忍者ブログ

☆2019,01,19 諷虹宅 ヒマワリフクロウ・虚空⑥ 「構えの変革 ②」残響・・・アニメ「琴浦さん」から

(虚空・諷虹の二人による 琴浦さん 紹介がしばらく続く)
*気に入ったアニメ、思い入れの強いアニメほど、脳内変換が起こりやすい・・・久しぶりにみたときに「あれ?こうだったっけ」ということがある、等々の話
諷虹 自分の中だけで何回も脳内再生しているうちに改変されている、というのが結構ありますね。お気に入りのシーンでも自分で補正しちゃってる。自分好みの間にしちゃっているとか。
虚空 それがまさにさっきの上原先生の「どんな言葉が残って、どんな言葉が入っているかという、言葉を忘れる事についての研究も大切なんです。」っていいうのとつながってくるんじゃないのかな。どういう風にそのアニメを心におさめているか、っていうところで。だから同じアニメをみても虚空と諷虹でのおさめかたは違うし、たまに観返した時の振り返り方だって違う。そのずれが時間がたてばたつほど脳内補正・脳内変換によってどんどん拡大していくわけだよね。
だからここでは同じアニメの話題を何度も蒸し返すけど、それはお互いの納め方がどういう方向でどう進んでいるのかを確認しあいながら、新たな視点を添加しあっているともいえる。
ヒマワリ アニメ名言集( https://twitter.com/animeno_kotoba?lang=ja ) に対しての言葉も(虚空が)この前ブログにあげていたけれども、( http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/160/ )あれもいい言葉ばっかりだったもんね。
*ここで諷虹がネット検索して画面にあるサイトを出す。
虚空 何それ?
諷虹 「残響」その言葉はもう発せられていないけど、自分の中ではズーッと鳴り響いているというような。
→ https://kotobank.jp/word/%E6%AE%8B%E9%9F%BF-70515
虚空 さっきから出ている琴浦さんなんだけどさ・・・それだったんだな、って今思ったことがあって・・・。
あのエンディング。あの歌とさ、琴浦さんの過去の辛い時代の姿から真鍋たちに出合ってからの日々の流れ・・・毎回話が一区切りついてあれが流れ出す・・・。話としては一話一話一区切りにはなっていても、あのエンディングが始まるとグッときてしまうものがあるんだけど・・・それはこの「残響」の確認のようなことを自分の心がしていたんだな、って。それは「琴浦さん」であって、品等は自分自身の過去からこの年までの振り返りそのものが凝縮っされて鳴り響いていたんだな、って。
こんな夜中に観るのもなんなんだけど・・・ちょっとこれ・・・。
(琴浦さん 第一話を視聴)

エンディング 「希望の花」
何かに蹟(つまづ)いたらどうやって立ち直るの?
考えすぎないことさ  うわの空で聞いていた
ちぎれた過去には1つも嘘なんてなかったけど
これから想う未来に真実はあるの?
生まれてきた時は誰もが一人だよ だからこそ
一緒に生きていこうとするね
あの日アナタに教えられた生きる強さや意味をこの胸に強
くにぎりしめ
いつか全てのことにちゃんと希望の花が咲くようにこの場
所から始めよう
ヒマワリ なるほどね・・・
諷虹 やっぱり・・・黒いものはながれるという・・パリンと。とある魔術のアイキャッチもそうじゃないですか。割れる。
虚空 視覚的だよね。真鍋君がでてきたあそこで世界が転換した、っていうのが視覚的にわかる。この前から諷虹君がずっと「色づく世界の明日から」でこだわっていた「モノクロ世界」の問題。
諷虹 改めて思ったのは途中でオープニングをはさむセンスですよね。久しぶりに観返して、ああここにはさんであったんだって。
虚空 この第一話からしても幼いころからのエピソードから真鍋との出会いによって世界が転換した・・・その内容すべてが凝縮されたようなあのエンディングを見ている時に、ずっと残響として響き続ける。観終わったあとにあのコミカルな予告編がはいっても、やっぱり余韻としては深いものが心の中で響き続けている・・・そんな感じを自分では受けるから。
中学生とはずっと「共鳴」っていうことと「構えの変革」をつなげて話していたわけだけど・・・・
(というところで、諷虹がネット検索で PHANTOM MINDS ・・・劇場版 魔法少女リリカルなのは テーマソング 水樹奈々・・・を出して流し始める)
歌詞 http://www.kasi-time.com/item-46005.html
プロモーションビデオの動画 https://www.youtube.com/watch?v=fiSLlg6rFtM
諷虹 これのサビの部分なんですけど・・・(視聴)
虚空 フェイトと近いところがあるからね、琴浦さんには。
(両者の比較についての話)
虚空 自分だってさ、何度も言うけどかあちゃんに小さいころから同い年のいとこや、同級生たちと常に比べられて・・・自分は体も弱いし成績もよくないし、運動もできないし、ともだちもいないし、各種コンクールで賞をとってもいないし・・・いとこは真逆だったからさ・・・だからいつも「なんであんたは!」って怒られて・・・挙句のはてに「あんたは失敗作」なんてこと言われたから、今でもそれには押しつぶされた感じになっているよ。
学校にも居場所がない・・・まあ琴浦さんのようなあんな感じだったよ。それで学校から帰ってきても独りで家の中ですごしていたからね。
だからフェイトにしても琴浦さんにしても、他人ごとじゃないんだよ、観ていても・・・
諷虹 はばたいていく って「羽撃いていく」って書くんですね。(ネット上の辞書を調べる)ああ、こういう字で書くこともあるんですね。
PR

☆2019,01,19 諷虹宅 ヒマワリフクロウ・虚空⑤ 「生態研究としての授業」

(児言態50周年をふりかえり・・・)
諷虹 (自分の教育実習で)指導案をつくるのもけっこう苦戦したんで・・・ここでこういうセリフを言おうとかを考え過ぎちゃう。この言い方ではダメかな、とかを延々と計算した挙句に指導案通りにはしゃべんない、みたいな。だから指導案を作っている時間って何なんだろうな、ってズーッとね。だからもう形だけでいいのかな、とか。
ヒマワリ そうだね・・・・・・
諷虹 授業中に「アッこれ言おう」とか言っちゃったりすると指導案がガタガタになっちゃう
虚空 指導案通りにいくわけないんだから、と思っていた方がいいんだよ。むしろ「指導案通りにバッチリいきました」なんて教師が胸をはっているようじゃ、よほど子供らをコントロールして誘導したとか、日頃から先生の意図をくみとって発言する子ばかりを優遇して、子ども達に合わせて頂いているか・・・。

だから上原先生が本時の展開よりも「単元設定」っていうのをうるさく言っていたのは、どういったことで生態を探るのかというポイントをしっかりと教師が自覚しておけば、思わぬ方向に子どもたちが流れても臨機応変に対応できる、っていうことだったと思うから。
ヒマワリ そういうことなんだ
諷虹 始点と終点だけをはっきりとさせておけばということですよね。途中のベクトルを定めなければ自分で好きな経路をたどっていける。
虚空 その場合の終点っていうのも、数学だとかの定義なんかの授業は別として、生態研究の授業では決して内容の中身そのものであるような「こういう考えをするようになってもらう」ではないからね。こういうことに関してのありのままを出していってほしい、という方向性という意味での終点だから。
だからそれがはっきりしていれば途中の発問とかは臨機応変に変更できる。

単元設定の理由っていうのは「この授業はこれをみようとしているんだ」っていう決意表明だからね。
準備していた授業の流し方よりも、そっちの方がより生態が浮き彫りになりそうだったら、そっちに変更した方がいいんだもの。子どもの成長が大事なんであって、教師が「素晴らしい指導案ですね」って周りに評価されるのなんてどうでもいいっていてばどうでもいいことなんだから。
子ども達との響き合いで一緒に授業を作っていている、という世界になる。
諷虹 到達点がもっと奥までずれる、っていうこともありますよね。
虚空 そういうことならそうなった方がいいんだよ。実際にさっきの中学生とのやりとりだって、今日は「構え」をテーマにして「琴浦さん」の第二話を題材にしようとしていたんだけど、自分の中では「構え」ってだいたいどういったことで、「それぞれの構えをつかまえてみようとする」というあたりの方向性というように思ってた。でもやっているうちに「もっと行けそう」って感じたから飛ばし飛ばしではあったけど、第四話まで使って「構えの変革」の方にまで突き進めたからね。

☆2019,01,19 諷虹宅 ヒマワリフクロウ・虚空④ 「上原先生の言葉から・・・教育者を目指す覚悟・母国語と人間性②」

虚空 詳しく言葉にできればできるほど本質に近づけることができる、っていう幻想に現代人は囚われすぎているんだろうね。
今、上原語録の中にこんなのがあったのを見つけたんだけど・・・
*上原語録より
「言葉を沢山持っている」で「持っているから言える」というのと「持ち過ぎていて言えない」というのがあるんです。
 素晴らしいのはスッと言いたい言葉が出てくることですよ。国語学者が幸せですか?いちいち自分の辞書を思い起こさなければならないんですよ。これが自然な状態ですか?

 伸び伸びした子っていうのは、辞書めくりをしなくてもパッと言葉が出る子ですよ。その言葉以外はみつからない、というような言葉がパッと出る子ですよ。 辞書を使わない子の方が幸せなんじゃないですか? 
虚空 これを読んでヒマワリフクロウさんのことを思いうかべた。
さっきのあなたのツイッターの文章とかね。あるいは「のんのんびより」の感想文とか。ああいうのがスッと出てくる。
しかもね、どう書けば読み手に対して効果的か、なんていう計算はしていないでしょ。辞書的に言葉を処理していないで。
そんな風にさ、それぞれが違った文体になるでしょ。コバルトブルー君だったら情熱的というかさ、熱のこもった文体。
諷虹君は諷虹君、ソルティさんはソルティさん。虚空は虚空。
諷虹 自分の場合は熱量を三段階くらいに落として書くんですよね。
虚空 でもこの前のインフルエンザの時に書いたアニメ感想文は熱量があったじゃない。
諷虹 あれはあんまり落としませんでしたね。でも普通は控えめにというか一旦書いたのを消して、さらに落として・・・それで滅茶滅茶時間がかかるわりには言いたいことが言えてない、っていいうのがよくあります。
虚空 自分はどうしても理屈っぽくなっちゃう。
まあ文章にはそれぞれに相性もあるから一概には言えないけど、「共鳴」っていうことからいえばヒマワリフクロウさんの文章はいろんな人と共鳴しやすいんじゃないかな。
諷虹 話し言葉そのまんまみたいな。
ヒマワリ そう! そうなんだよね。
諷虹 それが出来ないんですよね、私は。書くとなるとできない。
虚空 一時期ね、ヒマワリフクロウさんの文章のような言い回しで書いてみようとしかけたんだけど、やっぱり自分で自然に書いているという風にならなくてね。
諷虹 文字に起こすと自分を客観視してしまうんですよね。「こんなテンションでは言わないだろう」なんて思っちゃう。しゃべっている分には、その一瞬一瞬でしゃべっているわけですからね。気にしているヒマがないとか、思いついたまましゃべっちゃうとかあるんですけど・・・酔いがまわるとさらにそれが激しくなる。
それは常に人目を気にしている・・・
虚空 児言態用語でいう「言語操作性」・・・他人をどのくらい意識して言葉を使うか・・・操るか・・・なんだけれども、多分ね、ヒマワリフクロウさん以外の4人はなんだかんだ言って他人の目を気にしている度合いが強めなんだよ。コバルトブルー君なんかは、熱弁をふるうタイプでしょ。
ヒマワリ そうそう!私も今日それを言おうと思ってたの!
虚空 弁論部とかの感じ。
でもあなたは自分の心と共鳴しあうのに一番ふさわしい言葉をポンポンポンポン出してくるんだよ。
ヒマワリ (笑い)
虚空 だからさ、さっきのあなたのツイッターの短い文章だってね、虚空が書いた説明文とは違った雰囲気の言葉になる。のんのんびりよりの感想だってさ。
そりゃね、他のメンバーがあなたと同じように書けっていってもね・・・だからコバルトブルー君だったら、あれが「らしい」文体。ソルティさん、諷虹君、それに虚空、それぞれが上原先生の言葉でいえば「『人生の糸紡ぎ』そのものです。」っていうこと。誰のがいいとか悪いとかではない。
諷虹 だから私なんかは心にブレーキかけてブレーキかけて書いているような気がしますね。つまらない、というほどでもないんですけど、動かしながらね。でも心は動いていないんです。止まっているものをそれなりに動かして現場検証をしているみたいな感じで書いている、というのはありますね。
虚空 自分なんかは幼い頃のクセが残っているっていうのはあるかな。もともと同い年の友達がほとんどいなかったからそういう対等な立場で気軽におしゃべりするっていう体験はほとんどなかったわけだよ。それは大人になってからでもずっとそうだけど・・・。

で、うちの母ちゃんがやたらと言葉遣いに厳しかったんだよ。どんなにおだやかな会話をしていても、ちょっとでも気に入らない言い回しをしたり相づちの打ち方をすると、いきなり怒り出すとかね。「何!その言い方!!」なんてね。あとお説教の時には「どうしてそんな事をしたの!!!」って徹底的に追及された。だからね、いつでもビクビクビクビクしながらしゃべってた、っていうのがあるんだよ。

あとはね、徹底的に追及されてばかりいたから反射的に説明調になる癖がついちゃった。それが他人には「素直に認めずに言い訳ばかりをしている人間」っていう風にしか受け止められなくて随分悩んだよ。中学校の時に保健の先生に あなたはすぐに「だって」って言いだす! と叱られたことがあるんだけど、本当に幼児期から追求を受けることの繰り返しで自然に身についてしまったことだから、なかなかね・・・今でもそれは随分残っている。
ヒマワリ いつから私の言い方はこんな風になっていったんだろうね。
虚空 それはやっぱりあなたのお母さんの影響は大きいだろうよね。
ヒマワリ そうかも。中高の頃は意識したことなかったけれども、短大くらいの時に友達から「あなたは聞き上手だよね」って何気なく言われて「エッ?」って。どっちかっていうと一方的にしゃべってばっかりいると思っていたから「聞き上手?」って。「あいづちの打ち方とかが優しいよね」とかも言われて・・・嬉しかったよね。
虚空 計算してしゃべってないことがそう感じさせるのかもね。感情の抑揚そのまんまだから、相手は「ああ、私の言葉に心で反応してくれてる」って思えるんじゃないかな。そこがさ、自分みたいにいつもビクついてばかりいるとね・・・
諷虹 私もあいづちが単調というか抑揚がないんですよね。心が動いていないことを装っちゃうみたいなことがあるのかな、って。
虚空 だからさ、自分なんて他人とやりとりして話すのには本当に慣れていない。だから例の親戚とかには言葉が馬鹿正直すぎるとか、もっと大人のやりとりができるようにならないとダメとか散々言われ続けてきたけどね。
もっともあの連中をみていると「自分の利益をあげるために、どれだけ調子よく言葉を使うか」っていう計算ばかりしてのかけひき話術だから、そんな言葉の言い方なんて身に着けたくない、っていう気持ちは若いときからずっとあった。それが馬鹿正直っていえば馬鹿正直っていうことなんだろうけど・・・それで損をしていると言われても、「あんな連中たちのような他人を踏み台にしか考えないような人間には絶対なりたくない」っていう気持ちは今でもあるよ。特にここ数年は尚更ね。
でも、自分で「話すのが苦手」って言っているわりにはベラベラ話すね、というのも大人になってからはよく言われた。でもそれだって、話すのが得意だから話すんではなくて「加減が分からない」っていう感覚なんだよ。
ヒマワリ そう?分かっていると思うけどな・・。別にしゃべりすぎ、だなんて思った事ないし。
虚空 それが自分では分からないんだよ。
諷虹 私は小学校のときには全然しゃべらなかったのが中学、高校とあがるごとにいい意味で教師をなめだしたというか・・・。友達感覚で話すようなことをやって、それに目覚めたというか。そっちの方が面白い事いえるな、っていう感じがあるのかなっていうのはありますね。
虚空 ここでのやりとりってさ、ラインのやりとりもそうだけど、それぞれのペースでね、やりとりしてるじゃん。そこにそれぞれのいろいろなタイプの構えが反映している。
諷虹 ラインでも一度文を打っておいて、書き終わったら全部削除してしまってそのまんま、っていうのがよくあります。Enter 押す前に読み返して「これないな」って思って全部消す、っていうことが何回もあるんです。
ヒマワリ 私は「まとまんないけどいいや、行っちゃえ!」っていう方が多いわ。
虚空 自分の場合は特に最近は読み返そうとしても文字がよくみえていないから、そのまんま送信しちゃう。
ヒマワリ 私は一応全部読み返すけど
諷虹 なんか議事録に残るみたいな不安がある
ヒマワリ プレッシャーがあるのかもしれないね。
諷虹 特に文章に書いたものって、自分が発言したものとして出るじゃないですか。それがやっぱりさっきの傷痕じゃないですけど、「こういうことを言っていたんだな」って冷静になったときに何か嫌だというかね。そういう感覚がずっとあるんですよね。いまだに。

☆2019,01,19 諷虹宅 ヒマワリフクロウ・虚空③ 「上原先生の言葉から・・・教育者を目指す覚悟・母国語と人間性①」

*午前1時半頃 上原先生が講義中に私語をしていた女子学生を叱責している音声をきく
ヒマワリ すごいね・・・そんなに覚悟がいるんだ。先生になるのって
虚空 自分はそんな覚悟がないままなっちゃったけど。
ヒマワリ 子供らのことをそこまで考えていたんだ。
虚空 被爆されている、っていうのも大きいと思うんだよね。この段階でも原爆病とか・・・原爆の影響である肺がん手術を受けたりしているし・・・いつ自分の命が終わるかという気持ちは常にあったと思うし・・・
ヒマワリ 一瞬、一瞬がね・・・
虚空 だから「僕は足踏みが嫌いだ」が口癖だったんだよ。「分かった」とか「成果をあげた」とかいうことにいつまでもこだわっていない、どんどん次に進もうって。だから徹子の部屋に呼ばれたって、本の宣伝をしないで、違う話題違う話題へと行こうとしていたわけだしね。
諷虹 きのうの最後の方の話とつながりそうですね。上原先生の場合は原爆病ですけど。傷の裏側・・・
虚空 そういった表面的には分からない様々なことが背景にあることをふまえないで、この場面だけ観たら、今の世の中なんて「パワハラだ!」なんて批判を受けかねないよ。
諷虹 さっきの「過去にとらわれない」というのと「傷跡が残っている」というのとが、うまくリンクしないのかな・・・って思って。傷をおった人って、それを肝には銘じるけど、それを名誉の傷とはしないわけじゃないですか。失敗経験は今の自分をつくるため・・・それが傷跡で、成功した分には何も残らないから、それはもう忘れちゃって、その反省を生かして次に行こう、って。戒め・・・十字架みたいなもんですよね。
虚空 先生がよく言っていたけど、「僕の体にはあっちこっち原爆の傷跡が残っているんだよ」って。・・・その裏側に人生の履歴がある。
それをもっと拡大して考えると、「母国語としての言葉」って何なのか、っていうことになると思うんだよ。上原語録としてもあるけれど。
*上原語録より
言葉は『履歴書』です。『人生の糸紡ぎ』そのものです。
 だから「どんな言葉が残って、どんな言葉が入っているか」という、言葉を忘れる事についての研究も大切なんです。今は覚えさせる事ばっかりだから。
虚空 個人個人の言葉のひっかかりかた・・・それがその人間の人生そのもののを反映している、ってことなんだよね。
言葉を忘れる、っていうのも、どういう言葉はスルーしたか、どういう言葉は受け止めたけど封印して忘れた言葉として位置づけた、とか。
言葉っていうのが単に意味伝達のツールではない。言葉を覚えるというのは、単にテスト対策のような学習を真面目にやっているかどうかとは違うっていうことだよ。これは子供だけじゃなくて、大人もそうだけど。
諷虹 そういうのってさっきの傷じゃないですけど「心に刻まれた」ものですよね。心に響いているから「共振・共鳴」になるのかな、って。
虚空 それもさ、単に文字の羅列が言葉ではない・・・特に日本語は音声言語としての性格が強かったから。言葉の響きに魂がこもっているかどうか。もちろんそれは外国語だってそうだろうけど・・・。

さっき上原先生に叱られていた女の子たちの謝り方からだって分かるじゃない。
あれだってね、履歴の考え方からすればね、ああいう謝り方しかできない人生を歩んできた学生なんだ、っていうことだよ。
謝る仕方が出来ていない、という以上にね「君らはそんな響きの言葉しか獲得できていないのに、それで子ども達の前に立とうとしているのか!」・・・教育の技量とかなんとか言う前に、人間としての誠意とか、そういった問題じゃない。それを誠意のかけらもないような、極端にいえば投げやりと言うか、そんな言い方だったでしょ、さっきの謝り方は。
ヒマワリ あれはないね。
虚空 しかもこの講義は「児童言語の研究」だったから余計にね。
(心意伝承の話になる)
虚空 最後に先生が書いていた論文ってさ、学校教育云々ではなくて「馬」だとか「水位の変化とトランスフォーメーション」に関することとか・・・そういう心意伝承方面ばっかりだったもん。それこそこの前コバルトブルー君の家で盛んに出ていた「水」とか「風」とかの流体に関することも・・・
諷虹 馬の研究というのも、直接の言語としては言葉が通じ合わない動物ではあっても響き合う、通じ合う・・・
虚空 言葉って便利なものではあるけれども、逆に縛るものにもなり得るという点だよね。それを馬という存在は常に思い起こさせてくれていたと思うんだよ。馬が競馬だけじゃなくて日常生活の中にもっととけこんでいた時代にはね。
(諷虹から シンボリルドルフが負けた時に泣いた とされている逸話の紹介)
諷虹 まわりの空気がいつもと違うって察したんじゃないか、って言われていますけど
ヒマワリ 犬とかもそうだっていうよね。人間の言葉が分かっているというんじゃなくても飼い主のオーラとか気を感じ取ってワンと鳴くって。言葉の意味っていうよりも深いところでこっちを見てるんだろうね。
諷虹 (大型犬をずっと飼っている)音の強弱とか声色はね
ヒマワリ そっちの方が確実に深いところをつかんでいるんだろうね
諷虹 そういう意味では「言葉からの脱却」なんですね。

☆2019,01,19 諷虹宅 ヒマワリフクロウ・虚空② 「構えの変革 ①」・・・アニメ「琴浦さん」から

(中学生と「琴浦さん」2話~4話をみながら 構えの変革について語り合った ということから)
ヒマワリ 共鳴だね
虚空 構えの変革を相手に「起こさせたい」とか、自分で「起こさなければ」って意志でやろうとしてもなかなか起きないし、下手をすると逆効果になるよ。ますます頑なになったり、分かってはいても変える事ができない自分に自己嫌悪を抱いたり・・・自分(虚空)なんてずっとその状態で何十年もきちゃってる・・・
無理やりでも、なんていうと、それは自分で自分を偽っているとか、演じているとかになっちゃう・・・
でも「共鳴」が起きると案外いつのまにか変革が進んでいるなんていうことにね・・・
なかなか変わらないものだけど、同時にパッと変わってしまうこともある。
琴浦さんではそれが結構分かりやすく描かれている。自分にとって想定外の構えの人間と出会っての衝撃でゆさぶりを受けて・・・それが波であり、響き合いなんだよ。お互いに「相手を変えてやろう」なんて思っているうちは変わらないことが多いんだけど、そんなことなんて思わないで、ナマで接したりぶつかったりしているうちに自然に相手もかわるし、自分も変わる
それが分かりやすくは描かれているんだけど、ちょっとね・・・自分にとっては過去にいじめられた経験とか母親に厳しく叱られた経験とかがフラッシュバックしてくるようなシーンがあって、きついものがある・・・一応全体としては「ラブコメディ」っていうふれこみでコミカルなシーンもたくさんあるんだけど。
(しばし琴浦さんについて紹介)