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科学雑誌「Newton」と古来日本人の発想

5月号の特集は  「無とは何か」・・・完全なる「無」に迫る究極の物理学 とあります。
それを見ながらの 4月6日の諷虹・虚空のやりとりです。
ということで物理や数学の話題が中心ですが、数学科出身の諷虹君は別にして、実は私などは専門的に数学や物理を学んだことがあるわけではありません。

だからこそ、専門家とは違った形で大胆に心意伝承や精神科学やスピリチュアルな分野との接点を大真面目に考えようとしています。

数学や物理なんてさっぱりダメ・・・という方々も、むしろそれを長所として生かす形で自由に発想してイマジネーションをふくらませ、面白がってくださいね。
「知っている」という人よりも「自由なんだ」という自負を持って!


はからずも今日、4月11日は恩師である上原輝男先生の命日。(平成8年に他界)

昨日は人類初「ブラックホールの撮影に成功」のニュースが世界中をかけめぐっています。

「イマジネーション」「感情」を大変に重視していた先生は、同時に4~5年生以降の段階では「論理や数理思考」を鍛えるということにも大変力を入れていました。

両者の統合・・・そして生涯にかけてそれらを活用した生き様(構え)ということを、先生からの宿題として探求し続けています。


先に行われた中学生「50円玉君」と虚空とのやりとりの概略を諷虹君に紹介。
このはな綺譚 「現実」「真実」・・・浜辺 花嫁御寮
       「トランスフォーメーション」・・・人形関連二つ
⇒虚数世界、宇宙物理でのダークマター、ホログラム理論
諷虹 ホログラムって?


虚空 今月号のニュートン(科学雑誌の名前)に載っていたことなんだけど、日本人の「現世」は「うつしよ」っていうのをもしかしたら裏づけることになるのかな、って。


ネット検索例
http://karapaia.com/archives/52233371.htm
宇宙は幻影。この宇宙がホログラムであることを証明する初の”証拠”を発見したと主張する物理学者(英研究)
 宇宙がホログラムであるとは、時間も含め、私たちが三次元の現実として認識しているものを構成する情報が、二次元の表面に蓄えられているということだ。

三次元でみる物は二次元から投影されたもの
 「三次元の中であなたが見るもの、感じるもの、聞こえるもの、さらには時間の認識もすべて、実は平らな二次元フィールドから投影されたものだと想像してみてください」とサウサンプトン大学のコスタス・スケンデリス(Kostas Skenderis)教授は話す。



*今月号(5月号)の特集は「無とは何か」・・・日本古来の発想と関連するような興味深い内容の記事が満載
⇒この記事の最後に主な項目・見出しを載せています。
表紙に載っている他の言葉
空間すらも存在しない”究極のからっぽ”


諷虹 (昔の人の考え方、解釈の文を読んで)擬人化というか比喩的表現ですね。


虚空 八百万の神々っていう感覚だろうね。
日本古来とかの発想をすぐに「非科学的だ」と決めつける風潮があるけれど、そういったひとたちはいつの時代の科学を基準に考えているんだろう、って思うよ。
「意識世界」「トランスフォーメーション」「パラレルワールド」だって最先端の宇宙物理から哲学をつなげて発想している人にとっては、もう科学的な世界観になってきていると思うしね。
そういう意味でも、最先端の科学的知識っていうのは、人知を超えた領域にイマジネーションの世界を広げてくれる。「あたりまえ」と決めつけて無意識に封印してしまうことをグッと減らしてくれる。


諷虹 (科学者の方の)ニュートンの文章って、なんか文系的ですね。幽霊のような、とか非科学的なものの例え


虚空 ガリレオ裁判のこともあって、自分なんかは中学生や高校生の時に、ガリレオやニュートンが非科学的な神の発想から脱却のきっかけとなった、って習ったけどさ・・・でもあとになって、実はニュートンなんてガチガチのキリスト教徒だったなんていうのを知ってビックリしたもん。
「神の証明」をするための自然科学研究だった、って。
昨日の虚数世界の話をしたあとだから余計に今回この記事をよんで「ダークマター」のところや「ニュートリノ」のことが意識にひっかかった。
複素平面でみたって、実軸が一本の線なのに対して、虚数世界は広大な面なわけだよね。実軸に投影される数の濃さなんて圧倒的。


「ダークマター」についてのサイト例
http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/xmass/darkmatter/index.html
宇宙で目に見える物質はたった5%


諷虹 「ゆらぎ」から始まったというのも「波」ですよね。
英語ではなんて表現しているんでしょうね。

(調べたがなかなかみつからず)

虚空 他の用語だとカタカナ文字が多いくせに「ゆらぎ」はゆらぎなんだね。


諷虹 「有」とか「無」もそうですよね。


虚空 だいたいこの「虚空」なんていうのもね。「虚空蔵菩薩」なんてさ、
⇒虚空蔵とは宇宙のような無限の知恵と慈悲が収まっている蔵(貯蔵庫)を意味し、人々の願えを叶えるために蔵から取り出して知恵や記憶力、知識を与えてくれるとされています。
だからさ、「令和」はそりゃ「令和」なんだけどさ、「霊和」とか「零和」とかいうようなことで自由にイマジネーションをふくらませるのもいいんじゃないのかな。


諷虹 だいたいこの特集のタイトルが「有とは何か」だったらここまで惹きつけないですよね。
「究極のからっぽ」って言う言葉の音の響きもね。
「空」って書いて「空っぽ(からっぽ)」ですもんね。


虚空 そうすると昨日の「のんのんびより」の歌詞にも違った観点が添加されそうだね


諷虹 「空」から「宇宙」って連想すると「からっぽ」に空の字をあてた人は、宇宙はカラであることをなんとなく感ずいていたのかな・・・なんて。


虚空 「現世」を「うつしよ」とつかまえた日本人の直観はすごかったと思うよ。
目に見えない世界・・・物質的に実体化していないのが心や意識の世界とすれば、まさに意識世界やイマジネーションの世界は「虚数」世界になるわけだからね。


諷虹 江戸時代に陰暦を使っていたとか、平安時代の藤原道長の歌・・・「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」これも月をみてどうつかまえていたのかの表われ


虚空 このはなの花嫁御寮でもさ、「私たちキツネからみれば」っていうのは、人間の常識とは全く違う時間軸を示されてそれを受け入れたからトランスフォーメーションが起きたわけだよね。それは表面的なプラス思考とは違うもの、新たな基準の添加。
だから西洋人形のエピソードでも、「ボロボロになって捨てられた=粗末になってされた」というのとは全く違う「ジンカン意識」を出されてゆさぶりを受ける。
そういう点からも「このはな綺譚」ってよく出来ていると思うけど・・・あまりアニメも話題にならなかったのが本当にもったいない。


諷虹 違う基準といえば「わたてん」の最終回のも・・・。人間の世界だけで考えると時間のずれによって会えた会えなかったというのが起きたけど、最後に3人で天使になったのも、違う世代の3人が同時に存在しているような感じで・・・
一人3役やっているというのもね・・・


虚空 たまたま今日録画しておいたのを観た古典芸能の番組でさ、一人何役もやっての早変わりが見せ場という芝居を紹介していたんだけど、あれも単に早変わりの見世物という以上の何かはあるんだろうね。


諷虹 知らないキャラがやっているよりは知っているキャラが違うのを演じている


虚空 さっきにこのはな綺譚のセリフでいえばさ、「あんた方人間様の一生も、ここでみる束の間の夢も、あたしら狐にゃたいして変わりませんよ。ああ、いい夢だった。 それじゃいけませんか?」っていう視点・・・
「天使」の世界からみれば人間界の数十年の寿命のズレなんて同時みたいなものだ、っていう感覚だったよね。
個人個人の違いなんていうのも、大騒ぎするほどのことではない、って・・・・大きな生命の流れからすれば・・・・それが折口先生の「一家系一人格」とつながるかどうかは分からないけどね。


諷虹 噺家の感覚も・・・


あと結城さんがこんな記事を・・・・(「数学ガール」シリーズの著者)
結城浩? @hyuki 7分7分前
「異世界転生系アニメというのは雑に言えば写像じゃな」
「ほほう」
「ところで写像の中には恒等写像というものがある」
「ということは…」
「『いまいる世界に転生したら自分だった件』」
「それって日常系アニメ!?」

「新海誠監督の『君の名は。』という映画があるじゃろう」
「二人が入れ替わるストーリーですね」
「ところで置換には恒等置換というものがある」
「ということは…」
「『俺の名は。』」
「まさかの記憶喪失もの!?」


☆参考 
Newton 5月号「無とは何か」特集内の目次や項目等々
これらをサッと読むだけでもいろいろな想像力がかきたてられませんか???

『真空』
・目の前の空気だって、分子と分子の間は”無”だ!

・原子の中もほbpからっぽ。世界の大部分は”無”だ
(虚空 注・・・以前、ある科学者の女性が、これこそ般若心経の「空」の科学的な実証であるというようなことを語っている番組をみたことがあります)

・幽霊粒子(ニュートリノ)が、物質はほぼ”無”であると教えてくれる



『真空にある”何か”』
・物質のない宇宙空間でも、そこには光が満ちている。

・真空の宇宙に大量にある正体不明の見えない物質(ダークマター)

・宇宙には見ることもさわることもできない未知の物質が充満している

・真空では、粒子が瞬時にあらわれては消えている

・真空は、水あめのような”何か”で埋めつくされている

・からっぽの「無」の空間も曲がったり、波打ったりする!

・宇宙を加速膨張させる謎のエネルギーが満ちている



『究極の無』
・時間を巻きもどせば、宇宙のはじまりは「無」?

・宇宙空間は”ホログラム”でできた幻かもしれない





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☆新元号「令和」について② アニメや数学からの考察

*2019年4月5日 諷虹宅でのやりとりです。
例のごとくいろいろなアニメや、数学の「複素数」(虚数)などとのことに結び付けてあれこれと考察していますが、そうした内容に詳しくなくても、そこからどんな発想をしていったか等々のことを察して頂きたいと思います。

本当はこれらのやりとりはその日の後半です。
前半は別の話題でした。それらについては明後日にアップ予定です。




諷虹 まどマギなんかでも、困難を乗り越えた先に何があるのかっていったら、単に消えていくだけ・・・。なのはだと、ミッドチルダの組織で出世するとか、シンデレラだとお姫様になってハッピーエンドになりますが・・・


虚空 現象的にハッピーエンドにならない・・・現象的には報われない・・・そういう話は多いよね。だから以前にも話題にしたけど、アニメの「フランダースの犬」とか「鉄腕アトム」だとかの最終回が海外の人にはどうしても受け入れられない。だから海外向けにハッピーエンドヴァージョンが必要だとかね。
見た目の悲劇の向こう側を普通の感覚でみるかどうか。
見た目の世界で報われてハッピーになれなかったら意味がない、可哀そう、っていう感覚がちょっと違うんだろうね。
報われるのは「あの世」でっていうのが基準点だから。
そう考えるとね、この前の「令和」についての意見・・・


諷虹ライン発言
『率直な感想としては、シュッとしてるような、スタイリッシュな感じを受けました。暖色系か寒色系かでいうと寒色系。
「れい」がどうしても「冷」や「零」の印象からクールな印象を引き起こしているような気がします。
それを「和」によってある程度は中和しているのかなーって、感じです。しかし、零の和(0+0+…=0)なんかも連想してしまいます。いつまでも何も詰み上がらない…ような寂しい感じ
反面、「礼」や「霊」と結び付けるとそういった冷たさや寂しさが一転して「神秘性」に繋がるような気もしました。
儀式等のしんとした雰囲気と考えると、寂しさよりも洗練された感じの印象を受けます。
さらにいうと、0の和も実軸(この世的)に考えると0ですが、虚軸(あの世)も考えると、果たして本当に0で何も積み上げていないとは言い切れない、というように思います。
現実的な視点だけだとどうもマイナスな印象に捉えがちになりそうですが、夢世界・非現実的な視点も踏まえた超現実的な視点で見るとそう言い切れない…絶対値的であり、大小のない複素数的な見方だとマイナスだから良い・悪いではないような気がします。
初めて万葉集から持ってきた国産の元号的には、最初にこういった含みのある言葉が選ばれたというのは歴史的にも大きいのかなと思います。
総合すると、段々と(↑の文章打っていくうちにも)愛着が持てていく、良い元号なのかなと私は思います。』
っていうの、興味深い意見だよね。


諷虹 「反逆の物語」(まどマギ劇場版)みたいな部分もあって・・・初見ではマイナスイメージが、よくよく考えると案外いいのかな、とかね。
そういう風にマイナスからプラスになった方が両義性がはっきりして深みが出るんだろうね、って。最初からプラスのイメージをもってしまうと、そうでなかった時にマイナスイメージが・・・


虚空 裏切られた感が伴って離れなくなるわな。


諷虹 リリスパ11話の荒れ方もすごかったじゃないですか。味方だと思っていたのが裏切りで。


虚空 最終的には二重スパイだったということで味方だったからおさまったけどね。
でも、「コトブキ」の方は・・・もっとも出てきたときから胡散臭いキャラだったけどね。
ただ、ガルパンと違ってガチな戦いを描いていたけど、死者が出たっていうような描写はなかったよね。特攻みたいな場面でもちゃんと脱出している描写があって。そこは水島さんらしいかな。


諷虹 ダメキャラの方が最終回で見直されていた。(最終回をふりかえってのいろいろが続く)
キリエにしても武士道っていうか流れの剣っていうか・・・武道で相手の技を受け流すっていうのは自然な流れに身をまませる


虚空 バガボンドの「無刀流」の境地なんてそうだよね。あと忍術の世界での「虚空の極意」。この前ダンデリオンツイッターで紹介されていた武術なんかもそう。


諷虹 サブ爺のセリフで風に自然に身をまかせるっていうので最後に敵に直撃を与えた。
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キリエ『サブジーを墜として、ラハマを攻撃してまだやるのか!この業突く張り!絶対に許さない!』
イサオ「もう、邪魔しないでくれるかな!いくら優しい僕でも怒る時は怒るからね!」
チカ「ダメ、キリエ!このままじゃ暗い海の底に沈んじゃう!ウーミが言ってた。怒りと恨みが重なって石になって沈んだ者は二度と浮かび上がらないんだって!」
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サブジー《飛行機は飛ばすもんじゃない…自然に飛ぶんだ。パイロットはそれに寄り添うだけだ》
キリエ『自然に…飛ぶ!  怒りと恨みが重しになるなら…私を飛ばすのは自由だ!誰にも、誰の空も…邪魔させない』
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イサオ「あれは僕のだ!僕の僕だけの僕の為だけのものだ!僕が手に入れる…僕が支配して、僕が管理して僕が牛耳って僕が!! 他の誰にも触らせない!」
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キリエ『良かったのかな?これで…』
サブジー「何が?」
キリエ『穴を燃やしちゃって…もっと良いものが手に入ったのかもしれないのに』
サブジー「入らなかったかもしれない」
キリエ『…そうだね、サブジー。私は私でいく!全部自分で選んで、自分でやったことだもんね!』
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ザラ「いっそ清々しい気持ちにならない?」
レオナ「え…?」
ザラ「私たちはこれから何だって出来る…そういうこと」
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キリエ 〆のセリフ
その昔、世界の底が抜けて…そこから色々なものが降ってきた。良いものも悪いものも、美しいものも汚いものも…色々なものがあった。そして今、再び世界は閉じられて…私たちは色々なものを失いながら、そして…色々なものを受け取り、掴み取りながら…生きている――生きていく》
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虚空 ある意味では「禊」の感覚だよね。無になったからゆえの無限の可能性。


諷虹 えんどろ~の最後もそうだったじゃないですか。白紙の記録。


虚空 自分は「これだ」とかいうのが縛りになってしまうとね・・・。
純粋なイマジネーションっていうのだって、それだけだったら浅い部分の無意識ばかりが出てきて伸びていくだけ。

もっと深いものとか、意識が封印してしまっているものを引き出すために「型の文化」(器化)とか「論理思考」とか「知識」の添加・・・っていうのが高学年以降・・・大人になってからは重要になってくる、っていうことだよね。
そういったことをみんなが自覚できたのがコトブキの最終回。

さっきの「令和」についての数理的な考察もここいらと深いつながりがあるよね。

諷虹 LINEの時のイメージとしては 0+i とか0+2i とかの実数ではない虚数の部分が付随しているというか、見えていないものが。

ゼロそのものにね、何か白紙のようにプラスにでもマイナスにでももっていけるっていう未来志向的な部分があったり、平方完成のイメージ。+9-9みたいなね、足してゼロになれば、そういったものを自分で付け加えることができて・・・その和はゼロじゃないですか。本当にゼロっていっても+100と-100のように二つに分ける事ができる。
さっきの「もっと良いものが手に入ったのかもしれないのに」っていうセリフじゃないですけど何を取り出すかによってその代償も出てくる。+1000をとりだすと、同時に-1000も生まれてくる・・・


虚空 昔イギリスのホッブズだったかな・・・この発想の原点は力学の「作用反作用の法則」から「万人の万人に対する闘争」っていうのを何かで読んだことがあるけど・・・。
スピリチュアルで有名なのは美輪明宏さんのよく使う「正負の法則」
宮崎アニメだと、ラピュタの中にそういう考えのセリフがあった。


諷虹 まどマギでもありましたね。
「希望と絶望は差し引きゼロ・・・誰かの幸せを祈った分だけ誰かを呪わずにはいられない」


虚空 誰のセリフだっけ?


諷虹 さやかですね。魔女になる直前


虚空 本当にさ、さやかって一番世の中を知り尽くしてしまって精神年齢が上がってしまったキャラだよね。魔法少女の仕組みを体感してしまう。
だからこそ一番最初に魔女化してしまった。
やっぱり正統的な犠牲者。


諷虹 メガほむとクーほむの違いは魔法少女の運命を知っているかどうかがでかいんでしょうね。


虚空 もちろん元号のために集められた学者さんや政府関係者の人たちは、ここで出ているようなことなんか全く想定していない、って言うだろうけどね・・・でも、そういった部分を刺激する元号ということだよ。


諷虹 改めてゼロというものについてですよね。


虚空 まだ目の調子が悪いから読んでいないんだけど、今書店に並んでる科学雑誌「ニュートン」の特集が「無」なんだよね。早く読んだ方がいいんだろうけど・・・


諷虹 「空」なるが故に「無」ですね。


虚空 すべてが「無」から始まったというのが最先端の理論宇宙物理学らしいからね。


諷虹 般若心経・・・
「あったものがない」というのと「最初からない」というのは心の持ちようでも違いますよね。


虚空 例の親戚たちと自分の大きな違いはそこかな。バブル後の日本人もね。一般の公務員には無縁のバカ騒ぎだったけどね。

それこそあの世には何一つ持っていけないしね。とんでもなくバカ高い戒名をつけたってね・・・・。

昔読んだ火葬場の職員へのインタビューでも、棺が燃えて次に衣服が燃えて、生まれたままの姿になってから焼けていく。それは誰もみんな同じだって。高い値段の豪華な棺だろうが何だろうが、燃え残るのは骨と灰。


諷虹 群論の単位元の感覚・・・。足し算の場合だと「0」だけど、かけ算の場合だと「1」。「和」と「積」。足し算の単位元をかけ算に使ってしまうと「ゼロ」になってしまって単位元の定義に反してしまう。だからかけ算の場合は「1」
あと逆元の存在。群である以上は逆元とワンセット。


虚空 「令和」だから「和」で「ゼロ」っていうこと?


諷虹 令和だからこそ単位元を足すことになるのかな、って。ある意味、足されても変わらない・・・見た目はそのまんま


虚空 見た目がそのまんま、っていうのが西洋合理主義の発想でさ、同じゼロでもさっきでていたような虚数部分を実は含んでいる。そう考えると現象世界的には無の積み重ねであるようなことであっても、実は大変な積み重ねとか共鳴が見えない世界の中で起きている、っていうことじゃないの?


諷虹 霊の世界でね


虚空 神話でのやりとりで何度も話題になっている千曳の岩のやりとりでも、決してプラスマイナスゼロ、ということではないわけだよね。それでは停止の世界だから。

そこにどうしたら創造的な喜びに満ちた世界になるか、っていうと、虚数部分があるから。
虚数世界の数は実数のような正負とか大小とかの概念がない、っていうのがここで効いてくる。神々の世界は人間の常識を超越しているわけだからさ。


そうなると、さっきから出ているような現世では報われないから意味がない、ではなくて、現世で報われないと分かっていても、誠意を尽くすことの意義が浮かび上がってくるんだと思う。武士道とかもそれに通じている。

諷虹ライン『果たして本当に0で何も積み上げていないとは言い切れない、というように思います。』

って発言がそれを直観していたんじゃないの?


諷虹 黒猫のウィズで有名になった歌詞の部分があるんですけど・・・
『挑んで負けて倒れても 殴った分はゼロじゃない』
このイベントは主人公が結構負けるタイプの熱血漢でその姿を表している歌詞・・・一部ファンの間では他のユーザーに対しての慰めの言葉としてによく使われています。


虚空 やっぱりどれだけ「見えない世界」を実感していけるかっていう感性の問題だね。そしてまた、それは「垣間見」の世界だから、よほど自分にとっての「当たり前」を一旦オフにしなければキャッチできない。出来たとしてもすぐに捨ててしまう。
それは最終的には「構え」の問題になるよね。受け付ける段階でも、受け付けたことを人生に反映させていく段階でもね。


諷虹 チリも積もればという感覚ですよね。


虚空 「少しずつじゃダメ」とか「チリだからダメ」なんていって、欲張ってしまうとコトブキのイサオのように滅びの道に自ら突き進んでしまうんだろうね。


諷虹 さっきラピュタの話も出ていましたけど、ムスカ・・・超科学文明に狂ってしまった


虚空 ムスカとイサオってそういう点では似ているよね。支配欲の塊。


諷虹 (「コトブキ」についてネット検索)


虚空 それもさ「荒野のコトブキ飛行隊」って題名・・・「荒野」っていう言葉と「コトブキ」っていうのを組み合わせての妙もあるよね。(幸運・お祝い・長生き・・・良い事の塊みたいな言葉)

それをつなぐのが「飛行隊」という空飛ぶ乗り物。


諷虹 「寿司」っていうのもすごい字を当てたなと思いますね。(好字をつかった当て字   江戸前だと鮨)

☆「余白こそがカギ」

「教科書は教材であって目的ではない」ということも大学の講義などではよく語られることなのですが、実際に学校現場に入ると、ほぼ完全に「目的扱い」であり「教科書学ぶ」ではなく「教科書学ぶ」になってしまっています。

本当は教科書の内容を踏まえて様々なことを肉付けしていく、他の分野との橋渡しのヒントをあげるのが「教育者」の役目なのに、それが完全に放棄されてしまっている授業が残念ながら少なくありません。
本当は教科書やテストに出題されない「余白」にこそ面白さがあるんですがね。

実際に本当に興味を持って「好奇心」から勉強している子は、余計なことを沢山知っています。そこからさらに好奇心や想像力がかきたてられるという連鎖反応が起きています。

「そんな遠回りをしているような暇はない」とおっしゃる方が多いのですが、実際には興味を持っている方がスッと頭に入るし、深く理解しているので、結果として机に向かっている時間がうんと少なくても、学校や入試の問題はスッと解けてしまう・・・思考力を要する問題や記述式問題にも強い人間に成長します。


2019年3月30日 諷虹宅②
諷虹 ケプラーが惑星の軌道がどうして正円でないのかで悩んだ、っていったり、アインシュタインが神はサイコロをふらない、とかあったけど・・・理路整然としている必要ってないんですよね。それこそ球体に光を当てて投影された影なら正円であることの方が珍しいわけだし。影であるからこそ混沌としている。

虚空 カオスだよね。くらげなす漂える状態・・・そこを突き抜けると日本神話でいう葦がスッと伸びてくるように突破口が開ける・・・コバルトブルー君がよく引用することでいえば「蓮」の感覚かな・・・・仏教的にいえばね。

諷虹 三日月だとか月食だとか・・・影の方を観測しているような・・・
「かげおくり」も刺激するんでしょうね

虚空 これもさっき50円玉君とのやりとりで出たんだけど・・・墨絵なんかの「余白」の問題。余白から何かを感じさせようっていうことの方が、描いてあることそのものよりも大事・・・

諷虹 書道もかすれている方が味があるじゃないですか。あれも余白の観測ですよね。

虚空 「観測」っていう物理的な用語が飛び出してくるところが「量子論の発想」ともつながりやすいね。
俳句なんかだって、言葉で表現していることを伝えたいわけじゃないからね。

諷虹 字余り。字足らずからくる余白の趣き。「粋」とか「風流」とか。

虚空 そういったあらゆる場面で「みえなものの実態をキャッチする。垣間見る」という修練を積んでいたのが日本人。それがネット社会でますます即物的になってきてしまっているのはね・・・・。

諷虹 こういう余白や影をみるために「型」や「構え」が必要になってくるんでしょうね。

虚空 カリキュラムとかを考える時にもね、そういった余白部分をどれだけふまえて考えているか、が深みになっていくわけだよね。
演算で答えが自然数になるかならないか・・・なんていうのを、ただそういう問題として教えるのか、これは群論につながっていくものなのだという意識を持って教えるのかの違い。たとえ小学生に「群論」という言葉をぶつけなくてもね。
そういうのがいっぱいあるし、それこそが専門性だったはずなんだよね。
単に答えの出し方だけだったら教師なんていらないよ。ちょっと勉強のできるお兄ちゃんやお姉ちゃんに聞いたってできる。

諷虹 群論でも「整数」という塊でみるのか「自然数」という塊でみるのか・・・まとまりで考える発想・・・それによって「空白」をみたり集まっている方をみたり・・・

虚空 「図と地」だね

諷虹 「銀の匙」を思い出して・・・0歳になったら銀の匙・・・誕生日を迎えるたびに・・・・(原作 11巻 147ページから)

校長「質問です。銀の匙の意味を皆さんは知っていますか?」
生徒「銀の匙を咥えて生まれてきた子は一生食うのに困らない、だっけ」
「子供が生まれたら贈るんだよね」
「そうそう、贈る人はその子の幸せを願って、」
校長「そうですね、私はみなさんに銀の匙を送る人の気持ちで教育に携わっています。微力ながらみなさんに「生きていく力」を送れたら幸せだと思っています。
では、次の質問。みなさんはその銀の匙を作っている人のことは考えたことがありますか?
子供が生まれたときに銀の匙を一本贈るのがスタンダードですが、中には子供の誕生日が来るたびに一本、また一本とプレゼントする親もいるそうですよ。
裕福な家ではないけれど、1年間節約しそこから毎年スプーン、フォーク、ナイフなどをコツコツ一本ずつ買い足していく・・・そうしてその子が成人したころには、銀のカトラリーセットという立派な財産が出来上がるというわけです。子はその銀器セットをもって旅立ち、外で新たな家庭や社会を気築いていくのです。」
生徒「銀職人にとって年に1本しか注文しない客って・・・」
校長「そうですね、とても上客とは言えませんね。効率も悪くなるし。
でも、職人さんはそういった人のために専用のデザインを変えず、その時できうるかぎり最高の技術を使って毎年一本ずつ納品するのだそうですよ。そうして完成されたセットは家の歴史であり 子の歴史であり 職人の歴史でもあるのでしょう」
解説サイト
https://www.kitchentool.jp/base/?p=14
集まっていったというのをみれば「自分の年齢を視覚的に自覚」・・・でもそれを「これしか集まっていない」とみるか「これだけ積み上げてきた」とみるか。

虚空 これだっていろいろな事に反映できる言葉だよね。「銀の匙」という習慣についての解説、で終わらせるかどうか。
改めて意識にひっかかったんだけど、銀の匙のヒロインって「御影アキ」なんだね。

諷虹 それが主人公を馬に導いた。(自分と同じ馬術部に入部を勧めた)
乗り手ではなくて馬が主役、っていう考え方を伝える役割でもありますね
コトブキの爺さんのセリフ
爺さん「飛行機は飛ばすもんじゃない。自然に飛ぶんだ。操縦士はそれに寄り添うだけだ。」
幼少キリエ「まだ見ていないところを見にいってくる」

虚空 それだって「飛行機の話」で片付けるのか「教育も同じだな」って思うのか、だよね。



追加
この後の帰宅時、今回はエンジンをかけた際にカーステレオから何が流れてくるのだろうと思っていたら、のんのんびよりのOP 「なないろびより」

何度も聴いる曲だが歌詞の内容をまじめに考えながら聴いたことがなかったので、意識して聴いて観ると、先日来何度か話題になっている「名前」がらみで正反対のことが組み合わさっていること・・・例として「空海」をあげていた・・・それが「超現実」という日本古来の発想の象徴(日本神話の冒頭とも通じる)・・・ということもあって、出だしの部分からハッとした。
途中の歌詞でもここ数か月のやりとりのポイントと通じるような部分があちこちあったことを再確認。


なないろびより
魚になって空は海 飛んでるように泳いでる
あの山をヒトツ越えたら見えてくる
真っ直ぐに伸びたあぜ道にだれかの小っちゃな忘れ物
片っぽになったクツが示すは晴れ
ゆるやかに続いてく日々は答えなどない
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
逆さになって海の底 深く潜って目を凝らす
ふたつ並んだ足跡は続いている
時計は乾いた音を止め世界は今にも消えそうだ
片っぽになったクツを拾いにゆこう
夜が来て朝が来て繰り返して息づく
宝物を集めてさ 歌うように泳ごう
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
晴れたら手を繋いでさ 雨なら潜ってさ 染まる町を眺めよう
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
歌うように続いてく

☆「天使」と「血」のイメージ①・・・「テレビ作家の教育力」

上原先生の心意伝承研究で「血」のイメージは大きなポイントです。
最近のアニメを通して「天使」との関連で述べていますが、「白装束」というイメージで考えると日本人の心との接点がみえてくると思います。
これらの内容は「犠牲論」などとも関連が深いものだと思います。

2019年3月30日 諷虹宅②
*ここでコバルトブルー君からライン
『ここ最近、天使ワードが重なってきている気がします。
エヴァンゲリオン(天使)、八つ墓村、そしてあの殺戮も天使の所業とも言えるのかな?
少なくとも悪魔は人の心に棲みつくものだから、無闇に殺したりはしないだろうし。

諷虹 「殺戮の天使」っていう歌詞が出てくる主題歌で有名になったのがあって・・・
はたらく細胞のマクロファージさんも天使みたいな姿で鉈をふりまわして血まみれになるし・・・
「天使」と「血」・・・・

虚空 もっと広げると「聖女」と「血」かな。
「堕天使」っていうのが何故関心を惹くのかっていう問題もあるよね。

諷虹 白って何にでもなれる可能性をもつ・・・血に染まることもできるし、汚れ役にもなれる。
天使って神の意志に忠実に従う・・・神になりかわって

虚空 だからさ、神の立場ではできないような汚れ役も引き受ける存在、っていうことかな。今風に言えば「執事」というよりは「秘書」が汚れ役・・・すべてをひっかぶって悪者として葬り去られる・・・主人を守るために。
「マルサの女2」でもそんなセリフがあったよ。三国廉太郎が演じる地上げ屋の親分が自分たちの存在の正当性を主張する場面。公の人たちが立ち退きをさせるために犯罪めいたことはできない。それを自分達が汚れ役をすることで、新しい社会が構築されていくんだと。日本の社会をよりよくするための存在なんだ、っていうような言い方をたしかしていた。
市川版と野村版では八墓村もスタンスがだいぶ違うんだけど・・・市川版の方が犯人への眼差しが優しい。
日本人ってそういうところがあるじゃない。西洋だと悪魔は絶対悪だけど、ガブリエールにしても悪魔ほむらにしても、さらにその背景を描こうとする。

諷虹 今晩最終回をむかえる「えんどろ~」なんかも「魔王」を見かけ幼女にしてそんなに悪くない・・・教育者として描いて

虚空 教育者としてはかなりまっとうだよ。とても正体が魔王だなんて思えない。

諷虹 ちゃんと面倒みがいい。

虚空 「はたらく魔王さま」もね、大魔王サタンの方がよほど人間社会の秩序を守っている

諷虹 西洋だと魔王は理由もなく悪者にするんでしょうけど、日本人は魔王側に感情。を描く分、むしろ勇者側が理由もなく魔王を倒そうとするって描き方が多いような気がします。従順に悪を滅ぼそうとするところは天使っぽいのかな。頭の固い風紀委員とか生徒会

虚空 ガルパンの風紀委員は随分やわらかくなったけど、アルペジオの霧の生徒会はガチガチだったね。

諷虹 だからこそ金剛の姿がね・・・
マヤという感情のないのがいておかしくなった。感情があると思っていたものがなかった・・・トリックスター。

虚空 はたからみればすごく物騒な話をしているようだけど、でもこれが日本人の素直な感覚。

諷虹 「ひぐらし」での山犬とかオヤシロサマとかの存在もね。
鷹野が自分でオヤシロサマを名乗って返り血をあびる・・・あれもそういえば日常では看護師として診療所で働いているんですよね。

虚空 白衣の天使。

あのわたてんのミュージカルもね、もともとも聖書で死後の復活とかがどうなっているのかは詳しく知らないけど「天使」が登場していても極めて日本人好みの話になっているように思う。
現実的にはすごく重たい話なんだけど、現世の位置付け方からして本体があちらの世界・・・それこそ「現世」は「うつし世」・・・投影・・・目にみえるこの世界の方が影でしかない、っていう発想だから。

それで貴種流離だとか犠牲論だとか・・・親愛の極致が殺戮だとか・・・そんな発想が飛び出してくる。

☆「テレビなどだから意識にひっかかる」・・・「テレビ作家の教育力」

学校の授業として扱われた内容は、いくら教師が「これは大事なんだから」と強調してもさほど意識には残らないということが大いのではないでしょうか?

それはやはり「大人たちが大事だということは、テストに出るから大事」なのであって「本当は自分には関係ない事」という決めつけが大きな要因だと思います。実際に多くの教師も「ここはテストに出すからよく覚えておけ」「入試によく出るぞ」という言い方をしてしまうから尚更です。


ところが好きなアニメなどで描かれている事だと、スッと頭に入ってきて、一回観ただけでも結構細かい部分まで覚えている・・・あるいはそういったことについて自分なりに考えてみる・・・何年たってもその事が頭に残っているということがよくあります。
これは非常に重要なことだと思います。

何度も紹介している上原先生の言葉通りです。
子どもはいつでも夢を見ている。その中に先生だから入れるということでなければ、(ならない)。
ガンダムの世界、子どもの世界、夢の世界に働きかけている。(これが、)テレビ作家たちの仕事、
教育力ということから言えばテレビ作家たちの方が優っている。
教育の世界に(は)、子どもの世界に触れるものがない。
1992年(平成4年)9月15日 月例会 



2019年3月30日 諷虹宅①
虚空 ゆうべさ、帰ろうとしてエンジンをかけたら、カーステレオから流れてきたアニソンが、ちょうどシロバコのオープニング(My beautiful life ずっと 昨日話題になっていた歌)だったんでビックリしたよ。あまりのタイミングのよさ。

諷虹 実はこちらも昨日の事からちょっと「コトブキ飛行隊」を第一話から全部観返しまして・・・あのアニメの世界観をまとめている公式サイトの動画を観て、いろんなことを知った上でもう一度第一話から観返すと全然違ってみえて・・・。意識にひっかかっていたところとそうでないところがね。
最初悪役だと思っていたのが実は全然まっとうだったとか

コトブキの解説総集編
https://www.youtube.com/watch?v=Zj_FkDDMOtg (2/7公開版)
https://www.youtube.com/watch?v=VBAKazgyJiw (3/21公開版)
ユーリア議員のセリフ
ユーリア「勝手にレッテル貼らないでくれる?簡単に決め付けて分かったフリするの最悪」
ユーリア「いい?仕方がない話なの。みんなで協力して生存努力をしないと、自由を罠に結果全部檻にブチ込もうとほくそ笑んでる奴に飲まれちゃう。相手がクソみたいな連中だって…一緒に心中するより生き残る方が良いでしょ?」
虚空 水島さんの狙いとして現代の風潮に対してのこと・・・安易に世間の風潮にのっかって決めつけるのがいかに危ういか。
さっきの50円玉君の時にも話してたんだけど、本気で生徒のことを考えて命をかけてくれるようなかつての熱血教師が、今はただの「ウザイ教師」とされて、ネットとかを使って抹殺される。悪役というレッテルをはられて。
そんなことへの警告も沈めているのかね。

諷虹 波長があう・・・海にだったり、飛行機にだったり・・・

虚空 ちょうどさっき50円玉君と「好奇心」についてしゃべっていたんだけどね・・・子供らの興味関心とか憧れを重視っていうのは新採の頃からだった・・・でもそれに対して先輩の先生たちの中には否定的な人の方が多かった。
「こうすべきだ」っていうのが根強かったから。だから教師の期待するものに関心は持ってほしいけど、期待しないものに関心を抱いたら完全否定で叩き潰す、って。
でもそれから間もなく「興味・関心を重視せよ」っていう文部科学省の通達があって、成績表の評定欄の順番も興味関心がトップになった。
それがまた面白くないわけだよね・・・そういった先輩の先生とか、教師主導型の人たちからすれば。

諷虹 興味関心があった場合は同じものを同じ時間みてもそこから得られる情報量も吸収する量も段違い。

虚空 まさにそれなんだよね。大人も子どももそうじゃない。昨日話題にした「私に天使が舞い降りた」の最終回のセリフもね。ずっと人見知りでひきこもりのような生活を送っていた「みやこ」に花ちゃんがいった言葉。

花「お姉さんって普段人見知りでおどおどしてるのに好きな事になると一生懸命というか後先考えないですよね」
こうした好奇心の効能については知られているけど、教育現場で必ず出てくるのが「興味を持って欲しい事には全然興味を持ってくれないから困る」っていう言葉。

だからこそ「類化性能」なんだよね。本当の「抽象化能力」・・・図式化・構造化・記号化・・・そういうことで、みえないところで貫いていることを見抜く力。
それに目覚めていけば、見た目には関係ないようなことからいくらでもヒントを得られるようになる。
学校の教科書に載っているものとか、学年配当なんていうことに限る必要なんて全くないんだから・・・極端な言い方をすればね。
その証拠っていうわけじゃないけど、学習指導要領だって改定のたびにある単元が削られたり、加えられたり、極端に教える時期が変ったりするじゃない。
そういうことからこの前から出ている上原先生の「テレビ作家の教育力」・・・日本教育史をふまえれば旅人によってもたらされた芸能による教育力・・・そういったことを拡大して考える必要があるよ。
それこそ日本文化のすべてとか、職人の人たちとか下働きと言われていた人たちの後ろ姿から自然にみにつけた大事なこと・・・学校教育制度が整っていない時代だってすごい人材が豊富に育ったんだからね。

実益をあげなくたって、「人間性」という点からすれば、学問的には学んでいなくても「人間としての完成度」はすごかったと思うよ。それこそ学問なんか許されなかった女性たちなんかはね。下手に学問をしました、なんて威張っていた男たちが到達できない境地。そりゃ最後は「おかみさん」って神様になったんだから。
だいたいさ、人間の人間たるところって無駄とか実益とかとは関係ないことをどん欲に探求しつづけてきたところにあるわけじゃない。
宇宙の始まりの探求にだって莫大なお金を世界中でつぎこんでいるけど、それが分かったから何なの?って。芸術だって文化だって、ただ他の生物と同じように生きることだけを考えたら余計なことといえば余計なこと。
調理の追求だってさ、生きる為に栄養補給というなら栄養点滴や初期の頃の宇宙食でもいいわけだよね。でもそれでは人間としての精神をキープできないのが人間。

極端な言い方をすれば無駄な部分こそが面白い。
好奇心いっぱいで本当に出来る奴って、テストとか受験とかとは関係ないじゃない。テストに出ないようなことを面白がる。だから結果としてはテストだって出来る。
テストに出ないことは勉強しない、なんていうのほど、実力はつかないよね。
教師だけじゃなくて今の社会の大人たちは、どれほど自分達を偉いと思っているのかわからないけどね・・・あまりに自分達の当たり前を絶対視して子どもや他人に押し付けすぎる。「合理化」なんていって勉強の世界をどんどんつまらなくしている。
そしてそれに従わない人間を否定し、潰そうとしすぎる。
人間の特性を無視しすぎているよ。

諷虹 世界史なんかでも学校でやっていた頃はほとんど受け止めていなかったけど、今の観点からみなおしたら随分違うんだろうな・・・・(ネット検索でいくつか調べて感心をする)

虚空 話がずれるんだけど、さっき50円玉君としゃべっていたことで一つ思い出した。「影」の問題。影の存在とかね。日本人独特のみえている世界とみえていない世界のワンセット。前にも話したけど、古語で「月のかげ」っていったら「月の光」という意味だ、っていうのも意味深だよ。

自分にとって大きかったのはこれもテレビ作家の教育力になるんだろうけど「仮面の忍者赤影」・・・影一族なんていうのも出てくるしね。赤影たちは織田信長や木下藤吉郎の影ということで登場している。

これは余談だけど、赤影を作っていたのは東映。同じ東映が作ったアニメで「ぴゅんぴゅん丸」ってあったけど、どちらも昔と現代をちゃんぽんにした忍者もの。破天荒といえば破天荒だったんだけど、幼い頃にあれを見慣れていたから、発想が柔軟になった部分はかなりあるよ。昔のものと最先端のものとの共存共栄という発想でもね。

諷虹 まさに影の存在という意味ではコトブキ6話の襲撃シーン・・・執事が黒幕の影・・・表では人のためと見せかけて、暗躍する存在がいる。
どっちにも転べるキャラ、っていうのもいますよね。

虚空 特殊能力の持ち主なんかはみんなそうだよね。まどマギのほむらが悪魔にもなれちゃうというような。
生々しい描写とかむごたらしい設定のアニメなんかは観ていて全く幸せな気分になんかならないけど、今の社会問題・・・民族紛争とかの世界情勢のことを踏まえたシーンがあったりするよね

諷虹 ガンダムでもあります

虚空 そうするとね、普通に世界情勢とかには無関心であっても、アニメで描かれると意識にひっかかる、関心を持つ、っていうことがあるよ。
いじめの場面なんかでも、もしかすると自分たちのしていることを客観視するきっかけになるかもしれない。ちょびっとでも。
学校で普通に行われる通り一遍の「いじめはいけません」では心に届かなかったり、心に届くような教材で授業をしたら一部の親からクレームが来る・・・そんな世の中にとっては、ちょっと刺激が強いくらいの描写のそういったアニメに期待するしかない部分もある。

諷虹 浮世絵師が政府なんかを風刺したような・・・コトブキなんかもね。分かる人にはわかる

虚空 ウルトラセブンですごく印象に残った「ノンマルトの使者」が実は沖縄問題を正面から取り上げた金城哲夫さん渾身の一作だった、なんていうのもそうだよね。

諷虹 自分の脳内で歴史的事実と照合していけばね。

虚空 それこそ世界史にも疎かったから今でもベトナム戦争っていうことの根幹は分からないんだけど、ウルトラセブンにはそれが色濃く反映されている話がある、っていうのもね。
同じ円谷プロがセブンのあとに作った「怪奇大作戦」なんかはあらゆる社会問題を扱っていた。学生の頃にレンタルビデオで観返してビックリしたもん。こんなのをよく作っていたなって。まさに高度経済成長の歪とかね。
アニメだとタイガーマスクが社会問題をね・・・