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☆2018,12,14コバルトブルー宅にて①  「いい風」「いい流れ」

これもブログに載せようと思っていてなかなか手つかずになっていたコバルトブルー君宅にヒマワリフクロウ・虚空が集合してのやりとり記録です。

「異なる立場の共存共栄」ということがベースなのですが、話はあちこちと多岐に渡っています。この記録の最後の最後のところで、上原先生が「かぶき者」に何故注目していたのかという話にもなります。
虚空 畑違いの人間のやりとりを載せたい


コバルト 一つの物事に対していろんな矢印とかが立体的にみえるだろうって。


ヒマワリ いろんな見方だね


虚空 よく知らない人のコメントがいい風を吹かせてくれる、っていう感覚


コバルト ある意味でぶっこわし破壊者


ヒマワリ タロットの塔だよね。


コバルト 崩れるって大事な事


ヒマワリ 再構築、究極のバッドエンドが究極のハッピーエンドに


コバルト 無垢・・・白無垢


虚空 それがこの前から出てる、千尋とかアシタカの馬鹿正直さにも通じる。

 いろんな人が風を吹かせてくれることで広がる。分かっていると思っている人たちだけのやりとりでは、狭い枠にはまってしまう。
それが年齢や立場も関係なく駿煌会のやりとりがなされているというのはね。
宮崎アニメでは風がやたら吹くでしょ


コバルト 感情でも吹く


虚空 よどんでたらダメ。祝詞でも・・・「極めて汚きも溜りなければ清し」・・・黄泉の国を通過して開眼する・・・目覚める・・・天照とか生まれた。

淀む、停滞をダメとする。惰性を嫌う。マンネリを嫌う。単なる反復の漢字練習もね。
「分かった」というのも、そう思った瞬間に停滞になり、それは「死」と同じ。
それを物理で言うとニュートンの運動方程式の感性の法則になる。F=ma 。等速直線運動も静止も本質は変わらない。変化があるから生きているといえる。


コバルト (祝詞の解説を読み上げながら)やっぱり水だよね。

あと今、タイの人とやりとりしているんだけど、ブッダの教え・・・ガンジス川の沐浴。日本でいうと滝行。


虚空 山岳信仰と仏教が融合したでしょ。山伏。修験道。どんどん混ぜてしまう。


コバルト 虚空さんは自分は弱いっていっているけど一本筋が通っているのをゆずらない。
ヒマワリ 自分は虚空さんみたいに杉の木のようにできないな。柳の木。


コバルト 祝詞解説のサイトから
『地表を流れる川も自然な川は蛇行するのがあたりまえ。もちろん地表の影響もありますが、水が曲がりくねりながら、流れたがっているから蛇行するのです。
護岸工事をしてしまった川はコンクリートの壁に沿って真っすぐに流れる事を強いられます。生き生きとした流れが阻害された水は清浄さを失います』

ヒマワリ 校則とか破ったことはごく自然なことだったんだね。


虚空 本当の感性を持っている子が問題児扱いされてしまう。だいたいそういう子をどうしていいか教師が分からない


ヒマワリ 自分の意見に自信がないから、結局どうしていいかわからないし・・・意見を聴くことも大事だってわかるけど、でも自分のやりたいようにかりたいし。
自分でもコンクリート作ろうとするかどダメなんだよね。やっぱ私は竹・・・コンクリートさへ打ち破る竹


コバルト やりたいこと・・・


ヒマワリ 結局内からでてくるもの従っているしかない。


コバルト 学校とかも単なるきっかけ、気づき・・・


ヒマワリ アンテナ


コバルト 周波数もあるからね。今はAMとか今はFMとか。自分の大切なものって自分の盲点の方にあるから


ヒマワリ 誰か教えてくれよって・・・みえないものを見つけたくて・・・探して


コバルト 千尋が本質を見る目を持てたっていうのは清らかさ


ヒマワリ あれだけ 目 目 目 って。


虚空 そこも謎なんだよね。


ヒマワリ その時々の判断でかえていいのかな、って。


虚空 それが自分の内なる心意伝承とコンタクトをとっていれば自然になるようになる。その判断を他人まかせにすると、怪しい教祖様にひっかかる。
生活を通して、やりたいことはよほどのことがなければ失敗すると分かっていてもやってみるのが大事。


コバルト 遊園地のアトラクションだとかも一旦落ちまくってから上がる。

(ここで麻薬などの話題 シャーマンがもと 神降ろし  スプラッシュマウンテン 欲望のまま  )

虚空 生活を通しての気づきがなかったら、人の言う通りにして失敗なく生きていても、本当に生きていることにならない。


コバルト 好色一代男の最終でも海。行先は風が教えてくれる。


虚空 ヒマワリフクロウさんは風を吹かせる役回りだよ


ヒマワリ そんなの・・・何も感じないで生きられたらもっと楽だったのにと思う事がある。先生に出合っちゃったから、そういう生き方ができなくなっちゃった。


虚空 でもね、自分と出会った人間は大勢いるけど、そうなっていない教え子の方が圧倒的。やっぱり素養があるかどうかだよ。


コバルト 破戒的要素。社会人クラスの時もそうだった。


ヒマワリ やっぱり旬


コバルト 事前に準備したものでやったこともあるけど、ダメだった。


虚空 それこそ明日諷虹君の家でやることになっている話があるんだけど・・・本当にやることになるかは分からないけどね・・・脳の仕組み。
想定外だから意識してちゃダメ。


コバルト 気をつかったら言えない。みんなに合わせよう合わせようとしたらダメ。かぶきものじゃないと。


虚空 上原先生が歌舞伎研究を研究したのだって、かぶきものっていう点だもん。馬鹿正直な生き様。


コバルト 極端な経験が本当の理解・・・ちょうどいい具合を悟らせる。
ヒマワリ 自分って世渡り上手なのかなって思う事が最近あるんだけど
虚空 それは高校生の時とかヤンチャして、両極端を経験しているからだよ。自分の中の軸の上限と下限を実感できてるから。
もしそれが大人のいう事だけをきいて安全圏な生き方ばかりしていたら分からない。


コバルト 距離感がつかめている。


ヒマワリ 距離感ね!!!
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☆西洋絵画鑑賞 から③ 「ダリ」についても… 会合やりとり

2018.11.16 金曜日、コバルトブルー君が合流してからのやりとり記録です。
今回の絵画展には「ダリ」の作品はなかったのですが、そちらの方に話が広がっていきました。

ちなみに虚空は以前、上野の森美術館で開催された「ダリ展」にも行ったことがあります。

後半、ピカソ語録を多数紹介しています。上原輝男先生の授業に対する基本姿勢や、このやりとりの頃、ダンデリオンツイッターに書かれていた内容と関連の深いこともでてきました。


コバルトブルー君、合流 持参品はピカソとルノワールの書物

虚空「今まであんまり西洋画っていう感じがなかったじゃない。特に話題にしていたこともなかったし・・。」


コバ「そうだんですけど・・・」


虚空 何かあったの?
(きっかけについていろいろと説明)

書物をみながら

諷虹「シュールの影響が出てますよね」


コバ「ばらばらになって破壊した断片を拾い集めて最後に何が残るのか・・・気づきや刹那的なものだから」

諷虹「直観ですからね」

コバ「形を失っても残るもの・・・ピカソが答えを言ってしまっているんだけど、愛・・・最初は、まだ愛とはいっていなくて神聖なものがすべて・・・」

諷虹「ここに 私は探さない、出会うのだ って」

コバ「プーさんと同じで、出会い・・・身近なものを作品にするのがほとんどだったから」

諷虹「降りてくる感覚ですね。イメージが降臨してくる 神が下りてくる」

コバ「ものすごくはぶいていくらしくて・・・原画だともっと描いてあったのが」

諷虹「芭蕉の俳諧から俳句への感覚に近いですね」

コバ「キュビズム」

諷虹・虚空「?????」

コバ「(本の言葉を引用)自然を円錐、円筒、球体によって処理する」

諷虹「(本の言葉)現実を断片化させるということなんですね。ピカソはいろんな概念にふれているんですね」

コバ「仏教で蓮が大事にされているじゃないですか。その蓮の何が神聖なものとされているかというと、深い汚泥から産まれ出でて綺麗な花が生まれる」

諷虹「絶望から希望が生まれたように」

コバ到着前に、「地球を包む」ということからまどマギの話になり最終回を観ていた。その話を出す

諷虹「ピカソの本の最後にある 根本的には愛以外は何もない って、まどマギの最後じゃないですか!」

虚空「ここでまどマギとピカソが結びつくとはね」
アニメを再視聴・・・


コバ「(自分が描いた蓮の図)これとおんなじになっている!」
まどかの「もう誰も恨まなくていいの」のセリフに虚空刺激を受け続ける。
まどかは全ての呪いを受け止める・・・一つの宇宙を滅ぼすほどのエネルギー・・・実態を失う。ピカソの絵のようなカットも入る。・・・宇宙の再編。

コバ「破壊・・・で、何が残るのか?」

諷虹「何も残らないんですね。」・・・まどかは宇宙の構成員ですらなくなった、誰にも認識されない存在になった。姿は見えなくてもいつでもみんなのところにいる存在でありながら。
まどか「大丈夫だよ。だって、魔法少女はさ、夢と希望をかなえるんだから」


諷虹「包む、包まれるの感じで言うと、親に包まれる感覚って、親って自分の過去とかをみんな知っているじゃないですか。知られているというのが包まれているという感覚だとすると」

コバ「忘れない。残るかもしれない」

諷虹「まどまぎではまどかはほむらに包まれていたわけじゃないですか。過去の時間を知っているから。で、この場面ではまどかが別次元からほむらのすべての時間のループをみることで、今度は包む側になる。
反逆の物語でそれがまた逆転した・・・ほむらの記憶操作なんかで。強制的に自分が包む側になるという優位性を持っているのかな・・・それが根本的に愛になる」

コバ「いろんな視点からみての愛。ルービックキューブで・・・(といろいろ説明)」

諷虹「そこで論理性と・・・理屈・・・」

コバ「ピカソはこれをぶっこわす。ルービックキューブを解体する。やっていくうちに何かがみえてくる」

諷虹「既存の枠にとらわれないから。最初の頃はきちっとした絵を描いているけど・・・真理を見通せたから外すこともできるようになった」

コバ「とらえかたがきちんどできるからぶち壊せた」

諷虹「破壊だけだったら誰でもできるじゃないですか」

虚空「デタラメじゃ再構築に行けない」

虚空「想定外のことはあっても・・・コバが西洋絵画に開眼・・・芸術に目覚めた・・・」

諷虹「キュビズムとか」

虚空「そうだよ。そんな言葉とかU字理論とか、日常に添加して普通にしゃべってるだろ」

諷虹「(ルノワールのをみながら)こうしてみると、ルノワールが面白くない。本当だったらこっちの方がきれいだし、きちんと描けているのに・・・つまらなく感じる」

虚空「それはルノワールに失礼だよ」(笑)

コバ「ここからだとぶっ壊す行程に入れないから」


諷虹「綺麗だなとかはね・・・でも日常と陸続き。でもピカソはあの世へまで行ってしまう。連れていかれるといかね」

コバ「あの世をみている」

虚空「さっきピカソは超現実だって言っていたじゃない」

諷虹「シュールレアリスム・・・その影響も受けたわけでしょうからね。ここで以前ダリについて語り合ったことがつながってくるとは」

諷虹「ピカソの方がダリより革命化・探求者。ダリはエンターテイナー的な」

コバ「正直いって、最初ピカソをみた時はなんじゃこりゃ、って思うだけだったんだけど、どんどんみえてくるものがあって。何だろう・・・見え隠れしながら」

虚空「垣間見だね」

コバ「そうそう、パッパパッパ」

虚空「あちらの世界からのからの信号が受信できてる。その感度が駿煌会メンバー全員がアップしているよね。ラインを読んでも。」

諷虹「今ピカソの言葉でこんなのがあったんですけど・・・みんなが賞賛するときでさえ、理解できている人はほとんどいない・・・今の日本人に聞かせたいですよね。
分からないと賞賛できない、みたいな。」

コバ「目に見えているものだけで反応しているから。」

諷虹「こんな言葉も わたしは観客を楽しませる、ただそれだけの人間だ」

コバ「自分がからっぽ」

諷虹「次の言葉が 牡牛は牡牛、馬は馬だ。鑑賞者は結局観たいようにみればいい ・・・観る側への投げかけなんですね」

虚空「ダリが絵の意味をきかれて、自分にだってそんなものは分からない って答えていたじゃない。それこそ深いところからの無意識で世界をつくっている・・・世界定めだから。」

ダリ語録をみていると、こんな言葉もあってラインでのヒマワリ発言関連で盛り上がる。

ダリ『私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ』
  
ダリ『大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない』

コバ「まさに汚泥からの蓮の花!」

コバ「さっきのシャブ中毒の話ですけど、何もない人がやるからダメになる」

諷虹「芸能人がドラッグやるのは何なのかな」

コバ「過去に売れていて、それが売れなくなって・・・それを忘れるために・・・だから再構築ができない」

ピカソ『優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む』

諷虹「この模倣と盗むの違いですよね。盗むのはいつでも使えるようになる。模倣だと自分の作品にはそれを落とし込めない」

虚空「コピペがなんでダメか、っていうことだよね。参考文献なら盗むだけど・・・」


ソルティさんからピカソの星のことを受信
諷虹「天中殺で希望が見えないからこそ、逆にとんでもないものを発見した、見えてしまったという感覚なんですかね。

希望がみえていると、目先にばかり囚われるけど、目先の希望がみえないと、さらにその向こうの見えない世界に見出そうとすることができる。

だからやっぱり中国の占星術って統計学なんだと思いますね。(統計学的な正規分布曲線を図示しながら)ピカソのような天才だと見えないような状態だからこそ、常人では発見できないようなものを発見して、逆境をチャンスにかえていける。天中殺で希望がみえないからこそのチャンスにできる。」


虚空「昔の日本人って、特に天才じゃなくてもそれができていたのかもね。万葉人の頃とか・・・。」


コバ「タロットの死神のカードと同じで、捉え方で全然違ってくる。プーさんのにも、カラッポの箱のプレゼントをもらって嬉しいって・・・だって物を入れられるじゃないか、っていうのがあった」


諷虹「頭カラッポの方が夢をつめこめる・・・ドラゴンボールの歌で一番有名な言葉」

他にも3人でもりあがった名言

ピカソ名言
『人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ。』
『誰もが芸術を理解しようとする。ならば、なぜ鳥の声を理解しようとはしないのか。人が、夜や花を、そして自分を取り巻く全てのものを、理解しようとしないで愛せるのはなぜだろうか。
なぜか芸術に限って、人は理解したがるのだ。』
『子供は誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。』
コバ「お金も結局、価値あるものと認識しているから・・・お金だと思っているから」
諷虹「欲にまみれた人間が葉っぱまでがお金にみえる」

ピカソ名言
『女の顔はキャンバスだ。毎日女は少しだけ若い自画像をそこに描いている。』
『コンピューターなんて役に立たない。だって、答を出すだけなんだから。』
コバ「これって結局 混沌をなくしてはいけない っていうことですよね。AIには混沌の部分がない。」

諷虹「コンピュータは言葉はもってきても付随する言葉や感情や体感が出てこない、って何かの授業できいたことがあります」

虚空がNHK「人間って何だ、超AI入門」の話題を出す。
虚空「コンピュータ学者だからこそ見出せる人間の切り口がいろいろあって面白い番組だよ」

コバ「聖徳の授業がAIのことで盛り上がったところで終わってしまったのがもったいなかった。」

諷虹「ベートーベンにしても歌舞伎にしても高貴な人のためのものを庶民の娯楽にした。」

コバ「音楽も混沌から生まれてくる。」

虚空「すべての創作がそうだよ。混沌がないものはさ、自分の引き出しのものだけで作っている。宮崎駿が大御所になってからは分かっていることはアニメになんかしない、っていってすごい苦しむ。
お子様向きのポニョなんかのドキュメントでも本当に苦しんで生み出している。こんな風にすれば子どもは喜ぶ、なんていうことだけでは作っていない。」


ピカソ名言 
『いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ。』

コバ「ブロックは壊さないと次のものが作れない」

諷虹「分子モデルなんかもね。砂浜に造形をつくるのなんてある意味で合理的なんですね。自然に壊してくれる。
ゼロとイチに還元する。食物連鎖の繰り返しも創造が破壊につながっている」

ピカソ名言
『ひらめきは、自分で呼び込めるものではない。わたしにできるのは、ひらめきを形にすることだけだ。』


コバ「これって、垣間見ですね!ピカソも心意伝承。カラッポなんだな」

虚空「器化の構えなんだよ」

ピカソ名言
『芸術は日々の生活のほこりを、魂から洗い流してくれる。』


諷虹「禊・・・あとは、垢太郎じゃないですけど、日々の生活の中で洗い流した埃や垢から生みだしている、ともいえるかもしれませんね」

⇒数日前に「鹿島神宮」に参拝。帰宅後、鹿島や香取の神々について語り合ったばかり

コバ「魂・・・あの世が出た!」 
ピカソ名言
『私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ。』

諷虹「レールガン一期にありましたね。限界を知った上でちょっと進む」

虚空「上ちゃんがいつも言っていた 分かったことはもういい、足踏みが嫌い 授業は限界を自覚させれば自然に次に進める・・・なんていうことと同じだね」

コバ「想定内をぶち壊して想定外を知る」

諷虹「想定できることは全部出し尽くした上で・・・なんていうと難波先生のこの前の話になるかな」

コバ「毎日生まれ変わりをしている・・・ピカソは」

虚空「ピカソだけじゃないんだよ」

諷虹「細胞レベルでもね・・・・はたらく細胞」

虚空「一昨日の血液検査で、血小板の数がマイナスになってて、ちょっと悲しかった。血小板の数といより、あのキャラがいなくなったちょうな感じでね・・」
免疫の話で盛り上がる・・・ここで0時ピッタリに・・・
諷虹がチェックした最後の名言が偶然にも

ピカソ名言
『明日に延ばしてもいいのは、やり残して死んでもかまわないことだけだ。』
総括・・・・コバメモをみて

諷虹『マクロコスモスからミクロコスモスで終わりましたね』
⇒諷虹「これってダンデリオンさんの書いていた文のことになりましたね」

☆「只今に生きる」② 「修理固成」「言霊信仰」

これらの話から、日本神話研究をしていた虚空父の話を紹介。キーワードは「修理固成」日々を生活を通して理(ことわり)を修めていく。そして混沌の中から真実の生き方を模索し、主体的に自分の人生を固め成していく・・・そういう生き方。

合わせて、「服装」に関する根源的な意識や、「真言」などとの関連で言葉の持つ力についても言及しています。

2019年5月11日 諷虹宅-2
虚空 今まとめている古事記の解説の方にも今日書いたんだけど・・・日常を通しての「修理固成」・・・それが宇宙とか目に見えない世界の深い真理と共振・共鳴していく感じ。

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*古事記解説文
「修理固成是多陀用幣流之國。」賜天沼矛而言依賜也。

⇒言依賜=言依さし賜ひき(ことよさしたまひき)・・・御委任なさった(岩波解説)


しかし多くの古事記訳では「委任」ではなく、「命令した」というような訳し方になっている。
この発想の違いが、個々人の主体性を尊重するのか、それとも上は(立場やエリート)下に命令できる立場・・・・下は上に服従するのが当然、というのかの違いになります。
実際にネット検索すると、「絶対命令」という発想での解釈がそれなりにあります。


ただ、父の解釈による読みでは、生活を通して見えない世界に内在している「理(ことわり)を修め」ることによって「固め成す」・・・この流動的で多様な可能性をひめた「漂える国」の段階を、本来の目的や意味を自覚した状態として昇華し、固めていってほしい・・・と依頼しているのだ・・・という事になります。


こうした解釈のちがいによる歪みは、教育界でいえば、昭和末=平成はじめの頃に「学ぶ側の関心意欲態度を尊重。主体性の重視。教師は補佐役」というように改革しようという流れがせっかくあったのに、その後の成果主義;競争原理・学力テストでの結果競争・・・等々から、教師が大人の権威をふりかざして強制的にでも得点力を叩きこむことが重視という風潮に一気に逆戻り。主体性を尊重する先生はダメ教師、ということで勤務評定にまで悪影響・・・強制的に勉強をさせてテストの結果を出させるのが素晴らしい教師ということになってしまう。


東京都の高校の先生は研修として、予備校の人気講師の授業を学ぶ、ということも行われた。
その結果、本当に学校も世の中もよくなってきているのか?????


「生活を通して主体的に生きようとする意識や構えを育てていく」というのは上原先生も極めて重視していたことです。
特に初等教育においては「絶対に日常から離れてはいけない」


その当然の帰結として授業の基本も「ありのままの言語生態をつかまえ、交通整理をする」とされています。その段階段階での精一杯を出す事ができて、それを自覚できれば、変に教え込もうと思わなくても、自然に子ども達は次の段階へ上っていけると。

それが正に「修理固成」という視点に立った教育ですし、教育に限らず様々な分野においても根元たる姿勢です。
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諷虹 ガンダムで引き金を引くって言う時に、主人公が相手の気持ちに敏感になりすぎて、甘い態度になってしまう


虚空 セーラームーンのSでもあった。セーラーサターンの復活を阻止するための外部太陽系戦士との対立。甘さが命取りになるとかならないとか。


諷虹 そういった時に躊躇できる人間だから主人公なんでしょうね。なんか 普段のほむらのように冷徹に魔女を殺す・・・みたいなのは主人公になり得ない。
でも10話の過去でほむらにも迷いや悩みがあったことが明かされて一気に主人公格になった。
ライバルキャラの立ち位置は、目的のためには躊躇もしない、だから主人公を嫌う。


虚空 甘さは捨てろ・・・っていうのは身近な感情とかを捨てろっていうことなんだよね。大事をするには小事は無視、って。

それはそのまま今の学校教育になっているよ。仮にね、興味関心を持った子がいてもね、それでテストに出ないようなことまで熱心に取り込みだすと「そんな暇があったらもっと他のことを勉強しろ」なんて叱る。

その積み重ねでどんどん学校の勉強は自分とは全く関係ないものと思わせてしまって・・・そのくせ「全くやる気がないんだから!」と叱る。アホだよね。
学校の授業がつまらなくても、本当に好きな教科とか内容とかだったら、面白がってやる子は多い・・・。自分で補完できる力。そういう力にも目覚めさせておかないとね・・・。そういう点でも聖徳の子たちはいいお手本だよ。


諷虹 勉強の内容が趣味とか遊びにもつながる、っていうようなのがないですよね。
どうでもいい事を学術的に考察する楽しさもあるじゃないですか。


虚空 そうだんだよ。かつての中高生とか学生は、そういう馬鹿話を大真面目に語り合い、議論しあった。直接対話でね。


諷虹 勉強は勉強、趣味は趣味 っていうのが住み分けられすぎてる。
あとプログラミングが好きだった人が、プログラムの仕事についた時に、休日にすきなプログラミングをしなくなるとか・・・「どうして休日にまでやらなけりゃいけないんだよ」って。趣味と仕事が切り離せなくなっている。
そういう意味ではプロの漫画家が息抜きにお絵かきをしてツイッターに落書きを投稿しているのをみるとたくましいと思いますね。


虚空 今日ガンダムをみていてさ・・・以前にも問題にしたことだけど、やっぱり今の蓄積で再検討したいのが「服」と「器」の問題・・・「モビルスーツ」って呼ばれていること。昔のさマジンガーZとかはロボットに乗り込む、だったのを「スーツ」ってね。それであの時「道具」についても話が出たと思うんだよ。人間の機能の延長としての道具とか武器っていうのが、飛び越えてしまうと人類の存続を脅かすような文明とか武器になってしまう。
「スーツ」っていうとさ、イメージ的には肉体の延長っていう感じがするけど・・・。


諷虹 仕事着とか・・・この前コナンをみていて思ったんですけど、怪盗キッドの姿。あんな姿でない方が動きやすいだろうし、目立たないと思うんですけど・・・ちゃんとその姿で出てくる。いちいち着替えて。


虚空 その服装になることで何らかのスイッチが入るんだろうね。モードが切り替わるというか「相転移」が起きる

(怪盗キッドの動画)

虚空 何か今、タキシード仮面を思い出した。


諷虹 いろいろと隠してもいるんですよね。奇術師のような。変装をといてより目立つ普通の格好になるとか。
普通の人間でも帰宅してジャージに着替えるとか・・・


虚空 みゃー姉なんかだね。でもあれでやっぱりモードが切り替わる。


諷虹 次元なんかも帽子がかわると狙撃の腕が一気に落ちるっていうのがありましたよね。


虚空 そういう場面をみて納得してしまうっていう意識のベースがやっぱりあるよね。
仮面ライダーなんかさ、改造人間だからまさに肉体の延長。特に初期のはね。旧1号なんて仮面をつけていない姿なんていうのも何度かでてきたしね。


諷虹 いつも同じ服って言うキャラ・・・


虚空 小さい頃は何の疑問も感じないで観ていたけど、ちょっと大きくなって現実思考に目覚めた時に、よく言っていたのは、例えば魔法使いサリーとかが毎日同じ服を着ていて・・・制服でもないのに。他の服は持っていないのか、って。そういうのって多いじゃない。
6期の鬼太郎でも鬼太郎とか猫娘は同じ姿。ただ準レギュラーの犬山まなちゃんは私服が変化するけど・・・
ああいうのは見ている子どもにとってはイメージの安定があるのかね。服装が違ってしまうと性格とかの印象も変わってしまうから、キャラを安定して受け止めるために服装は常に一定にしておく????


諷虹 服装ではないですが、イチローが毎朝カレーを食べる、って言うのが話題になっていましたね。年単位で同じものを食べ続ける、って。聴く曲も同じ。

いつも同じだからこそ脳は安定する、っていう発想だったようです。野球をする時は安定などないからこそ、日常では安定。同じことだからこそ脳が条件反射的にね。
考えてみれば仮面ライダーもいつも同じ所作じゃないですか。


虚空 変身ポーズをとらなくても変身できるんだけどね・・・。だいたい旧1号の時はそんなのなかったし。ベルトの風車に風圧を受けると変身。だから変身しようとしなくても変身してしまった、なんていうのもあった。


諷虹 変身時の「口上」・・・


虚空 怪傑ズバットなんか有名だよね


諷虹 毎回同じ言葉を繰り返すことで戦いのテンションにもっていく。


ネット検索 「真言」Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E8%A8%80
仏の真実の教えは、この宇宙の真理(法)や隠された秘密を明らかにするもので、本来は人間の言葉で表すことはできないが、方便として世俗の文字・言語を借りてそれに教えを盛り込み、これを観想しこれに心を統一することで、その教えに触れ得るようにしたものが、密教における真言であるとされる。空海は、真言について「真言は、不思議なものである。本尊を観想しながら唱えれば無知の闇が除かれる。わずか一字の中に千理を含む。この身のままで真理を悟ることができる。」と記している


九字護身法 Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%AD%97%E8%AD%B7%E8%BA%AB%E6%B3%95



諷虹 呪文なんかもそうですよね。リリカルマジカルとか


虚空 我々の世代だったらテクマクマヤコン とか マハリクマハリタ だね。


諷虹 まじないの言葉も・・・「くわばらくわばら」とか


虚空 祝詞なんていうのもね。やっぱり背景には「言霊信仰」があったんだろうね。その呪文とかは和語ではないけどさ。


諷虹 呪いの文


虚空 だってさ、祝い事だって呪いの一種なんだから。もともとは「祝」と「呪」は同じ「人が神前で祈りを唱える」ことだったのが、後に区別するようになったって。


諷虹 ホラー映画でも血文字で「呪い」って書いてあったらゾクッとくるものがあったじゃないですか。海外だとどうなんですかね


虚空 読めなければね・・・


諷虹 DEATHだったら・・・


虚空 日本人と同様に文字の意味以上の得体のしれない威力を感じるのか、単に血が絵の具の代わりになって書いてあるだけ、って思うのか。


諷虹 リングとかで「呪いのビデオ」


虚空 今だったら呪いのDVD


諷虹 でもやっぱりあのアナログ感。今は砂嵐とかなくなった


虚空 それだよね。ビデオは古くなると画面にノイズがたくさん入ったじゃない。だからこそ画面に不吉な風情が感じられた。


諷虹 夜中に起きたらテレビの画面が砂嵐だった・・・っていう導入も定番ですよね。一種の混沌だったのかもしれないですね。


虚空 昔、怪奇大作戦で「死を呼ぶ電波」テレビのチャンネルが勝手にガチャガチャと動き出して、っていうのが怖かった。今のテレビじゃね・・・・

☆「只今に生きる」①・・・ごく身近なことからこそ「宇宙との共振・共鳴」へつながる

例のごとくアニメを通しての話題なので未視聴の方々には分かりにくいと思いますが・・・今回の話題の中心である諷虹君紹介のガンダムも私は未視聴です。

要は、身近な物事ほど感情やイメージ運動による「波動」が起きているわけで・・・だからこそバタフライエフェクトのように様々な波と連鎖反応をしながら、最終的には宇宙の波動と響き合うのであろう・・・そいういう話です。
2019年5月11日 諷虹宅-1
(のんのんびより 3期決定のニュース)
諷虹 人間の脳ってうまくできているな、って思うのは、どうでもいいアニメや漫画はどんどん忘れていく・・・


虚空 普通の授業なんかもそだよね。小学校でも中学校でも高校でも当たり前に教わった授業なんてほとんど覚えていないから。

アニメでも映画でもね・・・前にも言ったけど、ウルトラマンの怪獣とかは幼児の時の所見でも結構覚えていた。でもね、同じような時期にみていたマグマ大使とかのはほとんど覚えていない。ゴアとか人間モドキは印象に残っているんだけど、怪獣だけは欠落してる。

もう少し大きくなってからみた、キャプテンウルトラの怪獣もね。バンデル星人っていうキノコみたいな宇宙人だけは強烈に残っているけど、怪獣はね。ちょっと前に東映チャンネルで再放送をしていたけど、「ああこんな怪獣いた」って覚えていたのが一匹もいなかった。
この違いって何だろうね・・・円谷プロのは覚えているのにね。
ただ、不思議と円谷プロのでも「帰ってきたウルトラマン」以降は記憶残存率が格段に落ちる。


諷虹 小学校に観ていたのって、確固たる意志があってみていたんじゃないんですよね。何となく観ていた。漫画とかもね。今は絶対できないですけど、表紙の感じで5巻から買うとか・・・一冊だけ買うなんて平気でやっていて・・・
ニュートラルな感じと言うか・・・その作品にはまろうと思って読んでいるんじゃない


虚空 暇つぶし?


諷虹 暇つぶしでもないんですけど・・・直感ですよね。今よりも直感で生きているような気がしますね。今はネットの評判とか、作者の後継作品とか、そういうことばっかりで・・・。


虚空 作品のコアと触れ合ってない感覚?


諷虹 むしろ、そういう意味では作者の意図とかそういうのは読まずに、映像とか話の展開だけで観ている。
たまに観ていた日曜朝のアニメも50話くらいから観ていても、1話とかは気にしなかった。それだけ自然に受け入れていたのかな?どうしてこうなっているんだろう、って一話からの流れが気にならない。


虚空 日常の生活感情で受けれいていたのかね。普段たとえば誰かと出会って友人関係を結んでも相手の生い立ちをいちいち確認しなくたって仲良くなれる、みたいな。
「只今」の感覚・・・「旬」


諷虹 過去も未来もないんですね、多分。
ただ、最終回は嫌だったというのはありましたね。もう続きはないんだ、っていう感覚は。


虚空 確かにさ、今よりもずっと最終回は最終回、っていう作りだったからね。二期決定、なんていう前提はなくてさ。だいたい今のアニメって、全然最終回っぽい終わり方をしないのが多すぎる。また来週あるかのような中途半端なところでいきなり最終回になって・・・。とあるシリーズみたいに、7年近くなって続きが放送されたとか。当時観ていた人間なんてアニメは卒業していてもおかしくないし・・・だいたい忘れているよ。


諷虹 右脳で感じる・・・最近よくある徹夜あけに、今までの前提知識も何もなく、今の感覚だけで受け止めている。幼少期ってそうですよね。モノを知らないから。


虚空 先入観がない、っていうのは大きな武器にもなる。ある程度の段階になったら、昨日のベクトルの話のように、様々な視点を添加した上で、新たな見方を獲得して重ね合わせていくことが大事になっていくけどね。


諷虹 一球入魂・・・コトブキ(飛行隊)でもありましたよね。「一機入魂」
入魂っていう割には考えるっていうのとは違う


虚空 考えるのは思考だからね


諷虹 星飛雄馬とかだって投げるまではあれこれ考えてるけど、投げる瞬間は何も考えなくなる。「馬鹿になれ」っていうあの感じなんでしょうね。


虚空 授業の指導案だってそうだよ。事前には綿密に考えるけど、いざ授業が始まったら、いい意味で忘れる。それを指導案通りに進めようとしてしまうと、どんどん子どもが視えなくなってくるし、子どもの方が先生の心情読解をして発言するようになってしまうから。
心に残るっていうのは、ある意味で「共振・共鳴」が起きているわけだよね。幼くてもさ。


諷虹 残響し続ける。


虚空 それは大事だよね。だから授業でもさ、その授業の時間ですべてが完結したらつまらない。その授業できちんとまとめられなくてもね、その時に何か意識にひっかかったことが、大人になっても残り続けていて、人生の節目節目に新たな発見があるのが、本当に「思考・感情・イメージ・用具言語」そして「構え」に響き合った授業・・・それは一生続いているといえるから。

自分にとってはさ、例えば学生の時に触れた上原先生の「犠牲論」とか「恨み論」とか「移りと成る」なんていうのは、今でもずっとくすぶっている。

去年の公開授業の「宇宙との共振・共鳴」だって、駿煌会の中ではずっと続いているもんね。手をかえ品をかえ発展中。


諷虹 宇宙との共振・共鳴っていうことでガンダムの逆襲のシャーの話ってしましたっけ?


虚空 していないと思う


諷虹 この言葉を聴いたら、ガンダムを知っている人なら大半はこのシリーズを思いうかべると思うんですよね。(劇場版、公開から30年ほどたっている)
(動画視聴)
虚空 今一つよく分からなかったんだけど・・・単に小惑星の落下を阻止しようとして、味方だけじゃなくて敵も手を貸してくれる・・・っていうだけだったら「足し算」だよね。「共振・共鳴」っていうのは、やっぱりかけ算・・・累乗的な方のね・・・その増幅作用がどうなっていたのか???


(解説文)
https://eiga-watch.com/mobile-suit-gundam-chars-counterattack/
分裂したアクシズの片割れが地球に向けて落下を始めたのです。アムロはシャアを捕らえたまま「νガンダムは伊達じゃない」と単身でアクシズをくい止めにかかります。ナナイはシャアの命が尽きようとしていると嘆き崩れ落ちます。

やがてアクシズにはアムロに加勢しようと連邦軍のモビルスーツ部隊が駆け付け、さらにはネオ・ジオン軍までもがアクシズを止めようと大挙して必死の攻防に加わります。

この人々の想いがやがてνカンダムのサイコフレームに共鳴し、ガンダムは光を放ち始めます。アムロとシャアは積年の応酬を繰り広げます。シャアはサイコフレームの技術は実はアムロとの決着を着けるために自らわざと横流ししたと明かすと、人類は地球に殯罪しなければならないと語り、アムロは人類には絶望はしていないと返します。

そして、アクシズは光に包まれ、奇跡的に地球への落下コースから離れていきます。ブライトらはただ見守るのみでした。アムロとシャアはそのまま生死不明となり、チェーンの遺したサイコフレームのパーツは緑の光を放ったまま地球上を旋回するのみでした。

⇒「サイコフレーム」Wiki
サイコミュの基本機能。パイロットの感応波だけでなく周囲の人間の感応波も受信し、パイロットにフィードバックすることで反応速度を向上させた。サイコフレームでは従来のサイコミュより受信許容量や速度が大きく向上し、機器の安定性も高まった。感応度の向上などニュータイプの脳波の増幅・送受信機としての機能が想定されていたが、微弱なオールドタイプの脳波も送受する作用が存在し、感知能力を先鋭化させたり、遠く離れた人に意思を伝えたり、人の意思が集中する接点となる現象が起きている。

稼働状態のサイコ・フレームは発光する、それは「人の意思」が集中し稼働率が高まるほど強い光を発する。

このサイコ・フレームが発する光の正体は、感応波のオーバーロード。つまりユニコーンガンダムのサイコ・フレームは(当初の仕様にはなかった特性であるが)、パイロットであるバナージ・リンクスをエネルギー源として集積された感応波を光に変え、最終的には物理エネルギーに転換する装置でもあると、アナハイム社のアーロン・テルジェフがユニコーンガンダムのデストロイ・モード発動時のデータを再検証することで解明した[26]。 


この現象の詳細を段階に分けて「第一段階では、サイコフレームが発動状態になると、人間の意思をエネルギーに転化する。第二段階では、サイコフレームの中に生きた人間が丸ごと入ってそれを己の肉体とすると、我々が住んでいるレベルの次元とは違う力を引き出せてしまうらしい」と解説している[27]。 


諷虹 最後の緑色の光が「サイコフィールド」・・・「場」になるわけですよね。物理学とかでいう


ピクシブ百科 

サイコフレームと生命の意志が作り出す力場である。・・・サイコ・フィールド発現時のパイロットは「怒り」、「衝動」、「悲しみ」及び「生命の危機」など何か精神や感情を強く突き動かされる状況がほとんどを占めている。

小惑星アクシズ落下を止めようと・・・・・本事象で発生したサイコ・フィールドはエネルギーにして1.4×10の22乗J(ジュール)(メガトン級水爆(核融合爆発)の300万倍、コロニーレーザー照射エネルギーの200万日分相当)を相殺し、加えてアクシズを地球の引力圏から引き離すという天文学的な数値に達しており、他の現象とは比べ物にならない人類史上最大の規模であった。



虚空 その共振・共鳴が具体的に発動した瞬間って何かセリフなかったっけ?
アムロ「しかし爆走している機体だってある!・・だめだ!摩擦熱とオーバーロードで自爆するだけだぞ!!もういいんだ!みんなやめろ!」

シャア「結局、御遅かれ早かれこんな悲しみだけが広がって地球を押しつぶすのだ。ならば人類は自分の手で自分を裁いて、自然に対し地球に対して贖罪しなければならん。アムロ、なんでこれがわからん!」

アムロ「離れろ!ガンダムの力は!」

シャア「こ、これはサイコフレームの共振?人の意思が集中しすぎて、オーバーロードしているのか?なのに恐怖は感じない?むしろ暖かくて安心を感じるとは・・・!」

アムロ「くっなんにもできないで・・・」

シャア「そうか。しかしこの暖かさをもった人間が地球さえ破壊するんだ。それを解るんだよ!アムロ!」

アムロ「わかっているよ!だから!世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろ!!」

シャア「フン!そういう男にしてはクェスに冷たかったな!えっ!」

アムロ「俺はマシンじゃない!クェスの父親代わりなどできない!・・だからか・・貴様はクェスをマシンとして扱って・・!!」

シャア「そうか・・クェスは父親を求めていたのか・・。それで、それを私は迷惑に感じてクェスをマシンにしたんだな・・?!」

アムロ「貴様ほどの男が・・・なんて器量の小さい!」

シャア「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!そのララァを殺したおまえに言えたことかっ!!」

アムロ「お母さん・・?ララァが・・?うわぁっ!」

レウルーラクルー「アクシズが地球から離れていきます!」「そんな馬鹿なっ!?」


虚空 あのさ、そのものすごいエネルギーをっていう場面でのやりとりの中身が「あたたかさ」・・・人間のぬくもり?・・・とか「父親」「母親」とか・・・殺す云々という話はあっても、そういう身近なことじゃない。
さっきピクシブ百科に書いてあった

「パイロットは「怒り」、「衝動」、「悲しみ」及び「生命の危機」など何か精神や感情を強く突き動かされる状況がほとんどを占めている。
っていう文・・・

身近なことじゃなければ、人間って感情が激しく動かないよね・・・普通は。身近な感情がゆさぶられるような事柄だからこそ、増幅のための「共振・共鳴」へのスイッチになる、っていう事????

まどマギのさやかだって魔女化していくプロセスの感情は中学生の女の子としては当たり前の感情。円環の理になっていく時のまどかだって、そんな大それた存在に自分がなって、なんていうことまでは考えていないでさ、とにかく「ほむらちゃんを」っていいう気持ちがほとんどだったわけだろ?

だとするとね、あの公開授業で子ども達に言ったことだけど、身近な話題のやりとりから始まって、いつの間にか宇宙との共鳴に関連するような話にまで発展した・・・そんなことと通じるのかな、って。

和歌でも俳句でもね、身近なハッとするような事柄を「只今」の感覚でつかまえることから、普遍的なものへと連なっていく。超ミクロから超マクロへと飛躍できる力とかね・・・。

理論物理学者なんていうのは、机上とか黒板で展開していった「数式」がスイッチになって、壮大な宇宙開闢の物語を紡いでいっているんだもんね。それこそ普通だったら人類の想定をはるかに超越するようなシナリオ。

中学生や高校生なんか特にそうだけど・・・学校で学ぶ知識とかが、そういったスイッチとして働くような支援こそが教師の役目。

☆ダンデリオンツイッター 「令和」は「霊和」より⑥ 「混沌」に内在する「理(ことわり)」

たまたまこのやりとりの前に、駿煌会でもたびたび登場する「混沌」(カオス)という言葉の根源を漢字の成り立ちから調べていました。

そうすると、日本人古来の発想のエッセンスである日本神話(古事記)冒頭の意味がより明確になってきました。

そしてそれは「神話」という言葉を使わないならば、上原輝男先生が追求しつづけていた「心意伝承」「先験的イメージ」等々のことになります。

後半は諷虹君が「混沌」との関連で
「這いよれ!ニャル子さん」というアニメを紹介してくれて、そこからの考察です。


ちなみに、先ほど(5月12日)からコバルトブルー君が「混沌」がらみでラインに書き込んでいて、やりとりが継続中です。そのやりとりのキリのいい部分までも、今回の記事の最後に載せました。





2019年5月10日 諷虹宅-4
虚空 あのさ、そもそも今日、オヤジの古事記解説をまとめ始めたきっかけっていうのは「混沌」っていう言葉の元々の意味は何だろう、ってフト思ったことからだった。

教室でいろんな意見が自由に出たら収拾がつかなくなるから、という理由で自由な発言をさせないで期待通りの意見しかでないように、誘導したり、見えない枠をかぶせる教師が多いんだけど、その根底には「自由な発言」は教室に「混沌」の状態をもたらす・・・それは何も建設的なものを生みださない・・・そんな大前提があると思うんだよね。

でもさ、混沌っていうのを丁寧に漢和辞典とかで調べてみたらね、そうじゃなかった。
混沌についてラインにちょっと書いたから「混沌」っていう言葉をさっき出したわけじゃないよね


諷虹 紅白梅図屏風の真ん中をみてです。


虚空 電子辞書の学研 漢字源で調べたことが一番分かりやすいんだけどさ・・・


電子辞書 学研「漢字源」より
「混沌」
意味 ①天地開闢の初め、天地のまだ分かれなかった状態。 ②万物の区別、なりゆきのはっきりしないさま。 
(別)万物が形をなさず、もやもやとしたさま。宇宙・万物のはじめの状態をいう。


「混」
解字 会意兼形声。「水+(音符)昆(コン)(まるくまとまる)


「昆」
意味 ①(名)あに。なかま。もと、なかまのこと。転じて、なかまをなす兄弟を昆といい、後に、特に兄をさす。  ②(名)なかま。むれ。まるく集まったなかま ?その代表的なものはこん虫である。

解字 会意。「日+比(ならぶ)」。「日+人三人」は衆の字で、昆もまた多くの者が日光のもとに並んだことを示す。
「比」
解字 会意。人が二人くっついてならんだことを示すもの。

「沌」
解字・・・会意兼形声。「水+(音符)屯(トン)(ずっしり)」。

「屯」
意味 ①(動)下につかえて出来らない。行き悩む。

 ②(名)周易の六十四卦(カ)の一つ。振下坎上(シンンカカンショウ)に形で、下に陽気がこもって出悩むさまを示す。

  ①(動)たむろする。ずっしりとむらがる。集まる。また、兵を集めてとどまる。「駐屯」「屯田」  

②(名)人が集まった村落。

解字 会意。「- + 屮(草の芽)」または「屮 + 印」で、ずっしりと生気をこめて地上に芽を出そうとして、出悩むさま。-印は地面を、印はこもる意を示す。
      *春の字はもと「日+屯」と書き、生気の下にこもる季節のこと。




虚空 これらをまとめて考えるとね、いろいろな考えが同居している中から、何かが上に出てこようとする状態・・・単に無秩序なゴチャゴチャじゃなくて・・・まだ目に見える形にはなっていないし、人知ではキャッチできていないけど、何か大事なことが内在されている・・・孕んでいる・・・で、それが生まれ出ようとしている寸前の状態。だから天地開闢の時にも使われる。

でさ、インフレーション宇宙論でもね、真空の中のゆらぎから物質・反物質が生まれて、その中での自発的対称性の破れから宇宙が誕生した、っていうのもね、あるいは素粒子が生まれたというのもね、それが単にバラバラで無秩序だったら、原子にもならないし、星も生まれない。

そういった混沌から物質が生まれてくるというある種の秩序が「理」(ことわり)として内在されていたから宇宙誕生の方向に動いたんだと思うんだよね。全くのたまたま宇宙になりました、っていう純粋に確率的なことではなくてね。


それこそ無意識とコンタクトをとっての、生活を通して、感覚を通しての多種多様な発言を重ね合わせていった時に、人知を超えて内在している「何か」が生まれ出でようとしてくる・・・それが本当の混沌の意義だし、言語生態の授業の神髄のような気がしてる。

諷虹 この漢字の解説を読んでいて「どっちも水に関係するんだな」とか「日光」で「日のもと」とか・・・。それでまだ地上に芽を出していないというのは影ですよね。

それでフト アニメ 「這いよれ!ニャル子さん」のキーワードである「這いよれ 混沌」っていうのを思い出したんですよ。

このアニメの元ネタの元ネタが「ナイアーラトテップ」っていって、これが「ニャルタトホテプ」とかになって、これがアニメで使われているわけですけど・・・外見は分からない、見る人によって違う姿


ネット解説
初出はハワード・フィリップス・ラヴクラフトの短編小説『ナイアルラトホテップ(1920年)』。この小説でナイアーラトテップは古代エジプトのファラオのような「背の高い浅黒い男」と表現されている[1]。

「クトゥルフ神話」体系におけるナイアーラトテップは旧支配者の一柱にして、アザトースを筆頭とする外なる神に使役されるメッセンジャーでありながら、自身の主で旧支配者中、最強のアザトースと同等の力を有する土の精であり、人間はもとより他の旧支配者達をもさげすんでいる。


顔がない故に千もの異なる顕現を持ち、特定の眷属を持たず、狂気と混乱をもたらすために自ら暗躍する。彼が与える様々な魔術や秘法、機械などを受け取った人間は大概自滅している。天敵であり唯一恐れるものは火の精と位置づけられる旧支配者クトゥグアのみ。また旧神ノーデンスとも対立している。


旧支配者の中で唯一幽閉を免れ、他の旧支配者と違い自ら人間と接触するなど、クトゥルフ神話において特異な地位を占める神性(神格)であり、クトゥルフ神話におけるトリックスターとも言える。アザトースの息子と言われ、妻は、大鹿の女神イホウンデー、従姉妹に[2]影の女悪魔と呼ばれる女神マイノグーラがいる。また配下にシャンタク鳥と忌まわしき狩人が存在する[3]。さらにドリームランドで地球の下級の神々を保護する一団「異形の神」の一柱として活躍する[4]。
・・・



諷虹 で、これが女体化というか擬人化したのが「ニャル子さん」。


主題歌を聴く


諷虹 この曲名が「太陽とカオス」


虚空 カオスが「混沌」だとすると、日の下で芽生えを待つっていうさっきのイメージになるわけね。


ネットでの解説文
曲は、ドイツのグループ・Genghis Khan(ジンギスカン)の楽曲である「Dschinghis Khan(ジンギスカン)」をイメージして作られている[3]。阿澄曰く「邪神感を味わえるカオスな感じの楽曲」で[4]、中毒性があるという[5]。また、松来によれば歌詞はクトゥルー神話的な内容になっているとのこと[5]。

hotexpressの平賀哲雄は、「展開は激しいのだが、その声が脱力系なもんだから、ふわふわした心地のままはしゃげる新型パーティーチューンだ。」と評した[6]。


太陽曰く燃えよカオス 
アニメ:這いよれ!ニャル子さん
 Singer 阿澄佳奈 【ニャル子】 松来未祐 【クー子】 大坪由佳 【珠緒】 
我々!(うー!)寄れ依れ!(にゃー!) 世界はDark!(こずみっく! 


(うー!にゃー!うー!にゃー!うー!にゃー!レッツにゃー!) 
心ぬるぬる異形の神々 私もあなたも怖がりの物ずき 
形むるむる異教徒逃げれば 私とあなたは炎天下でおデート 
た の し い ね 焼けるぞ溶けるぞ (生き物じゃなーい) 
骸(むくろ)ひやひや其れでも好きです 私がいちばん欲しいのは内緒よ 
姿ぱやぱや其れでは行きましょ 私にいちばん似合うかな不条理 
鏡には(だん だん 誰なの?) うつらない(誰なんだ?やだやだ) 

欲望は言葉にしなくちゃ(うー!) ほら(にゃー!)、消えちゃうでしょう?(レッツにゃー!) 
太陽なんか眩しくって 闇のほうが無限です(どきどき) 
太陽ばっか眩しくって 闇のほうがす・て・き(にゃんだ??) 
CAOS(けいおす)CAOS I wanna CAOS 燃えよ混沌 無敵です(わくわく) 
CAOS CAOS una sera CAOS 燃えるようなき・も・ち(にゃんで??) 
我々!(うー!)遣れ破れ!(にゃー!) 世界はDark!(こずみっく!) 
(うー!にゃー!うー!にゃー!うー!にゃー!レッツにゃー!) 

枕ぽかぽか無貌(むぼう)の神々 私とあなたと目的は違うの 
絆むかむか無理矢理されがち 私があなたを守るけどおピンチ 
お か し い な 逃げるぞ呻くぞ (狙われてるーぅ) 
帳(とばり)おりおり此所まで来ました 私はだまって敵たちを蹴散らす 
焔(ほむら)めらめら此所では駄目です 私にだまってスカウトはしないで 
望むなら(ぜん ぜん 全滅!) しましょうね(敵なんだ?やれやれ) 

願わくば跡形もなくね(うー!) あら(にゃー!)、要らないでしょう?(レッツにゃー!) 
現在なんと危険だった 光りもんを下さい(ぴかぴか) 
現在なんと危険だった 光りもんでし・げ・き(にゃるビーム?) 

MADNESS MADNESS You wanna MADNESS 呼べば冒涜 過激です(ぞくぞく) 
MADNESS MADNESS ennui MADNESS 呼べばきっとお・し・まい(にゃんです!)
 這いよる!(うー!)混沌!(にゃー!) ニャルラトホ!(てっぷー!) 
(うー!にゃー!うー!にゃー!うー!にゃー! うー!にゃー!うー!にゃー!うー!にゃー! うー!にゃー!レッツにゃー!) 

太陽なんか眩しくって 闇のほうが無限です(どきどき) 
太陽ばっか眩しくって 闇のほうがす・て・き(にゃんだ??) 
CAOS(けいおす)CAOS I wanna CAOS 燃えよ混沌 無敵です(わくわく) 
CAOS CAOS una sera CAOS 燃えるようなき・も・ち(にゃんで??) 
這いよる!(うー!)混沌!(にゃー!) ニャルラトホ!(てっぷー!)


諷虹 「闇の方が」・・・


虚空 やっぱり「器」の感覚っていったら「闇」の方だよね。
太陽って大事な存在だけど、もう動かしがたいっていうイメージ。

以前ちょっと思ったんだけど、「内部太陽系戦士」とか「外部太陽系戦士」とかが登場した「セーラームーン」で一番大きな力をもっていたのは「月の化身であるセーラームーン」だけど・・・最終的には「セーラーコスモス」なんていうようになっていく。

でもさ、あの物語に「太陽の戦士」は出てこないんだよね。「セーラーサン」なんて。そこが面白いと思うんだよ。でもさ、幼い子でも月の女王っていう設定を素直に受け入れる・・・あのセーラームーンのOPだって好きだもんね。
あれがギラギラと輝く太陽だったら、風情も何も感じないかも・・・・


*「ナイアーラトテップ」の設定についての解説文の一部
ラヴクラフトがその作品や作家仲間への手紙の中で書いた内容は、以下の通りである。
この宇宙の中心、正常な物理法則が通用しない混沌とした世界には、絶対的な力をもった存在アザトース(Azatoth)が存在し、その従者の吹き鳴らすフルートに合わせて絶えず不定形な巨体を蠢かしているとされる。

アザトースはとてつもなく巨大で絶対の力をもった存在だが、盲目で白痴なので、自らの分身として三つのものを生んだ。闇からシュブ=ニグラス、無名の霧からヨグ=ソトースそして使者たる這いよる混沌ナイアーラトテップである。ナイアーラトテップは、自らの主人であり創造主であるアザトースら異形の神々に仕え、知性をもたない主人の代行者としてその意思を具現化するべくあらゆる時空に出没する。
(0時半頃終了)



☆5月11日以降 駿煌会ラインやりとりから

00:07 虚空
まだ諷虹君宅にいます。今回のダンデリオンツイッター記事をベクトルの観点から探求したり、「混沌」(カオス)について深めたり・・・そろそろ疲れたのでお開きですが・・・


07:27虚空
ゆうべのやりとりを踏まえて、先ほど別サイトに書いた文です。

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昨日、午後になってフト漢和辞典で「混沌」の意味を漢字の成り立ちから調べてみました。カオスという言い方もしますが、あれが単にグチャグチャドロドロの混ぜこぜの状態を指すのかどうか・・・。結論からいうと「沌」の文字に大事なポイントがあることが分かりました。
良き方向への芽吹きに向けてということが内在されている・・・目に見える形にはなっていないけれど、確かにそこには良き可能性を孕んでいる・・・だから「宇宙開闢の状態」という意味もあるようです。ただのグチャグチャな状態というだけでは、それがこの宇宙とかそこに存在するあらゆる事柄が成っていくことはほとんど不可能ですから。
そして日本人はこの目に見える世界は実相の影、投影の世界としてきました。そこが上原先生の説く「犠牲論」や「恨み論」の背景にある大事な発想。真に高い世界に昇華されていくためにどうしても不可欠なのが「混沌状態」=「黄泉の国の通過」というようになるようです。
さて、この数十年、例の人物たちによって私の日々は滅茶苦茶にされ続けていて、今のところ絶望的なことばかりしか思いうかべられない状態なのですが・・・それが「混沌」と言えるのかどうか???
仮に良き方向への可能性を孕んでいたとしても、そうした昇華が起きるのは、あちらの世界に旅立ってから???
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2019.05.12 日曜日
11:50 コバルト
料理(りょうり)と冥利(みょうり)でしょうか?

こじつけに近いかな?と最初思いましたが、過程の混沌たる部分では(美味しくなれ!みたいな)重要な場面は孕んでいますから。
冥利
みょうり
冥加利益の意。神仏によって知らず知らずに与えられる利益のこと。


11:52 虚空
これも興味深い着眼点ですね。

11:53 コバルト
 冥利(みょうり)が悪・い
神仏の加護を受けられない。
また、ありがたすぎて、ばちがあたる。



11:55 虚空
あの2年のクラスの時にやった「坊主めくり大会」でのことが思い出されます。「ついている」と「ついていない」の逆転現象等々・・・



12:30 コバルト
そうですね。
そういう目には見えない部分があるんですね。
そしてそれは人間がどんなにがんばっても最終的な主導権は「運」(ついてる、ついてない)がすべてを決めてしまうんですね。
どんな状況もひっくり返してさえしまえる「運」。
そして運の感じ方は簡単で「幸せ」だな。幸福感(あたたかさ)に包まれているなら、そこには「運」がいる証なんですね。
また欲望(金)に包まれる安心感とは違うんですね。
たとえば札束の風呂に入っても本物の幸福感には包まれないように。
その違いをボウズめくりで実体験した訳ですね。

成功(連勝)を積みすぎると成功と失敗の重み(質量)が増していってしまい、どんどん手放したくない存在になってしまう、そして決勝戦の負けた側(Y君)の全てを失って崩れ落ちていく姿は今でも記憶に残っている授業でした。



12:35 虚空
運を引き寄せよう・・・ましてやお賽銭の金額で神様を思い通りに操作しよう・・・なんていうのは本当に浅ましい考えですよね。
誠意を尽くしてその時、その時を生き切る・・・そうしたら自然に本当の神様と波長が合っていくんでしょう。

ズルい人間が一見上手くいっているように見えることがあるのは、低級霊にからわわれている場合もあるっていうからね。

さんざズルしていい思いをした、という絶頂になっていきなり突き落とす。その落差を楽しむ。
よく諷虹君との間では話題にしたのですが Fate/Zero の中にあった「絶望には鮮度がある」というとんでもないシーン(決して観ても幸せな気持ちになどなれない悲惨なシーンです)などが思い起こされます。


12:44 コバルト
絶望を料理して味わった訳ですね。



12:46 虚空
そういうことです・・・本当に味わったから・・・(魔物に少年が喰われてしまう)