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☆Nanba先生を囲んで Ⅱ-①  作文の型からみる英才児特性

8月11日のやりとり記録です。明日から児言態の夏合宿ということもあったので、英才児の「おうち作文」の話題から始まりました。


これも「英才児特性」とは銘打っていますが、真の狙いは、教育全体の理想像として考えようとしていることです。すべての子ども達・若者達の教育に反映させられる大事な事が示唆されていると。

*東京に数日間滞在ということでNanba先生が駿煌会メンバーに声をかけてくださったことから実現しました。

当初は先生が水戸まで来てくださるということだったのですが、東京を出るのが遅くなりそうということで、少しでも長く語り合いができるようにということで中間地点の土浦で合流しました。
コバルトブルー君が急用で参加できなくなったので、諷虹・虚空がヒマワリフクロウさんの運転で土浦へ。

早めに着いたので、ファミレスで英才児のおうち作文をいくつか読み合って盛り上がり、その雰囲気そのままにNanba先生と夜の8時半に駅で合流しました。まずはどこかで夕飯をとなったのですが、多くの店が閉店。
やっとみつけたラーメンチェーン店(幸楽苑)での最初のやりとり、前半です。(周囲の雑音で録音が聞き取れない部分が多々あります)
虚空 さっきちょっと時間をつぶしている間に英才小の作文を読みながらああだこうだ話していて・・・面白い事を言ってくれて

Nanba先生 ああ、そうなの

虚空 合宿とは関係なくまた改まって時間をとって聞かせて、ってなったんですけど・・・。
例えば立体マンダラ・・・そもそも駿煌会のメンバーはこだわりがないじゃないですか。こういうのを書いてほしいというような願望もないし。わりかしそのままを受け止める。

Nanba先生 いいね、いいね。
やっぱりね・・・読みたいものを探しちゃうからね・・・。だから・・・そこよね・・・。

虚空 KS先生からのメールでの上原先生の指摘にあった「観察」・・・・あの子たちは作文といったら理科のレポートのようなものだととらえているんだと思うんですよね。自分はどういうことをキャッチしています、っていう報告文のようなもんだ、って。
だから体感を書けと言われたらいくらでも書けるけど、通常「作文を書く」というのはそういう風にとらえているだけなんだろう、って。
だから2年生だってそう注文すれば面白いことも書いてくれるとは思うけど、それってただ、モードを切り替えただけ。

Nanba先生 そうそうそう!

虚空 だから単に体感を出しましょう、っていう授業では我々が満足するだけで、子どもにとっては何の刺激にもならない

Nanba先生 そうそうそうそうそう!その通りよ。

虚空 だからその点をしっかり考えなければならないと思うんですよね。

Nanba先生 全くその通りでね・・・・英才小の子は2年生とはいえ4~5年くらいの感じよね。

虚空 今回作文を読みながら改めて感じたのは、今まではIQからいうと普通の学年でのこの段階、って対応させて考えていたけど、読めばよむほど、単に発達が早いだけじゃなくて・・・やっぱり上原先生が指摘していた「統合された理想の形」をとれた状態での上の段階・・・それが英才児。だから普通の高学年とか中高生とは全く違う。

Nanba先生 それそれそれそれ。

虚空 それを浮き彫りにしないで授業計画をたてたって、意味がないんじゃないか、って。その点をKS先生も随分と大切にしようと・・・・。

Nanba先生 それはいいね。

諷虹 さっきレポートっていう話がありましたけど、なんだか「個性のあるレポート」っていう感じがするんですよね。それが新鮮な感じがして。

Nanba先生 今からでもさ、日帰りでもこの人たち合宿に来れないのかね

ヒマワリ 合宿に出てもしゃべれなさそうだよね。

Nanba先生 そりゃすぐにはなかなか言えないかもしれないけどね・・・

ヒマワリ でもコバルト君さんは行くんだよね、2日目

Nanba先生 そうなんだ!じゃあ会えるんだね。
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虚空 ここ何年も「英才児の特性」にこだわっているんですけど、それが上原先生の「観察」ということでやっとみえてきた部分があって・・・。それがさっきの「単に発達が普通の子より早いだけじゃない」っていうことで。
「思考・感情・用具言語」が「構え」とどうせめぎあい統合されていくのか、そこが根本的に違うんだ、って。

Nanba先生 イマジネーションが基本にあることは確かなんだけどね

虚空 私だってイマジネーションを否定したことは一度もないですよ。ただ、児童の実態とか段階によって切り込み方が変わるはずだと思っているだけで

Nanba先生 思考・感情・構えに形をかえて顕現していくわけでしょ。表象に現れている時に。見えないものだから。

虚空 この世の中、「目にみえる世界」への出方だと思うんですよ。
そうするとね、ずっとこのところ諷虹と話題になっている2号の金城さんとの対談で「教育は形式」と言い切っているあのこと。
しかもKS先生の証言で英才児と出会ったことをきっかけに、上原先生は「構え」について本気で考えはじめた、って。
その本当の意味を馬鹿正直に考えてみたいだけなんですけどね。

Nanba先生 子ども達にとってイマジネーションが一番大事だというのはわかるんだけれども、それを現せることが一番なんだと考えているのかもしれないけど・・・それが出たらいい、と。・・・・

虚空 幼児期とか低学年だったら素直に出るだろうけど、でもそれは出たとしても地下一階。それも自分の意識を向けていたテリトリーのところからしか出てこない。
無意識の世界が無限だと考えると、それも引っ張り出すには「知識」だとか「論理」だとか「俯瞰・鳥瞰視点で観察する」だとか・・・「縛り」じゃなくて、想定外のもの、地下2階より深いところのを引っ張り出してくれるライフインデキスとしてのツール。
そう考えると中学生や高校生の国語以外の教科の知識教育も非常に重要な意味をもってくると思うんですよね。
そういう全体像で考えているんですけど。

Nanba先生 もう、それは何の反論もない。本当にその通りよ。(3回繰り返す)

虚空 彼らなんかも・・・さっきの作文よみながらのリアクションもNanba先生先生が見ていたら面白かったと思うんですけど。

Nanba先生 響くんだよね。

虚空 でもね教師側に狙い意識が強くあると「期待外れ、これも期待外れ」って

Nanba先生 文章が見えない。Welcome であることが一番大事だと思うんだよね。
この会・・・何だっけ?

虚空 駿煌会です

Nanba先生 なんでこのメンバーは作文などをしっかりと受け止められるのか・・・しっかりと作文の内容を自分たちの中にいれていくことができるのか・・・

諷虹 自分たちの作文を読むときの受け止め方っていうのは、「先生視点」じゃなくて「クラスメート視点」で読んでるような気がするんですよね。

Nanba先生 なるほど。

諷虹 同世代の友達・・・だから「ああ、これあるな!」とか楽しみながら読んでる

虚空 それが共感なんだろうね。

諷虹 共鳴なんですよね。だから分析するときも、子どもの視点に立つから、月並みな言い方ですけど「自分もこういう経験あったな」というのを思い出しながら読むだけでも全然違うのかな、って

虚空 それがまさに意識のベースから、っていうことなんだと思う。(補足 虚空 卒論テーマでのフレーベルでいう 共通感情)
だからさっきの作文読みながらでも幼い頃からの生活経験と結び付けながら照らし合わせてる。共感だけじゃなくて、ずれている部分も驚きとしてね。拒絶の驚きというよりは「へー」っていうような。自分達とは違うという発見。
・・・さりげなく子どもが書いている文章でも、例えばさっきの「屋上で遊びます」なんていうのに二人はすごく反応して・・。
田舎では考えられない、って。広い場所がいくらでもあるんだから遊ぶなら庭で遊べばいいだろう、って。だいたい屋根の上にそんなスペースはないわけですよね。

ヒマワリ 土から離れることなんてなかったから。

虚空 こういう言葉がスッと出るって言うのがね・・・

ヒマワリ ただただそれしかなかったから

Nanba先生 でもそれがこの人たちにとっての普通なんだよね。

ヒマワリ おうちベーションの違いですよね。

Nanba先生 おうちベーション・・・

虚空 だからね、家で騒ぐのどうのこうのっていうのも、ヒマワリの家のように隣の家と何百メートルも離れていると「隣近所の迷惑でしょ」なんて注意されることなく育つわけだよね。

Nanba先生 ないよね。「近所って?」っていう感じだよね。
そうやって作文が読めるということは、いまだにそういう目線を持っているということだよね。
普通だったら大人になる過程で失ったり、抑圧していくわけじゃん。それを抑圧しないまま露呈できているというのは大きいし、それは逆にいうと、ちゃんと自分の論理的な思考と統合されていないとしんどいだけになるじゃない。
英才児はある子たちは統合されているけど、ある子たちは統合されていない。そういう子が、感度は良くて統合されていないと、結構シンドイ。
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☆Nanba先生を囲んで Ⅰ-番外  本日の総括・・・主として宇宙論や量子論の観点から

Nanba先生やヒマワリフクロウさんが帰宅したあと、残ったメンバーでのやりとり記録です。

宇宙論や量子論ということが前面にでているので、それだけで敬遠されそうな内容ですが、是非ここも読んで頂けたらと思います。
総括的な内容でもありますので。 

コバルト Nanba先生と一緒に話していてもいっている事はそう離れていないというか・・・第三項理論っていうものの軸と、こっちが思っていることがどんどん溶け合っていくというか噛み合っていく

諷虹 途中で茨城談義になったじゃないですか。あれでやっぱりNanba先生って関西の人なんだなって・・・そういう距離感を初めて感じて。ああ、Nanba先生って茨城の人じゃなかったんだ、って。当たり前が崩されたような感じが・・・

虚空 そこだよね

コバルト そこを面白がってる

虚空 地域性・・・こっちの当たり前が当たり前じゃない・・・それって、全国であっというまにつながっているネット社会だと、なかなか実感できなかったりするけど。

諷虹 大学に入るとそれがよくある、っていうじゃないですか。いろんな地方からくるから。私ってそれがあんまりなかったんですよね。茨大にいても県外の人と話す機会がなかったんですよね。

虚空 そもそも自分たちだって関西のことはよく知らないからね。
・・・Nanba先生って、こういう駿煌会での集まりの時には第三項理論の話とかを前面に出してこないでしょ。用語も出てこないでしょ。

諷虹 Nanba先生って、ゆうべのコバルトさんの話でいえばニュートラルの位置が常にNanba先生だと思うんですよ。だから第三項理論の話を出さなくても自由に話ができるんじゃないかな、って。理論とかも全部Nanba先生の中に入れて、Nanba先生になっている・・・。

諷虹 今日もいろいろな話になったじゃないですか。それでその時その時でいろいろな顔をせていたけど、全部がNanba先生なんだな、って。

虚空 それにしても今日だって話がポンポン飛躍したじゃない。
Nanba先生の学会発表の中のポイントの一つが「ゆさぶり」だったんだよね。ゆさぶりを受けるのが大切だって。

諷虹 そのゆさぶりを肯定的に受け止めるか否定的に受け止めるかですよね。苦手な話題になっても拒絶するか、面白そう って思うか。

虚空 ZAKI小なんていうのは、いい方のノリだったんだよ。話がポンと飛躍する。・・・・・

諷虹 児言態的な指導案の作り方の時に思ったんですけど、量子論の研究でも、量子の振る舞いとか性質のことで、どこに存在するのか、っていう大きい円でみるじゃないですか。児言態ってそれをやっていたのかな、って思ったんですよ。

作文分析とかでさんざん議論したあとで指導案を作るっていうのは、どこまで範囲があるのかを観測してから包み込むような形・・・粒子でとらえてね、それこそ。それが、この点にだけ合致するように指導案を作ってしまうと、少しでも発言が期待や想定を超えたら授業が台無しになってしまう。

虚空 量子論的な重ね合わせでみていけば、確率的に低くても、ここまではありうる、っていうのがあるんだよね。だからかなり飛躍した意見が出ても、「こういうつもりで言ったのかな」って察してあげることができる。受け止められるんだよね。

ゆうべの二人のやりとりでも、麻雀に詳しい人からすれば咲の中にでてくる展開はありえない、って思ってしまうものでも受け入れられる。

諷虹 あり得ないっていっても0%ではないんですよね。0.001%くらいは(笑)

コバルト 普通ならこうする、っていうのと違うことをやって勝てるということも実際にあるし・・・そういうのを目の当たりにすると「確率」っていうのもあてにならないな、って。

虚空 でも実際にそうなんだよね、世の中って。だから教育現場でも教師の期待通りに誘導するんじゃなくて・・・本人がそう感じての意見だったらきちんと耳を傾けて、そういう意見こそ風を吹かせてくれるというようにね・・・授業にゆさぶりをかけてくれる。ふくらませてくれるんだよ。

それを大人の狭い常識で縛り付けてどうすんの、って。

だから上原先生なんてよくいってたよ、今教えている子どもの方がずっと上の世界を生きているのかもしれないんだぞ、って。
うちのオヤジなんかもね、輪廻転生の魂の歴史からいっても、魂年齢はずっと上の子を相手にしていることだってあるんだ、って。

諷虹 今ちょっと思ったんですけど、昨日からコバルトさんがしきりに話題にしているのが、地球と衛星の関係じゃないですか。考えてみると「地球」の重力に縛られているんですよね。でも宇宙の振幅っていう風になってくると、それって「地球の重力からの脱出」もあるのかな、って。

じゃあ太陽の重力なのかっていうとそれに限っていないわけですよね。宇宙空間としての無の状態・・・何の力も働いていない状態でのそこで起きる波と共鳴する・・・そこで地球の重力と、当たり前の常識からの脱出という部分で、宇宙との振幅っていうテーマには非常に重いものがあるのかな、って。

虚空 今まで真面目に考えた事がなかったんだけどさ、天文学的にいうと太陽系のように太陽が単独で恒星になっているのは、そっちの方が少ないんだそうだよ。本当は木星がそうなるハズだったらしいんだけど、本当は連星。燃えて輝いている星が二つというのが決行多いんだと。そうなるとどっちがどっちに引っ張られているとかじゃなくて、互いに引っ張り合いながら、さらにその周りに惑星が衛星として回っている・・・それで一つの統一された世界・・・太陽系のようになっている、らしいんだよね。
そう考えるとね、ゆうべダンデリオンさんのツイッター記事に載っていた徳川さんの感覚なんかを考えてみても面白いよね。

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2019年 5月25日
【お話】高校時代に、徳川家康の子孫にあたる女子生徒がいて、友達と一緒によく話していましたが、こんなことを話してくれたことがありました。

「この地球が太陽の周りを公転してるっていうことは、『今・ここ』は明日になったら、宇宙空間になってるってことよね。そう考えると、何か、すごいよね」足元がぐらっと揺れて、とてつもない深みにさらされたような感覚に襲われました。

たしかにそうだ、「徳川さん」の言う通り、我々が他愛もないおしゃべりに興じている学校の図書室のこの机やいすがあるあたりも、明日になったら宇宙空間になっているのだ。それに『今・ここ』自体が、昨日までは宇宙空間だったわけだ。

それどころか、ついさっきまでも宇宙空間だった。地球は太陽を中心に公転しているから1年後には同じ場所に戻ってくる? いや、太陽系は、銀河系の中を回っていると聞いたぞ。銀河系のような島宇宙たちも、それぞれ大宇宙の中を回っているって。じゃあ、宇宙の中の本当の中心は?本当の中心は、見つかってないはずだし、あるのかないのかもわからない。ということはつまり、我々は永久に同じ場所には戻ってこないで、宇宙空間の中を放浪し続けているということだ。

たしかに、すごいや…なんだかやたらと感動して、今でも鮮明に覚えています。女子高生「徳川さん」の思い付きも、きっと立派な「悟り」なのだろうと思います。

地球という小さな星の一角に浮かぶ小さな島国に貼りついた一人の少女の心でも、大宇宙を翔け巡ってしまう、実感をもって…私にとってもこの時に連想したイメージ世界が、その後の自分の人生、生き方に何か方向性を持たせてくれたような気がします。極小なものでも極大の世界と一致できるし、一瞬の事でも永遠を体感できるし、定まったコースでも常に未知への彷徨(ほうこう)(さまよい)になっている。

そう悟ったからといって急に肚(はら)が据(す)わったり、迷わなくなったりしたということではありません。迷いや失敗の連続の人生ですが、少しずつ、自分の中の中心ができてきた気もし始めたものでした。失敗してぶっ壊れても、また自分の中のどこにどんな柱が立ちそうか予感できるような、中心座標が。草の露一滴にも月影は宿る、全天の星は映る、ただし、濁ってなければ、です。素直に受け入れる透明さを。
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諷虹 台風の目の中心ってわりと穏やかっていうじゃないですか。・・・無の状態。

コバルト ブラックホールなんかは?

虚空 それこそ相対性理論の世界だと、宇宙船に乗っている人たちにしたら、あっという間に吸い込まれて行ってしまうのが、外からみている人には、時間がとまっているように見える、って。いつまでも吸い込まれて行かない。そのどちらも共存している世界。

諷虹 やっぱり「立ち位置」なんですね。さっきの二重恒星なんかの話も、ある意味宇宙を俯瞰した状態の話じゃないですか。でも地球からみると太陽も月も同じように輝いて照らしているという感覚じゃないですか。相反するものが同等というような。
でも宇宙空間全体からみれば衛星と恒星とかいうような・・・太陽系を構成するものが地球からみると同等のようなものにみえてしまっているというのは・・・。

虚空 片っぽうは自ら輝いていて、もう片方は反射で輝いているというのはあるけどね。
あのさ・・・今諷虹の顔をみて思い出したんだけど、咲の25話のエンディングが、なのはA'sのオープニングと似てるってゆうべの話・・・あれ、二つの恒星が連星になっている関係と似てるよね。

諷虹 あれって、はやてが中心とはいっても、やっぱりなのはとフェイトがダブル主人公のような感じだからああいう演出なんでしょうね。咲も1年生コンビだから・・・

虚空 そういう関係が教室の中でも・・・教師と子ども、あるいは子ども同士・・・主がどっちだかわからないくらいにグルグル入れ変わる自由な世界。

コバルト 衛星って落ち続けているわけじゃないですか。

虚空 落ち続けているから月は宇宙のかなたに飛んでいかない、ってやつね。

諷虹 つかずはなれず・・・それをずっと続けている

コバルト それもスピードが大事で・・・

虚空 速くなりすぎたらそれこそ脱出速度になっちゃうわけだよね。

諷虹 遅くなっても地球に落ちる・・・絶妙なバランス。加速しつづけているから落ちないでいつづける

虚空 向きが変わる加速度だよね。
そういう点から人間とか教育について考えてるというのも大事だよね。ただ単に理科でテスト的に習うだけじゃなくて。
ちょっとでも付け加えるだけで随分ちがう

諷虹 それって円運動のすごさですよね。等速直線運動って無限に離れて行ってしまうようなイメージがどうしてもつきまとうじゃないですか。でも、無限加速運動なんていうのは想像できないわけですよね。実数の無限を並べるのと自然数の無限をならべるのとじゃないですけど・・・。等速で離れていくというのはできるのに、加速して離れていくのは(有限)・・・
あの円っていうのはそれが説明できるのかな、って。

虚空 それだって、もしかすると上原先生の「稚児には必ず庇護者がついている」というのに関係してくるかもしれないよね。しかもね、飼い主と犬のような主従関係とはちょっと違っていて・・・互いにバランスをとりあっている・・・二人でひとつ。具体例としては弁慶と牛若丸・・・

コバルト ・・・雌雄同体。

虚空 そうだね。デンデンムシが相手と受けと攻めを同時にするとか・・・仮に相手がいなかったら自分自身と交尾できるとか・・・

諷虹 弁慶のまわりを牛若丸、牛若丸のまわりを弁慶、どっちもいえますもんね。

虚空 そういう関係が「咲」のペア同士っていうのにも感じるわけだよ

諷虹 百合カップル

虚空 そう。それをね、単に百合カップルで片付けちゃうと深いものは何もでてこないけどさ、

諷虹 それがゆうべの話だとすれば、自分のテリトリーと相手のテリトリーとの関連・・・分母分子のひっくりかえり。
それが現実の場面の中で、どっちが優勢に現れてくるのか、というところですよね。

コバルト そうすると変わったことには気が付けない、っていうことにもなるわけですよね。

虚空 それを聞いてステルスモモを思い出したんだけど(咲 のキャラ 周囲に対して自分を見えない存在にする特殊能力を持つ)・・・見えないけれど質量を持った存在じゃない。
そういうモモとのペア・・・つまりね、見える存在同士のペアだけじゃなくて、見えない相手とペアを組んだ相互作用っていうのもあるんだろうね、って。
そうするとね、もっと拡大して考えればね、そういうステルス能力を持っていない人間であっても、そういう仲間が自分にはついていると、本気で思っている、信じている・・・それが大きな力になる・・・・それは日常の中でも普通にあることだけどさ。
諷虹 アニメの「咲」で執事の登場のしかたがいつも面白いと思って・・・。呼ぶとパッといる。何もない空間からパッとでてくる感じですよね。

虚空 それこそ普段は波の状態でどこにいるのか分からないのが、呼ばれた瞬間に粒子化して実体がみえるようになるんだよ。

諷虹 忍者ってそうですもんね。忍びの感覚

コバルト いるけどいない、いないけどいる。

諷虹 (NHKの)量子論の番組でも忍者に例えていましたけど・・・あれ、上手いなって。

虚空 モヤモヤ状態と粒子状態。
でもあのうさ耳の子(天江衣)はモヤモヤ状態がないと思っているわけじゃない。

諷虹 そこにいなければいない。
衣って自分が重力を発しているということを悩んでいたら、咲というもっと重力の強い子に出会えたことで重力から解き放たれたという感覚じゃないですか。その(特別な)重力を持っているからということでみんなが嫌っていた・・・敬遠されていたのが、さらに重力の強い咲が現れたことで自分は重力から脱出できた

虚空 化け物が二人・・・

諷虹 やっぱり量子論と相性はいいですね。

(お時間のコール)

コバルト いやー、すごいなー。まさか話がここまで来るとは。

虚空 先週の量子論の話が、咲をきっかけにしてこんな風にどんどん広がっていくとはね・・・。
  

☆Nanba先生を囲んで Ⅰ-⑤ ガルパン聖地大洗にみる「ふるさと意識」等々 & 令和について

「おうち」意識は何も家に限ったことではありません。「ふるさと」もおうち意識そのものです。

茨城県の大洗は通称「ガルパン」(ガールズ&パンツァー)の聖地。
そこで展開されていることは、まさに「おうち感覚」(母胎回帰性)そのものを持ち込んでのことです。

ガルパン仕掛け人として有名なとんかつ屋の店主 常磐さんと虚空のやりとりも紹介されているのですが、「ふるさと」だけではなく「組織論」としても大事な内容です。

元号「令和」に関するやりとりも、「時間・空間・人間(ジンカン)」という世界定めの観点からいっても、元号が単に時代を現す名称というものではない・・・意識の基底に大きな影響を及ぼすものという観点からのものです。
ダンデリオンツイッターの過去の記事も一部再録しています。
広い意味ではやはり、「おうち」意識との接点があります。

途中「戦車は雌雄同体」という駿煌会の珍説が飛び出し、Nanba先生は目を白黒という場面もありました。
*茨城県について
Nanba先生 昨日家を出るときに「晩御飯は餃子食べるわ」って言ったらうちの奥さんに「それは宇都宮でしょ」って言われて・・・「そうか、水戸は納豆だ」って思って。

虚空 水戸は納豆と梅と・・・

諷虹 ぐらいですね。あと水戸学とか

ヒマワリ なんもないね。

Nanba先生 そこで水戸学なんかが出てくるなんて・・・なんなんな!

虚空 まあ最近は茨城もガルパンで名を売っているから。もっともそれで有名になっているのは大洗で、大洗が茨城にあるっていうのを知らない人も多いよね。

Nanba先生 大洗は茨城なの?千葉じゃないの?

虚空 茨城ですよ。彼(諷虹)の家から車で10分くらいのところですから。だから上り特急が出る反対側のホームの鹿島線で2駅目が大洗です。時々ガルパン車両が停まっていますから・・・ああ、ガルパンは分かります?

Nanba先生 ガルパンは分かるけど・・・大洗が分からない。鹿島線が分からない。ガルパンだけ分かっているっていうのはどういうことなんかね・・・。リアルな地名としての大洗が分からない。大洗って千葉じゃないの?茨城っていう言葉がでてる?

諷虹 出ないですね・・・

Nanba先生 大洗は大洗だよね。

虚空 茨城と知られていない・・・

諷虹 魅力度ランキング48位ですから・・・最下位なんですけど

コバルト 関西だと「いばらき」っていっちゃいますからね。

(宇都宮と水戸との距離の違い等々の話題)

Nanba先生 北関東は関西人にとっては謎なんよ。

虚空 蝦夷とおんなじ感覚?

Nanba先生 並びが分からない。千葉は分かるんよ。その上に茨城があったような気がする・・・
(福島や郡山の話題)
Nanba先生 関西ってさ、阪神電車、阪急電車、南海電車・・・って出来ているから、こっちはこの線、こっちはこの線、こっちはこの線、なんよ。それで分かる。でも東京(関東)は分からないんよ。
(路線図の話題)

虚空 この辺って大国主系の神社は多いんですよ。

Nanba先生 何で?

虚空 島根の方から渡ってきた一族がいて・・・だから出雲大社もあるんですから、国道50号沿いに。こっちにもってきたのが。
・・・大洗の磯前神社だって大国主系でしょ。

Nanba先生 出雲で何かあったのかね?

虚空 あったんでしょうね。それでこっちに移り住んできた・・。

Nanba先生 そもそも出雲の人たちって畿内から出た人たちって言われているじゃない。出たのか喧嘩して負けたのかは分からないけど。その人たちがまた東にいったということだよね。

虚空 なんだかんだいって関西とか西日本とはいろんなつながりがあるんだよね。鹿島神宮だって奈良の春日大社とかかわりが深いしね。前調べたよね

諷虹 奈良公園の鹿は茨城からきたとか・・・
鹿島アントラーズって知ってます?あのマスコットも鹿

Nanba先生 あーそーだ。鹿っていったら奈良だからね。

虚空 鹿島神宮でも、鹿島とセットになっている千葉県の香取神宮も、どっちも鹿を飼っていますから。

Nanba先生 京都とかを全部とばしてつながっているというのが不思議だよね。
何でなのかね・・・何かを避けているのかもしれんな。

コバルト ゼロ磁場に関係あるんでしたっけ?

虚空 知らない。

コバルト ゼロ磁場の並びに

Nanba先生 ベルト地帯みたいな? 奈良の方まで続いているわけ?

コバルト そう。スカイツリーとかも

Nanba先生 何でそんなこと知ってるの?何なのこの人たち?
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すべての始まりの地!鹿島市「鹿島神宮」は人生最強のパワースポット
参考 https://www.travel.co.jp/guide/article/29224/
(一部抜粋)
天孫降臨ってご存知?天上にいた神様が地上に降りてきて日本を治め始めたことで、その降り立った地が現在の宮崎県高千穂と言われています。そんな天孫降臨に全く関係なさそうな茨城県鹿島市の「鹿島神宮」は、その天孫降臨に重要な役割を担った神社で、「すべての始まりの地」と呼ばれるほどの凄いパワースポットです。
鹿島神宮は神武天皇元年創建で、日本の皇紀と同じ2,677年の歴史を持つ古社中の古社です。初めて神社の格式が決まった延喜式の平安時代から、伊勢神宮のほかに神宮と呼ばれたのは、鹿島神宮と香取神宮だけと聞けば、いかにその格式が高かったことが理解できるでしょう。
鹿島神宮のご祭神はタケミカヅチ神。香取神宮のフツヌシ神とともに天孫降臨に先立ち、先遣隊として鹿島市の明石の浜から地上界に降臨し、それまで日本を支配していたオオクニヌシから国譲りの約束を取り付けた、云わば神話時代の外務大臣です。しかし、納得しなかった弟のタテミナカタが反抗すると圧倒的な強さで討伐した防衛大臣でもあるのです。
不思議なことに、ここ鹿島神宮と高千穂神社を結ぶ直線上には、伊勢神宮、富士山、明治神宮、皇居が並びまさに日本と皇室を象徴しています。そして夏至の日に太陽が、この鳥居から西に進むことから日本最長級のレイライン(光の道)とされ、その入口にあたることから鹿島神宮が「すべての始まりの地」と呼ばれています。
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諷虹 多分余暇時間なんですよね、フリーターとしての。

Nanba先生 仕事してるじゃない

諷虹 アルバイトなんで・・・。その時間以外はテレビやネットでいろいろな無駄知識は蓄積されているかな。
そこらへんが学校に勤めている人だと時間がないと思うんですよね。

(コバルト スマホでゼロ磁場について検索)

虚空 自分がきいたことあるのは、富士山から皇居への特別な地脈の上に中央線が走っているから、あそこは自殺が多いんだって。

*「令和」という元号について
諷虹 令和の時代にこういう話題っていうのも・・・

Nanba先生 令和も令和・・・ちょっと霊感のあるような元号だよね。

虚空 「零」と「霊魂の霊」を諷虹と二人して思いうかべてたんだよね・・・言霊的にね

Nanba先生 あれはやばいね

諷虹 令和っていうキーワードだけで2週間くらい話題にしていましたからね

虚空 それにダンデリオンさんもからんできて

Nanba先生 あれを考えた中西進っていうのは天才かなと思った。

虚空 万葉学者ですよね。

Nanba先生 万葉学者。・・・3回結婚したんだっけ? ああいう人たちはああいう人たち

諷虹 世間の目じゃない。

虚空 万葉集研究って万葉人・・・折口先生ともつながるしね。

諷虹 Nanba先生は令和ってきいた時にどういうイメージを?
Nanba先生 言語学的な話になるけど、「らりるれろ」音って日本語にほぼないんよね。漢音からきたものだから。それを敢えて使ったというところが・・。みんな「万葉の」って言っているけど、僕は一番「外来語」っぽいな、と・・・「音」的に。

中西さんは多分そのことも考えたと思う。みんなは万葉って思うだろうけど、一番日本語から遠い音から始まるもの・・・恐ろしいと思った。深い。

諷虹 一番ぶっとんだ感じがしたから

Nanba先生 万葉集ですよ、っていえばみんな黙る。でもそこの音は最も日本語から遠い。これはW(ダブル)イメージなのよ。すごいなと思った。怖いなと思った。

コバルト 量子論的

Nanba先生 そうそう、モヤと粒子と一緒で。ある時には「大和(ヤマト)」ある時には「中国」ということでという出会いっていうのが、両方出ているから。万葉っていっても元々あれは漢詩だからね。万葉集の中の「大和歌」ではないんよ。しかもあれ、元があるし、中国に。元をふまえて作っているし。

虚空 それをダンデリオンさんが書いてたわけだよね、この間。

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5月5日 ダンデリオンツイッター記事より
2019年5月1日から始まった新元号「レイワ」は「国書である『万葉集』を典拠とした」と主張されていますが、『万葉集』の歌人たちの文章は、多く中国の古典籍を範としていることは論を俟(ま)ちません。今回引用された箇所は、太宰(だざいの)帥(そち)大伴旅人(おおとものたびと)の邸宅で開かれた宴会で詠(よ)まれる梅の花の和歌群についての序文です。
その大伴旅人自身、『老子』や『荘子』の影響を多分に受けていたことは、学界ではすでに常識なのです。政府の発表でもその後のマスコミ報道でも、最初の一文しか引用しませんが、不思議と興味がわいてきて、この序文全体を読み、その後の和歌群を一通り読んでみました。(後略)
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Nanba先生 分かる人には分かるんだよね。僕みたいな言語学の立場からいえば「らりるれろ」音を持ってきたというのが結構衝撃で。

だってさ、しりとりやっていると「らりるれろ音」がでてくるとすぐにでなくなる。もともと日本語にはなかったから。
だからすごいなーっていうのが印象。
そういう視点っていうのは議論されていないんだけど・・・「僕だって飛べるよー」っていうのが言いたかったの(笑)
漢字音だから当然日本語化しているわけだけど、その中でも最も日本語から遠いのね。
もうちょっというと「レ」っていう「エ音」っていうのは、そもそも日本語には「エ音」がなかったという説があって、沖縄方言で例えば「せいめい」っていうのは「しーみー」っていうのね。日本語が琉球語になったときにそうなったという説もあるんだけど、むしr琉球語の方が先で・・・もともと3母音だったものが5母音になったという・・・。
「えけせてねへめれ・・」っていうのは辞書をひいても少ない。中西進はそういうこと知っているので、敢えてこだわったんだと思う。敢えてダブルイメージで。
だから多くの人があれをきいた時に「大和歌だ、万葉集だ」っていいながら「ん?」っていう部分もあったと思うんだよね

諷虹 違和感はありましたよね。

Nanba先生 その違和感も源をみんなうまく説明できないと思うんだけど、うまく説明できないものをあの人はうまく生みだしたんだなと。

諷虹 日本人古来にない部分を・・・

Nanba先生 それに日本人古来の部分をかぶせてきたのよ。日本っていうか、そもそも文化ってそういうもんだから、もともと日本だって様々な文化でつくられているわけで、いろんな文化をとりいれながら日本文化ってなったわけじゃん。中西さんはそこがよく分かっているから、そういうものとして「令和」って・・・。
つまり日本なるものが如何に複雑で、しかし伝統的で、且ついろんな人によっていろんな風にみえていくものとしてあるか、っていう

コバルト 何でも取り入れちゃう。クリスマスとか何でも。

Nanba先生 しかもそれがいつのまにか変容するじゃん。取り入れるけど変容するじゃん。変容する磁力もすごいし、取り入れる磁力もすごい。

諷虹 先生と令和が発表された初期の頃に話題にしていたのは「スピリチュアル」「霊魂」の「霊」と「ゼロ」の「零」が元でっていうのがあったんですけど

Nanba先生 あー!それもあるかもしれんね。

諷虹 日本人古来のイメージと離れているということに結び付けると、数字のゼロももともとはなかった概念で

Nanba先生 ないね、スピリチュアルもないね。すげーね!それは

諷虹 それを取り入れる日本人のセンスっていうのもすごいな、って。

Nanba先生 それも中西さん分かっていたと思うよ。日本が如何に複雑なものであって、且つ 単純なものか・・・っていうのを日本語が説明しているね・・・・って、今思いついて言っているんだけど。

諷虹 しかも二文字目が「和」ですもんね。「昭和の和」

Nanba先生 敢えてもってきて被せてる。

諷虹 和の国的なこと

Nanba先生 和の国的なことを出しながら・・・

諷虹 日本人離れしてる。

Nanba先生 令できて和で結ぶ

諷虹 まさに和の感覚ですね。

Nanba先生 梅の花、なんていってる場合ちゃうね、って。でも水戸は喜んでいるんだろうね。

(そんなでもないと口々に)

Nanba先生 そうなの?福岡はめっちゃ押してるよ。大宰府は今人が来まくっているよ。

虚空 水戸はそういうところ鈍いよね。

諷虹 偕楽園をもっとおしていけばいいのに

Nanba先生 偕楽園こそ梅の名所じゃん


*ガルパンの話題
虚空 仕掛け人がいないんだよね。ガルパンの場合にはとんかつ屋のおやじさんが仕掛け人になったじゃない。

Nanba先生 とんかつ屋のおやじ、って何?

(常磐さんの説明)

諷虹 常磐さんの感覚ってまわりを巻き込むんですよ。お年寄りとかも引き込んできた。

コバルト 大洗を巻き込んじゃった

虚空 常磐さんの偉さって、アニメが好きな世代とかとは全く関係ない人達を・・・年配者とかもどんどん巻き込んだっていうところ。

Nanba先生 それがさっき言った第五段階なんよ。

虚空 常磐さんと実際にお会いしてしゃべった時にね、「すごいじゃないですか、これが学校だったら名校長になれますよ」って。そしたら「いやあ、俺はそんなことないよ。ただみんなの話を聞きながら一緒に酒を飲んでるだけだよ」って。「それがいいんですよ」って。

それで私がちょっと調子にのって「大洗の子ども達が楽しみだ」って言ったんですよ。「そうやってアニメとは全然関係のない年配者もまきこんで、しかもまわりから来てくれた人たちをどんどん包み込んで一つの世界を作っている・・・そういう大人たちの後ろ姿をみている中高生たちが、これからどういう大洗をつくっていってくれるのか・・・それ楽しみじゃないですか」って言ったら「それは考えた事なかった」って。それで並んで記念写真を撮ってもらったっていう・・・

Nanba先生 そういう風にいえる虚空さんもすごいね。本当にそうだよ。

虚空 実際に諷虹ともそういうことをしゃべってたんだよね、何度か。

Nanba先生 いやーすごいな。そういう人がいると全然変わるよね。

諷虹 やっぱりガルパンって戦車を題材にしてるんで、戦争を経験した世代が楽しんでくれているっていうのが・・・

虚空 もっともアレルギーが出て当然の世代が一生懸命にガルパンのことを盛り上げているっていうのがね。

Nanba先生 ガルパンの世界観は最も戦争とは遠いところになるわけじゃん。戦車を使いながらも。
そこであんだけ受けたんだと思うんやけど・・・

*「母胎イメージ」・・・ふるさと
虚空 ただね、諷虹とよくガルパンの話をしていた時に、あまりそういう言い方をする人はいないけど、戦車のイメージって何だろうね、って。

やっぱりそれは「雌雄同体」じゃないか、って。「男性原理」と「女性原理」を両方もっているのが戦車だよね、って。

Nanba先生 うわー! えっ、ちょっと・・・女性原理ってどこなの?

虚空 戦車の中は特殊カーボンで守られているから安全っていう設定じゃないですか。

Nanba先生 雌雄同体なんていう発想、どっから出んの?

虚空 私と諷虹がくっちゃべるとこうなっちゃうんです。

Nanba先生 戦車を雌雄同体ね・・・すごいな・・・

諷虹 空母なんていうのもそうですよね。

虚空 そういうのと折口先生の真床覆衾襖ともつながると思うんですよ。
「おうち」だって結局は同じ発想じゃないですか。
エネルギーを蓄えて、そこから外へ生まれていく。

Nanba先生 空母ね

虚空 だから「戦争」っていうイメージを切り離して考えるとさらにいろいろなものがみえてくる

コバルト 空母をなくしたら飛行機はどうなっちゃうか・・・

Nanba先生 帰るところを失っちゃうわけだよね。「母なるうち」なんだよね、やっぱり。

虚空 そうすると最近のアニメでいえば「荒野のコトブキ飛行隊」とかも

諷虹 ガルパンと同じ作者の人がつくっているんですけど(アニメの解説)

虚空 飛行船が空母みたいになってるじゃない。あれがまさにおうち。出撃と帰還のくりかえし。形からいってもまさに母胎。

Nanba先生 戦車もおうちなんだね。

虚空 しかもあれに乗りながらみんな精神的にどんどん成長する・・・まさに新たな魂を依りつける・・・真床覆衾襖。

Nanba先生 本当にあそこに乗っているのは子どもなんだ、ある意味で。

諷虹 あとガルパンでは「母校」とか

虚空 学校をすごく大事に位置づけていますよね。

諷虹 大洗という町もね

Nanba先生 ホームタウンだよね。

諷虹 それが実際にあるということで全国から集まってくる。

虚空 リピーターが多いということと、ふるさと意識

諷虹 他県から来た人って、必ずっていっていいほど「ただいま」の感覚なんですよね。お店の人に「また来たよ」じゃなくて「ただいま」。実家に帰ってきた感覚。

Nanba先生 だから「聖地」とは違う感じなんだ

諷虹 ある意味で本当の「聖地」なんです。11月のあんこう祭にも毎年毎年帰ってくるという感覚なんでしょうね。アニメ放送が終わっても声優さんをよんで10年くらいたつわけですからね。

虚空 私も彼の話で、へー って思ったのが、キャラの誕生祭りの時にね、キャラの顔が描いてあるケーキがあって、みんなにスプーンが配られて「一口ずつどうぞ」って。行列になってまずはみなさん写真を撮って、それから食べる・・・

諷虹 来る人もそのキャラの誕生日プレゼントを持ってくるんですよね。それで声優さんからのメッセージがあったり、ハッピーバースデーをみんなで歌って・・・それで一口ずつケーキを食べるんですが

虚空 それがみんな端から食べるんだって。いいところを自分が我先に食べようじゃなくて、列のあとの方に並んでいる人のことを考えて、っていうのがね。

コバルト よく観光地で目立つところに自分の名前を刻もうとする人いるけど

虚空 真っ先にやろうじゃないんだよね

コバルト 傷つけない。

虚空 よそから来た人も自然にそういう風になっちゃっている

諷虹 大洗のイベントの後ってゴミが全く落ちていない、っていうのでも有名なんですよね。次の日に清掃員の人が仕事がないっていうくらい。10万人以上が来るんですよ。

Nanba先生 観光地じゃないんだな。観光地のように行って帰ってくる場所じゃなくて、まさしく「戻る場所」なんだね。

コバルト 子宮

Nanba先生 子宮か・・・すごいな・・・。

コバルト 汚そうと思う人がいない

Nanba先生 子宮だもんな。

諷虹 実家かえって汚して帰ってくるなんてね・・・

ヒマワリ 生まれ変わりだもんね。

☆Nanba先生を囲んで Ⅰ-④ 意識のベースとしての「おうち」

「おうち意識」はすべての人間にとっての基層部分にあるものです。この基層部分が現代社会においては根底から崩れてきていることは様々な人が発言しているわけですが、実際にこの意識がどういった分野にまで関わっているのかに関しては、本格的に考察されていないような印象がどうしてもあります。

なお、おうち意識をテーマにした研究授業が10月に予定されています。
⇒児童の言語生態研究会HP http://jigentai.edo-jidai.com/
 
*10月の研究授業に向けてのはなし
虚空 純粋に英才小の子の「おうち」意識を考えたときに、去年の様子をみて・・・前回石巻でおうちの授業をした時は子供の意識のベースを探る・・・まあ、1年生だったこともあるし・・・・じゃあ、今考えたいのは何か・・・。
そうやってベースがしっかりしている子たちに、違うスイッチが入ったら一気に「身近な実感」が「宇宙」だとか「超ミクロな小宇宙」だとかね、そういう世界に一気に飛べるんじゃないか、っていう仮説がね・・・。
そういう意味での「おうち意識」のとらえかた・・・前回と同じことをやったってしょうがないしね。

Nanba先生 学年も違うしね。

虚空 そういうことを本気で考えたいな、って。それで駿煌会で最近話題になっているのも「実感を伴うことだからこそ、一気に宇宙に飛躍できる」というようなことだしね。

コバルト そういうやりとりって、何歳になっても忘れないしね。残るから。

虚空 話があっちこっちにいってしまうけど・・・自分たちも振り返ってみた時に、小学校のときに受けた授業でどんなのをうけたっけって。普通の授業なんて覚えていない。作文だってね・・・普通に書いたのは覚えていない。

それがね、例えばこの前諷虹君との間でにおい作文の話になって・・・。途中からのぶが来て「3年生の時ににおい作文を書いたよな、どんなこと書いたか覚えてる?」って聞いたらペラペラペラってにおいの思い出をしゃべったんですよ。そうしたらほぼ同じことをしゃべっていた、っていうので諷虹と二人でビックリしたんですけど・・・。
小3の時に書いたことと同じ印象が30歳を過ぎても残っている・・・これがベースなんだな、って。

Nanba先生 基層だよね。

虚空 そしてそれがあるからこそ話が飛躍できるんだろうな、って。そういう仮説

Nanba先生 「うち」があるから飛べるっていうことよね。
それが高学年への授業だったら「うち があることが同時に 飛び出していける姿」っていうことなんだね

虚空 やっぱり「うち」っていうのが「実感体感が丸出しの世界」だから。

「うち」がからむと一番子ども達にとっては「ナマ」がからむじゃないですか。
誰かがハッとするっていう書き込みをしていたじゃない。

ヒマワリ かいまみ・・・コバルト君じゃない?

コバルト ハッとする、思い知る

虚空 ハッとするっていうことがトランスフォーメーションとか類化性能で最も起こりやすいのが「うちの意識」に根差した実感・体感。そういうのが躍動している子ほど、いきなりポーンと宇宙なりミクロなり見えない世界に飛べる・・・そういうエネルギーを持っている・・・。

⇒インフレーション宇宙論との関連(宇宙を内なる意識世界とおきかえて考える)

最近コバルト君もエネルギーっていう言葉を盛んに使うけど・・・。

コバルト エネルギーと力。

諷虹 しかも壁を通り抜けるみたいな量子論の発想・・・うちがあって、閉じ込められてても外に出ちゃう。

コバルト 今ちょっと思ったのが、授業を受けている時って、みんな妖怪ろくろ首のようになってるんじゃないかな、って。

虚空 普通の授業を受けている時も?

コバルト いや、ハッと思い知ったような時。飛び出していろんな世界を見れてる。

Nanba先生 ちょうど広島県三次市に妖怪博物館っていうのがあるんですよ。

公式サイト 「三次もののけミュージアム https://miyoshi-mononoke.jp/」
まさしくそういう妖怪って僕らのイマジネーションの中におるやつじゃん。それを取り出してくるんだよね。だからろくろ首も比喩的じゃなくて、本当に自分の中のろくろ首が出るんだと思うのね。

虚空 それこそ鳥瞰だよね。ろくろ首が上から見下ろせば。

諷虹 上の空ってありますよね。(笑)

Nanba先生 上原輝男やな!

虚空 だから私が刺激を受ける、っていう意味、分かりますよね?

Nanba先生 もうこの人たちが上原輝男なんやね。もはや。

諷虹 確かにコバルト君さんが言うように授業を受けてて「ああそうだな」っていろいろ考えちゃって、授業が入って来ない瞬間ってあるよな、って。

ヒマワリ 先生と家庭教師やっているときにもよくあったな、それは。普通の授業ではあんまりそれはなかったけど。うちでやってるから???

諷虹 そういう授業をやってる時って、その「上の空」の方にどんどんどんどん行って・・・ 

ヒマワリ それが面白い世界なんだよね。

諷虹 そのまま大気圏に突入しちゃう

コバルト それが宇宙とつながっていく

Nanba先生 宇宙につながる感覚を持ったからみんなここに集まってきてるんだよな。

虚空 だから去年の50周年の授業も非常に面白がっていたんですよね。一緒に受けたかったって。

ヒマワリ そうだねー。面白かったもん。

(ここから、次の記事の中心である「ふるさと意識」へふくらんでいきます)
   

☆Nanba先生を囲んで Ⅰ-③ 「英才児教育」からの「教育全体への示唆」

上原輝男先生はかなり早い段階から「英才児」ということに注目されていました。

知能指数が高い子ども達をさすわけですが、単に精神年齢の発達が早いとか、成績が優秀というのとは全く違う特性を持っているのが英才児だと。

そのあたりについて虚空なりにまとめたものが、児言態の雑誌19号「世界定めの主体としての我 : 全教科・領域に渡る児言態的視点」の第7節にあります。http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/46622/20181218135949740124/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_19_60.pdf

また児言態雑誌に毎号のようにKS先生がまとめられた英才児に関する記事がありますので、そちらを是非参照ください。
Nanba先生の論理に関することの裏付けにもなる・・・理系だの文系だのに分ける教育の愚かさについてもはっきりと分かる重要な記事です。
*英才児の特性について

虚空 諷虹君と二人で一昨年普段の数学を参観しにいったときのあの廊下の騒がしさ。高学年の教室の前にいたって、ZAKI小の低学年の教室の前にいるかのような雰囲気。でも集中しだすとパッと集中するし。

諷虹 授業参観のときとは全然違いますよね。(公開授業の時にも行ったことがある)

Nanba先生 わかるわかる。昨日も先生らと話していた上の教室でガンガン暴れてるの。工事してるのかっていうくらい。

虚空 3年の数学もそうだったけど、あれだけ騒がしくなって出歩いたりしていて、先生が説明しているのに「ほら、みんな聞けよ」とかそういう注意を一言もしなかったもんね。感動的なくらい。じゃあ無視しているのかというとそうじゃないんだよね。

Nanba先生 聞いてるんだよね。

諷虹 量子論でいうところの、粒の状態にするんじゃなくて、もやのまんま操っている感じですよね。

虚空 そうそうそうそう!いいこと言う!!

諷虹 公開授業の時とかは粒子化してしまう部分がどうしてもでちゃうから。

ヒマワリ 整列してないっていうこと?

虚空 あらゆる可能性が重ね合わせになっているということ

ヒマワリ ああー(納得)

諷虹 そのまま固定させないでとらえる。

虚空 だるまさんが転んだ、によ例えられるんだよね

諷虹 後ろ向いている時には波、でも振り向いた瞬間にピタッととまって粒子になる

Nanba先生 うまいことったね

虚空 でも英才児はそれができちゃう。

Nanba先生 出来ちゃう出来ちゃう。でもそれがたまたま出来ない子は厳しいんだよね。

虚空 去年の公開授業でKS先生が盛んに「ことばでいうと何になる?」って問いかけたのもそれじゃないかと思うんだよね。

モヤになることも粒子になることもどっちも。
粒子化できるということが、数学でいう「数式化」「図式化」になるから、それができるとまた爆発的に広げられるんだよね。

彼らって「論理」と「知性」と「感情・イメージ」とを分けていないじゃないですか。
で、分けてないくせに、ちゃんと分けて考えられる。

さっきの量子論でいえば「粒」にもなれるし「モヤ」にもなれる・・・。あるいは相反することが同時に重なっている「量子ビット」みたいな。

そういうことが何だか知らないけど出来ちゃっているのが英才児なんだけれども、でも上原先生が考えていたのは、いわゆる普通児でもそういったことが・・・。英才児にそれぞれの分野が統合された形がみえたんだと思うんですよ。

だから、あまりに早くから理系だの文系だの分ける現代の風潮に私が批判的なのも、子ども達の可能性をものすごく潰しているんじゃないかって、思うからなんですよね。
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*母国語の重要性
Nanba先生 英才小のパンフに僕はそのことを書いたの。
(諷虹 音読)
2020年版
『奇跡を伸ばす奇跡 
 人間の人間たる基盤は言葉です。この場合の言葉とは母語(母国語ともいう)です。私たちは母語で考え、感じ、表現します。人間が言葉を手に入れたことは奇跡です。

 この母語の重要性を訴えてきたのが故上原輝男(玉川大学)先生です。上原先生は母語を伸ばすカリキュラムを英才小学校のために作りました。英才小学校ではそれが50年近く経った今でも継承されています。これも奇跡です。

 英才児が与えられた(giftede)才能をさらに伸ばすには、高度に高められた母語が必要です。この学校には、母語という奇跡を高度に伸ばす奇跡のカリキュラムがあり、その基盤の上に各教科領域の優れたカリキュラムがあるのです。』


ヒマワリ あーなるほどー

虚空 これさ、「成果」っていうページで「中学校の主な進学先」って書いてある下に載ってるっていうのがね

ヒマワリ いかに土台作りをするかだね

虚空 母国語教育なんていうのは英才児教育どころか進学教育には関係ない、っていう風潮が強いから

ヒマワリ 英語なんてね

諷虹 幼児期からの英語教育

虚空 一体、どういう人間を育てたいのかな・・・・

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*俯瞰・鳥瞰の視点
(こう話している間に諷虹、地理のところに注目している)
虚空 さっそく諷虹が目ざとく

諷虹 地理が・・・

Nanba先生 地理がどうした?

英才小学校パンフレット 
『地理教育 地理では 空間的な広がり の把握を目指していきます。例えば2年生では 川の絵巻物づくり を通して空間的な広がりや、鳥観図的な視点を身に付けます・・・・(後略)』

虚空 この「鳥瞰」っていうのが、麻雀漫画でこの前からすごくキーワードになっていて・・・

諷虹 俯瞰じゃなくて鳥瞰。飛んだところから自分の今の位置をみる。

(麻雀漫画の解説)

諷虹 今の対戦相手の状況ではなくて、今まで戦ったことのある人とか・・・

Nanba先生 そういう鳥瞰か!そんなところを見てるんや!!

虚空 つまり全く関係のないようなものまで見えて、それが突破口になっている。
直接関係のありそうなものばかりが見えているのだと、結局はその延長のものしか見えてこない。

Nanba先生 だよね。それはやっぱりイマジネーションだよね、本当に。

虚空 そういう話題をちょうどこのところずっとしていたんで・・・。

Nanba先生 社会科ってそういうところがあるよね。

(地理や歴史の話が軽くでたあと)

虚空 だからそういうことも含めて、英才小学校の子が国語以外ではどんな風な姿をしているのかを見たい、っていうのはずっと思ってるんですよね。

今度の公開授業で2年の数学というのも、知能指数の上で考えるとちょうど中学年から高学年への移行期・・・だから算数的な見方からどれだけ数学的な見方になってきているのかを確かめたいんですよね。

Nanba先生 数学と算数ということの差が・・・本当は国語も下ろさなあかんのよね。それはまだできてないなという感覚があって、高学年は大きなポイントになる。

諷虹 今、数学の授業をみたときのことを思い出していたんですけど、「わからなくてもいいから」という感じでぶつけているのかな、って。ここでのやりとりでも、分からないけど入ってくる・・・その感覚に近くって、とりあえず分からないけど興味をもたせて、「どんな反応をするのかな」というのを見ながら交通整理をする

虚空 だからまさに言語生態の授業なんだよ。

Nanba先生 そういう授業っていうのはすごいね。でもそれってよっぽど力がないとできない、先生が。

虚空 たしかにそういう部分はありますよね。
その基礎力になるのが無意識を含めての意識世界の構造図作り・・・・上原先生が生きていた頃はそれをやっていたわけですよ。必ず作文分析をして構造図をつくって、それからやっと指導案の作成に入る。そういう手順を踏んでいた。