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☆2019,01,09 諷虹宅③ 駿煌会の多様なやりとりに関して

虚空 本当にさ、児言態のあの50周年以来、あれをきっかけにしたいろんな話を何十時間もやってるじゃない。ラインまでいれたらほとんど毎日のように5人で考えてる。
同じ話が出てきても、新たな観点がどんどん付け加えられててさ。
それだけの内容があったっていうことだよね、あの授業とか子ども達の反応の中には。
諷虹 色づくの最終回も様々な思う事があって・・・
虚空 そういう広がりのあるアニメとの出会いだよね。今回の公開授業との出会いでいろんな広がりを持てているのと同じ効果のあるアニメ。
今季アニメにもそれがあるといいんだけど・・・
(とりあえず観たアニメでギャグに関する話題いろいろ)
虚空 ギャグでもさ、やっぱり相手をバカにしてとかっていうのは不快になる。
諷虹 そういうことからいうと「うちのメイド」はよくまとまっていましたよね。
虚空 やっぱり太田監督のこだわりだよね。一つ間違えればただの変なメイドさんのお話になってしまうところをそうはしなかった。でも危険水域ギリギリのこころは攻めていた。だから余計に観ている側のナマの部分も触発された。
それって折口先生や上原先生の学問対象に通じるよ。
(多様な話がライン上で展開していることについて)
虚空 本当にさ、ついこの前の「言葉の意味って」からはじまってここ数日に飛び交った話って、国語や数学や歌や神話や・・・とにかくいろいろな観点からごちゃ混ぜになっているけど、これが教育でも大事だよ。

理系文系で壁を作るとかやめるべき。国語の時間にショボーンとしていたって数学では活躍する子だっているしね。でも教科担任制になっていると、他教科についてなかなかやりとりもできないし、ましてや意見なんてはさめない。

でも子供の頭は一つなんだから、学校全体が「学級担任」であるかのようになっていかなければね・・・それぞれの先生が感じ取っていることや、様々な場面で同じ子がどういう姿をみせているか・・・それを重ね合わせた上で、さらに表に出てこないことを推察する・・・。今の学校ではなかなか難しいだろうけどね。
諷虹 アニメも一話だけでなくて最終回までのトータルでみていいとか悪いとかありますからね。
虚空 それこそ「時間・空間・ジンカン」のあらゆる方向で重ね合わせる
諷虹 最終回がひどくて全部を台無しにすることもありますけど、面白いのは、終わりよければのように最終回が良くても、それでいいアニメだったにはならないこともありますよね。それなりに途中での積み重ねもしてほしい。
虚空 年間アニメの集計で「ゆるキャン」は強かったね。あれがなんであれだけ支持されたのか、っていうのは興味深い。
それまではね、キャンプなんていうとみんなで一緒に出掛けてワイワイ騒いでとかが定番だったけど、一人キャンプとかがっていうのが違ったよね
諷虹 ヘタするとしまりんなんてみんなで一緒の時よりしゃべったりしていますからね。
虚空 そうした距離感が良かったんだろうね。一人でもアウトドアはできる。充実した時間が過ごせる・・・・一人での「リア充」の提示。
諷虹 アニメっていうよりも、作者の心と共鳴し合うっていうんですかね。だからハクメイとミコチでも絵画を楽しむという感覚になっていましたし
(アニメキャラそれぞれのイメージ)
諷虹 色づくは特に個々のキャラ回っていうのがなくても、これはこういうキャラなんだなっていうのが自分の中ではっきりしていたと思うんです。
虚空  よくよく考えてみれば学校で出合う人間同士ってそうだよね。アニメだと学校以外の場面も描かれるから、観ている人には陰の暮らしも伝わるけど、普通はそんなことないわけだろ。あくまでも学校の中で見せる姿からこいつはこういう人間ってイメージを固める
色づくはそこが丁寧に作られていたんだろうよね。それこそさりげない仕草からあいづちの打ち方から、このキャラだったらこうだろう、っていうのをきちんと考えてわけていた。だから特別丁寧に陰の暮らしを描かなくてもきちんと伝わった。
上原流にいえば「音声言語」とか「構え」には、その人間の履歴すべてが出てくる、っていうようなことだよ。
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