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☆老子「三宝」 エヴァQ談義を中心として ⑦「自分の言葉への責任」

自分の言葉への責任を自覚するというのは、宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」でも大きなテーマの一つであると監督自身が語られています。
もちろんこうした自覚は最初からなされているわけはありません。ただ、自分の言動がどのような結果になったのかという「因果関係」は常に率直に認めるという習慣が幼い頃からついていないと、「関係ねーよ」という逃げの姿勢ばかりの無責任な人間になってしまいます。
かつての日本ではそういった事を自覚するためのことがいろいろな場でありました。
以前「バタフライエフェクト」ということも駿煌会で話題になりましたが、思わぬ因果の連鎖がありうるというという自覚・・・「風が吹けば桶屋がもうかる」式の・・・もなかなかしにくい世の中だからこそ、こうした意識を持つことは特に大事になっていると考えます。
虚空 もっと言わせてもらうとね、破のクライマックスでゆうべ諷虹君が言っていたようにミサトさんが背中を押してくれていたじゃない。
ヒマワリ (ミサトの声色で)「行きなさいシンジ君!誰かのためじゃない!あなた自身の願いのために!
虚空 あそこでシンジが叫んでいるセリフ
ヒマワリ (シンジの声色)「僕がどうなったっていい・・・世界がどうなったっていい・・・、だけど綾波だけは・・・絶対助ける!!!」いまーわたしのー♪
そこもガキシンジだったんですね。
虚空 シンジには厳しい言い方かもしれないけど、そう言って綾波を助けたわけじゃない。で、Qでその結果がどうなったのかを見せ付けられてショックを受けて、僕の責任じゃないみたいなパニックを起こすよね。
それは確かに全く本人が予期しなかったようなバタフライエフェクトだったにせよね、それが事実として起きてしまった以上はね。
シンジは無理やりエヴァに乗せられたっていう経緯はあるから
諷虹 挙句に友達を殺せと言われたりね
虚空 そういう意味では気の毒ではあるんだけど、厳しい言い方をすればね「引き受けた」という時点での「責任感」っていうのもあるわけだよ。
それもね、何度か「もう乗らない」って宣言して・・・でも乗る。その心の中には「他への慈しみ」もあっただろうけど、やっぱり「自尊心・自負心」もあったろうし・・・・
Qが素直に破の続きとしてと言った事の一つにね、人が変わったようなミサトに「自分も何か」とか「闘う」って何度も言う。それこそ「序」や「破」とは別人のようにシンジも自分だって役に立ちたい、っていう姿勢を積極的に見せる。
でもそれが後半にその後の現実をみせられたり、槍が違うというのに静止をきかずに抜きにいって、結果として大惨事への引き金を再びひいてしまう。
あれでまた「僕のせいじゃない」っていうようなことを言ったら、そりゃアスカやマリたちからみたらただのガキとしか見えないだろうよね。

自分の言葉に対する責任っていうのはさ、バタフライエフェクトのような想定外のことがおきたって責任逃れをしない覚悟・・・まあそれを想定で14歳に求めるのは酷なんだろうけどね。
でも考えてみれば戦国時代とかの元服では、そういう覚悟が本当に求められた。家柄によっては指揮官をまかされることだってあったわけだよね。家来の命を預かる。
諷虹 なのはでのクロノ君はあの時点で14歳ですよね。
虚空 無印でもA’sでも主人公たちは小学3年生だろ。でも自分たちの責任の重さは十分に感じながら行動しているように描かれているよね。
ヒマワリ でもやろうと思えばできるよ、全然。自分も14歳でエヴァパイロットになれって言われたらそれないに受け入れたと思うわ。(笑)
でも14は十分大人だよ。
諷虹 冷酷すぎない、っていうシーンもありますよね。シグナムを思わず助けるフェイトだとか・・・
虚空 そこが観ている側としてはやっぱりどこか期待している人間的な姿なんだね。
ついこの前出した例だと木枯らし紋次郎とかブラックジャック。
諷虹 なのはシリーズもお決まりのタイマンがあるじゃないですか。闘いであると同時に「対話」でもある。
虚空 根底にはやっぱり慈愛というか慈しみというか・・・。
そうするとね、比べちゃ悪いけど、なのはシリーズを観返した後でエヴァQの特に後半をみたら、アスカやマリに感情移入しちゃうかもよ。
アスカだって最初こそはエリート意識の塊でエヴァに乗っていた。でも一度精神崩壊を起こして再起してから意識が転換したんだと思う。綾波は特殊な存在だから普通の比較はできないけど、「自分」っていうのがそもそもつかまえられていないしね。
Qなんかでは黒い服をきたそれこそ綾波レイの黒子のような存在。
ただ、さっき50円玉君と「崖の上のポニョ」を観ていたんだけど「お魚のポニョも半ぎぎょ人のポニョも人間のポニョもみんな好きだよ」って・・・どれも自分であった重ね合わせ。これは本当の自分じゃない、って言ったって、やっぱり自分。
だってさ、役者とかが何か別人の役を演じていたって、そこかのその役者らしさは必ず出るでしょ。さっき諷虹君が歌舞伎役者の襲名の話もしていたんだけど、何代目っていう区別がちゃんとある。型をきちんと守った上で「型破り」とかでその人らしさも出る。
どんなに偽者だと言っても、その場面でこういう態度をとります、ということにそれぞれの違いがでるんだから、やっぱりそれも自分。
諷虹 決断は自分が選んだベスト・・・(モーレツ宇宙海賊)
https://cozalweb.com/ctv/kimezerifu/anime/ma/mouretsu-pirates.html
*第4話の冒頭
宇宙には上下左右という基準はない。それを決めるのは今、その空間に存在する己自身である。自分が何処から来て何処へ行こうとしているのか、どちらを向いているのかを理解すれば、己が位置している今を知る事が出来る。広大な宇宙に初めて足を踏み入れ、自らの小ささに呆然とし、混乱する事もあるだろう。しかし、それを乗り越える事が宇宙での第一歩なのだ。
*第6話
宇宙に生きるという事は、常に決断を要求される事でもある。周囲には空気もなく、足を付ける地面もない宇宙空間では、ふとしたミスが致命的な事態を引き起こす。宇宙船に乗りこめば最後、人は常に最良の選択をし続けなければならない。しかし、これこそが宇宙に生きるという事なのだ。加藤茉莉香はそうした決断に長けた。まさに宇宙の民 たる資格を持ち合わせた少女であった。
虚空 この前から出てる定義による座標軸の設定とか、さっきの責任感のことそのものだね、久しぶりにみると。
感情を切り捨てるという自覚がどんどんなされていく。自覚ができていないことを自覚している。自覚されていなくても、まさに宇宙でのお仕事・・・宇宙との共鳴。
*モーパイを視聴・・・マリカは責任をどんどん自覚していく
虚空 シンジはちょっと堂々巡り
ヒマワリ 根本的な土台がね・・・まわりのバックアップがあってもね・・・
虚空 父親が不在という意味ではシンジもマリカも同じだったけど、大きいのは母親の存在かな。幼い頃に母もいなくなったシンジと、母親現在のマリカとの違い。
ただ、それも両親と死別していたってしっかりしている子はしっかりしているから、やっぱり最後は人間性っていうことになっちゃうんだろうけどね。
ヒマワリ マリカっていうのも マリ と アスカ をたした様な名前
虚空 ここでモーパイが出てきたのも必然?
諷虹 どっからモーパイになったんでしたっけ
虚空 自分だろ。自分が格言をいって「どっから?」って聞いたら「モーパイです」って。

ヒマワリ マリカの決めゼリフ「さぁみんな、お仕事です!」もいいね
ギアチェンジ・・・構えを変えるスイッチ、きっかけ
諷虹 まどかの母親の出勤シーン。朝が弱くてもモードを切り替えて。
NEW GAME でもね。
虚空 「仕事」の時は「仕事モード」・・・・これも大人の対応っていうやつだよね。
ましてや命をかけてみんなの為に闘うという役目に対する仕事は、報酬だってないことがあり得る仕事。その覚悟があって日々働いてくれている。
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