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「おうち意識」⇒「ふるさと」意識へ 意識のベースを探る

☆2019年8月27日 諷虹宅 でのやりとりです。

「ふるさと意識」といえば・・・自画自賛めいた話になってしまいますが・・・ある思い出があります。


以前、虚空が勤務していた小学校で文部科学省の「国際教育研究協力指定校」になっていたことがあります。その頃、上原先生に個人的に助言して頂いたことが「おうち ⇒ ふるさと ⇒ 世界」という具合での意識の広がりを調査することでした。


学年ごとにテーマを掲げて研究というスタイルを学校としてとっていたのですが、その時に初めて学年主任だった私は他の二人の先生方にこうしたことを提案。3年生という学年のことも考えて、他国のことよりも、「おうち」や「ふるさと」を中心に据えました。


確かに当時、「国際教育の基本は故郷教育」ということは指導主事からも出ていたことなのですが、そのさらに出発点として「おうち意識」を据える・・・まさにそれは、すべての共通感覚のベースとしての「おうち」という事だったのです。


当時、国際教育の指定を受けた学校は、多くの場合は世界中のいろいろなことを調べたり、英語教育をとりいれたりというのが主流だったのですが、「おうち」「ふるさと」を全面的に据えて、一見「これが国際教育?」と参観者に思われるような学年発表だったのですが・・・指導主事からは「これが子供たちの心に根差した本当の国際教育です」と高い評価を頂きました。

やりとりの後半は、ダンデリオンツイッター記事にあった「火の鳥 鳳凰編」の話題になったのですが、それは次の記事として投稿します。



諷虹 この前おうちとの関連で「ふるさと」のことも出たじゃないですか。故郷・・・その「故」・・・亡くなった人にもつけるよな、とか・・・。

そういう意味ではフェイト(Fate/Zero アニメ)のセイバーとかイスカンダルとかのように「もう今はないのかな」という意味合いがあるのかなと思って字を調べてみたんですけど、故事成語の「故」なんですね。「昔からの」とか、「以前の」とか・・・。
そうするとどこまでを言っての「故」・・・昔なのかな、って。生まれた頃なのか、生前の記憶なのか・・・前世の記憶なのか・・・。
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「郷」の方は
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きょう
〖郷〗 (鄕) キョウ(キヤウ)・ゴウ(ガウ) さと
1.
むらざと。いなか。古代の律令(りつりょう)制で行政区画の一つ。郡のなかの数村をあわせたもの。ごう。「郷邑(きょうゆう)・郷令・郷俗・異郷・他郷・水郷(すいきょう)(すいごう)・国郷談(くにきょうだん)」。以下「ゴウ」と読む。 「郷士・郷兵・郷社・在郷・近郷」
2.
ふるさと。 「郷里・郷国・郷土・郷党・郷関・郷愁・故郷・帰郷・同郷・家郷・愛郷・望郷・懐郷」


諷虹 合わせて考えると昔育った場所みたいなもんですかね。

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「田舎」
い‐なか〔ゐ‐〕【田‐舎】
1 都会から離れた地方。「田舎から町に出てくる」
2 田畑が多く、のどかな所。人家が少なく、静かでへんぴな所。「便利になったとはいっても、まだまだ田舎だ」
3 生まれ故郷。郷里。父母や祖父母のふるさとについてもいう。「うちの田舎は四国の港町です」
4 (名詞に付き、接頭語的に用いて)素朴・粗暴・やぼなどの意を表す。「田舎料理」「田舎風(ふう)」「田舎侍」
虚空 「第二のふるさと」なんていう言い方もあるよね。

諷虹 都会から離れたところを”いなか”・・・故郷と都会は対極なんですかね。これだと都会生まれの都会育ちの人はどうなるんでしょうね。
それこそ英才小の子なんて・・・

虚空 屋上で遊ぶんだもんね。

以前朝の連ドラで話題になった「ちゅらさん」で、沖縄から東京に出てきた青年が「東京は人が住むところじゃない」と愚痴る場面があった。その時に東京育ちの女性が激怒して・・・。


諷虹 都心には住みたくないですが、ちょっと離れたところで都会に出やすいところに住みたいというのはありますね

虚空 だから茨城の県南地域は東京のベッドタウンなんだよ。

ベッドタウン
独自の産業基盤をもたず,大都市の近郊にあって大都市への通勤者の居住地となっている都市。夜間人口が昼間人口をはるかにしのぐこと,販売サービス業が肥大していることなどが特徴である。住民の転出,転入が激しく定住性が相対的に低いことから,地域に対する住民の愛着,関心の度合いが薄いのが社会心理的な特色である。また世帯主の年齢も若いことから,幼稚園や義務教育学校の整備が必要になるなど生活行政,教育行政などの面でさまざまな困難をかかえていることが多い。

諷虹 「ベッドタウン」を訳して「布団町」みたいな日本語だとするとこの説明は違和感がありますよね。故郷のようなおうち意識・安心感がなく、それこそ寝るだけに帰ってくる場所。だから日本語じゃなくて英語で表現したんですかね?


虚空 だからそういう地域の学校も大変なんだよ。愛着もなにもないから。もともとは農村だから祖父母とかさらにその上の世代から、っていう人達も一部にはいるんだけど、大半が新興住宅地の世帯。
自分達の地域・学校という共通意識がなかなか実感として持てないことが普通・・・しかたないんだけどね。


諷虹 故郷の意識が薄い、西部劇なんかの人達にとっては”ベッドは明日への英気を養うだけの場所なんでしょうね。


虚空 それが故郷を自分達で作ろうとした歴史を持つ国との違いだよね。国語でいうと前にも話した「小さなリスの大冒険」。
小学校3年生にこの結末の続きを話し合ってもらったけど、「やっぱりこの子たちは日本人なんだな」って思ったもん。


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都会の小さな公園に住んでいた臆病リス「マール」が、たまたま西の方の巨木の森があるという話を聞きつけ、「西へ行かなくちゃ」と決意し、出発。大冒険の末に巨木の森にたどり着く、という場面でおしまい。

当時、上原輝男先生にこの教材について相談した際、

「こんな臆病なリスが何故、たまたま聞いた話だけで大冒険をする気持ちになれたのか・・・それは日本人にはなかなか分からない感覚だと思う。 これは翻訳ものの教材だよね。僕は誤訳というか、あまりうまい訳じゃないと思う。

これは「西」じゃなくて「西部」なんだと思う。アメリカ人にとっては「西部」っていうのは開拓者魂を刺激する言葉だから。だからこのリスも「西へ行かなくちゃ」じゃなくて「西部に行かなくちゃ」・・・・だから勇気が沸き上がってきたんだろ思うよ」

という指摘がありました。

この話を学年会で出した時に、誰からともなく「ふるさとの意識も日本人とは違うんだろうね」という話になり、それをこの教材での授業の最後に問いかけてみることになりました。

「このあとマールはどうするでしょう?」

予想通り(?)大半の児童は、また元の都会の公園に帰って、旅の自慢話をするだろう、でした。何人かが、西部の森に住むんじゃないかと書いたのですが、その意見に対しては「そんなわけないよ」という意見が大半でした。

授業のしめくくりとしては、どちらの意見が正しいというのではなくて人や国によって意見も、当たり前の基準も違う・・・それを認め合う・・・という方向の投げかけをしました。

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諷虹 錦を飾る場所がないんですものね
虚空 こういう言葉が今時飛び交うっていうのがすごい。

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錦(にしき)を飾・る
美しい着物を着る。転じて、成功して美しく着飾って故郷へ帰る。「故郷に―・る」

諷虹 やっぱり故郷に「帰る」んですね。

虚空 6月1日のやりとりでもガルパンのおうち意識・ふるさと意識のことは盛んにでていたじゃない。
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Nanba先生 本当にあそこに乗っているのは子どもなんだ、ある意味で。

諷虹 あとガルパンでは「母校」とか

虚空 学校をすごく大事に位置づけていますよね。

諷虹 大洗という町もね

Nanba先生 ホームタウンだよね。

諷虹 それが実際にあるということで全国から集まってくる。

虚空 リピーターが多いということと、ふるさと意識

諷虹 他県から来た人って、必ずっていっていいほど「ただいま」の感覚なんですよね。お店の人に「また来たよ」じゃなくて「ただいま」。実家に帰ってきた感覚。

Nanba先生 だから「聖地」とは違う感じなんだ

(中略)

Nanba先生 観光地じゃないんだな。観光地のように行って帰ってくる場所じゃなくて、まさしく「戻る場所」なんだね。

コバルト 子宮

Nanba先生 子宮か・・・すごいな・・・。

コバルト 汚そうと思う人がいない

Nanba先生 子宮だもんな。

諷虹 実家かえって汚して帰ってくるなんてね・・・

ヒマワリ 生まれ変わりだもんね。
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ガルパン最終回のラスト
凱旋パレード
学園艦に帰ってから「お風呂入って、アイス食べて,それから・・・戦車に乗ろっか」

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ガルパン劇場版
会長 「みんなで大洗に、学園艦に帰ろう!」

みほの帰省
姉「ここはお前の家だ。戻ってくるのに何の遠慮がある」
みほ「(部屋)かわっていない」

劇場版のED・・・各校のおうち気分満載


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虚空 この世界には、実際にある「県立 大洗高校」は存在しないんだよね。
でも現実の大洗の町が、ガルパンっていうことだと、アニメの大洗女子が実在しているかのような雰囲気になっている・・・アニメで全国優勝した時だって、優勝祝賀の横断幕が駅に出たわけだろ。

キャラパネルが置いてある店だって「うちの娘」「うちの孫」っていう扱いだし、役場だって住民票を発行しているとか・・・みんなで盛大なおままごとを本気でやっている・・・そして、それが現実の意識と入れ替わっている。
この前50円玉君と「虚構とドキュメントと現実・真実」のことについて扱ったんだけど・・・。 
さっきラインにも書いたけど、宮崎アニメも「おうち意識」をあの手この手で取り入れているじゃない。
多くの人達と共鳴するわけだよね。


*大洗の八朔祭りに行った諷虹の話
諷虹 山車の一台が戦車型だった


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 八朔祭について
大洗磯前神社の八朔祭は、鹿島神「武甕槌命(たけみかづちのみこと)」と、 香取神「経津主命(ふつぬしのみこと)」が、大洗磯前神社に祀られている 「大己貴命(おおむなちのみこと)」に国譲りを迫り、 北上した古代神話にまつわる神事で、四海平穏、五穀豊穣を祈願するお祭りです。

古くは旧暦8月1日に鹿島神宮から神職総代等が矛・盾を奉じ騎馬を以てはるばる大洗に参向して祭っていました。

近年は8月25日を以て同神社の例祭とし八朔祭と称しており、 夏の終わりの風物詩として町内外から多くの人出で賑わいます。


虚空 これって伝統的なお祭りなんでしょ・・・神様がらみの。自分にとって縁の深い神様も関わっているし・・・。
それでこの戦車の形の山車はすごいね。

諷虹 ご祝儀を渡すと空砲を撃ってくれるとか・・・盛り上がっていました。
普通じゃあり得ないような光景なのに、大洗だと違和感がない・・・。

山車の様子のブログ記事(動画リンク紹介あり)
comicbookstore.blog39.fc2.com/blog-entry-4717.html
80年前と一致?
https://twitter.com/yosizo/status/1165098099489927168?s=20
*このはな綺譚の最新巻 「此花亭慕情」シリーズ〆

諷虹 読みました?

虚空 読んだ・・・記憶をなくしていくという話だから、どうしても痴呆症のことをいろいろと思い出しながら読んでたんだけど・・・忘れていくっていっても、当人にとっては本当にボケてしまった状態ではボケていると思っていないし、忘れてしまったという自覚もないんだよね。入院のショックで一時的にボケたじいちゃんだって、おかしくなってしまっているという自覚はない。
本人はその瞬間でちゃんと普通にものを考えて生きているという感覚なんだよね。
だから忘れられたとしても「また初めまして」を繰り返すというのも、すごく実感があった。
知り合いでも実の親が認知症になって、っていう方が何人もいたから余計にね。


諷虹 此花亭慕情は4巻から一応始まっていたんですね。(その弐 5巻)(その参 7巻)(その肆 8巻)

こうやってみると出会いも別れも月明りの下だったんですね。(4巻P29 と 9巻 P34・35)

善も悪も・・・なんか太陽って全うじゃないとその下に居られないような選民意識があるようですが、月だと魑魅魍魎も跋扈するような・・・善も悪も。
だからこういう悲劇にしてもいい出来事にしても・・・。

*柚が着物を買って比丘尼様に会いにいきたいです、という場面

諷虹 故郷に錦ですよね、この場面も。


(このあと、火の鳥 鳳凰編 の話へ  次のブログ記事)

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