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☆諷虹・虚空 5月3日のやりとり① 「便利すぎる世の中で」

「本当の生きる力」というものが果たして育つような社会環境なのか、教育カリキュラムなのか・・・という問題についた語り合っています。

「不足感」があるから・・・「ない」ということが基準になってこそ「工夫しよう」という気持ちや「感謝の気持ち」も生じるのではないかということです。


(現代教育での進路指導の話がきっかけでした)

虚空 学校制度がガチッと固まる前の方がいろいろな人材がいろいろな道筋で育ってきて社会が形成されていた、っていう部分があると思うんだよね。


諷虹 社会情勢の違いはわかりませんが、現代にオイラーとかガウスが生まれていたらあんな実績があがられたのか。

パソコンがあったかどうかも大きいですよね。これが人間を相当ダメにしているように・・・パソコンとかスマホがダメにしているのは、こと数学においては・・・


虚空 国語だってそうだよ・・・っていうか人間性そのものがね。やっぱりパソコンとかスマホとかネットに人間がついていけてない・・・つかいこなせていない。
もっと成熟した社会に、なんていっているけど、そうなる前に自滅しそう。


諷虹 今回の仙狐さんなんてそうですよね。神回でしたね。漫画の5倍くらい面白くなっていましたね。


虚空 自分はさ、母方のばあちゃんを思い出したよ。電気洗濯機を買っても、結局は洗濯板で手洗いしてたから。


諷虹 停電で冷蔵庫の中のがダメになりそう、だから食材を使ってしまおうとか、炊飯器が途中でとまったから雑炊にしようとか、そういう力・・・現代人だったら捨ててしまいそう。あれが道具を使いこなす人間。便利な道具が使えなくなった時の対処。
掃除機が動かなくても箒とかはたきと雑巾・・・


虚空 東日本大震災の時にさ、東北の避難所であれだけ大変な状況になっても切り抜けることが出来たのはお年寄りの力が大きい、って言われたよね。若い頃に家電とかの便利すぎる暮らしをしていなかったから、電気がないだのなんだの言っても、昔の生活を思い出しさえすれば良かった、って。

携帯とかスマホがなくちゃ生きていけない、っていろんな人がいうけどさ、自分の人生なんてそんなものない時間の方が圧倒的。もちろん社会システムとしてないと不便な部分がいっぱい出てきているけど、なきゃないで、あの頃のスタイルにすればいいだけじゃん、って思うもんね。


諷虹 仙狐さんの妄想で家電も使えないのはただの毛玉、っというのがありましたが、「道具を使いこなしている」のか「道具に100%依存している」のかの違いですよね。


虚空 それこそ自分はずっと自炊をしていたから、東日本の時にもありあわせのもので何が出来るかな、って考えて対処したからね。だいたいさ、退職後の生活だって被災中とはそんな変わらないもの。冷蔵庫にふんだんに食べ物が入っているわけじゃないしね。
でも、スーパーとかコンビニでのお惣菜は弁当に頼り切っていた人は大変だったと思う。


諷虹 アニメ版の追加要素で空いた時間で梅酒をつくる、っていうのも・・・梅雨時の楽しみだ、って。「旬」の感覚ですよね。原作ではあれは冬の場面で・・。エアコンで冷たい風しか出さないって・・・


虚空 さっきばあちゃんの話をしたけどさ、あの世代のお年寄りって、戦時中に子育てしてた世代なんだよね。そりゃ半端ない生活力だと思うよ。食材だって何だって何もないようなところで一家を養っていくんだから。

近代的な道具を使いこなせないとか・・・パソコンとかが扱えないからってベテラン社員をクズ扱いする若い世代とかは、いざって言う時に本当に何にもできないだろうね。


諷虹 今はスマホで出来るからってパソコンをやらない若者も増えているそうですからね。


虚空 それが一極集中の怖さだよね。例えばさ、戦闘状態になったら、スマホ関連の施設を真っ先に破壊すれば、それだけで日本の多くの機能が停止するよ。
「戦意喪失状態」になっちゃうんじゃない?

ストパンでもネウロイが情報網の分断、っていうエピソードが劇場版であったけど・・・まさにあれをやられたら日本なんて勝手に降参状態になるんじゃないの?

スマホだけじゃなくて、コンピューターがいかれたら・・・ケーブルが分断されたら・・それだけでパー。

機械の不具合で交通がマヒしたり現金の出し入れができなくなったり、ってつい最近も起きているけどね・・・それでも電子マネーとかそういうのに社会全体を切り替えさせようとしている狙いが分からない。全く別の策略が隠れているんじゃないか、ってさえ思うよ。

東日本での教訓・・・熊本とかの地震の被害も大変だったけど、東日本の教訓って発電所とか、石油処理施設とか、鉄道がアウトになった、っていうのが大きな特色だったっじゃない。
首都圏で関東大震災のようなのが起きるのはもう本当に当たり前と思っていなけりゃいけないのにさ・・・。今そんなことでメインコンピューターから地下ケーブルから何からがぶち壊れて、復旧がどこから手をつけたら分からない、なんていう状態になったら、それこそ日本全体のシステムがマヒだよね。

以前、神の手をもつとかいうスーパードクターを紹介する番組でさ、医療施設のあまり整っていない病院からの依頼での難手術を、っていうのを観たことあるけど・・・それこそ日本では当たり前にそろっているような道具がね、事前に準備しておくようにって伝えていたにもかかわらず、いざとなったらないとか、使えない状態だったとか・・・。それでも臨機応変にあるもので工夫して乗り切っていたけど・・・そういういみも含めて「スーパードクター」っていうことだよね。

ありあわせの冷蔵庫の食材だけでもまっとうな料理が作れるか、とかね。


諷虹 手術中に想定外のことがあっても対処できるように、どれくらいいろいろなことを想定しているか・・・結果、成功したといっても、その裏側にどのくらいのことがあるのか。
ちょっと話がずれるかもしれませんが「定石」・・・あれも「使いよう」ですよね。
定石だけでも外れたことばかりでも・・・
初級者のうちは定石を気にしないでいろいろとやってみて・・・なんで勝てないんだろうな、って時に定石を研究してみる。

で、達人の域になったらもういちど定石から外れるんでしょうね「守破離」の


虚空 定石だって「昔からの知恵の集積」っていう側面があるのは事実だけど、それに絶対としがみついたら逆にマイナスになる。

それは教育でも何でも同じ。ある子たちにどんなに上手くいっても、それが万能っていうわけではない。

松下幸之助の言葉に「自分は家康じゃない」っていうのがあったけど、他人が上手くいった方法を試すのはいいとしても、それが自分にはやっぱり合わないと思ったら切り替えないとね。またさ、自分に合ったと思っても、相手だって人間なんだから。その子たちには合わなかったら、やっぱり切り替えるのがプロだと思うよ。

だから自分なんか作ったプリントの使いまわしはあまりしなかった。もちろんとっておいて、使えそうだったら使ったけど、割と毎年作り直していたよ。それは同じ学年であっても今のクラスの子たちに合わせてね。

この前も言ったけど諷虹君が高専時代に友達に教えた時も、その感覚だったわけじゃない。相手の興味関心とか特性に合わせる。きっと今だって塾でそうしてるんじゃない?

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松下 山岡荘八さんの徳川家康っていうのが流行ったんですよ。もう十何年も前。みんな読んでるんですよ、大阪の商人は。

そんでね「君、読んだか?」「いや僕、読めへん」「読んだらおもしろいぞ」と・・・。

おもしろかったら読むけど、僕は参考にはならんと思った。ワシ、家康とは違うから。家康やったらできるかどもね。家康でない僕が家康のことしたら失敗する。あなたはあなたの生き方、わたしは私の生き方というものがおのずとあっていいわけです。

それに同化するというのは危ないですな。自分というのをしっかりにぎっていないと。自分はこうだと。

しかし、こういうことも参考に頭に入れておこうと。
そうするとそれがね、なんか自分のもんになるわけですな。そして自分のものして出すと。
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