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☆2019,5,17 諷虹宅やりとり③ 「歪んだエリート意識」について

虚空 中身が問題なのにね・・・。
聖徳の子なんていうのは、一般の進学特訓児童っていうのとは違うじゃない。本当にいい意味で子どもっぽい。この前ラインにも書いたけど、いわゆる田舎の子に一番近いと思うよ。特にエネルギーにおいて。


諷虹 そもそもエリートって何なんでしょうね。自分で自分をエリートっていえるのはどういう心境なのか。その根源って何なのか・・・・。
それは親の影響もあるんでしょうね。親の教育が必要。
エリートっていう言葉に対してどういったイメージをみんなが持っているのか・・・。
自分は小さな人間とか鼻にかけている悪役っぽいイメージ

 
虚空 やっぱり他人を見下すっていうのが多いからじゃないかね。


諷虹 見下している時点でエリートじゃないんでしょうね。真の指導者だったら見下さない。中途半端な、、エリートの成りそこないがエリートになってしまっているんですかね。

虚空 特に今の日本はね。「エリート=特権階級」でエリートには許される、っていう変な感覚があるじゃない。

諷虹 バガボンドでも武蔵は高い山があれば登ろうとする・・・でも又八は佐々木小次郎の名を語ったり・・・ズルして安易に手にいれようとする。
相対的に上か絶対的に上か・・・


虚空 昔さ、エリート官僚が特権をふりかざして豪華な接待を受けるのが世間で批判されたことがあった。、厳しく禁止すべきという世論が高まった時に、あるテレビ局が東京大学の学生にインタビューしたら、結構多くの学生が「それは困る。せっかく自分らが官僚になった時に、そういう想いをしたいからこれまで頑張ってきたのに」って。

勿論そういった回答をした学生のを中心に編集して放送していた可能性もあるけど、でも実際に高級官僚になったりしている人の態度をみているとそれが本音かな、なんて思ってしまう。それでも日本が潰れないのは普通の官僚が頑張っているからなんだけどね。


諷虹 今、上級国民っていうのが話題になっていますね。池袋の事故なんかで。


虚空 でもさ、それって教育現場でもあるからね。先生のお気に入りの子が特権意識を持って振舞ってしまうのは。
本当は、真のエリートだからこそ率先して困難を引き受ける姿勢が問われるわけだよね。イギリスだったっけ?

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 ノブレス・オブリージュ(仏 noblesse oblige):「高貴さは社会的責任を伴う」といったことを意味する。貴族は、その社会において、ある程度有利で影響力をもつ立場にいる限りにおいて、必然的に、社会全体の福祉に対する責任を担っているという考え。

貴族以外でも、財産的に裕福になった商人、起業家、また企業自体(CSR、メセナなど)、あるいは単に知識人、文化人、などについても当てはめて考えられ得る。

この言葉自体が用いられ始めたのは、米国であって、そのような概念を言葉にして訴えたりする必要性が出てきた、英国黄金時代のピークがずっと過ぎ去ってから、よく用いられるようになったようである。

また、この概念の実際を示すエピソードとして(適切な事例とは思わなのだが)、一次大戦時に、オックスフォードとケンブリッジの学生が志願兵として戦場へ赴き、学生全体の1/3が、死傷によって戻ってこなかったという事実がよく紹介される。
 
虚空 教育者だってね、本当にエリート意識を持った先生だったら「どんな子でも連れてこい。他の先生が面倒をみきれないという生徒でもちゃんと相手してやれる」っていうくらいじゃないとホンモノじゃないと思うんだよ、極端な言い方だけど。
だから最初に勤めていた町での教育委員会主催のシンポジウムで私立学校の先生が得意げにいろいろと素晴らしい教育実践を話していたけど、聞いていた公立の小中学校の先生たちはしらけていたからね。あんたらは都合の悪い生徒は不合格にして、都合のいい生徒ばかりを集めているんじゃないか、って。

あんたらが面倒みきれないって排除した生徒らを公立学校では分け隔てなく受け入れて面倒を見ているんだ、って。もしも公立のようにいろいろな生徒がいる状態で、そういう教育実践が出来たって言うならすごいと思うけど・・・なんて言っていたよ。

そりゃ私立の先生には、きちんと世間的に認められるような結果を出せなければ成り立たない、っていう公立とは違う厳しさがあるのは承知の上でだけどね。 


諷虹 大学でこれからの先生は教えるだけじゃダメなんです、って言われたけど、それは無理なんでは、って思うんですよね。今までの先生だって教科を教えるだけでもアップアップしていたのに、なんで若い先生が教えるだけじゃない教育が出来るのか。そういう志を持つのは大事でしょうけど。
 
 
 
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