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☆諷虹・虚空 5月3日のやりとり② 「人間として成るための王道」

テレビなどで紹介されている最先端の理数研究者の多くが大きな黒板にチョークでびっしりと書き込みながら研究考察を進めているようです。
これは大変に興味深いことです。

そういったことも含めて「王道」という言葉に関する両義性にふれています。

これらのことを理数研究という枠を超えて、様々な分野にあてはめて考えてみると、一体どのようなことが浮かび上がってくるのか???

諷虹 ユークリッドが「幾何学に王道なし」って・・・「学問に王道なし」っていうのもそうだと思うんですが・・・


虚空 さっきパソコンとかの弊害の話があったけどさ、手を動かす量が圧倒的に減っているっていうのが大きいよね。「数学は手で考える」ってよく教え子にも言うんだけどさ、ほとんどノートに手書きをしない。学校でもさ、穴埋めプリントばっかりさせるから。だから数学の力なんて伸びるわけないよ。

学校に電子黒板の導入なんていうのもね・・・アホか、って。

そういう点ではね、宇宙論とかの番組で世界各地の最先端の学者が出てくると、ほとんどは大きなチョークの黒板に数式をギッシリ書いている。ホワイトボードはほとんどないよね。東大の物理と数学の学者どうしが共同研究をするようにという施設でも、みんながワイワイ自由に議論する場には大きなチョークの黒板が据え付けられていた。


最先端の研究内容ほど、パソコンのプログラムにはないから表示できない、っていうのが大きな理由らしいけど、自分はそれよりもあの巨大な面積が大事なんじゃないかと思うよ。全体像を眺められる。全体と部分が同時にみることができる。
これはさ、英語の学習で紙の辞書と電子辞書との違いにも通じてる。やっぱり高校生とかは紙の辞書だよ。用法からいろいろな意味から全体を一度に眺めることができるから、その単語のもつ根源的なイメージとかがつかまえられる。電子辞書はそういう使い方ができない。
これは漢和辞典とかでもそうだけどね。

自分も電子辞書は愛用してるけど、それは社会人だから。一度に出先に辞書を持ち歩けないから。でも自宅で本当に調べものをするときはやっぱり紙の辞書。


王道についてのネット記事(ニコニコ大百科)
 王道とは、次のことを意味する単語である。

1.孟子が説いた王の道。「徳によって本当の仁政を行う者」を指し、「小国であっても人民や他国はその徳を慕って心服するようになる」と説いた。対義語に武力を以って国を統治する「覇道」という言葉がある。

2.Royal Roadの訳語「王の道」。「一番近い距離を進む直線の道」を表す言葉。転じて「安易な道」のことを意味する言葉となる。「学問に王道なし」。


2について
「王の道(Royal Road)」とは、紀元前6世紀頃から紀元前4世紀頃まで存在していたアケメネス朝ペルシアに建設された、古代の公道。

当時からすればとても利便性の高い大公道であり、迅速な交通と通信を容易にした。
ちなみに、一部に既存の公道を利用したためか、厳密には最短でも最も容易なルートでもない。
「昔の王様は権力者だったので、庶民には通れないようなとんでもないショートカットや近道をいくらでも通ることできた」というところから生まれた言葉という説もある。


誤用について
一般的には、「正攻法、ベタな展開」あるいは「大多数の人たちに受け入れられ、支持されているもの(作品、商品など)全般」を指す言葉として用いられている。
しかし、これは誤用とされている。
この誤用が生まれた原因はあまり議論されていないようだが、ネット辞書などでは以下の2つの説が見受けられた。

上記1の「徳によって本当の仁政」から転じて、「正攻法」「定番」「定石」となった。
上記2の「楽なやり方」という意味より転じて、「多くの者が選びそうなやり方」「ありがち」となった。
この手の話題のお約束だが、日本語の意味が変わるのはいつものことである。

仏教用語の「我慢」や故事成語の「助長」も、本来の意味とは異なる使い方が主流になっている。
「王道」がこの意味で辞書に載る日が来る可能性も否定はできない。
諷虹 真逆の意味もあるっていうのがね・・・


虚空 真の実力を持った王となるのか、王という特権を利用して安易な方法をとろうとするのか


諷虹 物語に出てくる王様も、そんな風に両極端ですよね。まっとうに普通っていうのはあんまりいない。
今風にいえば社長とか上司とかなんでしょうけど。


虚空 今度ソニーの創立者のもまとめようと思っているけど、この前ラインで紹介した松下幸之助だって、やっぱりなんだかんだ言って、古来日本人の発想をふまえているというのがね。

(先日アップしたライン記事を再検討)

諷虹 この人のすごいところは商人的にお金のことについてっていう側面も持っているっていうことですよね。徳にあふれていると同時に商魂にあふれている。
金にも汚い部分


虚空 そこをさ、どうしたって金に汚い部分は出てきてしまうけど、それを先にするか後にするかで随分違ってくる、ということをしっかりとわきまえているところだよね。


司会 企業で一番大切なんことは生き残るというのは一番大切ですよね。
その生き残ることの基本は何かというと一つは「儲かる、儲ける」ということですね。それともう一つは人間関係がいいと。
松下 けどね、もうけと言うのが先に立つと、やっぱりね、ことが汚くなりますよ。
だからね、もうけは一番あとの精算ですな。だから奉仕を一番先にもってこなきゃあかんですよ。

で、結果がもうかると・・・そういうことですな。
政治家やったら「先憂後楽(せんゆうこうらく)」ですわな。商売人でもやっぱそれですわ。
先憂後楽ということは何にでも通用しますわな。その志のない者は上には立てまへんな。
諷虹 昔から疑問に思っていたことに「下剋上」の時代にさえ、主君に仕え続けた人がどうしてあんなにいたのか。大名のそうした器があったのか・・・・。
この人にならついていこう、とか、この主人に天下をとらせたいとか。

それと同じように松下幸之助だったらこの社長にだったら儲けさせたいとか・・・恩返しの感覚・・・まさに王道ですよね


虚空 今さ「恩返し」っていったけど、まさにそこなんだよね。昔の会社にあって今にないのは。押しつけがましく恩を押し付けてくる社長は今でもあるんだろうけど、本当に自然にそう社員が思える会社がどれだけあるか。

社員を消耗品、ただの使い捨ての道具にしか思っていない今の企業・・・社会全体がそうだけどね。


ナレ 松下は分け隔てなく社員と付き合い、社内をまとめることに心をくだきました。日本でいち早く週休二日制を取り入れ、日本人の勤労意識に大きな影響を与えました。
松下 私はね、小さい個人経営の10人や20人の時からね、個人経営ですわな・・・でも店の会計と奥の会計はぴちっとやったよ。毎月決算して、みんなを呼んで「今月はこれだけもうかった」と。「どうもありがとう」と。

そりゃそれをみんなにあげるわけはないんだけど・・・自分の懐に入るけど・・・でもみんな喜んでくれはりますもん。

そういうものはね、やっぱりね、無形の報酬ですな。精神的報酬ですな。
そういうのを分配せにゃあかんのです。喜びを分配するわけですな。



諷虹 多分所得税とかの不透明さもデカイんだと思うんですよね。だから変な節税意識・・・どうなるか分からないものにどんどんとられていく感覚だから・・・


虚空 本当の意味での「ふるさと納税」が成功している地域・・・見返り品目当てじゃなくて本当に納税したことが生きた使われている、っていう実感があるからだよね。
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☆諷虹・虚空 5月3日のやりとり① 「便利すぎる世の中で」

「本当の生きる力」というものが果たして育つような社会環境なのか、教育カリキュラムなのか・・・という問題についた語り合っています。

「不足感」があるから・・・「ない」ということが基準になってこそ「工夫しよう」という気持ちや「感謝の気持ち」も生じるのではないかということです。


(現代教育での進路指導の話がきっかけでした)

虚空 学校制度がガチッと固まる前の方がいろいろな人材がいろいろな道筋で育ってきて社会が形成されていた、っていう部分があると思うんだよね。


諷虹 社会情勢の違いはわかりませんが、現代にオイラーとかガウスが生まれていたらあんな実績があがられたのか。

パソコンがあったかどうかも大きいですよね。これが人間を相当ダメにしているように・・・パソコンとかスマホがダメにしているのは、こと数学においては・・・


虚空 国語だってそうだよ・・・っていうか人間性そのものがね。やっぱりパソコンとかスマホとかネットに人間がついていけてない・・・つかいこなせていない。
もっと成熟した社会に、なんていっているけど、そうなる前に自滅しそう。


諷虹 今回の仙狐さんなんてそうですよね。神回でしたね。漫画の5倍くらい面白くなっていましたね。


虚空 自分はさ、母方のばあちゃんを思い出したよ。電気洗濯機を買っても、結局は洗濯板で手洗いしてたから。


諷虹 停電で冷蔵庫の中のがダメになりそう、だから食材を使ってしまおうとか、炊飯器が途中でとまったから雑炊にしようとか、そういう力・・・現代人だったら捨ててしまいそう。あれが道具を使いこなす人間。便利な道具が使えなくなった時の対処。
掃除機が動かなくても箒とかはたきと雑巾・・・


虚空 東日本大震災の時にさ、東北の避難所であれだけ大変な状況になっても切り抜けることが出来たのはお年寄りの力が大きい、って言われたよね。若い頃に家電とかの便利すぎる暮らしをしていなかったから、電気がないだのなんだの言っても、昔の生活を思い出しさえすれば良かった、って。

携帯とかスマホがなくちゃ生きていけない、っていろんな人がいうけどさ、自分の人生なんてそんなものない時間の方が圧倒的。もちろん社会システムとしてないと不便な部分がいっぱい出てきているけど、なきゃないで、あの頃のスタイルにすればいいだけじゃん、って思うもんね。


諷虹 仙狐さんの妄想で家電も使えないのはただの毛玉、っというのがありましたが、「道具を使いこなしている」のか「道具に100%依存している」のかの違いですよね。


虚空 それこそ自分はずっと自炊をしていたから、東日本の時にもありあわせのもので何が出来るかな、って考えて対処したからね。だいたいさ、退職後の生活だって被災中とはそんな変わらないもの。冷蔵庫にふんだんに食べ物が入っているわけじゃないしね。
でも、スーパーとかコンビニでのお惣菜は弁当に頼り切っていた人は大変だったと思う。


諷虹 アニメ版の追加要素で空いた時間で梅酒をつくる、っていうのも・・・梅雨時の楽しみだ、って。「旬」の感覚ですよね。原作ではあれは冬の場面で・・。エアコンで冷たい風しか出さないって・・・


虚空 さっきばあちゃんの話をしたけどさ、あの世代のお年寄りって、戦時中に子育てしてた世代なんだよね。そりゃ半端ない生活力だと思うよ。食材だって何だって何もないようなところで一家を養っていくんだから。

近代的な道具を使いこなせないとか・・・パソコンとかが扱えないからってベテラン社員をクズ扱いする若い世代とかは、いざって言う時に本当に何にもできないだろうね。


諷虹 今はスマホで出来るからってパソコンをやらない若者も増えているそうですからね。


虚空 それが一極集中の怖さだよね。例えばさ、戦闘状態になったら、スマホ関連の施設を真っ先に破壊すれば、それだけで日本の多くの機能が停止するよ。
「戦意喪失状態」になっちゃうんじゃない?

ストパンでもネウロイが情報網の分断、っていうエピソードが劇場版であったけど・・・まさにあれをやられたら日本なんて勝手に降参状態になるんじゃないの?

スマホだけじゃなくて、コンピューターがいかれたら・・・ケーブルが分断されたら・・それだけでパー。

機械の不具合で交通がマヒしたり現金の出し入れができなくなったり、ってつい最近も起きているけどね・・・それでも電子マネーとかそういうのに社会全体を切り替えさせようとしている狙いが分からない。全く別の策略が隠れているんじゃないか、ってさえ思うよ。

東日本での教訓・・・熊本とかの地震の被害も大変だったけど、東日本の教訓って発電所とか、石油処理施設とか、鉄道がアウトになった、っていうのが大きな特色だったっじゃない。
首都圏で関東大震災のようなのが起きるのはもう本当に当たり前と思っていなけりゃいけないのにさ・・・。今そんなことでメインコンピューターから地下ケーブルから何からがぶち壊れて、復旧がどこから手をつけたら分からない、なんていう状態になったら、それこそ日本全体のシステムがマヒだよね。

以前、神の手をもつとかいうスーパードクターを紹介する番組でさ、医療施設のあまり整っていない病院からの依頼での難手術を、っていうのを観たことあるけど・・・それこそ日本では当たり前にそろっているような道具がね、事前に準備しておくようにって伝えていたにもかかわらず、いざとなったらないとか、使えない状態だったとか・・・。それでも臨機応変にあるもので工夫して乗り切っていたけど・・・そういういみも含めて「スーパードクター」っていうことだよね。

ありあわせの冷蔵庫の食材だけでもまっとうな料理が作れるか、とかね。


諷虹 手術中に想定外のことがあっても対処できるように、どれくらいいろいろなことを想定しているか・・・結果、成功したといっても、その裏側にどのくらいのことがあるのか。
ちょっと話がずれるかもしれませんが「定石」・・・あれも「使いよう」ですよね。
定石だけでも外れたことばかりでも・・・
初級者のうちは定石を気にしないでいろいろとやってみて・・・なんで勝てないんだろうな、って時に定石を研究してみる。

で、達人の域になったらもういちど定石から外れるんでしょうね「守破離」の


虚空 定石だって「昔からの知恵の集積」っていう側面があるのは事実だけど、それに絶対としがみついたら逆にマイナスになる。

それは教育でも何でも同じ。ある子たちにどんなに上手くいっても、それが万能っていうわけではない。

松下幸之助の言葉に「自分は家康じゃない」っていうのがあったけど、他人が上手くいった方法を試すのはいいとしても、それが自分にはやっぱり合わないと思ったら切り替えないとね。またさ、自分に合ったと思っても、相手だって人間なんだから。その子たちには合わなかったら、やっぱり切り替えるのがプロだと思うよ。

だから自分なんか作ったプリントの使いまわしはあまりしなかった。もちろんとっておいて、使えそうだったら使ったけど、割と毎年作り直していたよ。それは同じ学年であっても今のクラスの子たちに合わせてね。

この前も言ったけど諷虹君が高専時代に友達に教えた時も、その感覚だったわけじゃない。相手の興味関心とか特性に合わせる。きっと今だって塾でそうしてるんじゃない?

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松下 山岡荘八さんの徳川家康っていうのが流行ったんですよ。もう十何年も前。みんな読んでるんですよ、大阪の商人は。

そんでね「君、読んだか?」「いや僕、読めへん」「読んだらおもしろいぞ」と・・・。

おもしろかったら読むけど、僕は参考にはならんと思った。ワシ、家康とは違うから。家康やったらできるかどもね。家康でない僕が家康のことしたら失敗する。あなたはあなたの生き方、わたしは私の生き方というものがおのずとあっていいわけです。

それに同化するというのは危ないですな。自分というのをしっかりにぎっていないと。自分はこうだと。

しかし、こういうことも参考に頭に入れておこうと。
そうするとそれがね、なんか自分のもんになるわけですな。そして自分のものして出すと。
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☆平成最終日 諷虹・虚空やりとり記録④ 令和にむけて総括

夕方6時半からはじまったやりとりも終盤。11時近くになり、令和まであと30分ほどになってのやりとりです。


平成の「負の部分」が「令和」でどう転換されていくのか・・・そういったことに向けての総括です。




諷虹 昔、それこそ「ひぐらし」が話題になっていた時に、「第一宇宙速度」と「第二宇宙速度」なんていう話があったじゃないですか。地球の引力を振り切るための速度が第二。羽入が加わることによって「第二宇宙速度」になれた、っていう。
羽入も言っていますけど、「ただ信じるだけ」・・・現実世界的には「ゼロ」じゃないですか。気持ちの問題だから。
ただ、それが加わって惨劇を回避できた。「零和(ゼロの和)」ですよね。


虚空 「加わる」って「添加」ってすれば、本当に意識世界に取り込んだことは、今の自分の枠を超越するための速度を与えてくれる「加速度」の元の「力」になるわけだよね。思考や知識だってさ。それこそニュートンの運動方程式。
羽入って神様じゃない・・・本当は。でも日本の神々って、別天神はともかく、一般の神々はある意味で人間くさい部分もある。だから羽入みたいな気分になっていると、念が投影されたこの世界・・・うつしよ(現世)には反映されない。

逆にいえば念の世界の反映こそが、この現実世界っていう日本人古来の発想からすれば、気持ちが転換した羽入が加わることは、世界定めっていうか・・・トランスフォーメーションへの大きな力となりうるわけだよ。

そんな羽入のような霊的存在との和合っていうのもさ、「令和」が発表された時に自分が真っ先に思い浮かべてしまった「霊和」・・・目に見えない存在とも再び一緒になってという生活の感覚を取り戻す時代・・・っていうことなんじゃないの?



諷虹 フト思い出したのは「集合論」。どの集合にも「空集合 φ」が含まれている・・・ひぐらしでいうと、羽入は存在が描かれていない頃から、足音だけは描かれている。
どの世界でも存在していた「空集合」


虚空 それこそさっきの微妙なとらえ方だよね。「何もない」から「空集合」とするのか、「空集合という集合がある」ってつかまえるのか。


諷虹 羽入は「ゼロ」(0)人存在していたということですね。「霊だけに」。


虚空 こういう発想と最新の宇宙論である「真空」のつかまえ方・・・仏教でいう「空」なんかもそだと思うんだよね。「色即是空 空即是色」・・・単純に言えば「物質はない ないからあるのが物質」っていうことだもんね。
常識的にいえば「なんのこっちゃ」だろうけど、「真空」の考え方とか「ダークマター」「ダークエネルギー」とかのことをふまえると、どんどんそういった世界と重なってくる。
まさかこの日、このタイミングで「ひぐらし」が飛び出してきて、こんなに宇宙論とか運命論とかとつながってくるとはね・・・。(時刻は23時10分)


諷虹 棺担ぎからね・・・。
どれもこれも私が中学時代からはまっていたものですね・・・



虚空 運命決定論っぽい言い方になっちゃうけど、平成生まれの諷虹君の意識に強くひっかかっていた作品が、特に意図したわけでもないのに、こんな風に飛び出してきて「平成から令和」へのカウントダウンの最中にからんできたというのはね。

それにさ、自分も今日の朝に「火葬場」で棺がたくさん並んでいる夢もみている。それがゴーゴーと炉の中で燃えていて・・・係りの人から「中をのぞいてみるかい」と勧められたけど、それは遠慮した・・・そんな夢。

これだって、棺が燃える・・・一度消える・・・。炭素の循環っていう中3が理科で習うことからすれば、燃えて炭素に還元されるから、またいつか有機物になって違う生命とかに生まれ変われる。


宇宙論的にいえば、この宇宙の元素のもとは、恒星として輝いていたり、超新星爆発によって生まれた・・・だから我々の肉体も、元は「星」だったっていうのは本当にそうだったわけだしね。


そんな夢をこの日にみて・・・そしてさ、本当は昨日の家庭教師が平成のシメだったわけだよ。そんな風に中学生にも言ってたんだから。もう今頃になって明日臨時で授業なんていう話もないだろうから、これが虚空の家庭教師授業で平成最後のシメになる、って。

でも今日になってメールがきて・・・この前の土曜日の分を今日できないかと・・・。
そんな流れだから余計にそう思うよ。

別の日になっていても「棺担ぎのクロの画集届きまして・・・」って言ってクロの話にはなったと思うけど・・・あの夢をみたその日に突然入った授業。しかも到着してからだよね、宅配がその本を届けてきたのは。それでその話からこんな展開。


諷虹 実は3時頃に一度届けにきたらしいんです。それが同じ敷地内の別の方にいってしまって留守と勘違いしたとかで。


虚空 それなら尚更だよね。来てから届くという展開にならないハズだったんだろ。
マア、それは単なる偶然って普通は思うんだろうけど、ここまで重なるとやっぱり「何か」を感じてしまうのが「人間」。
「勝手に意味づけして思い込んでいるだけ」って言われればそれまでだけどさ。
でも、それが単なる画集っていうだけじゃなくて、そこに書かれていた作者の言葉とかから話がふくらんだわけだしね。

パラレル宇宙論のことも「並行世界」としてはこれまで何度も話題にしてきたけど、それとは違う観点だったからね、今日のは。また新たな見方が「添加」された。
「真空」と絡めたこともなかったしね。
そんな抽象的な宇宙論の内容が「ひぐらし」や「棺担ぎ」で具体的になった。


「平成」って「平に成る」・・・見ようによっては「等速直線運動」状態に成る。で、運動方程式からすれば「等速特選運動」と「静止状態」は同一。
変化を好まないという・・・自分の「分かっている」をゆさぶられるのを拒絶する世界・・・ってまさに「平成」のある一面そのもの。

それが明日から(実はあと28分)どうなっていくのか。
「零」とか「霊」とかとの「和」がやっぱりカギをにぎるんだろうね。
なんだかすごい時間を過ごしたような気がする


諷虹 平成最後って感じですね。


虚空(帰りの支度をしながら)
今回はもう一か月も前から令和になると予告されていたけどさ、平成の時は朝に昭和天皇の崩御が報道されて・・・午後には平成が発表。それから10時間もしないうちに「平成」だったからね。本当にバタバタしている中での元号切り替え。

昭和天皇が崩御された直後だから祝福ムードでどころか、昭和最後の日を感慨深く迎える、なんていうゆとりもなかったよ。

それが今回と随分違う。

(時計をみて)あと25分くらいで平成も終わりか・・・
自分は家まで30分だから着く時にはもう変わっているな。


諷虹 自分は寝て、起きたら令和になっていた、って感じでしょうね


虚空 あと20分くらいなんだから切り替わるまで起きていればいいじゃない。
こっちはさ、運転中に寝てしまったら大変・・・それこそ「霊」の世界に仲間入りしちゃうよ。本当に「霊和」の方になっちゃったら大変だ。あくまでも心の中では、っていう意味での「霊話」なんだからさ。
(玄関で)
諷虹 今度の金曜日は普通通りにできると思います。


虚空 平成最後の授業だけじゃなくて、令和最初の授業もここで過ごすことになるんだね。じゃあ、また・・・・


(帰宅途中 ラジオをつけている。カウントダウン お祭り騒ぎ)
⇒平成はいわゆる「自粛ムード」の流れや、昭和天皇の崩御による喪に服するという雰囲気が強くて、こんな風に国民が「令和!令和!」の大合唱で盛り上がるような状態ではとてもなかった・・・そういう意味では今回の元号改正は異例の手順だったとはいえ、こういうのもアリかなと感じた。
(歴史的にみれば天皇が存命のうちに皇位継承がなされて上皇として云々というの例は少なからずあったわけですが・・・)

☆平成最終日 諷虹・虚空やりとり記録③ 「ひぐらしのなく頃に解」を通して

「並行世界」とか「ループ」(同じ過去の時点に何度も戻ってしまう)という要素が前面に出ているアニメに「ひぐらしのなく頃に」というのがあるのですが、(特にコミック版はホラー漫画っていってもいいくらいグロい描写が満載です)、宇宙論のことからこのアニメの話題にとびました。

「運命決定」・・・未来は変えられないと諦めている少女や神様が出てくるのですが・・・彼女たちがどのようにして何度ループしても「殺されてしまう」という運命から逃れていくのか、というのを描いています。

このあたりの描き方が、上原先生の「世界定め」・・・生きる主体は各自であり、構えの変革等々(トランスフォーメーション)によって、変革していける・・・ということと密接につながっていると感じています。




諷虹 「ひぐらしのなく頃に 解」の映像・・・これってそのまんまですね。
(アニメ 第6話 皆殺し編 冒頭  漫画も同序盤)
みんなが思い込みの中で生きている・・・でも真実は全く別の世界にある。

このアニメの主題歌の歌詞
「奈落の花」
さぁ 忘れましょう その未来が
また 血ぬられてゆくなんて
なまぬるい風 とぐろを巻いたら
それがたぶん 合図
抜け出してって 抜け出してって
悲しすぎる運命から
あなたは 奈落の花じゃない
そんな場所で
咲かないで 咲かないで
からめとられて行かないで
音もなく飛び交う 時のかけら
誰がこの手を にぎっているの?
誰がこの髪を なでているの?
今泣いていた もえぎの中で
感じてる 合図
飛び越えてって 飛び越えてって
運命のはぐるまから
あなたは 奈落の花じゃない
そんな場所で
散らないで 散らないで
そして種を残さないで
芽を出せば ふたたび廻るカルマ
抜け出してって 抜け出してって
悲しすぎる運命から
あなたは 奈落の花じゃない
そんな場所で
咲かないで 咲かないで
からめとられて行かないで
音もなく飛び交う 時のかけら
あと、さっきの話からすると、解のED。

『対象a』
あなたの亡骸に土をかける
それが禁じられていたとしても
純粋なまなざしの快楽には
隠しきれない誘惑があった
 どうして罪があるのだろう
どうして罰があるのだろう
 骨の尖はあまりにも白く
無限につづく闇をさそった
何もかもがあざやかにみえて
すぐに消えてしまう
あなたの思い出に鍵をかける
それが損なわれていたとしても
狂おしい愛情の奥底には
抑えきれない衝動があった
かけらをひろい集めながら
夢の終わりを待っていた
罪があるのは諦めているから
罰があるのは求めすぎるから
何もかもが置き去りにされて
まわる まわりつづける
朝がくれば笑えるだろうか
あの日のように笑えるだろうか
失くしたものは何ひとつないと
願う 願いつづける



虚空 あのさ・・・さっきの圭一たちが羽入に言っていた言葉が耳に痛かったんだけど・・・
レナ「あなた、本当に信じてた?」
羽入「ボクは何もできない非力な存在なのです。みている事しかできない、そんなボクが信じていただけで・・・」
圭一「奇跡は起こせた」
魅音「そうだね。私達にあなたが加わっていればきっと勝てたと思うよ。」
レナ「あなたにも運命と戦う勇気が必要だったの。私達の仲間なんだから。」
圭一「行こうぜ」
羽入「ボクは・・・(ためらう)」
レナ「みんなで一緒に行こう」
梨花「行こう、私達の次の世界へ・・・。


諷虹 この世界の設定って「昭和58年6月」なんですよね。
もう平成も終わろうとしているのに・・・あと1時間くらいで終わるという時に、ひぐらしの話になっている・・・

虚空 梨花ってさ、何度もループを繰り返しているうちに、運命に抗えないことが「真真空」になっていたわけだよね。それこそ「運命」が変える事のできない「宿命」。
「運命決定論」というかさ。
だからせっかく常人を超越した特殊能力をもっていても、最初から自分で運命の枠を決めつけているから、それ以外の可能性が全く見えなくなってしまっているし、可能性があるとも思えなくなっている。
それを圭一がいとも簡単にひっくり返してみせたエピソードが転換点になっているわけだよね。
皆殺し編のゲーム大会シーン

(コミック版 開始前・・・ループによって何度も同じ体験を繰り返して梨花と羽入の会話)
羽入「運命には逆らえないのです。運命が変わる期待をしても裏切られるだけなのです。運命は川の流れと同じー上手く泳ぐコツは無駄に逆らわないことなのです。」
梨花「…羽入。もう大丈夫よ、分かったから。もう期待なんてしないわ。」
羽入「そうなのです。期待して裏切られたら梨花が傷つくだけなんです。抗えない運命は受け入れた方がいいのです」
梨花「そうね・・・」(それはこのまま大人しく死ねということだけど…)


(アニメ 梨花がつまらなそうにしている。圭一が声をかける)
圭一「・・・退屈なのか?」
梨花「退屈とはちょっと違うのです。ただ先の見えている展開に興味を抱くのは難しいのです。」
圭一「先のみえている展開?どういう意味だ?これからどういうゲームをやるのかもう知っているのか?(中略)魅音から何のゲームをやるのか聞いているのか?」
梨花「ボクには分かってしまうのですよ。どんなゲームをすることになって勝負の結果がどうなるのか。」
圭一「予言ってわけか。さすがは古手神社の巫女さんだ」
(展開を説明 その通りになる)
梨花「運命には逆らえないのですよ。どんなに抗っても」
圭一「梨花ちゃん、男にとって宿命と運命という言葉には、とびきり熱い意味が籠っているんだぜ!この程度のことで軽々しく使ってほしくないな。
見てろ、この程度の運命なんぞ、この俺がプチッとぶち壊してやるぜ」
(他のゲームに変えさせる)

圭一「梨花ちゃんさ、さっきスゲーつまらなそうな顔をしてたよな。本当はカルタなんかしたくなかったんじゃないか?」
梨花「そうね。今更隠さない」
圭一「ならカルタは嫌だって口にするだけでいいんだぜ。運命だなんて諦めたらそれまでなんだからな。」

ゲーム大会終了後
羽入「驚いたのです。ゲーム大会も今のことも」(中略)
梨花「圭一はカルタの運命をかえ、ある惨劇の運命も打ち破った。運命は変えようと思えば変えられる。この人が教えてくれた。今度の世界は何かが違う。私ももう一度闘ってみよう。諦めずに。運命に立ち向かってみよう。」



虚空 やっぱりさ、決めつけていると、そこしか見ようとしない。それ以外の可能性の方が膨大なのに、それは「あり得ない=ゼロ」ってしてしまうから。
そこは耳が痛いところ。自分なんてまさにそうだし・・・これまで人生の中でいろんな人に「他の可能性だって自分次第でいくらでも開けていけるんだよ」って言われたり・・・あるいはさ、教室とか文章の中ではそういうことを繰り返し説いてきたけどね。
勿論「自分は出来ていないけど」って正直にことわった上でだけど。
今だってさ、可能性はあるんだろうな、って思っていても、敢えてそっちの方を意識的に見ようとしていないよ。正直いって・・・それはやっぱり今の自分は「復讐」っていうか「仇討」みたいな感覚になっているから。

☆平成最終日 諷虹・虚空やりとり記録② 「宇宙論 真空からの宇宙創世」を通して

この宇宙はビッグバンの直前、完全な無の状態からの「ゆらぎ」によって生まれた・・・というような宇宙論をもとにして「零」の意味するところを考えています。


「令和」を「零和」としてつかまえると、「零」だからこそ無限の可能性を孕んでいる・・・あるいは古来日本人の感覚である「禊」・・・自分を完全に器化してみる・・・そんなことが求められるのが令和の時代なのだろうかということです。



諷虹君が言い出した「ないから0個」というのか「0個あるよ」というのかの違い・・・この違いの裏側にはものすごく大切なことが隠れているような気がしています。

それから、「偽真空 真真空」という言葉がひっかかってきたのも今回の特筆すべき点です。これまでも「パラレルワールド」(並行世界)についてはたびたび話題にしてきたのですが、それはまさに同等の位置づけ世界が同時進行しているという感覚でした。

でも、今回のこれは、それとはちょっと違って「世界定め」に関する要素・・・個々人にとっての「真の世界」の問題が絡んでのパラレルワールドということです。




諷虹 ラインでエヴァンゲリオンの零号機・・・自然数からではなく・・・って書いていたこと・・・この時期だと中1に自然数の説明をするときに「自然界での数」って。根元的な数字が1、2、3・・・っていう自然数ですよね。結局0の概念・・・「零」・・・。

この前から話題にしている「無からの物理学」でも・・・「零」って何でも生まれる。物質反物質で何でも生まれるように、例えばですけど、2枚の皿で一枚減らすと一枚になりますよね。もう一枚減らすと0になるわけですよね。でも例えばここにケーキが0個あるとかお寿司が0個・・・最初から存在していないもので0個っていえば、本当はここにいるのがあり得ないようなもの・・・例えば「虎がこの部屋に0匹いる」っていう言い方をすると・・・さっきの皿の例が「有から無」で、ないものを0個とするのは「無から有」で、しかもイマジネーションの限りどんなものでも生まれるわけですよね。0個ですけど。


虚空 この話のミソはさ、「虎がいないから虎が0匹」っていうのと「虎がいま0匹います」っていうのとでは似ているけど全然ニュアンスが違うよね。「無から有」だと「いる」っていう前提での後者の言い方だよね。いないから「0」と表記する、っていうんじゃなくて「0」という数の存在を認めて「ホラ、0匹いるじゃん」っていう。


諷虹 さっきの想定外・想定内ですよね。0のものがいくつ存在しているか。


虚空 自分が意識できない事を「無」って思っている人間が平成では爆発的に増えた。だからゲゲゲの鬼太郎6期みたいに「見えない世界もあるんだ」っていう・・・古来からの日本人に言わせれば「見えない世界だからあるんだ」「見えない世界が本当の世界なんだ」っていうことなんだろうけどね。


でも、そういう見えない世界は科学的でない、ってずっと思われてきた。村山さんのこの前の話になぞらえれば「原子からできている世界こそが唯一存在する世界」。それの極致が感情とかもすべて脳内の化学反応でみようとした「唯物論」なんだろけど。

でもダークマターとかダークエネルギーとかでも原子で出来ていない得体のしれないものが大量にあるんだと・・・大半は原子で出来ていないのがこの宇宙なんだ、っていうのが「科学の最先端」っていうのは皮肉なものだよね。


諷虹 0匹いる っていう考えの極致がダークマターの話なんでしょうね。何にもないから何でもありえる。


虚空 「真空」の概念だよね


諷虹 四次元ポケットも同じなんでしょうね。ダークマターというかブラックボックス


虚空 藤子不二雄さんがそこまで考えていたかどうか知らないけどさ、あのポケットって四次元って言っているけど・・・それは未来から道具をとってくるから四次元っていっているんだろうけど、子どもの感覚ではどうなのかね。未来から取り寄せているって頭ではそう思っていても、「何でも内在する空間」っていう実感の方があるんじゃないかな・・・そうすると人知を超えた高次元の世界があのポケット・・・


諷虹 四次元ポケット以外でもドラえもんの設定って引き出しの中にタイムマシンが入っているとか、押入れでドラえもんが寝ていて、開けたらドラえもんがいる、っていうあの感覚・・・。さっきの卵とか真床覆衾もそうだとおもうんですけど・・・とじられた空間で・・・何でもあり得るダークマター空間。しかも結構狭い閉じられた空間で。


虚空 狭いわけじゃないんだけどさ・・・パラレル宇宙論の中にさ、「子宇宙」「孫宇宙」って・・・宇宙が無数の他の宇宙を生みだしている、って学説があるんだけど・・・今それを思い出した。

家の根源も「真床覆衾」なんだろうけど、それってこの宇宙論の発想だよね。宇宙っていうのを「新たな世界」って置き換えれば、無限の選択肢がある中で自分の意識や、それこそ無数の人間関係、事物相互の関係によって無限の無限乗みたいに様々なパラレル世界が並行しているという感覚。

そして物理学では並行世界は互いに干渉もキャッチもできないとされているけど、意識世界の中でのパラレルなら互いにキャッチしあって共存できる・・・シュミレーションの感覚でさ。


諷虹 (科学雑誌ニュートン別冊「インフレーション・パラレル宇宙論」P70の文
「偽真空の中に真真空の泡が生じ、その泡がどんどん大きくなるイメージです」

全部が全部そういうわけじゃないですけど「走馬燈」とか「追憶」のシーンで丸い泡のような中に映像がプワーッて出てくるみたいな演出・・・そういう空間がスーッと頭の中をかけめぐっている・・・そして自分はその泡に囲まれている。客観的にみることができる立ち位置にいる。それって偽真空の部分に存在しているわけすよね。真真空は過去の思い出だったり、パラレルワールドで実際に有った事が丸いものに包まれている・・・さっきの死んだ人が棺に、のイメージに近いのかもしれませんね

この雑誌での説明とはずれるかもしれませんが、自分としては真真空が人間が観測できる宇宙・・・存在している・観測できている世界・・・もう完成した閉じた世界・・・。
それに対して偽真空はまだ観測できてない世界・・・インフレーションが起きている真っ最中の世界・・・想定外の変化が次々と起きている世界
偽真空・真真空についてごく簡単に紹介しているサイト
http://gazoo.com/my/sites/0001456116/Kyrie/Lists/Posts/Post.aspx?ID=460

虚空 だからさ、「真真空」っていうのはさ、その人間にとっての「真」ということだよね。意識世界がその人間にとっては「真の現実」。他の人からすれば全く違う世界に個々人が済んでいる。


でもその人間の想定外だから「偽」であっても、それこそ「偽真空」の方からみれば、変化し続けている世界こそが「生命力そのものの生きた世界」。

変化し続けること、その瞬間瞬間の変化をキャッチすることを大事にしてきた日本人の感覚そのもの・・・だから「元号をかえる」なんていうことでこれだけ大騒ぎもするし、「西暦に統一すればいいのに」という合理論に対しても違和感を抱いてしまう。

「観測できていない世界」の方が山ほどある・・・それこそ物理学の数式からすれば無限に近いような世界・・・それは宇宙論じゃなくたって、日常でもそうじゃない。
あらゆる物事の裏側に分からないこと、知らないことがどれだけ隠れているか。相手の気持ちとかだって、無意識まで踏まえたらわからないことが大半だよ。

それが「自分はもうすべて分かっている」っていう姿勢をとることばかり幼い頃から要求している。

「知らない」「分からない」っていうとダメ人間扱い・・・本当に困った風潮が定着している。傲慢な馬鹿を大量生産。この前コバルトブルー君が授業参観で感じた事なんていうのもね。