忍者ブログ

☆クイーンの歌 からのあれこれ③ 「おうち意識」⇒「愛」 2018,12,16~ラインやりとり

最近、幼い子ども達が、最も頼りになるべき親による虐待・・・一番安心できる場所であるハズの おうち が 最も危険な場所 となってしまっていることが少なくない・・・。


仮に事件性のレベルに達していなくても、いろいろな意味で「おうち」が本来の機能を失っていることは多々あります。


むろん、各家庭、各親御さんたちによって他人には推し量れないような事情がある場合があるというのも分かりますが・・・・・・

やりとりは後半、「おうち」からどんどん広がっていきます。




2018.12.16 日曜日
07:56虚空
この歌のことや「中2病」のことや・・・ゆうべも話が多岐に渡ったのですが・・・・
先ほど、新たに紹介された和訳つきの動画をみましたが、新たに意識にひっかかってきたのがこの部分
『明日の今頃になって 僕が戻らなくても
今のままで生きていって、まるで何事も無かったかのように』
例えば東日本大震災が起きてしばらくの間、各放送局が特別番組&公共広告機構のCMばかりであった時に、真っ先に子供向け番組を通常放送に戻したテレビ東京のことが話題になっていましたが、あの感覚と通じる部分。
おうち意識を児言態雑誌15号にまとめた際に「意識の残像 イメージの連続化」ということが非常に大きな意味を持っているということを書いたのですが、それが思い出されました。


08:20 虚空 原稿の抜粋です

『おふくろの世界 「おうち」「におい」作文に見る時間と空間』内 4、深層意識空間 意識の残像(イメージの連続化)

家から離れている間も家は変わらぬ姿である、という意識をベースに持って外出していた子どもは、帰宅した時に自分のイメージとして残っている「出かけた時の家の様子」と「帰った時の様子」との照らし合わせを意識的にせよ無意識的にせよ行う。

 これが一致することで、外出前と外出後のイメージの世界はつながり、分の中では連続したものになる。一致しない場合は不安な気持ちがわきあがってしまう。

* 夏に秋田に行く。何日もとまって帰ってくる。「何にも変わってないかな?」と毎年思う。うちについた。いつもテレビをみるへやにいく。へんな感じが少しする。(小3年女子)
* おうちに帰ると別なにおいがしてくさいことがある。だから、だれかが入ったのかもしれないと思った。あとできいたら、るすのとき、おばあちゃんがうちの中にはいってた。(小3年女子)
* わたしは、おでかけから帰って、まず自分のへやにいって、ぬいぐるみとかを一つずつ見ていって「あー、やっぱりおうちだな1.」となぜか思った。それから、かべのポスターに「ただいまー」と言う。(小3年女子)
* 私が帰ると、自分のへやが朝ちらかした服があってまくらがベッドから落ちてて、つくえの上に時計があってぬいぐるみがいっぱいおいてある。それから台所へいくとコップやおさらがおいてあって、お父さんが朝読む新聞が台の上においてある。おぜんの上に朝食の残りが時々ある。ベランダにはせんたく物がほしてある。(小4年女子)
⇒ この「ベランダにはせんたく物がほしてある。」という記述は「出かけた時」とは違っていても、子どもにとっては「いつもと変わらぬ母の仕事」の残像なのであろう。
* 帰ってきてドアを開けたしゅんかん。なつかしいなーと思う。そして、自分のへやに行くとやっぱり自分のへやだなーと思う。(小3年女子)
⇒ イメージの残像としての家に再び巡り合う事ができたという実感が「なつかしなー」という言葉になったのだと考えられる。



09:15コバルト
たしかなんかの和歌に「君が今何しているか分かる気がするよ、常に月や太陽を見ていなくても今頃あの位置にあるということが分かるように。」みたいな内容のものを思い出しました。
また突然震災で大切な人が津波で流されて行方不明になってしまったら、絶対生きているんだ、生きていてくれ!っと生存を強く願うと思います、そしてずっと会えなくて会えなくて、もうきっと会えないかも知れないと思った瞬間に、「願いからいのり」になるんだろうな。
今ごろ君は幸せそうな顔をして、きっとこうしているんじゃないか、ああしているんじゃないか、というふうに。
いのる‥いのりが自分自身も相手も幸せを導いてくれると古来の日本人は知っていたんですね。
いつまでも会いたい会いたいと追い求めて探し続けていたら、きっと自分自身も相手も不幸になってしまうんですから。
ああしなきゃいけない、こうでなきゃいけないという精神の果てには崩壊しかないんですね。
自分の中に「愛」があるか、ないかが大きいんじゃないかな。
それは見守る(いのる)ということが出来るのは、「愛」がなきゃできないからです。
自分のなかに愛がなければ、やはり実体があるものを追い求めてしまうからです。それが本物っぽければいい(まさに顔無し)
愛があれば実体なんていらないんですね。
気持ちが入っているものであれば泥団子でも嬉しいはずです。
だから結局は「愛」に行き着くんです。


「いのり」に感情が入ってしまえば、それは「願い」になってしまうんでしょう。


11:39 虚空 非常に興味深い見解ですね!


11:50 諷虹
 https://youtu.be/fRHz2z9NeJE
 「祈り」と「願い」でふと思ったシーンです
そして「他人のため」「自分のため」「自業自得」なんて言葉はステラのまほうの元部長を思わせますね

 https://www49.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/40161.html
↑ステラのまほうの解説がwikiなどより少し踏み込んでいるサイト見つけました


12:02 虚空
これらのサイトもやりとり記録の中に入れておきますね。
 まどマギのこの場面は数年ぶりに観たのかな・・・・親戚のことや児言態の会議のことなどがいろいろとあった今の観点で観ると、やはりまた違った見え方がしてきますね。
元部長と杏子やさやかとの共通点や相違点なんかも考えてみるといいのかもしれない・・・


19:30 ヒマワリ
この世界から人が一人死んでも世界はなんら変わらないってことだよね?。
ニュースとか見ててさ、どこどこで人が殺されましたー言うても、へー怖いねーで終わり。
自分が死んだとしても、周りの数名が悲しんでくれるだけで世界は何も変わらずに、生きてくしかないよねー。


19:31ヒマワリ
(あの原稿の中に)姉ちゃんの作文入ってる?笑


19:39 ヒマワリ
死んだじいちゃんや死んだペットを想って、今頃天国で幸せに…なんてのも祈りかな。
供養ってのが思い出すことだったり。
一瞬が永遠になるとかさ。
なんか一昨日話してた水の流れから考える時の流れとかさ、自分の気持ちとかさ、全部自分を慰めて正当化したいだけなんじゃないかって。どーしても卑屈に考えてしまう。
愛ってなんですかー



20:14 虚空
この歌の若者は
Carry on, carry on, as if nothing really matters
今のままで生きていって、まるで何事も無かったかのように
って言っていて・・・早い話が命令文。
「自分がいなくなっても何も変わらないのさ」
ではなくて
「いつもいた時と変わらないようにこれからも生きていってくれ」
と呼びかけているようです。
だからもしかすると、肉体の自分は消えても、生きているのと何ら変わらないようにママにいてほしい・・・それで自分は消えていても、いなくなったのではなくてママのところで生き続けていることになれるから・・・そんな気持ちのように解釈しました。
様々な考え方・・・特に視点をかえると同じものも違ってみえてくるという話の中で、でもそれは自分を正当化していることになってしまうのでは、という想いを払拭できない、というのは実は私も同様です。

だから安易に「プラス思考」だとか「前向きに考えなくちゃ」という風潮には乗れない・・・自分の本音が納得できないから。

今も[もがいているのが正直なところ・・・だって、マイナス思考どころか、例の親戚たちに対しての荒れている自分の精神状態はかなり危険なところにきている実感がありますから。
だからこそ自分は学問ということではなしに、実感を追い続けるために上原先生の「無意識」のことや「犠牲論」「恨み論」などを追いかけ続けていると思います。
アニメ感想もそういう観点からのに特に力が入ってしまう。
自分の中では未解決だらけ・・・来世に生まれ変わる時の課題持ち越しになってしまいそうです(苦笑)

「自分を慰めて」ということも書いてありましたが、これそのものは大事な心の働きだと思います。完全に壊れてしまったらそれこそ大変だし。
でもそれが自分を正当化しているだけではないかという危惧を抱くこともきちんとできているというのが、逆に人間としていいんじゃないかと思いますよ。

以前にもはなしたことがありますが、だって、例の親戚たちなんてみると分かるけど、どんなに自分達が悪くても、他人からそれを指摘されても、改善どころか身勝手な理屈で自分を正当化し、相手を完全に悪者にして・・・そうやっているうちに、幼い子が空想と現実の区別がつかなくなるように、本当に最初からそれが真実だったかのように本人たちの頭の中では成立してしまっている。

だから悩みやストレスがたまるということもない・・・全部それは歯向かってこないような相手に八つ当たりして発散しているから。

それを「生き方が上手」と言う人もいるかもしれませんが、自分は「馬鹿正直で損ばっかりしている」と幼い頃から言われ続けているけど、あんな醜い生き様にはなりたくないと幼い頃から素直に思ってきました。



20:54 コバルト
愛は理屈の中には存在できないのかも、愛って言ってしまえば損な事ばかりしかないから。
要は端からみたら馬鹿なんです。
愛と勇気だけが友達なアンパンマンみたいに他人の為に頭を差し出せる?
好きな人が変わり果てた姿になっても見捨てず最後までオムツ交換やら何もかも献身的に世話はできるのか?
理屈、合理的になってしまえば愛はそこに共存出来ないんです。
愛は破滅的でもあるんです。
故の犠牲論なんですね。
自分より他人を優先にできるのか?
本物の愛に見返りはないんです、(無償の愛)
でも手放したくないもの、それを手放すぐらいなら死を選ぶ方がマシだと思えるほどのもの
きっと現代社会では普通この発想は出ないと思います。


 https://youtu.be/-d8u0fm0GPg


23:11 虚空
動画、観ましたが仕事を始める話のあとああなってしまって・・・正直よくわかりませんでした。
自分は誰かとお付き合いしたこともないし、圧倒的に独り暮らしが長かったから「愛」という感情にはピンとこないものがありますね。

教師をやっていたから「教育愛はわかるだろう」と言われても「わかります」なんてとても言える境地でないままだったと思うしね。
理屈っぽくなるけど、小学6年生を担任していた時に「恋と愛の違い」をクラスで問いかけてみたことがあります。

(これは家庭教師の時にもふれたことがあるかもしれませんが・・・「愛」は「合い」、「恋」は「乞い」(乞う))
あと、クラスのみんなが驚いていたのは「愛」を漢和辞典などでひくと分かるけど「アイ」とカタカナ表記。音読みであって、和語ではない。

じゃあ、古来からの日本人にとって「愛」に代わる大和言葉(本当の日本語)は何だったのか・・・いくつかありますが、こうした観点からしか今の私は考えが進められません。


2018.12.17 月曜日
04:22 コバルト
えっ??愛ってないんですね!
たしかに‥それで理解と謎が深まりました!
愛とよんでいるものって無常を知った本物の「いのり」の状態(虚空)。
追い求めない、願わない、唯物論からの解放。
集約化ができないんですね。ましてしちゃいけないんです。
だから言葉には出来ないのかもしれません。
ただ感じるものなのかな?
囚われるほど愛を見失ってしまうから、きっと文字にしてしまうと囚われになってしまう、言葉にしちゃいけないんですかね?
ややこしい動画だったのでここに貼るのは場違いでした??



04:56 ソルティ
動画ワタシも観ました。コバルトブルー君は どういう意味(意図)でこの動画をアップしたのかな~と知りたい気持ちになりました。

*”好きな人が変わり果てた姿になっても見捨てず最後までオムツ交換やら何もかも献身的に世話はできるのか”。。。うん、微妙だ。

 上のほうの動画。。。佐倉杏子の”奇跡はただじゃない”この動画はとても深い感じがした。私は今、スピリチュアルに関心があるので、それとここで言われている魔法とどこか共通する部分があると思うので興味深かった。

まあ、この動画にもあるように、足を突っ込むと 超危険な部分も深く広く広がっていると思うので、ほどほどにしとかなくちゃとは思う。例の占いでいくと、私の役目は 墓守りなんだけど、成仏してない魂は沢山いると思っていて、まあ自分の父や祖母、まあそのあたりまでなら何とかしなくちゃあと思うけど、顔もみたことないようなその上、またその上となると、冗談じゃあないわよ。(知ったこっちゃない)と思う。


ワタシの考えでは、マリア様に限りなく近い 存在の方( インドのアンマさん )方は 無償の愛を人々に与えることのできる方だと思う。裏とか表とかもなくて ひたすら、タダタダ与え続ける愛って感じがする。別にこの宗教に入りませんか?もないし、浄財を!でもない。でもね、ハグしてもらうと、ほのぼのするんですよ。あの 地球を抱える聖母のイメージだな。スピリチュアル仲間のお友達によると、オーラが広がる(満たされる)らしい。私は鈍いのでよくはわからないんですけどね。ただしあわせ~な感じになる。



07:08 虚空
私にとっては実感の伴わない発言が続いてしまいますが・・・「愛」=「合い」だから、本当の愛は「自他の区別がない一体感」というのは、よく言われることですよね。

だから「同情」云々では、まだ本当の「愛」とは言えない。「相手の為に何かしてやろう」では自他を区別してしまっているから・・・と。

一体感になればなるほど、相手の為ではなくて、自分の為にという境地で、そういった行為を具現化できる、と。

ものすごく理屈っぽくなるけど、キリスト教で「隣人愛」「汝の敵を愛せよ」というのも、自他は別物という前提があるから、「合わせる」という言葉が生まれてきたともいえるわけで、バラバラな存在として生まれてきた人間が、人間同士や他の生き物、自然、宇宙・・・と一体感をレベルアップさせていくのが、この世に生まれ出た究極の課題、というところなのでしょうか。

だから杏子の言葉は「家族愛」といいながらも「自分」ということに非常にこだわっているから「後悔」「もう自分のために」という意識に向かってしまっているんでしょうね。

宮崎監督は千尋では「小学4年生段階の恋愛感情を描く」という発言もしていましたが、世間的な常識ではなく、古来の日本人の感覚での10歳あたり、ということなのでしょう。


またエヴァはテレビ版で謎のままに残った「人類補完計画」というのが劇場版(古い方)で明らかにされて、クライマックスでは自他の区別がなくなる(皮膚がはじけて全人類の体液が一つになる、原始の海のように混然一体のスープ状態になる、という場面がありました。


区別があるから各種の人間関係の問題・・・対立・喧嘩・闘争・戦争・・・が起きるのだから、それがなくなれば真の平和・幸福が得られると信じた老人たちが起こした秘密計画。
でも、それが本当に人間にとっての幸せなのか、という問いかけでしたね。
12:54 コバルト
(日本でいう月はいのりの象徴?)
(愛に台本はない、旬そのもの)青春?というと季節感?
麻雀で、というか勝負事で(スポーツなど)自分が肝にしている事があるんですが、それは本物の敵は自分自身にあるという事です。
勝ち負けだけじゃないんです。
取り巻く恐怖心に打ち勝つ事こそ鍛錬にしているのですね。
つっぱる、傾くなんです。
それとエヴァンゲリオンの「人類保管計画」は願いであって、少なくとも祈りにはなっていないんですね。

ちょっと説明させて頂くと、あの動画のファイナルファンタジー7ので主人公クラウドと言います。
口癖は「興味ないね」といいながらも、なんだかんだ手を貸してしまう。
人体実験で2人は超人にされてしまって、クラウドは耐えきれず廃人になってしまいました、そこで親友のザックスが隙をみて脱出に成功しましたが、兵器なみに恐ろしい力をもった2人を組織はほったらしにはしません、もちろん抹殺作戦が立てられました。
2人はただ自由を望んでいただけなのに。
やがて追いつかれて親友が殺されてしまっても、クラウドは復讐の鬼になっていたりはしないんですよね。
ただ親友のザックスと望んでいた、何でも屋をやっているだけ。
風来坊みたいで、鬼太郎みたいなかんじです!


 http://karapaia.com/archives/52268743.html
 
16:05 虚空
情報を得るためのツールではなくて、人間同士のやりとりも間に情報端末を介してというのが圧倒的に多くなっていたり、何でもかんでもスマホできてしまう⇒スマホでないと出来ないシステムが主流になる
という流れからの一極集中が大問題だと思っています。その片鱗がでたのがこの前のau(?)不具合。
どうして親友が殺されても復讐に走らななかったの????(何でも屋を続けたことで割り切れた????)
18:33 ソルティ
コバルトブルー君。。。朝まで麻雀か~元気だね。そういえば大学の時、木造の男女混合下宿に住んでいて、男性の先輩から麻雀誘われたことがありました。(体育会系下宿、一回生はパシリをやる)今考えるとやっとけばよかったな~と思うけど、くっそ真面目だったものでね、お習いしなかった。

学童で、ケアセンターのおじいちゃん・おばあちゃんたちを訪問する機会があったのだけれど、そこに麻雀グループがあって、そのおじいちゃんおばあちゃんたちは元気いっぱい。目がうつろで反応がまるでない方々に比べるとお幸せなんじゃあなかろうか?と思う。何か好きで没頭するものがあるってことは老若男女を問わず幸せなんだな~と今頃思うよ。

勉強もいいけど、片手には絶対自分だけのものを持っておかないと崩壊すると思う。

 クラウドもザックスも 何だかかわいそう。
 *バラバラな存在として生まれてきた人間が、人間同士や他の生き物、自然、宇宙・・・と一体感をレベルアップさせていくのが、この世に生まれ出た究極の課題。。。これって ワンネスとかいうのですよね。だけど、苦手でどちらかというと嫌いな人がいたとして、その人と自分が一つなわけないっしょ。と思う。



19:17コバルト
クラウドの記憶に障害があるという部分もあるのですが、でも復讐心に刈られて修羅の道を選ぶ事より(滅びの道)、本来の約束していた2人でやるはずだった、あるがままの日常を送る方がザックスの供養にもなるんですね、修羅の道にはザックスと語った未来からかけ離れてしまう、もはや私怨なんですね。
これが一体感からの離脱‥その道を突き進めば突き進むほど孤立してしまうんでしょう。
そういえば尊い道とは、中道なんですね。
クラウドは尊い生き方を選んでいたんですね。
クラウドはクラウドであってクラウドではない。
クラウドにとってザックスは虚数単位(i)なんですね。
2018.12.18 火曜日
00:39 虚空
自分の駿煌会用の名前「虚空のエストラーダ」って直訳すると「虚空の道」(虚空への道)ということなんですよね・・・

「虚空」というのは「虚数世界」とも通じるものがあり・・・・でも、今の自分は現実対応意識でグチャグチャだから「虚空」とか「虚数」とかとはかけ離れていますね。
2018,12,19 水曜日
21:22 ヒマワリ
今日ボヘミアンラプソディーを映画館で観てきました!
人が結構入ってて、人気なんだな?と。
私Queenのことは何も知らなかったので、なんの先入観もなく映画の世界に入り込みました!
映画を見た上で、あの歌詞をまた考えると、当然のごとく捉え方が変わりました。
Queenとゆう無名のバンドが世界中の人々から愛されていくサクセスストーリーのよう…でも人気が出て、光を浴びれば浴びるほど、その分影も大きくなる…抱える闇や孤独感…光と陰は表裏一体とゆうことだなぁ?と。
また集まる機会があったとき話したいと思います(えへへ)
2018.12.20 木曜日
04:51 虚空
そういった形で「人生の光と影」描いている内容なんですね。
たしかに光が強くなればなるほど影も濃くなるというのは何の不思議でもない自然界の出来事ですからね・・・この目に見える世界に生きる人生にそいった側面が出てくるのも、自然の理(ことわり)。
浜崎あゆみが大ブレイクした時に、自分が二つに切り裂かれたような感覚になっていたというのもそういったことに感覚・感情が追い付けなかったのかもしれないですね。
PR

☆クイーンの歌 からのあれこれ② 「中2病」「世界定め」2018,12,15 諷虹宅

かつて「気取り」「なまいき」と言われたような子が激減しているわかりに、中2病ということばが飛び出してきたと考えています。そしてそれは上原先生の説く「世界定め」や、あるアニメでの「個人内現実」の問題と深く関わり・・・子どもをみていく上での大事な観点です。



諷虹 究極のハッピーエンドと究極のハッピーエンドをよく円形で表現しますが、これをレム二スケートにすると、円形的な性質を保ったまま(ループ性)砂時計の形も描いている・・・というようにもとらえられるかもしれませんね

「8」「八」の話題


諷虹 幼少のころ「8」を書くときに、雪だるまを作るみたいに丸を二つ書いて8の陣していたんですが一筆書きで8が書けたときは感動した覚えがあります。そこから8の字を書くのが好きになって・・・

日本で生まれた末広がりのイメージを持つ「八」と、ループ性・永遠性のイメージを持つ「8」
この2つのイメージを掛け合わせると、らせん階段上のループの発想が生まれてきそうですね

そういえばステラのまほうの作者が「コペルニクス的転回」っていう言葉が好きなようで・・・

(ネットで調べる)
「発想がひっくり返る」たとえではありますが・・・もともとは違うみたいですね・・・。https://kotobank.jp/word/%E3%82%B3%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%B9%E7%9A%84%E8%BB%A2%E5%9B%9E-65998
カント哲学の立場を示す語。従来、認識は対象に依拠すると考えられていたのに対し、対象の認識は主観の先天的形式によって構成されると論じたカントがこの主客関係の転換をコペルニクスによる天文学説上の転換にたとえて呼んだもの。


虚空 多分、このことを上原先生流に言うと「世界定め」ということになるんだろうね。目に見える世界が先にあるんではなくて、我々一人一人の意識や感覚の違いによって、まったく違う意識世界に住んでいて・・・それが錯覚とか思い込みではなくて、「個々人にとってそれが実感の伴う現実世界なんだ」ということ。


諷虹 人工知能と27日の授業(児言態50周年公開授業のこと)ではっきりした人間との違いで・・・

用語を教えて(覚えて)知識が深まる・・・というのが人工知能的な学習の考え方で、
でも実際人間は、一つ一つの用語を全て覚え(教えられ)なくても心意伝承的に1つの用語や情景を見ただけで自分の中から発想が生まれてきて知識が深まっていく・・・といったコペルニクス的転回が起こってきているのかなと


虚空 このところさんざんでてきている「型」とか「様式」とか「儀礼」なんていうのも、自分の中からの発想を呼び込む力を持っている・・・ライフインデキスとしての力を持っているということなんじゃないかな???


諷虹 卒業式でみんなが泣くのもそういうところがあるかも・・・雰囲気にのまれて泣くというような


虚空 つい最近誰かとしゃべったけど・・・火葬場の燃やす前は泣くけど、焼けたあとは不思議に泣かないというのもね・・・


諷虹 それはゾンビの話の時ですね。

☆そこにヒマワリフクロウさんからのライン
*********************
やっぱり意味不明。
歌の主人公あなたどういう立ち位置ですのん
****************************


(ラインでこの部分を書き込む)
*******************
諷虹 難しいですね。俯瞰になったり主観になったり、神と対話したり

虚空 その立ち位置の変化が曲調の変化なんだろうしね。
***********************
中学生との中2病の話を紹介

虚空 ちょうどさっきの中学生が中2だからさ、お前、中2病か?ってきいたら 違う、って。
じゃあ中2病ってどういうものだと思っているから違うと思ったのか聞いたら、まっさきに言ったのが「自分に変なのが宿る」だったんだよ。


諷虹 憑依ですね。自分を違うものにしたいという変身願望もあるんでしょうけど。


ネット検索
https://kotobank.jp/word/%E4%B8%AD%E4%BA%8C%E7%97%85-689483
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
中二病
ちゅうにびょう
中学校2年生ぐらいの子供にありがちな言動や態度を表す俗語。自分をよくみせるための背伸びや、自己顕示欲と劣等感を交錯させたひねくれた物言いなどが典型で、思春期特有の不安定な精神状態による言動と考えられる。医学的な治療を必要とするような病気や精神障害ではない。

 このことばが初めて使われたのはラジオ番組のコーナーにおいてであったが、そのコーナーの終了後、2000年代なかばになってから、インターネット上の掲示板などで広まったとされる。インターネット上では、自己中心的な発言や幼稚な言動を揶揄(やゆ)する表現として使われている。


虚空 さっきフト思ったのは、憑依にしても変身にしてもね、自分意識を消さなければならない・・・昨日コバルトブルー君の家でもそういう話が出た。麻薬をシャーマンが使って神降ろしなどをした。人間意識を消さなければ下ろせないとかね。


そうすると中2ぐらいが、「自分って何だろう」ってボツボツ悩み始める・・・進路がチラついてくるし。その時にもしかするとね、「これが自分」っていう思いで凝り固まっている意識をぶち壊す作用もあるんじゃないかと・・・。


昔、中2病っていう言葉がなかった頃だって「気取り」「生意気」とか、難しそうな書物を持ち歩いて背伸びした形を演じるとか、盛んにやっていた。


それが変質したのが中2病ということだと思っている。
さっきの点数をあげるための努力もそうだけど「背伸び」「やせ我慢」を演じる修練・・・演じているうちに本当に想定外の自分にもなってくる感覚。演じていたつもりがなくなっちゃう


諷虹 で、それがしばらくして黒歴史・・・ちょっとたってから観返すとものすごく恥ずかしくなる、っていうのが・・・・高尚過ぎて恥ずかしいのか、あまりに幼稚だからなのか・・・両方なのかもしれないですけど。


虚空 まずやっている最中は夢中になっているから・・・現実意識になっていないから。
で、ハッと夢から覚めるわけだ。それで自分に自分がビックリする。


諷虹 毎晩みる夢だってよく忘れてしまうように・・・中2病の夢も。
現実と乖離しているから消したくなる。

Fate stay/nightの「トレース・(現実への)投影」のことなんか関係ありそう。
投影
TYPE-MOONのFateシリーズにおける魔術の一つ。
グラデーション・エア。 
自己のイメージからそれに沿ったオリジナルの鏡像を魔力によって複製する魔術。
イメージが自分の中で完璧でなければ投影はできない。 
ゆえに投影で生み出したものは自己のイメージどおりの強度をもち(幻想としてはこの時点で完璧)、 
術者の知識が本物に近いほど現実においても完璧になる。 
だがイメージに綻びができると存在強度を失い、霧散する。

虚空 現実意識的な常識から離れているから、そんなことを本気で考えていた自分が幼い子どもみたいだったという恥じらいが起きるんだろうけど、それを恥じらいと思わずに本気で思い続けた人間が偉大な結果を出すというのも歴史が証明してるからね。
上原先生が「ホラをふけ」って言っていたのも関係あると思うけど。

今、この記事を読んで思い出したんだけど、あの「とある科学の」の「パーソナルリアリィティ」これだって、上原先生の「世界定め」の究極版・・・古代日本人の「言霊信仰」をアニメ的にしている用語になると思うんだよね。

とある魔術の禁書目録 Index
 自分だけの現実(パーソナルリアリティ)
能力者が持つ独自の感覚で、超能力を発動するための土台。 
いわば超能力の源であり、『手から炎を出す可能性』『他人の心を読む可能性』など、現実の常識とはズレた世界。
また、その「ズレた世界」を観測し、ミクロな世界を操る能力の事。 
より強い個性を保ち、強靭な精神力や確固たる主義を持つことが「自分だけの現実」の強さに繋がるともされ、能力者の精神制御方法の一つとしても考えられる。
※別の解説
https://dic.pixiv.net/a/%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%AE%E7%8F%BE%E5%AE%9F

量子論(例:シュレディンガーの猫)や確率論と深く結びつくものであり、「あの壁をすりぬけて瞬間移動が出来る」「手から炎を発する」などといった現実と乖離した事象をあたかもあるかのように強く思い込む事が「自分だけの現実」を形成する。 

そして、そのような強い思い込みや信念などが妄想を越えて具現化したのが超能力である。 
もっともその開発を分野としている学園都市内ですら超能力に目覚めたのは4割と半分にも満たない。 



虚空 これを単にアニメの中の架空の話として片付けていいのかどうか。少なくとも「意識世界が本当に変われば周囲の世界が変わる」「言葉の波動が現実を変動させる、呼び込む」という感覚を本気にして日本人はずっと生きていた民俗なんだから。


諷虹 ほらを吹く・・・


虚空 きのうさんざん風の話をしていたこともあるんだけど、ほらの場合「ふく」でしょ。嘘だと「つく」


諷虹 合戦なんかの時に「ほら貝をふく」って何か関係あるんですかね。


虚空 やっぱり「音」だよね。義経千本桜の知盛が碇をまいて海に沈んだ場面でも弁慶がほら貝をふきならして幕引きになる。生の舞台も何度か観たことあるけれど、あれはすごい場面。歌舞伎座の中が水をうったように静まり返っている中に鳴り響く。



※Wikipedia ほら貝の備考の欄
新渡戸稲造が聞いた話として、「戦争で用いられる法螺笛は、なるべき傷があるものが選ばれたとされ、その理由として、海底で波とうに打たれ、たたかれ、かしこの岩や石にぶつかり、かん難を重ねた貝が一番良い音を発するゆえ、漁師が取っていた」としている(新渡戸稲造 『修養』明治44年刊、第十章「逆境にある時の心得」内の「逆境の人は心に疵を受けやすい」の項より)


諷虹 法螺貝の音が味方全体に響いて、共鳴を起こすことで、士気が上がるって感じなのかもしれないですね。法螺が共鳴して、皆が勝てる意識になる


虚空 さっきの中2の話に戻るけど、前の壺作文にもあらわれたように他人との間に生きることでの意識がずいぶんと出てきていたじゃない。自分は自分と割り切れない。これが自分の立ち位置と確定できないで右往左往する。

でも、そんな年頃だからこそ、共鳴に反応しやすい精神状態と言えるかもしれない。

だからこの時期の「構え」の指導っていうのはものすごく大事なんだろうね。そのまま大衆に流されたり、絶対的に権威を認める相手に無条件で従ってしまうというようにもなりえるし、いい意味でいろんなものが憑依する感覚から、より多様な意識世界・感情世界・イメージ世界を築いていく方向になるか・・・。

もし思春期の時期になっても、小学校の低中学年のような感じで全く周囲に対して我関せずで、純粋なイメージ世界に浸ってそのまま大人になっていったら、随分と想定される範囲内の世界にしか生きられなくなってしまうと思うし、多様性にも欠ける人間になってしまうんじゃないかな?

幼い子がキャラになりきっていたって、黒歴史だ、なんていう想いをあとから抱くなんてないじゃないか。昔はこうだったな・・・ということは思っても、封印したい自分の過去、なんては思わない。

でも中2病の黒歴史は、それだけ普段の自分、人間の常識の範囲からは逸脱していた、と後にならないと思えないくらいに、「成ってしまった」という感覚。

自分はさっぱり読めていないけど、上原先生の「芸談の研究」の出だし「移りと成る」っていうのだけはずっとひっかかっているんだけど・・・


諷虹 中2が大人であり子どもでもあるという過渡期。幼少は子供。中2はその境界線だから、子供でもあるけど大人の自分でもあり、その大人の自分(今の自分)がこんな恥ずかしいことをしていたってかんじてしまう・・・

だからこそあとになって中2病のあとに大人のボーダーラインを引きなおしたいという感覚があるのかな、って。それがモヤモヤの原因にもなるのかも。
だからこそ14って昔の元服の頃だったんですね。

「移りと成る」もそういう感覚とつながりがありそう。


虚空 エヴァの企画書でも、中2に設定したことに意義を持たせていたけども、やっぱりあの時期は、児童期の分母分子がひっくりかえる4年生と同じくらい重要な時期かもね。

塾なんかでも最も授業がやりにくいのが中2で、その主たる原因は「なかだるみの中2だから」なんて言われることが多いけど、単にそれだけではないと思う。

でも決して「お気楽極楽」な時期ではない。実はものすごく現実意識と内なる世界とのせめぎ合いの中で「自分」っていう謎の対象がグチャグチャになっているんだろうね。


諷虹 そうするとさっきの歌なんかも、そういう感じですよね。大人に近い青年期であるようで、「ママ」なんて言ったり・・・。
(終了)

☆クイーンの歌 からのあれこれ① 「祝詞 水・風」 2018,12,15 諷虹宅 

☆昨年映画でも話題になっていたクィーンの歌について・・・ヒマワリフクロウよりのメールでやりとりがふくらみました。祝詞との関係で「水」「風」が出てきています。


歌詞・・・ヒマワリ紹介
http://blog.livedoor.jp/queen0203/archives/1100294.html
諷虹がみつけた別の解説サイト(用語の解説あり)
https://ameblo.jp/oi5555oi/entry-10989673079.html
動画
https://www.youtube.com/watch?v=fJ9rUzIMcZQ
*曲の雰囲気がかわるのがどのタイミングなのかを照らし合わせながら動画視聴
虚空 そもそもこれの前提になっているのが、コバルトブルー君が最初にこの祝詞の解説サイトを出してきて・・・そこからの流れなんだよね。


極めて汚きも滞無れば、穢きはあらじ(きわめてきたなきもたまりなれば、きたなきはあらじ)
内外の玉垣清浄と申す(うちとのたまがききよくきよしともうす)

『地表を流れる川も自然な川は蛇行するのがあたりまえ。もちろん地表の影響もありますが、水が曲がりくねりながら、流れたがっているから蛇行するのです。
護岸工事をしてしまった川はコンクリートの壁に沿って真っすぐに流れる事を強いられます。生き生きとした流れが阻害された水は清浄さを失います』

別の解説サイト https://ameblo.jp/shiori-yama0808/entry-12371832441.html
これは難しい意味がありますが、簡単に言いますと、、、
 
負のものが溜まっていても、流れればキレイになるということです。
私たちは神様の子であり、神様の光の一部が入っています。その力を発揮させるには、負のもの(穢れ)があっては出来ないのです。
 
悩むことは人間ですから仕方がありません。(負のものが溜まるということ)
でも、いつまでも、そのことに囚われていてはいけません。(本来の自分の力を発揮出来ないということ)
流せばいいのです。そうすると、心はキレイになります(流れればキレイになるということ)
ということです。
 
何でもそうですが、溜め込むと辛いものです。
 
お金も溜め込むと、川のように淀んでしまいます。
 
適度に流すことで、澄んだ川になるのです。
 
 
 
なぜ、このような教えが必要なのか?ですが、、、、
今に集中出来ないからです。
 
今、与えられていることが大切なのに、他のことに囚われていては、前に進むことが出来ません。
 
人生というのは、生まれ変わることが出来ると言っても、今の自分で生まれ変わることはありません。
 
今の自分で生きるのは、今世だけです。
 
悔いの無いように、今に意識を向けて、今を大事に生きていきたいですね。

虚空 いいものでも停滞されたらダメになる、っていうのが大事なところ。


諷虹 江戸なんかの宵越しの金は持たない、なんてそうですよね。全部飲んじゃってあとくされなく次の日にまた働く


虚空 それが逆になると必要以上の倹約になり、停滞させてしまう。いくら景気対策といってお金をばらまいても、一部企業や有力者がため込んでしまえば、市場にお金は流通しないからどんどん景気が悪くなる


諷虹が ゲーム(ラストエリクサー)について紹介


味方キャラクター全員のHPとMPを全回復することができる、かなり上級なアイテムである。
ほとんどの場合、アイテム店等での購入はできず、できても相当高価なため、シリーズを通して貴重なアイテムとして認知されている。
手に入れた場合、大抵のプレイヤーは後に登場するであろう難敵や終盤のボス戦まで残しておこうという考えから簡単には使わないのだが、いざ使い所だと思われる場面に遭遇しても、回復魔法や別のアイテムでピンチを切り抜けてしまったりするので、結局一度も使わずにクリアしてしまう事もある。
転じて、もったいなくてなかなか手が出せなくて結局使わなかった物の喩えとして用いられる。


諷虹 R.シュタイナーから学ぶ
水はどう動く、どう動きたい(水の本質的な動き)
 http://1861steiner.blogspot.com/2014/06/blog-post_2.html


虚空 これを水だけではなくて「風」の話も混ぜながら考えようとしたわけだよ。

☆2018,12,14コバルトブルー宅にて③ 「テレビゲーム」の話題から「宮崎アニメ」へ 

☆話している横で小学生が殺し合い場面の出てくるテレビゲームをはじめました。それをみてのやりとりが、宮崎アニメの話に発展します。


コバルト 俺が大嫌いがゲーム。課金もはんぱないし、終わりがない。
これをやるとね、本人がものすごく狂暴になるの。


虚空 人を殺すとか「死ね」っていう言葉に対する抵抗感がなくなるでしょ。コワイ言葉なんだっていう感覚がない。
自分は死ねっていう言葉の怖さはすごく実感がある。幼い頃から軍事シュミレーションしているようなもんだよ。


ヒマワリ 死ねって言う言葉を普通にみんな使うもんね。
(別のゲームになる)


ヒマワリ この辺になると時間・空間・ジンカンだね・・・。


コバルト 死んでもすぐに生き返るから。そういうものだと思ってしまう。


ヒマワリ リセット世代だね・・・。

☆本当は他のプレーヤーとマイクでやりとりできる機能もある

ヒマワリ 本当は音声言語こそが直接会ってのやりとりが必要なんだろうけどね
この前研修でもやってきたけど時間の流れ方が全く違っているって。でも今の子たちにはこれが常識なんだよね。


虚空 人間の機能は変わってない。時代の変化に人間が対応できていない・・・だから各種以上が起きている。


ノブ この子は学校なくなってしまえばいい、って


虚空 ワクワクドキドキがないんだろうね。だから夜になっても眠くならないんじゃないの?
だからじぶんなんて特別な感情とか抱くようなものは観ない。
邪魔者は消えろ、死ねって。それ以外の選択肢がいつのまにかわからなくなる。


ヒマワリ 自分の中の器の許容範囲がおちょこみたいにちっちゃかったらすぐにあふれる


虚空 大きくたってね、いざあふれたらものすごいことになる。すぐにあふれても小規模だったら実害は少ないじゃない。
右肩上がりでないとダメっていうイメージを持たせるのも問題。
千と千尋なんかはその逆でしょ


ヒマワリ 落ちるところまで落ちないとダメなのかね

コバルト クイーンの歌で有名なのがあって・・・歌詞の内容の日本語訳でビックリしたのがあって。

圧縮と解放がここで起きているって・・・・自分の流れたい方へ行ったら死んだ、っていう。
死が悪いわけじゃないけどね。

(歌詞をダウンロード。これの詳しい話は後日)
虚空 日本人の感覚での「渡世人」とか「風来坊」の感覚・・・どこかまれびとの感覚がある。憑いているから博打で生計をたてられる。
木枯らし紋次郎とかね・・・馬鹿正直。
それから「あっしには関りのねえこって」が決まり文句なんだけど、そういいつつ関わる。今でいうツンデレだね。


コバルト フーテンの寅さんもね。渡世人、流れ者。今の流れ者は食いつくして入れなくなったら移動、っていうイメージだけど。


ヒマワリ アシタカも途中まで流れ者。でも最後はタタラ場に腰をすえるよね。

☆千と千尋 よきかな神 アジサイの話 椿の話
コバルト紹介の千と千尋会解釈ブログの一部に虚空反論・・・オクサレ神は破壊目的で湯屋にきたのではないだろう・・・浄化・・・本性示顕


コバルト 花言葉を調べる

「椿が 控えめな素晴らしさ 謙虚な美徳」「アジサイは移り気 浮気 無常」


ヒマワリ アジサイって何気にすぐに変わってしまう。
せんちひの時って10歳、千尋とおんなじ歳だったの。えっ、もうそんなにたつんだ。コワイ。


虚空 ・・・・蛇だって川・・・水・・・だから蛇口っていうんじゃないか。


コバルト・ヒマワリ そうか!その発想はなかった。


ヒマワリ 風の通り道。
虚空 以前やった番組で風の元になっている山・・・山頂に割れ目があって白い団子を落とし込んでいく。


コバルト 生と性は同一
日本最古のストリップ(天岩戸開きでのウズメ)・・・そこから話が発展していって


虚空 それが犠牲論にもつながっていく

☆2018,12,14コバルトブルー宅にて②  「ピカソ」から「もののけ姫」へ

昨日アップしたブログ記事と関連しての、西洋絵画に関しての話題に話がとびました。

そこから話は「まれびと」とか「もののけ姫」のことへ・・・


コバルト ピカソの本・・・


ヒマワリ ちゃんとした普通の絵も描けるんだよね。不良やるにも礼儀や勉強が必要なんだね。


コバルト 普通の画家はぶっこわすところまで行けなかったんだね。そぎ落としてそぎ落として何が残るか。何がみえてくるか。
「分解と再構成」このあたりからオンリーワンになっていったんだよね。


ヒマワリ 大事なものほど捨てる。でも大事なものがみえるようになったんだよね。


虚空 大事なものが目に見える世界の大事なもの、というようではなくて日本人がみたのは見えない世界での大事なこと。
見える世界のものを捨てる。目を洗うから三神が表れる。

それが曇りなき眼とか、千と千尋のハク竜のうろこがはがれた場面・・・目から鱗で本来の姿を取り戻した。
好きにしていい、と言いながらも失敗すると「ほら、だから言わないこっちゃない」って言う大人がいるけど、それはダメ


コバルト 成功しても失敗しても大人は祈るだけ。成功しても失敗しても態度はかえない。


ヒマワリ 褒められた=認められた っていうのがいいことのようだけど


コバルト 迎合になっちゃう。


虚空 人間である以上はいつでも頑張れるわけじゃないしね。だから結果を褒めるんじゃなくて、生き様を見届けてやる。


ヒマワリ 工夫・・・いつの間にか気づいたか・・・気づきと納得。
踏まえてというのだって、先生の考えの通りじゃなくて重ね合わせで・・・先生のいう通りなんていうのはマジない。


コバルト 義務だと重荷になってしまう。
  呪い(まじない)も呪い(のろい)も同じ字。祈るも呪術・・・


虚空 いいことも悪いこともどっちも呪いの一種なんだよ


ヒマワリ 流行っていう字について先生に言われた時に「流れて行く」って、アッほんまや!って。
褒められて次を期待した時に気持ちのすれ違い


コバルト 褒められたあとのプレッシャー。一度あがったら下がれない。地獄の一丁目だよね。外堀を豪華にするだけで借金つくったり給料を使ってしまう。


ヒマワリ プライドというか強くなればいいと思うんだけど


コバルト かぶくだね。かぶく、突っ張る。壁を突破する。アシタカでも「押しとおる!」って


ヒマワリ 私は自分でここに来た、だから自分で出ていく・・・かぶいているね。


コバルト そういうところに行きつくよね。普段通り生活していけば淀むからね。同じパターンになると。


ヒマワリ 自分が淀んでるのかどうかも分からなくなる。アンテナがね・・・。誰も正解を教えてくれないからね。
自分で考えると自分を正当化していないかとか・・・他人と比べないとか言ってもね・・・。


コバルト アシタカも千尋も評価を超えている


ヒマワリ 旅人・・・まれびとだよね。二人とも。でも自分がまれびとだったらどうするの?


虚空 だからあなたは まれびと なんじゃない


ヒマワリ 人生生きていかなければならないから、しんどい。


コバルト 戻る鞘は同じだから。


ヒマワリ 見えているものがガラッと変わることで・・・っていいうのがあるよね。
大人になると友達って作りにくくなるよね。子どもの時にはランドセルしょっていれば友達って思えたのに。

ちがうな、って思えた瞬間ってあるじゃない。


コバルト 自分の本心と逆のことばかりやったら淀むよね。自分も見失う。(物真似芸人の話題)


虚空 おじゃる丸の電ボ・・・他人の口調を真似する特訓をしたら自分が分からなくなった、っていうのがあったけど・・・・それを変質させるともののけ姫のカオナシになる。