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☆「恋する小惑星」地質班との共鳴④ ~「今この瞬間」の向こう側

2月1日のやりとり後半は、ゆうべの語り合いの「時空意識」や「垣間見」の関連で、たまたま中学生の授業の際に「盆栽」についての話になったことからはじまってのやりとりです。

「ウルトラセブンなどの秘密基地と母胎」と「チョコレート菓子の きのこ タケノコ 論争  と  旬」 「折口信夫 死者の書 ⇒ 地獄先生 ぬーべー」など、一見「恋する小惑星」とは直接関係のない話ばかりになりますが、根底に流れている発想はすべて共通しています。
*****************************:
虚空 樹齢がたった木だから巨木になる、っていう常識をひっくり返しているのが盆栽じゃい。たかだた数十センチの大きさにしかしない。
でも、そこに「時間の流れ」とか「風格」さらに「神格」まで感じさせるのが盆栽だろ?
☆皇居の盆栽
https://bonsai.shikoku-np.co.jp/imperial/ja/

盆栽の樹齢 wiki
樹齢
名品と評される盆栽においては樹齢100年〜300年以上の銘品が知られる。例えば「青龍」と命名された五葉松は樹齢350年と推定されている[1]。近時は盆栽の促成栽培の技術が向上し、短期間でも(例えば10年未満)相応のものに仕上げられることがある。樹齢が明記されることも少なくないが、実際には樹齢の正確な把握は容易でないことに注意を要する。 

諷虹 昔ドラえもんでのび太君が地球をつくるというのがあったけど・・・ジオラマだってそうじゃないですか。俯瞰できるサイズにして・・・。
大江戸博物館のジオラマも・・・。
あと世界中の観光名所を25分の1にしたような・・・(http://www.tobuws.co.jp/exhibit/
身近な例でいうと、「アリの巣観察キット」ライブ感があるじゃないですか。
手のひらサイズで・・・。
巨大なものを手近なところで観察できる・・・俯瞰視点。
「神視点」にもなる

虚空 それこそ赤座あかりは机の中でアリを飼っていたわけだもんね(笑)
机の中が別世界になるっていう感覚だよね。教科書とかじゃなくて。

あとさ、実物は芝居の中でしかみたことないんだけど、上原先生がよく問題にしていた「州浜」(島台)。これを日本人が大切にしてきた根源。
結婚式のウエディングケーキなんかはその名残だってよく言っていたんだけどね。

世界大百科事典内の州浜台の言及
【州浜】より
…祝儀の飾物,および和菓子の名。飾物の州浜は州浜台の略で,島台とも呼ぶ。出入りのある浜辺をかたどった台で,これに松竹梅,鶴亀,尉(じよう)と姥(うば)などの作り物を配して,婚礼,正月その他祝儀の席に飾った。…

島台(読み)しまだい
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
島台
しまだい
客の接待や婚礼の儀などに用いる飾りの台の物。古くは島形といい,蓬莱をかたどった島形や洲浜形 (→洲浜 ) などがある。台上に肴を盛り,祝儀には松竹梅,鶴亀,尉 (じょう) ,姥 (うば) を配して飾りとする。さらに古くは,宮中などで草合 (くさあわせ) ,花合,根合など歌合の遊戯の際,その合せ物を載せたという。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
デジタル大辞泉の解説
しま‐だい【島台】
婚礼その他のめでたい儀式のときの飾り物。州浜の台の上に松竹梅を作り、これに尉(じょう)・姥(うば)を立たせ、鶴・亀などを配したもの。蓬莱山(ほうらいさん)をかたどったものといわれる。

虚空 だからさ、「島」「台」でしょ・・・「盆栽」だって似たようなイメージじゃない。

諷虹 蓬莱山って・・・
*実際の地名よりも『蓬莱とは元来中国の伝説で仙人が住む東海にある霊山であり、比良山地も修験者の霊山であったことに由来するとされる』というイメージ


虚空 盆栽だってさ、名品と呼ばれるようなものは、それこそ「霊山」を感じさせるじゃない

諷虹 マンダラ・・・・魔法のじゅうたんってマンダラ模様・・・あれが無地だったら飛びそうにないですよね。

虚空 そういう怪しげな台の上にあるから、超越した世界の存在を感じさせる

諷虹 魔法陣もそうですよね。純粋に定規だけでは魔法陣が描けるかっていう問題なんですよね。直線だけだと魔法陣にならない。曲線が必用。

虚空 昔さ、実写版の「悪魔くん」の魔法陣をみてさ、いじめられてばっかりの日々だったから、あんなメフィストのような味方ができたらな・・・なんて考えたけど、あの魔法陣が作れなかった(笑)
今みたいにビデオもなかったし、インターネットで調べるなんていうこともできなかった。
悪魔に味方になってもらおうなんてとんでもない考えだったと思うけど、当時はそれくらい追い詰められていた・・・

諷虹 (スマホ充電器で魔法陣のものを検索)この発想がいいですね。
https://www.google.com/search?biw=896&bih=472&tbm=isch&sxsrf=ACYBGNT8KVUzsnH8iYLGEsDVP_0eokESHQ%3A1580561344704&sa=1&ei=wHM1XrXSKoHXhwOKmpCoBg&q=%E9%AD%94%E6%B3%95%E9%99%A3&oq=%E9%AD%94%E6%B3%95%E9%99%A3&gs_l=img.3..0l10.68326.70855..71387...0.0..1.226.1430.1j9j1......0....1..gws-wiz-img.......35i39j0i4j0i131.JZlttwKx7aI&ved=0ahUKEwi1svzrsbDnAhWB62EKHQoNBGUQ4dUDCAc&uact=5#imgrc=HIZ_HDQBeEEu2M:


虚空 こんな模様になんで惹かれるかだよね

諷虹 この中心にターミネーターみたいにしゃがみこんで、召喚された、みたいな・・・
あと「キノコ」「タケノコ」戦争の画像でも・・・・
https://www.google.com/search?q=%E3%81%9F%E3%81%91%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%AE%E9%87%8C+%E8%99%90%E6%AE%BA&sxsrf=ACYBGNTHkvl551zLFHPFt7NcF7B96R8QXA:1580561780087&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwiJi8q7s7DnAhUBM94KHZFEA_4Q_AUoAXoECAwQAw&biw=896&bih=472&dpr=1.88#imgrc=S7CBXKnMVJI2sM:


諷虹 だいたいはタケノコがキノコをやっつけているのが多いですね。頭がとれてしまうからやられている感じがキノコの方が分かりやすいんだと思いますけど。

虚空 それでキノコはやり返さないの?黙ってやられているだけ?

諷虹 キノコはタケノコたちみたいな野蛮なことはしない、という論調で返すこともありますね。
⇒ニコニコ大百科での解説
https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%8D%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%9F%E3%81%91%E3%81%AE%E3%81%93%E6%88%A6%E4%BA%89


虚空 結局、決着させたら面白くないから解決させようとしないわけだよね(笑)
まあ自分はそもそもお菓子を買ったりしないから・・・家庭教師のおやつとかで出して下さった方を美味しく頂く。どっちがよりおいしいとか、どっち派っていうのは考えたこともないけどね。

もう一つ、イメージの視点でいうと、何故この菓子のモチーフが「きのこ」と「タケノコ」なのか、っていう・・・そっちに関心があるよ。

諷虹 「こ」ですからね、どっちも。


虚空 生命力のイメージとも重なるかもね。あとは「季節感」も日本人にとっては大事かな。「旬」の感覚ともね・・・
まあ、旬となると「生命力」=「生命の発露」っていうことになってくる。
上原先生が「曽我兄弟」のことを「季節感」と結び付けて考察していたけど、生命の新たな息吹ということからすれば「タケノコ」、生命の一つの区切りとしての実りとすれば「キノコ」という見方もできるよね。

諷虹 育ちすぎるとキノコってあんまりおいしくないですよね。
タケノコもそうですよね。
「旬なタイミング」がどっちも大事ですよね。おいしく食べるには


漢和字典「旬」
あまねし。ぐるりと行き渡る。また、そのさま。
やさいやさかななどの最もうまい季節。
「筍」
https://ameblo.jp/tabe-tarou/entry-10887294934.html


虚空 こんなある意味で馬鹿々々しいことに盛り上がってというのは、何かあるんだろうね。

諷虹 二分されているというのもね。

虚空 そういうのも好きだからね・・・源平の「紅白」とか、関ケ原の「東西」とかもね。運動会や紅白歌合戦での紅組白組なんていいう風にいまだにやっているわけだからね。

(日本人の時間意識 旬・垣間見 と永遠 の両立)


*ウルトラセブンの主題歌 
はるかな星がふるさとだ
⇒これが幼少期から意識に残った はるか遠く と ふるさと)

諷虹 初代ガンダムのEDもそんな感じで・・・(視聴)
永遠にアムロ
作詞:井荻麟 作曲:渡辺岳夫 編曲:松山祐士 歌:池田鴻
アムロ ふりむかないで
宇宙のかなたに 輝く星は
アムロ お前の生まれた
故郷(ふるさと)だ
おぼえているかい 少年の日のことを
あたたかい ぬくもりの中で めざめた朝を
アムロ ふりむくな アムロ
男は涙を 見せぬもの 見せぬもの
ただ あしたへと あしたへと 永遠に……

虚空 あとさ、忘れないうちに・・・さっき車の中でぼんやり考えていた事なんだけど・・・
「秘密基地」のイメージって「母胎」っていうのがあると思うんだけどさ・・・人知れず閉ざされた空間。
そしてさ、そこと外界とを出入りするところが問題なんだけどさ・・・。
もっと具体的にいうと、ウルトラマンの時の科学特捜隊の基地は建物だったんだよね。そしてビートルもその屋上から発進していた。
それがウルトラセブンになったら、基地が地下にあるまさに秘密基地。ウルトラホーク1号の発進シーンを初めて観た時にはビックリしたし、グッと惹きつけられたもん。地下で移動していくのを丁寧にみせた上で、山が二つに割れて飛び立つ。
今考えると、あれって出産のイメージだよ。

⇒ もしかしたら、折口先生「死者の書」の山のイメージも????
それと似たのが、サンダーバードの秘密基地。あの発進シーンも見所だったわけだよ。バットマンもそう。
他にも秘密基地が出てくる番組はたくさんあったけど、やっぱり印象に残っているのは、出撃シーンの魅力だよね。
閉ざされた空間からどうやって外界に出てくるか。


諷虹 それこそなんかのアニメで巨大ロボが地下から出てくるのがロマンだ、っていうセリフがあったのがあったんですけど
虚空 エヴァンゲリオンもそうだったね

諷虹 大仏のようにふだんから姿がみえているんじゃなくて、みえないところから出てくる。
海底から出てくるなんていうと、それこそ沈没船のイメージともつながる。地下からなら化石とか

ボクシングとかでリングと控室の間の廊下って、この発進とつながるかな、って。試合が終わって・・・これで一人の男に帰れるとか・・・

虚空 ウマ娘でもあの通路の場面はいつも丹念に描かれていたよね。

諷虹 パドックとか本馬場入場とか・・・

虚空 走り終わってもどるときもね。サイレンススズカ復帰レースの前後もそうだし、あとグラスワンダーが負けた時の場面も印象的だった

虚空 「甦りの場」という感覚もあるかもね。結局あの世とこの世の境界領域。
諷虹 運動会で入場門と退場門があるのもそうですね
虚空 あの伝統の根源だよね。
素に戻るきっかけをちゃんと作っている。
さっきの話に戻るとさ、基地に「戻る=帰る=孵る」。復活・・・「死と再生」
だから「母胎回帰と闇」・・・・「墓場」のイメージ。
土葬とか・・・あるいは折口先生の「死者の書」。
冒頭が死者の甦りの場面なんだよね。

死者の書 冒頭
彼(か)の人の眠りは、徐(しず)かに覚めて行った。まっ黒い夜の中に、更に冷え圧するものの澱(よど)んでいるなかに、目のあいて来るのを、覚えたのである。
した した した。耳に伝うように来るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくような暗闇の中で、おのずと睫(まつげ)と睫とが離れて来る。膝が、肱(ひじ)が、徐(おもむ)ろに埋れていた感覚をとり戻して来るらしく、彼の人の頭に響いて居るもの――。全身にこわばった筋が、僅かな響きを立てて、掌・足の裏に到るまで、ひきつれを起しかけているのだ。
そうして、なお深い闇。ぽっちりと目をあいて見廻す瞳に、まず圧(あっ)しかかる黒い巌(いわお)の天井を意識した。次いで、氷になった岩牀(いわどこ)。両脇に垂れさがる荒石の壁。したしたと、岩伝う雫(しずく)の音。
時がたった――。眠りの深さが、はじめて頭に浮んで来る。長い眠りであった。けれども亦、浅い夢ばかりを見続けて居た気がする。うつらうつら思っていた考えが、現実に繋(つなが)って、ありありと、目に沁(し)みついているようである。
ああ耳面刀自(みみものとじ)。
甦(よみがえ)った語が、彼の人の記憶を、更に弾力あるものに、響き返した。
耳面刀自。おれはまだお前を……思うている。おれはきのう、ここに来たのではない。それも、おとといや、其さきの日に、ここに眠りこけたのでは、決してないのだ。おれは、もっともっと長く寝て居た。でも、おれはまだ、お前を思い続けて居たぞ。耳面刀自。ここに来る前から……ここに寝ても、……其から覚めた今まで、一続きに、一つ事を考えつめて居るのだ。

虚空 ここからウルトラマンのドドンゴの話になったんだけどね、コバルトブルー君の家で。
目をつぶされて血を流しながらウルトラマンにやっつけられる・・・あれはトラウマものだった

諷虹 「地獄先生ぬ~べ~」で「反魂の術」っていうのが・・・
狭い空間に閉じ込められたときに孤独に耐えかねて死者を甦らせるという回があるんですけど(原作91話)
https://blog.goo.ne.jp/masuji622/e/9ca80979b5c211305e43c233add8c72d
外の世界に出た瞬間に骨に戻る・・・

虚空 ゲゲゲの鬼太郎にもあったね・・・異界から子ども達を救出したら骨になってしまう、っていう後味の悪い話。
これも「橋」が出てくる・・・以前の鬼太郎でも扱われていたエピソードだけど、何とも言えない感情におそわれるという点ではこれはダントツ。
第66話「死神と境港の隠れ里」
http://anicobin.ldblog.jp/archives/55638922.html

(ぬーべーの原作を読ませてもらう)


虚空 このラストだけど、みんなが迎えにくるところで「生きる気力」という風になっているじゃない。「お迎えがくる」んだよね。
三途の川の向こう岸って言ったって、あの世とこの世、どちらでも言えると思うんだよね。
ど根性ガエルの歌にもあったけど「死んだその日が誕生日」って感覚。(ど根性ガエル音頭)
あの世とこの世の区別さえしなければ、世界を住み替えるときに「みんな」という「共感しあえる存在」っていうのが、引っ張ってくれる・・・それこそ「ライフインデキス(生命の指標)。
「子ども」とか「馬」とか・・・日本人はそういう導き手をたくさん用意していたんだよね。それも全部捨てちゃった。
もともと日本人は「この現実の世界は幻想」というようにとらえていたわけじゃない。主体というか本体はあちらの世界。この世は仮の世なんだという。


*ネット検索
「此岸の魔女」・・・「まどマギ」ゲーム版にしか出てこない
劇場版より前でほむらがなっていたという魔女。
劇場版でほむらがなったのはくるみ割りの魔女。頭に「彼岸花」
「此岸」と「彼岸」https://www.miyagawa.com/user_data/osie/c.html
此岸(しがん)とは
 
此岸は私たちの住んでいる世界の事で、欲や煩悩にまみれた世界です。さまざまな苦悩に堪(たえ)え忍ばねばならないこの世界を、サンスクリット語では「サハー」といい、「忍土」という意味です。
これを中国語では「娑婆」と書き、世間の事を俗に「しゃば」というのは、ここから来ています
彼岸(ひがん)とは
 
釈迦が「彼岸に渡れ」と説いたように、彼岸は人々が欲や煩悩から解放された世界です。彼岸はサンスクリット語で「パーラム」、渡る事は「イター」といい、これをつなぐと「パーラミター」となります。どこか聞き覚えにある言葉です。これは有名な「般若心経(はんにゃしんぎょう)」の一節「波羅蜜多(はらみつた」の事です。大乗仏教の基本経典で、まさしく「彼岸へ渡る」事を説いたものです。

*此岸の魔女の説明を調べる
閉鎖回路」という言葉

諷虹 さっきの大団円じゃないですけど、ある種の袋小路ですね。

虚空 そこからの脱出って、やっぱり「捨てること」じゃない。こだわりを強く持てば持つほど、その循環からは逃れられない。
輪廻の縛りとか、業(カルマ)からの解脱。
まどかの「円環の理」っていうのもまだまだ考察の余地があるわけだけど・・・
「禊」「祓い」なんていうのもそうだよね。
さっきの「ぬ~べ~」だったら、あの少女が自分の過去を捨て去ることが出来たらどうなったのか、っていうのがあるじゃない。捨てることができたら、甦って新たな人生を送ることができたのかどうか。
そうなったかどうかは別として、この話は過去に囚われて再出発できない人達へのメッセージなのかもね。自分のように・・・


諷虹 (「業因」を調べる)
⇒無理にプラス思考をしなければならない、負の言葉を出してはいけないと考えすぎて、無意識にはためこみ過ぎてしまうと本当に魔女になる。
 こまめに出した方がいいのでは? という発想
「ドッペル」の解説(まどまぎ外伝関連)
https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%89%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%AB%28%E3%83%9E%E3%82%AE%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89%29
(アニメの演出、昭和の時との大きな違い・・・レンタルビデオやDVDがなかった時代は、放送時が勝負。初めての人も巻き込もうという意識も希薄)
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☆「恋する小惑星」地質班との共鳴③ ~プライドなどを捨てること 

2月1日のやりとりでは、31日に語り合ったことからさらに多方面をことと関連させながら話を発展させていきました。


まずは前半のやりとり記録。「知識が邪魔をする」場合に最もからんでくるのが「プライド」などの優越感情です。



 
☆2020年2月1日 諷虹宅
諷虹 あらためてまた聴き直したんですけど・・・・ 

島人ぬ宝 歌詞
僕が生まれたこの島の空を 僕はどれくらい知っているんだろう
輝く星も 流れる雲も 名前を聞かれてもわからない
でも誰より 誰よりも知っている 悲しい時も 嬉しい時も
何度も見上げていたこの空を
教科書に書いてある事だけじゃわからない
大切な物がきっとここにあるはずさ
それが島人ぬ宝

僕が生まれたこの島の海を 僕はどれくらい知ってるんだろう
汚れてくサンゴも 減って行く魚も どうしたらいいのかわからない
でも誰より 誰よりも知っている 砂にまみれて 波にゆられて
少しずつ変わってゆくこの海を
テレビでは映せない ラジオでも流せない
大切な物がきっとここにあるはずさ
それが島人ぬ宝

僕が生まれたこの島の唄を 僕はどれくらい知ってるんだろう
トゥバラーマもデンサー節も 言葉の意味さえわからない
でも誰より 誰よりも知っている 祝いの夜も 祭りの朝も
何処からか聞えてくるこの唄を
いつの日かこの島を離れてくその日まで
大切な物をもっと深く知っていたい
それが島人ぬ宝


諷虹 「分からない」と「知っている」との違いなんですが・・・どう思います?


虚空 「知っている」の質の違いによっては、同じどころか、「分からない」と自覚しているよりも、始末が悪いことがある、っていうのが実感かな・・・・。
だから中途半端な優等生って、あまり自分とは相性がよくなかったよ。
昨日の話じゃないけど「褒められるため」「他人を見下して優越感にひたるため」の知識だと、感心して褒めたりしないから。

諷虹 結局質の違いですよね・・・この歌詞を貫いているのは。
「分からない」けど「知っている」っていっているんですよね。
「分からない」けど「分かっている」ではなくて、「知っている」というところがね。
逆にしてもいいわけですよね。「知らない」けど「分かっている」でもいいわけですよね。
「この島のことは分かっているんだ」っていうと「うぬぼれが入ってしまう」のかな、って。「分かってる、分かってる」っていうのはね・・・「分かっていなくても分かっているとか」・・・よく親がとる態度にもありますが

虚空 めんどうくさいから分かっていることにしちゃおう、っていう感じだよね。
さっきのさ「分からない」けど「知っている」ってさ、そのままの言葉で受け止めると、ソクラテスの「無知の知」ともつながるのかもね。

諷虹 「知っている」だから自惚れじゃなくて謙虚さもあるような・・・味わい深い詞になっているのかな、って。
ハートで受け止める、って分かっているってなりがちだけど、思考停止でわかった気にならずに、一旦頭を通過させることで、冷静にというか客観的に判断した上で「知っている」みたいな・・・


虚空 それが英才児の構えである「観察」の本当の意義なのかもね。
「分かっている」は「すべて了解」という前提だよね。
でも「知っている」は、「表面的な知識に留まっているよ」という前提が含まれる。


諷虹 これがもうちょっとうまく言語化できると、知らないことが出てきてワクワクするのか、自分を守る、プライドを守る方にいくのか・・・


虚空 「知らない」って最初に宣言してしまうと、楽なんだよ。「出来ない」もそうだけど・・・。下手に誤魔化したり、分かったり出来る振りをしてしまうと、あとになればなるほどきつくなる。
だから学級担任になった時の初日には、自分の出来ないことをどんどん話したもん。大人げないくらい。だって事実だし・・・すぐにバレるし。


諷虹 多分来週の「恋する小惑星」がこんな話になると思います。ボーリング調査のくだりが

虚空 ほのめかされてはいたよね。桜先輩だっけ・・・完璧主義というか、きちんと分かっていないことでないと表に出せないっていうこだわり。
うちのオヤジがよくいっていたんだけど、みんなは「わかったら」「できるようになったら」やろう、ってばかり考えているけど、「やるから分かってくる」。だから恥を捨てる練習を最初にするんだ、って。
まあ、自分は本当にできないことや分からないことだらけだったから、率先してそれをやった。それで「こんな先生で大丈夫なのかな?」って中途半端な優等生や親には不信感を抱かれたこともあったけどね・・・。

でもさ、「藍より青し」って言葉もあるけど、教育って自分のできないことができる子を育てるっていう気持ちがなかったらダメだと思うんだよね。
下手すると自分が教えていないことをする子を怒っていた先生もいたけどね・・・作文で漢字で書いていたら「まだ教えていない!」ってすごい怒られたって。
「自分が教えたからこれだけできるようになったんだ」っていう印が欲しいんだろうね。


諷虹 理想を押し付けるのとも違いますね。24時間勉強のことばかりを押し付ける・・・自分が出来なかったことで、理想通りやれればこうなっただろうというのを押しつける。

虚空 本当にそうだよ。まあ自分が出来たんだからということを押し付ける親や教師もいるけどね・・・。中途半端な優等生だった教師なんてそういうタイプになりやすい。

諷虹 嫌な上司もそういう感じですよね。いい環境で育っちゃうといい環境という自覚がないから・・・・


虚空 フルーツバスケットでヘビさんと餃子定食を食べる場面が好きなんだけど・・・(原作、旧作アニメ)自分の母親の言葉を紹介する場面。
『でもお母さんは言っていました。”自分が親になって初めて親の気持ちが理解できた”って』
だけど本当に理解しなくてはいけないのは、忘れてはいけないのは子どもの頃の自分だって。

初めて逆上がりができた日や初めてたくさん怒られた日のこと。子どもの頃 感じた気持ちをちゃんと忘れずにいれば、大人になっても親になっても理解し合える。100%とは無理でも歩み寄ることはできるって』

虚空 今でもこういう感覚でいるけどね・・・だって偉そうなこと言えないもん。
それこそ岩石とかに関しては、地学部にたまたまはいった新入部員みたいに・・・初めてです、って。
でもね、たとえ地学に詳しくても、そういうモードに歩み寄れるかどうかは大事だと思うんだよね。あのアニメでいえば、天文のことは当たり前の事でも自分はわかっていない・・・それが昨日もでた「慣れ」というやりとりだよね。
「自分が天文のことは当たり前のことでも全く分からない」ということを手掛かりにして、じゃあ地質に関心のない人も、私達のやりとりをみて、そんな風に感じているんだろうな、とイメージできる力。
でもプライドとかが先にたつと、自分も他の分野はわからないことを棚にあげて、詳しく知っていることの知識をひけらかして、上から目線になる。
諷虹 「マウントをとる」っていうことですね。
それとベクトルが違いますが、言い方は悪いですが「優越感に浸れる」っていうのもあるのかなって。できる人が集まっているところに入ると、自分よりできる人ばかりが気になってしまう。そして自分はおちこぼれなんだと思い込んでしまう。
でも本当に初学者とか初心者の人に教えたりすると、「あぁ、最初は自分もさっぱりだったけどこれだけ積み上げてきたものがあったんだ」っていう再確認ができる部分もあるのかなって。自己肯定感とか自身の回復に繋がる要素


虚空 でもさ、諷虹君のいいところは、例えば初心者相手でも本質が伝わるような言い方を工夫するじゃない・・・無意識かもしれないけど、相手の関心事とかにスッと結び付けながら。
とかく、初心者を見つけると優越感に浸ろうとしてわざと分からない用語を連発したりする場合だって多いのにさ。
昔のパソコン関係の売り場の店員なんてそうだったよ。ひどい態度のばっかり。「そんなことも知らないくせにこの売り場に来たのかよ」っていう態度。

諷虹 選民意識というかエリート意識があるかないかですよね。

虚空 それが目的になっちゃっているっていうことだよね、ゆうべも出ていたように。
だから本当の知識って、知ればしるほど世界が広がり、同時に、まだまだ未知の世界があることを思い知らされるわけだよね。

諷虹 自分の半生をふりかっえっても、上位にいたことはあってもトップになったことはないんですよね。逆立ちしてもこいつにはかなわないな、っていうのが常にいた。だから前の人との差を見るクセがついた。

虚空 自分なんか劣等感の塊でずっときたから・・・だから古来の日本人の発想に惹かれている部分もあるわけだよ。
あの「究極のバッドエンドが究極のハッピーエンドにつらなる」っていう「球体思考」。上原先生の犠牲論とか恨み論とかもそだと思うんだよね。物騒なマイナス感情を扱っているものが多い。でもそれは、何かのきっかけにパッと転換できる。
その転換能力こそが日本人のすごさだったというようなね。

諷虹 落としどころの感覚・・・未完成だけれど、これで完成とすれば完成
話でも作品でも、ここで終わらせるという切りどころでどうにでも変わる。
落語でも落としどころで随分違う。ハッピーエンドとバッドエンドもね。

「レビュースタァライト」のラストもこれですよね。諦めなかった結末もあったかもしれない・・・

虚空 パラレルものはそういう感じがあるよね。典型的なのは今再放送中の「ひぐらし」だけど。

諷虹 西洋人ほどではないけど、ハッピーエンドがいいな、っていう気持ちはありますよね。「大団円」

虚空 そうなるまでの長い苦難の道のりをパラレルワールドの特殊な使い方で丁寧に描いたわけだからね。
同じバッドエンドでも、これでもか、っていうくらいいろんなひどいバリエーションを示したのが「ひぐらし」じゃない。

諷虹 Fate/stay night  もひたすらバッドエンドじゃないですか。
タイガー道場があるからまだ続けられるんですけど・・・。


虚空 特にゲーム版ね。タイガー道場がそういうわけの分からない内容だから余計に救いになったのかもね。


諷虹 現実逃避という意味合いもあったのかもしれませんね。
https://dic.pixiv.net/a/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%AC%E3%83%BC%E9%81%93%E5%A0%B4
→ タイガー道場とはゲーム『Fate/stay night』に登場するミニコーナーである。
 『Fate/staynight』でバッドエンドを迎えることで転送される謎の空間(これを見るかどうかは自由に選択可能)。タイガ師範代と弟子1号という本編の人物とは似て非なる二人がクリアへの道筋を教えてくれる。……はずなのだが回によってはメタネタや裏話満載のため「ヒントとはなんだったのか」と思わされる。ちなみに、アドバイスがほぼない内容だったり、道場内でも処刑されたりするオチが待っていたりするケースも稀にある。 とはいえ40回あるバッドエンドには、惨殺されたり惨たらしい目に遭ったりするのは序の口。 後味の悪い結末を迎えることも多々あるため、それらを緩和してくれる清涼剤の役割も果たしている。さらに正規も含めたエンディングをコンプリートすると特別回が見れるようになるので、頑張って死んでほしい。
動画
https://www.youtube.com/watch?v=3OmibV7OZns

諷虹 「ああ夢だったんだ」っていう切り替えができた・・・本編の雰囲気をぶち壊しっていう意見もあるとは思うんですけど、救われる面の方が大きいかな、って。


虚空 「夢か現か 現か夢か」っていう感覚がトランスフォーメーションのカギ・・・これもラインで話題になっている「くらげ」と通じるのかね?

☆「恋する小惑星」地質班との共鳴② ~岩石ミクロ撮影をしながら

先のやりとり(1月31日)の続きです。

虚空が新たに購入した道具を使って地質班さながらに岩石を観察・撮影。もりあがりました。

まさに理屈を超えての地質班メンバーとの共振・共鳴を起こし始めている???


*やりとりの最後で、昨年暮れにコバルトブルー君と語り合った「沈没船のイメージ」のことが出てくるのですが、これはまた後日アップします。

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今回虚空が購入した製品の目玉・・・

GEECR 顕微鏡 デジタル顕微鏡 高解像度 Micro-USB Type-c USB対応  試し撮り
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07BKQCB9V/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o01_s00?ie=UTF8&psc=1


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(ルーペの比較 同じ10倍だが、やはりニコンのルーペは別世界)



*虚空宅の門のあたりに落ちていた小石を金づちで割ったものを持参


(割ったところのかけらを下の部分にくっつけています こんな小石ですが、ミクロ撮影すれば元の大きさなどはわからなくなります)


虚空 この石なんだけどさ、あのアニメの連中がミクロ撮影の画像をみたらどういう想像をふくらませなから観るのかな・・・・って思ったんだよね・・・ルーペで覗きながら。

そう思った瞬間、「今自分は指先で持っている小さな石のかけらをルーペで観ている」っていう感覚が消えていった・・・


諷虹 割れ方・・・綺麗に割れているようでもがたついている。割れるべくして割れている。ナイフとかとは違う。


虚空 フト思いだしたのは、NHKで観た小惑星の番組。今回探査した小惑星が予想以上に凸凹だらけだった、っていうんだよね。

だからさ、あの子たちだったらルーペで覗いたら、それが宇宙船の窓で、小惑星の表面を見下ろしている感覚になるかもしれない、って・・・。



(諷虹、割ったかけらをくっつけて観てみる)


虚空 なんだか宇宙船から小惑星を見下ろしていたら、深い亀裂を発見した、っていうように見える
諷虹 これをめっちゃ接写で撮ったら、地球に近づく隕石が奇跡的に割れた、というような・・・・






諷虹 さっきの沈没船の時にフッと浮かんだことで「スペースデブリ」。あれも沈没船のような感じがあるのかな、って。
誰かが乗っていた宇宙船が漂流していたら・・・孤独感のような・・・


虚空 「モーレツ宇宙海賊」に出てきた「幽霊船」なんてそうじゃない。
あとはね、コバルト君との話でも出たんだけど、ウルトラマンに出てきた「怪獣墓場」。それこそ母胎回帰と闇


諷虹 場所が違えばかわる・・・海に沈んでいるから沈没船なんであって・・・。


虚空 さっきさ、岩石をルーペでみた時にも、自分の手にある岩石をルーペでみているという視点から離れて、宇宙船から見下ろしている、っていう気分でみると、砂の塊の石、っていうのが小惑星の表面をみている気分になる、っていうのと同じだよね。
場所が変わったということを「意識世界の中」でやってしまう。
それこそ世歳定め。
ちっちゃい子なんての生活はみんなそうだったんだよね。おままごとなんかにしても。でも、今はちっちゃい頃から決まったわくでのおもちゃとかゲームばかりを与えられているから、「世界定め」なんていう感覚は全然育たない。
「見立て」の能力。
ルーペを目に近づけて観ているとさ、メガネを通して周囲をみているのと変わらない感覚になっていくんだよね。そうすると視野だけの問題だと、ミクロだかマクロだから分からない。
例えば顕微鏡を覗いているのか、望遠鏡を覗いているのか、対象によってはどっちだか分からないのがあるよ。
小宇宙と大宇宙の区別なんてつきにくい。
前にゴーグルタイプのモニターと天体望遠鏡を接続してたら、宇宙船を操縦している気分になった。


諷虹 (ルーペの距離によって実像と虚像の逆転が起きる)
8倍だと分かりやすいですね。

覗き込む感覚も大事ですよね。つぼの中をのぞくじゃないですが、「垣間見」ちょっとだけみえる・・・顕微鏡でも望遠鏡でも。



虚空 それはあるんだよね。よく天文の専門に進んだ人がびっくりするのは、今の天文学者って望遠鏡を覗かない。最新式の望遠鏡に覗くところはついていない。全部カメラで受けてコンピューター上の画面でみる。しかも特殊なデータ加工をされた画面。
それと関係した話で、太陽の世界的な研究者の集まりが、皆既日食にあわせて開催されたことがあって・・・ナマの皆既日食を初めて目にした学者ばかりですごい感動していた、って。


諷虹 花火の写真もそうですよね。ナマにはかなわない


虚空 天体だと長時間露出で撮影したり画像処理とかしないと姿がみえないものあるから、仕方ない部分もあるけど・・・でもね。
(諷虹、光の当て方などを工夫してくれる中でいろいろと撮影。動画では感動的な陰影の変化)

虚空 なんだか、「小惑星の夜明け」って感じだね。本当に宇宙空間で小惑星を眺めているような気分になってくる・・・


(動画ではなく静止画ですが・・・・暗くした部屋の中で諷虹君がゆっくりとライトを動かして、こんな風に変化していきました)







(沈没船のフィギュア)



虚空 これがこの前船便で届いたやつなんだけどさ・・・
やっぱり「時間」にせよ「空間」にせよ、それぞれ違うスケールの軸が交錯している象徴だと思うんだよね。壮大な時間の流れとか、異空間での存在だったものが、白日のもとにさらされて現在の時空と交錯する感じ。

それと同じものを岩石とか天体でも感じるわけだよ。
岩石だってとんでもない時間や地球のどこで生まれたかっていう経緯があるし、星だってさ、実際に夜空でみている光は過去の光、距離だって想像を絶するところ・・・それが「今」と交錯している。
そういう象徴。
ただの石ころでも、今ここに存在するまでにはどんな歴史をたどってきたのか・・・時間的にも空間的にもね。極端にいえば地球ができあがる時とか太陽系の起源とか、宇宙の起源にまで遡っちゃうわけだからさ。
この前中学生に「君が代の歌詞の意味って分かってるの?」って聞いたら全然知らないで歌ってたって。そういう人は多いと思うけど、天皇制云々ではなくて、純粋に地学的な見地からすれば、「細かい石のかけら(さざれ石)が再び大きな岩の塊となって、そこに苔がびっしりと生える・・・そのくらい長い時間」っていうことだからね。っさらに言えば、そのさざれ石だって、

そうなる前には地球のどこかで大きな岩石として生まれて、砕けるまでの長い歴史があったハズだしね。そういう大きな循環。

諷虹 さざれ石をみてから君が代、というのと、君が代をきいてからさざれ石をみるのとでは随分違いますね。
普通にさざれ石をみても何の感動もないですよね。

虚空 君が代にはどうしても軍国主義時代の手垢がついちゃっているから、なかなか地学的に受け止めるというのも難しいかもしれないけどね。
でも純粋に考えるとすごいスケールだよね。
暮れにコバルト君とも語り合ったわけだけど、沈没船だっていつかは朽果てるわけだよね、海の奥底で。
で、それがまた大きな循環で地上に何らかの形で還ってくるわけだよね。単純に考えれば理科で習う「炭素の循環」とかだよね。
「土葬」だってそういうイメージが伴うわけだよね。

そういういイマジネーションの世界。そうすると「母胎回帰と闇」のこととも明確につながってくる。

諷虹 この前も話題にしたラピュタのロボットもそうですが・・・兵器に草が生えているというのは、沈没船に藻だとかが生えてくるのと同じですよね。海の藻屑と消えていく・・・。藻が生えるとか草木が生い茂る。


虚空 あのラピュタの庭園はすごいよね。
でさ、実際に今でも南方の島なんかにいくと、海底だけじゃなくて、陸にもね・・・旧日本軍の残骸がジャングルの中とかに残っていて草木に覆われているのなんかが残っているわけだよね。
そうやって人間の起こした戦争だとか兵器を自然が包み込んでいく。そういう感覚ってすごいよね。


諷虹 「ガンダム00」のラストシーンで数百年の時がたったという感じで描かれているんですけど、ガンダムに花が咲いてしまっているんですよね。・・・・最終的に主人公は体がメタル化するんですよね。(内容の概略を解説)
・・・・「人類たちの共存の意識を植えよう」みたいなのが組織の大いなる目標だったというような・・・・

虚空 地学分野に本当に共鳴して感動している人って、そういう目にみえている向こう側に、全然違うものを見て感じているんだと思うんだよね。普通の人だったら「なんだ、ただの石ころじゃない」とか「夜空に星があるのは当たり前でしょ」って思うようなことに対してね。
そんなことの上では、地学の学問的な知識も縛りじゃなくて、より壮大な世界へイマジネーションを広げていく武器になる。
理想的に言えばさ、知識を武器に広げたら、その知識を捨ててみる。純粋経験モードに切り替える。
その繰り返し。

まあ、これは地学に限らず自然科学でも人文科学でも普段の勉強の内容にしたてもそうだけどね。

☆「恋する小惑星」地質班との共鳴① ~感覚を呼び覚ますための知識

今回の大きなテーマは「知識とイマジネーション」との関連です。

地学に限った事ではないですが、どの分野でも、日常の感覚でも「知っている」ということが「縛り」「感覚オフ」の方向に働いてしまうのか、それともさらなる世界へと誘ってくれるものなのか・・・・・

そういったことがベースにあった上での、地質班との共鳴ということです。

前回のブログ記事でも書きましたが、「恋する小惑星」を単にアニメとして楽しむだけではなくて、あのキャラ達の感覚を自分達も呼び覚ましたい・・・・それによって、現実対応ばかりの意識世界を包み込んで、豊かに現実生活を生きていく構えとなっていくのではないか・・・。


後半(次の記事)は、虚空がかつて岩石などのミクロ撮影をしていた時の機材に加えて新たな新兵器などを思い切って購入したものを諷虹君と試し撮りをしながら、地質班気分になっていました。
*2020年1月31日 諷虹宅
(26日のやりとり後に、ある品物の受け渡しでコバルトと会い、そのまま2時間以上おしゃべりしていた時の話)

虚空 メインの内容は先週のここでの「恋する小惑星」の話になったんだけど・・・もちろんコバルト君はアニメは観ていないんだけどさ・・・ただ、去年の暮れに出ていた「沈没船」をきっかけにしてのいろんな話と深くつながりそうな気がしたから・・・。
「沈没船」に対するイメージを調査しても面白いかもしれない。
で、先週の最後に「時間性・空間性」っていう点から、このアニメの登場人物たちのイメージ世界と共鳴できたら・・・っていいうのを言っていたんだけど、それをさらに具現化しようと思って・・・先週ブックオフで鉱物の本を買ったわけだけど、そのあとも図鑑やら何やら買い足して・・・「地学部」に入部したような感じになってる。特に地質班の方。
ところで諷虹君は地学はどうなの?塾とかで教えてる?


諷虹 一応教えていますけどね。中学生程度のことだったら


虚空 自分はどうしても頭をスルーするんだよね。天体もそうだったけど、写真とかをみるのは好きだったんだよ。小さい頃も鉱物の図鑑の宝石のところだとか、偏光顕微鏡の岩石画像をよく眺めていた。

でもね、地学的な知識を入れようとは全然思っていなかった。
大人になって岩石の顕微鏡写真とかを撮るようになってもね。天体の方はそれなりに知識も勉強したけど


諷虹 無粋な気がするんですかね。


虚空 そうかもしれない。カッコつけていえば「純粋経験」から離れるような・・・


諷虹 「島人ぬ宝」っていう唄知っていますか?


虚空 ほとんどノーチェック

視聴する
「島人ぬ宝」 歌詞
僕が生まれたこの島の空を 僕はどれくらい知っているんだろう
輝く星も 流れる雲も 名前を聞かれてもわからない
でも誰より 誰よりも知っている 悲しい時も 嬉しい時も
何度も見上げていたこの空を
教科書に書いてある事だけじゃわからない
大切な物がきっとここにあるはずさ
それが島人ぬ宝

僕が生まれたこの島の海を 僕はどれくらい知ってるんだろう
汚れてくサンゴも 減って行く魚も どうしたらいいのかわからない
でも誰より 誰よりも知っている 砂にまみれて 波にゆられて
少しずつ変わってゆくこの海を
テレビでは映せない ラジオでも流せない
大切な物がきっとここにあるはずさ
それが島人ぬ宝

僕が生まれたこの島の唄を 僕はどれくらい知ってるんだろう
トゥバラーマもデンサー節も 言葉の意味さえわからない
でも誰より 誰よりも知っている 祝いの夜も 祭りの朝も
何処からか聞えてくるこの唄を
いつの日かこの島を離れてくその日まで
大切な物をもっと深く知っていたい
それが島人ぬ宝

諷虹 中学生とかの島への作文をモチーフにしてつくった唄のようですね。


虚空 今の話の流れにピッタリな唄だね。


諷虹 ふるさと意識ですよね、これも。
虚空 本当にいい唄を紹介してくれた。
こういうところでね、ずっと児言態の場でも話題にしているけど「知識」と「イメージ」との関係。

「純粋経験」からすれば「知識」は邪魔。


諷虹 知識っていうか具体的な名称を言えるということで、もうそれが分かっていると思ってしまうというか。図鑑に載っていることを知ることばかりで、目の前にいる虫とかが目に入らなくなる・・・。

例えば星の名前とかは別かもしれないですけど、石を拾って求めているのは共感なのに、「それは〇〇という石でどこにでもあるものだ」なんて言われると冷めるわけですよね。「どこにでもあるならいいや」ってなっちゃう。


虚空 それは極めて大事な指摘だよ。
ずっと言っているけど「知識や論理」が「狭める方向に行く」「縛る方向にいく」というのと、「さらなる想定外の世界に誘ってくれるツール」っていうのとの違い。
本当に好きな人は、知識が冷めてしまう方に行かないからね。
あのアニメの地質班なんてそうじゃない。


諷虹 スケッチブック(コミック・アニメ)の栗原先輩もその口ですよね。田村ゆかりが声をあててていた

虚空 虫の先輩ね。確かに知っているから「もう分かってんだぞ」じゃなくて、常に新鮮な驚きや感動の心で虫に接しているよね。


諷虹 主人公の「空」なんかは、栗原先輩に正式名称を教えてもらうまでは自分で勝手に名前をつけちゃうじゃないですか。

虚空 それって小惑星の「みら」にも言えるよね。あの河原のシーンで石にいろいろな名前をつけていた・・・。

恋する小惑星 第二話 あにこ便 http://anicobin.ldblog.jp/archives/56298108.html
『桜先輩~!この石は何ですか?』
『それはチャートね』
『放散虫なんかの殻が堆積してできた石よ』
『へ~』
みら『じゃあこれは?』
桜『ん~…多分安山岩ね。火山でできるやつ』
みら『これは?』
桜『泥岩ね。粒子が細かい堆積岩よ』
桜『そっちのははちまき石ね。白い枠がぐるっと1周してるでしょ?そこだけ成分が違うのよね~。通称はちまき石。縁起物としておみやげにする人もいるらしいわよ』
あお『みら。何か見つかった?』
みら『見て見てこれ!はちまき石だって!』
あお『かわいい~ 私は木星みたいなの見つけた』
たくさん拾った石を持ち帰りきれない
桜『なんでもかんでも拾えばいいってもんじゃないのよ』
みら『せっかく集めたのに…さよならはちまき2号。泥岩3号。チャート4号…え~ん…』
*スケッチブックより
第13巻 
空(あ、とんぼだ。こんな季節に寂しげにぽつねんと草にとまっている。
よし、 ぽつねんトンボ と名付けよう。)
栗原「あっ、おつねんトンボだね」
空(惜しい)
第14巻
空がシャクトリ虫に「オメガ虫」と名付けている。
ネーミングセンスが独特。


虚空 どこか「のんのんびより」のれんげと通じるところがあるね。
性格は違うけど。
*スケッチブック 最後の頃は栗原先輩の虫の知識と共にの話ばかり


虚空 上原先生がさ、中学生以降は「知識教育も大事」って言っていたけど、上原先生の言っていた「知識教育」ってどういう知識教育だったのか、っていうことについてはあまり情報がないんだよね。初等教育の話ばかりだったから。
でも先生自身は高校の教師から大学の先生になった・・・高等教育畑をずっときた人だったんだよね。
先生のいう知識教育っていうのは、決して狭める方のじゃなかったとは思うんだけど・・・。

段階にもよると思うんだけどさ。例えば前、筑波学園都市の施設で小学生とかの天体に関する特別教室なんていうのを開くと、天文博士のような知識いっぱいの小学生が集まってくるんだと。本当にマニアックな知識をいっぱい知っているんだと。
だからその教室の最初にやることは、そうした知識を捨てさせることなんだ、って担当の天文学者の人がいっていたよ。
「こんなことも知っているんだ」っていうのが邪魔になる。
それはまさにさっき諷虹君が言っていたことに通じるんじゃないのかね。
「それ、もう知っているよ!」って得意になると、どんどん純粋経験的なことから離れていく。


諷虹 「知っていることでちやほやされたいのか」それとも「深く知りたい・共感したいのか」という違いは大きいでしょうね。

虚空 知識の目的だよね。
本物の学者なんていうのは、知れば知るほど謎が深まるっていう感覚じゃない。さらなら探求に向かう。
でも中途半端な優等生は「ゴールした気分」になっちゃう。

知識って「着眼点」とか「想定外の方向」のサンプルを示す羅針盤みたいなものだと思うんだよね。でもその方向だけが方向じゃない・・・示されていないものの方がいっぱいある、っていう感覚。

Nanba先生が聖徳との会合の時に力を込めて話していたのは、小学生に知識ばかりを与える必用ないけど、先生達は知っていなければならない、うんと勉強しなければならない、って。
教師自身も「それで分かった」っていうような構えではダメだろうけどね。
広大な世界に誘えるための最低の知識というか羅針盤を持つための勉強


*スケッチブック 別のエピソード (第13巻より)
顧問「ダニがいる 殺そ」(殺虫剤を構える)
栗原「待ってください
これダニじゃないですよ ニセセマルヒョウホンムシっていう昆虫ですよ」
顧問「ふうん」(殺虫剤を構える)
栗原「だから待って」
顧問「へぇ よく見たらテントウムシとかみたいな前翅があるのね」
栗原「これでも甲虫類なんですよ」
顧問「でも何?これぞ虫の世界の名づけ方って感じよね ニセセマルヒョウホンムシ?
ミツバギンナンチャワンムシモドキみたいな?」
栗原「え?何ですか?そんな虫いるんですか?」(目を輝かせる)
顧問「テキトーに言っただけだから」

虚空 何でもそうだけどさ、作者ってすごいよね。こういうやりとりを創作できるんだから。ちゃんとキャラを描き分けてさ。
何重人格にもなれるっていうことだよね・・・意図的に。

それにしてもさ、つい最近読み返していたわけでしょ。まるで今日こういう話が出るというのを分かっていたかのようなタイミングで。
そういう偶然で片付けられないようなことって、しょっちゅう起きるけど・・・でも毎回驚かされるよ。

結局ね、さっきも言ったけど、この1週間に参考図書もやまほど買ったんだよ。
でもね、自分としてはテスト勉強的に地学に詳しくなろうという気持ちはないんだよね。むしろあの地質班の子たちのような、さりげない石なんかを見ても心から盛り上がれるような感覚を呼び覚ましたい、っていう気持ち。
そのままでは見過ごしてしまうところをハッとさせるような感覚での知識。

だからさ、例えば「空」にしたって「みら」にしたって、専門的な知識を聞いても、それで知的に冷めたモードにならないじゃない。
余計にイマジネーションが広がる


諷虹 今までの自分のイメージとの乖離を楽しむような


虚空 そうだんだよね。「正しい知識」や「現実的なこと」を与えられて、それまでの自分の世界を捨てるとか、否定されたという受け止め方じゃないじゃない。
自分の土台の上にどんどん新たな世界を上乗せしていく感じ。


*小惑星 第二話の河原シーンを再生


虚空 乖離を楽しむと同時に、上乗せを楽しむ・・・悪ノリする楽しさ。
だいたいさ、鉢巻石の解説を上の空で聞いていたような みら も、青に話をしたり、その後受験を控えたお姉ちゃんにお守りとしてプレゼントしてるよね。
ちゃんと聞いてる。


*天体観測で盛り上がったシーンのあとのやりとり
すず『だんだん見える星が増えてきたね~』
みら『明るめの星が二つ並んでるのはふたご座』
あお『あそこのオレンジっぽい星の当たりは牛飼い座です』
桜『なんでわかるの?』
みら『え?慣れかな!逆に桜先輩はなんで石の種類わかるんですか?』
桜『…慣れかしらね』
*星座をきいて思いうかべている「星座絵」がそれぞれらしい
みら『ああやって楽しんでもらえるとなんか嬉しいよね』
あお『うん。私も嬉しかった』

虚空 この感覚なんだよ。自分の世界を土台にしてさらに広く深く伸ばしていく・・・想定外もどんどんと・・・そのための知識。

諷虹 そこらにある石が何なのかは判断できないですよね


虚空 実際には難しいらしいよ、そこらの石ころは。堆積岩とか・・・砂岩とかは割合わかっても、そうじゃないのは。

ただね、知識としてじゃなくて、「驚きのネタ」を仕入れたいんだよね。

分類なんて出来なくていいから、「とんでもなく長い時間スケール」とか「地面のはるか奥底でのドラマ」だとか・・・こんな背景があったのかもしれない、って想像する足掛かりを増やしたい。
諷虹 ちょっとずれますけど、運転していて車に詳しい友達がいろいろなことを言っても分からない。


虚空 自分も車に詳しい小学生を乗せた時に同じ経験があるよ


諷虹 運転中はまだいいんですよ、実物が目の前を走っているから。
でも詳しい友達同士の会話を聞いている時は、全然違うことを思いうかべているんだろうな、って。

虚空 このアニメでも互いの専門分野に関してそんな感じ。
でもだんだんと互いに共鳴しあっている・・・今年から一つの部になって、最初は水と油のような関係だったのが、だんだん「地学部」としての一体感が生まれてきているじゃない。

☆「恋する小惑星」から 「時空イメージの拡張」

このところずっと単にアニメとして楽しむ以上のこと・・・時間・空間に関する日常とは全く違うスケールのイメージ運動の獲得・・・そして「意識の転換」「世界定め」・・・・を「恋する小惑星」では話題にしているわけですが・・・

そのベースの部分についてが中心の語り合いです。

2020年1月26日 諷虹宅
(虚空 バウムのお菓子の写真を撮る)
虚空 (一昨日の話から)ミルフィーユだけじゃなくて、こんなお菓子でも地質班メンバーは地層を思いうかべてワクワクするんだろうね。
⇒実際にこのやりとりの後で放送された 第5話「それぞれの夏休み」にそのようなシーンが出てきた
http://anicobin.ldblog.jp/archives/56379890.html
何でも結びつけば舞い上がれる・・・・これって「類化性能」の力を自然にアップさせるよ。
「子どもが好きなことに夢中になる」って結果としてはそういう効能もあるんだろうね。夢と現実の区別がつかない、何でもゴチャゴチャに捉えてしまうということを、「脳の未発達」って片付ける人もいるけど、むしろ逆じゃないか、って思ってる。
大人として区別はできるという一方で、どれだけ子ども時代のように夢中になって没入もできるか・・・・それが学問的にみていっても大切なんじゃないか、って。
特に今期の「恋する小惑星」の地質班をみているとそう思うよ。
今週の(第4話)エピソードなんかでもね。


諷虹 原作でいうとこれだけのページのだったんですけど、だいぶ小ネタは省略していたな、って。
(虚空 原作を読む)
諷虹 だいぶ印象は変わりますね・・・アニメをみても原作を楽しめる。どちらも楽しめる。
虚空 構成というか、構造が変化すれば別モノになる・・・・有機化学の世界?
世界定めもそうだけどね。
ごんぎつねで、兵十の視線の移動の順番がちょっと違っただけでラストの場面は極端に変わる・・・・

自分は原作を読んでないでアニメだけをみたわけだけど・・・・今回は地学らしさが全面に出ていた感じがした。この前まではそういうネタも混ぜながらも、百合アニメっぽい要素が強かったじゃない。
でも今回はピュアだったというか・・・・。
だからEDを観ていても余韻に浸りきって見る事ができた。


諷虹 一昨日いった感想ですけど、原作でも進むとキャラが濃くなった。原作の最序盤は地味な感じもあったんですけど、山場のないところに山を入れるためにアニメでは百合要素を入れたんじゃないのかな、って。
まちカドまぞくなんかは序盤からダッシュできるけど、これは4話の内容をいきなり冒頭には出せない・・・それなりに各メンバーや顧問のことを描いてからでないと・・・。
ただ、アニメでは冒頭からお姉ちゃんを登場させたりしていましたけど、そういうことでも・・・

☆恋する小惑星・・・「あにこ便」サイトでのあらすじ紹介等々
1、約束
http://anicobin.ldblog.jp/archives/56274169.html
2、河原天の川
http://anicobin.ldblog.jp/archives/56298108.html
3,宝の地図
http://anicobin.ldblog.jp/archives/56324934.html
4 夏合宿
http://anicobin.ldblog.jp/archives/56350294.html
虚空 シリーズ構成がしっかりしているということだよね。
今回も冒頭にあのパン屋のお友達を入れてきたことで、これまでの流れとの連続性を明確にしていたしね。でもあの子を登場させたのは冒頭だけでというのも工夫されていたと思う。
最後は地学部と顧問の関係にしぼっていたからね。狂言回しはおじいちゃんとおばあちゃん。
でもさ、本当にね、あのEDに流れていた各シーンから、どれだけ思い入れがあって描いていたかが伝わってくる感じで・・・2回観なおしたんだけど、その時にもとっても心地よかった。それこそ最終回の余韻に浸る気分レベル。

一昨日紹介されたセリフもアニメ内にちゃんと出てきたけどさ・・・ちょうど昨日の中3の授業で、理科の地学分野の話になってさ。
このアニメの話もしたよ。天文にしろ地質の話にしろ、はまっている人達って、そもそも「時間」「空間」のイメージの基準が根本的に違うわけだよね。
だから同じ「星」や「岩石」や「地層」なんかを観ても、全く違う世界がイマジネーションとして広がる。
「違うイメージ運動を持っている」って言ってもいいかもしれない。
それは歴史が好きな人は、歴史を知識ではなくドラマととらえるという視点を持っているというのと同じ。
数学だってさ、数式や図形の向こう側に全く違うものをみている。
そういう構えを獲得するというか、目覚めるためには、「テストのため」「受験のため」なんていう目先のことが目的になるずっと以前の幼い時から興味を持つきっかけにいろいろと触れることだと思うよ。
だから自然の中をかけまわったり、身近な動植物や昆虫とふれあったり・・・石ころを集めたり・・・そんな他愛もないことに夢中になるのを大人がストップさせない。
そういうことを完全否定して、バカみたいにお金をかけた幼児用教材を与えることが、素晴らしい早期教育だと勘違いしているんだからね。
やっぱり出来るだけナマに触れる、本物にふれる。

(諷虹 第二話を流す  交替でみているうちに望遠鏡の視野から火星がなくなる場面  地球の自転によってずれてくる)

虚空 この場面で思い出したのが、昔ある望遠鏡ショップでの店員の言葉だったよ。天体に興味をもった中学生のために望遠鏡を買いに来た親がいてさ。その親に話していた言葉。
今の主流はモータードライブで一度視野に入れたら自動的にちゃんと追いかけてくれるわけだけど、その店員さんは、旧式の手動で追いかけるタイプのを勧めていたんだよね。
「手動で追尾するのは大変なんですけど、だからこそ地球の自転を実感できるんですよ。中学生なんかの時には、そういったことを体で感じる事がとっても大切だと思うんですよね」
っていうようなことをね。
その親はちゃんと自動追尾の架台の望遠鏡を購入するつもりで予算も確保して来ていたんだけど、店員は値段の高い安いではなくて、っていうのが脇で聞いていて「へー」って思った。
商売の基準が全然違う、って。
その中学生が今後もずっと天文にはまり続けるかどうかは分からないわけだよね。
だからこその「今」
自動追尾よりも、思ったより早く視野から離れて行ってしまうということで、こんなに早く地球は自転しているんだ、って肌で感じる体験の方が重要だ、って。
それで将来的に天体に興味を持ち続けたら、徐々にグレードアップしていけないい・・・最初から便利すぎるものはいらない、って。
これも今の教育全体に通じると思うんだよね。
乳児のころから至れる尽くせり・・・失敗させない、壁にぶつからないように育てる、それが上手な子育て、素晴らしい子育て、って思われているけどね。
もちろん生命にかかわるようなのは別だけど、適度な壁はむしろ成長の糧になるわけだから。

諷虹 苦労してみえるからという感動もありますよね。


虚空 そりゃ自動導入は便利だよ。最新式だと曲軸の設定もしないで済むのもあるから。でもね、逆にいうと、その機材がなければアウト。
双眼鏡とかさ、ドブソニアン望遠鏡で導入することなんかは出来ない。
(注 もちろんそういったものに対しての導入装置も販売はされている)

諷虹 紙の辞書と電子辞書の違いみたいなもんですかね

虚空 あとは、図書館や本屋で探すのと、ネット検索の違い。
掘り出し物で出会える可能性・・・目的以外のものに触れる可能性の問題。
ただぼんやりと双眼鏡で眺めるっていうのも大事。
それこそ純粋経験に近い。
だから子どもが「・・・の為に役にたつ」なんていう意識でばっかり物事をするようになるのは本当に寂しいことだよ。
それもツマラナイ大人のしいたレールの上を、大人の思惑通りに進まされる。

今回のエピソードの中でもさ、3日目の予定が国土地理院になったのがあったじゃない。地図好きの子の要望でみんなが予定していたのと違う場所になった。他の子はそれほど地図に思い入れがあったわけじゃないのにね。
でもそこで夢中になっている友達の姿にちゃんと共鳴できている。
「あの表情をみたら誰も文句なんて言わないと思います」って。
この感覚だよね。
他のメンバーにとっても、国土地理院で体験したことって、やっぱり自分のイメージタンクに蓄積はされるわけだしね。自分の関心事につながりがあるかどうかとは別にしてさ。

自分は小さい頃は河原の石を集めたりしたこともあるし、岩石標本とかにはそれなりに興味はあるんだけど、それ以上は探求していない。それは天体もそうだった。天体写真とかで「すごいな」とは思っても、天体関係の勉強をしようとは思わなかった。いわゆる理科の勉強としては。
だから家庭教師をやりはじめた当初、天体のことは初歩的なこともほとんど分からなかったし、地学関連なんかは、今でもそうだよ。はっきりいって岩石とか地層がらみはほとんど解説できないよ。
それでも何も言わないわけにはいかないから、昨日も「時間・空間」という観点から地学にはまっている人達の話だけはしたけどね。
でも話ながら、そういうスケールに対してもイメージ運動を起こせたら・・・っという気もちょっとは起き始めている。
それは年末にコバルト君との間で「沈没船」の話をしたのがきっかけだけど、その流れで今期ああいうアニメが始まったとかね・・・一昨日のこの時間の冒頭もね。


諷虹 今、国土地理院のサイトをみたんですけど、お堅い内容の中に「恋する小惑星」のことが出てますね。


虚空 そりゃ今回ので見学者がドッと増えるでしょうよ。自分だって行ってみようかな、って思っちゃったもん。体調からすると結構厳しいけど・・・


サイト 
地質標本館
https://twitter.com/AIST_JP/status/1220730543349927936
https://www.gsj.jp/Muse/
国土地理院
https://twitter.com/GSI_chiriin/status/1220738032128741377
虚空 地学をベースにした漫画・アニメで有名なのは「セーラームーン」だよね。あの原作者も高校時代は地学部だったし、(大学は薬学部)・・・地学の内容をふんだんに盛り込んでいたわけだけど・・・・。
「恋する小惑星」は、本当に地学の知識そのものを盛り込みながらの内容っていう点でセーラームーンとは違う。


諷虹 監督は「わたてん」(私に天使が舞い降りた)の人ですね


虚空 だから宮ねえを使ったのかな。


諷虹 この4話で初めて一本まるまる脚本も書いたようですね。あと絵コンテ
https://twitter.com/dddchangddd/status/1220742677227982848
虚空 ずっと前に話したかもしれないけど、大学時代の仲間に面白いイメージ世界の持ち主がいてさ、池とかに石を投げることが自分はどうしても出来ないんだ、って。
自分が投げて池の底に沈んだら、その石はずっと長い時間沈んだままでやがて土に埋もれて行ってしまう。半永久的に表には出て来れなくなるんだ、って考えてしまうから、って。本気で罪悪感を感じてしまってる男だよ。
そんなこととね「沈没船」の事と、一昨日出ていた化石についてのセリフがつながってくるんだよ。
参考 恋する小惑星 原作のセリフ (一巻 P89)・・・アニメにも登場
『数万年ぶりに表に出てきた化石かもしれないんだから、一体何者なのか見定めてあげたいじゃない』
さっきの子どもの時の他愛のない事っていうのでいえばさ、このアニメをみながら思い出すのが「おじゃる丸」のカズマ。石ばっかり集めているじゃない。
それが何の役に立つとかなんて気にしてない。だからいいんだよね。

(地図大好きキャラの場面 地図好きのきっかけは友達が描いてくれた 宝の地図  宝の中身はどうでもいいようなもの)
虚空 どうして「飛び地」探しにここまでこだわっているのかね。土地の区画を巡る骨肉の争いを思いうかべているわけじゃないだろうしね。
(原作を読んだ上でアニメを観返すと新たな発見や印象が 「わたてん」との関連に限らず)

諷虹 質の高いアニメを量産している感じですね、動画工房も。
::::::::::::::::::::::::::
『ダンベル』『わたてん』を生んだ動画工房ってどんなアニメ会社? 全作品をまとめてみた!
https://moemee.jp/?p=8744
ここで話題になったアニメリスト(片方だけが観ていたものは除外)
ゆるゆり
恋愛ラボ
未確認で進行形
月刊少女野崎くん
三者三葉
NEW GAME!
ガヴリールドロップアウト
多田くんは恋をしない
アニマエール!
うちのメイドがウザすぎる!
私に天使が舞い降りた!
世話やきキツネの仙狐さん
恋する小惑星
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虚空 この「恋する小惑星」のキャラたちにより共鳴しながら観るためには、「日常とは違う時間・空間の軸」を獲得していく必要がある・・・って義務感じゃなくて、あの子たちのような軸を自分も獲得したいな・・・日常にそういったイメージ運動を伴った構えでいられる時間を増やせたらな・・・なんて思うよ。
少なくとも天体写真をいつも撮っていた頃は、そのモードになっていたわけだけど、今はすっかり星空も眺めなくなってしまったしね。
望遠鏡にもカビがはえているんじゃないかな・・・・セッティングの仕方も、導入装置の使い方も忘れてる。
とはいっても、今また天体をやれるほどの体調ではなくなっているのが悲しいところ・・・・。

それでさっきブックオフで鉱物に関する本を買ったんだけど・・・最近は本もなかなか読めないからな・・・・

(諷虹、パラパラとめくりながらさっそくアニメに登場した石をみつける)
自分も小さい時に石を拾っていた時があったし、岩石標本を買ったりもしているしね

諷虹 それは拾おうと思ったから拾っているんじゃなくて、気が付いたら拾っていたわけですよね。


虚空 だから子どものようにね・・・それが純粋経験に近い・・・そんな時間の過ごし方を、ちょっとでも回復したいものだよ・・・現実にばかり押しつぶされそうになっているからさ・・・特に最近は。

今期アニメでさ・・・この「恋する小惑星」は「時間・空間」に関してのスケールアップ、「群れなせ!シートン学園」は「人間(ジンカン)」に関してのスケールアップをあちらの世界から示唆されているような気がする。
基準の意識をどんどん拡大するように、って。
その上で「おうち」「ふるさと」「世界」とか、あらゆる世界との共振・共鳴について考察しなおすように、っていうようなね。