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☆「量子論」からのやりとり① 「江戸庶民的発想」

2019年 5月24日 諷虹宅
このところ毎回のように諷虹君が紹介してくれた「麻雀漫画(アニメ) 咲 -Saki-」を通してのやりとりが続いています。


そもそものきっかけはこの日、一緒に視聴したNHK番組 コズミックフロント NEXT の「量子論」に関するのを観た事でした。

先ずはこのアニメのことが飛び出す前、「量子論」と上原輝男先生の師匠のお一人である郡司正勝先生の説く「江戸庶民の発想」とのつながりについて語り合った部分の紹介です。
コズミックフロント NEXT「量子論」 視聴・・・細かい言い回しは正確ではない
OP「量子のふるまいと時空には関係がある」「3次元世界は幻?」「量子について知らなければ宇宙の謎も生命の謎もとけない」

「宇宙をつくっているごく小さな構成要素  すべて固体ではなくモヤのようなもの 粒でありながら波  重ね合わせという状態  よくわからないことが大切 あいまいだからこそすごいことができる」

量子コンピューター紹介
「宇宙の話で何故コンピューターか・・・地球物質もすべて量子・・・宇宙の法則とつながっている」

「量子ビット たくさんの組み合わせをいっぺんに計算できる。2048個。2の2048乗の組み合わせの中から最適な答えを見出せる。まだ開発途上。」

「量子ビット・・・通常は0と1.これは両方同時の重ね合わせの状態をつくれる。
電子が右回り0 左廻り1 これが同時。でも2個あるわけではない。一つが両方。
量子はモヤッとしているから重ね合わせができる。」

「あいまいなのが普通だったというのが量子力学の世界の新しい発見 僕らは0なのか1なのかをどうしてもはっきりさせようとするんですけれども、あちらからしたらそれが普通。不思議なところではあるんですけれども、ものごとの認識の仕方をレベルアップするといううか、違う次元のものに引き上げてくれるものなのかなと思います。」



諷虹 昔、トランプを6組くらい使っていろんな遊びをやっていたんですよ、高専のとき。たとえばポーカーで同じカードが6枚ずつあるから、いろんな可能性が探れる。他の人が使っているカードでもまだ山にあるかもしれない、って。そういう不思議な遊びをやっていたんですけど、極めつけはジョーカーも12枚くらい入っていて・・・。ジョーカーが6枚もあったら何でもできる。

量子ビットってそういうのに似ているかな、って。



虚空 夜中にぼんやり観ながらだったんだけど、この東北大のおじさんの発想って、現代っていうか西洋合理主義が入ってからの当たり前の発想なんだよね。

でも、郡司先生や上原先生が盛んに強調しているように、江戸庶民の発想法って、まさにこの量子ビットの発想だよね。

だから量子の世界が解明されてきている中で、やっと江戸庶民の発想法が正当に評価される時代がやってきた・・・なんて思ってしまう。
何度も引用している郡司先生(上原先生の師匠)の言葉
P73  [江戸の発想]
 歌舞伎の作品を補綴(ほてい)したり演出しだしてから、もう十本ほどになる。
 私がどうも腑におちないのは、必ずといっていいほどに、劇評に、筋がよく分からないとか、テーマに明解を欠くとか、わかり難いという評が焦点になっていることである。・・・

 いったい、どうして江戸時代の庶民が創り出した大衆劇である歌舞伎が、今日の最高学府を出たインテリにわからないのであろうかということである。・・・こういうとき、私は、あなたは教養があり教育がありすぎて解らないのでしょうということにした。
 

 歌舞伎狂言の構成は、仕組むといって、いくつもの世界を、時代の違う世界を、同時に組み合わせて綯い交ぜ(ないまぜ)にして作劇する。江戸時代の奇才鶴屋南北などになると、四つも五つも世界を組み込んで「筋からみあって新しい」と評されるほどである。まァいってみればTVのチャンネルを何分かごとに切り替えて見るようなもので、これに有機的関連性をもたせ、最後には一つに纒(まと)まって決着がつくこうしたのを上々とする。

 
 こうした構造を芸術の基準としている、その構造が理解できなければ、おそらく絶対にわからないであろう。近代の学校教育は、西欧的理念と方法によったものだから、はなはだ合理的科学的で、そうした教育がすっかり身についているインテリにとって、こうした江戸の文化の構造や発想様式は、習いもしないし、生活にもないとすると、もう体質的に受け入れられなくなっているのである。日本人も、まったく西欧人なみの頭脳になっていて、すでに江戸人とは異質の人種になっているのではないか。


 江戸人の目は、いくつもの世界を、同時に一緒にみることの能力があった。トンボの眼のように、複眼的構造は、同時に、いくつもの事象をうつしとることができる。あるいは、それは封建時代に生きる者の生活の知恵であった。右か左かを分明しては生きてゆかれなかったこともあろう。なまじい教育のある者にとっては矛盾として受け入れられないものを、おもしろしとして、そこに見るべきものを見た世界構造。それが歌舞伎の構成であった。

 江戸歌舞伎は、テーマを四つも五つも一つの作品に盛り込み、鵜匠の手綱のように、その捌き方の技術を、ほれぼれと舞台で鑑賞するような、そんな生活基盤の美的基準がもうなくなってしまったのかと考えこまざるを得ない。
虚空 このトランプって何がきっかけで始まったの?


諷虹 100円ショップで何組ものセットがあったのを買って・・・誰からともなく全部一緒にしてやっちゃえ、って。最終的に麻雀みたいに・・・。それからトランプで花札みたいなのもやってました。
オールマイティのカード(なくした時用の白紙カード)の感覚って量子力学の感覚。


虚空 昔さ、子供会の行事で大人と子供が一緒に運動を、っていう時に、ボール2個のドッヂボールをやったことがある。それこそ油断も隙もありゃしないから子どもでも大人に当てることができる。ただ、不意打ちを食らう感覚で危険だから頭とかは狙わないっていうルールは徹底したけどね。

あれも、単に2個というよりも、別々の試合を重ね合わせてやったという感じだった。一人一人がそういう気持ちでボールの動きをみていないとあっというまにやられてしまう。


諷虹 定石が定石でなくなる感じですね。外野の動きも定石が通用しなくなる。型が壊れる。羽生マジックのような・・・


虚空 だからさ、江戸庶民にしても、あるいは折口先生がこだわっていた万葉人にしてもね、発想の仕方が根本的に違っていたわけだからさ、現代人の発想で理解しようとしても無理。

しかもさ、このところの日本人って、西洋合理主義なんていうことも言えないくらいに幼いというか幼稚な発想しかできない。あまりに短絡的にとんでもない犯行に及んだり、迷惑動画を投稿したりする・・・

それだけ短絡的になっているのも、もしかしたら教育で無駄をはぶくとか、最短距離だとか、パッとできる・・・なんてことばっかり幼い頃からやってる弊害かもね。

それこそ複数トランプのなんていうハチャメチャな遊び・・・そんな遊びをやっているうちにより複雑なシミュレーション能力が自然に身についたんじゃないかね。


今は本当に単純で、ちょっと前ならこのくらい人間として分かっているだろうというような思いやりも持てない・・・想像力の欠如で。



諷虹 この前羽生マジックが出た時の解説者の反応をまとめた動画があったんですけど・・・。
https://www.youtube.com/watch?v=jNoF6gpk4nA


虚空 これは想定外でビックリっていうパターンだよね。解説者も一生懸命にその意図をくみとって・・・大変だよね。すぐに狙いが見抜けないといけないから。


諷虹 全部最善手でなければならないのかという問題。悪手を打ったあと、それを盛り返す・・・これって最善手を打っていたら起き得ないことかなのかな、って。
例えば、この手の次にこれっていう予想も、それは予想であって・・・それを時間制限の中でやっていく。後で思えばではなくて・・・盤面としては悪手でも、最終的には悪手ではなくなる。



虚空 人生でもひどい挫折がきっかけで好転することもあるし、その挫折がなかったら今の自分はなかった、っていうのは普通によく言われるよね。

逆もある。すごくラッキーだった、っていうのが地獄への一丁目だったとかね。
そういうことともつながってくる。

そこにもし前世とかパラレルなんていう発想まで組み込んだら、それこそ「ひぐらし」のように、過去の全てのとんでもない悲劇的結末の集積があって、はじめて鷹野の陰謀をはねのける事ができた・・・なんていうこと。

これだって無意識の世界ではすべての経験を重ね合わせていくんだよね。

スピリチュアルの世界では、根源ではすべての魂の経験は共有されている、なんていう人もいるけど・・・深い部分の無意識とコンタクトがとれればとれるほど、そうした重ね合わせを今生に活かせる。

「ひぐらし」はそんな発想と近いよね。
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☆クイーンの歌 からのあれこれ② 「中2病」「世界定め」2018,12,15 諷虹宅

かつて「気取り」「なまいき」と言われたような子が激減しているわかりに、中2病ということばが飛び出してきたと考えています。そしてそれは上原先生の説く「世界定め」や、あるアニメでの「個人内現実」の問題と深く関わり・・・子どもをみていく上での大事な観点です。



諷虹 究極のハッピーエンドと究極のハッピーエンドをよく円形で表現しますが、これをレム二スケートにすると、円形的な性質を保ったまま(ループ性)砂時計の形も描いている・・・というようにもとらえられるかもしれませんね

「8」「八」の話題


諷虹 幼少のころ「8」を書くときに、雪だるまを作るみたいに丸を二つ書いて8の陣していたんですが一筆書きで8が書けたときは感動した覚えがあります。そこから8の字を書くのが好きになって・・・

日本で生まれた末広がりのイメージを持つ「八」と、ループ性・永遠性のイメージを持つ「8」
この2つのイメージを掛け合わせると、らせん階段上のループの発想が生まれてきそうですね

そういえばステラのまほうの作者が「コペルニクス的転回」っていう言葉が好きなようで・・・

(ネットで調べる)
「発想がひっくり返る」たとえではありますが・・・もともとは違うみたいですね・・・。https://kotobank.jp/word/%E3%82%B3%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9%E7%9A%84%E8%BB%A2%E5%9B%9E-65998
カント哲学の立場を示す語。従来、認識は対象に依拠すると考えられていたのに対し、対象の認識は主観の先天的形式によって構成されると論じたカントがこの主客関係の転換をコペルニクスによる天文学説上の転換にたとえて呼んだもの。


虚空 多分、このことを上原先生流に言うと「世界定め」ということになるんだろうね。目に見える世界が先にあるんではなくて、我々一人一人の意識や感覚の違いによって、まったく違う意識世界に住んでいて・・・それが錯覚とか思い込みではなくて、「個々人にとってそれが実感の伴う現実世界なんだ」ということ。


諷虹 人工知能と27日の授業(児言態50周年公開授業のこと)ではっきりした人間との違いで・・・

用語を教えて(覚えて)知識が深まる・・・というのが人工知能的な学習の考え方で、
でも実際人間は、一つ一つの用語を全て覚え(教えられ)なくても心意伝承的に1つの用語や情景を見ただけで自分の中から発想が生まれてきて知識が深まっていく・・・といったコペルニクス的転回が起こってきているのかなと


虚空 このところさんざんでてきている「型」とか「様式」とか「儀礼」なんていうのも、自分の中からの発想を呼び込む力を持っている・・・ライフインデキスとしての力を持っているということなんじゃないかな???


諷虹 卒業式でみんなが泣くのもそういうところがあるかも・・・雰囲気にのまれて泣くというような


虚空 つい最近誰かとしゃべったけど・・・火葬場の燃やす前は泣くけど、焼けたあとは不思議に泣かないというのもね・・・


諷虹 それはゾンビの話の時ですね。

☆そこにヒマワリフクロウさんからのライン
*********************
やっぱり意味不明。
歌の主人公あなたどういう立ち位置ですのん
****************************


(ラインでこの部分を書き込む)
*******************
諷虹 難しいですね。俯瞰になったり主観になったり、神と対話したり

虚空 その立ち位置の変化が曲調の変化なんだろうしね。
***********************
中学生との中2病の話を紹介

虚空 ちょうどさっきの中学生が中2だからさ、お前、中2病か?ってきいたら 違う、って。
じゃあ中2病ってどういうものだと思っているから違うと思ったのか聞いたら、まっさきに言ったのが「自分に変なのが宿る」だったんだよ。


諷虹 憑依ですね。自分を違うものにしたいという変身願望もあるんでしょうけど。


ネット検索
https://kotobank.jp/word/%E4%B8%AD%E4%BA%8C%E7%97%85-689483
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
中二病
ちゅうにびょう
中学校2年生ぐらいの子供にありがちな言動や態度を表す俗語。自分をよくみせるための背伸びや、自己顕示欲と劣等感を交錯させたひねくれた物言いなどが典型で、思春期特有の不安定な精神状態による言動と考えられる。医学的な治療を必要とするような病気や精神障害ではない。

 このことばが初めて使われたのはラジオ番組のコーナーにおいてであったが、そのコーナーの終了後、2000年代なかばになってから、インターネット上の掲示板などで広まったとされる。インターネット上では、自己中心的な発言や幼稚な言動を揶揄(やゆ)する表現として使われている。


虚空 さっきフト思ったのは、憑依にしても変身にしてもね、自分意識を消さなければならない・・・昨日コバルトブルー君の家でもそういう話が出た。麻薬をシャーマンが使って神降ろしなどをした。人間意識を消さなければ下ろせないとかね。


そうすると中2ぐらいが、「自分って何だろう」ってボツボツ悩み始める・・・進路がチラついてくるし。その時にもしかするとね、「これが自分」っていう思いで凝り固まっている意識をぶち壊す作用もあるんじゃないかと・・・。


昔、中2病っていう言葉がなかった頃だって「気取り」「生意気」とか、難しそうな書物を持ち歩いて背伸びした形を演じるとか、盛んにやっていた。


それが変質したのが中2病ということだと思っている。
さっきの点数をあげるための努力もそうだけど「背伸び」「やせ我慢」を演じる修練・・・演じているうちに本当に想定外の自分にもなってくる感覚。演じていたつもりがなくなっちゃう


諷虹 で、それがしばらくして黒歴史・・・ちょっとたってから観返すとものすごく恥ずかしくなる、っていうのが・・・・高尚過ぎて恥ずかしいのか、あまりに幼稚だからなのか・・・両方なのかもしれないですけど。


虚空 まずやっている最中は夢中になっているから・・・現実意識になっていないから。
で、ハッと夢から覚めるわけだ。それで自分に自分がビックリする。


諷虹 毎晩みる夢だってよく忘れてしまうように・・・中2病の夢も。
現実と乖離しているから消したくなる。

Fate stay/nightの「トレース・(現実への)投影」のことなんか関係ありそう。
投影
TYPE-MOONのFateシリーズにおける魔術の一つ。
グラデーション・エア。 
自己のイメージからそれに沿ったオリジナルの鏡像を魔力によって複製する魔術。
イメージが自分の中で完璧でなければ投影はできない。 
ゆえに投影で生み出したものは自己のイメージどおりの強度をもち(幻想としてはこの時点で完璧)、 
術者の知識が本物に近いほど現実においても完璧になる。 
だがイメージに綻びができると存在強度を失い、霧散する。

虚空 現実意識的な常識から離れているから、そんなことを本気で考えていた自分が幼い子どもみたいだったという恥じらいが起きるんだろうけど、それを恥じらいと思わずに本気で思い続けた人間が偉大な結果を出すというのも歴史が証明してるからね。
上原先生が「ホラをふけ」って言っていたのも関係あると思うけど。

今、この記事を読んで思い出したんだけど、あの「とある科学の」の「パーソナルリアリィティ」これだって、上原先生の「世界定め」の究極版・・・古代日本人の「言霊信仰」をアニメ的にしている用語になると思うんだよね。

とある魔術の禁書目録 Index
 自分だけの現実(パーソナルリアリティ)
能力者が持つ独自の感覚で、超能力を発動するための土台。 
いわば超能力の源であり、『手から炎を出す可能性』『他人の心を読む可能性』など、現実の常識とはズレた世界。
また、その「ズレた世界」を観測し、ミクロな世界を操る能力の事。 
より強い個性を保ち、強靭な精神力や確固たる主義を持つことが「自分だけの現実」の強さに繋がるともされ、能力者の精神制御方法の一つとしても考えられる。
※別の解説
https://dic.pixiv.net/a/%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%AE%E7%8F%BE%E5%AE%9F

量子論(例:シュレディンガーの猫)や確率論と深く結びつくものであり、「あの壁をすりぬけて瞬間移動が出来る」「手から炎を発する」などといった現実と乖離した事象をあたかもあるかのように強く思い込む事が「自分だけの現実」を形成する。 

そして、そのような強い思い込みや信念などが妄想を越えて具現化したのが超能力である。 
もっともその開発を分野としている学園都市内ですら超能力に目覚めたのは4割と半分にも満たない。 



虚空 これを単にアニメの中の架空の話として片付けていいのかどうか。少なくとも「意識世界が本当に変われば周囲の世界が変わる」「言葉の波動が現実を変動させる、呼び込む」という感覚を本気にして日本人はずっと生きていた民俗なんだから。


諷虹 ほらを吹く・・・


虚空 きのうさんざん風の話をしていたこともあるんだけど、ほらの場合「ふく」でしょ。嘘だと「つく」


諷虹 合戦なんかの時に「ほら貝をふく」って何か関係あるんですかね。


虚空 やっぱり「音」だよね。義経千本桜の知盛が碇をまいて海に沈んだ場面でも弁慶がほら貝をふきならして幕引きになる。生の舞台も何度か観たことあるけれど、あれはすごい場面。歌舞伎座の中が水をうったように静まり返っている中に鳴り響く。



※Wikipedia ほら貝の備考の欄
新渡戸稲造が聞いた話として、「戦争で用いられる法螺笛は、なるべき傷があるものが選ばれたとされ、その理由として、海底で波とうに打たれ、たたかれ、かしこの岩や石にぶつかり、かん難を重ねた貝が一番良い音を発するゆえ、漁師が取っていた」としている(新渡戸稲造 『修養』明治44年刊、第十章「逆境にある時の心得」内の「逆境の人は心に疵を受けやすい」の項より)


諷虹 法螺貝の音が味方全体に響いて、共鳴を起こすことで、士気が上がるって感じなのかもしれないですね。法螺が共鳴して、皆が勝てる意識になる


虚空 さっきの中2の話に戻るけど、前の壺作文にもあらわれたように他人との間に生きることでの意識がずいぶんと出てきていたじゃない。自分は自分と割り切れない。これが自分の立ち位置と確定できないで右往左往する。

でも、そんな年頃だからこそ、共鳴に反応しやすい精神状態と言えるかもしれない。

だからこの時期の「構え」の指導っていうのはものすごく大事なんだろうね。そのまま大衆に流されたり、絶対的に権威を認める相手に無条件で従ってしまうというようにもなりえるし、いい意味でいろんなものが憑依する感覚から、より多様な意識世界・感情世界・イメージ世界を築いていく方向になるか・・・。

もし思春期の時期になっても、小学校の低中学年のような感じで全く周囲に対して我関せずで、純粋なイメージ世界に浸ってそのまま大人になっていったら、随分と想定される範囲内の世界にしか生きられなくなってしまうと思うし、多様性にも欠ける人間になってしまうんじゃないかな?

幼い子がキャラになりきっていたって、黒歴史だ、なんていう想いをあとから抱くなんてないじゃないか。昔はこうだったな・・・ということは思っても、封印したい自分の過去、なんては思わない。

でも中2病の黒歴史は、それだけ普段の自分、人間の常識の範囲からは逸脱していた、と後にならないと思えないくらいに、「成ってしまった」という感覚。

自分はさっぱり読めていないけど、上原先生の「芸談の研究」の出だし「移りと成る」っていうのだけはずっとひっかかっているんだけど・・・


諷虹 中2が大人であり子どもでもあるという過渡期。幼少は子供。中2はその境界線だから、子供でもあるけど大人の自分でもあり、その大人の自分(今の自分)がこんな恥ずかしいことをしていたってかんじてしまう・・・

だからこそあとになって中2病のあとに大人のボーダーラインを引きなおしたいという感覚があるのかな、って。それがモヤモヤの原因にもなるのかも。
だからこそ14って昔の元服の頃だったんですね。

「移りと成る」もそういう感覚とつながりがありそう。


虚空 エヴァの企画書でも、中2に設定したことに意義を持たせていたけども、やっぱりあの時期は、児童期の分母分子がひっくりかえる4年生と同じくらい重要な時期かもね。

塾なんかでも最も授業がやりにくいのが中2で、その主たる原因は「なかだるみの中2だから」なんて言われることが多いけど、単にそれだけではないと思う。

でも決して「お気楽極楽」な時期ではない。実はものすごく現実意識と内なる世界とのせめぎ合いの中で「自分」っていう謎の対象がグチャグチャになっているんだろうね。


諷虹 そうするとさっきの歌なんかも、そういう感じですよね。大人に近い青年期であるようで、「ママ」なんて言ったり・・・。
(終了)

☆クイーンの歌 からのあれこれ① 「祝詞 水・風」 2018,12,15 諷虹宅 

☆昨年映画でも話題になっていたクィーンの歌について・・・ヒマワリフクロウよりのメールでやりとりがふくらみました。祝詞との関係で「水」「風」が出てきています。


歌詞・・・ヒマワリ紹介
http://blog.livedoor.jp/queen0203/archives/1100294.html
諷虹がみつけた別の解説サイト(用語の解説あり)
https://ameblo.jp/oi5555oi/entry-10989673079.html
動画
https://www.youtube.com/watch?v=fJ9rUzIMcZQ
*曲の雰囲気がかわるのがどのタイミングなのかを照らし合わせながら動画視聴
虚空 そもそもこれの前提になっているのが、コバルトブルー君が最初にこの祝詞の解説サイトを出してきて・・・そこからの流れなんだよね。


極めて汚きも滞無れば、穢きはあらじ(きわめてきたなきもたまりなれば、きたなきはあらじ)
内外の玉垣清浄と申す(うちとのたまがききよくきよしともうす)

『地表を流れる川も自然な川は蛇行するのがあたりまえ。もちろん地表の影響もありますが、水が曲がりくねりながら、流れたがっているから蛇行するのです。
護岸工事をしてしまった川はコンクリートの壁に沿って真っすぐに流れる事を強いられます。生き生きとした流れが阻害された水は清浄さを失います』

別の解説サイト https://ameblo.jp/shiori-yama0808/entry-12371832441.html
これは難しい意味がありますが、簡単に言いますと、、、
 
負のものが溜まっていても、流れればキレイになるということです。
私たちは神様の子であり、神様の光の一部が入っています。その力を発揮させるには、負のもの(穢れ)があっては出来ないのです。
 
悩むことは人間ですから仕方がありません。(負のものが溜まるということ)
でも、いつまでも、そのことに囚われていてはいけません。(本来の自分の力を発揮出来ないということ)
流せばいいのです。そうすると、心はキレイになります(流れればキレイになるということ)
ということです。
 
何でもそうですが、溜め込むと辛いものです。
 
お金も溜め込むと、川のように淀んでしまいます。
 
適度に流すことで、澄んだ川になるのです。
 
 
 
なぜ、このような教えが必要なのか?ですが、、、、
今に集中出来ないからです。
 
今、与えられていることが大切なのに、他のことに囚われていては、前に進むことが出来ません。
 
人生というのは、生まれ変わることが出来ると言っても、今の自分で生まれ変わることはありません。
 
今の自分で生きるのは、今世だけです。
 
悔いの無いように、今に意識を向けて、今を大事に生きていきたいですね。

虚空 いいものでも停滞されたらダメになる、っていうのが大事なところ。


諷虹 江戸なんかの宵越しの金は持たない、なんてそうですよね。全部飲んじゃってあとくされなく次の日にまた働く


虚空 それが逆になると必要以上の倹約になり、停滞させてしまう。いくら景気対策といってお金をばらまいても、一部企業や有力者がため込んでしまえば、市場にお金は流通しないからどんどん景気が悪くなる


諷虹が ゲーム(ラストエリクサー)について紹介


味方キャラクター全員のHPとMPを全回復することができる、かなり上級なアイテムである。
ほとんどの場合、アイテム店等での購入はできず、できても相当高価なため、シリーズを通して貴重なアイテムとして認知されている。
手に入れた場合、大抵のプレイヤーは後に登場するであろう難敵や終盤のボス戦まで残しておこうという考えから簡単には使わないのだが、いざ使い所だと思われる場面に遭遇しても、回復魔法や別のアイテムでピンチを切り抜けてしまったりするので、結局一度も使わずにクリアしてしまう事もある。
転じて、もったいなくてなかなか手が出せなくて結局使わなかった物の喩えとして用いられる。


諷虹 R.シュタイナーから学ぶ
水はどう動く、どう動きたい(水の本質的な動き)
 http://1861steiner.blogspot.com/2014/06/blog-post_2.html


虚空 これを水だけではなくて「風」の話も混ぜながら考えようとしたわけだよ。

☆2018,12,14コバルトブルー宅にて③ 「テレビゲーム」の話題から「宮崎アニメ」へ 

☆話している横で小学生が殺し合い場面の出てくるテレビゲームをはじめました。それをみてのやりとりが、宮崎アニメの話に発展します。


コバルト 俺が大嫌いがゲーム。課金もはんぱないし、終わりがない。
これをやるとね、本人がものすごく狂暴になるの。


虚空 人を殺すとか「死ね」っていう言葉に対する抵抗感がなくなるでしょ。コワイ言葉なんだっていう感覚がない。
自分は死ねっていう言葉の怖さはすごく実感がある。幼い頃から軍事シュミレーションしているようなもんだよ。


ヒマワリ 死ねって言う言葉を普通にみんな使うもんね。
(別のゲームになる)


ヒマワリ この辺になると時間・空間・ジンカンだね・・・。


コバルト 死んでもすぐに生き返るから。そういうものだと思ってしまう。


ヒマワリ リセット世代だね・・・。

☆本当は他のプレーヤーとマイクでやりとりできる機能もある

ヒマワリ 本当は音声言語こそが直接会ってのやりとりが必要なんだろうけどね
この前研修でもやってきたけど時間の流れ方が全く違っているって。でも今の子たちにはこれが常識なんだよね。


虚空 人間の機能は変わってない。時代の変化に人間が対応できていない・・・だから各種以上が起きている。


ノブ この子は学校なくなってしまえばいい、って


虚空 ワクワクドキドキがないんだろうね。だから夜になっても眠くならないんじゃないの?
だからじぶんなんて特別な感情とか抱くようなものは観ない。
邪魔者は消えろ、死ねって。それ以外の選択肢がいつのまにかわからなくなる。


ヒマワリ 自分の中の器の許容範囲がおちょこみたいにちっちゃかったらすぐにあふれる


虚空 大きくたってね、いざあふれたらものすごいことになる。すぐにあふれても小規模だったら実害は少ないじゃない。
右肩上がりでないとダメっていうイメージを持たせるのも問題。
千と千尋なんかはその逆でしょ


ヒマワリ 落ちるところまで落ちないとダメなのかね

コバルト クイーンの歌で有名なのがあって・・・歌詞の内容の日本語訳でビックリしたのがあって。

圧縮と解放がここで起きているって・・・・自分の流れたい方へ行ったら死んだ、っていう。
死が悪いわけじゃないけどね。

(歌詞をダウンロード。これの詳しい話は後日)
虚空 日本人の感覚での「渡世人」とか「風来坊」の感覚・・・どこかまれびとの感覚がある。憑いているから博打で生計をたてられる。
木枯らし紋次郎とかね・・・馬鹿正直。
それから「あっしには関りのねえこって」が決まり文句なんだけど、そういいつつ関わる。今でいうツンデレだね。


コバルト フーテンの寅さんもね。渡世人、流れ者。今の流れ者は食いつくして入れなくなったら移動、っていうイメージだけど。


ヒマワリ アシタカも途中まで流れ者。でも最後はタタラ場に腰をすえるよね。

☆千と千尋 よきかな神 アジサイの話 椿の話
コバルト紹介の千と千尋会解釈ブログの一部に虚空反論・・・オクサレ神は破壊目的で湯屋にきたのではないだろう・・・浄化・・・本性示顕


コバルト 花言葉を調べる

「椿が 控えめな素晴らしさ 謙虚な美徳」「アジサイは移り気 浮気 無常」


ヒマワリ アジサイって何気にすぐに変わってしまう。
せんちひの時って10歳、千尋とおんなじ歳だったの。えっ、もうそんなにたつんだ。コワイ。


虚空 ・・・・蛇だって川・・・水・・・だから蛇口っていうんじゃないか。


コバルト・ヒマワリ そうか!その発想はなかった。


ヒマワリ 風の通り道。
虚空 以前やった番組で風の元になっている山・・・山頂に割れ目があって白い団子を落とし込んでいく。


コバルト 生と性は同一
日本最古のストリップ(天岩戸開きでのウズメ)・・・そこから話が発展していって


虚空 それが犠牲論にもつながっていく

☆2018,12,14コバルトブルー宅にて②  「ピカソ」から「もののけ姫」へ

昨日アップしたブログ記事と関連しての、西洋絵画に関しての話題に話がとびました。

そこから話は「まれびと」とか「もののけ姫」のことへ・・・


コバルト ピカソの本・・・


ヒマワリ ちゃんとした普通の絵も描けるんだよね。不良やるにも礼儀や勉強が必要なんだね。


コバルト 普通の画家はぶっこわすところまで行けなかったんだね。そぎ落としてそぎ落として何が残るか。何がみえてくるか。
「分解と再構成」このあたりからオンリーワンになっていったんだよね。


ヒマワリ 大事なものほど捨てる。でも大事なものがみえるようになったんだよね。


虚空 大事なものが目に見える世界の大事なもの、というようではなくて日本人がみたのは見えない世界での大事なこと。
見える世界のものを捨てる。目を洗うから三神が表れる。

それが曇りなき眼とか、千と千尋のハク竜のうろこがはがれた場面・・・目から鱗で本来の姿を取り戻した。
好きにしていい、と言いながらも失敗すると「ほら、だから言わないこっちゃない」って言う大人がいるけど、それはダメ


コバルト 成功しても失敗しても大人は祈るだけ。成功しても失敗しても態度はかえない。


ヒマワリ 褒められた=認められた っていうのがいいことのようだけど


コバルト 迎合になっちゃう。


虚空 人間である以上はいつでも頑張れるわけじゃないしね。だから結果を褒めるんじゃなくて、生き様を見届けてやる。


ヒマワリ 工夫・・・いつの間にか気づいたか・・・気づきと納得。
踏まえてというのだって、先生の考えの通りじゃなくて重ね合わせで・・・先生のいう通りなんていうのはマジない。


コバルト 義務だと重荷になってしまう。
  呪い(まじない)も呪い(のろい)も同じ字。祈るも呪術・・・


虚空 いいことも悪いこともどっちも呪いの一種なんだよ


ヒマワリ 流行っていう字について先生に言われた時に「流れて行く」って、アッほんまや!って。
褒められて次を期待した時に気持ちのすれ違い


コバルト 褒められたあとのプレッシャー。一度あがったら下がれない。地獄の一丁目だよね。外堀を豪華にするだけで借金つくったり給料を使ってしまう。


ヒマワリ プライドというか強くなればいいと思うんだけど


コバルト かぶくだね。かぶく、突っ張る。壁を突破する。アシタカでも「押しとおる!」って


ヒマワリ 私は自分でここに来た、だから自分で出ていく・・・かぶいているね。


コバルト そういうところに行きつくよね。普段通り生活していけば淀むからね。同じパターンになると。


ヒマワリ 自分が淀んでるのかどうかも分からなくなる。アンテナがね・・・。誰も正解を教えてくれないからね。
自分で考えると自分を正当化していないかとか・・・他人と比べないとか言ってもね・・・。


コバルト アシタカも千尋も評価を超えている


ヒマワリ 旅人・・・まれびとだよね。二人とも。でも自分がまれびとだったらどうするの?


虚空 だからあなたは まれびと なんじゃない


ヒマワリ 人生生きていかなければならないから、しんどい。


コバルト 戻る鞘は同じだから。


ヒマワリ 見えているものがガラッと変わることで・・・っていいうのがあるよね。
大人になると友達って作りにくくなるよね。子どもの時にはランドセルしょっていれば友達って思えたのに。

ちがうな、って思えた瞬間ってあるじゃない。


コバルト 自分の本心と逆のことばかりやったら淀むよね。自分も見失う。(物真似芸人の話題)


虚空 おじゃる丸の電ボ・・・他人の口調を真似する特訓をしたら自分が分からなくなった、っていうのがあったけど・・・・それを変質させるともののけ姫のカオナシになる。