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☆Nanba先生を囲んで Ⅰ-③ 「英才児教育」からの「教育全体への示唆」

上原輝男先生はかなり早い段階から「英才児」ということに注目されていました。

知能指数が高い子ども達をさすわけですが、単に精神年齢の発達が早いとか、成績が優秀というのとは全く違う特性を持っているのが英才児だと。

そのあたりについて虚空なりにまとめたものが、児言態の雑誌19号「世界定めの主体としての我 : 全教科・領域に渡る児言態的視点」の第7節にあります。http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/46622/20181218135949740124/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_19_60.pdf

また児言態雑誌に毎号のようにKS先生がまとめられた英才児に関する記事がありますので、そちらを是非参照ください。
Nanba先生の論理に関することの裏付けにもなる・・・理系だの文系だのに分ける教育の愚かさについてもはっきりと分かる重要な記事です。
*英才児の特性について

虚空 諷虹君と二人で一昨年普段の数学を参観しにいったときのあの廊下の騒がしさ。高学年の教室の前にいたって、ZAKI小の低学年の教室の前にいるかのような雰囲気。でも集中しだすとパッと集中するし。

諷虹 授業参観のときとは全然違いますよね。(公開授業の時にも行ったことがある)

Nanba先生 わかるわかる。昨日も先生らと話していた上の教室でガンガン暴れてるの。工事してるのかっていうくらい。

虚空 3年の数学もそうだったけど、あれだけ騒がしくなって出歩いたりしていて、先生が説明しているのに「ほら、みんな聞けよ」とかそういう注意を一言もしなかったもんね。感動的なくらい。じゃあ無視しているのかというとそうじゃないんだよね。

Nanba先生 聞いてるんだよね。

諷虹 量子論でいうところの、粒の状態にするんじゃなくて、もやのまんま操っている感じですよね。

虚空 そうそうそうそう!いいこと言う!!

諷虹 公開授業の時とかは粒子化してしまう部分がどうしてもでちゃうから。

ヒマワリ 整列してないっていうこと?

虚空 あらゆる可能性が重ね合わせになっているということ

ヒマワリ ああー(納得)

諷虹 そのまま固定させないでとらえる。

虚空 だるまさんが転んだ、によ例えられるんだよね

諷虹 後ろ向いている時には波、でも振り向いた瞬間にピタッととまって粒子になる

Nanba先生 うまいことったね

虚空 でも英才児はそれができちゃう。

Nanba先生 出来ちゃう出来ちゃう。でもそれがたまたま出来ない子は厳しいんだよね。

虚空 去年の公開授業でKS先生が盛んに「ことばでいうと何になる?」って問いかけたのもそれじゃないかと思うんだよね。

モヤになることも粒子になることもどっちも。
粒子化できるということが、数学でいう「数式化」「図式化」になるから、それができるとまた爆発的に広げられるんだよね。

彼らって「論理」と「知性」と「感情・イメージ」とを分けていないじゃないですか。
で、分けてないくせに、ちゃんと分けて考えられる。

さっきの量子論でいえば「粒」にもなれるし「モヤ」にもなれる・・・。あるいは相反することが同時に重なっている「量子ビット」みたいな。

そういうことが何だか知らないけど出来ちゃっているのが英才児なんだけれども、でも上原先生が考えていたのは、いわゆる普通児でもそういったことが・・・。英才児にそれぞれの分野が統合された形がみえたんだと思うんですよ。

だから、あまりに早くから理系だの文系だの分ける現代の風潮に私が批判的なのも、子ども達の可能性をものすごく潰しているんじゃないかって、思うからなんですよね。
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*母国語の重要性
Nanba先生 英才小のパンフに僕はそのことを書いたの。
(諷虹 音読)
2020年版
『奇跡を伸ばす奇跡 
 人間の人間たる基盤は言葉です。この場合の言葉とは母語(母国語ともいう)です。私たちは母語で考え、感じ、表現します。人間が言葉を手に入れたことは奇跡です。

 この母語の重要性を訴えてきたのが故上原輝男(玉川大学)先生です。上原先生は母語を伸ばすカリキュラムを英才小学校のために作りました。英才小学校ではそれが50年近く経った今でも継承されています。これも奇跡です。

 英才児が与えられた(giftede)才能をさらに伸ばすには、高度に高められた母語が必要です。この学校には、母語という奇跡を高度に伸ばす奇跡のカリキュラムがあり、その基盤の上に各教科領域の優れたカリキュラムがあるのです。』


ヒマワリ あーなるほどー

虚空 これさ、「成果」っていうページで「中学校の主な進学先」って書いてある下に載ってるっていうのがね

ヒマワリ いかに土台作りをするかだね

虚空 母国語教育なんていうのは英才児教育どころか進学教育には関係ない、っていう風潮が強いから

ヒマワリ 英語なんてね

諷虹 幼児期からの英語教育

虚空 一体、どういう人間を育てたいのかな・・・・

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*俯瞰・鳥瞰の視点
(こう話している間に諷虹、地理のところに注目している)
虚空 さっそく諷虹が目ざとく

諷虹 地理が・・・

Nanba先生 地理がどうした?

英才小学校パンフレット 
『地理教育 地理では 空間的な広がり の把握を目指していきます。例えば2年生では 川の絵巻物づくり を通して空間的な広がりや、鳥観図的な視点を身に付けます・・・・(後略)』

虚空 この「鳥瞰」っていうのが、麻雀漫画でこの前からすごくキーワードになっていて・・・

諷虹 俯瞰じゃなくて鳥瞰。飛んだところから自分の今の位置をみる。

(麻雀漫画の解説)

諷虹 今の対戦相手の状況ではなくて、今まで戦ったことのある人とか・・・

Nanba先生 そういう鳥瞰か!そんなところを見てるんや!!

虚空 つまり全く関係のないようなものまで見えて、それが突破口になっている。
直接関係のありそうなものばかりが見えているのだと、結局はその延長のものしか見えてこない。

Nanba先生 だよね。それはやっぱりイマジネーションだよね、本当に。

虚空 そういう話題をちょうどこのところずっとしていたんで・・・。

Nanba先生 社会科ってそういうところがあるよね。

(地理や歴史の話が軽くでたあと)

虚空 だからそういうことも含めて、英才小学校の子が国語以外ではどんな風な姿をしているのかを見たい、っていうのはずっと思ってるんですよね。

今度の公開授業で2年の数学というのも、知能指数の上で考えるとちょうど中学年から高学年への移行期・・・だから算数的な見方からどれだけ数学的な見方になってきているのかを確かめたいんですよね。

Nanba先生 数学と算数ということの差が・・・本当は国語も下ろさなあかんのよね。それはまだできてないなという感覚があって、高学年は大きなポイントになる。

諷虹 今、数学の授業をみたときのことを思い出していたんですけど、「わからなくてもいいから」という感じでぶつけているのかな、って。ここでのやりとりでも、分からないけど入ってくる・・・その感覚に近くって、とりあえず分からないけど興味をもたせて、「どんな反応をするのかな」というのを見ながら交通整理をする

虚空 だからまさに言語生態の授業なんだよ。

Nanba先生 そういう授業っていうのはすごいね。でもそれってよっぽど力がないとできない、先生が。

虚空 たしかにそういう部分はありますよね。
その基礎力になるのが無意識を含めての意識世界の構造図作り・・・・上原先生が生きていた頃はそれをやっていたわけですよ。必ず作文分析をして構造図をつくって、それからやっと指導案の作成に入る。そういう手順を踏んでいた。
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☆Nanba先生を囲んで Ⅰ-② 「理数」「論理」と「人間を育てる真の国語教育」との接点

虚空の中高生に対しての家庭教師実践の話からはじまって、Nanba先生の「論理」に関する持論にまで発展します。

『論理も感情もイマジネーションの上にのってかっているもの』

世間で思われているような「論理」とは格段に違う発想ですが、これが今後の標準的な発想として世間に定着してほしいものです。

*表題で「人間を育てる真の国語教育」としました。もちろん学校教育は「人間を育てる」ためのものですから、このようは表題はおかしいのですが、現実問題としては「テスト(受験)対策国語」に終始していて、場合によっては人間性を損ないかねないような授業や意識付けが行われているという危惧があるので、敢えてこのような表題にしています。
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Nanba先生 児言態の発想を教育全体に活かしていこうとした時に、どうしても中学生以後のところはないので・・・

僕がまとめようとするときにそこのピースがないんよ。第三項理論というのは持ってきているんだけど、第三項理論っていうのは文学の話なのね。だからそこの理論を作らなければならないのよ、前から言っているけど。
それの大事な場っていうのがここなのね。

虚空 最近高校3年生から国語の依頼があって・・・ちょっと国語に自分との接点が感じられないので興味がもてなかったようで。
でも数学には割と興味があって。

上原先生がさっきのイメージの話でも言っていたけど、日本語・・・和語・・・はどうしても感情やイメージがまとわりついてしまうから、だから指導案とかでは漢語を使えって。授業のテーマも漢語でビシッと言えないうちは指導案を書くな、って。
それが今では教材を先に決めて、っていつからそうなっちゃったんだろうというのがあるんですけど・・・。
それを私は「漢語」というのを「数式」「図式」っていうような数学的なものに置き換えてしまっているんですよ、漢文とかには疎いもので。
その高校生とここ数回ずっと話しているのが、数学でいう「公理系」。以前だったら「証明する必要もない、誰の疑いもないものを公理」としていたのもを、現代数学では「自由に定義していいもの」になっているわけですよね。そしてそこから数学的に矛盾なく作り上げた体系・・・世界・・・は、認められるというように。
でもそれって学校教育では扱わないんですよね。古いタイプの「公理」は習うけど。
そこをバカ丁寧にやっているんですよ、ここ何回か。世界観の異なるアニメの話なんかも交えて。
「こう約束されている」というのを受け入れて観ていく必要があるというところはアニメも数学の公理体系も同じなんで。

この間、非常に本人がハッとしていたのが、「説明文でも物語文でも 正しく読む というのは、真実」って思っているようだけど、違うんだよ、って。だから筆者の考えが自分と合わない、納得できない、正しいとは思えないとね、水と油のように「もうこんなの知らない」って入り込めない。取り込めない。
でもそうじゃなくて、「この正しい、っていうのは作者や筆者の作った世界の出発点である約束をふまえてのという意味で 正しいのはどれか」なんだよ、って。

Nanba先生 それが公理と同じっていうことね。

虚空 そう、それを公理と同じように考えてごらん、って。
それからその時に「まだ線形(型)代数っていうのはやっていないだろうけど・・・一次関数のグラフのかき方ってどんな風に習った?」って。そうすると切片のない比例の式として書いたグラフをY軸方向へ平行移動させるんだ、って習ったと。
それはつまり基準は座標軸であり、それが固定されている。だからグラフの方を動かせ、って。
でも実は座標面の方を動かしたって同じグラフにはなるんだよ、って。
そしたらそれがスッと通じたんですよね。
筆者によってスタンスが違うっていうのは、この座標軸の設定そのものが違うんだと。それが「読み」なのか、って。

Nanba先生 ホント虚空さん、天才やな。

虚空 全部こういうヒントは諷虹からもらっているんですよ。

ヒマワリ そっちが先生。週2回の。

Nanba先生 どっちが家庭教師?

コバルト 分母と分子がひっくりかえっているんです、そこで。

Nanba先生 それは面白いね。非常に分かりやすいね。

虚空 ・・・さっきの数学・・・。私って家庭教師をやるようになって依頼のある教科は数学とか理科とか英語。国語の依頼なんてまずないんですからね。でもその中で児言態でやってきたことをどういう風にって。
つまり数学を依頼されたから数学、っていうだけじゃなくて、最終的にはそれが「生き様」=「構え」にまでね。
それでずっと「論理」とか「数理思考」とかを、「イマジネーション」とか「構え」とね、結び付けてきた20年だったっていうのはあるんですよね。

Nanba先生 結び続けてきた20年

虚空 やっぱり切り離したくはなかったんで

Nanba先生 じゃあ僕が今日(学会で)論理について質問されて答えたのは、あれはいい答えだよね。

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(冒頭に紹介した学会でのやりとり
⇒「論理と読み手」に関する質問に対して
Nanba先生 児言態の理論にのっとって、論理も感情もイマジネーションの上にのってかっているものだと考えています。私もそれに従っています。

従って論理によって人の発達を促すことは出来ると考えています。その場合の倫理はイマジネーションの裏打ちがあっての論理だというところがポイントだと思っているので、その論理自体が如何なる人でも無意識のイマジネーションとつながっている形で表現されていく・・・
例えば高等学校でいえば評論文が、筆者のイマジネーションが無意識が論理という形でかなり強く現れていると思います。従って筆者の論理であるという事は間違いなく筆者のイマジネーションと出会うことではないかなと、今考えたんで・・・今考えたんで・・・すごく私はいまの質問によって研究が進むように感じました。ありがとうございました。
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虚空 そうなんですよ。

Nanba先生 ああよかった、虚空さんに怒られんでよかった(一同 笑)

虚空 そういういろいろを諷虹からももらっているし、ヒマワリも例の微積分で彼氏と仲直り・・・

ヒマワリ そうだったねー

Nanba先生 微積分で仲直り? えッ? 何それ?
今スルーしかけたけど・・・意味が分からない。

ヒマワリ 授業の時に微分積分の・・・

虚空 あれ試験の直前だったんだよね

ヒマワリ そう、で分かんないから・・・

虚空 でもテスト対策やる?って聞いたら、それはやんなくていいから微積分の考え方の本質的なことをやってくれ、って。

Nanba先生 あー、なるほどー

虚空 そう言われてテスト前であるにもかかわらず問題の解き方は一切なしでね。

ヒマワリ それで、ああ今自分は微分的な見方しかできていなかったな、って・・・人生において。
だから積分でみていかなければならないな、って。見方がちょっと変わって・・・。
で、ちょうどつきあっていた彼氏とのこととかどうでもよくなっちゃって・・・もう許そう、みたいな。

虚空 その前にさ、メールで喧嘩していたところから・・・

Nanba先生 ここだけ切り取って他の人に聞かせたら、「微分的な見方から積分的な見方で、彼氏と」なんて全くわかんないよね

虚空 諷虹君とかには通じる

諷虹 海とか宇宙をみて自分の波ってちっぽけだな、って

☆Nanba先生を囲んで Ⅰ-① 「駿煌会」が社会人教育モデル?

2019年6月1日に「全国大学国語教育学会 第136回茨城大会」が茨城大学で行われたのですが、水戸にいらしていたNanba先生(広島大学副理事・大学院教授)から声をかけて頂いて駿煌会若者メンバーと一緒に語り合いの時間を持つことができました。
その際のやりとりの一部です。


話が錯綜しているので、やりとりの順序を入れ替えて同様の内容ごとに分類しています。なので、話の流れが若干おかしいところもあることをご了解ください。


①はNanba先生からみた駿煌会というこの集まりについてのコメントから広がったやりとりです。

*駿煌会メンバーに関して
Nanba先生 良かったね、虚空さん。こういう仲間がいて。

ヒマワリ 本当にそうだよね。

虚空 実際私の方が黙りこくることだって多いですからね。ゆうべもそうだったけど。

ヒマワリ 分母と分子がひっくりかえっちゃって・・・どっちが先生だか分からない。

Nanba先生 本当にこの人たちって一体なんだんだ?すごいね。

虚空 教師と教え子の関係か、っていったら全然違うでしょ。

Nanba先生 全然違うね。だからなんなんやろう、って思って。

虚空 対等どころじゃないですよ。

Nanba先生 多分、ある種、恵まれない人に対して何とかしなくちゃいけないと思っている人たち、っていうのは分かるんですよ。ほぼね。だよね。
情というか義理堅いというか。

(虚空の年齢の話になり)

Nanba先生 !!!!!!! そんな上なの!ビックリした!!! あんた天才やね!!!
この(若者の)レベルと話せるっていうのは天才やな。もっとずっと若いと思ってた。
虚空さんと最初に出合った頃と全然年齢がかわっていない

ヒマワリ いつから出会った?

Nanba先生 20年前に出合ってる

ヒマワリ えー

Nanba先生 じゃああの時にはもう40くらいだったんだね。

虚空 むしろあの時よりもガキになってると思います。同年代としゃべっていなかったのが、ここ数年で深夜アニメなんかの話を中高生とやりはじめたりしてるんで。そういうざっくばらんな話をしたことがなかったわけですよ。それを今は普通にやってる。
できなかったことを今になって取り戻している感じ。だから数年前よりガキだよね。

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*社会人教育と駿煌会

虚空 コバルト君が言っていたんだよね「好き勝手に自分のものをぶつけあってる」って。
でもそれで世界が出来上がってちゃっている。

Nanba先生 そういう空間を作っているのよ、虚空さんが。今日の発表でも何度かいったけど「しつらえている」のよ。
簡単に言っちゃえば「何でも言い合える」なんだけども、そういう風にパーンと違う話題を出してくって、なかなか現実の世界では許されないじゃない。邪魔するものがいっぱいあるじゃん。そういう邪魔するものをなくそう、なくそうとしてこの空間が作られているな、って。
これは外からみると気持ち悪い集団なんだけど、中にいるととても心地よいと思うよ。ちゃんとしつらえて教育しているなと思う、とっても。

虚空 私が教育されているんです。

Nanba先生 いやいや・・・これは成人教育の一つの事例として出したいくらいだよ。成人教育するってどういうことなのか、って。

ヒマワリ ほんどだ!

諷虹 私も高専くらいの時から・・・さっきもどっちが教師なんだという話になりましたが・・・高専の数学(3年の後半)から教えてもらうというより、一緒に考える、っていうような

虚空 だってその頃になると大学数学の初級レベルで自分が習ったこともない内容ばかりで・・・

諷虹 その蓄積がずっと今にも続いていて・・・もう大学を卒業して勉強することは何もないんですけど、毎週毎週このアニメをみてこういうことを思った、みたいな・・・共鳴感みたいな・・・互いに思ったことを・・・

コバルト 重ね合わせていく。

虚空 そこで象徴的だったのは先週の金曜日だったんだけど、私が諷虹の意見を聞きたくて量子論の番組をみせはじめて・・・そこで量子コンピュータ―の量子ビットの話が出たところで、麻雀アニメの「咲」っていう話にポンと飛んでね。私は麻雀のルールも何も分からないんですけど、でも「だから分からない」じゃなくて直感するわけですよね。諷虹がどういったつもりでこの話題を出してきたんだろう、って。麻雀のことは全く私が知らないのを知っていて、敢えて出してきたわけですから。

諷虹 まずポーカーの話がでたわけですけど。

虚空 そこからね、ガルパンとかは昭和の青春ドラマ風で、咲もそういう要素はあるけど、このアニメの特徴は「重ね合わせ」だな、って。量子論的な発想がとれるアニメだよね、って。
でもね、量子論の科学番組をみて、いきなり咲の話・・・だってあのアニメについて虚空に話そうなんて思ったことはなかったんでしょ?

諷虹 たまたまですね。そういえばこんなのあるんですけど、くらいの感じ。私も全然意図していなかったんですけど、

Nanba先生 そういうのがちゃんとつながっていくのがすごいよね。

虚空 量子論の話をしているところで「咲の話を出していいのかな?」って考えないところがね。

Nanba先生 考えないような風にしているんだね、虚空さんが

諷虹 それが今までの積み重ね。

Nanba先生 自由に出せるイマジネーション・・・これが僕は虚空さんがこういう学校を作っていると思えばいいんだよ。成人教育の場なんだと思う。
それが僕は分かった。虚空さんは一体何をしているのかな、って思っていたけど、そういうことだったんだな、って。

発達段階があがっていった人たちが・・・発達段階があがった人たちって下がれないんだよ。
そうしたらどうしたらいいかっていうと、他の人を上げるしかないんだよ。取り残されちゃうから。
そしてもう一つは、上がっちゃった人同士がつながらなければならないのよ。潰されちゃうから。僕はこの場はそうだな、って。

虚空 コバルト君の方が分かっているかもね。コバルト君もさ、いろいろな話に対して違うサイトからポーンポーンって出してくるじゃない。
それを情感の世界に引き戻すんだよね、ヒマワリさんが。

ヒマワリ 情感の世界にヒマワリ戻してる?

Nanba先生 そうか

虚空 それはソルティさんがすごく感じてるじゃない。

ヒマワリ ああ、そうだね・・・優しいみたいな・・・

虚空 やっているうちにこの3人(虚空・コバルト・諷虹)はちょっと学問的な方向に走りがちなんだよね。
ヒマワリ そうだね・・・

虚空 それを人間の世界に戻してくれる、っていうので塩見さんがヒマワリさんの発言をそういう受け止め方してるじゃない。

諷虹 ワイドショーのおばちゃん感覚のように

ヒマワリ こういうことを言って欲しいのかな、っていうのが分かっちゃうんだよね、なんとなく。

(各メンバーについてのあれこれのあと)

虚空 駿煌会でみんな怪しげな名前をつけてやりとりしていますけど・・・あれ、知らない人がブログに載せたやりとりをみても、そんなに年齢差が分からないとおもうんですよね。それがここの特徴であり面白さだと思うんですよね。

Nanba先生 いやー面白いわ。面白いけど読んでないけどね。

コバルト 衛星と恒星が入れ替わると言うか・・・・

Nanba先生 なにそれ!天才すぎるんじゃない、それ!!

コバルト 分母と分子がひっくりかえるようなものなんですけども・・・月と地球がひっくりかえるようなもので・・・

諷虹 重力の中心感覚ですね。

虚空 こんな風にすぐに言い換える

コバルト こっちがずれたことを言っても分かりやすくしてくれる

Nanba先生 それほど分かりやすくはなっていないけどね(笑)

諷虹 場を支配するというか、空気を作る人がいつの間にか入れ替わっている

Nanba先生 それなら分かる分かる・・・それが月と地球ってことね。それが重力

諷虹 こっち側に立っていると思い込んでいるけどいつのまにか月の側になっている

Nanba先生 それがまた逆に心地いいわけでしょ?

コバルト 教室でもそうです、教師と・・・

Nanba先生 学習者のね。

コバルト それが入れ替わる

虚空 コロコロ入れ替わるよね。

ヒマワリ 誰が中心だなんて考えたことない。

虚空 私と諷虹との間で数学的な例えになっていっても、すぐにこの二人は使い始めるからね。

Nanba先生 そして違う事を言うんだよね。

虚空 果敢に取り込んですぐに使うよね。

ヒマワリ そうだね。辞書が増えたっていう感じで。

虚空 その取り込み能力っていうのは・・・特にこの二人は

Nanba先生 天才だよね

ヒマワリ 面白いからね。

諷虹 面白いと思わなかったらね

虚空 「私は数学なんて苦手だから」とか、そういった拒絶反応なんてなしに貪欲に取り込んでいく・・・添加していく。自分の意識の世界にポンポン入れていってしまう。
英才児もそうだけど・・・

Nanba先生 この人たちも英才児なのよ。

ヒマワリ 英才小に行きたかったなー、なんでZAKI小だったんだろう。

虚空 でもね、ZAKI小ってそういう子が多いのよ。地域的に成績とか進路にこだわっている親があまりいないからというだけでね。

Nanba先生 それ、よう分かるわ。

虚空 ZAKI小の子はすごいの、潜在能力が。

ヒマワリ そうだったのかー。
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*類化性能に関しての話へつながる
虚空 この4人の特徴って、折口先生が言っている「類化性能」がね・・・あれがあたり前にね

Nanba先生 そう、すごいんよ。働くのね。

虚空 だから、みんなポーンって見かけ上全く違う話題をふってくるわけですよ。本質はナルホドつながっている、っていう。
それが駿煌会のラインでは飛び交っているわけですよね。

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*拠点をちゃんと作るべきでは?
Nanba先生 (コバルト君に対して)あんたさ、自分の立場を生かしてさ、ここを組織化してさ、

ヒマワリ すごいね!塾作る?

Nanba先生 マジ、マジな話。僕も参加するよ、無給でいいから。マジでマジでマジでマジで。

ヒマワリ 教員免許持っていないけどいいかな

Nanba先生 表にでる先生は別に雇ってもいんだから。でもバックアップするための組織体っていうのはいるじゃん。

コバルト 面白そうですね

Nanba先生 絶対面白いと思うよ。

コバルト 儲かる儲からないじゃなくて、面白そうですね

虚空 実際前に社会人クラスってコバルト君が言い出してやったじゃない。

(社会人クラスの話題)

Nanba先生 それをちょっと視野に入れようよ。

コバルト まあやっていて面白かったです。

Nanba先生 やろうよ!このメンバーがこうやって元気でいる間に、何か作って・・・虚空さんがいつどうなるか分からない人だから・・・。マジで。ヘッドがおる間に・・・

虚空 実際に4月に主治医がかわって、去年の4月のデータをみて「よく死にませんでしたね」って感心されましたから。

ガルパン 論理・感情 と 構え

☆2019年 6月22日 諷虹・虚空
ガルパンを通しての考察がさらに続きます。


やはりいろいろな場面を問題にしても、いきつくところは「論理や感情」が「構え」にどう統合されていくのか、という問題。ガルパンはそういった点についても豊かに示唆してくれます。


ラインやりとりから
虚空
ヒマワリフクロウさんとコバルトブルー君の感想を読んでいて思い出したのですが、マリーさんが最後にお菓子を食べたことに関しても諷虹君が
諷虹「これまでの戦車戦の中で、もっとも潔い態度だったんじゃないか」
というような発言をしていたような・・・。

諷虹
⇒今までのやられた隊長の中で一番優雅に去っていったような気がします。前のシーンで完全に包囲されたカモさんチームの慌て方との対比もあって・・・最後に引き絵で煙だけがっていう演出もボカージュの背景と相まっておしゃれだったなと
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虚空 散り際の美学というか・・・演出としてどう観せるか・・・伏せることも含めてね。

諷虹 強キャラほどやられる瞬間はうつさないような演出・・・例えば最後の最後まで軽口や憎まれ口のような普段通りの様子で、その後に天井を映して銃声だけが・・・みたいな

虚空 余韻の美学・・・みせないことで観客の想像力にゆだねる

諷虹 逆にさえないキャラほど「金ならやるから助けてくれ」というように往生際の悪さを描く・・・・まさに往生際

虚空 往生の際だね・・・・自分はどうなることやら・・・・

諷虹 マリーさんが食べているお菓子で「山」状の形のが印象的で・・・あれってモンブランですよね。

虚空 シフォンケーキだと思ってた。
マリーさんフィギュアの画像 https://hobby.dengeki.com/news/783166/
マリーの食べていたお菓子に関する諷虹覚え書き
・抽選会場⇒イチゴジャム(?)のかかったケーキ
・秋山潜入時の戦車の上⇒大きなモンブラン
・「私がケーキを食べ終わるのと向こうの白旗が上がるの・・・どっちが先かしら」⇒オレンジシフォンケーキ
ここから第2話
・撤退中⇒クリームの乗った栗のケーキ?
・ボカージュ内「辛抱強いものに勝利が・・・って誰かが言ってたわ」⇒カヌレ
・モブ「持ち場を離れるな」マリー「いいじゃないの。味方のピンチにいてもたってもいられなくなったんでしょう」⇒白いスフレ
・やられた瞬間⇒ティラミスケーキ
・知波単戦鑑賞時⇒大きなモンブラン(二回目)

虚空 ミリタリーと対極のケーキなどをどうしてここまで徹底して出しているのかね。

単にマリーアントワネットのエピソード以上の意味があるように思うんだよね、水島監督のことだから。どこの場面で何を食べているのかもね

諷虹 言われがあるでしょうね。
(改めて最初のもみて)
虚空 同じ「撤退」でもマリーさんのと西隊長のでは雰囲気も意味も随分ちがうよね。

*昼間のラインやりとりに関して
諷虹 「ケーキの美味しいところ」っていう見方はなかなか・・・。あと「三日月」の印象も。あそこで西隊長が「大洗をうちたおすことが一番の恩返しだ」って言ったようなこともね。

虚空 ここで出している月もね・・・三日月にした理由。これは「咲」の衣の場面での影響があるからそう思ったんだけど・・・これ、どっちが欠けていた月だかよく覚えていない。

左が光っている月だったら、三日月ではなくて、新月直前の月だから、死に向かうイメージの月なんだよね。で、死と再生・・・知波単が本格的に生まれ変わる予兆。

いわゆる三日月で右側が光っているんだったら、これから満月に向かうから、もうあの前半で転換は終えているイメージ。

諷虹 「お皿みたい」って書いてありますよね。

虚空 っていうことは夕方の三日月の方かな・・・地平線に沈む直前。

諷虹 あとこの西隊長が大切なものをぶっ壊すことが・・・
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ヒマワリフクロウ
知波単学園が落ちた穴、あれも子宮イメージですよね。
あの場面で西隊長は初めて「撤退」を命じた。
突撃を美学として生きてきた彼女らに取ってとても勇気ある選択だったと思います。
西隊長は、大切なものほど捨てる・塔をぶっ壊すことができたんだなぁと。
残された道が開かれ、生まれ変わったところが描かれているなぁと思いました。
これ知波単こんなになってまって大洗負けてまうんじゃないかと心配になりますわい。
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虚空 こう考えると、やっぱり月が夕方に地平線に沈むイメージかな

諷虹 コミカライズ版でダージリンが聖グロリアーナの伝統からくる低迷のような部分に危機感をもっていて、非常に貪欲にいろいろなことを取り入れようとする、っていう描かれ方をしているんですけど・・・本編でもローズヒップがスタメン入りしているというのも、聖グロの伝統からは一番かけ離れたようなローズヒップを入れているというのは・・・

虚空 水島監督だっけ・・・オーディオコメンタリーで試合直後のローズヒップの座り方を言っていたのは???品のない座り方をしているのをサラッと暗示してた。
お嬢様にあるまじきような・・・

諷虹 ローズヒップも大家族育ちですから。

そういえば桃ちゃんは、本人をいれて1男5女でしたね。
あと友達が言っていたのは「 わし ぶんぐ」も古くなって「か」と「ま」が取れちゃったんじゃないかって。



虚空 この「撤退」という言葉をちゃんと使った西さんについては昨日のやりとりでも出たけど、あれで隊員たちがハッとしているように描かれていたよね。それこそ福田に起きていたトランスフォーメーションが全体に共有された瞬間。

ヒマワリフクロウさんが書いているこの真髄は、まさに日本神話の「黄泉の国」から「禊」へのこと。

子宮を経ての「死と再生」黄泉がえり=甦り 帰る=孵る

だからウシガエル???水島さんだったらそのくらいの駄洒落でマジな暗示ってやりかねないからね。


諷虹 コバルトブルーさんの「行いの最終決断は知識ではなく心そのものであると言うことです。」も・・・劇場版なんかも遊園地に入ってからは戦車道のセオリーからはなれたじゃないですか。前半はセオリーにとらわれすぎて。

今回も知波単対策として高地を狙おうとしていたけど、思わぬ攻撃をくらって・・・で、二番目の策として開けた水辺を選んだから、向こうにおあつらえむきの展開になって。
そういうところってもう知識では測れない。

チェスなんかも序盤は定石でうちはじめても、途中でお互いに定石から外れていく。そこからが相手の動きを見て・・・っていう戦いらしい戦いになっていく


虚空 それが「守破離」だよね。さっきの黄泉の国のことも、現実をきちんと受け止めた上で、それを捨てての神の出現。だから「超現実」。

熊野の六道図にも通じる。


諷虹 知波単は突撃ということによってある種の「思考停止」


虚空 他を考える必要がないんだからね。完全パターン化だから。
それこそAI機能のない昔のロボットのようなもの。


諷虹 今回の2話で水辺でワニに偽装した特二式内火艇が出た直後の西隊長の「吶喊」っていうセリフがものすごくヒヤッとするというか、ゾクッとくるんですよね。劇場版のエキシビジョンでも全く同じ「吶喊」って台詞がありますけどあちらは笑える台詞だったのが、今回はとても恐ろしいセリフになっていた・・・

虚空 コバルトブルー君の言葉でもう一つ思ったのは、この前の難波先生の学会発表でもあったんだけど、論理と感情の問題。

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⇒「論理と読み手」に関する質問に対して
Nanba先生 児言態の理論にのっとって、論理も感情もイマジネーションの上にのってかっているものだと考えています。私もそれに従っています。

従って論理によって人の発達を促すことは出来ると考えています。その場合の論理はイマジネーションの裏打ちがあっての論理だというところがポイントだと思っているので、その論理自体が如何なる人でも無意識のイマジネーションとつながっている形で表現されていると考えます。
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これを思い出した。

自分も論理と感情とイマジネーションと用具言語・・・そしてそれが「構え」とどう関連づいているのかをずっと追いかけてきているけど、そのあたりのことがここにも現れてきているよ。

現代社会はさ、政治家をはじめとして、あまりにも「言葉」に対して意識が軽すぎる。言い訳の屁理屈・・・論理ともいえないような幼稚は言い訳は一緒運命するけど・・・でもあれで社会人としての信用をドブに捨てているような大人ばっかりじゃない。

みんなの上に立つということの自覚がない。単なるお山の大将になって威張れる、欲張った生活が出来る・・・なんていうガキのような感情だけがみえみえ。

論理の裏側にくっついている感情こそが、人から信用されるとか、人間として立派と感じさせる部分なのにね。モンスター〇〇とか、うちのあの親戚連中なんで都合のいい時ばっかり偉そうに演説ぶるけど、一皮むけたらただの駄々っ子。3歳児以下だよ。

劇場版からそうだったけど、福田は自分が進言することの重大さを自覚した上で発言を常にしているよね。単にきまりきった言い回しとして「おそれながら」と前置きするんじゃなくて、本当に今から自分は「恐れ多い発言をするんだ」という自覚。

それは自分の言葉が人の運命・・・極端にいえば生死をも左右しかねないことを発言するんだという自覚だよね。


諷虹 チームメイトだけでなくて、今まで伝統を守ってきた数々の先輩方や、これから入学してくる後輩たちすべてに対して責任を持つというようなね。

虚空 「咲」の中で今まで個人戦がメインだったキャラが、団体戦で思いがけない重圧を感じるという場面がいろいろ出てくるよね。

あと阿知賀編での部長(鷺森灼)、昔麻雀で負けたショックから打たなくなった顧問の先生(赤土晴絵)の気持ち・・・自分が団体戦をやってみたら、なんだか分かるような気がしたっていう場面。地域のみなさんにも顔向けできないという気持ちは、小学生の頃の灼には理解できなかった、って。

オリンピックの代表に初めてなった選手が「日の丸の重圧を初めて感じた」ってコメントするのもよく聞くけどさ。

だから、東京オリンピックのマラソンでスタジアムにはいったあと大勢の観ている前で抜かされて銅メダルになってしまった円谷が、メキシコオリンピック直前に自殺してしまったというのも、そういう日の丸の重みあってのことだったんだろうし。

諷虹 赤土晴絵が阿知賀のレジェンドと持ち上げられたのも、壊してしまったのも自分という両面性になっちゃうわけですよね。
無名の時と、期待されたあとでの・・・。ガルパンはよく毎回期待以上のものを出してくるなって思いますよね。

虚空 最初はほとんど注目なんてされていなかったからね。

諷虹 アカギが自分の生前葬の場面で、組長の原田に言った「お前は成功を積みすぎた」って場面。
http://application.hateblo.jp/entry/2018/10/24/000000
あとはまどか母が言ってた
「若いうちはケガの治りも早い。今のうちに上手な転び方を覚えといたら後々きっと役に立つよ。大人になっちゃうとね、どんどん間違うのが難しくなっちゃうんだ。背負ったものが増えるほどヘタを打てなくなってく。」
っていうのも繋がりそうですね。

虚空 まさに聖徳とかの子どもが廊下で多元的な見方を学んでいる姿だよね。この前から言っているような。


諷虹 大人になってからだとね・・・。ただ、逆に若い頃のイメージで動こうとして体を壊すっていう人もいますからね。


虚空 自分なんかはそもそも全力で動けないし、動こうともしない。大怪我をしてしまいがちなのはやっぱり動けていた人だよね。地区民運動会とかPTA競技で危ないのは、そういう人達。

今日もメモ欄に書いておいたダンデリオンさんの記事からの「名前」の問題・・・あれはどっちかっていうと、ガルパンよりも「咲」とか「リリカルなのは」とか・・・あと自分にとっては「青ブタ」に大きく関わることなんだけど・・・早い話が「量子論」の「観測者問題」とか「量子もつれ」の問題。
これも「ひぐらし」とか「君の名は。」との関係から深く考え直したいところで・・・青ブタもテレビシリーズの一話から観直しているんだけど・・・体調が悪いからすぐに寝ちゃって肝腎なところが意識できてない。

ひぐらしの並行世界を梨花や羽入以外でもおぼろげに記憶している、っていうのと似たような場面が今回の劇場版青ブタのかなり大きなポイントになっているんだけど、パラレルの問題を「意識世界の構築」として現実的に考えていくと、この「量子もつれ」がからんできそう・・・という予感があるんだけどね。

なのはA’sで囚われの身のフェイトが夢の中でアリシアとか別人格のプレシアと出合って、というのもね・・・・

実際に青ブタは量子論とか相対性理論とかのセリフがたくさん飛び交う。

思春期症候群っていうのはかなり極端な症状として描かれているけど、それも現実生活の「例え」としてみていった場合に、「量子論」の発想を導入すると観点を整理しやすくなるかなって。あのアニメ通りの説明になるかどうかは別にしてね。

それは「とあるシリーズ」の頃からも量子論のことはたびたび出てきているから。

アントワネット供養の視点?・・・江戸歌舞伎との接点 他 ガルパンと人間

☆2019年 6月21日 諷虹・虚空やりとり。虚空もガルパンを観てきています。

例の如く多様なやりとりになっているのですが、今回の大きなポイントの一つが表題にもあげた「アントワネットへの供養という視点が水島監督の中にあったのでは?」という観点です。


それは上原輝男先生が、江戸歌舞伎の「義経千本桜」を例にして説いているのですが、平家の怨霊を鎮めるために、花を持たせるような内容にした上で、またあの世に送りなおしているのではないか・・・という発想。


そんな意識が監督の中にも(自覚のあるなしは別にして)あったのではないか、と考えながら観てみると、違った面白さが出てくると思います。
*事前メモ
ダンデリオンツイッター 高山植物
⇒・咲との関連 
 ・量子論との関連(観測される と 存在)・・・青ブタ
 ・名前がつく (リリカルなのは)
ヒマワリフクロウ「錯綜」
⇒君の名は 青ブタ ひぐらし 咲(4人 +α による世界定め の一般化) との関係
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ガルパンのマリーさんのことからマリーアントワネットの話。
マリーアントワネットを明らかに題材にした歌
「悪ノ娘」 動画 https://www.youtube.com/watch?v=ODrIR1I528I

諷虹 お菓子に対する意識・・・・処刑の時間が午後3時だから「おやつの時間だ」といって処刑されたり、自分から戦争をしかけておいて・・・。自分の世界で生きている感じですね。

虚空 ベルサイユのバラの影響もあるんだけどさ、マリーアントワネットの境遇をふまえると、どうしてああいった行動をとる王妃になってしまったのか、ということがどうしても気になってしまう。

もちろん民衆を苦しめたことなどは悪いことなんだけど、この歌の作詞をした人は、そういったことは踏まえないで、アントワネットに関しての悪い逸話を誇張して組み立てていることに終始しているような印象を正直受けた。

虚空 (マリーアントワネットの境遇をおさらい 政治の道具、貴族たちの思惑に本楼された日々)

小さい頃から嫁入りして、民衆の生活も知る機会がなく、宮殿での舞踏会等々の日々を送っていたら、自分だって「食べるものがないならお菓子を食べれば」って何の疑いもなく言ってしまうかもしれないよ。

水島監督はさ、今回のマリーさんを、アントワネットだって、ああいった境遇でなければ素晴らしい女王になっていたかもしれない、っていう視点を持っているんじゃないのかな・・・。
でさ、歌舞伎の義経千本桜の知盛のように、もういちど甦らせて葬送をしなおしたのと同じような感覚で、マリーアントワネットの供養をしているような気持ちがどっかにあるような気がする。花を持たせる感じでさ。
そんな眼差しを感じる。

諷虹 そう考えると、安藤と押田の出会いも・・・愛情と憎悪の紙一重ぐあい。

ベルばらは読んでないのでわからないけど、アンドレとオスカルって恋仲の関係なんですよね。それがやっぱり水と油のね・・・幼馴染と主人公の感じ。


虚空 オスカルは女性でありながら男性の軍人として育てられた。アンドレはその家に仕える身で、オスカルの剣術の相手などをして子どもの頃からすごしていた。

いつしかアンドレはオスカルに恋心を抱くようになったが、オスカルはスウェーデンのフェルゼンに片思い。そしてフェルゼンはオスカルの仕えるマリーアントワネットの不倫の相手。このあたりがドラマになっていった。

さっきの千本桜だけど、江戸庶民の意識の根底には知盛を祟り神として非常に恐れていたという部分もあったから、花を持たせると同時に、碇につないだ太い縄を体にグルグル巻きにして海に身を投げるというクライマックスにしている。

「もう2度とこの世に甦って怨霊になどならないでくださいね」という願いを込めているんじゃないかと・・・上原説ではね。

水島さんはさすがにそんな風にはしていないけど・・・。代わりにアズミ先輩とのやりとりで、今後さらに名隊長になっていくことを予感させてシメてるよね。

諷虹 あとは試合後に大洗にお菓子をふるまう場面・・・還元するっていうかな。自分の私腹を肥やしたというイメージとは違った振る舞い

虚空 そこだと思うんだよ。本当に水島監督がマリーさんで描きたがっていたのは。
悪名高いマリーアントワネットに違う光をあてて、再評価してもらうため。

それは決してあの時の態度が良かったというわけではないけど、境遇によって人間は変わり得る・・・善人と評価されている人間でも、境遇によってはどうなっていたのか分からないよというのを、人間肯定の立場からいいたかったのかなと。


諷虹 ガルパン自体が戦車そのものをそういう立ち位置にしているじゃないですか。戦争の道具というのではなくて。

虚空 大洗の年配者の中にだって戦争体験者はまだいらっしゃるのにね。
そういう「絶対的にダメなのはいない」っていうのは一貫しているよね。
それが今回ので象徴的に描かれていたのが知波単学園・・・特に福田。
先週の「思考による感情・構え」の問題そのもののような描かれ方。言語操作性だよね。
でも最後の最後では西さんに「転進ではなく撤退だ!」と言語操作ではなく、ナマの気持ちを言わせて周囲をハッとさせている。これはなかなかすごいやりとりだったと思うよ。
操作する意識を突き抜けて、再び感情というかナマの言葉の世界に戻った。


諷虹 こういう考察的なことは別にして、「大洗が勝つんだろうな」っていう意識はあるじゃないですか。でもこの知波単はね・・・黒森峰戦よりもいい試合をしている。

虚空 知波単の持っている能力が上手く使えるようになっているよね。また水中でのかぶりものが登場したり・・・。

バレー部が福田にご馳走しながら助言している場面も、あそこからあれだけのことを掴み取って隊長に進言した福田の潜在能力。


諷虹 あとは、先週、そんな話になってもネタバレになりそうだったから黙っていたんですが、サメさんチームの旗のくだり。聖グロリア―ナとの練習試合前の塗装や飾り付けを西住は泳がせたわけじゃないですか。それでやられて気づくというような。

それを歴女チームは分かっていてもサメさんたちに言わないで「歴史はくりかえす」っていうのは・・・大事な試合でも失敗できる環境


虚空 それは意地悪とかで黙っている訳じゃないんだよね。そういった体験の蓄積こそが大事だと感じているから。

だから今の「失敗させない教師(大人)が素晴らしい指導者」っていう風潮は大問題だよ。
そりゃ命に関わるようなのはまずいけど、子ども時代に普通に起きる失敗・・・多少の怪我とかね・・・それは成長のためにも絶対必要。

でも学校もすぐに訴えられたり、SNSで批判が拡散するとか恐れて、本物の教育がどんどん出来なくなっている。
自分達が馬鹿みるだけだから、本当はよくないことだと分かっていても「ハイハイわかりました」といい加減な要望にも答えてしまう。

諷虹 手を出してしまう前に一旦冷静に考えるって、ナマの感情を一旦オフにしている・・・フィルターを通して変換して出していく部分ってあるのかな、って。

虚空 現代の若者だけじゃなくて、大人もね、すぐにブちぎれて何をするか分からないところがあるじゃない。あっというまに制御不能になる。

それはやっぱり学校とかがナマを扱わなくなっているし、地域社会の中でも大人の中でナマが出せる環境にない。
同じ年齢でのナマのやりとりだって怪しいもんだよ。スマホとか中心のやりとりはナマとはいえないから。

そんな中で育っているから、自分のナマが暴走したらどうなるのかも分からない・・・・ブレーキやハンドルの使い方を知らないで育つ。


諷虹 自分はメールがちょっと苦手っていうのは、後々残るとか考えすぎてしまうから。電話だとどんどん消えていくからいいんですけど

虚空 自分はメールでもラインでも言語操作性の意識はオフにしてるね。だから気分でバーッと書いてしまって、読み返さないで送信しちゃう。

諷虹 旅先で買ったものをあとで見た時の感覚に近い者

虚空 ちびまるこで扱っていたのは縁日でのおねだりだった。家にかえってきて、なんでこんなものをあんなに欲しいと思ってしまったのか、って。
自分の場合はさ、クラス担任した時に、本音を重視っていうことを初日に言ったわけだけど・・・まず自分が率先して大人げない情けないことを話した。それこそ恥も外聞もなく。その名残だね。

だから板書でも如何に自分が汚い字しか書けないのかを、ちゃんと披露した。
一番ビックリされたのは小2のクラスの時だよね。女の先生のあとで、学校の先生はすべて綺麗な字を書けるって信じていたから。

まあ都合よくいえばね「学校の先生だからって〇〇とは限らない」っていう発想をするための生きた教材になったわけだよ。


諷虹 それは一回戦のBCで肝に命じた・・・

虚空 知波単だからといって見下す仲間に警告を発した。

諷虹 隊長からね。・・・サメさんチームの存在ってももさんが隊長であることを忘れさせないためのものですよね。視聴者も「隊長はももさんだ」と言われるたびに「ああ、そうだった」と思い出す。

虚空 常に原点に立ち返る

諷虹 あとは大洗の街並みですね。だんだんとディープな大洗の世界に。特に第一回目の上映のときには笑いがでていましたね。地元の人達が観ているようなリアクションでしたね。

虚空 それだけ他県のガルパンファンにとっても大洗のあちこちが分かっている・・・「ふるさと」なんだよね。

諷虹 ももちゃんが勉強できないのは家庭環境もあったという

虚空 それがさっきのアントワネットの境遇と通じるところだよね。
単に勉強が苦手とかさぼっていたのとは違う側面をみせておく。もちろん受験はそういうことは言い訳にならないけど。

諷虹 短絡的な思考も幼い子たちと過ごしているからなんですかね。

虚空 あんな幼いきょうだいがゴチャゴチャいたら、そりゃ沈着冷静にはなれないよね。

諷虹 あの長さに本当によくつめこんでいる。
コアラの森も出てきましたし。

虚空 本当に最終章の最終をはたして観ることができるのかが真面目に心配になっているよ。それまでちゃんと生きているか・・・生きていたとしても、映画館にいけるだけの資金が手元にあるか(苦笑)
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虚空 戦車道とかだけじゃなくて、ボコミュージアムにも結構尺をとっていたじゃない。
その他チームの戦車の試合よりも気合を入れて。

だからさ、それこそひたち海浜公園のノリで大洗に作ればいいんだよ。映画館も併設してさ。普段も使えるように、大規模な公民館のような施設ということにしてさ。
子ども達も学校教育の一貫とかで気軽に利用できるようにしてさ。

諷虹 知波単って今まで縛られていた分、伸びしろは一番だったのかな、って。
⇒OP曲の歌詞 「真っ新な扉 開くなら」

虚空 未開発の部分だよね。実際に「大嫌い」とか「苦手」な教科の方が、その気になったときは一気に伸びるよ。

諷虹 去年でいえば競馬界は我々にとっては真っ新な扉だったわけじゃないですか。

虚空 それこそ深夜アニメとか萌えアニメとかが自分にとっては真っ新な扉だよ。

駿煌会キーワードの「添加」だって、極意はそれだからね。苦手だとか全く分からないとか・・・そういう方が新たな風を吹かせて可能性を秘めている。
そしてバタフライエフェクトを起こしうる。

成果主義だとか競争原理だとかで「パッと分からなければならない」「詳しくないとダメ」ってなっちゃうから、そういう結果がすぐに出せそうもないことにはみんな手を出さなくなってしまう。

それに互いに叩き潰し合いの風潮もあるから、苦手なことに挑戦しようと前向きになった人間に批判をしたりね。エリートの足を引っぱるな、どうせできないんだから邪魔にしかならない、って。

芸能人でもアニメとかでも、新たなファンを歓迎しない古参ファンなんていうのも、邪魔してるよね。世の中に新しい風が吹くのを。

ガルパンでだって、テレビシリーズの初期に、黒森峰の副隊長エリカが、大洗のような初心者学校は大会に出場するな、って発言してる場面があるけどさ。これはみみっちいエリート意識を必死に守ろうとしているネット社会の住人とか、狭い地域社会でしか通用しない学歴をひけらかして大威張りで生きている連中に、共通している意識だよね。

頑張ろうという意識に目覚めようとしている者を叩き潰すしかできないんだから・・・そうでもしないと自分達の地位やプライドを保てないなんて、自ら超小者であることを認めているようなものだね。


諷虹 このあいだ10話をみていて、まほって一度たりとも油断したり相手を見下す場面ってなかったじゃないですか。王者の慢心をみせない。
大洗の方が優勝校の慢心に陥っていたというのがBC戦で出たんだなと。

虚空 それを率直に認めるところがみほだよね。西隊長に「私達ちっとも変わっていなかった」って。結構マジで。


諷虹 西隊長の「まだーまだー」っていうのも、あれだけの早い展開でありながらあの溜めはね・・・。

虚空 まさに緩急自在の演出。

結局知波単って「日本軍」をふまえているわけだよね。
だからこれもね、第二次世界大戦での日本軍云々ではなくて、水島流の弔いしなおしじゃないかね。軍の規律に縛られ過ぎないこと。

もしかすると日本軍だけじゃなくて、国民もがんじがらめになっていたというのを初期の知波単になぞらえてね。

それは、柔軟な発想をすれば戦争に勝てたかもしれない、という意味でのことではなくてさ、ガチガチの頭の軍部が政治の実権をにぎらずに、柔軟な発想にたって国際社会の中で振舞えば、あのテレビシリーズて敵チームと仲良くなるとか、劇場版での共闘のように「本当の和」をリードできる存在に日本がなれたというのを示唆しているのかもしれない。

(再び福田とバレー部とのやりとりについて)
諷虹 意味を感じ取った福田も、食べ物に意味を込めたバレー部も、どっちもね

虚空 それこそ類化性能による一般化だよね。
どれだけ関係なさそうな分野に広げていくか。
それが生きた数学の発想でもある。
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やられる瞬間にマリーさんがお菓子を食べる ということに関して
諷虹「これまでの戦車戦の中で、もっとも潔い態度だったんじゃないか」