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☆「自然(じねん)」についてのやりとり① 「学習塾ダンデリオン ツイッター」原文

今回のやりとりの元になった 2019年1月30日 「学習塾ダンデリオン ツイッター」漢文とそれに関する解説文です
(老子道徳経 下編徳経64)合抱(ごうほう)の木も毫(ごう)末(まつ)より生じ、九層の台も塁土より起こり、千里の行も足下(そっか)より始む。為す者はこれを敗り、執(と)る者は之を失う。是(ここ)を以て聖人は、為(な)すこと無し、故に敗るること無し。執ること無し、故に失うこと無し。
民の事に従うは、常に幾(ほと)んど成るに於(お)いて之を敗る。終わりを慎むこと初めの如くなれば、則ち事を敗ること無し。是を以て聖人は、欲せざるを欲して、得難きの貨を貴(とうと)ばず、学ばざるを学びとして、衆人の過ぎたる所を復(かえ)し、以て万物の自然(じねん)を輔(たす)け、而(しこう)して敢(あ)えて為さず。
【大体の意味内容】その幹を両腕で抱えるほどの大木も、毛先ほどの小さな芽から生まれ、九層にも積み重ねた築山(つきやま)も、一杯の土の積み重ねから起こり、千里の道も足元の一歩から踏み出される。
効率的に事業を営もうとする者ほど、かえってそれをぶち壊しにするし、成果や利益に執着するものは、それを失うものだ。聖人は、ことさらなことを為(な)そうとはせず、故(ゆえ)にぶち壊しにすることはない。物事に執着することがない、故に失うこともない。
人民が、とあるプロジェクトに従事する際は、いつも完成間際になって、それを台無しにしてしまう。最後の仕上げを、開始した時と同じように慎重に、時間のかかることを覚悟のうえで進めれば、失敗することもない。
したがって聖人は何も欲しない、無欲である生き方を欲して、希少価値の高い宝を有難(ありがた)がったりはしない。これは成功するための方法を学ぶことではない。人間の行為として学習するということをなくし、道の徳(はたら)きに生かされている真実を「学び」として、人間中心的な生活態度を本来の在り方に復(かえ)すべきだ。万物に備わる「自然(じねん)の力」つまり「自(おの)ずからあるべき姿へと成り上がってゆく働き」を輔(たす)ければよく、殊更(ことさら)に何かを為(な)そうなどとはしない方がよい
【お話】「無為自然」を「むいしぜん」と読むのは本当の本当は間違いなのです。本来は「ぶいじねん」と読む言葉でした。人間の浅知恵(あさぢえ)で余計なことや、かえって有害なことをするのではなく、すべてのものには、そのものにおいての本来あるべき姿や、成(な)るべき相へと進む力が備わっている「自(おの)ずから然(しか)らしむる(おのずと、そう、あらしめる)」という意味で「自然(じねん)」と呼んでいました。これは生命あるものに限りません。

地球の自転や太陽光や熱の影響で空気の流れや水の循環が起こり、風や雨によって山や岩石がゆっくりと削(けず)られ様々に変貌(へんぼう)したりするのだって、その物たちに備わった「自然(じねん)」なのです。たまたまその場に存在したりそうした現象に触れたりすることも、そのものにとって宿命的な「自然(じねん)」にほかなりません。

明治になって西洋の様々な文化文明が入ってきて、日本語に訳せそうにない言葉もたくさん紹介されたので、漢字の組み合わせで「新しい日本語」が強引に作り出されました。「ネイチャー(nature)」もその内の一つで、もとからある和語では訳せませんでした。
「世界の中で人間から独立して存在する物、大地、岩石、天候、植物、そして動物」といった説明がされる言葉で、生き物や無生物などすべてを包括(ほうかつ)する言葉です。しかも人間とは切り離して考える物だから、ほとんど苦(くる)し紛(まぎ)れに一番近い「自然(じねん)」という語を借りてきて、でもそれだと当然人間も含んでしまうから、「自然(じねん)」とは区別する意味で「自然(しぜん)」と読ませるようにしたのではないかと思われます。

でもそうだとしても、やはり「exists independently of human being(人間から独立して存在する)」という「nature(ネイチャー)」の見方考え方は、私たちにとっては違和感ありますね。人間だって「自然(しぜん)」の一部ですし、「自然(じねん)」が備わっています

「無為(ぶい)自然(じねん)」は、決して「怠けていろ」という意味ではなく、また科学技術や文明と対立するものでもなく、むしろ「nature(ネイチャー)」と対立するものなのではないかと思えてきました。

万物の自然(じねん)を捻(ね)じ曲(ま)げるような営みをせず、私たち自身も含めた自然(じねん)を輔(たす)け、その力によって生かされるよう、努力すること。「今、私にどのような自然(じねん)が働いているか」感覚を磨いて冷静に受け止め、それに従って全力で生命燃焼することが大事なのではなかったか。
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