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☆Nanba先生を囲んで Ⅰ-② 「理数」「論理」と「人間を育てる真の国語教育」との接点

虚空の中高生に対しての家庭教師実践の話からはじまって、Nanba先生の「論理」に関する持論にまで発展します。

『論理も感情もイマジネーションの上にのってかっているもの』

世間で思われているような「論理」とは格段に違う発想ですが、これが今後の標準的な発想として世間に定着してほしいものです。

*表題で「人間を育てる真の国語教育」としました。もちろん学校教育は「人間を育てる」ためのものですから、このようは表題はおかしいのですが、現実問題としては「テスト(受験)対策国語」に終始していて、場合によっては人間性を損ないかねないような授業や意識付けが行われているという危惧があるので、敢えてこのような表題にしています。
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Nanba先生 児言態の発想を教育全体に活かしていこうとした時に、どうしても中学生以後のところはないので・・・

僕がまとめようとするときにそこのピースがないんよ。第三項理論というのは持ってきているんだけど、第三項理論っていうのは文学の話なのね。だからそこの理論を作らなければならないのよ、前から言っているけど。
それの大事な場っていうのがここなのね。

虚空 最近高校3年生から国語の依頼があって・・・ちょっと国語に自分との接点が感じられないので興味がもてなかったようで。
でも数学には割と興味があって。

上原先生がさっきのイメージの話でも言っていたけど、日本語・・・和語・・・はどうしても感情やイメージがまとわりついてしまうから、だから指導案とかでは漢語を使えって。授業のテーマも漢語でビシッと言えないうちは指導案を書くな、って。
それが今では教材を先に決めて、っていつからそうなっちゃったんだろうというのがあるんですけど・・・。
それを私は「漢語」というのを「数式」「図式」っていうような数学的なものに置き換えてしまっているんですよ、漢文とかには疎いもので。
その高校生とここ数回ずっと話しているのが、数学でいう「公理系」。以前だったら「証明する必要もない、誰の疑いもないものを公理」としていたのもを、現代数学では「自由に定義していいもの」になっているわけですよね。そしてそこから数学的に矛盾なく作り上げた体系・・・世界・・・は、認められるというように。
でもそれって学校教育では扱わないんですよね。古いタイプの「公理」は習うけど。
そこをバカ丁寧にやっているんですよ、ここ何回か。世界観の異なるアニメの話なんかも交えて。
「こう約束されている」というのを受け入れて観ていく必要があるというところはアニメも数学の公理体系も同じなんで。

この間、非常に本人がハッとしていたのが、「説明文でも物語文でも 正しく読む というのは、真実」って思っているようだけど、違うんだよ、って。だから筆者の考えが自分と合わない、納得できない、正しいとは思えないとね、水と油のように「もうこんなの知らない」って入り込めない。取り込めない。
でもそうじゃなくて、「この正しい、っていうのは作者や筆者の作った世界の出発点である約束をふまえてのという意味で 正しいのはどれか」なんだよ、って。

Nanba先生 それが公理と同じっていうことね。

虚空 そう、それを公理と同じように考えてごらん、って。
それからその時に「まだ線形(型)代数っていうのはやっていないだろうけど・・・一次関数のグラフのかき方ってどんな風に習った?」って。そうすると切片のない比例の式として書いたグラフをY軸方向へ平行移動させるんだ、って習ったと。
それはつまり基準は座標軸であり、それが固定されている。だからグラフの方を動かせ、って。
でも実は座標面の方を動かしたって同じグラフにはなるんだよ、って。
そしたらそれがスッと通じたんですよね。
筆者によってスタンスが違うっていうのは、この座標軸の設定そのものが違うんだと。それが「読み」なのか、って。

Nanba先生 ホント虚空さん、天才やな。

虚空 全部こういうヒントは諷虹からもらっているんですよ。

ヒマワリ そっちが先生。週2回の。

Nanba先生 どっちが家庭教師?

コバルト 分母と分子がひっくりかえっているんです、そこで。

Nanba先生 それは面白いね。非常に分かりやすいね。

虚空 ・・・さっきの数学・・・。私って家庭教師をやるようになって依頼のある教科は数学とか理科とか英語。国語の依頼なんてまずないんですからね。でもその中で児言態でやってきたことをどういう風にって。
つまり数学を依頼されたから数学、っていうだけじゃなくて、最終的にはそれが「生き様」=「構え」にまでね。
それでずっと「論理」とか「数理思考」とかを、「イマジネーション」とか「構え」とね、結び付けてきた20年だったっていうのはあるんですよね。

Nanba先生 結び続けてきた20年

虚空 やっぱり切り離したくはなかったんで

Nanba先生 じゃあ僕が今日(学会で)論理について質問されて答えたのは、あれはいい答えだよね。

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(冒頭に紹介した学会でのやりとり
⇒「論理と読み手」に関する質問に対して
Nanba先生 児言態の理論にのっとって、論理も感情もイマジネーションの上にのってかっているものだと考えています。私もそれに従っています。

従って論理によって人の発達を促すことは出来ると考えています。その場合の倫理はイマジネーションの裏打ちがあっての論理だというところがポイントだと思っているので、その論理自体が如何なる人でも無意識のイマジネーションとつながっている形で表現されていく・・・
例えば高等学校でいえば評論文が、筆者のイマジネーションが無意識が論理という形でかなり強く現れていると思います。従って筆者の論理であるという事は間違いなく筆者のイマジネーションと出会うことではないかなと、今考えたんで・・・今考えたんで・・・すごく私はいまの質問によって研究が進むように感じました。ありがとうございました。
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虚空 そうなんですよ。

Nanba先生 ああよかった、虚空さんに怒られんでよかった(一同 笑)

虚空 そういういろいろを諷虹からももらっているし、ヒマワリも例の微積分で彼氏と仲直り・・・

ヒマワリ そうだったねー

Nanba先生 微積分で仲直り? えッ? 何それ?
今スルーしかけたけど・・・意味が分からない。

ヒマワリ 授業の時に微分積分の・・・

虚空 あれ試験の直前だったんだよね

ヒマワリ そう、で分かんないから・・・

虚空 でもテスト対策やる?って聞いたら、それはやんなくていいから微積分の考え方の本質的なことをやってくれ、って。

Nanba先生 あー、なるほどー

虚空 そう言われてテスト前であるにもかかわらず問題の解き方は一切なしでね。

ヒマワリ それで、ああ今自分は微分的な見方しかできていなかったな、って・・・人生において。
だから積分でみていかなければならないな、って。見方がちょっと変わって・・・。
で、ちょうどつきあっていた彼氏とのこととかどうでもよくなっちゃって・・・もう許そう、みたいな。

虚空 その前にさ、メールで喧嘩していたところから・・・

Nanba先生 ここだけ切り取って他の人に聞かせたら、「微分的な見方から積分的な見方で、彼氏と」なんて全くわかんないよね

虚空 諷虹君とかには通じる

諷虹 海とか宇宙をみて自分の波ってちっぽけだな、って
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