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中身の空っぽな人間を育てている現代教育

12月4日 コバルトブルー君から送られてきた画像がきっかけのラインやりとり抜粋 

09:26 コバルト
先ほど新人のコンビニ店員でしょうが、先を予想をしていない行き当たりばったりの感じでやっていたので、弁当の上に2リットルの水をおかれました(笑)
12:07 ヒマワリ
これはやばい(やった?) 弁当立て入れ?笑
12:10 虚空
圧縮・・・食べる時に「解放」・・・かな。見通しを立てて考える事が出来ない人間ばかりを育てている象徴のようなものですね
12:15 コバルト
立ててはいないけど、ちゃんと弁当は潰れていました!
なんかやらかす雰囲気が出てたけど、やっぱりやらかしました(笑)
行き当たりばったりの行動はミスに繋がるんですね。
12:17 虚空
弁当だから笑い話で済むけれど…場合によってはそうもいかないからね・・・
店としては信用問題にも関わるし…バイトとは言ってもね…それで賃金を頂くわけだしね
12:40 ヒマワリ
普通に生きてれば分かるようなもんだろうけどね、今まで何を見て生きてきたんだか(moon unwell)
13:01 コバルト
マニュアルばかりにとらわれて、本来の肝心な部分、目的を見失うことなんてよくありますからね。
これがその典型的だと思いました。
13:57 虚空
 それだけ普通の生き方が出来ない世の中ということですね。まっとうに「普通」に生きている人間がますます希少価値のある人間になるというのは寂しいものですが、石崎地区にはまだまだそういった人間が多数生き残っていると信じたいものです。
14:13コバルト
よく言う学校数学みたいに、方法(マニュアル)ばかりおしえて本来の意味や目的についてはほとんど触れずに終わるようなモノ。
解き方が分かってもそれを実際どう使うか、どんなモノかまで理解できない。
この前仕事をやっていて、私に分からない事を聞きに来た人がいまして、真剣な面持ちで「これは燃えるゴミですか?燃えないゴミですか?」っとビールのアルミ缶を持ってきた人がいたんですけど、私はその人の思考回路を読み切れないまま、「燃えないゴミだと思います。」と答えました。
16:24 虚空
指示待ち症候群、なんていう言葉が一時期はやったけど・・・前年の担任にきちんとしつけられた4年生、初日から「ごみを拾ったんですけどゴミ箱に捨てていいですか?」という調子でクラスの連中がいちいちお伺いをたててきて驚いた、なんていう話がありました。
「きちんと指導する」=「失敗させない」ではないんですがね・・・・でもそういった教師を世間も求めているのが今の世の中
2018.12.05 水曜日
07:45虚空
さらに言えば、児童を自由自在に操るということをモットーにしている研究会のメンバーである先生は、自ら進んでみんなの為になるような行為をしたり、創意工夫などをした児童に対して激怒するとか・・・「自分の指示に従わない自分勝手な者」として。
そういった風潮は「成果主義」「競争原理」の中で「大人の指示通りにする子がいい子」「そういう子を育てられるのがいい教師」ということから多くの学校でますますはびこっているのかな???
表向きには「生きる力を育てよう」なんて言っていても。
また、本当に「生きる力を育てたい」と真面目に考えてくれる若い教師などがいても、学校で浮いてしまう、あるいはそういった先生もマニュアル思考の今の世の中で育ってきているから、「具体的にどうしたらそういう子が育つのか分からない」だから「誰かそういう子を育てる 方法 を教えて」ということになって、結局 マニュアル教育にのめりこんでしまうという悪循環のようです。
学校教育だけではなくて、社会全体がこんな風だからますますつまらない世の中・・・ワクワクドキドキなどのない世の中・・・だから「超現実を求める」なんていうことはサッサと諦めてしまって、「現実に絶望」「非現実に逃げ込む」となっているように、私には見えます。
そういうことからいうと、そのコンビニ店員もそういった大人たちの歪みの生み出した哀れな存在なのかもね・・・。
そして、それを「変だ」とキャッチできる例えば皆さんは、今だからこそのライフインデキス(生命の指標)となり得る・・・変なプレッシャーなんかは感じる必要なないですが・・・・今風の世の中の楽しみ方もできるし、以前のような人間の楽しみ方もできるし・・・という、自然体でどちらもアリという生き様(構え)をしているだけで、いい波動が周囲に広がり、歪んでしまった方々の無意識と共鳴しあうんじゃないかと思います。
2018.12.06 木曜日
15:40 コバルト
たしかに非現実的と超現実は同じようで、似て非なるモノですね。
前に、後ろから頭に振りおろす棒をバッと受け止めるやつをやりましたけど、あれも一つの超現実ですよね。
まずは気のせいから始まるんです、そこからじょじょに感知していくんです!
それを積んでいけば気のせいから確信までもっていく事ができるんですよね。
まだ戦ってもいない相手なのに「此奴(こやつ)出来る!」っと感知するみたいに。
18:32虚空
 先験的イメージでいう「予兆」なんていうことについて真剣に考えてみたことはないのですが、考えてみる価値は大いにありそうですね。
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2018,12,08 諷虹・虚空① 「数学や思考のワーク作成に向けて」

*諷虹、数学のワーク問題集についてのアイデアが浮かんだということで試作。書式設定をあれこれとしている。
虚空 そういうのだって、思い通りにならない、って自分もワードとかでしょっちゅうイライラするけど、パソコンにしてみたら、そういう手順を踏んでいないんだからそうしているだけ、って口がきけたら言うんだろうね。
相手がそうなんだから、良い悪いではなくて、そうするしかない。
☆諷虹 数学ワーク案のポイント
たてわりの単元ごとで学年の枠をこえて調べやすく
 基本の定着 その分安価にして 
関連項目の一覧(リンクしているシリーズ)
☆虚空 ワーク案ポイント
論理を中心に算数・数学・国語・・・日常生活への反映
上原輝男氏・児言態的な発想・・・イメージや感情、構え分野とも関連させる
虚空 こころに届くワーク。日常とは限らない。受験勉強としてやっていても、受験後に何かが残るワーク。(虚空にとっては 予備校時代の渡辺次男先生等々)
虚空 算数と数学の根本的な発想の違い 数学史における「公理」についての考え方の大転換 と 「世界定め」との関連(雑誌原稿の大きなポイント)
諷虹 抽象化していっても、物理でいきなりまた算数的に戻るわけですからね。
虚空 そういったことについてきちんと説明されるということはほとんどない。だから教わる方は何だか分かんないけど、おとなの常識を無理やり押し付けられるだけ。
素朴な疑問も聞いてもらえない・・・・ミーシャの孤独感と似ているよ。
諷虹 単位を文字式の仕組みで考えると分母が単位量あたりを表しているわけじゃないですか。
虚空 それに反応できる子は一気に伸びる。
とどのつまりは「類化性能」なんだよね。
諷虹 問題を作る側の気持ちに立てると、各分野にどういうリンクがなしえるかが分かってきて、総合問題にも強くなる。
虚空 総合問題の解き方を丸暗記なんていうのは愚の骨頂。基本例題がどんな風に手を結びうるのかを何問か解いて確かめられれば、案外いろいろな問題でも見抜けるセンスが養われる。
世間的な「応用力」じゃなくて「類化性能の伸ばすこと」に特化した問題集もあったっていい。
そのためにはやっぱり「構造」をつかまえる力。
中学生にも「千と千尋の神隠し」冒頭場面をつかって世界構造をノートにまとめてもらった。具体的なことを書きこみながら、図式的につかまえるとどこが共通したものになるのか。今回のポイントは「境界領域」だったんだけど、父親と母親と千尋での意識世界の三者三葉の中身がかなり浮き彫りになったよ。
それが算数や数学とか理科や社会でもどんどんそんな発想をとれるようになるといい。
「数学的思考」はどの分野にも大きな武器になる。
諷虹 「証明」を何もみないで理解して出来るというのは、そういう力には大きいですよね。(シグマの二乗の和の公式を証明)

転生したらスライムだった件 ・第七話から触発されての「笑顔の裏」「いじめ」について

参考サイト http://anicobin.ldblog.jp/archives/54433668.html

(虚空)

シズさんの仮面の下の笑顔だけみていたら過去にあんなにすさまじい(むごたらしい)思い出があるなんて想像できないですね・・・。
「笑顔でいる」からって「悩みも苦しみもない」なんていうわけではない、ということを痛感させられます。
かく言う私もいじめられていた頃、休み時間に独りで暗い顔をしていると担任に「みんなと遊ばないとだめだ」と無理やりみんなのところに連れていかれ、みんなはその時には「ハーイ」なんて調子よく笑顔をふりまくものの、担任がいなくなったとたんに態度を豹変させて私を拒絶。
だから私も大人たちの前では極力笑顔を作り何の悩みもなくみんなと良好な関係を過ごせているかのように振る舞い(でも誰かと喋れていたわけではないです。いつも一人)休み時間になると教室からちゃんと出ていき、校庭のすみの鶏小屋や体育館の裏で一人で過ごしていました。
中学生になったら、教室に一人でいても別に教師が見回りに来てみんなと遊べというようなことは言わなかったので、普通に独りでいました。(でもやはり教師の前ではいじめられているということが悟られないように笑顔で過ごしていました。)
あの当時はまだまだ「いじめられる側にも問題がある」という見方が主流だったので、仲間外れになっていると私の方に問題があるのではないか、友達が作れないというのは私の努力が足りないから等々と判断され、とりわけ母は厳しかったです。
小5の時に、あまりにみんなからやられることが辛くて担任に相談・・・担任から母に話がいったときに「告げ口をするなんて卑怯者のすることだ!」と大変に厳しく叱られました。ちびまるこの藤木君ではないですが、当時は今よりも「卑怯」ということに対して厳しい風潮がありましたから。
そんなこともあって、余計に「自分はいじめなど受けていない」「悩みもなく楽しく毎日をすごしている」という笑顔を一人でばかりいても絶やさないようにしていました。
30代になった頃、ふとした時に小中学校時代にいじめにずっとあっていたことを母に話した際に「そんなこと全然気づかなかった」と大変に驚かれて、自分の演技力もなかなかのものだったんだと妙に感心したことがあります。
(もちろん母が厳しかったのは私のことを心配してのことではあったのだと今は思えますが、でも辛かったです)
そんなことをいろいろと思い出してしまいました。
ちなみに私をいじめていた連中の首謀者はクラスで学級委員をいつも任されるような(あの当時の学級委員というのは優等生のシンボルでした)やつとか、勉強・スポーツもできるような面々でした。今考えると、いい子を演じる反動で運動も苦手だし様々なことが不器用である私をいじめることで憂さ晴らしをしたり、優越感に浸っていたんですね。
いじめられる側に問題がある・・・それは私の性格とかに問題があるというよりは、各種能力が劣っていた事。でも当時の風潮としては性格(人間性)に問題があるというレッテルをはられてしまう傾向が強かったんです。
(首謀者は優等生グループですが、小学生の時には素行の悪い連中、中学時は当時で言う「不良」連中にもだいぶひどい目に合わされていました。だからクラスじゅう敵ばかりでしたね)
いじめ関連の報道で「いじめはなかった」というのが学校の隠ぺい体質と非難されがちですが、案外本当に学校は把握できていなかった場合もあるかもしれません。
現代の場合は情報端末をつかっての目に見えない強大な精神的圧力も加わって、「いじめられているの?」と先生たちに聞かれたりしないように必死なのだと思います。「いじめているのか?」「いじめはダメだぞ!」式に教師がクラスで言えば「告げ口したと思われる」「もっとひどいことをされる」というのが私の時以上に深刻だと思います。
先日、駿煌会メンバーであるコバルトブルー君から、息子さんが学校で配られたという「いじめアンケート」を見せてもらったのですが、何ともお粗末な内容ばかりでした。これでいじめの実態が把握できるほどいじめる側もいじめられている側も甘くはありません。
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☆いじめアンケート用紙をみての駿煌会でのラインやりとり
・コバルトブルー
「 アホくさすぎます!
これをやっておけば。もし何かあったときに世間的に責任逃れができるような理屈にしか見えません。解決策をと一応はありますけど欄があまりにも小さすぎます!
・ヒマワリフクロウ
「 なんか、嫌なアンケートだね。あります、ありませんて。」
・コバルトブルー
「 もしなにか知っていたとしても、こんな形では絶対に言わせたくはありませんね!
勝手な解釈で大人が動き出しそうですから。
イジメという現象だけを悪いものとしているのに物凄く違和感があります、これは心をもつ人間になら絶対に起こしてしまいます。
このイジメという現象で1番恐ろしい所は他の人が気づいても見て見ぬふりをするまわりの人達です。(個性がないことが1番の原因?)
もっとたちが悪いのはそれに連鎖反応が起きてしまうんですよね。
だからいじめは物凄く大きな現象なんです。
・虚空のエストラーダ
随分とつまらない質問ばかりのアンケートをしているんだな、というのが率直な印象です。
これで本当に実態がつかめると本気で思ってはいないでしょうが・・・あとで何かあったときの言い訳を作っておくというのがあるんでしょうかね。
こうした質問で実体が浮き彫りになるくらいだったら、それは「深刻ないじめ」とは言いません。
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「笑顔の陰」を見破るのは相当に困難です。だから「意地悪」ではなく「いじめ」なんです。

        
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