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☆「序破急」「数学と類化性能とサバイバル」「柔軟な生き方」 等々

8月2日以降のラインやりとり記録です。


コバルトブルー君が特にこだわっている「序破急」ということがさらに発展。



そこに「類化性能」と「数学的思考(抽象化)」の話がからんできます。サバイバル生活を描いたアニメからのことなのですが、これは何もサバイバルだけではなく、現代社会の認識の仕方を柔軟にする上でも大切な発想だと考えています。


後半は、ソルティさんが紹介してくれたバラエティ番組の話題から、「生きる姿勢」を柔軟にする話題になっています。



2019.08.02 金曜日
05:49 虚空
先ほど駿煌会ツイッターに載せたコメントです。
・昨日アップしたブログ内でも触れている今季アニメ「ソウナンですか?」
無人島に流れ着いた女子高生、その中にサバイバル経験豊かな子が一人。
他の3人も徐々にその発想や行動に慣れていくという内容です。

所謂「昆虫食」もそうですが、「普通」の生活とのギャップである壁を取り払う鍵の一つが「数学的な思考」を日常の生活感情とリンクさせられるかどうか。
そしてさらに一般化すれば、現代人の人間関係の悩みを乗り越えていくためのカギも根源は同じだと感じています。

・上原輝男先生が「中学年には論理思考の訓練を」とか「感情とイメージなどと切り離された世界がある事も知り、そういったやりとりにも慣れさせる」と強調されていた背景には、こうした「生活力アップ」、別の感情豊かな生活に転換する能力の獲得に論理や数学的思考が不可欠と考えられていたと思います。

05:54 虚空
昨日のブログアップに対してのダンデリオンさんのツイッター記事です
「いつもありがとうございます。単なる独り言がこうして取り上げられ共振共鳴されて本当にバタフライ効果ですね。こんな展開になるのかと驚かされます。」


16:13 コバルト
形式が中身そのもの。
序破急の序が始まりのゼロの部分、基準(0地点)ここが確立していないと、話しがチンプンカンプンになってしまうんです。
掴みのいい映画やアニメはこの序がよく出来ているわけです。特に宮崎駿のカリオストロの城はこの序が抜群にスゴい。
水戸黄門などでの「ひかえおろう」の部分が破の部分。「待ってましたぁ!!」の部分。(ウルトラマン登場の場面)

またはビッグバン(爆発)や不動明王の発生です。ドラゴンボールはこの破が桁違いにスゴい。
急が余韻とか余波(バタフライ効果)ですね。パッと終わったり消えてしまっても、それぞれの心に色褪せず残る部分、名作や伝説になってしまう決定的な部分は急にあたりますね。急には流れや道筋があるんです。これは決して盛り上がるような部分ではないんですね。

坂本龍馬の暗殺や織田信長の死、ウルトラマンの帰るシーン、ターミネーター2のラストシーンなどは急になるんですね。

序破急の全てが集約されているのが「花火」を観たときの情景なのだと感じます。刹那的で力強く、美しく消えていき、そして色褪せず残るもの。

 序をもっと言うと、空っぽ(虚空)であって、無いのに在るものという感覚だと思います。
まさに嶺上開花(嶺の上で花が開く)みたいな感じですね。


16:30 虚空
「余韻」とか「名残」っていうのは、単に「後をひく」というのとは違った感覚なんでしょうね。「幕」に対する西洋と歌舞伎の違いにも表れているかもしれません。

「勧進帳」なんかは幕がしまってからが、あの大きな見せ場である弁慶の退場だしね。
義経千本桜 大物浦で知盛が大碇と共に沈んだあとも、幕がひかれてからも大事な場面。

*ここで「嶺上開花」も登場!

そうした部分を日本人が大切にしてきた感覚・・・

虚空からという発想だとしたら、ビッグバンのさらに直前の「超真空からゆらぎによって全てが生まれた」という「インフレーション宇宙論」の方が適切な科学的たとえになるかもしれません。



17:55 ヒマワリ
おうち意識をあれこれ考えたり考えなかったりする日を送っておる。なんかこう、規模がでかいアニメが浮かんできちゃうんだけど…。
もののけ姫で言うたら、人間にとってのおうちは」タタラ場」であるなぁとか。
エボシ様が皆んなのお母さんポジションか?とか。
獣たちにとっては「森」がおうちだよなぁとか。
お互い無くされては困る故郷をかけて戦ってたんだなーとか。
もっとこぅ…いかにも「おうち」!!ってゆうアニメが出てこん。
ガルパンの「戦車」もおうちだし、ポケモンの「モンスターボール」もポケモンたちのおうちになるかなーとか。


19:38 虚空
一見、おうち意識と関係なさそうなアニメ等々というのも個人的には重要だと思っています。
類化性能とか・・・数学的な抽象力による、多様性という意味で。
それが英才児の標準的な認識力ではないかと。

アニメなどからフッと浮かんだことを、自分の家とか地域とかふるさととか、自分の実感と照らし合わせるとどんなことが浮かんでくうrのか、なんていうのもどんどん教えてください。
それこそ最も身近な感覚が、飛躍的に別世界とか広大な世界とつらなる実証となるような・・・


2019.08.03 土曜日
10:35 虚空
昨夜の諷虹・虚空のやりとりをはじめとして、ブログアップの機会を逃していた以前のやりとりも掲載しました。
コバルトブルー君の作文に関したやりとりもあるのですが、ラインの方でのやりとりは、今日の午後か明日にブログアップの予定です。

ツイッター記事転載です。
・ゆうべの諷虹・虚空のやりとりから、「観察」という構え ⇒異文化を認め包み込める力:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/388/) syunkoukai.edoblog.net/Entry/388/
をブログアップ。

もう少し丁寧に言えば「身近な生活を観察して様々なことをキャッチできる能力」がその後の人間としての成長の土台となる、ということです。


・それこそ乳児期から最も身近で体感も伴うのが「おうち意識」・・・だから全ての意味で「意識のベース」となると。
再びサバイバルアニメ「ソウナンですか?」の話題にもなっているのですが、異なる立場を受け入れる構えの獲得の大きな第一歩は「食」に関することでもあると思うんですね。

・しかもそこには先日から問題にしているように「思考・感情・イメージ・語感」等々の問題が必ずからんできます。
「意識のベースとしてのおうち」とか「思考・感情(イメージ)・用具言語」が「構え」にどのように統合されていくのかを考える非常に良い素材が「食」のことにはあります。

・続けてブログアップしたのはなかなか掲載できずにいた5月17日の諷虹・虚空のやりとり記録です。短く3つに分けました。
・肉体の超人化:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/389/  ) syunkoukai.edoblog.net/Entry/389/
・人間ならではの力:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/390/ ) syunkoukai.edoblog.net/Entry/390/
・「歪んだエリート意識」について:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/391/ ) syunkoukai.edoblog.net/Entry/391/

10:51 ソルティ
おはようございます。 「 おうち意識 」 「 エリートに関する見方 」 
アニメにかかわっていなくて申し訳ないんですけど。。。「 しくじり先生 」 山口真由さん。(=国際弁護士 )
* ヒーリングの世界での 自己解放のアプロ―チと重なる部分が多いと思う。

どんな家庭に育ったか?まずは、親の生き方に大きく影響して}いると思うが、本人が家庭(&生きて行く過程)の中で 何を考え、どうして生きてきて、今どのような状況であるのか? 生徒とのやりとりによってお互いに びっくりし、お互いに学びを得ている)ところが大そう興味深かった。

最後の山口先生と、女の子三人の意見交換が心に深く浸みた。 授業をすることで、全然異なる環境に育ったものたちの間で、こういう心の交流が生まれという事が素敵だなと思った。 
お時間とりますが 30分間ご覧いただければありがたいです。
https://abema.tv/video/episode/88-77_s1_p18?utm_campaign=free_on_demand_article_yt&utm_content=abema_special&utm_medium=social&utm_source=youtube


12:54 虚空
この山口先生、純粋な方なんですね。
それだけに、多分小さい頃に周囲から受けた教えを大真面目に受け止めて生きていきたのかなと思いました。

「勉強には答えがある」とか「論理の組み立て方・人生への生かし方」がかなり狭くなってしまって、せっかくの知性が自分を縛る方向にばかり働いてしまったんでしょうね。

英才児たちをみていると、同じ知性や論理を非常に柔軟になる方向に使っている・・・それが英才児ではない教育の世界に生かしていく大きなポイントのひとつだと思っているわけです。

自分なりのストーリーを組み立ててしまうのではなくて、それこそ生徒側の女性たちのようないろんな発想の仕方があるんだという、そういう想定が広げられるための思考力。(算数・数学でいえば 場合分け ですね)

この前から話題にしている「起承転結」型でガチッと自分の世界をつくってしまって、そこから出られなくなる・・・あるいはそのストーリーを合わない人間や日々の展開が起きた時・・・想定外の事態に対応できないで、自分をおいつめてしまう。
その想定の幅を広げることが「ナマの人間同士のやりとり」から生まれてくるんでしょうけどね。

「序破急」というのが、聞き手の女性たちや、山口先生が最後に教訓から学んだ生き様に近いんだと思います。特に「破」が。

山口先生は、この「破」を極度に恐れてきたんでしょうね。

そしてそれは、羽目を外したいと表向きは言いながらも、本心では予定調和と安定を極度に好む多くの現代人の姿勢そのものだと思います。

アニメと関係ある話題かどうかという点はお気になさらずに。
この前も言いましたが、例えば私と諷虹君が話題にしているアニメだって、その多くは他の若者達も観ていないことが普通ですから。

それぞれが自分の関心事からあれこれ考えたことを重ね合わせていきたい、というのがここの趣旨ですから。
17:06 ソルティ
「 序破急 」の 破 の意味が少し理解できたように思う。要は自分の殻をやぶる、という理解でいいのかな。カルチャアーショックに出くわすというかね。(ま、そういう風に理解した。)
知性が自身を縛る方向に働いたというのも分かる気がするけど、そうだとしても、このストイックさはとても真似できるものでもなく、それはそれですごいパワーだし、すごい才能だと思う。

20:26 虚空
今、中3の50円玉君と、徹子の部屋 上原輝男出演回 を観ての授業をやって、諷虹宅に到着。
そこでも出たのですが「自らの意思で打破」という場合もあるし、結果としてよくないことと思っていた出来事が自分の殻をやぶるきっかけを作ったという両方向があるんだろうと。
日本人が神々の中に「厄病神」とか「貧乏神」なんていうのを入れていたという感覚はすごいんだなと思いました。
 徹子の部屋、ひさしぶりに若い時の先生の姿をみたわけですが、このところ「観察」とか「おうち意識からの共振・共鳴」なんていう話ばかりしていたということで観ると、また違った感覚でみることができました。
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「火の鳥 鳳凰編」からの「ふるさと意識」「母胎回帰性」  学修塾ダンデリオン ツイッター記事より

8月23日のダンデリオンツイッター記事をもとにしたラインや、諷虹・虚空の直接のやりとりです。


手塚治虫氏の「火の鳥 鳳凰編」にはいろいろな要素が盛り込まれていますが、その中で「ふるさと意識」に焦点をあてています。



火の鳥のシリーズ全体が「輪廻転生」の物語・・・「死と再生」・・・ですが、これと「母胎回帰と闇」という上原先生の言葉が妙にひっかかってきます。


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06:50 虚空
 8月23日のダンデリオンツイッター記事の転載です。

「お話」の中心は手塚治虫の「火の鳥」 「鳳凰編」の話題ですが、これは高校生の頃に私も特に愛好して何度も読み返していました。
お話 ⇒ もとの文 ⇒ 大体の意味内容 の順に紹介します。
 【お話】なぜか手塚治虫の漫画『火の鳥 鳳凰(ほうおう)編』を思いだしました。
主人公のひとり我(が)王(おう)は、荘子のこの部分の話とは真逆の存在でした。奈良時代、生まれてすぐの事故で片目と片腕を失い、村の中でいじめにあい、過(あやま)って殺人を犯します。逃亡し、盗賊として殺戮(さつりく)や強奪(ごうだつ)を繰り返し、再び誤って最愛の妻まで殺してしまいます。妻への疑いが誤解だと知って絶望し、良(ろう)弁(べん)僧正(そうじょう)に拾われて旅の供をします。

この間、病で鼻が醜く肥大しながらも人の心を取り戻し始めます。同時に我執や怒り憎しみの情念を持て余していた我王が、貧困に苦しむとある村人たちに乞(こ)われて「仏像」を彫りますが、自分のあらゆる邪念(じゃねん)や狂気をたたきつけるように彫った忿怒像(ふんぬぞう)が、見たこともない見事な、鬼気迫る仏像となって多くの人々に感謝されます。それから我王は怒りそのものを祈りとして彫り続けるようになるのです。

その後も無実の罪を被(き)せられて数年間牢に閉じ込められたり、苦難の連続を生きますが、いかなる時も自分の烈(はげ)しい怒りや妄執(もうしゅう)を力として彫り続け、観る者を圧倒し続けます。この世で最も醜(みにく)い我王の姿が、次第に神々しさを帯び始めてゆく。

東大寺大仏殿の鬼瓦(おにがわら)制作のコンペに出させられ、全霊を込めて生み出した鬼瓦はライバルを打ちのめすほどすさまじいものでした。が不正投票で落選し、のみならず過去の罪を暴かれて残る片腕を切り落とされ、放逐(ほうちく)されます。

両腕を失い、もはや生きるのが不可能なほどの体になった我王は、その後、奥深い山の中で、鳥獣(とりけもの)や草木たちと一体となって生き続けるのです。森羅万象の美しさを知り、涙し、鑿(のみ)を口にくわえて、まるでキツツキのようにして彫ることを続ける。荘厳(そうごん)な祈りに、生き続けます…

 (荘子 馬蹄篇第九―1二)
民には常性あり。織りて衣(き)、耕して食う。是を同徳と謂う。一にして党せず、命じて天放と曰う。故に至徳の世は、其の行は塡塡(てんてん)たり。其の視は顛顛(てんてん)たり。是の時に当たりてや、山には蹊隧(けいずい)なく、沢には舟(しゅう)梁(りょう)なし。

万物は群生して其の郷に連属し、禽獣(きんじゅう)は群れを成し、草木は遂(すい)長(ちょう)す。是の故に禽獣も係羈(けいき)して遊ぶべく、鳥鵲(ちょうじゃく)の巣も攀援(はんえん)して闚(うかが)うべし。
【大体の意味内容】民衆には恒常不変の本性がある。織り物をしてはその衣類を着、耕作してはその作物を食べている。それを同徳、すなわち万人に等しい徳(ありさま)という。統一された徳性を持ちながら決して徒党を組んだり、権力に束ねられたりはしない、名付けて天放、つまり天地自然(じねん)の摂理への解放という。ゆえに最高の徳に満ちた世では、人々の行いは塡塡(てんてん)としてゆとりがあり、眼差しは顛顛(てんてん)として柔和な光を宿している。

このような時代では、人々は自然(じねん)と一体となった生活をしており、山には小径(こみち)も隧(きり)道(どおし)もなく、沢には舟も橋もない。万物は群生して人々の村里にまで連なり、鳥獣も群れを成し草木は旺盛に繁殖する。だから鳥や獣たちも人々とつながりあって遊んでいる。木の上にある鳥や鵲(かささぎ)の巣にも、攀(よ)じ登って覗き込み、雛たちとじゃれあうこともできた。
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8月27日
07:37 虚空
皆さんは手塚治虫の「火の鳥 鳳凰編」を読まれたことはないと思いますが・・・今回のダンデリオンツイッター記事の内容なんかは、そういう意味でやっぱり意識のベースとしての「おうち」なんだと思います。大自然が自分を包み込んでくれている感覚・・・おうち そして ふるさと
8月27日 諷虹・虚空やりとりから
*火の鳥 鳳凰編 ダンデリオンツイッター記事にあった原作本を持参

虚空 高校の時に本当に繰り返し読んで・・・今でも意識のベースの一つだよ。

(諷虹 読破 ダンデリオンツイッター記事も読み直す)

諷虹 これをみて思ったのは東方の幻想郷ですね。そこで暮らす人々も江戸時代の頃の感覚・・・だからこそ妖怪とかとの共存も「自然」なのかな・・・と。

虚空 全巻通してこの我王はいろんな人物として描かれているんだけど、大元は猿田彦なんだよね。鼻のでかい。


諷虹 この鳳凰編しかまだみていませんけど、この我王っていうのが、最初から一番自然な生き方だったんですよね。幼い頃から・・・・。茜丸は諭されてもう片方の腕で彫り始めたけど、我王は両腕を失ってもあたりまえのように口でノミをくわえてキツツキのように彫る。
それもまた自然な考え方・・・手がないなら口を使う。


虚空 昔話題にしたけど 無手の法悦(しあわせ)    大石 順教著 は両腕を失って鳥をみて悟ったんだよね・・・たしか。鳥は嘴だけでみんなやっている・・・

「これを失ったら人生も終わり」っていうので、なくて当たり前の時代があったものをあげる人が多いじゃない。どこまで本気かは別にしてさ。

戦争時代に空襲だとかがいつやってくるのか分からない、あるいはかつての江戸の町・・・地震は大火事で家を焼け出されるのがあたりまえの世界・・・それは逆に物質にとらわれない自由な境地だったのかもね


諷虹 あの感覚にも近いと思うんですけど・・・妖怪ウオッチのプロデューサーの人が子供たちの「あと5分もある」って言葉に感銘を受けていたところ
時間があるから何かするっていうのは当たり前といえば当たり前のことですけど、「何ができるか」を考える前に「何かする」っていう生き方・・・子供の方が自然に生きているんでしょうね


虚空 そんな我王・・・猿田彦が天孫降臨の時にも先導役を勤めている・・・その輪廻転生の壮大な物語という位置づけでもあるっていうのは、これも大真面目に考えた方がいい問題だな・・・
8月28日ラインやりとり
10:27 虚空
先ほど「火の鳥」についてツイッターにコメントしたことです

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・ゆうべ諷虹君に「火の鳥 鳳凰編」を読んでもらいました。そこから浮かび上がってきたのがやはり「おうち意識 母胎回帰」のこと。大自然に抱かれてという感覚でした。
彼が読んだのはこの1巻だけなので、火の鳥前編を通しての壮大な流れについてはまだ触れられていないのですが・・・

・日本神話の中で登場する重要な神の中に猿田彦大神・・・天狗の元とも言われています・・・お祭りの行列などで先導役を務めることの多い神。その神が様々な形で火の鳥には登場するというのも大変に興味深いところです。自分には上原輝男先生の「犠牲論」と重なってくる部分もあって・・・

・火の鳥を高校時代に読んでいた頃、特に印象深かったのは「鳳凰編」「未来編」、意識に強くひっかかるものがあったのが「望郷編」「乱世編」・・・(もちろん他の話も印象深いですが)

望郷編などはタイトルからしてそのものズバリですが、母胎回帰等々の観点から全編通しで読み直してみようかな…
⇒ 実際に少しずつ火の鳥シリーズを読み返しています。
やっぱり「おうち」「ふるさと」「宇宙」というのがワンセットという感じがありますね・・・「母胎回帰」・・・「死と再生」・・・「甦り」・・・・

「おうち意識」⇒「ふるさと」意識へ 意識のベースを探る

☆2019年8月27日 諷虹宅 でのやりとりです。

「ふるさと意識」といえば・・・自画自賛めいた話になってしまいますが・・・ある思い出があります。


以前、虚空が勤務していた小学校で文部科学省の「国際教育研究協力指定校」になっていたことがあります。その頃、上原先生に個人的に助言して頂いたことが「おうち ⇒ ふるさと ⇒ 世界」という具合での意識の広がりを調査することでした。


学年ごとにテーマを掲げて研究というスタイルを学校としてとっていたのですが、その時に初めて学年主任だった私は他の二人の先生方にこうしたことを提案。3年生という学年のことも考えて、他国のことよりも、「おうち」や「ふるさと」を中心に据えました。


確かに当時、「国際教育の基本は故郷教育」ということは指導主事からも出ていたことなのですが、そのさらに出発点として「おうち意識」を据える・・・まさにそれは、すべての共通感覚のベースとしての「おうち」という事だったのです。


当時、国際教育の指定を受けた学校は、多くの場合は世界中のいろいろなことを調べたり、英語教育をとりいれたりというのが主流だったのですが、「おうち」「ふるさと」を全面的に据えて、一見「これが国際教育?」と参観者に思われるような学年発表だったのですが・・・指導主事からは「これが子供たちの心に根差した本当の国際教育です」と高い評価を頂きました。

やりとりの後半は、ダンデリオンツイッター記事にあった「火の鳥 鳳凰編」の話題になったのですが、それは次の記事として投稿します。



諷虹 この前おうちとの関連で「ふるさと」のことも出たじゃないですか。故郷・・・その「故」・・・亡くなった人にもつけるよな、とか・・・。

そういう意味ではフェイト(Fate/Zero アニメ)のセイバーとかイスカンダルとかのように「もう今はないのかな」という意味合いがあるのかなと思って字を調べてみたんですけど、故事成語の「故」なんですね。「昔からの」とか、「以前の」とか・・・。
そうするとどこまでを言っての「故」・・・昔なのかな、って。生まれた頃なのか、生前の記憶なのか・・・前世の記憶なのか・・・。
*ネット検索
「郷」の方は
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きょう
〖郷〗 (鄕) キョウ(キヤウ)・ゴウ(ガウ) さと
1.
むらざと。いなか。古代の律令(りつりょう)制で行政区画の一つ。郡のなかの数村をあわせたもの。ごう。「郷邑(きょうゆう)・郷令・郷俗・異郷・他郷・水郷(すいきょう)(すいごう)・国郷談(くにきょうだん)」。以下「ゴウ」と読む。 「郷士・郷兵・郷社・在郷・近郷」
2.
ふるさと。 「郷里・郷国・郷土・郷党・郷関・郷愁・故郷・帰郷・同郷・家郷・愛郷・望郷・懐郷」


諷虹 合わせて考えると昔育った場所みたいなもんですかね。

ネット検索
「田舎」
い‐なか〔ゐ‐〕【田‐舎】
1 都会から離れた地方。「田舎から町に出てくる」
2 田畑が多く、のどかな所。人家が少なく、静かでへんぴな所。「便利になったとはいっても、まだまだ田舎だ」
3 生まれ故郷。郷里。父母や祖父母のふるさとについてもいう。「うちの田舎は四国の港町です」
4 (名詞に付き、接頭語的に用いて)素朴・粗暴・やぼなどの意を表す。「田舎料理」「田舎風(ふう)」「田舎侍」
虚空 「第二のふるさと」なんていう言い方もあるよね。

諷虹 都会から離れたところを”いなか”・・・故郷と都会は対極なんですかね。これだと都会生まれの都会育ちの人はどうなるんでしょうね。
それこそ英才小の子なんて・・・

虚空 屋上で遊ぶんだもんね。

以前朝の連ドラで話題になった「ちゅらさん」で、沖縄から東京に出てきた青年が「東京は人が住むところじゃない」と愚痴る場面があった。その時に東京育ちの女性が激怒して・・・。


諷虹 都心には住みたくないですが、ちょっと離れたところで都会に出やすいところに住みたいというのはありますね

虚空 だから茨城の県南地域は東京のベッドタウンなんだよ。

ベッドタウン
独自の産業基盤をもたず,大都市の近郊にあって大都市への通勤者の居住地となっている都市。夜間人口が昼間人口をはるかにしのぐこと,販売サービス業が肥大していることなどが特徴である。住民の転出,転入が激しく定住性が相対的に低いことから,地域に対する住民の愛着,関心の度合いが薄いのが社会心理的な特色である。また世帯主の年齢も若いことから,幼稚園や義務教育学校の整備が必要になるなど生活行政,教育行政などの面でさまざまな困難をかかえていることが多い。

諷虹 「ベッドタウン」を訳して「布団町」みたいな日本語だとするとこの説明は違和感がありますよね。故郷のようなおうち意識・安心感がなく、それこそ寝るだけに帰ってくる場所。だから日本語じゃなくて英語で表現したんですかね?


虚空 だからそういう地域の学校も大変なんだよ。愛着もなにもないから。もともとは農村だから祖父母とかさらにその上の世代から、っていう人達も一部にはいるんだけど、大半が新興住宅地の世帯。
自分達の地域・学校という共通意識がなかなか実感として持てないことが普通・・・しかたないんだけどね。


諷虹 故郷の意識が薄い、西部劇なんかの人達にとっては”ベッドは明日への英気を養うだけの場所なんでしょうね。


虚空 それが故郷を自分達で作ろうとした歴史を持つ国との違いだよね。国語でいうと前にも話した「小さなリスの大冒険」。
小学校3年生にこの結末の続きを話し合ってもらったけど、「やっぱりこの子たちは日本人なんだな」って思ったもん。


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都会の小さな公園に住んでいた臆病リス「マール」が、たまたま西の方の巨木の森があるという話を聞きつけ、「西へ行かなくちゃ」と決意し、出発。大冒険の末に巨木の森にたどり着く、という場面でおしまい。

当時、上原輝男先生にこの教材について相談した際、

「こんな臆病なリスが何故、たまたま聞いた話だけで大冒険をする気持ちになれたのか・・・それは日本人にはなかなか分からない感覚だと思う。 これは翻訳ものの教材だよね。僕は誤訳というか、あまりうまい訳じゃないと思う。

これは「西」じゃなくて「西部」なんだと思う。アメリカ人にとっては「西部」っていうのは開拓者魂を刺激する言葉だから。だからこのリスも「西へ行かなくちゃ」じゃなくて「西部に行かなくちゃ」・・・・だから勇気が沸き上がってきたんだろ思うよ」

という指摘がありました。

この話を学年会で出した時に、誰からともなく「ふるさとの意識も日本人とは違うんだろうね」という話になり、それをこの教材での授業の最後に問いかけてみることになりました。

「このあとマールはどうするでしょう?」

予想通り(?)大半の児童は、また元の都会の公園に帰って、旅の自慢話をするだろう、でした。何人かが、西部の森に住むんじゃないかと書いたのですが、その意見に対しては「そんなわけないよ」という意見が大半でした。

授業のしめくくりとしては、どちらの意見が正しいというのではなくて人や国によって意見も、当たり前の基準も違う・・・それを認め合う・・・という方向の投げかけをしました。

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諷虹 錦を飾る場所がないんですものね
虚空 こういう言葉が今時飛び交うっていうのがすごい。

ネット検索
錦(にしき)を飾・る
美しい着物を着る。転じて、成功して美しく着飾って故郷へ帰る。「故郷に―・る」

諷虹 やっぱり故郷に「帰る」んですね。

虚空 6月1日のやりとりでもガルパンのおうち意識・ふるさと意識のことは盛んにでていたじゃない。
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Nanba先生 本当にあそこに乗っているのは子どもなんだ、ある意味で。

諷虹 あとガルパンでは「母校」とか

虚空 学校をすごく大事に位置づけていますよね。

諷虹 大洗という町もね

Nanba先生 ホームタウンだよね。

諷虹 それが実際にあるということで全国から集まってくる。

虚空 リピーターが多いということと、ふるさと意識

諷虹 他県から来た人って、必ずっていっていいほど「ただいま」の感覚なんですよね。お店の人に「また来たよ」じゃなくて「ただいま」。実家に帰ってきた感覚。

Nanba先生 だから「聖地」とは違う感じなんだ

(中略)

Nanba先生 観光地じゃないんだな。観光地のように行って帰ってくる場所じゃなくて、まさしく「戻る場所」なんだね。

コバルト 子宮

Nanba先生 子宮か・・・すごいな・・・。

コバルト 汚そうと思う人がいない

Nanba先生 子宮だもんな。

諷虹 実家かえって汚して帰ってくるなんてね・・・

ヒマワリ 生まれ変わりだもんね。
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ガルパン最終回のラスト
凱旋パレード
学園艦に帰ってから「お風呂入って、アイス食べて,それから・・・戦車に乗ろっか」

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ガルパン劇場版
会長 「みんなで大洗に、学園艦に帰ろう!」

みほの帰省
姉「ここはお前の家だ。戻ってくるのに何の遠慮がある」
みほ「(部屋)かわっていない」

劇場版のED・・・各校のおうち気分満載


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虚空 この世界には、実際にある「県立 大洗高校」は存在しないんだよね。
でも現実の大洗の町が、ガルパンっていうことだと、アニメの大洗女子が実在しているかのような雰囲気になっている・・・アニメで全国優勝した時だって、優勝祝賀の横断幕が駅に出たわけだろ。

キャラパネルが置いてある店だって「うちの娘」「うちの孫」っていう扱いだし、役場だって住民票を発行しているとか・・・みんなで盛大なおままごとを本気でやっている・・・そして、それが現実の意識と入れ替わっている。
この前50円玉君と「虚構とドキュメントと現実・真実」のことについて扱ったんだけど・・・。 
さっきラインにも書いたけど、宮崎アニメも「おうち意識」をあの手この手で取り入れているじゃない。
多くの人達と共鳴するわけだよね。


*大洗の八朔祭りに行った諷虹の話
諷虹 山車の一台が戦車型だった


ネット検索
 
 八朔祭について
大洗磯前神社の八朔祭は、鹿島神「武甕槌命(たけみかづちのみこと)」と、 香取神「経津主命(ふつぬしのみこと)」が、大洗磯前神社に祀られている 「大己貴命(おおむなちのみこと)」に国譲りを迫り、 北上した古代神話にまつわる神事で、四海平穏、五穀豊穣を祈願するお祭りです。

古くは旧暦8月1日に鹿島神宮から神職総代等が矛・盾を奉じ騎馬を以てはるばる大洗に参向して祭っていました。

近年は8月25日を以て同神社の例祭とし八朔祭と称しており、 夏の終わりの風物詩として町内外から多くの人出で賑わいます。


虚空 これって伝統的なお祭りなんでしょ・・・神様がらみの。自分にとって縁の深い神様も関わっているし・・・。
それでこの戦車の形の山車はすごいね。

諷虹 ご祝儀を渡すと空砲を撃ってくれるとか・・・盛り上がっていました。
普通じゃあり得ないような光景なのに、大洗だと違和感がない・・・。

山車の様子のブログ記事(動画リンク紹介あり)
comicbookstore.blog39.fc2.com/blog-entry-4717.html
80年前と一致?
https://twitter.com/yosizo/status/1165098099489927168?s=20
*このはな綺譚の最新巻 「此花亭慕情」シリーズ〆

諷虹 読みました?

虚空 読んだ・・・記憶をなくしていくという話だから、どうしても痴呆症のことをいろいろと思い出しながら読んでたんだけど・・・忘れていくっていっても、当人にとっては本当にボケてしまった状態ではボケていると思っていないし、忘れてしまったという自覚もないんだよね。入院のショックで一時的にボケたじいちゃんだって、おかしくなってしまっているという自覚はない。
本人はその瞬間でちゃんと普通にものを考えて生きているという感覚なんだよね。
だから忘れられたとしても「また初めまして」を繰り返すというのも、すごく実感があった。
知り合いでも実の親が認知症になって、っていう方が何人もいたから余計にね。


諷虹 此花亭慕情は4巻から一応始まっていたんですね。(その弐 5巻)(その参 7巻)(その肆 8巻)

こうやってみると出会いも別れも月明りの下だったんですね。(4巻P29 と 9巻 P34・35)

善も悪も・・・なんか太陽って全うじゃないとその下に居られないような選民意識があるようですが、月だと魑魅魍魎も跋扈するような・・・善も悪も。
だからこういう悲劇にしてもいい出来事にしても・・・。

*柚が着物を買って比丘尼様に会いにいきたいです、という場面

諷虹 故郷に錦ですよね、この場面も。


(このあと、火の鳥 鳳凰編 の話へ  次のブログ記事)

☆おうち意識からのあれこれ  合宿前後のラインやりとりから②

ラインやりとりの続きです。
ダンデリオンツイッター記事の内容からコバルト君が感想を述べて、というのからの始まりです。


「煌き」と「旬」との結びつきから「今をどう生きるか」という話も飛び出します。
コバルト君の大きんな古時計の引用とソルティさんのコメントとが相まって・・・


最後の方ですが、ヒマワリフクロウさんが 「千と千尋の神隠し」と「ガルパンのマリーさん」と「義経千本桜 大物浦のクライマックス」と結び付けたコメントをしています。こんな組み合わせが飛び出すというのもすごい感覚だと思います。


高校の学習指導要領に関しての新聞記事に対して、またNanba先生のツイッター記事に対して、上原輝男先生の言葉を引用しながらのリツイート文も転載しています。


また、虚空は盛んに「体感による類化性能」という言葉を用います。定着させたいので・・・


2019.08.17 土曜日
08:27 コバルト
地続き・・・先ほどアップされたダンデリオンさんのTwitterの文の中でもこの地続きを感じさせられました。
文の中抜き
既得権を守りたい人たちの恐怖のヒステリー。それに対して同じようにささくれだった応酬をするのはあまり意味がありません。このような温かいメッセージこそ広めて、彼らのことも包み込んであげましょう!
また「あたたかさは万能なり」という桜井章一の格言はやはりものすごいことなんだと感じました。麻雀という勝負の世界で表向きに勝った負けたにこだわらない訳だし。

学習なんて、そもそも競争なんてものでもない、ただそういう雰囲気を学校や社会で作り出してしまっているだけ。
だからZaki小学校の「人を先に自分は後に」は的を得ているんです。


09:41 ソルティ
「 あたたかさは万能なり 」 いい言葉ですよね。受け取りたいのはこれだし、発信したいのもこれだ!! なかなか難しいけど。


12:37 虚空
「あたたかさ」についていろんな角度から感じさせられることがこの数日間に相次いでいます。
月並みな言い方ですが、教育も技術だとかなんとか以前の「あたたかさ」なんだろうなという・・・・
教室は「外」の世界であっても、ある種「うち」の気持ちも内在できるかが大切だと思って、環境づくりというか雰囲気作りはしていたのですが・・・。
頭ごなしに子どもを否定するのだけはやっぱりね・・・とは思っていました。
(なかなかそうは思えないような他人を踏み台にして平気な子とかは実際のところはいたので、なかなか理想通りにいったわけではないですが・・・)


19:28 コバルト
これが本当に難しいですよね。冷たいでも熱いでもない、「あたたかい」。
また日本の国旗が日の丸っていうのも感慨深いですね。


20:59 虚空 ☆体感による類化性能が今度のカギ????と聖徳の2年生に対して思ってた部分もあるので、私が追加で作成した「類化性能」と題した資料のトップに

*諷虹君 家庭教師時発言・・・体感が橋渡し
諷虹 羊水に包まれているってことは水中に近いような浮遊感覚・・・空を超えて、宇宙という無重力状態=羊水の中っていう母体回帰のイメージが結びつくんですかね。
というのをもってきました。
土浦でも諷虹君が盛んに話していたことなのです。

22:12 虚空
先に予告していたようにツイッターにブログアップのお知らせを載せました。
先週から盛んに諷虹君は「体感による類化性能」ということを考えて発言しています。
理性による類化性能よりも、非常に大きな意味をもっていると思います。特に世界定めの構築において。
そんなやりとりの一部をブログアップです。
http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/398/
ところどころ上原先生のいう「母胎回帰性と闇」とか「英才児について考えることは教育全体の大きなヒントがある」という点に関わる話が飛び出します。

同じテーマに関して新たなアニメや漫画を通して繰り返し考察するのも、我々自身の類化性能・子どもの心をキャッチする感度アップに直結しています。

2019.08.18 日曜日
01:25 コバルト
起承転結は直線運動、序破急は円運動(卍)、包み込める要素はやはり円運動の序破急。
直線運動は周りにある大切な要素を見過ごしてしまうんですね。


05:45 虚空
そりゃ脇道に入るとか許さないから・・・電車と同じですね。既成のルートをちょっとでも外れようとすると脱線してしまうと思ってしまう。

日本は伝統を重んじる国、というイメージが強いから「起承転結型」と思われがちですが、案外「序破急型」の方が多いと思っています。

上原先生の師匠の一人である郡司先生も「日本の神はマンネリを嫌う」というような指摘をされていますしね。

ニュートンの運動方程式の発想からいっても、「等速直線運動」の本質は「静止」(死)と同じだと教えてくれています。



08:38 コバルト
銀河鉄道999でも機械の体(永遠の命)を手に入れる為に旅にでた星野鉄郎、結局最終的には機械の体になることを自ら拒否してしまった訳ですが。
死があるからこそ、生きることが出来るんですね。
花も枯れるから花なんです。枯れない花は、もはや花じゃないし気味の悪いだけ。また花火にしてもいつまでも空に残り続ける花火を美しいと思えるだろうか?
もはや惰性(等速直線運動)です、見苦しいし本人も苦しい。

煌めき(儚さ)(一瞬)(刹那)こそ「生」の本質なんでしょうかね。



08:40 虚空
それこそが「旬」を大切にしてきた日本人の感覚・・・これも意識のベースの一つだと思います。
1年じゅうスイカなどが食べられるようになって野菜や果物という身近な「食」を通しての感覚もおかしくなっているし。



08:54 虚空
つい先ほど、高校の新学習指導要領についてのあるツイッター記事に、駿煌会としてコメント付きリツイートをしました。
上原先生の言葉も紹介していますが、これも「起承転結」と「序破急」の問題とからんでいると思います。

どうする?どうなる?これからの「国語」教育
8月17日付「天声人語」も、国語の新学習指導要領問題を取り上げました。




上原輝男先生の語録から 「次代をになえる子どもを育てなければならない。それは未知数を感じさせる人間。今の世の中に合うように作られた優等生は、自分の世界を作って外に出ようとしないから次代をになえない。」(昭和六十三年六月例会)


世間的な要望ということで国語に限らず学校教育が「現実対応」を教える専門学校・予備校のようになってしまっているのは、現行の教育基本法からさえも外れまくっていると思います。 教育の方針を考える立場の方々にどれだけの「哲学」があるのでしょうかね?




2019.08.20 火曜日
10:02 ソルティ
「母胎回帰性」いろいろ 「体感」による類化性能の対話 みてきました。 ご存知のように、学問的な話は苦手で自分が楽しいところだけ拾って読んで楽しんでいます。

*大きな古時計 → { 新しい発見 }
☆このおじいさんは 100歳を越えているのか~。天寿を全うした。すごい。毎日かわからないけど大時計のねじを忘れずに巻いた。こつこつ積み上げる人とみた。
☆昔の、手動だが、単純なつくり?の品物は壊れないのがすごい。
☆あの世に旅立つときに、「 じゃあ 行ってくるね。」とメッセージを残すことは大いにありうることだと思う。= ベルがなった。
☆原爆が落ちた時や、大震災の時に時計が止まって 一瞬の時の出来事を人々に伝えることがある。その一瞬の時に心がとまりその先の人生の生き方の指標となる人もいる。

10:42 コバルト
大きな古時計一番だけの引用します。
おじいさんの時計
百年 いつも動いていた
ご自慢の時計さ
おじいさんの 生れた朝に
買ってきた時計さ
いまは もう動かない その時計
百年 休まずに
チク タク チク タク
おじいさんと いっしょに
チク タク チク タク
いまは もう動かない その時計

「いまは もう動かない その時計」部分が五七五の七七の部分である感じがするんですよね。
物語が一直線になっていなくて転換が起きているというか。


11:33 ソルティ
Q,575の部分って この歌詞でいうと どこですか?


12:00 コバルト
五七五は物語を構成する部分です。序章(器)を創るんです。「いまは もう動かない その時計」以外は五七五の部分でいいんだと思います。
他の部分は「生」を表して、最後は「死」を表している。
序破急スタイルですね。死と再生の(転換)の繰り返しなんです。



12:06 ソルティ
物語を構成する部分 → なるほど。
 7・7の部分 いまはもう動かない、おじいさんと時計。これを死ととらえると 再生は どのようにとらえればよいでしょう? あの世で 「お帰り~ 頑張りましたね。」と迎えられることですか? よくそのようにスピの世界で言われたりするんですが・・・?

まてよ、それじゃあ 再生っていわないよね。このおじいさんがあの世に還り、再びこの世に生まれたときに再生っていうのかな?


12:36 コバルト
ON(生)(あっち)かOFF(死)(こっち)ではなく、濃いか薄いの違いのような気がします。
いるけどいない、いないけどいるみたいな。
もっとも死ではなく空なんでしょうかね。
色即是空 空即是色みたいに。



15:12 虚空 大変興味深いやりとりが展開されていますね。
*コバルト君の見解で、
言葉の数の上で七七となっていなくても、位置づけの上では七七のポジションだということですよね。
歌そのものの構造をつかまえてハートで「詠む」んだろうと。

女川の俳句の授業を上原先生がされたときに盛んに子ども達に「歌は作るんじゃない、詠むんだ」と盛んに強調されていましたが、NHKの俳句や和歌の番組をみても、現代歌人たちの多くが「作る」と言っています。

15:13 虚空 この時計に関するやりとりだって、母胎回帰と闇にも直結する内容ですよね。


2019.08.21 水曜日
07:18 虚空
諷虹君がこの前から盛んに言っている「体感による類化性能」にからんでいると思われる番組
「デザイントークス 本能」
本放送の時にみたのですが特に後半の子どもの遊具とか、新たなホテルとかの話題の根底には母胎回帰がありそうだと感じられました。
今度の聖徳の授業にも参考になりそうですが・・・
現代人の心の問題へのヒントになると思っています。
(雑誌18号に書いた 錯覚も現実意識 のことともつながっています)



10:12 コバルト
本能のまま生きる事をしろって訳じゃないんですが、大切なことは本能があることを認識していること、常日頃の本能との向き合い方なんですね。日常や現実社会で形成されたような人格だけでなく、心格も一緒に重ねておく。
主観と客観視と美学(構え)を同時にする事が大事なんです。それにもし本能が暴れ出したら主導権を簡単に奪われてしまう訳ですし。
だから理詰めや合理性で本能を無視しすぎると、やがては本能にひっくり返されてしまうんです。本能(スピリチュアル)との共存共栄こそが自然的なんだと思いますし、心身と共に健康でいられるんだと思います。また自身の気心を知れば迷うことはないんだと思います。

また錯覚や夢など本能が引き起こす訳ですし、自分の意思ではコントロールは出来ないんです。
もし迷った時は美しいと感じた方を選べば良いんですね。欲求ではなく本能を満たすんです。
それが色の三原色と光の三原色の違いであると感じています。

13:47 コバルト
短歌は作るのではなく詠む。
ミケランジェロも「私は大理石の中に天使を見た。そして天使を自由にするために彫ったのだ。」の感覚なんですね。
麻雀界の桜井章一も牌の聲(こえ)を聴くということを実践しているわけですし、そうやって見えない世界(闇)を視る力こそが、本物の人間力であって、もっとも可能性に満ち溢れているんです。

14:33 虚空
本能・感情・イメージ運動・情動・・・・それらに対して意識のアンテナを向けることの修練が幼い頃から大事なんだろうなとはずっと思っています。
だからイメージ作文とか本音作文とか・・・心と体の実況中継と称した作文を山ほど書いてもらっていたし・・・。運動会や遠足の思い出作文を、その前の日に書いてもらっていたというのもね。
セルフコントロール能力を高める一貫というかね。やがてそこに「論理性」という技能も加わるという感覚でしたね。

例のあおり運転の次々となされている報道をみていると、尚更そういった経験を幼い頃から積み重ねておく必要があるかな、って。
コバルト君の意見を読んでもそう思います。

☆2019年8月29日
20:37 虚空 先ほどブログアップした記事を紹介したツイッターです。

・ネタバレ(ガルパン劇場公開)の関係で未公開だったラインやりとりや、諷虹・虚空やりとりを一挙にブログアップです。
例の如く、最終的な目的は「人間」や「教育」について深く考察していくことなので、ガルパンなどを知らないという方々も是非一緒に考えていけたらと思っています。

・最初は、「錯綜」「山・・・ダンデリオンツイッター記事から」その他いろいろ :  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/399/
です。
それこそ様々な話題が「錯綜」しています。ただ、ダンデリオンツイッター記事は時系列の関係でここに掲載していますが、この記事をふまえてのやりとりは、既に掲載済です。(咲の話題)

・ガルパン劇場公開 に関するラインやりとり (含む 劇場版 青春ブタ野郎):  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/400/
量子論やおうち意識・・・日本古来の感覚などが入り交じり、後半ではターミネーター2の話題なども飛び出してあれこれやりとりをしています。

・☆「英才児・ガルパン・麻雀漫画・論理」を通して「人間や教育全般を考える」:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/401/
2019,6,16諷虹・虚空のやりとりです。
英才小学校の話からはじまって、女の子たちが主人公の麻雀漫画や、スラムダンクもとりあげながら「論理」「感情」「構え」についても考えています。

・☆アントワネット供養の視点?・・・江戸歌舞伎との接点 他 ガルパンと人間:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/402/
多様ななりとりの中で、今回特筆すべきはガルパン監督の意識の中に、江戸歌舞伎の発想に通じるものがあったのではないかという点です。
上原輝男先生が義経千本桜で考察している点が・・・

・ガルパン 論理・感情 と 構え:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/403/
6,22のやりとりです。さらに話は発展するのですが、やっぱり行きつくのは「構え」…具体的な生き様に反映する部分なので。
これらの相互間系については私の周囲でもいろいろな意見があるのですが、自分は密接に関係しているという立場です

・6月1日や8月11日の「Nanba先生を交えての駿煌会の集まり記録」文字起こしなどの作業がなかなか進まないために、ブログアップもたまってしまっています。
「天気の子」に関するやりとりは、もう少したったらにしますが・・・。
なかなか体がいうことをきいてくれません(苦笑) 虚空記

23:36 ヒマワリ
こないだの金曜ロードショーで千ちひテレビでやってたじゃないですか。
千ちひ何十回と見てますけど、リアルタイムでまた見てたんですよ。
オクサレ様にトゲみたいなのが刺さってるー!ってなって、湯婆婆からこのロープをお使ぁい!言われて、千尋引っ掛けようとするじゃないですか。
でも引っ掛けらんなくて。
そのときリンの手が伸びてきてロープぐるぐるぐるぐるー!って超早く巻いてくれるじゃないですか。
あの瞬間と、マリー様がクネクネクネ〜ってのぼってくるとこ、似てません?なんてゆーかこう「見てて気持ちがいい瞬間」っていう意味で(笑)
とゆうのを、こないだ千ちひ見てて思ってたことだったんですけど、別に駿煌会ラインで言うこともなく自分の中で思ってて。
んで今アップされたブログ読んだときに、義経千本桜の縄がぐるぐる巻きだとか書いてあって、おぉん!?と思って(笑)
あのロープからオクサレ様が川の神様に戻れた(生まれ変われたか?)わけだしなぁとか考えてた。

2019.08.30 金曜日
06:31 虚空
「オクサレ様」と「マリー様」と「義経千本桜」をこんな風に結びつける!!!!
自分には全く思いつきませんでした。
「特に書くほどのことはないか・・・」と思っている中に「お宝」があるという好例ですね!
「類化性能」と呼んでいますが、磨きがかかるほど、一見全く関係なさそうなものを「橋渡し」していける・・・見えないものがみえてくる・・・世の中が様々な「錯綜」から成り立っている・・・そんな単純に自分の常識の枠で決めつけることはできない・・・という境地になっていくんだと思います。

みんなの素朴な発想、体感や知性からくる類化性能・・・・それらを重ね合わせることで、もっと大きな「バタフライエフェクト」が広がっていくんですね!
2019.08.31 土曜日
13:17 虚空 Nanba先生のツイッター記事に対してのリツイートをしました。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::
上原輝男先生は「初等教育段階の国語は日常生活そのもの」という趣旨の発言をされていますが、それは中学生以上…大人にとっても同様ですよね。ネットでのやりとりや、ニュースなどの言い訳会見等々、良くも悪くも生きた真の国語教育の教材に満ちています。もちろんアニメ等々の世界にも。

さらに言えば、こんなにも「一分で泣ける・・・」等々のことばかりが優遇される風潮が続いているんだろうと。

本格的な文学作品とか、映画とかが「重たい」「うざい」と若者たちに敬遠されるのは・・・。背伸びのポーズでもいいから触れてみようという気位が欲しいものです。

こうした風潮も「生意気・気取り」というのが子ども達の世界から消えてきているのとも無縁でないと思います。結果を恐れて無理しての背伸びをしない。そのくせ安易に目立ちたいということばかりに飛びつく。
自分を高める努力をするよりは、他人を蹴落とした方が、挫折感を味わうリスクもない。
学校の勉強に限らず、若者達が好きなアニメでさえ、12話完結が主流。かつてのようにストーリーもので短くて半年、1~2年かけてじっくりと内容を深め描いていくものがないわけですからね。
(長編ラノベは内容を深めるという方向とはちょっと違う気がしますし。)
引用ツイート
Nanba先生博孝
@hirotakanamba
 · 5h
私は中学校の担任であったし、演劇部の顧問だったこともあるので、体感的に言いますが、部活こそ国語教育だと思う。ただ、悪い国語教育もあるけど。

☆おうち意識からのあれこれ  合宿前後のラインやりとりから①

児言態の合宿前後のラインやりとりの一部です。「おうち意識」「母胎回帰」「子宮内感覚」などが常にベースにあってのやりとりです。


新たにキーワードにしたいと考えている「体感による類化性能」のもとになった諷虹君の発言もラインで紹介した前半からはじまって、非常に多様に話がとびます。


「馬」とか「ドラゴンボールと仏教」とか「天気の子」に等々との関連もちょっとずつ・・・



児言態で知り合った方が新たに参加してのやりとりもあります。



2019,08,08
10:38 虚空 ブログアップに関するツイッター記事の転載です。
・「おうち意識」をさらに深める「出産時の思い出」作文等々から、をブログアップです。  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/395/) syunkoukai.edoblog.net/Entry/395/
手話を会得したゴリラの死後のイメージからはじまり、小3生が書いた作文からの考察、そして最終的には「ウルトラマンのカラータイマーは陣痛ではないか」という説まで飛び出します。


2019.08.09 金曜日
21:14 虚空 現在、諷虹宅。
母胎回帰の話がちょっとでたところで、諷虹君がある歌を紹介してくれました。
そこのやりとり記録部分です
:::::::::::::::::::::::::::
諷虹 (トリック主題歌 2000年8月9日に発売された。作詞・作曲は鬼束ちひろ、編曲は羽毛田丈史。表題曲は、抑圧からの解放を願うミディアム・バラードである[1]。)
8月9日というのが・・・・。
♪ I am GOD'S CHILD(私は神の子供)
この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field?(こんな場所でどうやって生きろと言うの?)
こんなもののために生まれたんじゃない

諷虹 この「産み落とされた」っていう表現ってよくあるじゃないですか。
この天から降りてきたっていうのはよくあるじゃないですか。
不思議な表現だと思うんですよね。曲名も月光ですからね。
::::::::::::::::::::::::::::::

21:32 ヒマワリ
おぉぉ〜…穴って、月光なのかな?  月、天の穴。

21:39 虚空 
諷虹宅です。今こちらでは、浮遊感覚と「水」が話題になっています
(ヒマワリさんへ)あのお子様方と一緒にお風呂に入った時に、いろいろと聞くなり試してみたら面白いかもね。

:::::::::::::::::::::::::
諷虹 やっぱり重力に縛られている感はあるんですかね。煩わしさというか
羊水に包まれているってことは水中に近いような浮遊感覚・・・それが出てくると重力を感じてしまう。
空を超えて、宇宙という無重力状態=羊水の中っていう母体回帰のイメージが結びつくんですかね。
湯に浸かるというのも。心の洗濯なんてミサトさんは言ってましたけど
::::::::::::::::::::::::::::::

8月10日
10:44 虚空 ゆうべのやりとりをブログアップしたお知らせのツイッター記事です。
・☆「産み落とされた」という言葉から「子どもは神の領域」感覚へ:  をブログアップ(link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/396/) syunkoukai.edoblog.net/Entry/396/
実際に昨日耳にした幼児の語る出生前記憶や、自閉症の青年の内なる言葉の世界、等々の話ともからんで、「子ども」が稚児であり生命の指標であるという古来からの感覚に迫ろうとしています。

・この中で簡単に触れている「ことばが劈かれるとき」という書物の内容や、幼児が語ってくれた言葉は、後程正確に紹介できたらと考えています。
『表現しない子=何も感じられない子』

という勝手な決めつけはとんでもない誤解であることがある、それは私の経験からも確かなことだと思います。

・さらに、本音では教育産業等々の利害の思惑で行われていることもある各種「早教育」が、必要以上に「現実対応意識」を早くから植え付けてしまうことへの危惧。
国によってはそれが優秀な子を育てるカギだという発想があるようですが、日本人は真逆の発想で逆境に極めて強い人間を育ててきました。


2019.08.11 日曜日
02:12 コバルト
https://youtu.be/qCVkLDM_SIE

 記憶は生物だけではなくモノにも宿る、それに今を台無しにしたら過去も台無しにしてしまうことになってしまう、また未来にしても。
過去現在未来は全てが繋がっているということになるのかな?
過去に在った事が無かったことになる‥過去はもう過ぎ去って無くなるものではなく、同時進行で生き続けるモノが過去であるということなのかな。
月光について、日本人が抱いていた心象がこういう動画の人物みたいな感覚なのかなと思いました。
黄泉がえり、不確かなモノ、やさしい光、包まれる、ボヤァと光るから映し出されるものがある。などなど色んなキーワードが浮かんでいます。
ちなみに全ては知識からではなく心象風景から導き出しています。
こういうテレビゲームにしても心象が根付いたものであれば、共鳴共振を起こしてパッと甦るものなんですね。
作文、学習、言語にしても心象風景が要になってくるんだと思います。
不自然になってしまえば心象がつかないんです。
すぐに忘れてしまうし、頑張って覚えたとしてもうれしくない。
満足感は得られても、幸福感は得られないです。



02:51 虚空
そこが人間の意識の不可思議なところでしょうね。かなり自由に意識世界を構築できる。
それこそ先ほどのやりとりでも意識の持ちようがいくつか出たけど、あんな風にナマのやりとりをしていると、自分がすぐに取り入れられるかどうかは別にして「いろいろアリなんだな」という了解事項は増える。
それだけでも多分バタフライエフェクトが起きる・・・よね????


10:56 虚空 ゆうべのやりとり・・・明日からの児言態の合宿との関連も深そうな内容だったので、これもアップ作業を急ぎました。

☆「英才児の特徴を作文から探る」 ・・・日本語英語の違いなども交えて:  ブログアップです(link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/397/) syunkoukai.edoblog.net/Entry/397/
諷虹・虚空のやりとりにコバルトブルー君ことりのおやつ君も加わりました。
英語と日本語の違い、身振り手振りの違い、その他インチキ商法などの話題なども混じっています。


2019.08.13 火曜日
(児言態の合宿で知り合った方を招待)・・・もちろんこれはライン上の名前です

18:30  りんしゅんと申します。宇都宮で家庭教師をしています。よろしくお願いします。
18:52 ヒマワリ
ほぉ、よろしくおねがいします! 児言態の集まりで知り合ったの?


19:47 コバルト
そう! 言葉に対してすごい誠実な方だよ!
20:05 りんしゅん
(夕飯を他の会員の方とりながら)子どものキラメキを捕えるときに、現れた言葉のキラメキだけで捉えてしまわないようにしないといけないよねー、なんて話を指摘しました

何かを語るのに、思いもよらない例えとか切り口を引っ張ってくるってことと、知っている事柄や概念を関連付けて話を組みたててくるってのは、「言葉以前の何かに潜ってそれを表現しようとしてる」って点では同じだと思うんですよね

だから、子どもが「言語以前のなにか」に触れられてるかどうかを見てとる時、単に子どもの文章の奇抜さだけを拾ってきてしまうと、目を向けられないキラメキが出てきてしまうかもしれない
というか、そうじゃないと自分みたいな子どもはかえって「魂」に触れてないかもしれない……というのが本音です
(児言態 合宿帰り  コバルト・虚空は一緒に高速バス)

20:53 コバルト ・・・児言態雑誌15号 おうち構造図に書き込み





20:54 Nanba先生
ああ、なんかいいねー。こちらは、飛行機故障で羽田留め(笑)今から乗ります  では、また会う日まで。


21:00 コバルト
お疲れさまでした!只今虚空と高速バスで水戸に向けて移動中です。また10月楽しみにしています!

(児言態会議中にしていたコバルトメモ)





2019.08.14 水曜日
04:03 虚空
会議の空気をガラッと換えてしまった、あの「風発言」の元となったメモも是非載せてくださいな。



07:57 コバルト





08:29 コバルト
りんしゅんさんありがとうございます。自分達もその煌めき(あたたかみ)について結構やり合っているわけですけど、実の所よく分かっているわけでは無いんです。目には見えない所に実体が無いわけですし。ただそこに在るって信じているだけなんです。信じるしかないんです。
温泉を掘り当てる感覚に近いかも。ただ子供達っていうのはそれを信じちゃっている訳なんです。だから信じちゃっている子っていうのはキラメイているんです。

昨日りんしゅんさんと天皇陛下の違いついてのやり取りで決定的な違いって信じている部分「あたたかみ」があるかないかになってくるんじゃないかな。
(中略)あたたかみを発しているのはNanba先生でしたね。
だから最初に話題になったマンダラの真ん中に大日如来(あたたかい)とその化身、不動明王(あつい)は必然だったんです。

馬に好かれる人と好かれない人っていますが、馬ってその「あたたかみ」が在るか無いかを見抜くんですね。だから皇居では今でも馬を大切にするのかな。



09:05 虚空
馬が「神様の乗り物」「異界と行き来できる特殊な動物」というのも、誰かがそう決めたからそういう風に日本では信じられるようになった、というよりは、実際に馬とかかわっている中で「そうに違いない」と感じるのがあり、そのみんなの想いが凝縮されたことで先の様な信仰が発生したんだと思います。

だからその後も共感・共鳴できているんだろうな、って。
だって、実際に児言態岩手合宿で出会った道産子にしても、神田明神のあかりちゃんにしても、神奈川の施設にしても、馬を間近にしてあの瞳などをみるとそう感じてしまいましたから。
そして、それは特に乳幼児にじっと見つめられた時の感覚とも同じ。

だからどちらも「神の領域」・・・・でもこの神っていうのは、いわゆる国家神道などで政治利用される神、西洋でも人間の利益のために利用される神ではなくて、トトロの世界にでてくるような土着信仰をベースにした神ということですが。

だからマンダラも単にマンダラが好きな子、というよりも、マンダラを観てきっと何らかの衝撃が走ったとか、強烈に引き寄せられるものがその子にはあったんでしょうね。そこに児言態として一般的な名称を与えたらこれも根源としては「おうち意識」なんだろう、ということだと思います。


09:47 コバルト おうち意識が「あたたかみ」の部分になってくるんですね。
五七五(器、型、風車)七七(血、風)であるなら納得がいきます。
血、風があたたかみ(熱、エネルギー)を生み出すんですから。
だからNanba先生は俳諧連歌にこだわっていたんだと思います。



09:50 虚空
自分は和歌(俳句も含めて)は自分でまともに詠んだこともないのでこれまで深く考えたことはないのですが、昨日も発言したように、何故あの形に落ち着いてきたのかということを改めて考えて観る必要を感じました。

それこそ例の雑誌2号の「かたち」と関連させながら

10:11 虚空
昨日の会議で最後に話した「柳田先生と折口先生の神対立」(氏神と来訪神)ですが・・・自分が教師をしていた10年間もそうだし、家庭教師をしてからもそうですが、一般的な大人基準で表面的に否定的な判定をされてきた子を担当する・・・という場合が比較的多かったわけです。

でもそれこそ初めて出会ったばかりの自分は「まれびと(来訪神)の立場。だから前任者や学校でこう言われてきました、ということは抜きにして接してみて、自分でその子の見えないところにある様々なことを感じ取ろうとしてきたわけです。
その結果、大きな変容をすることがあいついだ・・・・
それは自分に指導力があるわけでもなんでもなくて、ただ内なるみえない部分を信じただけ。
そしてそれが出てくるのを邪魔しないようにし、本人の中に何か壁があるようなら、そこに風穴をあけるお手伝いをしただけ。
そういったこちらの姿勢(構え)を感じ取ってくれたというのが、指導力云々というテクニックのようなものとは全く違ったところだったと(自画自賛のようですが)考えています。
どんなに熱心に作文分析をしても、こちらにも「発見の喜び」というのがなければね。

12:50 コバルト


画像

大日如来と不動明王とスーパーサイヤ人。昨日のマンダラのやりとりから繋がってきました。


13:38 虚空
ドラゴンボールはZの数話をみた程度なのでよくは分かりませんが、仏像的なイメージは演出上かなり意識されてはいますよね。
昨日の私の例え話で「宇宙戦艦ヤマトの波動砲」とか「リリカルなのは」の「収束砲」ではうまく伝わらなかったのが「ドラゴンボールのカメハメ波」と言い直されて了解ムードになったというのも面白かったです。(誰がいいかえたんだっけ???)

「波」だしね・・・ヤマトのも「波動砲」・・・やっぱり「共振・共鳴」のイメージが根底にある?????
単なる必殺技とか破壊兵器という以外の何か????


2019.08.15 木曜日

08:55 虚空
「煌き」も新たなキーワードになりそうですね
ここでアンパンマンがでてきたわけですが、合宿初日の夜、同室だった児言態メンバーに三匹の子ブタの話をした流れから、アンパンマン誕生でも「受精」「死と再生」「真床覆衾襖」等々が現れているという、以前社会人クラスで出てきた話をちょうどしていました。
(今回の資料にもジャムおじさんのパン工場の写真も載せたわけですが)



8月16日
07:28 ソルティ
おはようございます。ソルティーです。りんしゅんさまようこそ。私はたまにやってくる(元)児言態会員です。虚空さんにいつもお知恵をいただいているものです。この駿煌会の中では一番年上です。現在学童保育でアルバイトをさせていただいています。どうぞよろしくお願いいたします。



10:05 虚空   児言態合宿 2日目の会議室からの展望




12:42 ヒマワリ
景色の写真、天気の子みたいだね。
コバルトブルーのまれびと感すごいわ(笑)
8月16日
21:07 虚空
現在諷虹宅で、13日の会議ビデオのごく一部(Nanba先生先生やコバルト君の発言のあたり)をきっかけにして「母胎回帰と闇」の話になって盛り上がっています。
素朴に思うのは、こうして駿煌会のやりとりが・・・核心部分は同じであっても・・・様々な話題とかアニメとかの観点から繰り返し繰り返しなされている・・・このことが、例えば今回の聖徳の作文を読んだ時に、さりげない言葉から無意識をキャッチしていける力のアップにつながっているんだろうな・・・って。

だからこの間の土浦でもそうでしたけど、大いに盛り上がれる。
改めて諷虹・虚空の次のやりとりは、大事なことを含んでいるような予感がします。


*聖徳の作文からみえる母胎回帰性について

諷虹 ふとんに入るも、お風呂に入るも、みんな「あたたかさ」じゃないですか。それから理想の家族をいう時にも「あたたかい家族・家庭」って言うじゃないですか。

虚空 それが「ナマ温かいものに包まれる体感」なんだよね。それが子宮にいたころの無意識の記憶だろうしね。穴だってそうだし・・・。

かつて児言態が藤岡先生と共同研究していた時の表題の一つが「穴と留守番」っていうのもね・・・結局「子宮願望」なんだから「母胎回帰性」だと思うわけだよ。

22:05 虚空
虚空が昨日、お盆で帰省していたある教え子たち一族と会ったさいに、数十年ぶりに乳児を抱っこさせられて・・・そこから感じ取ったことのやりとりも諷虹君としています。
まだに意識のベースとはこういうことだという実感。
そして、このあと、ヒマワリフクロウさんのお姉ちゃんの娘さんがお母さんのおなかの中にという記憶を語りだした動画を視聴。

丁寧に言葉をひろっていくと、いくつか気になる点があらたに出てきました(それはのちほど)
で、この言葉の中身から、「私に天使が舞い降りた」の最終回、天使の劇シーンをこれから二人で観ます。

年齢からすれば自分はこんな風にじいさんとして孫を抱いている・・・なんていう歳なんですね・・・・・



22:27 ヒマワリ
先生若返ってるわ。いい顔してる(moon amused)


22:30 虚空 子どもにエネルギーをもらえました。

13日の空についてもひとこと
朝、一時的にですが、いきなりザーッと雨が降り出して・・・間もなくやんで、5階の会議室からこのような空が見えました。朝日や夕日でもそうですが、やっぱり大事なのは異なるものの組み合わせのよるコントラストですよね。
雲一面でも、雲一つない青空でもどちらの場合もハッとしない。こんな風に適度に混じっているから美しい
まさに「天気の子」の根源に関わるかな?