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ガルパン 論理・感情 と 構え

☆2019年 6月22日 諷虹・虚空
ガルパンを通しての考察がさらに続きます。


やはりいろいろな場面を問題にしても、いきつくところは「論理や感情」が「構え」にどう統合されていくのか、という問題。ガルパンはそういった点についても豊かに示唆してくれます。


ラインやりとりから
虚空
ヒマワリフクロウさんとコバルトブルー君の感想を読んでいて思い出したのですが、マリーさんが最後にお菓子を食べたことに関しても諷虹君が
諷虹「これまでの戦車戦の中で、もっとも潔い態度だったんじゃないか」
というような発言をしていたような・・・。

諷虹
⇒今までのやられた隊長の中で一番優雅に去っていったような気がします。前のシーンで完全に包囲されたカモさんチームの慌て方との対比もあって・・・最後に引き絵で煙だけがっていう演出もボカージュの背景と相まっておしゃれだったなと
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虚空 散り際の美学というか・・・演出としてどう観せるか・・・伏せることも含めてね。

諷虹 強キャラほどやられる瞬間はうつさないような演出・・・例えば最後の最後まで軽口や憎まれ口のような普段通りの様子で、その後に天井を映して銃声だけが・・・みたいな

虚空 余韻の美学・・・みせないことで観客の想像力にゆだねる

諷虹 逆にさえないキャラほど「金ならやるから助けてくれ」というように往生際の悪さを描く・・・・まさに往生際

虚空 往生の際だね・・・・自分はどうなることやら・・・・

諷虹 マリーさんが食べているお菓子で「山」状の形のが印象的で・・・あれってモンブランですよね。

虚空 シフォンケーキだと思ってた。
マリーさんフィギュアの画像 https://hobby.dengeki.com/news/783166/
マリーの食べていたお菓子に関する諷虹覚え書き
・抽選会場⇒イチゴジャム(?)のかかったケーキ
・秋山潜入時の戦車の上⇒大きなモンブラン
・「私がケーキを食べ終わるのと向こうの白旗が上がるの・・・どっちが先かしら」⇒オレンジシフォンケーキ
ここから第2話
・撤退中⇒クリームの乗った栗のケーキ?
・ボカージュ内「辛抱強いものに勝利が・・・って誰かが言ってたわ」⇒カヌレ
・モブ「持ち場を離れるな」マリー「いいじゃないの。味方のピンチにいてもたってもいられなくなったんでしょう」⇒白いスフレ
・やられた瞬間⇒ティラミスケーキ
・知波単戦鑑賞時⇒大きなモンブラン(二回目)

虚空 ミリタリーと対極のケーキなどをどうしてここまで徹底して出しているのかね。

単にマリーアントワネットのエピソード以上の意味があるように思うんだよね、水島監督のことだから。どこの場面で何を食べているのかもね

諷虹 言われがあるでしょうね。
(改めて最初のもみて)
虚空 同じ「撤退」でもマリーさんのと西隊長のでは雰囲気も意味も随分ちがうよね。

*昼間のラインやりとりに関して
諷虹 「ケーキの美味しいところ」っていう見方はなかなか・・・。あと「三日月」の印象も。あそこで西隊長が「大洗をうちたおすことが一番の恩返しだ」って言ったようなこともね。

虚空 ここで出している月もね・・・三日月にした理由。これは「咲」の衣の場面での影響があるからそう思ったんだけど・・・これ、どっちが欠けていた月だかよく覚えていない。

左が光っている月だったら、三日月ではなくて、新月直前の月だから、死に向かうイメージの月なんだよね。で、死と再生・・・知波単が本格的に生まれ変わる予兆。

いわゆる三日月で右側が光っているんだったら、これから満月に向かうから、もうあの前半で転換は終えているイメージ。

諷虹 「お皿みたい」って書いてありますよね。

虚空 っていうことは夕方の三日月の方かな・・・地平線に沈む直前。

諷虹 あとこの西隊長が大切なものをぶっ壊すことが・・・
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ヒマワリフクロウ
知波単学園が落ちた穴、あれも子宮イメージですよね。
あの場面で西隊長は初めて「撤退」を命じた。
突撃を美学として生きてきた彼女らに取ってとても勇気ある選択だったと思います。
西隊長は、大切なものほど捨てる・塔をぶっ壊すことができたんだなぁと。
残された道が開かれ、生まれ変わったところが描かれているなぁと思いました。
これ知波単こんなになってまって大洗負けてまうんじゃないかと心配になりますわい。
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虚空 こう考えると、やっぱり月が夕方に地平線に沈むイメージかな

諷虹 コミカライズ版でダージリンが聖グロリアーナの伝統からくる低迷のような部分に危機感をもっていて、非常に貪欲にいろいろなことを取り入れようとする、っていう描かれ方をしているんですけど・・・本編でもローズヒップがスタメン入りしているというのも、聖グロの伝統からは一番かけ離れたようなローズヒップを入れているというのは・・・

虚空 水島監督だっけ・・・オーディオコメンタリーで試合直後のローズヒップの座り方を言っていたのは???品のない座り方をしているのをサラッと暗示してた。
お嬢様にあるまじきような・・・

諷虹 ローズヒップも大家族育ちですから。

そういえば桃ちゃんは、本人をいれて1男5女でしたね。
あと友達が言っていたのは「 わし ぶんぐ」も古くなって「か」と「ま」が取れちゃったんじゃないかって。



虚空 この「撤退」という言葉をちゃんと使った西さんについては昨日のやりとりでも出たけど、あれで隊員たちがハッとしているように描かれていたよね。それこそ福田に起きていたトランスフォーメーションが全体に共有された瞬間。

ヒマワリフクロウさんが書いているこの真髄は、まさに日本神話の「黄泉の国」から「禊」へのこと。

子宮を経ての「死と再生」黄泉がえり=甦り 帰る=孵る

だからウシガエル???水島さんだったらそのくらいの駄洒落でマジな暗示ってやりかねないからね。


諷虹 コバルトブルーさんの「行いの最終決断は知識ではなく心そのものであると言うことです。」も・・・劇場版なんかも遊園地に入ってからは戦車道のセオリーからはなれたじゃないですか。前半はセオリーにとらわれすぎて。

今回も知波単対策として高地を狙おうとしていたけど、思わぬ攻撃をくらって・・・で、二番目の策として開けた水辺を選んだから、向こうにおあつらえむきの展開になって。
そういうところってもう知識では測れない。

チェスなんかも序盤は定石でうちはじめても、途中でお互いに定石から外れていく。そこからが相手の動きを見て・・・っていう戦いらしい戦いになっていく


虚空 それが「守破離」だよね。さっきの黄泉の国のことも、現実をきちんと受け止めた上で、それを捨てての神の出現。だから「超現実」。

熊野の六道図にも通じる。


諷虹 知波単は突撃ということによってある種の「思考停止」


虚空 他を考える必要がないんだからね。完全パターン化だから。
それこそAI機能のない昔のロボットのようなもの。


諷虹 今回の2話で水辺でワニに偽装した特二式内火艇が出た直後の西隊長の「吶喊」っていうセリフがものすごくヒヤッとするというか、ゾクッとくるんですよね。劇場版のエキシビジョンでも全く同じ「吶喊」って台詞がありますけどあちらは笑える台詞だったのが、今回はとても恐ろしいセリフになっていた・・・

虚空 コバルトブルー君の言葉でもう一つ思ったのは、この前の難波先生の学会発表でもあったんだけど、論理と感情の問題。

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⇒「論理と読み手」に関する質問に対して
Nanba先生 児言態の理論にのっとって、論理も感情もイマジネーションの上にのってかっているものだと考えています。私もそれに従っています。

従って論理によって人の発達を促すことは出来ると考えています。その場合の論理はイマジネーションの裏打ちがあっての論理だというところがポイントだと思っているので、その論理自体が如何なる人でも無意識のイマジネーションとつながっている形で表現されていると考えます。
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これを思い出した。

自分も論理と感情とイマジネーションと用具言語・・・そしてそれが「構え」とどう関連づいているのかをずっと追いかけてきているけど、そのあたりのことがここにも現れてきているよ。

現代社会はさ、政治家をはじめとして、あまりにも「言葉」に対して意識が軽すぎる。言い訳の屁理屈・・・論理ともいえないような幼稚は言い訳は一緒運命するけど・・・でもあれで社会人としての信用をドブに捨てているような大人ばっかりじゃない。

みんなの上に立つということの自覚がない。単なるお山の大将になって威張れる、欲張った生活が出来る・・・なんていうガキのような感情だけがみえみえ。

論理の裏側にくっついている感情こそが、人から信用されるとか、人間として立派と感じさせる部分なのにね。モンスター〇〇とか、うちのあの親戚連中なんで都合のいい時ばっかり偉そうに演説ぶるけど、一皮むけたらただの駄々っ子。3歳児以下だよ。

劇場版からそうだったけど、福田は自分が進言することの重大さを自覚した上で発言を常にしているよね。単にきまりきった言い回しとして「おそれながら」と前置きするんじゃなくて、本当に今から自分は「恐れ多い発言をするんだ」という自覚。

それは自分の言葉が人の運命・・・極端にいえば生死をも左右しかねないことを発言するんだという自覚だよね。


諷虹 チームメイトだけでなくて、今まで伝統を守ってきた数々の先輩方や、これから入学してくる後輩たちすべてに対して責任を持つというようなね。

虚空 「咲」の中で今まで個人戦がメインだったキャラが、団体戦で思いがけない重圧を感じるという場面がいろいろ出てくるよね。

あと阿知賀編での部長(鷺森灼)、昔麻雀で負けたショックから打たなくなった顧問の先生(赤土晴絵)の気持ち・・・自分が団体戦をやってみたら、なんだか分かるような気がしたっていう場面。地域のみなさんにも顔向けできないという気持ちは、小学生の頃の灼には理解できなかった、って。

オリンピックの代表に初めてなった選手が「日の丸の重圧を初めて感じた」ってコメントするのもよく聞くけどさ。

だから、東京オリンピックのマラソンでスタジアムにはいったあと大勢の観ている前で抜かされて銅メダルになってしまった円谷が、メキシコオリンピック直前に自殺してしまったというのも、そういう日の丸の重みあってのことだったんだろうし。

諷虹 赤土晴絵が阿知賀のレジェンドと持ち上げられたのも、壊してしまったのも自分という両面性になっちゃうわけですよね。
無名の時と、期待されたあとでの・・・。ガルパンはよく毎回期待以上のものを出してくるなって思いますよね。

虚空 最初はほとんど注目なんてされていなかったからね。

諷虹 アカギが自分の生前葬の場面で、組長の原田に言った「お前は成功を積みすぎた」って場面。
http://application.hateblo.jp/entry/2018/10/24/000000
あとはまどか母が言ってた
「若いうちはケガの治りも早い。今のうちに上手な転び方を覚えといたら後々きっと役に立つよ。大人になっちゃうとね、どんどん間違うのが難しくなっちゃうんだ。背負ったものが増えるほどヘタを打てなくなってく。」
っていうのも繋がりそうですね。

虚空 まさに聖徳とかの子どもが廊下で多元的な見方を学んでいる姿だよね。この前から言っているような。


諷虹 大人になってからだとね・・・。ただ、逆に若い頃のイメージで動こうとして体を壊すっていう人もいますからね。


虚空 自分なんかはそもそも全力で動けないし、動こうともしない。大怪我をしてしまいがちなのはやっぱり動けていた人だよね。地区民運動会とかPTA競技で危ないのは、そういう人達。

今日もメモ欄に書いておいたダンデリオンさんの記事からの「名前」の問題・・・あれはどっちかっていうと、ガルパンよりも「咲」とか「リリカルなのは」とか・・・あと自分にとっては「青ブタ」に大きく関わることなんだけど・・・早い話が「量子論」の「観測者問題」とか「量子もつれ」の問題。
これも「ひぐらし」とか「君の名は。」との関係から深く考え直したいところで・・・青ブタもテレビシリーズの一話から観直しているんだけど・・・体調が悪いからすぐに寝ちゃって肝腎なところが意識できてない。

ひぐらしの並行世界を梨花や羽入以外でもおぼろげに記憶している、っていうのと似たような場面が今回の劇場版青ブタのかなり大きなポイントになっているんだけど、パラレルの問題を「意識世界の構築」として現実的に考えていくと、この「量子もつれ」がからんできそう・・・という予感があるんだけどね。

なのはA’sで囚われの身のフェイトが夢の中でアリシアとか別人格のプレシアと出合って、というのもね・・・・

実際に青ブタは量子論とか相対性理論とかのセリフがたくさん飛び交う。

思春期症候群っていうのはかなり極端な症状として描かれているけど、それも現実生活の「例え」としてみていった場合に、「量子論」の発想を導入すると観点を整理しやすくなるかなって。あのアニメ通りの説明になるかどうかは別にしてね。

それは「とあるシリーズ」の頃からも量子論のことはたびたび出てきているから。
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