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☆諷虹・虚空 5月4日やりとり 「関心(好奇心)」が大きなカギ 

子育てに奮闘しているヒマワリフクロウさんのお姉さんの娘さん姉妹と初対面をしてから到着。

いろいろな事に関心(好奇心)を向けて、全身で周囲のことを感じ取り吸収している二人の幼子の様子を踏まえてのやりとりです。

こうした部分を小学生・中学生・高校生でも温存していければ、世間が要求しているような表層的な得点力なんかは勝手につくと思うんですがね・・・常識以上のレベルで。


虚空は、言語生態という関係で、言葉がまだ十分に出ない段階の乳幼児には苦手意識が昔からある、という話から


諷虹 ちっちゃい子でもテレパスみたいなのが絶対ると思うんですよ。言葉が通じない年頃でも。小さい子が苦手なんですが・・・・小さい子もこっちにはあまり寄ってこない・・・来ないでくれと言う気持ちを読まれているような・・。

変に表にだすよりも、心の中で思っている方が子供には見抜かれている・・・そういうオーラが出ているんでしょうね。


虚空 特に下の子・・・全身が感覚器のかたまりみたいな子だった。好奇心の塊みたいな子。もちろん上の子もそうなんだけど、まだ言葉が出始めた段階だからこそ、自分の内側から湧き上がってくるものに忠実なんだろうね。


諷虹 ちょっと前の記憶でもすっかり忘れていることとか、ついこの前のようなこととか・・・



虚空 自分の中で一番古い記憶ってどんな記憶?


諷虹 結婚式で花束を渡した・・・


虚空 それっていくつぐらい


諷虹 4~5歳だと思うんですよね・・・


虚空 小学校とかの思い出でもさ、普通に受けた授業ってまず覚えていない。担任の先生がくだらない冗談をいったとか・・・そんなのは断片的にあるけどね。

でもさ、児言態っぽくやった授業って案外みんな細かいところまで覚えてるのは不思議。それとさ、作文でもね・・・

この前のコバルトブルー君。におい作文が本当に当時書いたのと同じ・・・ちょっと前に書いた文だってこんなこと書いたっけ、なんていうことがあるけど・・・


諷虹 「関心」があるかどうかも・・・・心に関わる・・・


虚空 心に届くかどうか・・・上原先生のテレビ作家の教育力のあの言葉もそうだよね・・・


上原先生「テレビ作家の教育力」発言
子どもはいつでも夢を見ている。その中に先生だから入れるということでなければ、(ならない)。

ガンダムの世界、子どもの世界、夢の世界に働きかけている。(これが、)テレビ作家たちの仕事、教育力ということから言えばテレビ作家たちの方が優っている。

教育の世界に(は)、子どもの世界に触れるものがない。
1992年(平成4年)9月15日 月例会 
*ネット検索 『関心』
ハイデガーの基礎的存在論の根本概念で,「憂慮」「懸念」とも訳される。世界内存在としての現存在 (人間存在) のもろもろの様態の構造の統一を彼は「関心」と名づける。

それは「 (内世界的に見出される存在者の) もとでの存在としての,自己にすでに先立つ (世界) 内存在」と規定される。自己に先立つことのうちに未来,もとでの存在 (頽落) のうちに現在,既存在 (被投性) のうちに過去と,3重の時間方位が暗示されている。 (→決意性 )  
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典


諷虹 この3重の時間方向って・・・小さい時ってほとんど明日のこととか考えなかったですよね。過去の記憶がなかったのもふまえると、現在しかなかったのかな。
今の事に関心があるから、今のことはそこに確かに存在していたけど。


虚空 なんだかよく分からないけど・・・ちょっとひっかかっているのは「自己にすでに先立つ (世界) 内存在」って言葉。これって「先験的イメージ」っていうのと何か関係あるのかな????


諷虹 ウマ娘から競馬について突然関心をもって自分の中の集合に入って「添加」してくる感じ。それと同時に「来月天皇賞だな」とか「過去にあったあのレースであの馬が予後不良になった」とか・・・過去と未来が意識にひっかかるようになった。


虚空 因果関係の認識って記憶力の発達と相関しているなんていうのを読んだことがあるけどさ・・・子どもの発達で。思い出を思い出として記憶できるようになって、その記憶の断片に関連をつけられるようになって、それからようやく因果関係をつかまえられるようになる。
知識とかで関心を持つことが、因果のつながりをより深く広くしていく。


諷虹 青ブタなんかの・・・関心がなくなると存在そのものも世間から消えていく


虚空 あれなんかは本当に目の前にいても見えない存在になる、っていう話だったけど、一般的にいえばそうだよね。認知していないものは、存在していることにならないから。
一発芸のお笑い芸人だって、一時期あちこちで見かけたって、ブームが去ったら、もう「今はどうしているのかな」とさえ思われなくなる。世間から忘れ去られるっていうのは、存在そのものが最初からいなかったかのようになるのと同じだよね。


諷虹 ワンピースにもそんなのがありまして・・・・
「やめておけ お前らにゃおれは殺せねェよ 人はいつ死ぬと思う・・?」
「心臓を銃で撃ち抜かれた時・・・違う」
「不治の病に侵された時・・・違う」
「猛毒のキノコのスープを飲んだ時・・・違う!!」
「・・・人に忘れられた時さ」


虚空 この逆が「カノン」とか「3D彼女」にあったよね。「最後のお願い・・・私のことを忘れてください」っていうのが。
このあたりって、難しいところ。

例えばさ、反戦アニメでも「対馬丸」と「うしろの正面だあれ」のEDは真逆だった。対馬丸は「僕は絶対に忘れない」って生き残った子が決意表明をしているし、EDに遭難した子ども達全員の実名がテロップに出てくる。そりゃもう圧巻というか・・・事実上の戦死した子たちの無念さが伝わってくるようなラスト。
それに対してうしろの正面は、あまりにも辛すぎる戦争時代のことは早く忘れて、新たな時代を生きて行こう、という希望を前面に出した終わり方。


諷虹 まどマギもそうですよね。鹿目まどかとしての存在は消えたけれど、世界中の魔法少女から認識される概念・・・過去や未来のすべての魔法少女がなんとなく知っている存在になったわけですよね。(円環の理)

あと、さっきのハイデガーの『頽落』について調べてみたんですがこんな感想のブログを見つけまして
http://salon.idaki.co.jp/%E3%80%8C%E9%A0%BD%E8%90%BD%E3%80%8D%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/
【頽落】
意味
1.堕落(だらく)
2.崩壊(ほうかい)
3.衰落(すいらく)



諷虹 堕落っていうとマイナスの感じになってしまうけど、そういう受け止め方ではないようで・・


虚空 ポイントは「没入」なんだろうかね。イメージの没入性


諷虹 昨日の「王道」のようにマイナスにもプラスにもとれる言葉
タロットの塔みたいな感じもあるのかな、っていう気もするんですよね。
ガ―ッと集中しているけど、いつかはパッと切り離される瞬間がある。崩壊だっていつかは粉塵になってそれ以上は崩壊しない有限性。


虚空 没入っていうのを「夢中」って言いかえると、まさに幼な子の日常そのものだし・・・文字通り「夢の中」・・・ヘタに使うと「夢の世界に逃げ込む」・・・現実か非現実か、になってしまうけど、上手につきあえれば「超現実」になる。


諷虹 夢もいつかは覚める・・・有限性。死後の極楽の世界も、いつかは輪廻転生でまた極楽から出ていくことがあるのかな、って。此花亭からもいつかは出ていくみたいに。


虚空 どんなに居心地のいい場所でも、っていうか居心地のいい場所だからこそ、そこにはい続けてはいけない、なんていう見方もあるよね。


諷虹 居心地が悪い場所にはそもそも長くいない。さっきのはだしの話じゃないですが、居心地が悪ければ靴をはいたり、はだしで歩き回らないだろう、っていう。
あることに興味をもって夢中になってても、ハッと夢から覚める瞬間があったり、でも逆にしばらくするとまたその熱量が復活したり、違うことに興味を持ったりするんですよね。・・・まさに波。


虚空 それが「内」と「外」の往復の繰り返し・・・家に帰るが「孵る」・・・生まれ変わる。ぐっすり眠ることは「死と再生」・・・甦りの感覚。


諷虹 どんなにぐっすり寝てても覚めないことはないですからね


虚空 自分は危ないかもしれないけど(笑)


諷虹 違う生物として起きたりして
平家物語でしたっけ・・・あの冒頭の文章もそういう部分があるんでしょうね。


虚空 繁栄している時が夢・・・ってつかまえているよね。
それが憧れにもつながる、ってとらえられればいいんだけどね。
好奇心にしても憧れにしても、本人にその気がなかったら、夢の世界と現実の世界の行き来ができない。

現実的な諦めとか絶望で一杯になってしまったら、いくら現実対応の訓練をしたって、生命エネルギーが枯渇して、どこかで破綻するよ。

伸び続けられる子ども・・・大人になっても・・・生命力にあふれているっていうのは、やっぱり夢も現実も・・・で、ベースは憧れや好奇心。

そのモデルの一人が宮崎駿だよね。


諷虹 興味関心の赴くままの生活・・・アニメやったり数学やったり馬に夢中になったり・・・どのその繰り返しの中で、同じことでも違った見方ができてくる。

その基本にあるのは関心・好奇心なんですよね。それがあるからまた戻ってきてみたり・・・
忙しいとどうしてもね・・・

このはなの比丘尼さんも「心を亡くすと書いて忙しい」っていっていますが・・・忙しいとどうしても関心も好奇心もなくなってしまう。
心も動かないですね・・・


虚空 極端なことを言えば、本当に子ども達が関心意欲態度・・・好奇心と構えだよね、それに目覚めたら教育者はほとんどやることないくらいなんだよ。

だから20年くらい前に盛んに教師が教え込むのではなくて子ども達の興味関心とか主体性を育てる、って強調されて、通知表の欄でも各教科の一番下にあった欄が一番上になったんだから。
でも平成になって、やっぱりそんな子どもの主体よりも大人が無理やりでも教え込むのが教育、ってなってしまった。

興味関心を育てる、っていうのもね、大人が期待する・・・はっきりいえばテストに出題されることにだけ興味関心を持たせる・・・それ以外への興味は邪魔、っていう見方になってしまった。

本当はこの前コバルトブルー君が作物の土作りでコメントしてくれたように、そんな大人の勝手に決めた枠をはるかに超越した・・・それこそ宇宙との共振・共鳴なんかに連なるような・・・そんな幅広いものができていれば、学校や受験のテスト対策なんていうのは勝手に出来るようになるよ。



諷虹 関心意欲態度を土と考えると、基本的事項の理解は咲いた花を見るような感じですかね。たとえ、学問の花が咲かなかったとしても、自分の興味あることで小説や漫画・絵画みたいな芸術とか・・・いろいろな分野で開花させる土台を重視するようになった・・・


虚空 そういうこと。大人の変な狭さを子どもに押し付けたらもったいない。
その後ラインで
17:27 ヒマワリ
おぉぉぉ…読みました。



17:40 諷虹
 一応確認しました
此花亭奇譚(このはな綺譚でない)上巻の2話の柚の回想でした




改めてこの回を見ると、櫻が自由奔放に仕事(?)する様を見て柚が自分の認識の幅(此花亭の回りの景色や1日の時間)を広げるという回

まさに今日のやりとりそのもののように感じます



21:32 虚空
この言葉の経緯としての部分をふまえると本当に今日の話そのものですね!

大人であればこそ心していなければならないこと・・・ここ数年まともに天体をなんていうのをしていないのも、心が勝手に「忙しくなっている」からなのか・・・・・(反省)
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