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☆「只今に生きる」①・・・ごく身近なことからこそ「宇宙との共振・共鳴」へつながる

例のごとくアニメを通しての話題なので未視聴の方々には分かりにくいと思いますが・・・今回の話題の中心である諷虹君紹介のガンダムも私は未視聴です。

要は、身近な物事ほど感情やイメージ運動による「波動」が起きているわけで・・・だからこそバタフライエフェクトのように様々な波と連鎖反応をしながら、最終的には宇宙の波動と響き合うのであろう・・・そいういう話です。
2019年5月11日 諷虹宅-1
(のんのんびより 3期決定のニュース)
諷虹 人間の脳ってうまくできているな、って思うのは、どうでもいいアニメや漫画はどんどん忘れていく・・・


虚空 普通の授業なんかもそだよね。小学校でも中学校でも高校でも当たり前に教わった授業なんてほとんど覚えていないから。

アニメでも映画でもね・・・前にも言ったけど、ウルトラマンの怪獣とかは幼児の時の所見でも結構覚えていた。でもね、同じような時期にみていたマグマ大使とかのはほとんど覚えていない。ゴアとか人間モドキは印象に残っているんだけど、怪獣だけは欠落してる。

もう少し大きくなってからみた、キャプテンウルトラの怪獣もね。バンデル星人っていうキノコみたいな宇宙人だけは強烈に残っているけど、怪獣はね。ちょっと前に東映チャンネルで再放送をしていたけど、「ああこんな怪獣いた」って覚えていたのが一匹もいなかった。
この違いって何だろうね・・・円谷プロのは覚えているのにね。
ただ、不思議と円谷プロのでも「帰ってきたウルトラマン」以降は記憶残存率が格段に落ちる。


諷虹 小学校に観ていたのって、確固たる意志があってみていたんじゃないんですよね。何となく観ていた。漫画とかもね。今は絶対できないですけど、表紙の感じで5巻から買うとか・・・一冊だけ買うなんて平気でやっていて・・・
ニュートラルな感じと言うか・・・その作品にはまろうと思って読んでいるんじゃない


虚空 暇つぶし?


諷虹 暇つぶしでもないんですけど・・・直感ですよね。今よりも直感で生きているような気がしますね。今はネットの評判とか、作者の後継作品とか、そういうことばっかりで・・・。


虚空 作品のコアと触れ合ってない感覚?


諷虹 むしろ、そういう意味では作者の意図とかそういうのは読まずに、映像とか話の展開だけで観ている。
たまに観ていた日曜朝のアニメも50話くらいから観ていても、1話とかは気にしなかった。それだけ自然に受け入れていたのかな?どうしてこうなっているんだろう、って一話からの流れが気にならない。


虚空 日常の生活感情で受けれいていたのかね。普段たとえば誰かと出会って友人関係を結んでも相手の生い立ちをいちいち確認しなくたって仲良くなれる、みたいな。
「只今」の感覚・・・「旬」


諷虹 過去も未来もないんですね、多分。
ただ、最終回は嫌だったというのはありましたね。もう続きはないんだ、っていう感覚は。


虚空 確かにさ、今よりもずっと最終回は最終回、っていう作りだったからね。二期決定、なんていう前提はなくてさ。だいたい今のアニメって、全然最終回っぽい終わり方をしないのが多すぎる。また来週あるかのような中途半端なところでいきなり最終回になって・・・。とあるシリーズみたいに、7年近くなって続きが放送されたとか。当時観ていた人間なんてアニメは卒業していてもおかしくないし・・・だいたい忘れているよ。


諷虹 右脳で感じる・・・最近よくある徹夜あけに、今までの前提知識も何もなく、今の感覚だけで受け止めている。幼少期ってそうですよね。モノを知らないから。


虚空 先入観がない、っていうのは大きな武器にもなる。ある程度の段階になったら、昨日のベクトルの話のように、様々な視点を添加した上で、新たな見方を獲得して重ね合わせていくことが大事になっていくけどね。


諷虹 一球入魂・・・コトブキ(飛行隊)でもありましたよね。「一機入魂」
入魂っていう割には考えるっていうのとは違う


虚空 考えるのは思考だからね


諷虹 星飛雄馬とかだって投げるまではあれこれ考えてるけど、投げる瞬間は何も考えなくなる。「馬鹿になれ」っていうあの感じなんでしょうね。


虚空 授業の指導案だってそうだよ。事前には綿密に考えるけど、いざ授業が始まったら、いい意味で忘れる。それを指導案通りに進めようとしてしまうと、どんどん子どもが視えなくなってくるし、子どもの方が先生の心情読解をして発言するようになってしまうから。
心に残るっていうのは、ある意味で「共振・共鳴」が起きているわけだよね。幼くてもさ。


諷虹 残響し続ける。


虚空 それは大事だよね。だから授業でもさ、その授業の時間ですべてが完結したらつまらない。その授業できちんとまとめられなくてもね、その時に何か意識にひっかかったことが、大人になっても残り続けていて、人生の節目節目に新たな発見があるのが、本当に「思考・感情・イメージ・用具言語」そして「構え」に響き合った授業・・・それは一生続いているといえるから。

自分にとってはさ、例えば学生の時に触れた上原先生の「犠牲論」とか「恨み論」とか「移りと成る」なんていうのは、今でもずっとくすぶっている。

去年の公開授業の「宇宙との共振・共鳴」だって、駿煌会の中ではずっと続いているもんね。手をかえ品をかえ発展中。


諷虹 宇宙との共振・共鳴っていうことでガンダムの逆襲のシャーの話ってしましたっけ?


虚空 していないと思う


諷虹 この言葉を聴いたら、ガンダムを知っている人なら大半はこのシリーズを思いうかべると思うんですよね。(劇場版、公開から30年ほどたっている)
(動画視聴)
虚空 今一つよく分からなかったんだけど・・・単に小惑星の落下を阻止しようとして、味方だけじゃなくて敵も手を貸してくれる・・・っていうだけだったら「足し算」だよね。「共振・共鳴」っていうのは、やっぱりかけ算・・・累乗的な方のね・・・その増幅作用がどうなっていたのか???


(解説文)
https://eiga-watch.com/mobile-suit-gundam-chars-counterattack/
分裂したアクシズの片割れが地球に向けて落下を始めたのです。アムロはシャアを捕らえたまま「νガンダムは伊達じゃない」と単身でアクシズをくい止めにかかります。ナナイはシャアの命が尽きようとしていると嘆き崩れ落ちます。

やがてアクシズにはアムロに加勢しようと連邦軍のモビルスーツ部隊が駆け付け、さらにはネオ・ジオン軍までもがアクシズを止めようと大挙して必死の攻防に加わります。

この人々の想いがやがてνカンダムのサイコフレームに共鳴し、ガンダムは光を放ち始めます。アムロとシャアは積年の応酬を繰り広げます。シャアはサイコフレームの技術は実はアムロとの決着を着けるために自らわざと横流ししたと明かすと、人類は地球に殯罪しなければならないと語り、アムロは人類には絶望はしていないと返します。

そして、アクシズは光に包まれ、奇跡的に地球への落下コースから離れていきます。ブライトらはただ見守るのみでした。アムロとシャアはそのまま生死不明となり、チェーンの遺したサイコフレームのパーツは緑の光を放ったまま地球上を旋回するのみでした。

⇒「サイコフレーム」Wiki
サイコミュの基本機能。パイロットの感応波だけでなく周囲の人間の感応波も受信し、パイロットにフィードバックすることで反応速度を向上させた。サイコフレームでは従来のサイコミュより受信許容量や速度が大きく向上し、機器の安定性も高まった。感応度の向上などニュータイプの脳波の増幅・送受信機としての機能が想定されていたが、微弱なオールドタイプの脳波も送受する作用が存在し、感知能力を先鋭化させたり、遠く離れた人に意思を伝えたり、人の意思が集中する接点となる現象が起きている。

稼働状態のサイコ・フレームは発光する、それは「人の意思」が集中し稼働率が高まるほど強い光を発する。

このサイコ・フレームが発する光の正体は、感応波のオーバーロード。つまりユニコーンガンダムのサイコ・フレームは(当初の仕様にはなかった特性であるが)、パイロットであるバナージ・リンクスをエネルギー源として集積された感応波を光に変え、最終的には物理エネルギーに転換する装置でもあると、アナハイム社のアーロン・テルジェフがユニコーンガンダムのデストロイ・モード発動時のデータを再検証することで解明した[26]。 


この現象の詳細を段階に分けて「第一段階では、サイコフレームが発動状態になると、人間の意思をエネルギーに転化する。第二段階では、サイコフレームの中に生きた人間が丸ごと入ってそれを己の肉体とすると、我々が住んでいるレベルの次元とは違う力を引き出せてしまうらしい」と解説している[27]。 


諷虹 最後の緑色の光が「サイコフィールド」・・・「場」になるわけですよね。物理学とかでいう


ピクシブ百科 

サイコフレームと生命の意志が作り出す力場である。・・・サイコ・フィールド発現時のパイロットは「怒り」、「衝動」、「悲しみ」及び「生命の危機」など何か精神や感情を強く突き動かされる状況がほとんどを占めている。

小惑星アクシズ落下を止めようと・・・・・本事象で発生したサイコ・フィールドはエネルギーにして1.4×10の22乗J(ジュール)(メガトン級水爆(核融合爆発)の300万倍、コロニーレーザー照射エネルギーの200万日分相当)を相殺し、加えてアクシズを地球の引力圏から引き離すという天文学的な数値に達しており、他の現象とは比べ物にならない人類史上最大の規模であった。



虚空 その共振・共鳴が具体的に発動した瞬間って何かセリフなかったっけ?
アムロ「しかし爆走している機体だってある!・・だめだ!摩擦熱とオーバーロードで自爆するだけだぞ!!もういいんだ!みんなやめろ!」

シャア「結局、御遅かれ早かれこんな悲しみだけが広がって地球を押しつぶすのだ。ならば人類は自分の手で自分を裁いて、自然に対し地球に対して贖罪しなければならん。アムロ、なんでこれがわからん!」

アムロ「離れろ!ガンダムの力は!」

シャア「こ、これはサイコフレームの共振?人の意思が集中しすぎて、オーバーロードしているのか?なのに恐怖は感じない?むしろ暖かくて安心を感じるとは・・・!」

アムロ「くっなんにもできないで・・・」

シャア「そうか。しかしこの暖かさをもった人間が地球さえ破壊するんだ。それを解るんだよ!アムロ!」

アムロ「わかっているよ!だから!世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろ!!」

シャア「フン!そういう男にしてはクェスに冷たかったな!えっ!」

アムロ「俺はマシンじゃない!クェスの父親代わりなどできない!・・だからか・・貴様はクェスをマシンとして扱って・・!!」

シャア「そうか・・クェスは父親を求めていたのか・・。それで、それを私は迷惑に感じてクェスをマシンにしたんだな・・?!」

アムロ「貴様ほどの男が・・・なんて器量の小さい!」

シャア「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!そのララァを殺したおまえに言えたことかっ!!」

アムロ「お母さん・・?ララァが・・?うわぁっ!」

レウルーラクルー「アクシズが地球から離れていきます!」「そんな馬鹿なっ!?」


虚空 あのさ、そのものすごいエネルギーをっていう場面でのやりとりの中身が「あたたかさ」・・・人間のぬくもり?・・・とか「父親」「母親」とか・・・殺す云々という話はあっても、そういう身近なことじゃない。
さっきピクシブ百科に書いてあった

「パイロットは「怒り」、「衝動」、「悲しみ」及び「生命の危機」など何か精神や感情を強く突き動かされる状況がほとんどを占めている。
っていう文・・・

身近なことじゃなければ、人間って感情が激しく動かないよね・・・普通は。身近な感情がゆさぶられるような事柄だからこそ、増幅のための「共振・共鳴」へのスイッチになる、っていう事????

まどマギのさやかだって魔女化していくプロセスの感情は中学生の女の子としては当たり前の感情。円環の理になっていく時のまどかだって、そんな大それた存在に自分がなって、なんていうことまでは考えていないでさ、とにかく「ほむらちゃんを」っていいう気持ちがほとんどだったわけだろ?

だとするとね、あの公開授業で子ども達に言ったことだけど、身近な話題のやりとりから始まって、いつの間にか宇宙との共鳴に関連するような話にまで発展した・・・そんなことと通じるのかな、って。

和歌でも俳句でもね、身近なハッとするような事柄を「只今」の感覚でつかまえることから、普遍的なものへと連なっていく。超ミクロから超マクロへと飛躍できる力とかね・・・。

理論物理学者なんていうのは、机上とか黒板で展開していった「数式」がスイッチになって、壮大な宇宙開闢の物語を紡いでいっているんだもんね。それこそ普通だったら人類の想定をはるかに超越するようなシナリオ。

中学生や高校生なんか特にそうだけど・・・学校で学ぶ知識とかが、そういったスイッチとして働くような支援こそが教師の役目。
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☆プロとしての姿勢 ダンデリオンツイッター「霊和」との関連から

NHKプロフェッショナル「我流、肉道~精肉店店主・新保吉伸~」の話題から始まって、医師の姿勢などについても話が広がります。

表に出ている言わば「当たり前に分る事」ではなく、内側深くに内在する真実・ピュアな部分を見出せる能力において「プロ」と言えるのではないか・・・それがダンデリオンツイッターでの「霊和」ということへ昇華という事と深く関連しているのではないか、というやりとりです。

現在、ラインでは、同じプロフェッショナルの美容師についての特集にからんだやりとりもおこなわれています。
こちらはトランスフォーメーションに力点があるので、それはまた別の機会に紹介します。
5月8日 水曜日
08:08 虚空
ゆうべ放送されたプロフェッショナル・・・精肉店のお話ですが、飛鳥時代の宮大工の知恵と通じて・・・真の人間の成長や、教育のヒントとなるような内容でした。
プロフェッショナル 仕事の流儀「我流、肉道~精肉店店主・新保吉伸~」
名もなきノーブランドの牛肉を、最高ランクに匹敵する味へと生まれ変わらせる男がいる。精肉店店主の新保吉伸(57)。店は滋賀県草津市という地方都市にありながら全国から客が殺到、その肉を卸して欲しいと、年間300人以上の料理人が取引を申し出る。新保は肉に“熟成”という魔法をかけ、個性を最大限に引き出す。18年の研究の果てに生まれた独自の下処理や、9年かけて育てた微生物による熟成。肉と歩む孤高の匠に密着!


12:06 コバルト
納豆を発見したみたいな感じですね。
すべては目に見えない偶然から成り立つみたいな。
目に見えない訳だから感じる部分「感性」が架け橋(関係性、関連性)を作れる訳です。
すべては経験に基づく確かな「もしかしたら」(閃き??)なんですよ。
仮に現代人的な人達ばかりだったら発酵する前に食べちゃうでしょうね。
となった場合納豆は生まれなかった事になります。

仮に宮大工に宮大工的視点のない建築士(大工視点もほぼいないに等しい)が介入したら木の特性なんて活かさず全て図面の通りに、木も図面に沿うように加工されてしまうでしょう。
20年ぐらい(早くて10年)でがたつく現代建築では、宮大工の200年たってやっと完成形になるといったものと格が違うんですね。

桜井章一なら牌の声を聴く、宮大工なら木の声を聴く、農家なら土の声を聴く、教師なら子供の声(喋らない部分)を聴く、肉屋なら肉の声を聴く訳です。
流れによって手の加え方が変わるんですね。
それが本物のプロなんだと思います。
 https://sekokan-navi.jp/magazine/15670


18:30 虚空
実際に古代建築の修復工事などでは、国から依頼されてやってきた西洋建築の権威丸出しの大学の先生がさんざん口出ししたそうですからね。そんな人間の常識で建てたら1000年持つものが数十年しかもたないと・・・

この記事の中の社長さん・・・多分西岡常一棟梁のところで修行したのかもしれないですが・・・西岡棟梁の著書は現代人の必読書といいたいくらい・・・平成の常識とは完全対立でしょうけどね。

 別件のことでやりとりしていた流れでヒマワリフクロウさんとのラインの方でも、今回のダンデリオンツイッター記事について意義深いコメントを頂いています。
簡単に言えば、例えば私が「祟り神」への道を突っ走ってしまうか・・・「相転移」できるかというようなことで・・・・

「トランスフォーメーション」(意識の転換 時空の転換)と「構えの変革」と「相転移」・・・だいたい同じような意味で使っていますが、どういった時にはどの言葉を用いるのが最もふさわしいか、なんていうのは今はあまり気にしていません。直感だけです。


2019.05.09 木曜日
05:22 虚空
 夜中にフト考えた事・・・ダンデリオンさんの「霊和」の記事と、宮大工や精肉店の発想とのつながり・・・そのあたりがつながっていきそうな予感はしてきたのですが・・・・今は予感どまり。


09:01 コバルト
 自然体に生きるというのは通じてそうですが。
生き様そのものが風水であるかのように。


09:06 虚空
この世的に自然体に生きるということと、魂の浄化(純化)・・・ただ、それが起きる際に、この世的なマイナス要素を排除するという一般的な常識を、超越する発想・・・神話的に言えば「黄泉の国にどっぷりと浸かるから、突き抜けられる」・・・神々でさえも・・・。

世間的な発想では進化論の「自然淘汰」・・・価値あるもの、強いもの、他を屈服させる力の優れたものが勝ち残る・・・それが勝ち組・負け組や競争原理の根本になっていますよね。そうやって勝ち残った者だけが生き残れば素晴らしい世界が実現する。

そんな幻想をみんなが信じ続けていて平成は終わりました。
自然体ということの、本当の意味が問われるのが「霊和」であり、そこからの実現への道が「零和」なのかな、なんて今思いました。


09:11 虚空
これから病院・・・・この前とは別の科ですが、こちらも担当医が定期異動で変わっているらしい・・・この前の先生がはっきりといってひどかったんで不安です。


10:27 ヒマワリ
先生の生徒にも相性があるように、病院の先生と患者にも相性ありますよね?
いい先生が異動してきてくれるといいのですが…


10:54 コバルト
患者と医者の真剣勝負はお互いの向き合い方が一番重要ですよ。
医者が患者と向き合わず、パソコンとデーターの睨めっこですからね。
色々手(触診)を尽くした上でダメなのと、そうじゃないのとでは心の収まり方が全く違いますから。
そこが医者としての品格が問われる所ですね。
 http://sonedataro.com/self-development/post-1637/


15:10 虚空
「仕事」とはその字の通り「仕える事」・・・それがないがしろになっているとね・・・特に医師の場合は命や人生を預けているのだから。
たった数分間の診察の時間はそこれこそ真剣勝負であるハズ。

しかも多くの場合、医療では向こうのミスでも傷つくのは患者側という自覚がどこまであるのか。(よほどのことがなければ医療ミスを問えないしね)

それが先月の総合科の先生は露骨にお前など診る気がないという言動。
触診や問診を非情に丁寧にしてくれていた前の先生だったら経過が悪くても、その先生のせいとは思わないけど、こういう風にされるとね・・・・

今日の午前は医師ではなく、闘病に関する相談の部署だったのですが、けっこう愚痴ってしまいました。
相談相手の方も「それはいくらなんでも非常識ですね・・・」と(儀礼的部分もあるでしょうが)「患者さんの前では絶対口にしてはいけない言葉ですよね」と。
そのあと、別の科を受診だったのですが、こちらはマア普通というところでした。質問にもちゃんと答えてくれたし。

9時半に行って今帰宅・・・腰痛激化と、座りっぱなしの血行障害による異変があちこちに出ているので、これから横になります。


22:03 ソルティ
 私の場合・・・ 自分では丁寧にお願いしたつもりだったんだけど、昔気質の自信満々の先生だったからかな?えらく強い調子で「 どういう意味ですか?言ってる意味がわかりません。」 と怒られてすごすご帰宅。 

*液体の薬は 二週間で捨てなければならないのでそれに代わる錠剤を出していただけませんか?とお願いしたのだったが。。。
あ~んな言い方しなくたっていいじゃない。とか思って、そこから行くのやめた。まあ来年になって また喘息が復活したらしかたなくいくかも?知れないけど、多分大丈夫だと思う。
今 別の診療を受け始めたけれど、先生によってまるで違うね。元気をいただける人とそうではない人と。私の場合自分の性格にも問題があると思うけど、上からガンと押さえられた感じがすると 二度と行かないわ。となってしまう。


2019.05.10 金曜日
05:44虚空
西洋医学を批判する言葉で、かつて「患者をみないでデータばかりをみる」ということが盛んに言われましたよね。
「データをきちんと読み取って、処置を決める事ができる」 = 「優れた医者」
だから患者は黙って指示に従えと。患者が要望を出すとか、ましてや意見するとかとんでもない、素人のくせに、という姿勢。

それがいつからか、「インフォームドコンセント」の発想が出てきて、一般的にはずいぶん改善されてきたのかなという気がします。

でも、やっぱり人間性というか・・・歪んだエリート意識が根底にあるような医者はまだまだいらっしゃいますよね。
前の主治医の先生は私より年下ではあってもそ離れている感じではなかったのですが、今度の医師はもうすぐ中年にさしかかるというよな感じでした。

だから、前の先生も「自覚はないかもしれませんが、これは発熱にたとえれば40度以上の高熱を出して危篤状態・・・即入院が必要です」とおっしゃいましたが、例の親戚たちからの相次ぐとんでもないことへの対応で「とても入院はできない状態なんです」と訴えたところ、「そういった事情なら、何とか投薬で様子をみてみましょう」ということでしのいでくださいました。

今度の先生は私の話もろくに聞こうとしないで、さんざん言いたい放題言った挙句に、診察が終わって立ち去ろうとした時に、パソコンの画面を何気なくスクロールしながらみて「あれ、来院した時はこんなにひどい状態だったんですか!」という驚きの声。
「初診の時の状態を把握しないであれこれ言っていたのかよ、この人は!!!!」と爆発寸前でしたが、そこはグッとこらえて
「ハイ、ですから前の先生には即入院の必要があると言われたんですが、いろんな事情があって入院するわけにはいかなかったんで、投薬でしのいでもらったんです」
と答えると
「僕なら、いかなる理由があっても、絶対 即入院 してもらいましたね」

まあ、医師としてはその方が正しい態度なのでしょうが・・・・こうした言葉にも構えがみてとれます。

こういう医師による姿勢の違い・・・・教師にもありますよね・・・・
時と場合によっては、強制的に、というのもあり得るにしても
「納得と合意」を形成しよう・・・「共に歩んでいこう」
そんな姿勢がなければ医療も教育もダメなんだということを再確認・・・そういう意味では今度の医師は反面教師かな????


08:53 コバルト
 じん【仁】
1 思いやり。いつくしみ。なさけ。特に、儒教における最高徳目で、他人と親しみ、思いやりの心をもって共生(きょうせい)を実現しようとする実践倫理。「智・仁・勇」
徳と得では全く違う性質なんですね。
捨てると掴むことみたいな。


09:27 虚空
この「仁」という言葉からフトエースを狙え!にあったある場面を思い出しました。(病死したコーチの名が宗像仁・・・そこから仁の本質にかかわるような会話を僧侶である桂コーチが語っている場面です)

不治の病を宣告された宗像仁の思い出を桂コーチが語った言葉
「3年たって、仁にさそわれて甲州路を歩いた。甲州野梅(こうしゅうやばい)ってえめずらしい種類の梅がほしいっていうんだ。ようやく手にいれて、寺へもどって本でしらべてみたんだ、甲州野梅ってのを。「梅は甲州野梅をもって最上となす。その第一の理由は仁がくずれぬことにある」ここでいう仁は「胚珠」(種の中身)をさしている。種の中核を人間の精神にみたて、その仁のくずれぬ甲州野梅を最上に格づけしだのだろう。それがあいつの心意気だったんだ」


10:07 虚空
 今、「混沌」との関連で、日本神話についての父の解説をまとめているのですが、目にはみえなくても、そのものの本質的な理念が、例えていうならば種の中に梅の木や花の姿はなくても内在しているように、無限のこの無意識の中に、個性と呼べるような個々人の魂の特性から、日本人共通の心意伝承的なもの、人類共通の集合的無意識・・・そして宇宙全体を包み込む理(ことわり)が誰もの中に内在している。

それが本当の意味で自ら引き出されるために、思い通りにならない、時にはドロドロとしたこの現実世界(黄泉の国)があるんだ・・・という父の考えが、上原先生流にいえば「犠牲論」とか「恨み論」とかのことになっていくんだろうな、と。

コバルトブルー君がよくひきあいに出す、「混沌(カオス)から蓮の花が咲く」というあの境地
実際にエースをねらえでも若き日の宗像コーチは生い立ちの問題から運命とか周囲を呪いまくるような日々を送っていた・・・でもそれを突き抜けて・・・というように話が展開しています。

神話のことをまとめながら、天之御中主神の象徴というような形でこの「仁」という言葉がラインに飛び出してきたというのはね・・・

☆ダンデリオンツイッター 「令和」は「霊和」より⑥ 「混沌」に内在する「理(ことわり)」

たまたまこのやりとりの前に、駿煌会でもたびたび登場する「混沌」(カオス)という言葉の根源を漢字の成り立ちから調べていました。

そうすると、日本人古来の発想のエッセンスである日本神話(古事記)冒頭の意味がより明確になってきました。

そしてそれは「神話」という言葉を使わないならば、上原輝男先生が追求しつづけていた「心意伝承」「先験的イメージ」等々のことになります。

後半は諷虹君が「混沌」との関連で
「這いよれ!ニャル子さん」というアニメを紹介してくれて、そこからの考察です。


ちなみに、先ほど(5月12日)からコバルトブルー君が「混沌」がらみでラインに書き込んでいて、やりとりが継続中です。そのやりとりのキリのいい部分までも、今回の記事の最後に載せました。





2019年5月10日 諷虹宅-4
虚空 あのさ、そもそも今日、オヤジの古事記解説をまとめ始めたきっかけっていうのは「混沌」っていう言葉の元々の意味は何だろう、ってフト思ったことからだった。

教室でいろんな意見が自由に出たら収拾がつかなくなるから、という理由で自由な発言をさせないで期待通りの意見しかでないように、誘導したり、見えない枠をかぶせる教師が多いんだけど、その根底には「自由な発言」は教室に「混沌」の状態をもたらす・・・それは何も建設的なものを生みださない・・・そんな大前提があると思うんだよね。

でもさ、混沌っていうのを丁寧に漢和辞典とかで調べてみたらね、そうじゃなかった。
混沌についてラインにちょっと書いたから「混沌」っていう言葉をさっき出したわけじゃないよね


諷虹 紅白梅図屏風の真ん中をみてです。


虚空 電子辞書の学研 漢字源で調べたことが一番分かりやすいんだけどさ・・・


電子辞書 学研「漢字源」より
「混沌」
意味 ①天地開闢の初め、天地のまだ分かれなかった状態。 ②万物の区別、なりゆきのはっきりしないさま。 
(別)万物が形をなさず、もやもやとしたさま。宇宙・万物のはじめの状態をいう。


「混」
解字 会意兼形声。「水+(音符)昆(コン)(まるくまとまる)


「昆」
意味 ①(名)あに。なかま。もと、なかまのこと。転じて、なかまをなす兄弟を昆といい、後に、特に兄をさす。  ②(名)なかま。むれ。まるく集まったなかま ?その代表的なものはこん虫である。

解字 会意。「日+比(ならぶ)」。「日+人三人」は衆の字で、昆もまた多くの者が日光のもとに並んだことを示す。
「比」
解字 会意。人が二人くっついてならんだことを示すもの。

「沌」
解字・・・会意兼形声。「水+(音符)屯(トン)(ずっしり)」。

「屯」
意味 ①(動)下につかえて出来らない。行き悩む。

 ②(名)周易の六十四卦(カ)の一つ。振下坎上(シンンカカンショウ)に形で、下に陽気がこもって出悩むさまを示す。

  ①(動)たむろする。ずっしりとむらがる。集まる。また、兵を集めてとどまる。「駐屯」「屯田」  

②(名)人が集まった村落。

解字 会意。「- + 屮(草の芽)」または「屮 + 印」で、ずっしりと生気をこめて地上に芽を出そうとして、出悩むさま。-印は地面を、印はこもる意を示す。
      *春の字はもと「日+屯」と書き、生気の下にこもる季節のこと。




虚空 これらをまとめて考えるとね、いろいろな考えが同居している中から、何かが上に出てこようとする状態・・・単に無秩序なゴチャゴチャじゃなくて・・・まだ目に見える形にはなっていないし、人知ではキャッチできていないけど、何か大事なことが内在されている・・・孕んでいる・・・で、それが生まれ出ようとしている寸前の状態。だから天地開闢の時にも使われる。

でさ、インフレーション宇宙論でもね、真空の中のゆらぎから物質・反物質が生まれて、その中での自発的対称性の破れから宇宙が誕生した、っていうのもね、あるいは素粒子が生まれたというのもね、それが単にバラバラで無秩序だったら、原子にもならないし、星も生まれない。

そういった混沌から物質が生まれてくるというある種の秩序が「理」(ことわり)として内在されていたから宇宙誕生の方向に動いたんだと思うんだよね。全くのたまたま宇宙になりました、っていう純粋に確率的なことではなくてね。


それこそ無意識とコンタクトをとっての、生活を通して、感覚を通しての多種多様な発言を重ね合わせていった時に、人知を超えて内在している「何か」が生まれ出でようとしてくる・・・それが本当の混沌の意義だし、言語生態の授業の神髄のような気がしてる。

諷虹 この漢字の解説を読んでいて「どっちも水に関係するんだな」とか「日光」で「日のもと」とか・・・。それでまだ地上に芽を出していないというのは影ですよね。

それでフト アニメ 「這いよれ!ニャル子さん」のキーワードである「這いよれ 混沌」っていうのを思い出したんですよ。

このアニメの元ネタの元ネタが「ナイアーラトテップ」っていって、これが「ニャルタトホテプ」とかになって、これがアニメで使われているわけですけど・・・外見は分からない、見る人によって違う姿


ネット解説
初出はハワード・フィリップス・ラヴクラフトの短編小説『ナイアルラトホテップ(1920年)』。この小説でナイアーラトテップは古代エジプトのファラオのような「背の高い浅黒い男」と表現されている[1]。

「クトゥルフ神話」体系におけるナイアーラトテップは旧支配者の一柱にして、アザトースを筆頭とする外なる神に使役されるメッセンジャーでありながら、自身の主で旧支配者中、最強のアザトースと同等の力を有する土の精であり、人間はもとより他の旧支配者達をもさげすんでいる。


顔がない故に千もの異なる顕現を持ち、特定の眷属を持たず、狂気と混乱をもたらすために自ら暗躍する。彼が与える様々な魔術や秘法、機械などを受け取った人間は大概自滅している。天敵であり唯一恐れるものは火の精と位置づけられる旧支配者クトゥグアのみ。また旧神ノーデンスとも対立している。


旧支配者の中で唯一幽閉を免れ、他の旧支配者と違い自ら人間と接触するなど、クトゥルフ神話において特異な地位を占める神性(神格)であり、クトゥルフ神話におけるトリックスターとも言える。アザトースの息子と言われ、妻は、大鹿の女神イホウンデー、従姉妹に[2]影の女悪魔と呼ばれる女神マイノグーラがいる。また配下にシャンタク鳥と忌まわしき狩人が存在する[3]。さらにドリームランドで地球の下級の神々を保護する一団「異形の神」の一柱として活躍する[4]。
・・・



諷虹 で、これが女体化というか擬人化したのが「ニャル子さん」。


主題歌を聴く


諷虹 この曲名が「太陽とカオス」


虚空 カオスが「混沌」だとすると、日の下で芽生えを待つっていうさっきのイメージになるわけね。


ネットでの解説文
曲は、ドイツのグループ・Genghis Khan(ジンギスカン)の楽曲である「Dschinghis Khan(ジンギスカン)」をイメージして作られている[3]。阿澄曰く「邪神感を味わえるカオスな感じの楽曲」で[4]、中毒性があるという[5]。また、松来によれば歌詞はクトゥルー神話的な内容になっているとのこと[5]。

hotexpressの平賀哲雄は、「展開は激しいのだが、その声が脱力系なもんだから、ふわふわした心地のままはしゃげる新型パーティーチューンだ。」と評した[6]。


太陽曰く燃えよカオス 
アニメ:這いよれ!ニャル子さん
 Singer 阿澄佳奈 【ニャル子】 松来未祐 【クー子】 大坪由佳 【珠緒】 
我々!(うー!)寄れ依れ!(にゃー!) 世界はDark!(こずみっく! 


(うー!にゃー!うー!にゃー!うー!にゃー!レッツにゃー!) 
心ぬるぬる異形の神々 私もあなたも怖がりの物ずき 
形むるむる異教徒逃げれば 私とあなたは炎天下でおデート 
た の し い ね 焼けるぞ溶けるぞ (生き物じゃなーい) 
骸(むくろ)ひやひや其れでも好きです 私がいちばん欲しいのは内緒よ 
姿ぱやぱや其れでは行きましょ 私にいちばん似合うかな不条理 
鏡には(だん だん 誰なの?) うつらない(誰なんだ?やだやだ) 

欲望は言葉にしなくちゃ(うー!) ほら(にゃー!)、消えちゃうでしょう?(レッツにゃー!) 
太陽なんか眩しくって 闇のほうが無限です(どきどき) 
太陽ばっか眩しくって 闇のほうがす・て・き(にゃんだ??) 
CAOS(けいおす)CAOS I wanna CAOS 燃えよ混沌 無敵です(わくわく) 
CAOS CAOS una sera CAOS 燃えるようなき・も・ち(にゃんで??) 
我々!(うー!)遣れ破れ!(にゃー!) 世界はDark!(こずみっく!) 
(うー!にゃー!うー!にゃー!うー!にゃー!レッツにゃー!) 

枕ぽかぽか無貌(むぼう)の神々 私とあなたと目的は違うの 
絆むかむか無理矢理されがち 私があなたを守るけどおピンチ 
お か し い な 逃げるぞ呻くぞ (狙われてるーぅ) 
帳(とばり)おりおり此所まで来ました 私はだまって敵たちを蹴散らす 
焔(ほむら)めらめら此所では駄目です 私にだまってスカウトはしないで 
望むなら(ぜん ぜん 全滅!) しましょうね(敵なんだ?やれやれ) 

願わくば跡形もなくね(うー!) あら(にゃー!)、要らないでしょう?(レッツにゃー!) 
現在なんと危険だった 光りもんを下さい(ぴかぴか) 
現在なんと危険だった 光りもんでし・げ・き(にゃるビーム?) 

MADNESS MADNESS You wanna MADNESS 呼べば冒涜 過激です(ぞくぞく) 
MADNESS MADNESS ennui MADNESS 呼べばきっとお・し・まい(にゃんです!)
 這いよる!(うー!)混沌!(にゃー!) ニャルラトホ!(てっぷー!) 
(うー!にゃー!うー!にゃー!うー!にゃー! うー!にゃー!うー!にゃー!うー!にゃー! うー!にゃー!レッツにゃー!) 

太陽なんか眩しくって 闇のほうが無限です(どきどき) 
太陽ばっか眩しくって 闇のほうがす・て・き(にゃんだ??) 
CAOS(けいおす)CAOS I wanna CAOS 燃えよ混沌 無敵です(わくわく) 
CAOS CAOS una sera CAOS 燃えるようなき・も・ち(にゃんで??) 
這いよる!(うー!)混沌!(にゃー!) ニャルラトホ!(てっぷー!)


諷虹 「闇の方が」・・・


虚空 やっぱり「器」の感覚っていったら「闇」の方だよね。
太陽って大事な存在だけど、もう動かしがたいっていうイメージ。

以前ちょっと思ったんだけど、「内部太陽系戦士」とか「外部太陽系戦士」とかが登場した「セーラームーン」で一番大きな力をもっていたのは「月の化身であるセーラームーン」だけど・・・最終的には「セーラーコスモス」なんていうようになっていく。

でもさ、あの物語に「太陽の戦士」は出てこないんだよね。「セーラーサン」なんて。そこが面白いと思うんだよ。でもさ、幼い子でも月の女王っていう設定を素直に受け入れる・・・あのセーラームーンのOPだって好きだもんね。
あれがギラギラと輝く太陽だったら、風情も何も感じないかも・・・・


*「ナイアーラトテップ」の設定についての解説文の一部
ラヴクラフトがその作品や作家仲間への手紙の中で書いた内容は、以下の通りである。
この宇宙の中心、正常な物理法則が通用しない混沌とした世界には、絶対的な力をもった存在アザトース(Azatoth)が存在し、その従者の吹き鳴らすフルートに合わせて絶えず不定形な巨体を蠢かしているとされる。

アザトースはとてつもなく巨大で絶対の力をもった存在だが、盲目で白痴なので、自らの分身として三つのものを生んだ。闇からシュブ=ニグラス、無名の霧からヨグ=ソトースそして使者たる這いよる混沌ナイアーラトテップである。ナイアーラトテップは、自らの主人であり創造主であるアザトースら異形の神々に仕え、知性をもたない主人の代行者としてその意思を具現化するべくあらゆる時空に出没する。
(0時半頃終了)



☆5月11日以降 駿煌会ラインやりとりから

00:07 虚空
まだ諷虹君宅にいます。今回のダンデリオンツイッター記事をベクトルの観点から探求したり、「混沌」(カオス)について深めたり・・・そろそろ疲れたのでお開きですが・・・


07:27虚空
ゆうべのやりとりを踏まえて、先ほど別サイトに書いた文です。

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昨日、午後になってフト漢和辞典で「混沌」の意味を漢字の成り立ちから調べてみました。カオスという言い方もしますが、あれが単にグチャグチャドロドロの混ぜこぜの状態を指すのかどうか・・・。結論からいうと「沌」の文字に大事なポイントがあることが分かりました。
良き方向への芽吹きに向けてということが内在されている・・・目に見える形にはなっていないけれど、確かにそこには良き可能性を孕んでいる・・・だから「宇宙開闢の状態」という意味もあるようです。ただのグチャグチャな状態というだけでは、それがこの宇宙とかそこに存在するあらゆる事柄が成っていくことはほとんど不可能ですから。
そして日本人はこの目に見える世界は実相の影、投影の世界としてきました。そこが上原先生の説く「犠牲論」や「恨み論」の背景にある大事な発想。真に高い世界に昇華されていくためにどうしても不可欠なのが「混沌状態」=「黄泉の国の通過」というようになるようです。
さて、この数十年、例の人物たちによって私の日々は滅茶苦茶にされ続けていて、今のところ絶望的なことばかりしか思いうかべられない状態なのですが・・・それが「混沌」と言えるのかどうか???
仮に良き方向への可能性を孕んでいたとしても、そうした昇華が起きるのは、あちらの世界に旅立ってから???
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2019.05.12 日曜日
11:50 コバルト
料理(りょうり)と冥利(みょうり)でしょうか?

こじつけに近いかな?と最初思いましたが、過程の混沌たる部分では(美味しくなれ!みたいな)重要な場面は孕んでいますから。
冥利
みょうり
冥加利益の意。神仏によって知らず知らずに与えられる利益のこと。


11:52 虚空
これも興味深い着眼点ですね。

11:53 コバルト
 冥利(みょうり)が悪・い
神仏の加護を受けられない。
また、ありがたすぎて、ばちがあたる。



11:55 虚空
あの2年のクラスの時にやった「坊主めくり大会」でのことが思い出されます。「ついている」と「ついていない」の逆転現象等々・・・



12:30 コバルト
そうですね。
そういう目には見えない部分があるんですね。
そしてそれは人間がどんなにがんばっても最終的な主導権は「運」(ついてる、ついてない)がすべてを決めてしまうんですね。
どんな状況もひっくり返してさえしまえる「運」。
そして運の感じ方は簡単で「幸せ」だな。幸福感(あたたかさ)に包まれているなら、そこには「運」がいる証なんですね。
また欲望(金)に包まれる安心感とは違うんですね。
たとえば札束の風呂に入っても本物の幸福感には包まれないように。
その違いをボウズめくりで実体験した訳ですね。

成功(連勝)を積みすぎると成功と失敗の重み(質量)が増していってしまい、どんどん手放したくない存在になってしまう、そして決勝戦の負けた側(Y君)の全てを失って崩れ落ちていく姿は今でも記憶に残っている授業でした。



12:35 虚空
運を引き寄せよう・・・ましてやお賽銭の金額で神様を思い通りに操作しよう・・・なんていうのは本当に浅ましい考えですよね。
誠意を尽くしてその時、その時を生き切る・・・そうしたら自然に本当の神様と波長が合っていくんでしょう。

ズルい人間が一見上手くいっているように見えることがあるのは、低級霊にからわわれている場合もあるっていうからね。

さんざズルしていい思いをした、という絶頂になっていきなり突き落とす。その落差を楽しむ。
よく諷虹君との間では話題にしたのですが Fate/Zero の中にあった「絶望には鮮度がある」というとんでもないシーン(決して観ても幸せな気持ちになどなれない悲惨なシーンです)などが思い起こされます。


12:44 コバルト
絶望を料理して味わった訳ですね。



12:46 虚空
そういうことです・・・本当に味わったから・・・(魔物に少年が喰われてしまう)



☆ダンデリオンツイッター 「令和」は「霊和」より⑤ 見た目の裏に隠れているものを感じる

2019年5月10日 諷虹宅-3
いろいろな話がごちゃ混ぜになっていて、まさに混沌状態ですが・・・とどのつまりは「修理固成」(日常生活から見えない世界の理(ことわり)を実感していく)重要性・・・それが上原輝男先生の「生態研究としての授業スタイル」が如何に重要か、という話になっていきます。




虚空 オヤジの古事記解説は「現代に生きる古事記」っていうのが究極のテーマ。そこで大事にされている言葉が「修理固成」

物事の真理は生活を通して感じ取っていかなければ意味がない、っていうこと。
理屈だけで分かった気になってしまうと、それこそ180度とか0度とか・・・キリのいい形のイメージだけで考えようとしてしまう。複雑になってしまうと単純に分った気になれなくなるから。


諷虹 「温故知新」みたいなものですかね


虚空 そこに、今この瞬間の・・・・「旬」「垣間見」の感覚も融合させていく、っていう感じだと思う。


諷虹 トレンドとか流行・・・今風にいうと。ブームっていうのには波のイメージがありますよね。広がっていくのもそうだし・・・


虚空 「現世は波」っていうのが誤解されてしまうと妙なことになる。流行は流れ去るものなのに、そこに絶対的な普遍のような価値観を抱いてしまうとかね。


諷虹 この前ツイッターに載っていたのは・・・オジサンたちも流行に乗ることはできる・・・ただ若者と違うのは、おじさんたちは流行のやめどきを見極められない。だから流行が去ってしまっても、新しいものだと思って使い続けてしまう。


虚空 すべってしまうオヤジギャグのような感じかね・・・でも若者には「どうだ俺も若いだろ」って胸を張っている。「すくらっぷぶっく」に出てきた校長先生が海水浴でサングラスをかけて中学生たちに「ナウいじゃろ」って言ってドン引きされていた場面があった。
波なんだから浮き沈みもあるし、潮時もある・・・。

生活を通して、どこが仮の価値で、どれが普遍的な価値なのかを探求することがね。


諷虹 (ニュートン2015年5月号 記事「いにしえの色彩を求めて」)
ネット上での紹介ブログ画像
http://ricky4968.web.fc2.com/kimono/clips/kohrin_ogata.html
解説が詳しいサイト
https://yoi-art.at.webry.info/201202/article_2.html



虚空 だいたいさ、仏像とかだって古びて風情がある、なんていうけど、作られた当時はね、それこそタイやビルマやチベットのような金ぴか姿だったわけだよね。
当時の人たちがみていたのもとはまるで違うものを見ていたわけだよ。


諷虹 こうやってみると天の川じゃないですけど、川を挟んで白梅と紅梅なんですね。


虚空 織姫と彦星・・・あのさ、どっかで以前読んだことがあるけど、一説にはこの梅はね、左が女性で右が男性を表している、って。

https://karintei69.exblog.jp/13183461/


諷虹 本当にそういう意図があったのか・・・まさか数百年後にそういった解釈をされると思っていたのか・・・


虚空 「バレたか」って照れているのか、「ふざけるな!」って激怒しているか・・・


諷虹 描かれた当時の印象だと今のと全然違うから・・・・。
この川の模様の渦・・・混沌の感じがね・・・うらら迷路帖の神様もこんな感じでしたよね。渦の感じが・・・この作者(はりかも)は色使いが毒々しい感じ。


虚空 それがまじりあって一つの世界が作られているわけだよね。他の人が気持ち悪がるようなものもポップに表現しているんですよね。

「はりかも画集」ネット検索
https://www.google.com/search?q=%E3%81%AF%E3%82%8A%E3%81%8B%E3%82%82+%E7%94%BB%E9%9B%86&tbm=isch&source=univ&sa=X&ved=2ahUKEwjBvs6UkJHiAhVcIqYKHeJcCpAQsAR6BAgJEAE&biw=1280&bih=578
作者言
「少年少女と怪獣や異形の生き物の組み合わせが好きです。

(中略)強い色をどんどん置いていって、まとまらなくてもまあいいや、という。まあ楽しいから上手じゃなくてもいいや、という感じだったのが、仕事で絵を描くようになって、それじゃだめだと思ったり、でも楽しくないとな・・・と思ったり。

日々さまざま悩みつついろいろ追われながら描いていても絵を描くのが毎日楽しいです。ありがたいことだなと思います。


虚空 さっきの漫画の中のセリフともかぶっているね


諷虹 なんか心に闇があったんだろうな、って感じますね。ヘビだとか蜷局を巻いているのとか好きなんですかね。


虚空 そこの蓄積がさ、うらら迷路帖にもなっているわけだよね。
イラストとか漫画って、外に向けての表現だよね。外だから「外積」の方、って単純に考えるとさ・・・真逆ではないいろいろな人生でのことが上向きのベクトルをいくつも作ってさ・・・そのベクトルの和が天や宇宙の意識に向かっての上昇力になっていく・・・なんていうイメージが湧いてきた。

まどかでいえば、歴史上世界各地の魔法少女の多種多様な絶望感の集積が、外積っぽい原理で相転移して、より「円環の理」が回転していく・・・宇宙全体を包み込むエネルギーを増大させていく・・・そんな感じ。


諷虹 商業となると純度100%の作者の思い通りにはならないじゃないですか。担当さんの意向とかも入って。それによってのベクトルの向きの変化も踏まえることになる。


虚空 だからさ、駿煌会のウリは、立場も経歴も年齢も違う同士のやりとり、っていうのがね、やっぱり大きな意味をもってくる。
学校でさ、単に「合っているか間違っているか」だけを判定する授業が何も生みださない、っていうのは今日の外積の例えから言ってもよく分かるよね。
でもさ、教師主導の先生ほど、自由に発言させると授業の収集がつかなくなるから、どうしても「あれかこれか」っていう二者択一で発言を分類していってしまう。

いろんな発言があればこそ、それを重ね合わせた時に、一人では絶対にみえてこないような全体の構造が浮かび上がってくるのにね。それこそ大いなる世界に昇華されていく。クラス全員の意見を活かせば活かすほどね。
でも合っている間違っているだけの判定・・・教師の期待する発言かどうかだけの判定者になってしまっての授業はね・・・。


上原先生の言っていた「言語生態」の授業っていうのは、まさに上昇気流を作り出す。

☆ダンデリオンツイッター 「令和」は「霊和」より④ 「霊的存在への昇華」と「ベクトルの外積」

2019年5月10日 諷虹宅-2です。

ダンデリオンツイッター記事の中の、特にこの部分に関してのやりとりになりました。「うらら迷路帖」の主人公「千矢」の名の由来から「ベクトル」ということが連想され、また天に昇華していく、という記事内容から、諷虹君が「ベクトルの外積」という概念を持ち出してきました。

ベクトルの内積は高校で習った方々も多いと思いますが、外積っていうのはたぶん習っていないと思います。簡単な例が、中学校の理科で「電流」「磁界」「受ける力」の関係を90度に直交する矢印で習ったと思いますが・・・あれです。

理科的な部分が苦手だったら、そこは読み飛ばしても結構ですが、そこから得た二人の仮説などは是非お読みください。

(ダンデリオンツイッター記事後半)
結論から言うと、やはり「霊和(れいわ)」なのです。

繰り返しますがこの序文は、大宰(だざいの)帥(そち)大伴旅人(おおとものたびと)の邸宅に集まって宴会を開いたときに梅の花に関する歌を詠みあった話、とされています。のどかでのんきな場面と思われるかもしれませんが、おそらくそうではありません。武将としての功績もあった大伴旅人は、その武威を警戒されて、大和(今の奈良県)から遠く隔たった筑前国(今の福岡県)の大宰府の長官として、老年に至るまで中央政界からは遠ざけられます。藤原氏を中心とした、物部氏や蘇我氏のグループによる陰謀です。こうしてその旅人を中心として形成されたサロンは、『老子』の影響も受けた反権力、反政府の気概に満ちたものだったのです。



命あるものの全てが、その生命の輝きを発揮し始めるのが春です。そしてどんなに厳寒の中に在っても、その春の気を真っ先に感じ取って花咲(はなひら)く霊木が、梅です。


梅の開花に呼応して、雲がこの世の自然界を覆い、そうした霊気の中で、旅人たちもこの世の秩序から逸脱して霊的な存在へと昇華してゆく。



一個の人間としてのちっぽけな輪郭が熔解して、宇宙そのものと共鳴一体となる。人間界の言葉を忘れ、この小さな身体を雲散霧消させようという境地は、確かに老子荘子の「道・徳」原理に通じると同時に、一切の権威・権力から自由であろうとする宣言でもあります。


虚空 この部分がさ、特にひっかかってて・・・自分のここ数十年の恨みとの関係もあるんだけど・・・ここから今日来る時の車の中で考えていたことがあって・・・で、着いたら「うらら迷路帖」のこの話で・・・・。あとは確率とかベクトルのこともね・・・


諷虹 いつもよりピンとはきていないんですけど・・・何でしょうね・・・一番しっくりくるのがかぐや姫の部分で、あんだけおいおいと泣いていたかぐや姫が薬を飲んだ瞬間に人間的な感情を失って・・・キュゥべえ的に言えば感情エネルギーが一気に解放されて別のものに置き換わったわけですよね。

そこでさっきの(科学雑誌 ベクトル特集記事の外積)内積って射影じゃないですか。自分達の、人間界の尺度におろして考える・・・下ろして観測する。虚軸の世界を無理やり実軸におろしている感じ。


で一方外積って、同じ平面上にある二つのベクトルから全く別方向にベクトルが生まれるわけですよね。この二つを実軸・・・実世界・・・とすると、それとは違う方向を向く。並行なベクトルの外積はゼロ。別方向を向いている方が新たなベクトルが生まれる。
(外積=二つのベクトルの両方に垂直なベクトル・・・簡単な例 フレミングの左手の法則)


虚空 そうするとさ、この垂直方向が霊界とか天界への矢印っていうことになる?
さっきの千矢の名前の由来から考えてみるのも面白そう。


諷虹 (フレミング)これも電場と磁場・・・場と場の積から力のベクトルが生まれてくる。
霊界とか霊和・・・これは和でなくて積ですけど・・・実軸方向のベクトルではないんだと思います。


虚空 ここから何を思いうかべたかっていうとね、まどマギの最終回。あのドロドロした状況の中でまどかの存在の相転移・・・円環の理として昇華された。

あの場面がね、何だかこの記事の内容とつながってさ。さらに言えば、あの呪われた気持ちで魔女化してしまったさやかだって、相転移・・・。歴史上すべての魔法少女の絶望が相転移したのも、まどかが「霊和」したから、っていうようなね。

で、ここに来て読んだうらら迷路帖でも、千矢が一番占という一般には見えないあの町の秘密のコアの嫁となる。そしてさ、両親が消えていく・・・消えていくけど、千矢は全く違う境地に達して、ある種の幸福感を得ている・・・そんなところがね。


諷虹 電磁波の模式図・・・右脳でとらえると面白いと思うんですが、二重螺旋構造にもみえるよな、って。電気と磁気が常に直交している。実軸と虚軸に近いですかね・・・直交しているものの内積はゼロなんですね。内積的に見ると磁気の世界には電気の世界は関知されていない、電気の世界には磁気が感知されていない・・・でも外積という見方では関係がみえてくる。
http://sekigin.jp/science/phys/gallery_phys/050301.jpg

外積についての簡単な解説サイト
https://mathwords.net/gaiseki




虚空 真逆のベクトル同士だと???


諷虹 内積はマイナスになると思うんですけど・・。(+1、0)と(-1、0)だから-1ですが・・・外積はゼロ。そうすると90度の時に最高値になって・・・90度違う・・・真逆というよりは、全然違う方向を向いている場合に最高値になる。


虚空 それこそさ、真逆だったら関連性は簡単なんだよね。

全く関係なさそうな二つの世界を結び付けることが「類化性能」ということからすれば、類化性能が発揮されることが異界への扉も開く。それこそ人知を超えた類化性能が「宇宙そのものとの共鳴一体となる」っていう感じかな


諷虹 今季アニメでいえば異世界カルテット・・・・「このすば」の軸と「オーバーロード・幼女戦記」の軸との関係が90度の関係なのかな、って。


虚空 まどマギだとどう思う?


諷虹 例えばマミさんとか杏子とかさやかの向いている方向と、ほむらの向いている方向って絶対違う方向ですよね。「魔女を狩る、狩らない」とか「人のため、自分の為」とかだったら真逆の関係ですけど、ほむらがみているのは「まどかのため」という別方向。加えて言うと、キュゥべえは「宇宙のため」と言うベクトルでみていたわけじゃないですか。10話11話では、まどかがそれぞれのベクトルを加味して判断した・・・これも立派な外積。

さっきの千矢もいろいろな可能性を観ての決断。


虚空 「あれかこれか」ではなくて「あれもこれも」っていうのは、単に二者択一じゃないんだよね。それ以外にも無限の方向・・・ベクトルが存在するっていう発想。


諷虹 ほとんど機能していませんが一応、国会もその仕組みになってますよね。本当はいろいろな立場の政党があった筈なのに、今は与党と真逆というばかりの存在に・・・・


虚空 だからさ、権力者とか、権威主義の人たちがすぐに持ち出して迫ってくる「イエスかノーか」っていう二者択一っていうのは危険だし、何も昇華していかない。何も生みださない。しかもさ、実軸に投影されるのが内積、っていうことで例えれば「マイナス」しか生みださない、っていうことだよね。


諷虹 この90度っていうのがね・・・「1」と「虚数単位 i 」の関係だって90度じゃないですか。慣用句でも180度考え方が違う、っていうのはありますが「90度考え方が違う」っていうのはないですよね。


虚空 この前も話題になった「愛情の反対は憎しみではなく無関心」


諷虹 愛情と憎しみと無関心のベクトルってどういう角度で混じわっているんでしょうね・・・。反対っていうからには真逆だからゼロなんでしょうけど
虚空 そのこととさ、さっきちょっと出てきたかぐや姫が地球の記憶を失うとか、人間の感情を失う、っていう関係もね。


ダンデリオンツイッター記事
同時に、これより後世の平安時代に成立した「竹取物語(かぐや姫の物語)」の元型がここにあったのだと思わされますこの梅の花三十二首のあと、関連する歌が挙げられますが、「故郷を思う歌」二首が、「雲に飛ぶ薬」をテーマにしています。この仙薬(霊薬)は、服用することで「雲に飛ぶ」だけでなく、變(お)若ちる、すなわち若返り不老長生するというのです。

「竹取物語」のラストシーン、かぐや姫が不老長寿の薬を天皇にプレゼントし、自分は月世界へと飛翔する仙薬を喫(の)んで、地球界でのことをすべて忘れてしまうという場面に、見事に受け継がれていたのだと気付かされました。反権力とは、既存の権力体制を否定することではなく、その権力体制を包摂する宇宙になること、すなわち「霊和」というダイナミズムなのでしょう。


諷虹 考えて観れば月に帰るっていうのは縦の移動じゃないですか。異国とか海の向こうとかだと平行移動だけど・・・


虚空 そこに不老不死とか記憶喪失になるとか・・・。


記憶だって、寿命だって現世での大きな価値観だけど・・・だから老後に認知症になるのかどうかをみんな問題にしている。でもうちのじいちゃんが入院した時の急速な認知症もそうだったけど、ボケるから現実の絶望感に押しつぶされないで済む、っていう側面は感じたからね。だからボケるっていうのはもしかしたら、摂理なのかもしれない、って。


ちいちゃんのかげおくりのクライマックスだってね・・・現実と別の意識世界になるという機能が人間のイマジネーションとして備わっているから、昇華モードになれた。


それがさ、円環の理になれたまどかの表情と妙につながるんだよね。


ほむら以外の記憶からはみんな消えてしまうし、円環の理として時空を越えた存在になる・・・形態は違うけど、不老不死の一種じゃない。



諷虹 あれはどうですかね・・・人類補完計画。ネルフは使徒の殲滅とかゼーレのシナリオとか、ゲンドウがユイを甦らせたいとかというように全然違う方向。シンジはシンジの方向性ですよね。それぞれ真逆とは違う向き。それぞれの思惑っていうやつですよね。
で、最終的にみんなLCLに還元される。


虚空 個人ラインの方なんだけどさ、ヒマワリフクロウさんがこんなコメントしていた。

ヒマワリ
近いだけの血の繋がりを親族と言うのは薄っぺらいもののようですね、ダンデリオンのお話にあった「コミュニケーション能力」みたいな薄っぺらさ。子育てや介護みたいに家族だからこそ辛いものは、血の繋がりのない他者の方がよっぽど素直になれたりするし。
それこそ他者が自然や宇宙にまで繋がって、共鳴が起きたり…みたいなことを今回のダンデリオンのお話そんな感じに捉えてます。
LCLのスープになる感じ。


諷虹 これは血のつながりがあると似たような方向になっちゃうとかで平行なベクトルの場合になるのかな・・・外積はゼロ



虚空 親族同士の骨肉の争いなんていうのは真逆の対立になる。これも平行は平行だからゼロ・・・お互いに自滅っていうことだね。



諷虹 「東京に出てミュージシャンになるんだ!」って父親の反対を押し切ってっていうのも、父親とは真逆のベクトルを目指そうと・・・対比を無理やり真逆の方、真逆の方って・・・


虚空 二者択一のままでの平行線では、それこそ話し合いは平行線で終わりました・・・だよね。


諷虹 フトね、さっき「君の名は。」のことを出したからなのかもしれないですが、前半の三葉のね、東京に憧れる様子と、村から出ない生活をというクラスメートとのやりとり・・・その後に瀧君の体での東京の生活になるわけじゃないですか。生活スタイルの違い。性別が180度違うってだけじゃなくて、村と都会も180度違う。


虚空 これって性別真逆っていう要素と、生活空間真逆っていう要素が同時にからむわけじゃない。こんな複数のベクトルのってないの?


諷虹 ベクトル三重積っていうのがありますね。結合法則が成り立たないっていうのは面白いですね。交換則も成り立たない。


「君の名は。」の場合は、単純に真逆というよりは「田舎育ちの女性」とか「都会育ちの男性」がそれぞれ肉体が入れ替わっていることから「女性らしい男性」「クラスの女子から憧れの目でみられるような男っぽい女性」っていうことで180度とは違いますよね。


虚空 そこが現実生活での妙だね。