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☆「天と地」「龍と鯉」・・・ 諷虹宅やりとり

この問題についてかつて詳しくやりとりしたのは「君の名は。」が話題になっていたときです。天と地をつなぐもの。
令和になる頃には「子どもの日」もやってきますね。
次代を担う子ども達に本当に必要な事というのを真剣に考えないと取り返しのつかないことになります。
(小学校5年6年での教科担任制が真面目に議論されるんだとか・・・何故初等教育では学級担任制が大事なのか、本気で分かっているんでしょうかね。)

やりとり後半では「シンデレラ」や「魔法少女」と「犠牲論」「貴種流離」などの話も飛び出します。




*2019年4月5日 諷虹宅
虚空 えんどろ~(先日最終回を迎えた冬アニメ)についてどうよ

諷虹 魔王というしがらみは外さないといけないんだろうなとは思いましたね。魔王廃業。あの手のほのぼ系であっても魔王という役職までもが丸くなるというのはないんですね。


虚空 あのチビドラゴンって結局どっからきた何者だったの?


諷虹 何でも食べるっていう設定。あれが一種の浄化器官になっている・・・でもこの前出てきた海回の魔王(邪心)はそのまま出てきましたけどね。


虚空 浄化というよりは「封印」かな。でもよくあれだけ腹の中に蓄えるよね。四次元ポケットというかブラックホールというか・・・・


諷虹 剣のサビをとるという回もありましたよね。再生的な機能


虚空 チビとはいってもドラゴン・・・竜・・・龍だからね。


諷虹 みかけではユーシャのお供のような感じでしたけど。この手のRPG物の元はドラゴンクエストだと思うんですが・・・。何が違うかと言うとラスボスの魔王が竜なんですよね。竜王っていってね。メイドラゴンでもドラゴンは人間に仇なす存在じゃないですか。


虚空 さっき、春アニメの予約設定でCSチューナーを開いたら、ちょうど「りゅうおうのおしごと」をやっていた。あの「竜王」(龍王)っていう名称だってね・・・。
「龍に成る」・・・だいたいこの「成る」っていう文字だって・・・


諷虹 (ネット検索)字の書き方で昇り竜と下り竜
なお、本将棋の駒(飛車の裏面)では、「龍」の字の旁の最後の画の「はね」を大きく上向きに強調した崩し字が使われることが多く、これは「昇り龍」を意味している(対
して竜馬でははねを下向きにした「下り龍」が使われる)。


虚空 上野の東照宮にもあるよね、「昇り龍」と「降り龍」の彫り物。


諷虹 英語だと滝は waterfall だから落下のイメージしかないのかな、って。
でも日本人は「鯉の滝登り」でも竜(龍 タツ)でも落下に逆らっていくイメージもある。

虚空 アユの遡上なんかにも惹かれるよね。それと同時に「落ち鮎」なんていうのもね

諷虹 鯉の入れ墨ってあるじゃないですか。「竜に成る」っていう意志の表われみたいな・・・。スカジャンとかだと竜と虎がワンセットだけど・・・。


虚空 「成る」ってさ、成長なんということからも分かるけど、もともとそうなる可能性を孕んでいたもの、っていう意味合いもあるんだと思う。上原先生の「芸談の研究」
でも「移りと成る」なんていう項目があって、随分前から気にはなっているんだけど・・・あの本は自分の読解力をはるかに超越してて・・・・
えんどろ~で言えばさ「勇者になりたい」からといって誰でも勇者に成れるわけではないじゃない。やっぱり何らかの「資格」・・・犠牲論的な意味での資格者。
だから困難にぶつかる・・・・本来の意味での犠牲。貴種流離。
それを絵本とかにすると「アンパンマン」・・・やなせさんの言葉でいえば正義のヒーローは身を削るもの。そんな見た目だけが格好いいわけじゃない。正義を貫くほどボロボロになっていく。


諷虹 5月の鯉のぼりってどういう意味合いなんでしたっけ。

*ネット検索 もとは武家の習慣。

虚空 劇場版「若おかみは小学生!」での鯉のぼりが画面いっぱいにっていうあのシーンに込めた想いだってね。

だいたいさ、鯉って魚は食べようと思っても大変な魚じゃない。
骨の作りは複雑だし、やたらと固いし。それこそ「骨太」。そんなイメージもあるんじゃないかな。もっとも最近の人は鯉を食べたことなんてないっていう人が多いだろうけど。


諷虹 しかも長寿だし・・・いいとこのお庭で飼われている。


虚空 お金の価値では決まらないけどさ、海外の富裕層でも注目されているんだろ。極上の錦鯉なんて一匹1000万以上だろ。


諷虹 ネットでみると2000万~3000万なんていうのもあったようですね。


虚空 だいたい、庭の池で一匹だけ泳がせるなんていうのはないんだからさ、とんでもないお金をかけている・・・そこまで惹かれる理由は何なんだろうね。


諷虹 それと鯉のぼりがはためいている・・・青空を泳いでいて自分が海底にいるような感覚。


虚空 そのことなんだけどさ、この前ラインで出した「のんのんびより」のOP。あの歌詞なんかと今の言葉との接点・・・。
なないろびより  
魚になって空は海 飛んでるように泳いでる
あの山をヒトツ越えたら見えてくる
真っ直ぐに伸びたあぜ道にだれかの小っちゃな忘れ物
片っぽになったクツが示すは晴れ
ゆるやかに続いてく日々は答えなどない
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
逆さになって海の底 深く潜って目を凝らす
ふたつ並んだ足跡は続いている
時計は乾いた音を止め世界は今にも消えそうだ
片っぽになったクツを拾いにゆこう
夜が来て朝が来て繰り返して息づく
宝物を集めてさ 歌うように泳ごう
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
晴れたら手を繋いでさ 雨なら潜ってさ 染まる町を眺めよう
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
歌うように続いてく
作詞・作曲はnano.RIPEのボーカルであるきみコが手がけた。


虚空 よく読めば読むほど謎めいているじゃない。
「息継ぎしたら消えた」とか・・・。


諷虹 そういうんだから水の中じゃないですか。で、息継ぎしようとして水から顔を出すことで「現実世界」に戻ってしまって「消えた」
「前略、道の上より」もそうじゃないですか。(動画サイト)
素意や 素意や~
咲きほこる花は散るからこそに美しい 
散った 花片は 後は土へと還るだけ
それならば一層斜めを見ずに 
おてんとうさんを 仰いでみようか 
海を潜るには 息をとめなきゃ潜れない
息を止めるのが いやなら海には入れない 
海には海の世界があるし 
そうして再び 潜らずにいられない 
山を又登る 登り疲れてふと休む 
辺りの景色が 心支えと又登る 
微かに山の匂いを嗅いだ 
それだけで 人は優しくなれる 
波が続く様に 時の刻みも又続く 
風も吹き止まぬ 時の刻みも打ち止まぬ 
やれこれと返す事のべの中で 
何が生きていく 証なんだろうか
特に関連が深いのは2番の歌詞なんですけど・・・・
こうやってみると4番の歌詞も・・・・


虚空 さっきさ、分校跡地の桜を撮りにいったんだけど、毎年撮りにいっていてもイチョウの大木・・・その根元をじっくりと見た事ってなかったんだよね。
そしたら銀杏の実がたくさん落ちていて。子どもらがいたころは秋には銀杏を拾ってたけど、それが過去何年にもわたって根元に落ちているという感じでさ。去年のとかそれ以前のとか・・・。










なんかそれを1番の歌詞をみて思い出した・・・ついさっきのことなんだけどさ。


諷虹 日本男児のような歌で・・・桜の花とかも・・・


虚空 桜にしても、降り積もった銀杏にしても「代送り」っていうのを意識させるじゃない。それがあるからやっぱり日本人は桜とか紅葉とかが好きなんだろうね。単に見た目だけが美しいっていうのもあるけど。

・・・桜や紅葉の美しさって「別世界」を感じさせるから特別っていうのもあると思うけど。それはもう間もなく「散っていく」っていうのが分かっているから。葉にしてみれば死に際の刹那に最高の美しさをみせて散っていく、って。
葉っぱのフレディなんかだとそうした散り際云々というよりは、大樹に支えられての生命の循環というのが強調されているんだと思うんだけど。
日本人の方が「一期一会の美しさ」の印象の方が強いんじゃないかな。「また来年ね」っていうよりはね。
まあ桜に関しては散ってすぐに新緑が芽吹いて「葉桜」になっていく・・・なんていうのも大きな魅力なんだと思うけど。


諷虹 改めてなないろびよりの歌詞をみると、ここでも「時計」が出てきてるんだな、って思って。


虚空 それは「色づく世界の」との関連?


諷虹 片っぽになった靴っていうのが、そこだけみるとシンデレラ・・・時間がくると魔法がとけて・・・


虚空 夏休みとかが終わる感覚かな


諷虹 シンデレラが日本人にどうしてあそこまで受けるのか。桜じゃないですけど、一夜だけ魔法でお姫様になれるというところが・・・夢のような時間。
結果的にはずっとお姫様になれますけど・・・。


虚空 昭和の頃の魔法少女モノ・・・魔法使いサリーにしてもひみつのアッコちゃんにしても、女の子の憧れの象徴だったわけだよね。夢の世界の象徴。
今では深夜アニメで魔法少女モノっていったら悲惨な展開のばかりだけだけどさ。夢もへったくれもない。夢が打ち砕かれて、世界の歪みを一手にひきうけてしまうような・・・。どうしてこんなに歪んで自分勝手なやつらのために、自分達が命をはれなければならないのかという葛藤。
美樹さやかなんて、それで魔女になってしまったようなもんじゃない。
ああいう魔法少女モノばっかりみていたら「魔法少女」に憧れる幼児なんていなくなるよね。
まどマギの劇場版が公開された時に、絵柄と魔法少女ということだけで、内容をよく知らない人がちっちゃい子をつれて映画館にいって・・・途中で子どもが泣きだしたから出てきた、なんていう話もあったじゃない。
リリカルなのははそこまで歪んだストーリーではないけど、「魔法」という特殊能力を身に着けた代償として、大変な運命を背負う、というのがこのところの定番。


諷虹 昭和のをそこまで真面目にみたことがないんですが・・・シンデレラではカボチャの馬車に、ネズミを馬に変身っていうか何かを変えるわけじゃないですか。この前なのはをみても町が壊れてもそれは直せない。砲撃魔法しかつかえない。


虚空 それはあるよね。魔法で何でもできるというんじゃなくて、個々人で魔法特性があるというのが今のスタイル。それは「盾の勇者・・・」でもそうだしね。本来はそういう設定の世界の中でいろいろできちゃう「いせスマ」は例外中の例外。


諷虹 (シンデレラの魔法に関して)八百万っぽい部分があるのかな、って。


虚空 人間の分際で、っていうので古いのだったら、実写版の「河童の三平」があるよ。河童の妖力を身に着けた三平が、人間の分際で妖力というので妖怪の祟りがあって、それを母親が身代わりになって受けてしまう、という・・・。
それぞれの持ち分。
霊能力みたいなのもそうだよね。霊感が人並み以上にあったりすると、それが困難の引き寄せる。魔法資質でも才能のある子ほど苦しい人生を送る。
それを「少女」っていう立場の子が一身に背負うところが「犠牲者」「稚児」なんていう意識のベースをもっている日本人のツボなんだろうね。

追記
*類化性能やイマジネーションを刺激するための論理ワークシート
言語感覚のワークシートなどを作成したらという話になる。
ネット検索
「シンプルかつ語呂のいい日本語で打線くんだ」
http://chaos2ch.com/archives/4595956.html
虚空 ヒマワリフクロウさんがノリそうなサイトだね。
文学史なんていうのも嫌いだったけど「国木田独歩」(くにきだどっぽ)も頭に残りやすいけど、それの誤答としての「こくもくだひとりあるき」っていうのも一発で頭に残った。
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科学雑誌「Newton」と古来日本人の発想

5月号の特集は  「無とは何か」・・・完全なる「無」に迫る究極の物理学 とあります。
それを見ながらの 4月6日の諷虹・虚空のやりとりです。
ということで物理や数学の話題が中心ですが、数学科出身の諷虹君は別にして、実は私などは専門的に数学や物理を学んだことがあるわけではありません。

だからこそ、専門家とは違った形で大胆に心意伝承や精神科学やスピリチュアルな分野との接点を大真面目に考えようとしています。

数学や物理なんてさっぱりダメ・・・という方々も、むしろそれを長所として生かす形で自由に発想してイマジネーションをふくらませ、面白がってくださいね。
「知っている」という人よりも「自由なんだ」という自負を持って!


はからずも今日、4月11日は恩師である上原輝男先生の命日。(平成8年に他界)

昨日は人類初「ブラックホールの撮影に成功」のニュースが世界中をかけめぐっています。

「イマジネーション」「感情」を大変に重視していた先生は、同時に4~5年生以降の段階では「論理や数理思考」を鍛えるということにも大変力を入れていました。

両者の統合・・・そして生涯にかけてそれらを活用した生き様(構え)ということを、先生からの宿題として探求し続けています。


先に行われた中学生「50円玉君」と虚空とのやりとりの概略を諷虹君に紹介。
このはな綺譚 「現実」「真実」・・・浜辺 花嫁御寮
       「トランスフォーメーション」・・・人形関連二つ
⇒虚数世界、宇宙物理でのダークマター、ホログラム理論
諷虹 ホログラムって?


虚空 今月号のニュートン(科学雑誌の名前)に載っていたことなんだけど、日本人の「現世」は「うつしよ」っていうのをもしかしたら裏づけることになるのかな、って。


ネット検索例
http://karapaia.com/archives/52233371.htm
宇宙は幻影。この宇宙がホログラムであることを証明する初の”証拠”を発見したと主張する物理学者(英研究)
 宇宙がホログラムであるとは、時間も含め、私たちが三次元の現実として認識しているものを構成する情報が、二次元の表面に蓄えられているということだ。

三次元でみる物は二次元から投影されたもの
 「三次元の中であなたが見るもの、感じるもの、聞こえるもの、さらには時間の認識もすべて、実は平らな二次元フィールドから投影されたものだと想像してみてください」とサウサンプトン大学のコスタス・スケンデリス(Kostas Skenderis)教授は話す。



*今月号(5月号)の特集は「無とは何か」・・・日本古来の発想と関連するような興味深い内容の記事が満載
⇒この記事の最後に主な項目・見出しを載せています。
表紙に載っている他の言葉
空間すらも存在しない”究極のからっぽ”


諷虹 (昔の人の考え方、解釈の文を読んで)擬人化というか比喩的表現ですね。


虚空 八百万の神々っていう感覚だろうね。
日本古来とかの発想をすぐに「非科学的だ」と決めつける風潮があるけれど、そういったひとたちはいつの時代の科学を基準に考えているんだろう、って思うよ。
「意識世界」「トランスフォーメーション」「パラレルワールド」だって最先端の宇宙物理から哲学をつなげて発想している人にとっては、もう科学的な世界観になってきていると思うしね。
そういう意味でも、最先端の科学的知識っていうのは、人知を超えた領域にイマジネーションの世界を広げてくれる。「あたりまえ」と決めつけて無意識に封印してしまうことをグッと減らしてくれる。


諷虹 (科学者の方の)ニュートンの文章って、なんか文系的ですね。幽霊のような、とか非科学的なものの例え


虚空 ガリレオ裁判のこともあって、自分なんかは中学生や高校生の時に、ガリレオやニュートンが非科学的な神の発想から脱却のきっかけとなった、って習ったけどさ・・・でもあとになって、実はニュートンなんてガチガチのキリスト教徒だったなんていうのを知ってビックリしたもん。
「神の証明」をするための自然科学研究だった、って。
昨日の虚数世界の話をしたあとだから余計に今回この記事をよんで「ダークマター」のところや「ニュートリノ」のことが意識にひっかかった。
複素平面でみたって、実軸が一本の線なのに対して、虚数世界は広大な面なわけだよね。実軸に投影される数の濃さなんて圧倒的。


「ダークマター」についてのサイト例
http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/xmass/darkmatter/index.html
宇宙で目に見える物質はたった5%


諷虹 「ゆらぎ」から始まったというのも「波」ですよね。
英語ではなんて表現しているんでしょうね。

(調べたがなかなかみつからず)

虚空 他の用語だとカタカナ文字が多いくせに「ゆらぎ」はゆらぎなんだね。


諷虹 「有」とか「無」もそうですよね。


虚空 だいたいこの「虚空」なんていうのもね。「虚空蔵菩薩」なんてさ、
⇒虚空蔵とは宇宙のような無限の知恵と慈悲が収まっている蔵(貯蔵庫)を意味し、人々の願えを叶えるために蔵から取り出して知恵や記憶力、知識を与えてくれるとされています。
だからさ、「令和」はそりゃ「令和」なんだけどさ、「霊和」とか「零和」とかいうようなことで自由にイマジネーションをふくらませるのもいいんじゃないのかな。


諷虹 だいたいこの特集のタイトルが「有とは何か」だったらここまで惹きつけないですよね。
「究極のからっぽ」って言う言葉の音の響きもね。
「空」って書いて「空っぽ(からっぽ)」ですもんね。


虚空 そうすると昨日の「のんのんびより」の歌詞にも違った観点が添加されそうだね


諷虹 「空」から「宇宙」って連想すると「からっぽ」に空の字をあてた人は、宇宙はカラであることをなんとなく感ずいていたのかな・・・なんて。


虚空 「現世」を「うつしよ」とつかまえた日本人の直観はすごかったと思うよ。
目に見えない世界・・・物質的に実体化していないのが心や意識の世界とすれば、まさに意識世界やイマジネーションの世界は「虚数」世界になるわけだからね。


諷虹 江戸時代に陰暦を使っていたとか、平安時代の藤原道長の歌・・・「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」これも月をみてどうつかまえていたのかの表われ


虚空 このはなの花嫁御寮でもさ、「私たちキツネからみれば」っていうのは、人間の常識とは全く違う時間軸を示されてそれを受け入れたからトランスフォーメーションが起きたわけだよね。それは表面的なプラス思考とは違うもの、新たな基準の添加。
だから西洋人形のエピソードでも、「ボロボロになって捨てられた=粗末になってされた」というのとは全く違う「ジンカン意識」を出されてゆさぶりを受ける。
そういう点からも「このはな綺譚」ってよく出来ていると思うけど・・・あまりアニメも話題にならなかったのが本当にもったいない。


諷虹 違う基準といえば「わたてん」の最終回のも・・・。人間の世界だけで考えると時間のずれによって会えた会えなかったというのが起きたけど、最後に3人で天使になったのも、違う世代の3人が同時に存在しているような感じで・・・
一人3役やっているというのもね・・・


虚空 たまたま今日録画しておいたのを観た古典芸能の番組でさ、一人何役もやっての早変わりが見せ場という芝居を紹介していたんだけど、あれも単に早変わりの見世物という以上の何かはあるんだろうね。


諷虹 知らないキャラがやっているよりは知っているキャラが違うのを演じている


虚空 さっきにこのはな綺譚のセリフでいえばさ、「あんた方人間様の一生も、ここでみる束の間の夢も、あたしら狐にゃたいして変わりませんよ。ああ、いい夢だった。 それじゃいけませんか?」っていう視点・・・
「天使」の世界からみれば人間界の数十年の寿命のズレなんて同時みたいなものだ、っていう感覚だったよね。
個人個人の違いなんていうのも、大騒ぎするほどのことではない、って・・・・大きな生命の流れからすれば・・・・それが折口先生の「一家系一人格」とつながるかどうかは分からないけどね。


諷虹 噺家の感覚も・・・


あと結城さんがこんな記事を・・・・(「数学ガール」シリーズの著者)
結城浩? @hyuki 7分7分前
「異世界転生系アニメというのは雑に言えば写像じゃな」
「ほほう」
「ところで写像の中には恒等写像というものがある」
「ということは…」
「『いまいる世界に転生したら自分だった件』」
「それって日常系アニメ!?」

「新海誠監督の『君の名は。』という映画があるじゃろう」
「二人が入れ替わるストーリーですね」
「ところで置換には恒等置換というものがある」
「ということは…」
「『俺の名は。』」
「まさかの記憶喪失もの!?」


☆参考 
Newton 5月号「無とは何か」特集内の目次や項目等々
これらをサッと読むだけでもいろいろな想像力がかきたてられませんか???

『真空』
・目の前の空気だって、分子と分子の間は”無”だ!

・原子の中もほbpからっぽ。世界の大部分は”無”だ
(虚空 注・・・以前、ある科学者の女性が、これこそ般若心経の「空」の科学的な実証であるというようなことを語っている番組をみたことがあります)

・幽霊粒子(ニュートリノ)が、物質はほぼ”無”であると教えてくれる



『真空にある”何か”』
・物質のない宇宙空間でも、そこには光が満ちている。

・真空の宇宙に大量にある正体不明の見えない物質(ダークマター)

・宇宙には見ることもさわることもできない未知の物質が充満している

・真空では、粒子が瞬時にあらわれては消えている

・真空は、水あめのような”何か”で埋めつくされている

・からっぽの「無」の空間も曲がったり、波打ったりする!

・宇宙を加速膨張させる謎のエネルギーが満ちている



『究極の無』
・時間を巻きもどせば、宇宙のはじまりは「無」?

・宇宙空間は”ホログラム”でできた幻かもしれない





☆新元号「令和」について② アニメや数学からの考察

*2019年4月5日 諷虹宅でのやりとりです。
例のごとくいろいろなアニメや、数学の「複素数」(虚数)などとのことに結び付けてあれこれと考察していますが、そうした内容に詳しくなくても、そこからどんな発想をしていったか等々のことを察して頂きたいと思います。

本当はこれらのやりとりはその日の後半です。
前半は別の話題でした。それらについては明後日にアップ予定です。




諷虹 まどマギなんかでも、困難を乗り越えた先に何があるのかっていったら、単に消えていくだけ・・・。なのはだと、ミッドチルダの組織で出世するとか、シンデレラだとお姫様になってハッピーエンドになりますが・・・


虚空 現象的にハッピーエンドにならない・・・現象的には報われない・・・そういう話は多いよね。だから以前にも話題にしたけど、アニメの「フランダースの犬」とか「鉄腕アトム」だとかの最終回が海外の人にはどうしても受け入れられない。だから海外向けにハッピーエンドヴァージョンが必要だとかね。
見た目の悲劇の向こう側を普通の感覚でみるかどうか。
見た目の世界で報われてハッピーになれなかったら意味がない、可哀そう、っていう感覚がちょっと違うんだろうね。
報われるのは「あの世」でっていうのが基準点だから。
そう考えるとね、この前の「令和」についての意見・・・


諷虹ライン発言
『率直な感想としては、シュッとしてるような、スタイリッシュな感じを受けました。暖色系か寒色系かでいうと寒色系。
「れい」がどうしても「冷」や「零」の印象からクールな印象を引き起こしているような気がします。
それを「和」によってある程度は中和しているのかなーって、感じです。しかし、零の和(0+0+…=0)なんかも連想してしまいます。いつまでも何も詰み上がらない…ような寂しい感じ
反面、「礼」や「霊」と結び付けるとそういった冷たさや寂しさが一転して「神秘性」に繋がるような気もしました。
儀式等のしんとした雰囲気と考えると、寂しさよりも洗練された感じの印象を受けます。
さらにいうと、0の和も実軸(この世的)に考えると0ですが、虚軸(あの世)も考えると、果たして本当に0で何も積み上げていないとは言い切れない、というように思います。
現実的な視点だけだとどうもマイナスな印象に捉えがちになりそうですが、夢世界・非現実的な視点も踏まえた超現実的な視点で見るとそう言い切れない…絶対値的であり、大小のない複素数的な見方だとマイナスだから良い・悪いではないような気がします。
初めて万葉集から持ってきた国産の元号的には、最初にこういった含みのある言葉が選ばれたというのは歴史的にも大きいのかなと思います。
総合すると、段々と(↑の文章打っていくうちにも)愛着が持てていく、良い元号なのかなと私は思います。』
っていうの、興味深い意見だよね。


諷虹 「反逆の物語」(まどマギ劇場版)みたいな部分もあって・・・初見ではマイナスイメージが、よくよく考えると案外いいのかな、とかね。
そういう風にマイナスからプラスになった方が両義性がはっきりして深みが出るんだろうね、って。最初からプラスのイメージをもってしまうと、そうでなかった時にマイナスイメージが・・・


虚空 裏切られた感が伴って離れなくなるわな。


諷虹 リリスパ11話の荒れ方もすごかったじゃないですか。味方だと思っていたのが裏切りで。


虚空 最終的には二重スパイだったということで味方だったからおさまったけどね。
でも、「コトブキ」の方は・・・もっとも出てきたときから胡散臭いキャラだったけどね。
ただ、ガルパンと違ってガチな戦いを描いていたけど、死者が出たっていうような描写はなかったよね。特攻みたいな場面でもちゃんと脱出している描写があって。そこは水島さんらしいかな。


諷虹 ダメキャラの方が最終回で見直されていた。(最終回をふりかえってのいろいろが続く)
キリエにしても武士道っていうか流れの剣っていうか・・・武道で相手の技を受け流すっていうのは自然な流れに身をまませる


虚空 バガボンドの「無刀流」の境地なんてそうだよね。あと忍術の世界での「虚空の極意」。この前ダンデリオンツイッターで紹介されていた武術なんかもそう。


諷虹 サブ爺のセリフで風に自然に身をまかせるっていうので最後に敵に直撃を与えた。
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キリエ『サブジーを墜として、ラハマを攻撃してまだやるのか!この業突く張り!絶対に許さない!』
イサオ「もう、邪魔しないでくれるかな!いくら優しい僕でも怒る時は怒るからね!」
チカ「ダメ、キリエ!このままじゃ暗い海の底に沈んじゃう!ウーミが言ってた。怒りと恨みが重なって石になって沈んだ者は二度と浮かび上がらないんだって!」
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サブジー《飛行機は飛ばすもんじゃない…自然に飛ぶんだ。パイロットはそれに寄り添うだけだ》
キリエ『自然に…飛ぶ!  怒りと恨みが重しになるなら…私を飛ばすのは自由だ!誰にも、誰の空も…邪魔させない』
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イサオ「あれは僕のだ!僕の僕だけの僕の為だけのものだ!僕が手に入れる…僕が支配して、僕が管理して僕が牛耳って僕が!! 他の誰にも触らせない!」
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キリエ『良かったのかな?これで…』
サブジー「何が?」
キリエ『穴を燃やしちゃって…もっと良いものが手に入ったのかもしれないのに』
サブジー「入らなかったかもしれない」
キリエ『…そうだね、サブジー。私は私でいく!全部自分で選んで、自分でやったことだもんね!』
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ザラ「いっそ清々しい気持ちにならない?」
レオナ「え…?」
ザラ「私たちはこれから何だって出来る…そういうこと」
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キリエ 〆のセリフ
その昔、世界の底が抜けて…そこから色々なものが降ってきた。良いものも悪いものも、美しいものも汚いものも…色々なものがあった。そして今、再び世界は閉じられて…私たちは色々なものを失いながら、そして…色々なものを受け取り、掴み取りながら…生きている――生きていく》
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虚空 ある意味では「禊」の感覚だよね。無になったからゆえの無限の可能性。


諷虹 えんどろ~の最後もそうだったじゃないですか。白紙の記録。


虚空 自分は「これだ」とかいうのが縛りになってしまうとね・・・。
純粋なイマジネーションっていうのだって、それだけだったら浅い部分の無意識ばかりが出てきて伸びていくだけ。

もっと深いものとか、意識が封印してしまっているものを引き出すために「型の文化」(器化)とか「論理思考」とか「知識」の添加・・・っていうのが高学年以降・・・大人になってからは重要になってくる、っていうことだよね。
そういったことをみんなが自覚できたのがコトブキの最終回。

さっきの「令和」についての数理的な考察もここいらと深いつながりがあるよね。

諷虹 LINEの時のイメージとしては 0+i とか0+2i とかの実数ではない虚数の部分が付随しているというか、見えていないものが。

ゼロそのものにね、何か白紙のようにプラスにでもマイナスにでももっていけるっていう未来志向的な部分があったり、平方完成のイメージ。+9-9みたいなね、足してゼロになれば、そういったものを自分で付け加えることができて・・・その和はゼロじゃないですか。本当にゼロっていっても+100と-100のように二つに分ける事ができる。
さっきの「もっと良いものが手に入ったのかもしれないのに」っていうセリフじゃないですけど何を取り出すかによってその代償も出てくる。+1000をとりだすと、同時に-1000も生まれてくる・・・


虚空 昔イギリスのホッブズだったかな・・・この発想の原点は力学の「作用反作用の法則」から「万人の万人に対する闘争」っていうのを何かで読んだことがあるけど・・・。
スピリチュアルで有名なのは美輪明宏さんのよく使う「正負の法則」
宮崎アニメだと、ラピュタの中にそういう考えのセリフがあった。


諷虹 まどマギでもありましたね。
「希望と絶望は差し引きゼロ・・・誰かの幸せを祈った分だけ誰かを呪わずにはいられない」


虚空 誰のセリフだっけ?


諷虹 さやかですね。魔女になる直前


虚空 本当にさ、さやかって一番世の中を知り尽くしてしまって精神年齢が上がってしまったキャラだよね。魔法少女の仕組みを体感してしまう。
だからこそ一番最初に魔女化してしまった。
やっぱり正統的な犠牲者。


諷虹 メガほむとクーほむの違いは魔法少女の運命を知っているかどうかがでかいんでしょうね。


虚空 もちろん元号のために集められた学者さんや政府関係者の人たちは、ここで出ているようなことなんか全く想定していない、って言うだろうけどね・・・でも、そういった部分を刺激する元号ということだよ。


諷虹 改めてゼロというものについてですよね。


虚空 まだ目の調子が悪いから読んでいないんだけど、今書店に並んでる科学雑誌「ニュートン」の特集が「無」なんだよね。早く読んだ方がいいんだろうけど・・・


諷虹 「空」なるが故に「無」ですね。


虚空 すべてが「無」から始まったというのが最先端の理論宇宙物理学らしいからね。


諷虹 般若心経・・・
「あったものがない」というのと「最初からない」というのは心の持ちようでも違いますよね。


虚空 例の親戚たちと自分の大きな違いはそこかな。バブル後の日本人もね。一般の公務員には無縁のバカ騒ぎだったけどね。

それこそあの世には何一つ持っていけないしね。とんでもなくバカ高い戒名をつけたってね・・・・。

昔読んだ火葬場の職員へのインタビューでも、棺が燃えて次に衣服が燃えて、生まれたままの姿になってから焼けていく。それは誰もみんな同じだって。高い値段の豪華な棺だろうが何だろうが、燃え残るのは骨と灰。


諷虹 群論の単位元の感覚・・・。足し算の場合だと「0」だけど、かけ算の場合だと「1」。「和」と「積」。足し算の単位元をかけ算に使ってしまうと「ゼロ」になってしまって単位元の定義に反してしまう。だからかけ算の場合は「1」
あと逆元の存在。群である以上は逆元とワンセット。


虚空 「令和」だから「和」で「ゼロ」っていうこと?


諷虹 令和だからこそ単位元を足すことになるのかな、って。ある意味、足されても変わらない・・・見た目はそのまんま


虚空 見た目がそのまんま、っていうのが西洋合理主義の発想でさ、同じゼロでもさっきでていたような虚数部分を実は含んでいる。そう考えると現象世界的には無の積み重ねであるようなことであっても、実は大変な積み重ねとか共鳴が見えない世界の中で起きている、っていうことじゃないの?


諷虹 霊の世界でね


虚空 神話でのやりとりで何度も話題になっている千曳の岩のやりとりでも、決してプラスマイナスゼロ、ということではないわけだよね。それでは停止の世界だから。

そこにどうしたら創造的な喜びに満ちた世界になるか、っていうと、虚数部分があるから。
虚数世界の数は実数のような正負とか大小とかの概念がない、っていうのがここで効いてくる。神々の世界は人間の常識を超越しているわけだからさ。


そうなると、さっきから出ているような現世では報われないから意味がない、ではなくて、現世で報われないと分かっていても、誠意を尽くすことの意義が浮かび上がってくるんだと思う。武士道とかもそれに通じている。

諷虹ライン『果たして本当に0で何も積み上げていないとは言い切れない、というように思います。』

って発言がそれを直観していたんじゃないの?


諷虹 黒猫のウィズで有名になった歌詞の部分があるんですけど・・・
『挑んで負けて倒れても 殴った分はゼロじゃない』
このイベントは主人公が結構負けるタイプの熱血漢でその姿を表している歌詞・・・一部ファンの間では他のユーザーに対しての慰めの言葉としてによく使われています。


虚空 やっぱりどれだけ「見えない世界」を実感していけるかっていう感性の問題だね。そしてまた、それは「垣間見」の世界だから、よほど自分にとっての「当たり前」を一旦オフにしなければキャッチできない。出来たとしてもすぐに捨ててしまう。
それは最終的には「構え」の問題になるよね。受け付ける段階でも、受け付けたことを人生に反映させていく段階でもね。


諷虹 チリも積もればという感覚ですよね。


虚空 「少しずつじゃダメ」とか「チリだからダメ」なんていって、欲張ってしまうとコトブキのイサオのように滅びの道に自ら突き進んでしまうんだろうね。


諷虹 さっきラピュタの話も出ていましたけど、ムスカ・・・超科学文明に狂ってしまった


虚空 ムスカとイサオってそういう点では似ているよね。支配欲の塊。


諷虹 (「コトブキ」についてネット検索)


虚空 それもさ「荒野のコトブキ飛行隊」って題名・・・「荒野」っていう言葉と「コトブキ」っていうのを組み合わせての妙もあるよね。(幸運・お祝い・長生き・・・良い事の塊みたいな言葉)

それをつなぐのが「飛行隊」という空飛ぶ乗り物。


諷虹 「寿司」っていうのもすごい字を当てたなと思いますね。(好字をつかった当て字   江戸前だと鮨)

☆新元号「令和」に関するやりとり①

新元号「令和」が発表された日の午後からのラインやりとりです。
発表直後、テレビ放送での皆さんへのインタビューでは皆さん好意的なコメントばかりでしたが、ほとんどの方が「和」という文字についてばかりで、「令」という文字の方には言及していませんでしたね。
ライン上での駿煌会メンバーのやりとりでは「令」についても率直な感想が飛び交いました。
(ネットでもテレビでも時間が経つにつれて「令」に関しての正直なコメントが増えていったようですね)

個人的には「万葉集から」ということ、それも万葉集という歌集の特色として「身分の違いに関係なく」ということが強調されて紹介されていたことは大歓迎です。

これは歴史の授業とかで万葉集を習ってもほとんど強調されていないことなので。

それこそ海外からみれば古来日本人の特異な部分・・・誇っていい部分だと思っています。




*2019.04.01 月曜日
12:57 虚空
新元号が発表されましたが・・・皆様の率直な感想は?????


14:03 ソルティ
新元号 出先でしりました。 令の字って どういう意味があるんですか? 和のほうは 昭和の和と一緒でそこそこ好きですが どうにも 令に違和感があるな~。
これって 命令のレイとは違うんですか?それとも一緒? 
ゼロ地点にもどるという意味だとすると 新しくうまれかわろう!みたいな感じに思えますけど。 
礼和のほうがすきかも?
あと そうだな~、らりるれろ は 何となく違和感があるな。
。。。。ではみなさん ごきげんよう。明日またきます。皆さんの意見がとても楽しみ。


14:51 コバルト
なんだかネーミングセンスが酷いと感じました。
はっきり言って文字の印象も良くないです。
国民を自分達にとって都合良くコントロールしていくようなイメージを持ってしまいます。


16:08諷虹
率直な感想としては、シュッとしてるような、スタイリッシュな感じを受けました。暖色系か寒色系かでいうと寒色系。
「れい」がどうしても「冷」や「零」の印象からクールな印象を引き起こしているような気がします。
それを「和」によってある程度は中和しているのかなーって、感じです。しかし、零の和(0+0+…=0)なんかも連想してしまいます。いつまでも何も詰み上がらない…ような寂しい感じ
反面、「礼」や「霊」と結び付けるとそういった冷たさや寂しさが一転して「神秘性」に繋がるような気もしました。
儀式等のしんとした雰囲気と考えると、寂しさよりも洗練された感じの印象を受けます。
さらにいうと、0の和も実軸(この世的)に考えると0ですが、虚軸(あの世)も考えると、果たして本当に0で何も積み上げていないとは言い切れない、というように思います。
現実的な視点だけだとどうもマイナスな印象に捉えがちになりそうですが、夢世界・非現実的な視点も踏まえた超現実的な視点で見るとそう言い切れない…絶対値的であり、大小のない複素数的な見方だとマイナスだから良い・悪いではないような気がします。
初めて万葉集から持ってきた国産の元号的には、最初にこういった含みのある言葉が選ばれたというのは歴史的にも大きいのかなと思います。
総合すると、段々と(↑の文章打っていくうちにも)愛着が持てていく、良い元号なのかなと私は思います。


16:16 虚空
元号について自分がとりあえず考えたことはお昼に別のサイトの方に書いているのですが、まだ敢えて自分が感じたことは伏せておきますね。


19:18ヒマワリ
新年号の話題について予想していたのが「和」とゆう漢字が入ることでした。
まんまとその「和」とゆう漢字が入ったことは素直に驚きでした(笑)
年号って音にした時に聞き取りやすさが大事だとゆうことをチラッと人から聞いたのと、明治・大正・昭和・平成のM.T.S.Hに被らないところも含めて、
(明治生まれの方はもういないとゆうところでMはもう使っていいかもね、なんてゆう言葉も聞きましたが)
かきくけこのKから始まるものになるかな?なんて思ってました!
がしかしまさかの令和のR。
はじめ聞いたときはなんじゃそれキラキラネーム入ってねぇかなんて思いましたが、
万葉集からとったとゆうところは先生が昔から万葉集占いを毎月1日にしていたところもあって、ほぉ?ん、いいとこ見てんじゃん?と思いました。誰目線やねん(笑)
「令和」の意味を見たときも、素直に良い意味だと思いました。
「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」ってゆう。
ハウルの動く城てきな、お互いを受け入れ合うようになってくれるといいですよね。
ネットでの誹謗中傷や、自分と違う意見の者は排除しようとする傾向などではなく。

「美しく心を寄せ合う」ことで、共振・共鳴が生まれて、良い文化になっていく…みたいな。
もちろん「美しく」とゆうものも、初めからキレイとゆう意味ではなく、昨日のダイヤの原石を見つけるような話も含めて、石ころも全部全部悪いものも混ざり合って見つかるものってゆう感じで。


19:30コバルト
厳しい寒さを越えないと桜は花を咲かすことが出来ないっていうことかな。
それに令には梅の意味も入っているから、茨城県の象徴の花だね。
美しさはどこから引き出されていくかが面白い所ですね。
凛とする‥ですか
凛とする
読み方:りんとする
冴えて、引き締まっている様子などを表す表現。容姿や態度、物腰などが、清らで勇ましく、美しいさま。凛々しいさま。多く「凛とした」と形容詞的に用いる。


22:26 虚空
発表直後に書いた文です。


::::::::::::::::::::::::::::
先ほど新元号が「令和」と発表されましたが・・・私が観ていた範囲では番組内で紹介されている感想のほとんどは「和」という文字に関してばかりで「令」についてはあまりないようです。「共存共栄」「和合」の象徴としての「和」は直観的に分かりやすいというのは当然あるのでしょうね。
「令」の方ですが、発表の音声を聞いた時にパッと浮かんだ漢字は「霊」でした。現代人にとっては「不吉な漢字」と思ってしまう方もいらっしゃると思いますが、日本人の精神世界にとってはこれも大切なキーワードです。もうひとつ「レイ」という音で馴染みの深いものには「0(零)」もありますね。
ヨーロッパなどでも数学の世界に「0」が導入されたのは近世になってからだそうです。「何もないものに数の名称はいらない」ということだったようです。「ないものはない」という発想。
でも日本人は古来から「物質世界・現象世界」こそ影の世界であり、本質的な実態はないのだと・・・目に見えない世界こそが本体であると考えてきました。その上になりたっての宗教感覚であり文化であり精神世界でした。
そういった根本的な発想がゆらぎ、目に見える部分が「成果主義」「競争原理」で絶対視されてきたのが昭和後期から平成の大きな流れの一面です。
そういった目にみえない存在(世界)とも「和合していく生活」の復活という時代という意味合いを私は感じています。
発表された新元号の発案理由の中には、そんなことは含まれていませんが、もしかするとそういう隠れた意図もあったりして・・・なんて想像してしまいました。
(中略)
たまたま今朝、ゆうべ録画されていたNHK、サイエンスゼロの本田宗一郎が推奨していた無駄な発明をする社内コンクールの特集の出だしを観ていたのですが、この世的には何の役にも立たない、無駄である、ということに当時毎年5億円の社内予算をつぎこんでいたそうです。そしてそのコンクールを毎年開催し続けるためにも車をどんどん売るようにとゲキをとばしていたとか。(だいたいこの番組名にも ゼロ という言葉が・・・)
(後略)


22:29 諷虹
ここ数日の流れではないですが、今日バイトに行くときに最初に流れてくる曲はなんなのかなぁと思ってカーステレオをかけたところ、この曲でした
https://www.youtube.com/watch?v=NjcJJo6HBus


22:32 虚空
だんご大家族・・・久しぶり!
まさに「和」の歌
わたてん の 天使ミュージカルといい・・・幅広い和合の時代


22:34 諷虹
見た目(実軸)はみんな同じ丸→〇(≒零)の団子、でも内面(虚軸)がそれぞれちょっと違う
それが集まって世界を作り、大きな輪になる(和になる)
そして最後の嬉しい事、悲しいことも全部丸めてっていうのも究極のバッドエンドとハッピーエンドの融合
”令和”やここまでの話流れが怖いくらいに一致しているような気がしますね・・・


22:35 虚空
ゾクッとするほどにね!
ついでに言えば、「えんどろ~」最終回も人間界と異界の悪の親玉との和合・・・霊的存在・・・竜による魂の浄化


*2019.04.02 火曜日
14:18 コバルト
元号からの綾波レイ、また浄化と言えば振動からの共鳴、音からの導き(鐘の音は浄化の音)。


15:41 虚空
今、「劇場版若おかみは小学生!」と「劇場版のんのんびより」を一気に観終わりました。
若おかみは虚空流解釈の「令和」の物語という感じがあらためて・・・・
のんのん の方は この前のやりとりがあるので 足元にもこれまで以上に意識がひっかかって・・・
どちらも個人的には涙腺が緩みっぱなしになってしまいました
「共鳴による浄化」・・・・毎日ドロドロとした感情に染まっていく・・・汚れていくソウルジェムのように・・・小まめに浄化を続けないと・・・


18:44 ソルティ
 皆さん 色々な意見を聞かせてくださってありがとう!感心しながら読ませていただきました。令の字に込められている意味、万葉集の美しい歌、全く異なったイメージの世界が広がったので、そちらに意識を向けて行きたいと思いました。
ご紹介 ⇒ 時々 出かける スピのブログ。 お時間の許す方はどうぞ!
http://tukioyobu.air-nifty.com/

22:16虚空
開運ブログ、読んでみました。
目に見える世界に基準を置くことをはじめとして、日本人が古来から大切にしてきたこととは真逆のことが「当たり前」のこととして、固定されていく方向になってしまったのが「平成」というつかまえかたもできるということなのでしょうね。
そうした固定化されたものに振動を与えていく・・・内側からの共鳴で柔軟な発想になっていく・・・そんな方向に動いて行って欲しいものです。
昼間鑑賞した劇場版の「わかおかみ」も「のんのん」も、「超現実」な和合の世界という方向を指し示しているという意味では、昨年公開されていたことに深い意義を感じます。
(そうした予兆としてはガルパン、なのは、まどマギ、君の名は・・・・・いくつもありますね)


*2019.04.03 水曜日
08:43 コバルト
そもそも、年号そのものが時代を決める訳じゃありませんからね。
人がそれぞれ、どう捉えて行動して築き上げたかで、その時代は創られていくんですから。
そう考えると年号は器に過ぎないんですね。


08:58虚空
 「令」という漢字から「命令」 そして 「和 みんなのために」=「お国のため」 と連想し、表向きはいいことを言っているようで、本年は軍国主義的な国家主導の精神を表している、という解釈もしようと思えばできます。
万葉集の歌では「令月」がいいことをするのに絶好の好機を表す・・・国民主体、みなそれぞれが和への行動に移す象徴、という解説などもなされていますが、文字はいろいろな意味を複合的にもっていますから・・・・
漢字が一人歩きしていくことは普通に考えられますよね。
平成だって、平和な状態が続く という願いがあっても、 固定化されたことで他人をけん制する、調和を乱さないように画一的に染める・・・そういった方向に動いた時代だったという側面があったことも事実ではあるしね。

やっぱり「元号」ものをどういった「器」としてとらえて、どう盛り付けていくのかは個々人の主体性だと思います。

☆「余白こそがカギ」

「教科書は教材であって目的ではない」ということも大学の講義などではよく語られることなのですが、実際に学校現場に入ると、ほぼ完全に「目的扱い」であり「教科書学ぶ」ではなく「教科書学ぶ」になってしまっています。

本当は教科書の内容を踏まえて様々なことを肉付けしていく、他の分野との橋渡しのヒントをあげるのが「教育者」の役目なのに、それが完全に放棄されてしまっている授業が残念ながら少なくありません。
本当は教科書やテストに出題されない「余白」にこそ面白さがあるんですがね。

実際に本当に興味を持って「好奇心」から勉強している子は、余計なことを沢山知っています。そこからさらに好奇心や想像力がかきたてられるという連鎖反応が起きています。

「そんな遠回りをしているような暇はない」とおっしゃる方が多いのですが、実際には興味を持っている方がスッと頭に入るし、深く理解しているので、結果として机に向かっている時間がうんと少なくても、学校や入試の問題はスッと解けてしまう・・・思考力を要する問題や記述式問題にも強い人間に成長します。


2019年3月30日 諷虹宅②
諷虹 ケプラーが惑星の軌道がどうして正円でないのかで悩んだ、っていったり、アインシュタインが神はサイコロをふらない、とかあったけど・・・理路整然としている必要ってないんですよね。それこそ球体に光を当てて投影された影なら正円であることの方が珍しいわけだし。影であるからこそ混沌としている。

虚空 カオスだよね。くらげなす漂える状態・・・そこを突き抜けると日本神話でいう葦がスッと伸びてくるように突破口が開ける・・・コバルトブルー君がよく引用することでいえば「蓮」の感覚かな・・・・仏教的にいえばね。

諷虹 三日月だとか月食だとか・・・影の方を観測しているような・・・
「かげおくり」も刺激するんでしょうね

虚空 これもさっき50円玉君とのやりとりで出たんだけど・・・墨絵なんかの「余白」の問題。余白から何かを感じさせようっていうことの方が、描いてあることそのものよりも大事・・・

諷虹 書道もかすれている方が味があるじゃないですか。あれも余白の観測ですよね。

虚空 「観測」っていう物理的な用語が飛び出してくるところが「量子論の発想」ともつながりやすいね。
俳句なんかだって、言葉で表現していることを伝えたいわけじゃないからね。

諷虹 字余り。字足らずからくる余白の趣き。「粋」とか「風流」とか。

虚空 そういったあらゆる場面で「みえなものの実態をキャッチする。垣間見る」という修練を積んでいたのが日本人。それがネット社会でますます即物的になってきてしまっているのはね・・・・。

諷虹 こういう余白や影をみるために「型」や「構え」が必要になってくるんでしょうね。

虚空 カリキュラムとかを考える時にもね、そういった余白部分をどれだけふまえて考えているか、が深みになっていくわけだよね。
演算で答えが自然数になるかならないか・・・なんていうのを、ただそういう問題として教えるのか、これは群論につながっていくものなのだという意識を持って教えるのかの違い。たとえ小学生に「群論」という言葉をぶつけなくてもね。
そういうのがいっぱいあるし、それこそが専門性だったはずなんだよね。
単に答えの出し方だけだったら教師なんていらないよ。ちょっと勉強のできるお兄ちゃんやお姉ちゃんに聞いたってできる。

諷虹 群論でも「整数」という塊でみるのか「自然数」という塊でみるのか・・・まとまりで考える発想・・・それによって「空白」をみたり集まっている方をみたり・・・

虚空 「図と地」だね

諷虹 「銀の匙」を思い出して・・・0歳になったら銀の匙・・・誕生日を迎えるたびに・・・・(原作 11巻 147ページから)

校長「質問です。銀の匙の意味を皆さんは知っていますか?」
生徒「銀の匙を咥えて生まれてきた子は一生食うのに困らない、だっけ」
「子供が生まれたら贈るんだよね」
「そうそう、贈る人はその子の幸せを願って、」
校長「そうですね、私はみなさんに銀の匙を送る人の気持ちで教育に携わっています。微力ながらみなさんに「生きていく力」を送れたら幸せだと思っています。
では、次の質問。みなさんはその銀の匙を作っている人のことは考えたことがありますか?
子供が生まれたときに銀の匙を一本贈るのがスタンダードですが、中には子供の誕生日が来るたびに一本、また一本とプレゼントする親もいるそうですよ。
裕福な家ではないけれど、1年間節約しそこから毎年スプーン、フォーク、ナイフなどをコツコツ一本ずつ買い足していく・・・そうしてその子が成人したころには、銀のカトラリーセットという立派な財産が出来上がるというわけです。子はその銀器セットをもって旅立ち、外で新たな家庭や社会を気築いていくのです。」
生徒「銀職人にとって年に1本しか注文しない客って・・・」
校長「そうですね、とても上客とは言えませんね。効率も悪くなるし。
でも、職人さんはそういった人のために専用のデザインを変えず、その時できうるかぎり最高の技術を使って毎年一本ずつ納品するのだそうですよ。そうして完成されたセットは家の歴史であり 子の歴史であり 職人の歴史でもあるのでしょう」
解説サイト
https://www.kitchentool.jp/base/?p=14
集まっていったというのをみれば「自分の年齢を視覚的に自覚」・・・でもそれを「これしか集まっていない」とみるか「これだけ積み上げてきた」とみるか。

虚空 これだっていろいろな事に反映できる言葉だよね。「銀の匙」という習慣についての解説、で終わらせるかどうか。
改めて意識にひっかかったんだけど、銀の匙のヒロインって「御影アキ」なんだね。

諷虹 それが主人公を馬に導いた。(自分と同じ馬術部に入部を勧めた)
乗り手ではなくて馬が主役、っていう考え方を伝える役割でもありますね
コトブキの爺さんのセリフ
爺さん「飛行機は飛ばすもんじゃない。自然に飛ぶんだ。操縦士はそれに寄り添うだけだ。」
幼少キリエ「まだ見ていないところを見にいってくる」

虚空 それだって「飛行機の話」で片付けるのか「教育も同じだな」って思うのか、だよね。



追加
この後の帰宅時、今回はエンジンをかけた際にカーステレオから何が流れてくるのだろうと思っていたら、のんのんびよりのOP 「なないろびより」

何度も聴いる曲だが歌詞の内容をまじめに考えながら聴いたことがなかったので、意識して聴いて観ると、先日来何度か話題になっている「名前」がらみで正反対のことが組み合わさっていること・・・例として「空海」をあげていた・・・それが「超現実」という日本古来の発想の象徴(日本神話の冒頭とも通じる)・・・ということもあって、出だしの部分からハッとした。
途中の歌詞でもここ数か月のやりとりのポイントと通じるような部分があちこちあったことを再確認。


なないろびより
魚になって空は海 飛んでるように泳いでる
あの山をヒトツ越えたら見えてくる
真っ直ぐに伸びたあぜ道にだれかの小っちゃな忘れ物
片っぽになったクツが示すは晴れ
ゆるやかに続いてく日々は答えなどない
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
逆さになって海の底 深く潜って目を凝らす
ふたつ並んだ足跡は続いている
時計は乾いた音を止め世界は今にも消えそうだ
片っぽになったクツを拾いにゆこう
夜が来て朝が来て繰り返して息づく
宝物を集めてさ 歌うように泳ごう
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
晴れたら手を繋いでさ 雨なら潜ってさ 染まる町を眺めよう
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
歌うように続いてく