忍者ブログ

☆2019年1月12日 諷虹・ヒマワリ・虚空対談⑧ 再び「意味の本質に迫る」とは・・・「共鳴」

虚空 ここ(駿煌会)はさ、教育に関する話が出てきても「学校教育を何とかしよう」なんて思ってはしゃべってないじゃない。
ヒマワリ 自分のためっていう感じだよね。
虚空 好奇心の赴くままに上原先生のことや心意伝承につながることのやりとりを楽しんで・・・全然関係なさそうな話でも最終的にはやっぱりつながるわけだよね。それこそ無意識世界では深い部分になればなるほど様々なことがつながっていくから。
だから、結果としては「教育のため」「子ども達のため」って意図していなくても、自然にそれともつながることが出てくる。

上原先生にもそういう部分はあったかもしれないよ。究極的にやりたかったのは「心意伝承」とか「人間って何なのか」「日本人の心の仕組みをふりほどきたい」・・・そのことが「教育の根源」とつながった。人間が人間として成長していく事と不可分だから。

人間が人間としての力を発揮して成長していけば、テスト対策なんかの現実対応だって、必要に応じて乗り越える力なんかは自分の中から湧いてくる、っていうような事も話していたからね。でも現実対応を目的にしてしまうとかえってダメだって。
でもそれは自分のつたない経験からも確かにそうだな、って思うよ。
ヒマワリ 難しく考えちゃダメだよね。なんで死んじゃったんだろうね・・・。
諷虹 「音でみる」じゃないですけど、この前の27日の内容を通して、今まで聞いてきたことを改めて認識したというか、心意伝承なんかもそうですけど、用語としては耳に残っていましたけど、どいうことだったのかを改めてあの時に知って、それで「ああ、じゃあこういうことともつながるのかな」っていうのが見えたというのは、やっぱりさっきの歌詞をみて、じゃないですけど・・・もう一度「定義にたちかえって」というきっかけになりますよね。
虚空 それぞれがさ、同じ授業を参観してもさ、諷虹君だったら「提示された絵に色がついている ついていない」っていうところに一番こだわっていたじゃない。で、そのことからモノクロ画像とかのやりとりになったわけだよね。色を脳内で補正するしないと。そこから0と1の話になって・・・。デジタル思考と、それを白と黒という間にある無限のグレーっていうようなアナログ思考との関係で考えて・・・。
ヒマワリ コーヒーコーヒーしてるとか
諷虹 グレーグレーしてる(笑)
(先日作成した 意味の極限値の図 を再確認)
諷虹 この点(意味の本質がある点)はある意味で「特異点」なんですよね。たどりつけない。 
虚空 それを日本人は自覚していたんだよ。 本当の意味は分からない、言葉にはできない、って。
ヒマワリ これさ、直線っていうよりは、円の中の中心が、みたいな・・・そんな図に・・・
虚空 それってあれだね、自分はそこまでの数学をやっていないけど、前諷虹君に解説してもらったことがあるじゃない。・・・特異点の・・・
あの時の図を思い出したよ。数学的な意味は分からないから、本来の趣旨とは全然違うだろうけど(ある数学の解説サイトから転載)
ヒマワリ 直線上のイメージじゃなくて、思い描いているのは円の中で近づいていくイメージ
虚空 本格的な数学には疎いからとんでもないことかもしれないけどさ、虚数を含めた世界って見えない世界じゃない。複素平面に図示しているとはいっても。
諷虹 前に現実・非現実・超現実の図を、私が空と地面っていうので描いて・・・真理が地中深く眠っていて、それを掘っていくって・・・それがこのリミット(極限値)の感覚に近いのかな、って。
ヒマワリ あと、前つくったよね。錯綜のやつの立体グラフの動くやつ(11月3日)こっちの線とこっちの線との集合体で・・・
諷虹 みんながみんな近づいていって・・・
虚空 それがさ、言葉で詳しく言うと、きちんとした意味が言えた気にまでなってしまう、分かった気になってしまうというのが問題。
でもそんなことは出来ないよと自覚しているから、日本人は長々と書くんじゃなくて、文字数を制限する方向に発達したわけだよ。
ヒマワリ 短く?
虚空 何を不思議そうな顔をしてるんだよ。ヒマワリフクロウさん自身がこの前芭蕉の俳句を引用して書いていたじゃない。
あの古池やの句の中には「静かです」なんていう静寂を表す言葉は入っていないじゃない。でも、みんな「アッ、何か分かる」って感じるわけだろ。
ヒマワリ アッ・・・分かる分かる・・・そういうことね。「感じろ」っていうことね。
虚空 それが「共鳴しあう」っていうことになっていくんじゃないの。「意味の伝達」じゃないんだよ。詳しく説明しようという意識は「意味の伝達をしよう」という意識なんだよ。だから今の学校教育の「正しく伝えましょう」「なるべく詳しく伝えましょう」っていうのはね・・・。
もちろんそういう技術的な部分が必要な場面だってあるけどね。でも本当に大事な事とか、本質までがそれで伝わると思うのは幻想じゃないの?
言葉にならない事が重要な場合がいくらでもあるんだ、っていうことも母国語としての国語の時間にはきちんと扱ってあげないと。
(補足 かつて参観した「ごんぎつね」の授業。死んだごんに兵十が手紙を書きました・・・ということで児童に書かせていた。
たっっぷりと書いていた児童が大勢いた中で、ある児童は「とりかえしのつなかいことをしてしまった。どうしよう・・・」ということだけ書いてあとは白紙。担任は「もっとたくさん書きましょうね」と言葉をかけたが児童は続きを書けないでいた。授業後の研究協議の場で担任は「ほとんどの子がたくさん書けていたのに一人だけほんの少ししか書けない子がいて・・・私の指導不足です」との発言。しかし率直に感じたのは、沢山書いている子ほど美辞麗句がただ並んでいるだけだったり、白々しく感じるような印象しか伝わってこない。むしろごんへの手紙文の形式になっていなくても、どうしようの後に「・・・」としか書けなかった子の方が、よほど兵十の気持ちと共鳴していたように感じられた)
諷虹 師匠が弟子に何も教えないで、弟子がぬすみとる、っていうのもそうだと思うんですよね。説明してもたどり着けないものなのだから、って。
虚空 だからさ、弟子入りしたら師匠と共に生活するのが基本だったんだよ。共に生活していく中で、それこそ「感染」だったんだよ。寺の修行もそうなのよ。
諷虹 同じ釜の飯を食う。
虚空 合宿、なんていうのもその名残りなんじゃない。
諷虹 缶詰になる。同じ空間の中で。ダシがでる
虚空 その中で感染しあう。
ヒマワリ 混沌!
虚空 個別教育が目が届いてすばらしくて、一斉授業はダメって言われるけど・・・単なる合理化で「十把一絡げ」みたいに扱うっていう意味じゃなくて、それぞれの違いは認め合って出し合えるんだったら、それこそいろんな波が響き合って新たな波を作っていける・・・それが児言態の生態研究としての授業でもあったわけだよ。違う波が重なりあるのが集団なんだ、っていう。
家庭教師っていうのはそれがないんだよ。教室だったらいろいろな意見が出てきて、それを耳にすることができるし、それらを重ね合わせたらどんなことがみえてくるかな、って呼びかけられるんだけど。でも家庭教師って1対1でしょ。
諷虹 だから自分の波動と合うか合わないかが如実に出ますよね。
虚空 個別指導じゃ分からないような部分がいっぱいあるんだよ。
諷虹 そういう波長が合うということを「馬があう」っていうのも・・・気質ですよね。
ヒマワリ こういうやりとりしていると、自分の子どもが出来た時に「馬」っていうのを名前の中に入れたいって思うよね。
虚空 直接「馬」っていう漢字じゃなくても宮崎駿なんていうのもあるしね。
(名づけの具体的な話・・・子育ての姿勢について)
虚空 昔の日本人って人様の前では自分の子どものことをけなしたでしょ。それは上原先生が言っていたことがあるよ。となりのトトロの事から。
ヒマワリ カンタ!(思い出し笑いがとまらなくなる)
虚空 あれが日本の親の基本姿勢
諷虹 海援隊の「母に捧げるバラード」もそうですよね。
虚空 それが今では人前で「ドヤ顔」したいっていう・・・。「すごいわね」って言われて「そお~」って言いたいような。
諷虹 銀座の奥様みたいな
ヒマワリ ここは銀座じゃない。なんかどんどん嫌な時代になっていく気がする。いいところはどこですか、みたいな。
虚空 そんな時にさ、微々たるものであっても、こんなくっちゃべりをしているグループもあるのか、って。何かの得になるのか、っていったら特にはないじゃない。それを学校教育とは無縁の面々も混じってこれだけ時間をかけてやりとりしているんだから。「心意伝承」だって学問的にじゃなくて、こんなに日常の世間話風にしているなんて、そんなにないよ。でもいるんだ、っていう証拠をネット上に残したいわけだよ。
ヒマワリ そうなのかな・・・普通なんだけどな。
虚空 そりゃここではそれが普通だけどね。でも世間からみたら
諷虹 異常
ヒマワリ こっちが異端児なんだよね。
諷虹 世間的にはとんでもないことをやっているんだけど、当事者だから分からない。
虚空 それだけ自然体でやってしまっているという事実がすごいと思うんだよ。
(あちこち話はとび、そのあとで)
PR