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☆2019,01,19 諷虹宅 ヒマワリフクロウ・虚空③ 「上原先生の言葉から・・・教育者を目指す覚悟・母国語と人間性①」

*午前1時半頃 上原先生が講義中に私語をしていた女子学生を叱責している音声をきく
ヒマワリ すごいね・・・そんなに覚悟がいるんだ。先生になるのって
虚空 自分はそんな覚悟がないままなっちゃったけど。
ヒマワリ 子供らのことをそこまで考えていたんだ。
虚空 被爆されている、っていうのも大きいと思うんだよね。この段階でも原爆病とか・・・原爆の影響である肺がん手術を受けたりしているし・・・いつ自分の命が終わるかという気持ちは常にあったと思うし・・・
ヒマワリ 一瞬、一瞬がね・・・
虚空 だから「僕は足踏みが嫌いだ」が口癖だったんだよ。「分かった」とか「成果をあげた」とかいうことにいつまでもこだわっていない、どんどん次に進もうって。だから徹子の部屋に呼ばれたって、本の宣伝をしないで、違う話題違う話題へと行こうとしていたわけだしね。
諷虹 きのうの最後の方の話とつながりそうですね。上原先生の場合は原爆病ですけど。傷の裏側・・・
虚空 そういった表面的には分からない様々なことが背景にあることをふまえないで、この場面だけ観たら、今の世の中なんて「パワハラだ!」なんて批判を受けかねないよ。
諷虹 さっきの「過去にとらわれない」というのと「傷跡が残っている」というのとが、うまくリンクしないのかな・・・って思って。傷をおった人って、それを肝には銘じるけど、それを名誉の傷とはしないわけじゃないですか。失敗経験は今の自分をつくるため・・・それが傷跡で、成功した分には何も残らないから、それはもう忘れちゃって、その反省を生かして次に行こう、って。戒め・・・十字架みたいなもんですよね。
虚空 先生がよく言っていたけど、「僕の体にはあっちこっち原爆の傷跡が残っているんだよ」って。・・・その裏側に人生の履歴がある。
それをもっと拡大して考えると、「母国語としての言葉」って何なのか、っていうことになると思うんだよ。上原語録としてもあるけれど。
*上原語録より
言葉は『履歴書』です。『人生の糸紡ぎ』そのものです。
 だから「どんな言葉が残って、どんな言葉が入っているか」という、言葉を忘れる事についての研究も大切なんです。今は覚えさせる事ばっかりだから。
虚空 個人個人の言葉のひっかかりかた・・・それがその人間の人生そのもののを反映している、ってことなんだよね。
言葉を忘れる、っていうのも、どういう言葉はスルーしたか、どういう言葉は受け止めたけど封印して忘れた言葉として位置づけた、とか。
言葉っていうのが単に意味伝達のツールではない。言葉を覚えるというのは、単にテスト対策のような学習を真面目にやっているかどうかとは違うっていうことだよ。これは子供だけじゃなくて、大人もそうだけど。
諷虹 そういうのってさっきの傷じゃないですけど「心に刻まれた」ものですよね。心に響いているから「共振・共鳴」になるのかな、って。
虚空 それもさ、単に文字の羅列が言葉ではない・・・特に日本語は音声言語としての性格が強かったから。言葉の響きに魂がこもっているかどうか。もちろんそれは外国語だってそうだろうけど・・・。

さっき上原先生に叱られていた女の子たちの謝り方からだって分かるじゃない。
あれだってね、履歴の考え方からすればね、ああいう謝り方しかできない人生を歩んできた学生なんだ、っていうことだよ。
謝る仕方が出来ていない、という以上にね「君らはそんな響きの言葉しか獲得できていないのに、それで子ども達の前に立とうとしているのか!」・・・教育の技量とかなんとか言う前に、人間としての誠意とか、そういった問題じゃない。それを誠意のかけらもないような、極端にいえば投げやりと言うか、そんな言い方だったでしょ、さっきの謝り方は。
ヒマワリ あれはないね。
虚空 しかもこの講義は「児童言語の研究」だったから余計にね。
(心意伝承の話になる)
虚空 最後に先生が書いていた論文ってさ、学校教育云々ではなくて「馬」だとか「水位の変化とトランスフォーメーション」に関することとか・・・そういう心意伝承方面ばっかりだったもん。それこそこの前コバルトブルー君の家で盛んに出ていた「水」とか「風」とかの流体に関することも・・・
諷虹 馬の研究というのも、直接の言語としては言葉が通じ合わない動物ではあっても響き合う、通じ合う・・・
虚空 言葉って便利なものではあるけれども、逆に縛るものにもなり得るという点だよね。それを馬という存在は常に思い起こさせてくれていたと思うんだよ。馬が競馬だけじゃなくて日常生活の中にもっととけこんでいた時代にはね。
(諷虹から シンボリルドルフが負けた時に泣いた とされている逸話の紹介)
諷虹 まわりの空気がいつもと違うって察したんじゃないか、って言われていますけど
ヒマワリ 犬とかもそうだっていうよね。人間の言葉が分かっているというんじゃなくても飼い主のオーラとか気を感じ取ってワンと鳴くって。言葉の意味っていうよりも深いところでこっちを見てるんだろうね。
諷虹 (大型犬をずっと飼っている)音の強弱とか声色はね
ヒマワリ そっちの方が確実に深いところをつかんでいるんだろうね
諷虹 そういう意味では「言葉からの脱却」なんですね。
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