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まっとうな政治 ⇒ まっとうな生き様 ⇒ まっとうな社会  ダンデリオンツイッター記事から

☆2019年8月21日以降のラインやりとり + 8月23日 諷虹・虚空やりとり記録です。


政治についての荘子の言葉の記事をきっかけにして、さらに一般化しています。


また安易に人を断罪したり犯人だと決めつけたりする今の世の中の風潮についてもふれられています。その気にさえなれば一個人がネット上で大きな情報操作を行いうる時代・・・そしてまたあっというまにそれを真に受けて、一緒になって総攻撃・・・実は無関係な人間であっても・・・。


独裁者と同様な構えの人間が、ますます増えているような危惧を抱いてしまいます。 




8月13日のダンデリオンツイッター、もう一つの記事です。3つに分けて紹介します
(荘子 人間世(じんかんせい)篇第四―11)
門もなく毒(とりで)もなく、宅を一にして已(や)むを得ざるに寓すれば、則(すなわ)ち幾(ちか)し。
迹(あと)を絶つは易(たや)く、地を行くなきは難し。
人使(じんし)と為(な)れば偽(ぎ)を以(な)し易(やす)く、天使(てんし)と為(な)ればれば偽(ぎ)を以(な)し難(かた)し。
有翼を以て飛ぶ者を聞くも、未だ無翼を以て飛ぶ者を聞かざるなり。
有知を以て知る者を聞くも、未だ無知を以て知る者を聞かざるなり。
彼の闋(けつ)を瞻(み)る者は、虚室(きょしつ)に白(はく)を生じ、吉祥(きっしょう)も止まるところに止まる。
夫(そ)れ且(は)た止まらず。是をこれ坐馳(ざち)と謂う。
夫(そ)れ耳目に徇(したが)いて内に通じ、而(しか)して心知を外(そと)にすれば、鬼神も将(まさ)に来たり舎(やど)らんとす。
然(しか)るを況(いわん)や人をや。是れ万物の化なり。

【大体の意味内容】
どこかへ逃亡するための門もなく、偏狭な自我を守る砦(とりで)もなく、心の在(あ)り処(か)をブレさせずに統一する。
そうして人知の及ばない生命運動の原理に従えば、それこそが生き方の完璧さに近づく。
引きこもれば、些細(ささい)なことでフラついてしまう自分の足跡を残さないこともたやすい。
とはいうものの、大地を踏まずに生きるのは難しいから、自分の生きざまを隠し通すことはできない。

人使、つまり人に使われる者は虚偽を犯しやすく、天使、すなわち天の意思に従うものは虚偽を犯し難い。
翼の有るものが飛ぶというのはよく聞くことだが、翼無くして飛ぶというものは聞いたことがない。
知識の豊富さを以て、知者であること誇る者は多いが、無知であることを以て知性の無窮(むきゅう)の広がりを認識するものはいない。
虚空(こくう)にさらされて生きる者は、わが心のわだかまりを虚(むな)しくして光を生じ、至福の輝きである吉祥が心に宿る。
そのように心を虚(むな)しくできず、些細(ささい)なことで動揺してばかりいることを、坐馳(ざち)、つまり肉体は坐っていても、心はじたばたと走り回って落ち着かないありさま
というのだ。
(身体は歩いたり走ったりしていても、心は坐っているというありさまがよい。)
目に見、耳に聞く者をありのままに受け止めて精神に通し、心の我執で解釈した知を棄(す)て去れば、鬼(おや)も神(かみ)もこぞりて心に宿るであろう。
まして人々からの信頼を寄せられないということはない
これこそが「万物の化」であり、
吉祥による人心の感化を意味するのだ。


【お話】
政治の乱れた国へ赴(おもむ)いて、その国を立て直そうと決意する弟子に向けてアドバイスする孔子(こうし)(『論語』における主役の学者)の言葉です。
国王や人民に対してことさら教え諭(さと)そうとするのではなく、自分自身を虚(むな)しくして、まずどのように非道な行為や思想であっても、それらをありのままに聞き、見守って、受け入れることが大事だというのです。
その結果、どんなに重苦しいイメージがのしかかってきても、まるで重力から解放されたかのように、翼無くして軽やかに心を飛翔させ、自分は無知蒙昧(むちもうまい)なるものとして彼らに教えを乞(こ)うべきであるというわけです。
こうしたとしても、すべてを受け入れる自分が、悪逆非道な彼らから認められるという保証はどこにもない。
結局は彼らを増長させるだけかもしれない。


そうであっても、虚心坦懐(きょしんたんかい)に彼らの魂の声、絶叫を聞き受け止めることで、彼らの荒ぶる魂が落ち着きを取り戻し、あるべき様に収まる可能性も出てくる。
あたたかな光に満たされて、多くの人々の本心が鎮(しず)まるかもしれない。
その一縷(いちる)の可能性に賭(と)する覚悟が必要だということです。
政治とは本来、こうしたしんどい仕事を引き受けることなのでしょう。

15:28 虚空 
もちろん政治に対しての発言という狭い見方ではなくて、いろいろな場面に対して考えさせられる内容です。


2019.08.22 木曜日
01:06 コバルト
ダンデリオンさんの中でもあたたかさが出ていますね。
やはり本能の根本的な所に「あたたかさ」があるんだと感じます。
ありのままの飾らない強さというか、飾らなくても内面から滲み出ているオーラが出ているような感じ。
滲み出るという事は、満ち溢れる事。
太陽のように、ただソコにジッとしても多大な影響力がある存在が象徴とされる訳なんですね。
天皇家(皇‥スメラギ、煌めき?)も象徴そのものな訳だし。




08:01 虚空
自分の場合は、見かけ上理不尽な扱いをされることを受け入れ続けてきた人生かも・・・幼いころのいじめでも、職場いじめでも、現在の親戚たちからの行為にしても・・・こちらが反撃しないことをいいことにして、さらにやりたい放題。

それはダンデリオンさんが指摘しているように
「こうしたとしても、すべてを受け入れる自分が、悪逆非道な彼らから認められるという保証はどこにもない。
結局は彼らを増長させるだけかもしれない。」
ということに実際にはなってしまっています。

「そうであっても・・・」という部分への境地には正直いって全くなることはできていませんね(苦笑)

「本心から受け止めている状態」ではないから、相手の荒ぶる魂に変容がないともいえますが・・・


*最近あるBSチャンネルで「地獄少女」の再放送をしています。以前にも観ていた番組ですが・・・「人を呪わば穴二つ」・・・恨んでいる相手を地獄に流してもらう代わりに、その代償として自分も寿命がつきた後には地獄に落ちることになる・・・それでも相手を地獄に落としてもらうかどうかがポイントになっているお話。

一方的に相手が極悪人なのに、何故自分が死後にまでとばっちりを受けなければならないのかが理不尽極まりないのですが・・・そのあたりのことは、上原先生の「犠牲論」とか「恨み論」との関係でずっと考え続けています。
☆8月23日 諷虹宅
*ダンデリオンツイッター記事特攻隊員&政治

虚空 時代が時代だったらコバルトブルー君も諷虹君も赤紙がきて、どっかの戦艦に突っ込んで命を散らしているかもしれないよね。


諷虹 政治の方のとワンセットでみるとなるほどな、と思うところがありますね。
『人使、つまり人に使われる者は虚偽を犯しやすく、天使、すなわち天の意思に従うものは虚偽を犯し難い。』

日本軍の軍部なんかもそうなんでしょうけど・・・こういうことを言うと角がたつと思うけど「天の意思」を「人間の基準」にしてしまう・・・政治的利用にという部分。
そういう意味では・・・その人が正しかろうが間違っていようが、革命を起こして、革命後に歴史をつくるのと、何かに摘発されて・・・ナチスがそうだと思うんですけど、信者たちは信じていたけど、あとで明らかになったらとんでもないことだった・・・。
でも明らかになっても政治でも何でも信者がい続けるっていうのはあるじゃないですか。
戦争でも、もし特攻隊員が反旗をひるがえしていたというような歴史的な事実があったとしたら、違う印象になったと思うんですよね。いろいろな意味で。
明智光秀なんかも、明らかになる順番によってだいぶ印象が変わったろうな、って。
秋葉原の殺傷も京アニの事件も、事件を起こしてしまったら全く共感なんか得られないじゃないですか。どんなに同情すべき点があっても


虚空 それでも考えに賛同する一部の風潮がネット上にあるっていうのをこの前NHKでやっていたけど・・・それだって、逆に英雄扱いっていう変な風潮があるよね。

NHk特集で立て続けに、戦後ずっと明らかにされてこなかった極秘資料とかが発見されてという番組をやっていたけど、2.26事件にしてもこれまでとは随分違った実像がこんな何十年もたって出てきた。

ダンデリオンさんも書いているけど、
 「お国のため、愛する家族のため」とはいえ、罪を犯したわけでもないのに死ぬことが決められてしまった彼らが、誰も反抗せず毅然(きぜん)として死地へ飛び立つことが不思議でした。

ここに挙げた人形を抱く特攻隊員の写真だけでなく、関連動画、エピソードは、テレビや映画やマスコミでは全く取り上げられません。ですが、この一枚の写真だけが特別なのではなく、特攻隊の身の回りの世話や軍需工場で働く挺身隊(ていしんたい)の女性たちが、自分たちをかたどったマスコット人形を出撃前の特攻隊員に贈るということが、どの基地でも一般に行われていました。

「軍神」と世間では言われる彼らの中には、その人形を飛行服にいくつもぶら下げて出撃した人もあったそうです。 特攻隊のイメージを崩すからか、昔も今も、人目につく形では一切取り上げられません。しかしここにこそ、看過(かんか)できない深く本質的なことがあるのではなかったか。 」

これも一種の情報操作だよね。
勇ましく敵に突っ込んで死んだというようにするための。


諷虹 ニュースとかもシナリオありきですからね。これもある意味人使。真実よりも虚偽を混ぜ込んだ演出になってしまっているんじゃないかなと。


虚空 ちょうど戦前に中止になった東京オリンピックについての番組もみたんだけど、オリンピックに出られなかった選手が、軍や国の宣伝に利用されて戦死した様子が非常に美化されて国内では報道されていた、って。
そうすると、こんな特攻隊員の写真なんかは表にはなかなか出なかったろうよね。


諷虹 ぶれちゃう・・・悲劇のヒロインがくつろいでいたら・・・とかね。
芸能人でもイメージを壊さないように、って。


虚空 かつての女性アイドルはテレビ局内でトイレに入るのも人目をはばかったっていうからね。夢を壊すから、って。
今はネットで私生活から何から自分でも他人からでもどんどんさらけだされているから、随分違っているだろうけど・・・


諷虹 今はやらせとかにうるさいじゃないですか、視聴者側も。最初から演出だって言えばいいのに・・・。最初から真実というようなスタンスで報道しているから。
マスコミも真実を報道といいつつ、ねつ造だとか普通にやっているのもあるじゃないですか。それがうさん臭さを生んでいる。


虚空 そりゃね、悪意がなくたって、編集という作業とか記事を書くということそのものが「演出」とか「主観」は絶対入るものだから。

昔の人はそれをある程度わきまえているっていうことが多かったんじゃないの?今とくらべて。だからとりたててヤイヤイ文句は言わなかった・・・「そんなもんだろ」って思っているから。
でも今はね・・・下手するとドラマで憎まれ役を演じただけで、私生活でも性格の悪いやつだと思われて誹謗中傷が殺到するとかね。
「現実と非現実」の区別がつかないんだよ。

諷虹 この前夜中にたまたまみていたクラシックバレーのを描いていた映画・・・蝶々夫人・・・そこでもそんな場面で客が暴徒化するって事件があったそうですね。


虚空 映像とか情報の信頼度は相当低いのにね。
だからガラケー女と勝手に決めつけられて住所から顔写真から勝手にのせられて全国から批判が

殺到、っていうのが最近も起きたじゃない。すぐに疑いははれたけど、傷は癒えていないって。
「ガラケーの女」デマ、法的措置へ 被害女性が会見
2019/08/23 17:44
茨城県守谷市の常磐自動車道で男性会社員があおり運転を受けた後に殴られた事件をめぐり、「傷害容疑で指名手配された男の車に同乗していた女だ」というデマ情報をインターネット上で流された都内在住の会社経営の女性が23日、弁護士とともに会見し、デマ情報を投稿した人たちの法的責任を追及する方針を明らかにした。女性は「SNSで手軽に発信できる時代だが、責任を取れるのか考えてほしい」と訴えた。

 今月10日に発生した事件では、宮崎文夫容疑者(43)が運転席の男性会社員を殴ったとして、傷害容疑で逮捕されている。交際相手の喜本(きもと)奈津子容疑者(51)=犯人蔵匿・隠避容疑で逮捕=も車から降りて、宮崎容疑者が暴行する様子を携帯電話で撮影していた。この時の映像がテレビなどで流され、話題となった。

 宮崎容疑者は16日に指名手配されたが、喜本容疑者の氏名はこの段階で公表されていなかった。女性の代理人弁護士によると、17日未明から、女性の実名やインスタグラムのアカウントを特定しながら「ガラケー女」「自首して」などという投稿がツイッターにあったほか、ネット掲示板にも投稿された。女性はすぐにフェイスブックで「完全に事実と異なります」と否定したが、インスタグラムには大量の誹謗(ひぼう)中傷が寄せられ、女性が代表を務める会社にも同日だけで280件の電話があった。

 18日には、会社のホームページに弁護士名で声明を出し、「虚偽の情報を広める者には法的措置を検討する」と警告。同日、宮崎容疑者と喜本容疑者の逮捕が発表された。

 弁護士は、最初にデマ情報を公表した人だけでなく、不適切な言葉で拡散した人や、インターネット上の「まとめサイト」の運営者らも責任が「極めて重い」と指摘。今後は、発信者の情報開示をツイッター社などに求め、特定できれば損害賠償を求める訴訟に踏み切る方針を表明した。名誉毀損(きそん)罪での刑事告訴も検討するという。
 
女性は「普段通りに寝て起きたら犯罪者扱いされて、名前と写真が流出していた。まさか自分のことだという認識をなかなか持てなかった」と振り返った。今もネット上にデマ情報が残ったままの状態で、「精神的にまだ平常に戻れていない」とも語った。(新屋絵理)



虚空 これさ、すぐに疑いははれたけど、疑いがはれないまま何のいわれもないのに社会的に抹殺されてしまう事例ってこれまでもあったし、これからもますます出てくるよね。
デマをとばした人も、それに安易にのった人も全く責任はとらないで、忘れ去ってしまう。

そういう意味では情報の出方によって、本当に世の中への印象はガラッと変わってしまう。

集団で「そうだ」と信じてしまえば、どんなデタラメなことでも、それが事実に鳴っちゃうんだもん。それは「人間の意識世界の特性としてある」っていうことをきちんと自覚しないとね。
そういうことを児言態雑誌18号の原稿にも書いたつもりなんだけど、あれは子どもだけじゃないくて、むしろ大人にこそ訴えたかったこと。

冤罪じゃなくてもさ、さっきテープ起こししていた6月1日のやりとりにもあった大洗のこと。キャラの誕生日にしても何にしても、ガルパンキャラたちは「いる」わけだよね。大洗ではそういう世界になっている。シロバコでの「アルピンはいます」もそうだよね。

「事実って何だ」とかさ、さらには「真実って何だ?」っていうのは実際にはとっても難しい問題だと思う。だから従来から哲学の課題でもあったんだろうしね。

昔高専の先生の言葉、言っていたじゃない・・・何だっけ「法則」だっけ

諷虹 なんでそうなるか分からないけど誰がやってもそうなるから法則というんだ、って。

虚空 それをちょっと拡張すればね、「誰もがそうだと思ったら 事実・現実」さらには「法則レベル」にまでなっちゃうんじゃない?
諷虹 結局「自分が信じたいものが真実」なんですよね。事実がどうであれ。
それが数百年レベルで伝承されれば、それは本当のこととして伝説化する。
「こうあってほしい」っていう願望が真実になってしまう。

虚空 それって上原先生が芝居なんかのことで盛んに言っていたことだよね。先にもう期待する形はある、って。それに合わないものは受けいられない。
いい例が「義経」・・・どんなに史実ではこうだったらしい、っていっても、やっぱり受け付けない。

諷虹 一時期義経のネガティブキャンペーンがあっても、やっぱり義経はイケメンじゃないですか。真田幸村とかも・・・


虚空 忠臣蔵もそうだよね。吉良上野介は地元では立派な人間とされていても、それは受け付けない。市川崑監督が新しい切り口で「四十七人の刺客」として忠臣蔵を映画化したけど、受け入れられなかったしね。


諷虹 越後屋なんていうと悪徳商人っていうイメージがあるじゃないですか。代官なんかも悪者って言うイメージ。花火もいろんな屋号の業者がいると思うんですけど、みんな「たまや」ですもんね。


虚空 こういうステレオタイプとか先入観って、定着しているものほどコワイよね。自分たちだって知らず知らず染まっていてもなかなか気が付けない。


諷虹 現代はそれを根本的にぶち壊してキャラ化する・・・女体化する・・・風潮もあるというのは面白いですね。
ネットでみたんですけど女体化されている歴史上の人物は自分がそうなっているのをしったらどう思うか、っていうのがあったんですけど、北斎なら喜ぶんじゃないかとか。

北斎女性化のを解説しているサイトの一つ
https://grand_order.wicurio.com/index.php?%E8%91%9B%E9%A3%BE%E5%8C%97%E6%96%8E
⇒正確にいうと北斎そのものが女性化されているのとは違うようでもある



虚空 この擬人化能力は海外の人達からも一目おかれているもんね、日本人は。
最近だったら競走馬を女の子にしたウマ娘とか・・・
ちょっと前だと、戦国武将を女性化したのもあるよね。ちょっと名前は変えているけど

織田信奈の野望・・・いろんな戦国武将が女性として登場
http://odanobuna.com/character/index.html
信長を女性化したのをまとめて紹介しているサイト
https://mag.app-liv.jp/archive/83137/
女性化じゃなくても、三国志だとか戦国時代を題材にしたゲームで歴史に詳しくなったとか、ゲームの中のイメージが人物像になったとか。
そういう人にとってはゲームのイメージが「真実」になるから、それとずれているのは、たとえこれが真実と言われても受け付けないよね。
(あるサイトで信長と卑弥呼が同列に描かれている)


諷虹 私らからすればすべて「昔の人」っていうくくりだから、同じ時空で描かれていても気にならない。

虚空 そのあたりの抽象化の問題・・・サバイバル環境と結び付けて50円玉君とも語り合ったけど・・・くくりかたによって、「同類」はいくらでも増えるよね。
でもさ、さっきの葛飾北斎どころじゃないよね。それこそ信長の甦ってきて、こういうイラストをみたらどう思うんだろうね・・・。

諷虹 キャラをオリジナルでつくるのはめんどくさいですからね

虚空 みる人が「なるほど」って思えればいいんだからね。それで成り立ってしまうし、みんなが受けいれれば、それが実在として定着すらしてしまう。

写真とか情報を「みんなが受け入れるように紹介する」っていうことで、今の時代は多くの人が日本中や世界中を情報操作できる可能性を持ったわけだよね。

だから政治家だけじゃなくて、それこそさっきの記者会見記事のように「ネット拡散」という行為そのものにも、軽い気持ちではすまされない自覚は必要だよね。
「遊び」「冗談」じゃ済まされないレベルのことにあっというまになっちゃうんだから。
迷惑動画だってね・・・。

ラインにも書いたけどさ、
「こうしたとしても、すべてを受け入れる自分が、悪逆非道な彼らから認められるという保証はどこにもない。結局は彼らを増長させるだけかもしれない。」
っていう点で、自分は何も反撃しないからやりたい放題ばかりされてきたけど・・・。

でもね、相手が反撃してこないから、ますます調子にのって「やっちゃえ!」「やったもん勝ち」っていうのは情けない風潮だよね。

それを情けないとは思わないから、ズルとか卑怯なことを平気でするわけだけど・・・。

でも、相手が爆発しないうちに、まっとうな道に戻るっていうのは大事なんだけどね・・・。それこそ今再放送をみている「地獄少女」なんてさ・・・他人ごとではない気分で観直しているもん。

かつては「卑怯」とか「みっともないことはしない」とか、自分で自分を律することができた人間が多かったわけだけどね・・・いつからこんな風に「バレなきゃいいんだ」「法にふれなければいいんだ」「やったもの勝ち」「正直者はバカをみる」が主流のような風潮になってしまったんだろうね・・・なんて、随分年よりくさい言い方だけど・・・。


諷虹 美学ですね


虚空 だから「卑怯者!」とか「見っともないぞ」言葉にハッとしたからね。
それこそプロレスの世界なんてそうだったからね。じいちゃんが夢中になっていたころ。日本人対外人 っていうのが当たり前だった頃。

どんなに反則攻撃をされても卑怯な反撃はしないのが日本人。それに耐えて耐えて最後にはフェアプレーで勝つ姿にみんな酔いしれていた。青春ドラマが感動的に受け入れられてたのだってそういう精神的な土壌があったから。


諷虹 まっとうに頑張れば評価される時代じゃなくなった・・・憧れる人が善人じゃなくなった・・・。トップにたっている人がうさん臭さがあるような。
侍とかの時代・・・英国紳士のような文化が大事なんだと思いますよね。
マネーゲームみたいに、まっとうな人がつぶされる・・・だからまっとうにやるのが馬鹿々々しくなってしまう。
真面目にやって成功した人はレアケースっていうのもね。そんなら手軽にかせげるような道を選ぼうって。
小学生が憧れの職業でユーチューバーをあげるというのもね。

(各種番組でのコメンテーターの発言について)
諷虹 あんな風に軽々しく批判して良いものなのかどうなのか・・・芸能人なんかも


虚空 一億総批評家って言う言葉は昔からあったけど、ますます加速しているよね


諷虹 最近なんかはツイッターの声なんかも紹介しているじゃないですか。
いろんな番組でのインタビューでもどれくらいがサクラとか


虚空 仮にサクラじゃない場合だって、全員のを紹介するわけじゃないんだよね。特定の人間の一部の言葉。それを「街の意見は」っていって、あたかもみんながそう言っていますというようにね。でもさ、少数派の意見ばかりを選んで「みんなの」っていう紹介の仕方もいくらでもできるからね。

かつては国だけが情報を管理していて操作していたわけだから、それに比べれは自由が保証されているということなんだけど、逆に一般人同士が縛り合っている世の中。ましてまともに調べもしないで、軽いノリで誰かを犯人扱いして、誹謗中傷する・・・法治国家でありながら、事実上「リンチ(私刑)」が横行している世の中になってしまっている。
これは真剣にかんがえないとね。
互いを互いに縛り合う、潰し合うという風潮が助長されたら、それこそ疑心暗鬼で誰も信じられなくなって人間社会は崩壊するよ。
たしか、地獄少女にもそんなエピソードがあったけどね・・・。

「安易に人を裁くというのは、どんなにそれが正義感からであっても、それは他人から裁かれるということになる」・・・たとえ何をしていなくてもね。
さっきの女性のようなことは、誰にだって起こりうるんだから。

教育でもさ、本当に真剣に叱っても「パワハラ」なんて言われたり、熱心に指導すると「ウザイ」なんていわれたり・・・。わざと挑発されてこっそり動画をとられて都合よく編集されてネットで拡散。とんでもない時代。
でもね、そうやって自分に都合の悪い先生を排除しまくって、学校の先生がみんな事なかれ主義になったら、それこそ社会は崩壊するしね。自分が人間として成長することを真剣に見守ってくれる人がいない、っていうのがどれほどあとで大変なことになるのか・・・それが子どもだけじゃなくて大人(親)も分からない時代。


諷虹 聖書にあったという言葉ですね・・・・

「朝早くまた宮にはいられると、人々が皆みもとに集まってきたので、イエスはすわって彼らを教えておられた。

すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、
「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。
モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。

彼らがそう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。
彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。
そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。
これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。
そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。
女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。〕
— ヨハネによる福音書、(口語訳)8:2-11
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