虹 江戸っ子が散財しているのもそうですかね。一見贅沢しているようで、全部飲んじゃったり、まわりにおごってしまったり・・・お金のある人の無駄遣いとは違う
コバルト お金がないときほど散財しろ、って。ないのに使う。100万持っている人が1万円使うというんじゃなくて、1万しかない人が1万使う。
それも人のために使う
諷虹 慈しみとか・・・周囲のため。
虚空 自分なんてそういうところはあるかな????人のためかどうかは分からないけど。
諷虹 金に目がくらむような感覚があるかどうか。こんだけもらっても飲んで終わりだしなぁ・・・みたいな。心意気があるかどうか。
虚空 生きた使い方ってよく言うけど、それは一応気にはしてる。
コバルト・諷虹 (精神的な成果や達成感を物質価値に置き換えられるのかどうかという話題あれこれ)
諷虹 感覚のマヒなんですよね。
コバルト 慈しみの心の逆パターンですよね。相手を思いやったら出来ない事。
諷虹 慈しみの心って1+1が10にも20にもなる・・・でも物質的なことに還元する発想は2にしかならない。
虚空 共鳴しあうということが足し算を指数的なかけ算に変える、っていう感じだね。
諷虹 苦しい時ほど周囲の声援が大きな力になる。
状況によってバタフライエフェクトのように思わぬ広がりをみせる。
虚空 それが天下の王道にまで貫いていける。宇宙との共鳴。
コバルト 試合に負けて勝負に勝つ、っていうのもあるじゃないですか。勝った気がするかしないか。
虚空 それも見た目の結果だけで終わったら、それだけのことだけど、見えない世界・・・心の世界での共鳴が起きれば、どんどん増幅していくものがある。
(相手の得意なことで勝負する 云々の話題)
コバルト 本当の負けを認めさせるためにも、相手の有利な状況でわざと勝負を挑む
虚空 それがさっきの弱い者いじめなんかとかだと、美学も何もあったもんじゃない。
諷虹 さっきの卑怯もそうですけど、何とかして自分の得意なことで相手をつぶそうとしすぎますよね。
虚空 以前話にでたプロレスの美学もそうじゃない。相手の必殺技を敢えて受ける。避けたら顰蹙を買う、っていう。
コバルト こういうことに関して児言態の人たちとやりとりしたいですね。ダンデリオンさんとかも一緒に。
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