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☆「母胎回帰性」いろいろ 「体感」による類化性能

2019年8月16日 諷虹宅にて

先週から諷虹君は盛んに「体感による類化性能」ということについていろいろと言及しています。

先週の発言から
諷虹 羊水に包まれているってことは水中に近いような浮遊感覚・・・空を超えて、宇宙という無重力状態=羊水の中っていう母体回帰のイメージが結びつくんですかね。

類化性能というと「理性の働き」のようにとらえてしまう場合もあるのですが、実は「世界定め」ということからしても、こちらの方が重要かもしれません。

個々人の意識世界こそが、「当人にとってはリアルな現実」となってしまうのも実は「勝手な空想や思い込み」であっても、そこに「体感」が伴ってしまうから。

子どもの頃なんて言うのは、まさにそういった世界ですよね。どこまでが現実でどこまでが非現実なのかなんて分からない・・・実はそれは大人であってもそうなのですが。




*聖徳の作文の母胎回帰性についてコバルト君のライン発言である「あたたかさ」という観点から
諷虹 ふとんに入るも、お風呂に入るも、みんな「あたたかさ」じゃないですか。それから理想の家族をいう時にも「あたたかい家族・家庭」って言うじゃないですか。


虚空 聖徳の子は「観察」というスタンスで書いているから、ナマの体感は書いていないけどね。でもまさにそう。いろんな子がちゃんとそれを要素というか「おうちの要件」としてあげて書いているよ。

それがおうち論文でいえば「ナマ温かいものに包まれる体感」なんだよね。

子宮にいたころの無意識の記憶だろうしね。・・・穴だってそうだし・・・。

かつて児言態が藤岡先生と協同研究していた時の表題の一つが「穴と留守番」っていうのもね・・・結局「子宮願望」なんだから「母胎回帰性」だと思うわけだよ。
まさに意識のベース。


諷虹 分子や原子の動きもそうじゃないですか。熱があるから動くわけですよね。冷えているとその動きが弱まるというかね。今の昼間の暑さはいらないけど、あったかいくらいのいい塩梅のあたたかさが・・・。秋の夜長とか。
天照の太陽信仰は昼間のことだけど、やっぱり秋の夜長のように「月」の信仰。「夜」。四季があるがゆえの日本のバランスなのかな、って。

だからこないだのまちカドまぞくで話題になっていた「あたたかい闇」もそうですが・・・。
強すぎる光だとやっぱり・・・逆に活性化できないことがあるのかな、って。
これが「生暖かい」という感じなんでしょうね。


虚空 コバルト君が盛んに言っている卍の回転。これも「光と闇」「太陽と月」のバランスと関係あるかもね。
*児言態合宿会議の午前の部、午後の見通しについての虚空発言の部分だけを視聴
虚空 今回の授業を全うに計画する上でも、英才児とはどういうことなのか、母胎回帰と闇、意識のベースとおうち・・・そういうことを本気で考えてみませんか、そうでなければ指導案も作成できないだろうし、授業をしていても子ども達の言葉をキャッチしきれないと思うから・・・だからそういう提案をしようということで前置きをしているんだけどね・・・。
(重要なやりとりが続くのですが、省略します)

諷虹 難波先生は本気で英才児の生態を通して日本の教育制度をかえていきたいという意識がありますよね。
自分としては正直研究授業がどうすればうまくいくのかという方法の議論はどうでもいいかな、って。それよりも英才児とかのことを考えるのが面白いんですよね。

虚空 実際にさ、土浦でもヒマワリさんともしゃべっていたじゃない、この研究授業に関係なく、目を通せなかった聖徳の作文を読んでいろいろと語り合おうって。

諷虹 それこそ、今回の授業のこういう所がよかった的な視点じゃなくて、「今この発言をしたって事は・・・」「きっとこういう考えがベースにあるのかもしれない」とかみたいな英才児の実体みたいなのを捕まえるヒントになるようなやりとりが面白いですよね。

*コバルト君、児言態の会議で小2の マンダラ作文ついての発言
コバルト 小学校2年生で大日如来とか・・・広がりがすごいじゃないですか。帰依する場所、帰る場所・・・そういう世界を持っているのはすごいな、って。

諷虹 死んだら「土に還る」っていう表現をするって話も前に出たじゃないですか・・・

「富士山から天のはしご」とか書いている作文も「空、宇宙に帰っていく」って考えると宇宙全体が母体なんだろうなって話。これは発言したかどうか覚えてないんですけど「星になる」って表現もね・・・

で、それらの話とこの話を考えたときに、結局マンダラにしても菩薩にしても仏の世界ですよね。坊さんの世界・・・そう考えるとベースは繋がってるんだろうなぁって

虚空 今さ、それを聞いてフッと東京オリンピックの記録映画のラストを思い出した。
(ネットから)
映画はこのあと太陽が沈み、聖火が消え、そして「聖火は太陽へ帰った。人類は4年ごとに夢を見る。この創られた平和を夢で終わらせていいのであろうか」の字幕が流れ、先生の平和と友情をテーマとしたオリンピックという壮大な抒情詩が完結します。 
虚空 富士山の天のはしごにしてもさ・・・こういうのも、まさに「母胎回帰」だよね。
英才児たちはいろいろな形でちゃんと書いてくれているよ。

諷虹 さっき「あたたかい闇」の話をしたじゃないですか。今日買った漫画でも関係深いのがあって・・・一つは「やがみめし」(同人誌)

八神はやて・・・『闇』の書(『夜天』の書)の主であって、一番家庭的じゃないですか。


虚空 やっぱり「母胎回帰と闇」って言うイメージは根元なっていくんだね。
*ラストの台詞
はやて 「(家族<あのこたち>でも 友達でも ごはんで喜んでもらえるんは・・・)・・・しあわせやなぁ」


諷虹 んで、もう一つが「ふらいんぐうぃっち」の最新刊なんですけど・・・この巻は主人公の真琴の属性(9種類の中で一番上手く使えるマナがその人の”体質””属性”と呼ばれる)を調べるってのがメインなんですけど・・・
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江丹雲「うん 木幡くん きみは”闇の魔女”だ (中略)闇の魔女は2万人に1人の割合で 2番目に少ない属性で激レアなんだよ」
圭「激レアなのかよ真琴!!」鹿角「すごいじゃない真琴」
真琴「え えへへーそうなんですかね~?」
千夏「え~大丈夫~? 闇の力で世界征服とかしない?」
真琴「え!?」
江丹雲「いやいや 闇だからってダークサイドって意味じゃないから
闇の魔女はマナの性質的に新種の魔法南下を生み出したりする人が多くて面白い属性なんだよ
タロス「物作りが得意な魔女さんが多いので”創造の魔女”とも言われていますネ」
江丹雲「そうそう 木幡くん野菜作りってより物作り自体好きだったりするんじゃない?」
真琴「ああ・・・そうかも・・・」
圭「ローブとか作ってたもんな」
千夏「しゃべる火の魔法も作ってたよね」
タロス「エッ!もう魔法を作ってるんですカ」
江丹雲「生粋だな」
真琴「そっかぁ・・・創造の魔女かぁ・・・
なんかうれしいです 自分の力がわかるって なんとなく魔女としての目標が見えた気がします」
江丹雲「そりゃよかった自分の能力の理解は人生のコンパスになるからね
このコンパスが真琴くんの魔女修行に役立つことを願うよ」
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諷虹 闇からの創造・・・まさに母体ですね
ローブ作るとかもやってることは完全に母親ですしね


虚空 上原先生の「母胎回帰性 と 闇」の闇の役割を示す大事な例だね。

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虚空 昨日ね、連休の時にもちょっと会う事ができたんだけど、家庭教師でみていた一族の子たちと語り合える時間が持てて・・・家庭教師の教え子は4人だったんだけど、一人は12月に生まれたばかりの息子と一緒、もう一人は妊娠中でけっこうおなかが大きくなっていて・・・。
そこで何十年かぶりに乳児を抱っこさせられたんだけど・・・
*その時の写真をみせる

虚空 本当に周りに祝福されているっていうのが分かる表情でしょ。邪気がない。

諷虹 無邪気っていいますもんね。

*この流れでヒマワリさんのお姉ちゃんの娘、体内記憶について語っているビデオも視聴
諷虹 わたてんの天使劇の場面・・・白い服、羽根、お花畑・・・それにお菓子を作っている場面もあったじゃないですか。この関連性っていうのも・・・

*アニメ「私に天使が舞い降りた!」最終回の天使の場面を視聴

諷虹 この昇っていくのが富士山みたいな形の山じゃないですか。
そして雲の上にお花が咲いているというのは、それこそ嶺上開花ですよね。
♪ 人は大地に 天使は空に・・・
虚空 コバルト君が児言態でいっていた「帰依する場所」って。


諷虹 (Nanba先生のライン書き込み 「私はこの会のメンバーと聖徳の子どもとは地続きだと思っています。それが意味することは、実は重く深いです。」を受けて)
まさに地続きですよね。

虚空 相反するものをつなぐもの、橋渡しするもの・・・

♪ 天使たちは人を愛で結びつなぐ

虚空 今回聖徳のおうち作文に何度も書き込んだメモが「ベース感情」っていう言葉だったんだよね。まさにこれ。

諷虹 イマジナリーナンバー(虚数単位)の「i」を「愛」とつなげた「博士の愛した数式」・・・実数軸と虚軸・・・

虚空 まさに日本古来の発想だよね。この劇は西洋の天使っぽいけどさ。

*新たに天界の仲間入りをした天使のシーン冒頭、頭からの描写

虚空 これも出産のアングルだよね。
♪ いつも笑顔と仲間たちの・・・・
(そんな天使の国よりも人間界を選ぶ)
*窓をながめている場面で
諷虹 あまり演劇とか真面目に観た事はないんですが・・・窓の外に向かって顔を出したりしながら歌う場面て多い気がしますね。こっそり逢瀬を交わす時なんかも窓から出入りしたりとか
考えてみれば光が差し込んだり、風を入れたりするのも窓ですもんね。
外と内の境界領域って感じなんですかね。
あと、思い出したのは叛逆の物語で、塞ぎこんでるほむらにまどかが傷だらけの手を伸ばすところ。窓から手だけが伸びてくるシーンですが・・・

虚空 ロミオとジュリエットの見せ場なんてまさにこれだもんね

諷虹 ここでは天使の羽根がきっかけになっているわけですからね。

(人間として生まれ変わるシーン。穴に吸い込まれていく。時間内に雪の道を歩んで峠を超えて行かなければならない。「これが寒さなのね」と実感。
♪ 天使の国離れ、あなたのもとへ向かうわ

虚空 これも「帰依」だね・・・


諷虹 すごい昔の記憶が甦ってきたんですけど・・・今日の発端もコバルトさんの「あたたかい」だったじゃないですか。

今「寒い場面を」というのをみてね・・・昔「暑い」と「温かい」の違いを・・・幼稚園の頃ですかね・・・童謡で「たき火」の歌

虚空 あのね・・・あのね・・・上原先生の「観察」の話にたき火がでていたからかもしれないけど、それも数週間前なんだけどね・・・。
ここ数日、何故か鼻歌で「たき火」を口ずさんでいたんだよ。だから今ちょっとというかだいぶビックリ!・・・ちなみにあと口ずさんでしまうのが「かじや」

諷虹 「寒いからあったかい」んだよな、っていうことなんですよ。
人間界に入る前に一旦寒いところを体験してから・・・。

雪山で遭難して助けられて温められた方が絵になるじゃないですか。砂漠で助けられて冷やされるよりも・・・

毛布にくるまって・・・あれも母胎回帰ですよね。

虚空 この現実の世界の厳しさが「寒さ」「冷たさ」とするとまさにそうだよね。

ピーターパン症候群なんていう言葉がはやった時に、ある高校生が「自立したくない。いつまでもヒナがいい。ずっと巣の中にいたい」って言っていたことがあるんだけど、これじゃ「母胎回帰」って言わないよね。やっぱり「内と外」がワンセット。

たまたまさっき、合宿2日目の空の写真についてコメントしたんだけど・・・

『朝日や夕日でもそうですが、やっぱり大事なのは異なるものの組み合わせのよるコントラストですよね。
雲一面でも、雲一つない青空でもどちらの場合もハッとしない。こんな風に適度に混じっているから美しい。
まさに「天気の子」の根源に関わるかな?』


諷虹 ガンダムでラスボスのようなキャラがいるんですけど・・・宇宙空間をみながら「寒い、ここにあと何年・・・」っていう場面があって・・・・。
この場面のときに心が寒いんでしょうけど。
兵士が死ぬ時に寒いっていうところもあるじゃないですか。
だからこそ極楽浄土の温かさを求める

虚空 浄土信仰だって阿弥陀様の光に包まれて極楽浄土へ・・・だって自分は母胎回帰って思うもんね。日本人のイメージだと観音様だって中性的ではあっても、どこか女性的なお姿であることが多いじゃない。

*人間界にやってきた天使・・・孫が足湯で温めてあげる

諷虹 これって伝承ですよね。
虚空 それがあったから消えずに済んだわけだよね。
♪ (二人をつなぐ象徴の)このケーキを 受け継いでいくの 命つきるまで


諷虹 大きな古時計もそうですよね・・・継承する者がいなくなって

虚空 あれさ、小さい頃は何でもう動かなくなったのかよく分からないで歌ってた・・・鈍感なお子様だったから。それが大学生になった頃かな・・・ああ、そうか、この時計は毎日ねじをまく時計なんだ、って。


諷虹 これ、おじいさんは天国にのぼる時に時計とはお別れしているんですね。
おじいさんが生まれた朝にやってきて、最期に役目をおえる・・・おじいさんと連動しているんですね。


*生まれる前の記憶 ハヤシライスと共にオムライスがでてきたことに関して
諷虹 オムライスって包むんですよね。それからケチャップで文字を書く楽しさ。
虚空 タマゴ料理出しね・・・「帰る」は「孵る」孵化する・・・
諷虹 色合いも黄色に赤。
(様々な食べ物の色の話題) 
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☆「英才児の特徴を作文から探る」 ・・・日本語英語の違いなども交えて

2019年 8月10日  諷虹・虚空やりとりに途中からコバルトブルー君とことりのおやつ君が合流。

英語と日本語の違い・演説にみる身振り手振り、という話などから始まっていますが、メインは I・Z小学校の「おうち作文」と比べながら特徴をうきぼりにしていきました。
どちらの作文が優れているか、ではなく、それぞれの特性を考えようというものです。

それ以外の話題も飛び出しているので、合わせて載せています。

(塾のバイトで二進法を扱った話・・・実際に64までを二進法に書かせた・・・そこから気づく事がいろいろ)

虚空 結局「0と1しかない世界だよ」ということで世界を作れるか・・・意識世界の問題だよね、数学云々というよりは。「やくそく」に従って素直に世界を作れるかどうか・・・十進法にこだわる子は苦戦するよね。1+1=10 なんて小1以来作り上げてきたことが根底から崩されるわけだからね。


諷虹 (ある例で、完成した時に)気持ちいいんですよね


虚空 そこだよね。そう思える人間・・・それこそ「添加」で新しい世界を拡大させることに心地よさを感じることができるのか、それともやっぱり自分のこれまでの常識に囚われて受け付けない・・・心地悪さというか違和感を捨てられないか・・・。

上原先生が英才児は感情やイメージと切り離せるということの深い意味だよ。
それは単に論理的・数理的に処理できる以上のこと。
それをやっぱりはっきりさせたいんだよね。

「英才児には個性がない」という言い方も上原先生はしているんだけど、これもどういった意味なのかは深く考えてみないと、とは思ってる。まだあまり駿煌会でも話題にはなっていないけど・・・・


諷虹 さっきの高校生・・・学校の先生は「二進数を暗記しろ」って言ってたらしいんですけど・・・。どういうつもりで言っていたのかは分かりませんが・・・まさか文字通り丸暗記で覚えろというつもりではないと思うんですけど・・・。
でも、その高校生は本気でそう受け取ってしまったんでしょうね。


虚空 そういうことばかりだよね、今の教育って。
例えば自分はやったことないんだけど、江戸時代の寺子屋でも聖徳でも学修塾ダンデリオンでも行っている「素読」。あれなんかは単に丸暗記というよりは、「器化」と関係あると思うしね。だから意味だとかいうことは敢えて触れない。
日本舞踊なんかのお稽古だってそうだって、家元の息子が言っていたけどね。その時の気持ちだとかは考えないで師匠の型をひたすら反復する。


諷虹 外郎売り、なんていうのもありますね。


虚空 筑波だったらガマの薬売りだよね。言語流暢性。
それとは違うけど、歌舞伎でいうと流れるようなセリフで有名なのが二代目河竹黙阿弥さん。
(ネット検索)
河竹黙阿弥の特徴は、歯切れの良い、日本人になじみのある、七五調のセリフです。・・・・リズミカルで小気味よいセリフを人気役者が舞台で披露すれば、そのセリフ待ってました~!とばかりに盛り上がりそうですよね。

(9時過ぎ コバルトブルー君、ことりのおやつ君、到着)
諷虹 「ひかえおろー このもんどころが 目に入らぬか」

コバルト 咲の「あなたの領域じゃないよ」にもってちゃえば

諷虹 テリトリーですね。(咲 阿知賀編)

コバルト 麻雀も頭で打つと負けるから・・・負けるというよりは崩れる。

諷虹 安手しかつくれないときには負ける

ことり 自分が好きなラップでそれがあります。(弁天小僧の名ゼリフが入る)

諷虹 日本人のラッパーや七五調を入れると受けやすい・・・日本人受けしやすいとはいいますからね。

ことり 確かに聞きやすいですからね。

諷虹 アメリカ語っていうか、英語での感覚とは全然違う。そのままの直訳ではわからない

ことり 韻の踏み方が英語と日本語では違う。

諷虹 アメリカ語っていうのは・・・

ことり 日本でも青森とか沖縄とかでも言葉が通じなくなる・・・同じ日本語でも全然ちがう言葉になってる

虚空 イギリス留学した知り合いもそれを経験したわけだよね。
発音だって違うし・・・。イギリス留学だったから、大変だったって。日本での英語教育はアメリカ英語だからさ。それを使うとすぐに「それはアメリカ英語だ。ここは違う」って言われたって。


コバルト 格式がありますからね

諷虹 イギリスフランスはうるさそうですね。

虚空 アメリカを見下している。

諷虹 日本人って外国人が片言の日本語を使っているのを好みますよね。
・・・中国人が日本語を話すと「・・・あるね」っていうのはどうして出来上がったんでしょうね。

虚空 実際にそんな風に日本語を話している中国人はいないのにね。


コバルト やっぱり英語っていうのは言葉としては不十分なんですね。手の動きがね。ボディアクションが必ずつく。
ことり 日本人がこれやったら失礼じゃないですか。

コバルト それを含めて考えるとものすごく不十分

諷虹 体を使っていない。

コバルト 体を使わないと十分に伝わらない。

諷虹 感情がすべてのせられないから、動きで補う。

虚空 つい最近、ヒトラーの番組がやっていたけど、あの演説だって直立不動でやってみ、っていったらああはならないよね

(動画サイト)
虚空 そりゃ天才的だよ。中身は別として北朝鮮のアナウンサーもこんな感じだろ。
(チャップリン「独裁者」のスピーチシーンの部分を探して観る)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4429961
虚空 現代の教育批判にもきこえるね、この内容。

諷虹 ヒトラーが興奮しているところをまねていても内容は真逆にしているんですね。
「絶対値記号」のように。
意識的に手は動かしていない・・・「手は出さない」・・・

虚空 最後だけは手を動かしたね。

諷虹 演説シーンの結構有名な・・・・
ガンダム動画
https://www.nicovideo.jp/watch/sm29958
ことり 設定は何人なんですか?

諷虹 ・・・・宇宙人ですね。
これを声優がイベントでやったのがあるんですが・・・
動画サイト
https://www.nicovideo.jp/watch/sm9307157
(狂気のさたのアニメ演説で有名なもの)「私は戦争が好きだ・・・」
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4652913

諷虹 カリスマ性ですよね

コバルト カリスマってその方向にもっていく

諷虹 共鳴を起させるんですよね。

虚空 それが集団催眠効果だよね。

諷虹 決起集会・・・バタフライ効果ですよね。着火点がこうした演説。

コバルト 選挙でもよく使われるけど、足し算の効果じゃなくて、かけざん。
目的をもたせられるというか選択肢がない。

虚空 かけ算だって足し算的なじゃないから。指数だよ。だからバタフライエフェクト。


(縄文顔の話題)
コバルト 原始に帰る。

虚空 上原先生の「忘れ水物語」追い書きだね。

原子爆弾とは誰が名付けたのか、私は知らない。私だけがではない。原子とは何かを説明出来る人は、専門家以外、そう多いとも思えない。私は音の似通いからばかりではなく、原子に原子を思ってしまう。原子爆弾は、人間を原始に返してしまう爆弾であった。それは人間にとって瞋恚と悔恨との咒符にはちがいないが、それ以上に、逃がれられぬ咒詛の中にしか生きられないことを思わせられた。
 
(エヴァ 劇場版 心よ原始に戻れ)
世界よ まぶたを閉じて
生命は目覚めて 時を紡ぎだす
あなたの証拠をさかのぼるように
そして光が胸に届く
心よ 原始に戻れ
コバルト 月光と綾波レイ

諷虹 ヤシマ作戦が名シーンなのは夜だからってのはありますよね。

虚空 カヲル君だって青白い光のイメージだもんね。

(『おうち』意識の図を見ながら)
コバルト お笑い芸人とかはこの真ん中、源に近づくにつれて万人にうけるようになっていく
「生命」ってのは・・・東北にちんこ祭りとかありますしね。

虚空 農耕民族だからね。結局は全部そういう方向に結びついていく


諷虹 この「深層意識世界」とか「生理現象」とかゆゆ式っぽさありますね
体験したことないけど、共感できちゃうあるあるネタとかもこの辺ですよね


コバルト 原始だよね。中心に近づくほどそこに居たくなるとか・・・手を伸ばしたくなるような場所


虚空 外側の部分ほど個人差が出てしまうけど、中心部分は口に出すか出さないかは別にして共通な感覚だからね。だから「お笑い芸人」なんかでもみんなを笑わせようとするとそういう方向になるよね。一発芸なんかそうじゃない。
昔で言うと「8時だョ全員集合」。

(補足1)
 虚空の卒業論文「フレーベルにみる感情教育の原理」・・・「共通感情」が意識のベース。「恩物」で遊ぶ感覚から、「自然・宇宙・神」へとつながっていく。

(補足2)
おうち論文 P26 石崎小4年男子
おうちの中はめろだらけ。トイレやおふろや台所や、いろいろな所につながっている。めいろをたどっている人が、今、宇宙にいった。
(終業式作文 R小学校とIZ小学校の違い)
虚空 ・・・成績表を返さるところまではだいたい似ているんだけど、その後がね。IZ小は「さあ、明日から休みだ、ワーイ」っていう感じで終わる。でもR小はそこからが長いんだよね。家に持ち帰ってどうやって母親にみせようかとか、みせたらどうなるかとか、小遣いを減らされそうだとか・・・・いっぱい書く。

IZの子には「そういうのを書いてもいいんだよ」といっても、「何書くの?」っていう顔をされる。もちろん中には厳しい家もあって書く子だっているけど、少数派なんだよね。

諷虹 ツイッターみたいなもんですね

虚空 動画のコメント。こころの実況中継

諷虹 量子論の観測のようなものですね。観測したら安心してオワリなのがIZ小で、観測してからあれこれ考えるのがR小。たとえそれが悪い結果だったとしても確認したからそれ以上下がらないからもう安心って感じなんですかね。

私も小中学校の頃は、テスト帰ってくるまで「100点だったかな」と「ミスしてひどい点数かも」が同時に存在している・・・シュレディンガーの猫のような。で、点数見て一気に心が落ち着くって体験はよくしてましたね。いい点だったとしてもどこか冷めるというか

虚空 だからね、ずっと話題になっている英才児の「観察」・・・IZ小って案外読み直してみると、興味関心のある部分に関しては細かく観察を書いているのが多いんだよ。
留守番中のもね・・・ボットン便所の探検にしてもさ。

コバルト君の「お母さんのお腹の中」作文もそうなんだよね。

じゃあ聖徳の英才児とIZ小とでは何が違うかっていうと、聖徳の方は「レポート」というか「報告書」のような感覚。数学とか理科の考察文のようにね。
だから生活作文で細かく書いていても、気持ちなんかは書いても、ナマの部分は極力いれない。オフにしているんだと思うんだよね。
決してそういう感覚がないんじゃなくてさ。

だってあれだけ高学年でも廊下でキャッキャと子どもっぽくはしゃげるんだもん。
1年生だってうんち作文で壮大な物語を書いていた子もいたしね。

だから単純にモード切り替えというだけだと思う。

あと、もう一つ違うのは、何度も引用している上原先生の師匠の郡司先生の「江戸庶民」の発想法。
江戸人の目は、いくつもの世界を、同時に一緒にみることの能力があった。トンボの眼のように、複眼的構造は、同時に、いくつもの事象をうつしとることができる。あるいは、それは封建時代に生きる者の生活の知恵であった。右か左かを分明しては生きてゆかれなかったこともあろう。なまじい教育のある者にとっては矛盾として受け入れられないものを、おもしろしとして、そこに見るべきものを見た世界構造。それが歌舞伎の構成であった。

 江戸歌舞伎は、テーマを四つも五つも一つの作品に盛り込み、鵜匠の手綱のように、その捌き方の技術を、ほれぼれと舞台で鑑賞するような、そんな生活基盤の美的基準がもうなくなってしまったのかと考えこまざるを得ない。
自分は「多次元構造の同時進行」っていっているけど、さっき中3の授業では「量子コンピュータ―」って例えた。あの「重ね合わせ」のこと。

アニメに例えると、IZ小は「なのは の 収束砲・・・すごいやつはスターライトブレイカー」とか「宇宙戦艦ヤマトの波動砲」に似てると思うんだよ。

で、聖徳は「フェイトの切り札 ファランクスシフト」だと思うんだよね。
ネット解説
フォトンランサー・ファランクスシフト(Photon Lancer Phalanx Shift) † 
→考察
使用者:フェイト・テスタロッサ
魔法ランク:AAA
フォトンランサーのバリエーションにして、1期時点でのフェイトの最大攻撃魔法。
30発以上のフォトンスフィアより繰り出される、フォトンランサーの一点集中高速連射。
小説版によると、生成されるフォトンスフィアは38基。 ここから毎秒7発の斉射を4秒継続することで、合計1064発のフォトンランサーを目標に叩きつけることになる。 メガミマガジンの設定資料での記載もほぼ同様で、継続時間の表記はないが『合計38基のフォトンスフィアから秒間7発の高速連射を行う「一斉射撃」』とされている。
フェイトの教育をしていたリニスが、機動力に頼りがちなフェイトの絶対防御対策として考案した。 リニスがフェイトに手本として見せたときは発射体は20体に満たなかったが、フェイトに課した目標は最低30体の生成だった。 当初フェイトは3体までしか生成できず、本人も同時発動・制御が苦手だった。 しかし、そのためにリニスの作ったインテリジェントデバイス・バルディッシュを手にすることによって、この魔法も完成に至った。(以上小説版)
なのはのスターライトブレイカーほどではないが、この魔法も呪文詠唱にそれなりの時間が掛かるため、使いどころはかなり難しい部類と言える。 本編中では、なのはをライトニングバインドで拘束して時間を稼いでいた。 また、フェイト自身の魔力を莫大に消費するため、1度使うと後がない状態に追い込まれかねないことも注意点と思われる。
リニスは発動・命中さえすれば防げる相手はまずいないと言っていた。 小説ではバリアジャケットの原形をかろうじて保っていられるほどの損害をなのはに与えたが、アニメ本編ではまったくの無傷に終わった(VFB054)。
因みに「Phalanx Shift」は、古代ギリシャに端を発した攻防一体の密集陣形戦法であるファランクスが由来と思われる。 それに由来するバルカンファランクスと呼ばれる圧倒的な連射速度を持つ機関砲もある。 本編中での発動呪文は以下の通り。
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け、ファイアー。」
使用話数:1期第11話、小説版

コバルト このテストの成績・・・不安・・・不確かだから恐ろしい

諷虹 ジャパンホラーは、お化けとか妖怪の姿をみせないからコワイ。逆に出てきた方がこわくない。

コバルト 黙っている方がこわい、しゃべると安心

虚空 考えちゃうんだよね。
四谷怪談でも最もコワイのはお化けじゃなくて、顔が崩れていても髪の毛を櫛でとく場面。あれを延々とやる

ことり (金縛り体験)布団バリアがはれない。もぐってしまえば勝ちなのに。

諷虹 観たい方向をむけないから確認できない恐怖

(あるホラーで潜ろうとした最終ラストリゾートである布団の中にコワイのがいた)

コバルト 最終防衛線。
量子論っていうのが「不確かなもの」っていうのも・・・

ことり ホラーの恐怖と現実の怖さって違いますよね。

諷虹 (いろいろ語る)
死んじゃえば逆に安心っていうのもあるかも。
面倒なゆえの自殺なんかの気持ちもわからないでもない

ことり 人間って群れで生きるものだから、一人の怖さとかも・・・

諷虹 新学期とか、悪い想像ばかりが浮かんでワクワクじゃなくてドキドキ。
想像よりマシと思いたいから逆に悪いことばかり考える。よく考えていて裏切られた時によけいにショックだから。

(ことり スマホ買い替えのトラブル クレームをつける時にどこまで紳士的でいられるか 感情の交え方のさじ加減)
諷虹 嫌な思い出がつきまとうものって・・・心の平穏が常に脅かされる。
子供の顔見るたびに虐待とかしちゃうのもそうなんですかね。
ホラーだとスタッフロールでもうそこで終わる。
自分は怒ったことがあんまりないんですよね。怒りの一線を超えたことってないんです。嫌な思い出がくっつかないように。どちらかというとグッとおさえてしまう。


(インチキ商法)
虚空 騙されることはあっても、騙す人間にはならないっていうことだよね。

諷虹 (実例いろいろ)

ことり そういう生きかたはしたくないですね。

(豊田商事問題・・・被害老人の態度)

(処世の問題)
虚空 IZ小はストレート。R小はいかに誤魔化していこうかばかりなんだよ。
だからIZ小の子は大人になってもたくましい。

コバルト (おうちの図を観ながら語る)

ことり どうすればそういうことを考える余裕ができるんですか?

虚空 っていうよりは、そういうことを考えているから余裕ができる。

諷虹 やってから、あとから考えればいい、っていう

ことり 基盤ができていればそういうこともできるんでしょうけど・・・。

諷虹 大学で家庭環境についてしっかりと把握することって。子どもが家のことの不安を抱えていると勉強どころじゃなくなる。

今、「ソウナンですか?」っていうアニメがやっていて、それの流れになってきていますね。
本当に食べ物がなくなったらどうなるか、っていうのを描いている。

(実家に住み続けたいかどうかの話題)
ことり 一言でいうとコバルトさんが羨ましいんですよね。安定した生活をずっとしていて

諷虹 自分は死の恐怖とは明日の不安を感じたことはないんですよね

コバルト 正社員とアルバイトの違い

諷虹 負荷になることは避けたいから実家にいつづけたい・・・

ことり ものごとを深く考える環境が実家にはあるんですかね。

コバルト 構える必要がない。鎧の必要がない。生命体のままでいられる

ことり (引き籠りの問題)

諷虹 実家ぐらしだから引き籠りもできる

コバルト 現実問題でというのがなかなかないしね

ことり 何かあっても親がやってくれる

諷虹 ただ、普通に生きていられればいい。ハングリー精神はないですね。実家だと

ことり 長生きの秘訣ってそうかもしれないですね。
(午前1時頃 解散)

☆「産み落とされた」という言葉から「子どもは神の領域」感覚へ

この前からやりとりされている上原輝男先生の「母胎回帰と闇」に関することの続きとして諷虹君が「月光」という歌を紹介してくれたことからの発展です。


ちょうどこの前の時間、ヒマワリフクロウさんの家で帰省中の元教え子であるお姉さん&まだ幼い娘さんお二人を交えて交流していた時の出来事とも相まって、不思議な感覚でした。

そこからさらに、諷虹君がずっと前にも話題になったことのある、ある自閉症の若者の「飛び跳ねる感覚」についての動画紹介へとつながっていきました。


まさに子ども達はみんな神の領域の存在・・・だからライフインデキス(生命の指標)たる存在・・・というところで話は終わりました。

⇒虚空が学生時代に読んで大きな影響を受けた、
竹内敏晴さんの「ことばが劈かれるとき」にことにもちょっだけ触れています。家のどこかにはあるのですが・・・みつかりそうにない。古書で探そうかな・・・・




最後にはヒマワリフクロウさんとのラインやりとりも紹介。


ここでも、子どもが「旬」の存在であることを再確認。


そんな子どもを「現実対応」ばかりに意識を向けるようにしてしまっているのは・・・ましてや本音では大人の利害のために・・・。


「七つまでは神のうち」というのが日本人のすごい直観であり、そういう子育ての常識があったから、逆に物心ついてからの(特に庶民の)過酷な現実生活をイマジネーションの力によって乗り越える強さ・・・も会得していたんだと思います。
☆2019年8月9日 諷虹宅

(上原先生の「母胎回帰と闇」に関するやりとりの途中からです)

諷虹 (トリック主題歌 「月光」2000年8月9日に発売された。作詞・作曲は鬼束ちひろ、編曲は羽毛田丈史。表題曲は、抑圧からの解放を願うミディアム・バラードである[1]。)
この発売日の日付が8月9日というのが・・・・。
♪ I am GOD'S CHILD(私は神の子供)
この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field?(こんな場所でどうやって生きろと言うの?)
こんなもののために生まれたんじゃない

この「産み落とされた」っていう表現ってよくあるじゃないですか。
この天から降りてきたっていうのもよくあるじゃないですか。
不思議な表現だと思うんですよね。曲名も月光ですからね。


虚空 あのね・・・さっきまでいたところでどんなやりとりがあったかは全然まだ話してないじゃない。でもね、こっちがまだ何も言っていないのに、こういった話題が飛び出してきたというのが、さっきの8月9日以上にビックリだよ。
1、ヒマワリフクロウさんの姉が小3の時に書いた お母さんのおなかの中にいた時の作文

2、幼稚園児の娘さんがいきなり話し始めたお母さんのおなかの中に入り込む前の記憶・・・
(概略)羽根をつけて空をとんで、空からママをみつけて、羽根をとってママの口から飛び込んでおなかの中に入った・・・出てくる時はクルリンってまわって出てきた・・・というような話。)
諷虹 わたてんの天使のを思い出していたんですけど・・・母胎回帰というのとはちょっと違いますが、帰る=還る


虚空 上原先生は「孵る」で説いていたけどね。


諷虹 やっぱり重力に縛られている感はあるんですかね。煩わしさというか

羊水に包まれているってことは水中に近いような浮遊感覚・・・それが出てくると重力を感じてしまう。

空を超えて、宇宙という無重力状態=羊水の中っていう母体回帰のイメージが結びつくんですかね。

湯に浸かるというのも。心の洗濯なんてミサトさんは言ってましたけど

虚空 ♪ 空を超えて・・・ラララ星のかなた・・・♪
鉄腕アトムの主題歌が思わず出てきたんだけど・・・


諷虹 プールの時に地上以上に滞空できるじゃないですか。ジャンプした時とかにも。
この季節に子供がプールとか入りたがるのはさっきの母体回帰とかそういう面もあるのかもしれないですよね・・・単に冷たいからってだけじゃなくて。底に足をつけてはいけないというのがスイミングでも・・・・


虚空 だいたいさ、生後間もない子なんかの方がプールで浮かんで遊ぶってきいたことあるよ。水を怖がらないでさ。そりゃそうだろうね・・・まだあの居心地の良さが感覚にしみついているだろうから。

(ここから何故か 戦艦大和に関する新作映画の予告 に話がとぶ)

諷虹 戦艦に「大和」って名付けるっていうのはすごい感覚ですよね。
相当な自信というかね。「大和」がおちたら日本が落ちるという感覚もあったと思いますけどね。


虚空 だってね、自分が知ってるだけだって、宇宙戦艦ヤマトからはじまって、艦これとかアルペジオとか、ストパンとか・・・いっぱいあるよ。
ドラマでも市川崑監督が撮っていた

諷虹 「大和」そのものの語源がありますね。諸説あるようですが・・・(wiki)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C
山のふもと(⇒倭参照)
 
「やまと」は元は「山門」であり山に神が宿ると見なす自然信仰の拠点であった地名が国名に転じたとする説
また山がでてきますね・・・

確かに高いところに神様が居るっていう感覚・・・さっきの神の子どもがこの世界に堕とされるとか、宇宙の感覚とかが全部つながってきそうですね

馬鹿と煙はなんとやらなんて言いますが、馬鹿はそういう神秘に魅せられてるんですかね

虚空 自分は高所恐怖症だったからな・・・・

さっきの浮遊感覚でいえばさ、あれって臓器感覚でもあるんだよね。内臓全体がフワッと浮く感覚。それを心地いいと感じるかどうか。
自分は苦手だったからね・・・だからブランコも大きくこげなかった。

ヒマワリフクロウさんのお姉ちゃんの子ども達はさ、5月に会った時には浮遊感覚全開でキャッキャキャッキャ大騒ぎしていたけどね、あれは臓器感覚の変動が快感なんだね。

諷虹 自閉症の子の書いたことで話題になっていたので「僕が飛び跳ねる理由」っていうのがあったんですけど・・・それが出てくる番組の動画です。
動画「君が僕の息子について教えてくれたこと」視聴
虚空 自閉症に限らず、子どもの行動をさ、大人の基準で判断しすぎるんだよね。本当はきちんとした意味を持っているのにね。
長所と短所がひっくりかえってしまいがち。
そもそも全く違うものを観ていることばかりだよ。

英才児だってさ、そういうズレってよほどこちらが気をつけないと、真逆の評価をしてしまう。
自閉症児でも乳幼児でも、 普通の会話が出来ないと、意味のあることを考えることは出来ないなんて、勝手に解釈しちゃいがちだよね。
作文に何も書けない子、自ら発表が出来ない子・・・はたしてそれは本当に考えがないからなのか。

学生時代に読んだ、竹内敏晴さんの「ことばが劈かれるとき」にもあったんだけど・・・確かね、言葉を出さない子は、実は「あなたには本音を出せません」ということを全身で訴えているのかもしれない、って。

実際に教師になってからこれはすごく感じた。

動画内の語録

*言葉を発しないから何も考えていないと思われがちだったが、文字への関心は強かった。訓練したら作文を書けるようになった。すると非常にきちんとした文章が書けるまでなった。
(記憶の仕組みの違いを本人なりに解説)

*親の方でできることは「空間と時間を与えてやること」

*「どんなことがコワイか?」ときかれ
「人の視線がこわい。人はいつも刺すような視線でみます」

*「どんな時に幸せ?
「昔は自然と一体かした時間が幸せでした。今は家族で笑っている時や、僕の本を読んだ人達から感想をいただけるときが幸せです」

*「お父さんとしてどうすれば自分の自閉症の子に接すればいいですか?」
「そのままで十分だと思います。お子さんもお父さんのことが大好きで、そのままで十分だと思っているはずだからです」

「僕のために誰も犠牲になっていないと、子ども時代の僕に思わせてくれたのが、 僕の家族のすごいところです」

「絵の具で色を塗っている時、僕は色そのものになります。目で見ている色になりきってしまうのです
筆で色を塗っているのに画用紙の上を自分が縦横無尽に駆けめぐっている感覚に浸ります」


虚空 自閉症だから特別なことを言ってると思われがちだけど、こっちの方が人間として全うなんだと思うよ。


諷虹 英才児にもそういうのってありますよね。


虚空 それは子どもとか全体にいえるよ。「この子何をいっているの?」っていう子が実はすごかった、なんていう経験は何度もしてるから。

大人の常識を超越している。

だから子どもは大人や社会のライフインデキス(生命の指標)っていう位置づけだったんだもんね。神の領域の存在。


人間の常識は 神の非常識
神の常識は 人間の非常識
ラインやりとり・・・本当はヒマワリフクロウさんも途中で合流する予定でした。
でも参加できないという連絡があり・・・・


21:12 虚空
やっぱりお子様たちが手放さなかったかな。
ちょうど今、どんなやりとりをしていたか・・・正確に言えば、おうち意識の母胎回帰の話題にちょっと入ったところで全く偶然に諷虹君が提示した歌のことで・・・というのを駿煌会ラインにこれから載せます。
まだそちらの家でどんなことがあったかは全く話していません。

21:22 ヒマワリ
先生帰ったあと、NARUが花火やろう騒いで、5本だけ花火やって、お風呂入ろう騒いで、NARUと一緒にさっさと入ろう思ったら、SUZUまで入ってきちゃって(たらりー)
今はマニュキュア塗ってだのと(たらりー)
すみません(たらりー)
(このブログ記事の冒頭部分を駿煌会ラインの方で紹介)

21:32 ヒマワリ おぉぉ〜…
穴って、月光なのかな?
月、天の穴。


21:39 虚空
このあたり、もう少し詳しくお願いします。
今こちらでは、浮遊感覚と「水」が話題になっています
あのお子様方と一緒にお風呂に入った時に、いろいろと聞くなり試してみたら面白いかもね。
(諷虹・虚空のやりとりの一部をラインで紹介)

21:53 虚空
お子様からすれば、あなたは「魔法使いのお姉さん」にみえるのかもね。



22:08 ヒマワリ
ほぉ!なるほど…。
子どもってほんと好奇心の塊なんだなって最近改めて思えたよ。
先生が姪っ子らと触れ合ったときから、私も姪っ子らの見方が変わったし。
あと短大時代に授業の一環で、「キーウェイディンの回想」っていう本を読んで感想を書けってゆう課題があって、その本ずっと家にあるんだけど、久々に読んでみたりなんかして、尚更子どもの気持ちってものを考えたり。

こうしたい!と思ったことに実直なのが子どもなんだと。

こうしたい!と思った瞬間、こうしたらどうなるのか…なんて考えるのは大人だけなんだなって。

そう思えたからこそ、本当は明日やる予定の花火を、今日NARUが「やりたい!」って言ったときも、ママや姉ちゃんは「明日やるでしょ〜?」って言ったんだが、なんだか私は5本だけやろうかーと付き合ってあげられる気持ちができたよ。

子どもの気持ちを本当に理解することはできなくとも、わからないまま受け止めることが「理解する」に繋がる…みたいなこと、キーウェイディンの回想のあとがきに書いてあったんだよね。



22:11 虚空
まさに「今」なんだよね。「旬」・・・「生命の発露」そのもの。
明日になったら、関心はもう薄れてしまうかもしれないのも子どもだしね。

☆2019,5,17 諷虹宅やりとり③ 「歪んだエリート意識」について

虚空 中身が問題なのにね・・・。
聖徳の子なんていうのは、一般の進学特訓児童っていうのとは違うじゃない。本当にいい意味で子どもっぽい。この前ラインにも書いたけど、いわゆる田舎の子に一番近いと思うよ。特にエネルギーにおいて。


諷虹 そもそもエリートって何なんでしょうね。自分で自分をエリートっていえるのはどういう心境なのか。その根源って何なのか・・・・。
それは親の影響もあるんでしょうね。親の教育が必要。
エリートっていう言葉に対してどういったイメージをみんなが持っているのか・・・。
自分は小さな人間とか鼻にかけている悪役っぽいイメージ

 
虚空 やっぱり他人を見下すっていうのが多いからじゃないかね。


諷虹 見下している時点でエリートじゃないんでしょうね。真の指導者だったら見下さない。中途半端な、、エリートの成りそこないがエリートになってしまっているんですかね。

虚空 特に今の日本はね。「エリート=特権階級」でエリートには許される、っていう変な感覚があるじゃない。

諷虹 バガボンドでも武蔵は高い山があれば登ろうとする・・・でも又八は佐々木小次郎の名を語ったり・・・ズルして安易に手にいれようとする。
相対的に上か絶対的に上か・・・


虚空 昔さ、エリート官僚が特権をふりかざして豪華な接待を受けるのが世間で批判されたことがあった。、厳しく禁止すべきという世論が高まった時に、あるテレビ局が東京大学の学生にインタビューしたら、結構多くの学生が「それは困る。せっかく自分らが官僚になった時に、そういう想いをしたいからこれまで頑張ってきたのに」って。

勿論そういった回答をした学生のを中心に編集して放送していた可能性もあるけど、でも実際に高級官僚になったりしている人の態度をみているとそれが本音かな、なんて思ってしまう。それでも日本が潰れないのは普通の官僚が頑張っているからなんだけどね。


諷虹 今、上級国民っていうのが話題になっていますね。池袋の事故なんかで。


虚空 でもさ、それって教育現場でもあるからね。先生のお気に入りの子が特権意識を持って振舞ってしまうのは。
本当は、真のエリートだからこそ率先して困難を引き受ける姿勢が問われるわけだよね。イギリスだったっけ?

ネット検索
 ノブレス・オブリージュ(仏 noblesse oblige):「高貴さは社会的責任を伴う」といったことを意味する。貴族は、その社会において、ある程度有利で影響力をもつ立場にいる限りにおいて、必然的に、社会全体の福祉に対する責任を担っているという考え。

貴族以外でも、財産的に裕福になった商人、起業家、また企業自体(CSR、メセナなど)、あるいは単に知識人、文化人、などについても当てはめて考えられ得る。

この言葉自体が用いられ始めたのは、米国であって、そのような概念を言葉にして訴えたりする必要性が出てきた、英国黄金時代のピークがずっと過ぎ去ってから、よく用いられるようになったようである。

また、この概念の実際を示すエピソードとして(適切な事例とは思わなのだが)、一次大戦時に、オックスフォードとケンブリッジの学生が志願兵として戦場へ赴き、学生全体の1/3が、死傷によって戻ってこなかったという事実がよく紹介される。
 
虚空 教育者だってね、本当にエリート意識を持った先生だったら「どんな子でも連れてこい。他の先生が面倒をみきれないという生徒でもちゃんと相手してやれる」っていうくらいじゃないとホンモノじゃないと思うんだよ、極端な言い方だけど。
だから最初に勤めていた町での教育委員会主催のシンポジウムで私立学校の先生が得意げにいろいろと素晴らしい教育実践を話していたけど、聞いていた公立の小中学校の先生たちはしらけていたからね。あんたらは都合の悪い生徒は不合格にして、都合のいい生徒ばかりを集めているんじゃないか、って。

あんたらが面倒みきれないって排除した生徒らを公立学校では分け隔てなく受け入れて面倒を見ているんだ、って。もしも公立のようにいろいろな生徒がいる状態で、そういう教育実践が出来たって言うならすごいと思うけど・・・なんて言っていたよ。

そりゃ私立の先生には、きちんと世間的に認められるような結果を出せなければ成り立たない、っていう公立とは違う厳しさがあるのは承知の上でだけどね。 


諷虹 大学でこれからの先生は教えるだけじゃダメなんです、って言われたけど、それは無理なんでは、って思うんですよね。今までの先生だって教科を教えるだけでもアップアップしていたのに、なんで若い先生が教えるだけじゃない教育が出来るのか。そういう志を持つのは大事でしょうけど。
 
 
 

☆2019,5,17 諷虹宅やりとり② 人間ならではの力

虚空 結局今日の話を一般化すると「デジタルとアナログ」ってことにもなっていくんだろうけど・・・「人間ならではの部分」って何なのか、とかね。
録画だけしてまだ観ていないんだけど、AIロボットがどんどん人間の職場に入り込んできて、こんなことまでロボットが肩代わりできるようになったの、っていう風に加速している、って。それで人間がどんどん失業している。
人件費の節約・・・それによって、普通の人たちの普通の生活が脅かされている時代。
これからますます「AIでも出来ない分野」の力を人間が人間として会得しなければならない時代だと思うよ。
それが相変わらず高度経済成長期の教育・・・与えられた機械的な作業を早く正確にこなせるのが優秀な人材・・・っていう発想は捨てないとね。もっとも歪んだエリート主義で、人間らしい主体性に目覚めた一般人が増えてしまっては困るから、そういうホンモノの教育をされては困る、なんていう本音も見え隠れしているけど・・・。
でも、これからの時代、ネットとか映像とかスマホばかりで幼い頃から過ごしていた子どもなんて、AIロボットに太刀打ちなんて出来ないだろうね。
昭和のアニメなんかでも単に懐古趣味っていうんじゃなくて素朴な味わい・・・緻密過ぎない分、視聴者の想像力による補正も要求される。モノクロ時代なんてまさにそうだよ。どんな色なのかな、なんていう想像力が常に同時に働いていた。
今よりも脳がフル稼働して観ていたんだと思うよ。
情報量が多ければ多いほど、その処理に脳は追われてしまって、自分で補正する余地なんて生まれない。観る側が完全に「受け身」になってしまう。乳幼児の頃からそればっかりやってたら・・・ましてや言語的にも「英語漬け」なんかになっていたら・・・。

この前中学生に「植民地」のあたりの授業をしたんだけど、自国の言語が軽視されるのは本当に屈辱だったわけだよね。それが今の日本では「自ら植民地されたかのような言語教育」をしている。英語教育が絶対ダメとは言わないけど、やっぱり幼児とか小学生には早すぎると思うよ。喜ぶのは教育産業ばかり。


諷虹 深みっていうか・・・補正する意味でいうと「短歌」とか「俳句」ってそうですよね。短い文で心情とか情景を想像させる。


虚空 そういうことばっかりを1000年以上やってきた民族なんだからね。そういった日本人のDNAがスナップ写真を撮る習慣になっている、ってよく言われるけどさ、映像になってしまっているから、想像力の量が減ってしまっている。


諷虹 今ちょっと思い出したんですけど「本日天気晴朗なれど波高し」これが名文として名高いんですよね。「各員一層奮励努力せよ」はなんだか今読むと知波単学園ばかり思い起こしてしまいますが。
(解説文)
https://setsuyaku.ceo/post/411/%E5%9D%82%E3%81%AE%E4%B8%8A%E3%81%AE%E9%9B%B2%E3%83%BB%E7%A7%8B%E5%B1%B1%E7%9C%9F%E4%B9%8B%E3%81%8C%E6%95%99%E3%81%88%E3%82%8B%E7%9F%AD%E3%81%84%E8%A8%80%E8%91%89%E3%81%A7%E4%BC%9D%E3%81%88%E3%82%8B
戦時中の情報伝達は、朝鮮半島と日本間など日本周辺に張り巡らされた海底ケーブルを利用し、モールス信号で行われていた。
 最前線と大本営の間では、情報や命令のやりとりを短時間で行うことが可能であったが、伝えられる情報量は1分間で20数文字と限られていた。
 そのため最前線にいる指揮官には、短い言葉で「より多くのことを的確に」大本営へ伝える必要があった。
 この分野で天才と言われているのが、司馬遼太郎作「坂の上の雲」の主人公となった秋山真之(あきやま さねゆき)である。

本日天気晴朗
 まずこの文章は日本海海戦当日(5月27日)に、対馬沖の天気が視界良好でとても良いことを伝えている。更にはロシア艦隊と戦うには絶好の日であること、日本艦隊は戦う準備が十分に整っていることを本部に報告している。
ナレドモ浪高シ
 情報が詰まっているのは後半である。この言葉は単純に波が高いことを伝えるだけではなく、どのような作戦を行うかまで伝えている。つまり波が高いことにより「機雷」が操作しにくく、かえって自船を傷つける可能性もあるため、日本が得意とする戦艦による砲撃戦の展開を本部に連絡しているのだ。
 天気、海戦の可否、戦術に至るまで戦いに必要な全ての情報を、真之は「本日天気晴朗(せいろう)ナレドモ浪高シ」という言葉に込めた。
 同海戦で海軍元帥の東郷平八郎が、Z旗で艦隊総員へ伝えた「皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」という言葉も、真之が作ったものである。
 たったこれだけの短い言葉で、艦隊の士気は大いに上がったと言われている。



虚空 確かにこういったのを文学的な表現でなく、事実を説明っぽく伝えたら、士気なんてあがらないだろうね。

諷虹 敵が傍受して、この意味が見抜けるか。ロシア語に翻訳したらどうなるのか・・・・

虚空 そこを単に暗号っていうのでもなく、っていうのがミソなんだろうね。これだって、多分一旦は抽象化した上で、類化性能を発揮して、具体的な文として味付けしている。
 
解説文続き
 現代社会においてコミュニケーションツールには様々な選択肢があるため、私達は相手に一度で伝える情報量を意識しにくくなっている。
 しかしながら日本語はとても便利で、漢字・ひらがな・カタカナの3つを駆使すれば、短い言葉でより多くの情報を伝えられるようになっている。
 俳句に「5・7・5」という制限があっても、様々な名句が生まれるのが証である。
 もし一生懸命に相手へ伝えているのに伝わっていないなら、短い言葉に多くの意味を持たせることを意識してみよう。
 今よりも1つの言葉1つの文章に、相手は注意してくれるようになることだろう
 

諷虹 今季やっている川柳少女もね・・・主人公は無口だけど・・・短い文の中に如何に情報量を込めるか、っていう

虚空 あのヤンキーのお兄ちゃんも話言葉ではすっかり五七五だもんね。

諷虹 ラップでも5文字7文字を意識した韻は日本人受けしやすいみたいな話をどっかで聞いたような

虚空 心霊現象のラップ音もこっから来てるのか・・・。

虚空 英語とは異なる言語体系の日本語をラップっぽくするんだから大変なんだろうね。

諷虹 吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」・・・本人は日本初のラップって言っているようですが・・・

虚空 あれも方言だからラップっぽくし易かったんだろうね。
動画サイト https://www.youtube.com/watch?v=e0ZmPYp4r8o
 
若い時の動画と年齢がいってからの動画を見比べる。

虚空 こうやって見比べると、年取ってからのは上手に歌っているっていう感じで・・・若い時とは違うよね。

Wiki解説
吉は1977年(昭和52年)に最初のヒット曲「俺はぜったい!プレスリー」を発表した後、ヒット作に恵まれない低迷期が続く。アメリカのLPレコードでラップ音楽に触れ、そこから着想を得て作った[2]。本楽曲を各レコード会社に売り込むも、全て断られてしまう。最終的に千昌夫が数百万円で吉から原版権を買い取り、この千の支援により1984年(昭和59年)11月25日に本楽曲がリリースされた。

反響[編集]
吉幾三本人が後日語ったところによると、歌詞の「テレビもラジオも電話もガスも電気も無い」など自虐的な部分が、発売当初は出身地である青森県北津軽郡金木町(現:五所川原市)から「うちはそんなに田舎じゃない」と猛抗議を受けたという。また、日本中の小さな農村から「ふざけるな!!」「オラたちの村をバカにしてるのか!?」と凄い数のクレームが押し寄せてきたとも語っている。しかし、彼自身の幼少期は本当に歌詞の内容と近いものだったという[3]。一方で、曲の全国的大ヒットを喜ぶ人も地元に多くいたという。

「レーザーディスクは何者だ?」と歌詞にあり、後日製造元のパイオニアから「レーザーディスクの宣伝になった」ということで、吉にレーザーディスクの再生装置と一部の映像ソフトが贈られた[8]。その後しばらくの間「レーザーディスクは化け物だ!」と歌詞を変えて歌っていたという逸話もある。また、『夜も一生けんめい。』でゲスト出演していた吉が同曲を披露した時には、当時のスポンサーのパイオニアにちなんで「レーザーディスクはパイオニア!」と歌っている。
 

虚空 この歌が受けた精神的な背景って何なんだろうね・・・ただの田舎をバカにしたコミックソングっていう意味で受けたわけじゃないよね????

諷虹 当時どういう社会だったかは知らないですけど・・・東京への出稼ぎっていうのがどう受け止められる時代だったのか・・・。今の東京へ行くと、昔の東京へ行くの違い。働くというイメージが今より強かったのか。今の「東京の会社に勤める」っていうのと、当時の「東京の会社に勤める」っていう違い

虚空 「東京」っていう言葉の響きの魔力・・・・「東京のお土産だよ」っていうと単に都会のお土産とは違うイメージ。

諷虹 ひかねえですね(のんのんびより)

虚空 のんのんにはそんな空気が残っているよね。のんのんびよりの気持ちで吉幾三の歌を聴けばいいのかもね。

諷虹 上洛の感覚なんですかね。それが明治以降は皇居が千代田区にあるから・・・上京っていうのが。

虚空 今でもその名残が上り電車下り電車だからね。

諷虹 山になっている

虚空 自然と東京人が上から目線。

諷虹 八十亀ちゃんがそうですね。勝手にコンプレックスで自分を下にみてしまう。ひかねえは自分が東京暮らしをしたことで、自分も上になった気分。で、蛍は自然に上に見られてしまう存在。新幹線でなく飛行機・・・。

虚空 上には上だよね。