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諷虹・虚空 児言態50周年 振り返り③(2018年10月30日)

『研究協議 シンポジウム』の内容から

諷虹 円卓でのやりとり(研究協議会)の時にも自分のメモした事がいろいろあるんですけど・・・・
「自分が読むのではなく書いたものを人に読んでもらうことを聴くことで世界が広がる」
「AIがキーワード」
「古代から伝承されているもの。同じ時代を生きる一人一人の共振・共鳴」
ここにね、君の名はPVってメモしてありますが、これは「前前前世」のことですね。この「前前前世」のPVって観たことありますか?歌っている人たちの。
虚空 ない
(動画検索 https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E5%89%8D%E5%89%8D%E5%89%8D%E4%B8%96+PV&ei=UTF-8&fr=mozff
諷虹 江戸にタイムスリプして、そこからさらに遡って・・・
虚空 心意伝承でも宮崎駿監督でも、こういううんと昔からの心のDNAなんていうような言い方をするからね。
諷虹 君の名はの本編は数年のタイムラグが結ばれるという感じですが、これは縄文時代の頃からのとかいう縦に長いつながりということで・・・それがAIのキーワードのところで出てきた蓄積とつながるんでしょうけど・・・
(さらにメモ書き)
「拡散していく方向でもアリだった。添加の連続で。」・・・一つにまとめていくんではなくてどんどん広げていく。
あと、イメージを語るっていう時に・・・これ誰かに話した気がするんですが・・・難波先生にだったかな・・・
イメージを語る時って、やっぱり「自分の中で却下するもの」ってあるじゃないですか。「これは理解されないだろうな」と思って言わないのとか選んでしまう。
虚空 他人に思われるか以前に自分の変な常識で切り捨てるっていうこともあるな。こんな発想が浮かんでしまって戸惑うとか、こんな発想が出てきた自部を認めない、許せないなんていうのも。石崎小なんかではよくあったよ。夢中になって書いたはいいけど、書き終えて夢から覚めたような気分で読み返したらとんでもないことを書いていて「先生、これ捨てていいですか」なんていうのも。特に真面目タイプできた女の子。
大丈夫、どんなことが書いてあったって、それであなたが変な子だなんて絶対思わないから、ってそのまま提出してもらっていたけどね。
諷虹 やっぱり「これなら共感されるだろう」って思えるものを出すから、本当にイメージを語る、って一言でいっても本当に深層心理、無意識から出てくるものと、意識世界にまでのぼってきたけど出さないもの・・・人前に出せるものそして出せるものだけが「イメージ」っていうことになるのかな、って。
で、それって現実に意識があるからそういう風にちょっと遠慮してというものになるけど、本当に、ここに「中2病」ってメモしてあるんですけど、自分のイメージを理解されなくてもいいから前面に出してしまうのが中2病の時期というか・・・そういう意味で中2病の時期は夢世界で・・・。
でも普通の人が語ってくれているイメージ世界っていうのはそういう「人に配慮した現実」なんじゃないかって。
クリエーターなんていうのもそういう傾向が強い人もいるんじゃないかって。観る側を意識して。
でも他の人に理解してもらえるかどうかっていうのは「共振・共鳴」なのかな、って。
他の人にも共感してもらってさらにイメージをふくらませて行きたい、っていう意味もあって膨らませていく・・・やっぱり他の人も響いてくれないと出す意味がないからどうしてもイメージを語る時ってそういうブレーキがかかってしまうと思うんですよね。
虚空 クリエーターなんていう仕事でなくても、それこそ子ども達にとっては絵や作文なんてそうだよね。自由にやっていいと言われても、正直にかいていいと言われても、だいたい周囲の大人には、そういったものほど否定されることが多いから。
教師になった頃、初発の感想をノートに書いてもらっていたんだけど、正直に書いてくれた子がある日半べそで登校してきて・・・お母さんにノートをみられてものすごく怒られたって。で、連絡帳を先生に見せなさいって言われた、って差し出されたんだけど・・・「こんな内容の感想を書いてしまってもうしわけありません。消させて書き直させたので、もう一度読んでください」なんていうことが書いてあったよ。
それ以来感想文でもイメージ作文や本音作文なんていうのは原稿用紙に書いてもらって、返却もしなかった。「思い出深い文章だからあの作文は返して」という要望が出たものはコピーをとって返す、っていうことにしていたけど、ほとんど要望はなかったね。
やっぱり子どもにとっては、夢中になって本音に近いものが出た作文ほど、恥ずかしくてとても後で読み直せない。あとは子供にとってはもうそれは過ぎた事、っていうのもあったのかもしれない。
全部の作文はとっておいてあるから、大人になって久しぶりに会いにきてくれた時なんか引っ張り出して見せることあるけど、まあビックリしているよ。こんなことを書いていたんだ、って。夢中になって書いたものほど、現実意識のところにひっかかっていないからそんなイメージ世界をもっていたことすら忘れているんだろうね。

子どもにしてみれば幼い時には夢中になって好き勝手にできていたことが、ある時期になると周囲に笑われたり、馬鹿にされたり、叱られたり、ドン引きされたり・・・そんなことで「思い通りにかいたりするのはいけない事なんだ」と思うようになってしまう。

それがひどくなると、本当の自分はおとなが認めてくれないようなものなんだ、っていう自己否定の心がどんどん強くなってきてしまう。
いい子を演じ続けている子なんてまさにそれだよね。だからある限界を超えてしまうと心が折れてしまう。
もちろん他人を意識することが必要な場合だってあるわけだけれどね。演出的な要素がからむ時なんて。教師だってそうだよ。興味を持ってもらえるように工夫して授業をするのは一種の演出だもの。そういうことからいえば普通の人間関係だって大なり小なり「演出」意識はからんでくる。迎合しすぎたり、受けるためなら何でもありという現代のSNSの風潮は行き過ぎだけどさ。
そんなバランスをうまく統合しようという方向・・・それこそ「超現実」に向けての構えだよね。
諷虹 須貝先生の話も分かりやすかった・・・なんて「分かった」なんていうのもあれですけど・・・・
虚空 個人的には「パラレル」のことは突っ込んで聞いてみたいとずっと思っているんだけどね。ここぜも随分前から使っていた言葉だろ。
(児言態や人間意識の図式化の話  )
虚空 何とかして立体モデル化できないか、っていうのはかなり前から児言態でも出てた。平成元年の頃の「あの子にこの子」で同心円図を使った時にも上原先生が「将来もっとコンピューターが普及したら、きっとこれも立体的に描いて、自分がどこに位置付けられるのかが表示できるようになると思う」なんて言っていたけど。もうそういった時代だよね。3Dアニメなんかのモデリングソフトを使えばできるはずだもの。
諷虹 (資料の図の向きをかえながら)こういう風にみると違った解釈もできますからね。
虚空 それもマウスで自由自在に画面上動かせるじゃない。単に平面的にグルグルまわすだけじゃなくて、裏からみたり斜めからみたり・・・
そうすると、さらにまたそれが刺激になって新たなイメージ運動が次々に起きるんだよね。こうみたらこうだけど、こうしたら今度はこうなって・・・って言う具合に。それだけで違ったものがみえてくる。
諷虹 ずっと以前からよく描いている意識世界の図って無意識が広がっているから下に広がった図なんですか?(虚空が小学生相手の授業の頃から用いていた通称「氷山図」のこと。今年の夏合宿で児言態の図として形が使われた時には 通称「きのこ図」)
虚空 昔読んだ潜在意識の本に「氷山」ってたとえていたからそう呼んでいたけど、本当は島って考えて方がいいのかもしれないんだよ。海水をとっぱらえばバラバラにみえる島も見えないところで全部つながっている、って。

ただ、この前も児言態で話にでていたらしいんだけど、無意識世界を地球っていうようなものにたとえてしまうと、閉じられた世界、有限な世界っていうイメージを持たれてしまう危険がある、って。それこそ無意識の奥深いところほど、ユングも言っていたようだけど、広大な宇宙意識のようなものともつながっている・・・だから宇宙との共振・共鳴が起こり得るって。それが今回の授業テーマだったんだから、まさに人間にとっての究極を50周年にして掲げての授業が行われたっていうことだよ。
諷虹 (向きをかえて)こうすると宇宙全体ともつながっているように見えませんか?
虚空 それがまさにあの「重ね合わせた壺」のイメージだよね。火山の大爆発の構造もそれだろう、なんていっていた。砂時計の形にも通じていて、両側が閉じていないって考えれば無限の過去と無限の未来が「今この瞬間に統合されている」という象徴になるだろう・・・とか、いろいろな発想が出てきたじゃない。

それであの時に(諷虹が)描いていたじゃない。上の方の広大なものと下の方の広大なもの、っていう絵。
夏の時点では「螺旋図」として描いていたけどさ。



あれもあれでちゃんと描けば抽象化である線だけだから、逆にイメージを限定しないでいろいろなことと繋げられ得る・・・類化性能が発動するスイッチになりうるんじゃないかっていうことでの提案だったわけだけどね。
あの時に自分が描いていた授業のイメージは「図式を用いることでの類化性能 イメージのさらなる広がり」っていうようなことだったから。
でも、今回みたいな「共振・共鳴」っていうこと点に刺激を与えるようなものもあってもいいと思うんだよ。
地下水脈が宇宙全体の広がりに響き合っている・・・そんなイラストも描けるといいんだけどね。
崖の上のポニョでのイメージボードだったかな・・・そこにも似たような発想だと思ったのがあったから葛西先生にも送ったことがあるんだけど。


諷虹 この氷山図というかキノコ図の難点は、どうしても下の方にしか無意識がない、って思われてしまう危険があるかな、って。
今回の授業って、切り込み方によって本当にいろんな方向に話が広げていける内容のオンパレードだったわけだよ。それだけの事を次々と子ども達が出してくれていたから授業をする側にとっては嬉しい悲鳴ってなるね。そりゃ大変だったと思うよ。
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