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☆「英才児・ガルパン・麻雀漫画・論理」を通して「人間や教育全般を考える」

2019年 6月16日 諷虹・虚空のやりとりです。


まずは聖徳学園英才小学校の公開授業を参観しての虚空の感想から始まって、ガルパンで新たに劇場公開されたのを機にこれまでのガルパンを振り返って、人生とか教育とかとの接点をあれこれと語り合っています。



途中からは女の子たちが主人公の(パラレルワールドが舞台)麻雀漫画のことやスラムダンクの話も大幅に取り入れながら「論理」と「感情・構え」などの関係も考察しています。



諷虹君は深夜の初回上映で観てきたのですが、虚空がまだのため、具体的な話にはこの段階では踏み込んでいません。


*聖徳の昨日のこと  落書きを注意することなく笑って通過
諷虹 最終的に信じていたら言わないですよね。
のんのんびよりでもそうですよね。夏海と小鞠で大人の対応が違う。
最終的には絵を描いていようがちゃんと戻ってくると信じているからだと思うんですよね。


虚空 放課後に授業をされた教務主任の先生と結構長時間立ち話ができたんだけど・・・いろんな発言をそのまま受け止めて、その中から浮き彫りにしていっているのが、本当にいいなって、伝えたんだよね。

そうしたら、正確な言い回しは覚えていないんだけど「人間として向き合っている」っていうような言い方をされた。

諷虹 昭和の子育てと今の子育てにもそういう部分もあるかなって。人生のレールをしくことを強要しない。なるようになる・・・どっしりした構えの人が多かったのかなって。
でも今はいかに先の道まで敷いておくかってなっちゃってんのかな、って。


虚空 もちろんレールをガチッとっていう親はいたよ。でもそういうお母さんは「教育ママ」とか、もっとひどいのになると「教育ママゴン」なんていわれていた。

優等生も「点取り虫」とかね。どっかそういうのは本来の人間性とは離れているような直感が働いたと思う。

諷虹 江戸庶民とかにそういうのってあったと思うんですよ。字は読めない、でも仕事はできる。

虚空 ちょうど昨日の中3に余談として言ったんだけど、江戸の文化の主役は庶民だった、っていうのがポイントだって。そしてね、有名大学とかそんなのがなくても、すごい人材が沢山育った。割合で考えるとすごいことだよ。今の高学歴な人間から、どれだけすごい創造力をもった人とかが生まれている?


諷虹 それこそスマホとかですぐに調べられる・・・ただ、何年に何が起きたのかとか言葉の意味とか一瞬で調べられるわけじゃないですか。
それが「一億総全員が調べられる」状態になっているけど、世の中どうなっているかというと、そんなすごくはなっていない。
だから知識を機械的にデータを持っていても、それを並べた時に何がみえてくるのか・・・類化性能じゃないですけど・・・


虚空 構造がみえる・・・それがやがて抽象化・一般化・普遍化っていう方向へ。


諷虹 月並みな言い方だと知識を活用していく。
どっかの国では計算は電卓でOKらしいんですけど、大事にしているのは活用のしかた


虚空 それは昔、特殊教育の免許をとるための講義でも話題になっていた。計算力を無理に訓練するのはしない、電卓を使わせる。でも大事なのは、今が何算になるのかがわかること。これは何も特殊教育ばかりじゃないよね。

算数が苦手な子には「せめて計算力」っていって計算練習ばかりさせるのが教育界の常識だったけど、自分はあれには異論があった。

文章題が「応用」だからやらなくていい・・・そんなアホなことあるか、って。

それこそ生活の中での算数・算術だったら、式を思いうかべられなかったら、計算力だけあっても計算できないよ。仮に電卓を使わせようとしてもキーをどう打てばいいのか分からなくては駄目なのと同じ


諷虹 ガルパンの西住流とかいっても、みほのなかでは、他にもいろいろあるし、大洗の素人集団を上手に使う。

大洗の試合を各校の隊長が観に来るというのも、ここに負けたからじゃなくて、西住みほのそういった自由自在な姿、新しい戦い方を創造していくのを学びにきているんじゃないかって。
あれだけ格言を貯蔵している・・・古きを学ぶタイプのダー様が一番熱心に通っている・・・新しきをっていうのも心がけている。

外伝作品ですけど、野試合の闘いで一番ノリノリなのがダー様。紅茶仮面なんて素性を隠してまで出ている。
虚空 やっぱりそうした二律背反・・・「どちらか」ではなくて「どちらも」。
それは「いいとこどり」というようなご都合主義とは全く次元が違う。

相反するものと、その両極の間にある、無限のものをすべて包み込んで一つの世界を構築していくっていう構え。
それが「守破離」の神髄とも連なるかな????
聖徳の数学もそうだけど、いろんな発言をとことん出し尽くしてもらっている。期待するような発言が出た時に過剰な褒め方とかしないで・・・やっぱりそういう教師の反応って子ども達はよく見ているから、何を言ってもいいんだと子ども達に信じてもらう関係はなかなか大変だけどね。
でも、一見無駄にみえてもそういう段階をたっぷり行うから、狙った事だけではなくて、そこから外れて考えるだけの自由自在も同時に獲得できるんじゃないのかな。
ガルパンでいえばさ、プラウダ戦でみほが立てていた作戦に反することでみんなノリノリだった。それをみほは受け入れたじゃない。それも「そんなことをしたらきっとダメになるから好きにやって思い知ればいい」っていうようなのではなくてさ。自分の判断が違っているかもしれない、・・・さっきのことでいえば、みんなを信じているからの発想。
諷虹 機械じゃなくて人間だから急に判断をかえるとリスクが増える、っていうことを言っています。多分10.5話だったかな???
⇒「人間は機械じゃないから、簡単にスイッチを入れたり切ったりはできないの。みんなの士気を下げたくなかった」
(罠にかかってみんな意気消沈・・・士気を失う・・・あんこう踊りで回復)
虚空 そんな風にストーリーを組み立てるんだから、水島監督って教育者の素養がバッチリだよね。とんかつ屋の常磐さんも教育者・・・名校長になれるタイプ。
(10.5話を観ながら)
虚空 「ありさ」が自分の学校より大洗が格下だということにこだわって混乱を余計に増長させていたよね。感情やイメージで切り捨てられるものは自由にオンオフできるかどうかだよね。
*生徒会室 コタツの鍋
諷虹 これで距離感が変りましたよね。
虚空 「包み込む」「囲む」・・・日本文化の神髄の一つだよね。
美味しんぼでもあったけどさ、外国人が「どんぶり文化」と「海苔巻き文化」の論争をする回があったけど・・・どちらも片っ端から取り込んでいく点では同じ
諷虹 「昔の母校」っていうこのセリフ・・・この間からの「母校」の話・・・なのはA’sのフェイトじゃないですが「過去との決別」。
*決勝前のみほのメンバーへの語り
「明日対戦する黒森峰女学園は私がいた学校です。でも今はこの大洗女子学園が私の大切な母校です。だから私も一生懸命に落ち着いて冷静に頑張りますので、みなさん、頑張りましょう」
虚空 「ここが母校」っていうのを「だから」と受けて「おちついて冷静に」っていう言葉に流れているっていうのも、面白いね。地に足がついた意識になれるから「おちつける」ともいえるから。
実際に「おうち意識が薄い」なんていうと精神的に不安定になったり、真の力を発揮できないよ。意識のベースが崩れているから。 
あとはさ、ソルティさんからのことで出てきた「ふるさと」をどうつかまえるかとも関わるね。
一度きちんと決別する・・・でもそれは「捨てる」とは違うわけだよね。意識世界の中ではつながっている。でも現実世界で「いつでも逃げ場所」と自分で思ってしまっていると、本物の力が出ないこともあるからね。「背水の陣」に成り切れるかどうか。
ふるさとの人たちが「いつでも帰っておいで。」って言ってくれるのは大事。でも本人がそればかりを言っていたら、それは必要以上の甘えになってしまう。
これが難しいバランスだよね。
*決勝の直前 ダージリンがみほに
ダー「あなたは不思議な人ね。闘った相手みんなと仲良くなるなんて。」
みほ「それはみなさんが素敵なひと達だから」
ダー「あなたにイギリスのことわざを贈るは。 四本足の馬でさえつまづく 強さも勝利も永遠じゃないわ。」

*黒森峰のエリカのみほをバカにしたセリフ「弱小校だとあなたでも隊長になれるのね」
を改めて考える。
⇒ もしみほが黒森峰に居続けたら、現在エリカは副隊長になれなかったであろう。
みほを批判してばかりいるが、それは危機感の表れとも考えられる。
結果を出せなかったら、自分が副隊長として格がないことになってしまう?
あるサイトでエリカとみほの関係を独断と偏見で(?)解説しているサイト
(この人の意見は みほのキャラからすると不自然な考察もある)
https://ch.nicovideo.jp/hito_hoshi_gomi/blomaga/ar163008
*戦車に手をあてて「がんばろうね」
物としてではなく仲間・パートナーとしての見方
試合後の傷だらけのアンコウへの眼差し


諷虹 黒森峰の小梅・・・みほが助けた子ですけど・・・とのやりとりで、みほが長い間ずっと心の中でひっかかっていたことが解消されるわけですよね。
秋山とのやりとりもあって。
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小梅「あの時はありがとう。あのあとみほさんがいなくなってずっと気になっていたんです。・・・でもみほさんが戦車道をやめないで良かった」
みほ「私はやめないよ」
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秋山 西住殿、良かったですね。仲間を助けた西住殿の行動は間違ってなかったんですよ。
みほ 今でも本当に正しかったかどうかは分からないけど、でもあの時私は助けたかったの。チームメイトを。だから、それでいいんだよね(開放的笑顔)
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諷虹 よくガルパンで戦車の上でみんなで食べるシーンがありますが、これも雌雄同体じゃないですが、戦車がレジャーシートの上みたいな・・・外でありながら内である「縁側」のような領域。
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サンダースへの初勝利のあとのやりとり
秋山 勝ったじゃないですか
みほ 勝ったというより、何とか勝てたという感じだけど
秋山 でも勝利は勝利です。
みほ そう・・・だよね。勝たないと意味がないんだよね・・・
秋山 そうですか?楽しかったじゃないですか。サンダース付属との試合も、聖グロリア―ナとの試合も、練習も戦車の整備も練習帰りの寄り道も・・・みーんな!
沙織 うんうん。最初は狭くてお尻痛くって大変だったけど、なんか戦車に乗るの楽しくなった。
みほ そういえば、私も楽しいって思った。前はずっと勝たなきゃって思ってばっかりだったのに。だから負けた時に戦車から逃げたくなって・・・。
秋山 私、あの試合、テレビで観ていました。西住殿は戦列を離れて助けに向かったんですよね。
みほ でも、私の戦車はフラッグ車だったからそのせいで撃たれて負けて10連覇できなかった
秋山 私は西住殿の判断は間違っていなかったと思います。前にも言いましたけど、助けにきてもらった選手の人たちは西住殿に感謝していると思いますよ。
みほ 秋山さん、ありがとう。
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諷虹 この時はまだ完全には晴れていないんですね。
小梅さんに言われてはじめてそれが確認できて・・・・

虚空 あとさ・・・今日、ブックオフで シノハユ の1巻を立ち読みしたんだけど・・・
勝負ごとに「好き」という感情はいらないとか邪魔みたいに言い張るキャラが出てるじゃない。

諷虹 2巻はその好きはいらないって言っていた子の視点なんですよ。その背景が描かれている。

虚空 昨日の聖徳で先生たちと語り合ったことにもつながるんだけど、聖徳の子って基本的に勉強を楽しんでいる、面白がっている。でも世間的にはそういった態度・・・楽しく勉強しているのは真剣みが足りないとか、そういう見方もたくさんあるじゃない。

進学塾なんかでなんてそうだよね。間違った時には真剣に悔しがれとか。

2年を担任した時に、体育会系の学年主任に学年体育のあと、叱られたことがあるんだけどさ・・・うちのクラスの子で、ドッヂボールで当てられたあと「当たっちゃった」って笑ていた子がいて・・・もっと当てられて悔しいとか、そういう気持ちを持たせないとダメだ、とかね。
でも、自分はそういう感情を否定はしないし、時には大事だとは思うけど、強制的に受け付けるもんんじゃないと思っていてさ。

まず楽しいとか・・・それはヘラヘラという軽いノリの楽しさばかりじゃないわけだろ。

真剣にやって高度なことを乗り越えての楽しさ・・・ライバルに打ち勝ったとか・・・そういう充実感だって「楽しさ」のうちだよ。

野球とかで優勝したときのビールかけとかだってそうだろ。

そういう意識が土台にあった上で、どこかの段階で初めて「悔しさ」を感じた・・・その時でいいんだと思うんだよね。自分がそう思ったらで。

それを何でも先走って大人が対応する術を仕込もうとするから、かえって何も分からなくなる。

シノハユ2巻冒頭
「石飛閑無 小学3年生 基本無敵  自分を妨げるものがこの世にはある なんて考えたこともなく 甘やかされて知識もなくて なんとなくぬるま湯の中にいた・・・」

虚空 この冒頭さ・・・ずっと議論になっている「分母分子の転換とイマジネーションの関係」ともつながってくるって思っちゃった。

上原先生が、本当に口をすっぱくして中学年には論理の訓練をしろ、感情やイメージと言葉が切り離された世界があることを理解させるように、って。

難波先生の学会発表もこれと密接な内容だった。特に小学校のあと・・・中学生や高校生もふまえての視野からの内容だったから。
*コミック2巻をみながら

このキャラの名前もすごいよね。「閑が無い」・・・「石が飛ぶ」・・・別に石を投げるという方じゃないよね。飛び石連休の方のだよね???

その子が「いつの世も革命ってのは私みたいのが起こすんだ。」って主張しているよね。上原流にいえばトランスフォーメーション・・・意識や時空の転換。

でもすぐあとに、何でもみんなより出来て無敵な場面が続いて「なんだろ、最近なんか食い足りないような感じだ」ってぼやいているよね。
・・・で、麻雀に出合うわけか・・・。

*「煩雑でわかりにくいルール。意味不明な要素満載。・・・クソゲーっぽいけど、退屈しのぎにはなるか」
*一か月後の4年生になって、大会で同じ学年の子に負けてくやしがる
「自分は最適手を選択していたはず、。それなのにあの結果。最悪だ。最悪のゲーム。でも、このままずっと運のせいにしていたら、本当に負けたことになる気がする。」

諷虹 将棋だったら勝てるんですけどね、最適手ばかり選べれば。
*「つまり!!私はまだ完全に負けたわけじゃねェ!」
虚空 ここさ、気持ちを立て直すのに一種の「論理性」を持ち込んでいるよね。理詰めで自分を納得させている。これ理屈に合わなかったら・・・何の根拠もないと自分で分かっているような強気の発言だけだったら、口でいいつつも内心は余計に落ち込んでしまうのかもね。

そこが4年生っていえば4年生らしく描かれているといえるかな。
*「人間相手にもっと練習する必要がある…か!!」

虚空 理屈で納得したあと、これも話の筋道で今後の対策はどうあるべきかを組み立てて動き出すわけだよね。難波先生がよくいう「論理思考の裏づけ」との接点を感じる。

根っこを育てる国語教育 -第三項理論と児言態理論- 難波博孝(広島大学)
⇒「論理と読み手」に関する質問に対して

難波 児言態の理論にのっとって、論理も感情もイマジネーションの上にのってかっているものだと考えています。私もそれに従っています。

従って論理によって人の発達を促すことは出来ると考えています。その場合の論理はイマジネーションの裏打ちがあっての論理だというところがポイントだと思っているので、その論理自体が如何なる人でも無意識のイマジネーションとつながっている形で表現されていると考えます。

例えば高等学校でいえば評論文が、筆者のイマジネーションが無意識が論理という形でかなり強く現れていると思います。従って筆者の論理であるという事は間違いなく筆者のイマジネーションと出会うことではないかなと、今考えたんで・・・今考えたんで・・・すごく私はいまの質問によって研究が進むように感じました。ありがとうございました。
 
*続きの場面、自分のトラウマが刺激されるような周囲の言葉でいちいち感情がゆさぶられている描写が続く。

先の学会やりとりのちょうど続き
⇒「ゆさぶり体験」ということに関する質問に対して
難波 まず前提としてはここでは小学校高学年になっているということを注意して頂きたいと思います。その上で今おっしゃったように自分の中で「そう読んでしまう読み」を転換させていくようなゆさぶりが大事だと考えます。先ほどの発表ともつながると思うんですが、やっぱり登場人物で読んでしまうのに対して作者から観るという視点が大事です。

大事なのは作者や語り手として読んでいったときに、読者という学習者がイマジネーションを発動していけるようなゆさぶりになっていかなければならない。作者・読者ということをただ教えていくような授業ではダメだということだと思います。

これは先生の御専門の説明文である場合でも、筆者の事を教えて筆者が分かるというのではなかったと思うんですね。筆者というものを新たに想定していくことによって今まで見えなかったものがみえる。それは自分の浅い確認から深いところからのイマジネーションが沸き上がるのかなという気がしています。
*閑無 私は麻雀が大嫌いだ!でもあいつに勝ちたいから付き合ってほしい。
補足1巻「知ってる?一流のアスリートにはその競技が好きじゃない者も多い。好きかどうかよりまず負けず嫌いなんだ、私もね」
諷虹 身長でかいからバスケとかもありますからね。

虚空 以前プロ野球のある選手が「好きな野球を毎日やれていいですね」って言われて「仕事でやる野球は楽しくない」って答えていたよ。

諷虹 イチローも似たようなことは言っていましたね。これからは草野球をやってみたいようなことに関わっていきたいって。
この漫画の面白いところはキャラの視点をかえて同じ事を描きながら話がすすんでいくんですよね。

虚空 同じ出来事でも認識の主体が変れば世界が違う、っていうのを具体的にみせている、っていうことだよね。「自分が思っている当たり前」とか「真実」は、今のあなたが認識してとらえているその位置づけでできている世界なんだ、って。

だから違う人間には当然違う世界になるし・・・また同じ人間であっても意識の軸が変化すれば「過去」だって変わる。

昨日もそんな話が出たんだけどね。「過去は変えられないけど」なんていう言葉が全体会で紹介されていてさ・・・
*一時的に閑無さんがトップになった時の内言
「順位を見ろ!今、私がトップ!去年のはナシだ!!」
諷虹 去年の10月の50周年の時・・・第三項理論の須貝先生が、ヒマワリフクロウさん懇親会で話していた時に、「過去はかえられないから」って言ったのに対して、須貝先生が「いや、過去は変えられますよ」って言ったんですよ。

「どんなにひどい過去でもそのあとに成功してしまえば、そんな過去も良いものになる。だから過去は変えられるんですよ」って。


虚空 まさに昨日そんな話も飛び出したんだよ。


諷虹 さっきの「今この瞬間」っていうのと「論理性」ってことで・・・スラムダンクでありましたよね。

試合の最初の2点を桜木花道が入れた時に「今湘北の全得点をこの桜木が!(今のところ)」っていって気持ちを盛り上げている場面が。

虚空 まあ、嘘ではないよね。

諷虹 論理的に「正しい」からこそ、自分への理由付けとして

虚空 その正当性がお墨付きになる、っていうことだよね。
そりゃ普通に考えれば何十点も入れていて、それが自分一人で叩きだしたというならいざ知らず、試合開始直後の一回のシュートだけで何を言うんだ、ってことなんだけど・・・でも、論理的に誤りはない。

高学年以降、ましてや中学生や高校生で論理や知性に目覚めている子ほど、理屈に合わないことは受け入れないことがあるよね。単なる精神論とか気分の言葉を「軽蔑する」姿勢。

夢の世界の発言を「幼稚っぽい」「もう自分はそんな子供じゃないんだ」って排除、拒絶する意識。

聖徳の子はどっちも共存していくのが自然体なんだろうけど、普通はそういう段階の子にそのまま「余計なことを考えずに昔みたいにイメージして」っていっても、なかなか「ハイそうですか」とはならないよ。時に生真面目な子なんてさ。

もう一つは、さっきも出ていた、一旦現実思考になった後の境地は別次元になるという問題。想定外というか・・・人知を超えた・・・奥底から思いがけずに湧き上がってくるいイマジネーションの世界。これをひっぱり出すのは自然に思い浮かぶように、というだけではなかなか出てこないから。


諷虹 先ず一勝した時に「先ず一勝」と思うのか「今のところ全勝」と思うのかですよね。事実は変わらないにしても、人に勘違いさせると同時に、自分自身も騙せるというかな・・・。自分自身をだます、ホラにも似てますが、嘘じゃないところが強い。ホラに残ってしまっているマイナスもなくなっている。


虚空 論理が使える子・・・大人でもそうだけど、常識とか思い込みをオフにして、あらゆる想定をパッと場合分けしてしまうことができる。そうすると想定外の回避の道が「あるじゃない」って気づける。


論理性とはちょっと違うけど、咲でもあったよね。構えが変ったら、今この瞬間に自分の前に並んでいた牌の配列が全く違ってみえてきた・・・悪い並びにしかみえていなかったのが、そうでもない見え方になった、って。
麻雀に限らず「悟りを開く」ってこれだよね。

さっきの過去が変るっていう問題でもね・・・・昨日聖徳の数学の先生と話していた時に「児言態でありながら小学校の国語」が封印されて「中学生や高校生に数学や理科ばっかりを教える20年あまりだった」って。でも逆にいえば、本気で理数と感情・イメージとかの人間性の問題を直結させて考える発想がでてきた、って。

国語嫌いの子に理数の話題ばっかりで授業をして、結果として国語の得点力が上がったり、人間感情の問題を解決できた例も話したんだけど・・・

そういう実際の姿をみせてくれた人たちによって、過去の自分が変化できている、っていうのは感じられた。


諷虹 シノハユの続きで口では否定的な言い方をしていても、表情が変わってくるんですよね。


虚空 まだ読んでないから何ともいえないけど、それも新たな経験とか出会いによって、意識や構えが変化して・・・それによって過去も含めての意識世界が変化した、っていうことだよね。

何度もいうけどさ、そりゃ普通に生活を送って行っても、突破口を見出せることは普通にありうるよ。

でもね、結果として同じ打開策をとってもね、自分の中から沢山想定できた中で選んだのと、一つしか浮かばなかったのが、たまたま上手くいったというのは違うじゃない。
それは決まりきった問題しか出題されない中間や期末で高得点できる子と、何がどんな形ででるか分からないテストでも得点できる子との違いだよ。

人生そのものでいえば、常に正解と思えるような助言をしてくれる存在に頼り切りになって、失敗なく生きて行こうというのと、失敗をしながら知恵を会得していく・・・修理固成をして生きて行っているか、の違いでもある。

咲でも特殊能力に頼り過ぎて勝ち進んでいる子が案外何かのきっかけでそれがうまく機能しなくなると脆く崩れてしまう場面が結構あるじゃない。あのメガネの・・・

諷虹 染谷まこですね

虚空 ど素人にあっけなく負けてしまう。それは自分の特殊能力が活かせない相手だったから。でもこの前もいったけど、そんな能力使わないで、普通の人間として麻雀していればきっとあっさり勝ったかもしれないわけだろ。ビギナーズラックがあったにしても。

だからさ、郡司先生が指摘していた江戸庶民の発想・・・同時に複数のことをみて進めていける・・・自分はそれを「多次元構造の同時進行」って名付けているけど、そうした「重ね合わせ」だよね。量子論的な「相補性の原理」。
成果主義とか、失敗をしないように、とかを気にし過ぎたら、そんな多角的な視点とか意識は育たない。

昨日たまたま聖徳の子が休み時間に廊下を走り回っていることについての話題も出たんだけど、聖徳の先生たちって特に注意とかもしてなかったじゃない、一昨年参観した時だって。でも聞いたら特におおきな怪我はないんだって。

だから「もしかすると、走り回りながらも周囲の状況を多元的にパッとつかめているからかもしれないですね。それも英才児としてのいい訓練になっているのかもしれませんね」って言ったんだけど・・・それは量子論のことで2個のボールを使ったドッヂボールの話から湧いて出てきた言葉だった。

今の普通の子たちに学校の廊下を走っていいよ、なんていったら衝突事故が多発して大怪我するだろうね。全く周りが見えていない状態で突っ走るから。

車の運伝でもF1レーサーと違って一般人が運転してレースに出たら自分も他人も巻き込む大事故をあっというまに起こしてしまうのと似ているんじゃない?

だから適度の失敗とか怪我とかの体験を小さい時から積み重ねておくのは大事だよね。
人間関係のトラブルとか喧嘩もね。

それをとめすぎる、相手の親をすぐに訴える、学校の指導力不足として攻撃する・・・そんなことをやり続けていたら、全くダメな人間しか育たないよね。
西住みほみたいな生き方ができなければ、これからますます多様化して予測不可能な世の中には対応していけない。
今の自分がとんでもない転倒をしても致命傷にならないでとりあえず生きているのも、小さい頃から転んだりはいっぱいしてきたからかね・・・。
(補足 その時、難波先生からある女子高の話も紹介された)
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☆ガルパン劇場公開 に関するラインやりとり (含む 劇場版 青春ブタ野郎)

2019年6月15日 土曜日以降のラインやりとり その②です。
劇場公開された「ガルパン」や「青春ブタ野郎」の話題も混じっていたので、ネタバレの関係もありこれまで未掲載でした。


このところ駿煌会でずっと話題にし続けている「量子論」や「おうち意識」は勿論、やはり自然に日本人古来の発想・・・「いさぎよさ」「卑怯」などの話にも発展します。


それからターミネーター2との関連からの考察とか・・・
2019.06.17 月曜日
22:15 虚空 諷虹君に続いて、やっと今日、ガルパンの新作を観てくることができました。
非常に充実した内容と演出。

23:10 ヒマワリ いいなー私もガルパン見たいー
2019.06.18 火曜日
06:45 虚空
上映時間が短いから特別料金の1200円ですが・・・・たっぷり通常のを観たような感覚になれます(笑)
テレビ放送当時からずっと気になっていたこともちょっぴり明かされていたし。
理屈抜きで楽しめますが、「思考・感情・用具言語」と「構え」のことについても興味深く描かれています。大きなテーマの一つとして。

17:42 ヒマワリ
気になってたとこ、どんなとこ!?
ちゃんと見てくるっ!
19:32 虚空
テレビシリーズのトーナメント表です。その中でひときわ目立つ(?)学校・・・
ちゃんと観ようと注意していなくても、バッチリ分かると思います(笑)
19:47 ヒマワリ
テレビシリーズのトーナメント表で目立つ高校…?
え、まったくピンと来ない…
もっ回テレビシリーズから見直すようか…?(ゴーン)
19:50 虚空
対戦相手を決めるくじ引き場面に出てたと思うけど・・・画面から読み取れるかな????
まあ、テレビシリーズを復習していなくても、バッチリ楽しめると思います。
2019.06.20 木曜日
18:44 虚空
それと余談ですが、現在同じ映画館で「青春ブタ野郎・・・」も公開されています。
テレビシリーズをみていたので、昨日、気軽が気持ちで観たのですが・・・途中、かなり重たい展開で・・・。

思春期症候群ということで、青年期の複雑な心理が、不可思議なことを引き起こすというアニメだったのですが、今回のは時空がそれこそ錯綜していく中で、運命をかえるためにもがくお話。
殺人の出てこない「ひぐらし」や「まどマギ」みたいな感じ?

テレビシリーズをみていないと各キャラの背景が分からないので観ることはお勧めしませんが、別の言い方をすると、あの小学校の校訓を地で行くような偉大な馬鹿たちの物語です。
22:17 ヒマワリ
ガルパンおもしろすぎたー!!! と、まずは叫ばせてください。
22:27 ヒマワリ
青春ブタ野郎、気になる木。
時空の錯綜から運命を変えるためにもがく点は、君の名はリンクしますね。
偉大な馬鹿って褒め言葉だよね笑
ちょっとアニメ動画あるか探してみます。

22:39 コバルト
ガルパン見終わって・・・ツッコミ所が多いですが、一つ感想をあげると、BC学園の隊長の格好良い負け方に感銘を受けました。
その表れとして浮かび上がってきたのが「皆それぞれ得た戦車道としての心得を獲得していること」だと思います。
撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心 それが西住流―――西住しほ
22:59 虚空
ブタ野郎で駿煌会として最も大事なことを書き忘れていました。
あの「思春期症候群」というキーワードのベースにあるのが「量子論」です。
実際にテレビシリーズのアニメ内でも「量子論」を通しての考察のやりとりが何度も飛び交います。

「とある科学の超電磁砲」でもパーソナルリアリティとして量子論の発想が超能力の科学的な原理(根拠)として登場しますが、青ブタは思春期の若者の心の問題を真正面から量子論と結び付けて描いています。

テレビシリーズを観ていなくても、ある程度核心部分は分かるような描き方(それこそ「君の名は」と通じるような部分もあるので)ですが、いろいろな登場人物の背景をテレビシリーズで観てからの方がより伝わる映画です。

6月21日
18:50 コバルト ガルパンを観て現代での道理の獲得がどれ程難しくなってしまっているのかを感じさせられました。
心得の事ですから、心を置いてけぼりされた頭で覚えるようなものではないんですね。
あくまでも肝に銘ずる事なんですね。追い込まれた状況だったり、浮き足立った時にこそモノを言うんです。
23:20 ヒマワリ 
ぅおんのれ?敵は大洗じゃない身内だー!は笑いました(ぎゃはは)
ボカージュはマリー様たちの裏庭的存在であったわけですが、結果ここで勝負がついたわけで、これこそノブが言ってた地球と月?あのどっちがどっちに引っ張られるってゆうとこに通じるなーと。
ひっくり返っちゃう、逆転ってゆう。
上辺だけではやはりボロが出てしまうんでしょうね。
人間関係においてやはり信頼は大事です。
もうあのいやいやこちらこそ馬鹿だのアホだの言ってすまなかった、いやいやいやこちらこそドジだのマヌケだの言ってすまなかったの時点からもうこいつら仲悪いやんての分かってましたけど笑
ほんとガルパンおもしかったなー私ほんとニヤニヤ笑いながらガルパン楽しく見てました(moon amused)

23:25 虚空
あの謝罪しあっているようで謝罪になっていない場面は意味深で笑えましたね。
いつもながら密度の濃さが半端じゃない・・・今夜語り合っていても、様々な観点が次々と湧き上がってきました。
やっぱり違う者同士の語り合いって大事ですね!
裏庭的な場所・・・慣れたところ・・・得意分野・・・知っているという自負のあることがら・・・・・総じて、そういったところにこそ隙が生じるんですね。
それこそ苦手なこと、詳しくない事、専門外のこと・・・それに諦めたり最初から拒絶することなく今の自分のせい一杯で向かい合えれば、新たな風を一番吹かせる可能性がある・・・・そんなことも今夜のやりとりの中にはありました。

「地球たる自分が主導権を握っているんだ」という意識はやっかいなものですね。
教育の世界でも職場の世界でも・・・・あらゆる人間関係の中で、これが「謙虚」に受け止められるかどうか・・・。
よく言われる「実ほどこうべを垂れる稲穂かな」の境地ですね

6月22日
10:16 コバルト 行いの最終決断は知識ではなく心そのものであると言うことです。
というのも極度の緊張状態にある場合に正常な判断が出来なくなるからです。
どうしても勝たなくてはいけないという、プレッシャーを受けすぎてズルしてでも勝とうとしてしまえば、第三者から見れば不様にしか見えないんです。

 心得=心構え
もっというと知識がズルを導いてしまうんですね。
 道理を突き詰めたモノが極道なんですかね。
引用です。
極道(ごくどう)とは、本来仏教用語で仏法の道を極めた者という意味であり、高僧に対し極道者(ごくどうしゃ)と称し肯定的な意味を指すものである[要出典]。しかし、江戸時代より侠客(弱いものを助け、強い者を挫く)を極めた人物を称える時に『極道者』と称した事から、博徒(ばくちで生計を立てる者)までも極道と称する様になった。そのため、本来の意味を外れ道楽を尽くしている者、ならず者や暴力団員と同義語で使われる逆の意味で使用される事が多くなった。

12:13 ヒマワリ
マリー様が最後に食べたケーキは、なんてゆうケーキだったんだろうね。
コバルトさんがマリー様の最後の散り際が印象的だったと言ってました。
BC自由学園目線で戦いが描かれて、最後ザァッ!とサメさんチームが出てきたときは息が止まりました!
振り返ったときに、「勝負あった…」という一瞬の静寂。
そこでフサッとケーキを取って、パクッと食べましたよね。

あのときも真ん中(1番あのケーキで美味しいところを食べた?)を取った=負けを受け入れた・覚悟した みたいな感じをしました。
12:14 ヒマワリ
あえてまだガルパン談義フォルダを見ずに私の感想を述べたいと思います。にやにや。
一瞬でしたが、アンツィオの戦い方も本当アンツィオらしいと思いました。

自分らの何倍もでかい戦車にみんなでぶつかってくとこで、スイミーを思い出しました。
ミツバチがスズメバチをやっつけるときに、群れになって蒸し殺すんですって。
それに似てるーと思って。
あひる殿と福田ちゃんのもんじゃ(?)シーンが、今回の知波単学園の肝になりましたね。
駿煌会でもこういった考え、いや駿煌会に限ったことじゃないけど大事なこと、あひる殿言ってくれてました。
それをキャッチする構えが福田ちゃんにはありました。

そしてそれを仲間に伝える良い波も福田ちゃんは持っていたし、またそれを受け入れる構えも知波単の皆んなは持っていましたね。

足踏み突撃ー!さよなら突撃ー!笑いました。
もちろん面白いとゆう笑いも含め、なんてゆーんでしょ、共鳴の笑いって感じ?笑
大洗チームが待機していた池のウシガエルの声がまあ私ら聞き慣れすぎててウケました。
のんのんびよりかよ笑

13:08 ヒマワリ
知波単学園が落ちた穴、あれも子宮イメージですよね。
あの場面で西隊長は初めて「撤退」を命じた。
突撃を美学として生きてきた彼女らに取ってとても勇気ある選択だったと思います。
西隊長は、大切なものほど捨てる・塔をぶっ壊すことができたんだなぁと。
残された道が開かれ、生まれ変わったところが描かれているなぁと思いました。
これ知波単こんなになってまって大洗負けてまうんじゃないかと心配になりますわい。

あとあの三日月。
なかなか普段描かれない角度の三日月でしたよね。
お皿みたいな形。気になる木。

 知波単の歌も、歌詞をよく知りたいなと思いました。
明るく歌ってましたが、なんか切ない意味がある気がするような…

 ヒマワリ 感想、以上であります!


13:16 ヒマワリ
あ、風紀委員のソドコがガングロになったとこも笑いました



13:53 虚空 もちろん同様なやりとりも諷虹君との間でありましたが、それとも違う切り口の感想もあって・・・大変面白く読ませてもらっています。
何か違った体験をすると、さらに新たな追加が浮かんできたりすることもあるので、そういった時には忘れないうちにここに書きこんでくださいな。


13:57 虚空
「極道」のように、漢字から本来の意味をたどっていくと現在とは全く違う意味になっているというのはたくさんありますね。
もちろん言葉は生きているわけだから、そうした変化はいいんだけど、時々本来の意味を振り返るのも大事なことだと感じました。


 本来の意味からいえば大洗も知波単もBCも・・・・・戦車道という道をばく進中・・・・それは「極道」を突き進んでいるというわけですよね。

14:08 虚空
ゆうべの諷虹君とのやりとり記録ですが、虚空体調の関係でいつもより話されたことを記録しきれていません。
ヒマワリフクロウさんの感想を読んでいて思い出したのですが、マリーさんが最後にお菓子を食べたことに関しても諷虹君が
諷虹「これまでの戦車戦の中で、もっとも潔い態度だったんじゃないか」
というような発言をしていたような・・・。

15:02 コバルト
マリーさんの派閥の垣根を越えた存在感はまさに極道(高貴なる者)ですよね。
見た感じエスカレーター式や途中入学者どちらからも一目置かれる存在だと感じました。
天皇みたいに象徴とされる存在である気がします。
天皇(皇族)だって極道といえば極道とも言えるのかも。
極道について吟味します。


15:05 虚空 
「極道」のさらなる考察、よろしくです!
(ある程度まとまったら、これも駿煌会辞典の方に載せましょう)


2019.06.23 日曜日
07:24 虚空 
ひぐらし・君の名は・とある科学の超電磁砲・青春ブタ野郎シリーズ 等々、量子論の発想が活かされているアニメの考察には欠かせない内容です。

今個人的に注目しているのは「量子もつれ」という言葉。

現在公開中の青春ブタ野郎劇場版や、ひぐらし、君の名は をより深めるためのキーワードだと感じています。
(実際に青ブタの映画では 量子もつれ に関するセリフが飛び交いますから)
 量子論の専門的なことは別にして、むしろ専門的なことなど知らないからこその、自由な発想で浮かんだこと等々をどんどん聞かせてくださいね


12:56 コバルト
極道とターミネーター2
シュワちゃん演じるT800が未来の指導者を暗殺者から守る為に未来からやって、守りきった後に未来でサイボーグをまた造られる事を阻止するためにサイボーグである自分も溶解炉で消滅を選ぶという点では、マリーさんチームの試合の印象に似ていると感じました。
またマリーさんの敗北直前の表情もサイボーグ的とも言えるのかも。

ターミネーターもまさに鉄の掟(ボディー?戦車も)、そして鋼の心。


18:23 虚空
量子論の根底は「相補性の原理」・・・・全く相反する性質を同時に兼ね備える・・・ということ。
ターミネーター2のEDあたりでのあの女性の語りで人類へ大して極めて皮肉めいた言葉がありますが・・・ターミネーターも人の心を学習できたのだから(というような)・・・「鋼のような心」と同時に「柔軟性に富んだ心」も持っていたといえるかもね。
ついでに言えば、敵の方は、心ではなくてボディの方が両極・・・硬い金属にも液体金属にも・・・という意味で破壊兵器としては非常に強いサイボーグ。
でも、最期はサイボーグであっても人間的な感情によるエネルギーに勝っていたT800に敗れた・・・ともいえるかな???



19:05 コバルト T800の破壊された後の再起動(復活)のシーンも機械に在るはずないとされものを感じさせますね。
また未来から来た最新型のマシンなのに西部開拓時代の古い銃というのは、まさに相補性の原理を感じさせますね。


19:32 虚空
あのあたりのシーンは日本人がみる以上の何かを感じ取ってアメリカ人はみているかもしれないですね。
アメリカ人の心意伝承としての「開拓者魂」は、国土そのものが「ふるさと」と感じる心とは対照的ですから。
理想の国を夢見てヨーロッパから渡ってきた人たちが切り開いていった(原住民の立場からすれば新住民に追いやられながら)できた国。
もちろん日本人だって古くはいくつかのルートで大陸から渡ってきた人々の混合だと言われていますが、そうなった時代からの住んでいる期間が圧倒的に長い。
そんな構図と、最初に赴任した学校の学区域対立が重なります。(旧住民と新住民)



19:34 虚空
ガルパンは、やっぱり「ふるさと」「おうち」感覚がベースにある物語。


青ブタは、思春期の時期特有の心の不安定さ(ゆらぎ)が、量子論の原理で時空に様々なゆがみなどを引き起こす(思春期症候群)のを、どうやって心身ともに安住できる生活を復活させられるのか・・・その時に「人間関係」が欠かせないということが描かれている物語。

*「量子もつれ」とユングの「シンクロニシティ」とかの関連もきちんと考えてみたいものです。
「青ブタ」とか「君の名は」とか「ひぐらし」を通して。
そしてアニメを突き抜けて、我々一般の生活にまで広げて行ったら・・・一体何が見えてくるかな?????

23:46 コバルト
T800がジョン・コナーを逃走しながら身を挺して護る姿は、マリーさんチームの皆がフラッグ車を守る為、身を挺して護る事が同義であると感じました。
要は単元設定がガルパンであって、極道が2次元ターミネーターが重なって3次元、重ねて見ることでお互いの共振、共鳴が興るんですね。
そこから定義が生まれてくるんです、まさに極道とかもそうでした。
重ね合わせて、モヤッとした霞から見えてきた事を拾うだけなんですよ。
2019.06.24 月曜日
01:07 虚空
学生時代の基礎自然科学の講義で、日本でいえば江戸時代の頃のニュートン力学の「絶対性」から、昭和初期の頃のアインシュタインの「相対性」、そして今や「量子論」の「相補性」が科学の最先端の発想だというのがあって、やけに意識にひっかかっています。

「いまだに社会的な常識の発想は、江戸時代の頃のニュートンの絶対性でとまっている」と。実際にそれから40年あまりたった今でも教科書はニュートン力学の発想を学ぶためのカリキュラム。
そして社会の常識は、発展どころか、ますます硬直化している。
古来から日本人は、量子論的な発想をあらゆる場面でしていたのにね・・・・
もやっとしたものを重ね合わせて物事をつかまえるなんて得意中の得意。
もやっとしていない、全く現象的には見えないものさえ重ね合わせて日常をつかまえることができたのに。
04:48 ソルティ ありゃりゃ お二人さん もう起きていらっしゃる?早いね。ガルバンは、映画の宣伝みさせていただいてヒマワリちゃんのコメント読んだだけです。???ですけど、皆さん楽しそうでよかった。

<感想>
長女が以前、動画を作っていたので、さぞや、この映画を作るのは大変だったろうな~と思った。
それから、その晩たまたま見た NHKの夜の番組の サバイバルのゲームのドキュメンタリーが思い浮かんだ。
いい大人たちが、BB弾を使ってチームに分かれて戦うんだけど、実際の生活では、目立たない感じでくらしている人が、人格かわって戦っているのがとても印象的だった。違う自分を生きることで人生生き生きと生きられる。

遊びって大事だね。

闘い(ゲーム)が始まって、BB弾が当たると、「ヒット!」といって 戦線離脱するんだけど、その潔さがすごいな~と思った。まだ始まったばかりでもさっと身をひくところがね、ごまかしてもう少しやりたいな~なんてことはない。

学童じゃあ、適当にごまかしたり、嘘ついたり、自分が不正をしてでも勝ちたい!みたいな学年(こども)もいたりして、まあかわいい、ちゃあかわいいんだけど。


08:05 虚空
昭和の名残がある世代にとっては「卑怯」というのは自らを戒める大事なキーワード・・・それが「潔さ」にもなっていたと思います。

今はズルしてでも結果を出さないと意味がない、潔さなどというような損をする道を選ぶなんて、ただのバカというのが主流。
もちろん昭和世代にだってうちのあの親戚たちのようなズルや我が侭が上手な生き方という発想の人間はいましたが、そういう人たちを軽蔑する風潮は今よりずっとあったと思います。

今は、堂々と胸をはっていられるようになっていますが・・・・「実力主義」・・・私のような意見は「負け犬の遠吠え」くらいにしか思われないんでしょうね。


(大幅略)
もちろんそうしたことで気持ちをリフレッシュするのは当然のこととして、あとはやっぱりそれでいろんな考察を深めて、何かそれを世の中に還元していきたとは思っています。
私個人の娯楽で終わってしまうのではなくて、できることはささやかでも、それがバタフライエフェクトになっていくような形で。

☆「錯綜」「山・・・ダンデリオンツイッター記事から」その他いろいろ 

2019年6月15日 土曜日以降のラインやりとり その①です。

劇場公開されたガルパンの話題も混じっていたので、ネタバレの関係もありこれまで未掲載でした。

英才小学校の公開授業のことからはじまってヒマワリさんの書いた「錯綜」の駿煌会用語解説記事、その他それこそいろいろな話題が錯綜しています。

今回のダンデリオンツイッター記事に対してのことは、麻雀漫画(アニメ)「咲」に関する別のやりとりで発展していきます。


05:07 虚空 昨日の0時頃から不整脈の強めの発作が出ていて、聖徳の公開授業に行くのはどうかなと思っていたのですが、胸の違和感は残っているものの、一応このあと5時半頃に家を出る予定です。
体調が崩れたら無理をしないで引き返すかもしれませんが・・・・

22:21 虚空 帰宅後の中学生の家庭教師も含めてなんとか一日のり切りました。
小2の数学、とっても興味深かったと言うか面白かったです。
図書室での難波先生たちとの語り合いも・・・
個人的に数学の先生とも、数学とか国語とかの教科の枠をこえてかなり突っ込んだ語り合いができました。(駿煌会でのやりとりも勿論紹介しました)

22:37 ヒマワリ お疲れさまです☆
いいね?、小2の数学ってどんなんやるの?
2019.06.16 日曜日
06:54 虚空 まあそこは聖徳の小2ですから・・・よく論理パズルなどにある、相手のかぶっている帽子の色や発言から自分のかぶっている帽子の色を類推するという課題のやさしいやつでした。
ポイントは小2らしい子どもっぽさを存分に尊重しながら、自然に倫理思考を浮き彫りにしていったプロセスです。
詳しくはとても書ききれませんが・・・象徴的だったのは、課題のプリントにあった男の子や女の子の絵に落書きをしていた男の子がいました。一応答えは描いていたのですが、2枚目に進まずに・・・。
二人体制で教師はいたのですが、若い女性の先生が机間巡視で順番にみていて、その子のプリントをみてとっても受けていて・・・「面白ーい」って笑ってそのまま通過しました。
参観者が大勢いる中で、それってすごいと思いません?
でもほったらかしにしているわけではないんです。思考や感情の流れを最大級に慎重しているんですね。
その証拠に、友達の意見を聞こうとしない等々についてはどちらの先生もやんわりと意識を向けるように丁寧に言葉を投げかけていましたから。

2019.06.18 火曜日
21:38 虚空 さきほどブログにアップしたラインやりとり紹介のツイッター記事です。

☆先日アップした諷虹・虚空による麻雀漫画(アニメ)「咲」とのやりとりの、少し前からライン上で展開されていたものの記録です。
いつになくとんでもない分量の記事の5連発です。
でも「ふるさと」意識をはじめとして、人間の根源に深く迫っていくやりとりが展開されています。
☆2019年06月18日からのラインやりとり記録①は 「山」そして「ダンデリオンツイッター記事 大宇宙をかけめぐる意識」へ、です。山に関しては上原先生の師匠である郡司正勝先生の著書にも深い考察がありますが、そういした内容とも自然に関わってきています。  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/347/ 
☆ラインやりとり記録②は「富士山擬人化意識」と「自ら生きる力」:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/348/ 
ヒマワリフクロウさんの高校1年生の時の「富士山」「巨木」について語った記録が見つかりました。
そこから浮かび上がってくるのは「自ら生きる力に目覚めていくために大切なこと」です。

☆ラインやりとり記録③は 「子どもは 現実の向こうに神をみている」  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/349/ 
英才児の話や、上原先生の息子さんから寄せられた先生の言葉などを通して、「子ども」が大人たちや世の中に対しての「ライフインデキス(生命の指標)」にどうして成り得るのかという話になっています

☆ここからは昨年10月27日の児言態50周年の時の駿煌会メンバー発言記録 & それに関してのラインやりとりです。  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/350/ 
あのあとの様々な駿煌会やりとりを経て、もう一度振り返ると、知らぬ間に大切なことを語っていたなと感じさせられます。

☆この記事はダンデリオンツイッター記事 から 「ふるさと」意識へと発展した時のラインやりとりです。  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/351/ 
また、ヒマワリフクロウさん宅の虚空の家庭教師時代に、しばしば起きていた心霊現象(?)を懐かしんでのやりとりも飛び出します。

2019.06.20 木曜日
12:56 ヒマワリ グーグルドライブ?ドキュメントの方か?に、錯綜についてちょっと書いてみたりしました。
うまくまとまりませんが。
【錯綜】 
線と線が重なる…入り混じる…

一見バラバラに引かれた曲線同士、
見方を変えると一本の太い線になったり。

決して交じり合わないと思っていたもの同士が
交わる瞬間、交差する瞬間。

共振・共鳴が起きる。

線同士は別々とは限らないか

もっと視野を広げたら
どこかで繋がってるかもしれない

もともと一本の線かもしれない

別の世界にあるもの同士じゃなく
同じ世界に共存しているものかもしれない

自分の中にある、いろんな自分

錯綜しあって今の自分

 まず錯綜すると言うことは「思考の密度」が増す事に繋がると思いました。
また密度の高さは質量にも通じてもくるし。
貧しかった時代の日本人にはこの思考の密度がかなり高かったんだと思います。
重ね合わせとかもそうでし。
これらをふまえると、これから先、量子論的な考え方はかなり大事になってくるんだと思います。


18:31 虚空 錯綜の記事、読みました。
こういう心に響いていくような文体で自分も書けるようになりたいものです。
紙面に対しての文字の構成もね!
とてもコンパクトに凝縮されていると思います。

18:37 虚空 駿煌会ホームページの用語コーナーも早く充実させていきたものですね。
他の用語についても遠慮なくどんどん書いてみてください。
書かれたものはそのまま掲載していきますので。
既に書かれた項目に関しても、思いついたこととか、他の人に付け加えたいこととかあったら、それも大歓迎!
もちろん今回の「錯綜」項目はコバルトブルー君の文も加えて載せます。


22:21 ヒマワリ 錯綜に関して、私どんな感じだったですかね。
やはりあの旬なときに書かねばならなかったなと思います。
思い出すような、確かめるような形で今回書いたような気がしまして。
コンパクト狙ったわけではなく、コンパクトになってしまったとゆうか。
もっと書くことに溢れるようになってなくては。
盛りだくさんのガラクタの中から宝発見!みたいな。
うむ。



6月21日
08:03 虚空 ダンデリオンツイッターに19日アップされていた記事です。
山に関する内容です。
08:04 虚空 ダンデリオンツイッター 6月19日の記事
ツイッターには高山植物などの画像も紹介されています。
(逍遥遊篇第一―4)
藐(とお)き姑射(こや)の山に神人ありて居る
肌膚(きふ)は冰雪(ぎょうせつ)のごとく?約(しゃくやく)たること処子の若し。
五穀を食らわず風を吸い露を飲み、
雲気に乗じ飛龍に御して、四海の外に遊ぶ。
其の神(しん)凝(こ)れば、物をして疵癘(そこな)わざらしめ
年穀をして熟せしむ。
堯は天下の民を治め、海内の政を平(おさ)めてより、
往きて四子を藐(とお)き姑射(こや)の山に見、汾水(ふんすい)の陽(きた)にて
?然(ようぜん)として其の天下を喪(わす)れたり。

【大体の意味内容】
遥か彼方の姑射(こや)の山には神人が住んでいる。
肌は氷雪のように白く、姿の美しさは乙女の様ですらある。
米などの穀物は食べず、風を吸っては露を飲む。
沸き起こる雲気に乗り、天(あま)翔(が)ける龍を操り、
この世の外の世界を遊動している。
雲海のように広やかな彼の精神が集中凝縮すると、
すべてのものが生成発展するエネルギーとなる。
また稔魂(としだま)となって種苗(しゅびょう)に宿り、その年の作物まで豊穣(ほうじょう)に実るという。

中国史上最高の名君と謳(うた)われた堯(ぎょう)は、天下万民を治め、国内の政治を平安にした。
偉業を成して後、遥か彼方の姑射(こや)の山に住むという四神人を慕い覓(もと)めて行った。
そうして彼らにまみえる願いが叶うと、汾水(ふんすい)の北の都に帰ってきた。
が、既に堯(ぎょう)の魂は悠久の世界に遊ぶ境地に至り、自分が治める俗界を忘れてしまっていた。

【お話】
大学生の時に、雲海を見たくて登山をするようになりました。
遠くの山や富士山などが、雲でできた大海原に点々と浮かぶ島のように見える光景、もうすぐ宇宙が見えてきそうな真っ青な天蓋は怖いくらいです。
沸き起こってくる雲がスクリーンとなって、虹の円が映り、その真ん中に自分の影が見えるという「ブロッケン現象」も何度か見ることができました。

そのような高山は、動植物たちにとっては生存が困難な過酷な環境でもあるのですが、そうした中でも小さく可憐に咲く花は様々にあって、カメラの接写機能を使って拡大撮影してみると、その美しさには息を呑みます。

こうしてたまたまこんなところまで登ってくる人がいなければ存在すら知られない者たちが、生きづらい環境の中で精いっぱい命を輝かせていることにも感動します。

「何か偉大なもの(サムシンググレート)」は、こういうところで気付かせてもらえるのだなと感じました。
08:31 虚空 ブログアップお知らせのツイッター記事です。
・先日ブログにアップしたラインやりとりと前後しますが、諷虹君宅での虚空とのやりとり記録です。
ブログ未掲載の記録がどんどんたまってしまっているので、細かく分けずにドーンとアップしています。重複内容もあります。
とてもじっくりと読んで頂ける時間も気力もないと思いますが・・・

・「咲 Saki 」と「山意識・鳥瞰視点」と「構えの変革」:に関する6月7日やりとり記録です。 http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/352/ 
最終的なねらいとしては「山」からどういった「視点」「構え」を日本人が獲得してきたのか・・・それが具現化した一つの姿が「英才児」なのかもしれません。
・8日のやりとり記録は「量子論視点」からみる「咲 Saki 」特に「量子もつれ」からです。  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/353/ 
古来日本人の発想や構えについてやりとりしています。
この現象世界を「うつしよ」としてとらえていた日本人の発想が、科学的な真実だったと証明される日も近い???
・14日のやりとり記録は、「咲」からの考察  「月」「ふるさと」です。  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/354/ 
「東方キャラ」と「咲」の接点についてからはじまって日本人の意識のベースについて語り合っています。
何度も書いていますが、決して「アニメ談義」が目的ではありません。
・どうしても「アニメ・コミック」が話題になっていたり、「量子論」などの理系話題ということだけで「無理無理」と敬遠されることが多いのですが、駿煌会のラインやりとりしているメンバーの半数以上もそんな状態です。でも「詳しくない」という立場を逆に活かして「いい風」をやりとりに吹き込んでます


2019.06.22 土曜日
08:57 虚空 ツイッター記事の転載です。
::::::::::::::::::::::::::
久しぶりに駿煌会ホームページの方を更新して、辞典コーナーに「錯綜」について載せました。記事内容はヒマワリフクロウさんとコバルトブルー君によるものです。
「君の名は。」「量子論」などが考察のベースにはあります。  http://syunkoukai.komusou.jp



☆「母胎回帰性」いろいろ 「体感」による類化性能

2019年8月16日 諷虹宅にて

先週から諷虹君は盛んに「体感による類化性能」ということについていろいろと言及しています。

先週の発言から
諷虹 羊水に包まれているってことは水中に近いような浮遊感覚・・・空を超えて、宇宙という無重力状態=羊水の中っていう母体回帰のイメージが結びつくんですかね。

類化性能というと「理性の働き」のようにとらえてしまう場合もあるのですが、実は「世界定め」ということからしても、こちらの方が重要かもしれません。

個々人の意識世界こそが、「当人にとってはリアルな現実」となってしまうのも実は「勝手な空想や思い込み」であっても、そこに「体感」が伴ってしまうから。

子どもの頃なんて言うのは、まさにそういった世界ですよね。どこまでが現実でどこまでが非現実なのかなんて分からない・・・実はそれは大人であってもそうなのですが。




*聖徳の作文の母胎回帰性についてコバルト君のライン発言である「あたたかさ」という観点から
諷虹 ふとんに入るも、お風呂に入るも、みんな「あたたかさ」じゃないですか。それから理想の家族をいう時にも「あたたかい家族・家庭」って言うじゃないですか。


虚空 聖徳の子は「観察」というスタンスで書いているから、ナマの体感は書いていないけどね。でもまさにそう。いろんな子がちゃんとそれを要素というか「おうちの要件」としてあげて書いているよ。

それがおうち論文でいえば「ナマ温かいものに包まれる体感」なんだよね。

子宮にいたころの無意識の記憶だろうしね。・・・穴だってそうだし・・・。

かつて児言態が藤岡先生と協同研究していた時の表題の一つが「穴と留守番」っていうのもね・・・結局「子宮願望」なんだから「母胎回帰性」だと思うわけだよ。
まさに意識のベース。


諷虹 分子や原子の動きもそうじゃないですか。熱があるから動くわけですよね。冷えているとその動きが弱まるというかね。今の昼間の暑さはいらないけど、あったかいくらいのいい塩梅のあたたかさが・・・。秋の夜長とか。
天照の太陽信仰は昼間のことだけど、やっぱり秋の夜長のように「月」の信仰。「夜」。四季があるがゆえの日本のバランスなのかな、って。

だからこないだのまちカドまぞくで話題になっていた「あたたかい闇」もそうですが・・・。
強すぎる光だとやっぱり・・・逆に活性化できないことがあるのかな、って。
これが「生暖かい」という感じなんでしょうね。


虚空 コバルト君が盛んに言っている卍の回転。これも「光と闇」「太陽と月」のバランスと関係あるかもね。
*児言態合宿会議の午前の部、午後の見通しについての虚空発言の部分だけを視聴
虚空 今回の授業を全うに計画する上でも、英才児とはどういうことなのか、母胎回帰と闇、意識のベースとおうち・・・そういうことを本気で考えてみませんか、そうでなければ指導案も作成できないだろうし、授業をしていても子ども達の言葉をキャッチしきれないと思うから・・・だからそういう提案をしようということで前置きをしているんだけどね・・・。
(重要なやりとりが続くのですが、省略します)

諷虹 難波先生は本気で英才児の生態を通して日本の教育制度をかえていきたいという意識がありますよね。
自分としては正直研究授業がどうすればうまくいくのかという方法の議論はどうでもいいかな、って。それよりも英才児とかのことを考えるのが面白いんですよね。

虚空 実際にさ、土浦でもヒマワリさんともしゃべっていたじゃない、この研究授業に関係なく、目を通せなかった聖徳の作文を読んでいろいろと語り合おうって。

諷虹 それこそ、今回の授業のこういう所がよかった的な視点じゃなくて、「今この発言をしたって事は・・・」「きっとこういう考えがベースにあるのかもしれない」とかみたいな英才児の実体みたいなのを捕まえるヒントになるようなやりとりが面白いですよね。

*コバルト君、児言態の会議で小2の マンダラ作文ついての発言
コバルト 小学校2年生で大日如来とか・・・広がりがすごいじゃないですか。帰依する場所、帰る場所・・・そういう世界を持っているのはすごいな、って。

諷虹 死んだら「土に還る」っていう表現をするって話も前に出たじゃないですか・・・

「富士山から天のはしご」とか書いている作文も「空、宇宙に帰っていく」って考えると宇宙全体が母体なんだろうなって話。これは発言したかどうか覚えてないんですけど「星になる」って表現もね・・・

で、それらの話とこの話を考えたときに、結局マンダラにしても菩薩にしても仏の世界ですよね。坊さんの世界・・・そう考えるとベースは繋がってるんだろうなぁって

虚空 今さ、それを聞いてフッと東京オリンピックの記録映画のラストを思い出した。
(ネットから)
映画はこのあと太陽が沈み、聖火が消え、そして「聖火は太陽へ帰った。人類は4年ごとに夢を見る。この創られた平和を夢で終わらせていいのであろうか」の字幕が流れ、先生の平和と友情をテーマとしたオリンピックという壮大な抒情詩が完結します。 
虚空 富士山の天のはしごにしてもさ・・・こういうのも、まさに「母胎回帰」だよね。
英才児たちはいろいろな形でちゃんと書いてくれているよ。

諷虹 さっき「あたたかい闇」の話をしたじゃないですか。今日買った漫画でも関係深いのがあって・・・一つは「やがみめし」(同人誌)

八神はやて・・・『闇』の書(『夜天』の書)の主であって、一番家庭的じゃないですか。


虚空 やっぱり「母胎回帰と闇」って言うイメージは根元なっていくんだね。
*ラストの台詞
はやて 「(家族<あのこたち>でも 友達でも ごはんで喜んでもらえるんは・・・)・・・しあわせやなぁ」


諷虹 んで、もう一つが「ふらいんぐうぃっち」の最新刊なんですけど・・・この巻は主人公の真琴の属性(9種類の中で一番上手く使えるマナがその人の”体質””属性”と呼ばれる)を調べるってのがメインなんですけど・・・
::::::::::::::::::::::::::::::::::::
江丹雲「うん 木幡くん きみは”闇の魔女”だ (中略)闇の魔女は2万人に1人の割合で 2番目に少ない属性で激レアなんだよ」
圭「激レアなのかよ真琴!!」鹿角「すごいじゃない真琴」
真琴「え えへへーそうなんですかね~?」
千夏「え~大丈夫~? 闇の力で世界征服とかしない?」
真琴「え!?」
江丹雲「いやいや 闇だからってダークサイドって意味じゃないから
闇の魔女はマナの性質的に新種の魔法南下を生み出したりする人が多くて面白い属性なんだよ
タロス「物作りが得意な魔女さんが多いので”創造の魔女”とも言われていますネ」
江丹雲「そうそう 木幡くん野菜作りってより物作り自体好きだったりするんじゃない?」
真琴「ああ・・・そうかも・・・」
圭「ローブとか作ってたもんな」
千夏「しゃべる火の魔法も作ってたよね」
タロス「エッ!もう魔法を作ってるんですカ」
江丹雲「生粋だな」
真琴「そっかぁ・・・創造の魔女かぁ・・・
なんかうれしいです 自分の力がわかるって なんとなく魔女としての目標が見えた気がします」
江丹雲「そりゃよかった自分の能力の理解は人生のコンパスになるからね
このコンパスが真琴くんの魔女修行に役立つことを願うよ」
::::::::::::::::::::::::::::::::::::

諷虹 闇からの創造・・・まさに母体ですね
ローブ作るとかもやってることは完全に母親ですしね


虚空 上原先生の「母胎回帰性 と 闇」の闇の役割を示す大事な例だね。

**********************************
虚空 昨日ね、連休の時にもちょっと会う事ができたんだけど、家庭教師でみていた一族の子たちと語り合える時間が持てて・・・家庭教師の教え子は4人だったんだけど、一人は12月に生まれたばかりの息子と一緒、もう一人は妊娠中でけっこうおなかが大きくなっていて・・・。
そこで何十年かぶりに乳児を抱っこさせられたんだけど・・・
*その時の写真をみせる

虚空 本当に周りに祝福されているっていうのが分かる表情でしょ。邪気がない。

諷虹 無邪気っていいますもんね。

*この流れでヒマワリさんのお姉ちゃんの娘、体内記憶について語っているビデオも視聴
諷虹 わたてんの天使劇の場面・・・白い服、羽根、お花畑・・・それにお菓子を作っている場面もあったじゃないですか。この関連性っていうのも・・・

*アニメ「私に天使が舞い降りた!」最終回の天使の場面を視聴

諷虹 この昇っていくのが富士山みたいな形の山じゃないですか。
そして雲の上にお花が咲いているというのは、それこそ嶺上開花ですよね。
♪ 人は大地に 天使は空に・・・
虚空 コバルト君が児言態でいっていた「帰依する場所」って。


諷虹 (Nanba先生のライン書き込み 「私はこの会のメンバーと聖徳の子どもとは地続きだと思っています。それが意味することは、実は重く深いです。」を受けて)
まさに地続きですよね。

虚空 相反するものをつなぐもの、橋渡しするもの・・・

♪ 天使たちは人を愛で結びつなぐ

虚空 今回聖徳のおうち作文に何度も書き込んだメモが「ベース感情」っていう言葉だったんだよね。まさにこれ。

諷虹 イマジナリーナンバー(虚数単位)の「i」を「愛」とつなげた「博士の愛した数式」・・・実数軸と虚軸・・・

虚空 まさに日本古来の発想だよね。この劇は西洋の天使っぽいけどさ。

*新たに天界の仲間入りをした天使のシーン冒頭、頭からの描写

虚空 これも出産のアングルだよね。
♪ いつも笑顔と仲間たちの・・・・
(そんな天使の国よりも人間界を選ぶ)
*窓をながめている場面で
諷虹 あまり演劇とか真面目に観た事はないんですが・・・窓の外に向かって顔を出したりしながら歌う場面て多い気がしますね。こっそり逢瀬を交わす時なんかも窓から出入りしたりとか
考えてみれば光が差し込んだり、風を入れたりするのも窓ですもんね。
外と内の境界領域って感じなんですかね。
あと、思い出したのは叛逆の物語で、塞ぎこんでるほむらにまどかが傷だらけの手を伸ばすところ。窓から手だけが伸びてくるシーンですが・・・

虚空 ロミオとジュリエットの見せ場なんてまさにこれだもんね

諷虹 ここでは天使の羽根がきっかけになっているわけですからね。

(人間として生まれ変わるシーン。穴に吸い込まれていく。時間内に雪の道を歩んで峠を超えて行かなければならない。「これが寒さなのね」と実感。
♪ 天使の国離れ、あなたのもとへ向かうわ

虚空 これも「帰依」だね・・・


諷虹 すごい昔の記憶が甦ってきたんですけど・・・今日の発端もコバルトさんの「あたたかい」だったじゃないですか。

今「寒い場面を」というのをみてね・・・昔「暑い」と「温かい」の違いを・・・幼稚園の頃ですかね・・・童謡で「たき火」の歌

虚空 あのね・・・あのね・・・上原先生の「観察」の話にたき火がでていたからかもしれないけど、それも数週間前なんだけどね・・・。
ここ数日、何故か鼻歌で「たき火」を口ずさんでいたんだよ。だから今ちょっとというかだいぶビックリ!・・・ちなみにあと口ずさんでしまうのが「かじや」

諷虹 「寒いからあったかい」んだよな、っていうことなんですよ。
人間界に入る前に一旦寒いところを体験してから・・・。

雪山で遭難して助けられて温められた方が絵になるじゃないですか。砂漠で助けられて冷やされるよりも・・・

毛布にくるまって・・・あれも母胎回帰ですよね。

虚空 この現実の世界の厳しさが「寒さ」「冷たさ」とするとまさにそうだよね。

ピーターパン症候群なんていう言葉がはやった時に、ある高校生が「自立したくない。いつまでもヒナがいい。ずっと巣の中にいたい」って言っていたことがあるんだけど、これじゃ「母胎回帰」って言わないよね。やっぱり「内と外」がワンセット。

たまたまさっき、合宿2日目の空の写真についてコメントしたんだけど・・・

『朝日や夕日でもそうですが、やっぱり大事なのは異なるものの組み合わせのよるコントラストですよね。
雲一面でも、雲一つない青空でもどちらの場合もハッとしない。こんな風に適度に混じっているから美しい。
まさに「天気の子」の根源に関わるかな?』


諷虹 ガンダムでラスボスのようなキャラがいるんですけど・・・宇宙空間をみながら「寒い、ここにあと何年・・・」っていう場面があって・・・・。
この場面のときに心が寒いんでしょうけど。
兵士が死ぬ時に寒いっていうところもあるじゃないですか。
だからこそ極楽浄土の温かさを求める

虚空 浄土信仰だって阿弥陀様の光に包まれて極楽浄土へ・・・だって自分は母胎回帰って思うもんね。日本人のイメージだと観音様だって中性的ではあっても、どこか女性的なお姿であることが多いじゃない。

*人間界にやってきた天使・・・孫が足湯で温めてあげる

諷虹 これって伝承ですよね。
虚空 それがあったから消えずに済んだわけだよね。
♪ (二人をつなぐ象徴の)このケーキを 受け継いでいくの 命つきるまで


諷虹 大きな古時計もそうですよね・・・継承する者がいなくなって

虚空 あれさ、小さい頃は何でもう動かなくなったのかよく分からないで歌ってた・・・鈍感なお子様だったから。それが大学生になった頃かな・・・ああ、そうか、この時計は毎日ねじをまく時計なんだ、って。


諷虹 これ、おじいさんは天国にのぼる時に時計とはお別れしているんですね。
おじいさんが生まれた朝にやってきて、最期に役目をおえる・・・おじいさんと連動しているんですね。


*生まれる前の記憶 ハヤシライスと共にオムライスがでてきたことに関して
諷虹 オムライスって包むんですよね。それからケチャップで文字を書く楽しさ。
虚空 タマゴ料理出しね・・・「帰る」は「孵る」孵化する・・・
諷虹 色合いも黄色に赤。
(様々な食べ物の色の話題) 

☆「英才児の特徴を作文から探る」 ・・・日本語英語の違いなども交えて

2019年 8月10日  諷虹・虚空やりとりに途中からコバルトブルー君とことりのおやつ君が合流。

英語と日本語の違い・演説にみる身振り手振り、という話などから始まっていますが、メインは I・Z小学校の「おうち作文」と比べながら特徴をうきぼりにしていきました。
どちらの作文が優れているか、ではなく、それぞれの特性を考えようというものです。

それ以外の話題も飛び出しているので、合わせて載せています。

(塾のバイトで二進法を扱った話・・・実際に64までを二進法に書かせた・・・そこから気づく事がいろいろ)

虚空 結局「0と1しかない世界だよ」ということで世界を作れるか・・・意識世界の問題だよね、数学云々というよりは。「やくそく」に従って素直に世界を作れるかどうか・・・十進法にこだわる子は苦戦するよね。1+1=10 なんて小1以来作り上げてきたことが根底から崩されるわけだからね。


諷虹 (ある例で、完成した時に)気持ちいいんですよね


虚空 そこだよね。そう思える人間・・・それこそ「添加」で新しい世界を拡大させることに心地よさを感じることができるのか、それともやっぱり自分のこれまでの常識に囚われて受け付けない・・・心地悪さというか違和感を捨てられないか・・・。

上原先生が英才児は感情やイメージと切り離せるということの深い意味だよ。
それは単に論理的・数理的に処理できる以上のこと。
それをやっぱりはっきりさせたいんだよね。

「英才児には個性がない」という言い方も上原先生はしているんだけど、これもどういった意味なのかは深く考えてみないと、とは思ってる。まだあまり駿煌会でも話題にはなっていないけど・・・・


諷虹 さっきの高校生・・・学校の先生は「二進数を暗記しろ」って言ってたらしいんですけど・・・。どういうつもりで言っていたのかは分かりませんが・・・まさか文字通り丸暗記で覚えろというつもりではないと思うんですけど・・・。
でも、その高校生は本気でそう受け取ってしまったんでしょうね。


虚空 そういうことばかりだよね、今の教育って。
例えば自分はやったことないんだけど、江戸時代の寺子屋でも聖徳でも学修塾ダンデリオンでも行っている「素読」。あれなんかは単に丸暗記というよりは、「器化」と関係あると思うしね。だから意味だとかいうことは敢えて触れない。
日本舞踊なんかのお稽古だってそうだって、家元の息子が言っていたけどね。その時の気持ちだとかは考えないで師匠の型をひたすら反復する。


諷虹 外郎売り、なんていうのもありますね。


虚空 筑波だったらガマの薬売りだよね。言語流暢性。
それとは違うけど、歌舞伎でいうと流れるようなセリフで有名なのが二代目河竹黙阿弥さん。
(ネット検索)
河竹黙阿弥の特徴は、歯切れの良い、日本人になじみのある、七五調のセリフです。・・・・リズミカルで小気味よいセリフを人気役者が舞台で披露すれば、そのセリフ待ってました~!とばかりに盛り上がりそうですよね。

(9時過ぎ コバルトブルー君、ことりのおやつ君、到着)
諷虹 「ひかえおろー このもんどころが 目に入らぬか」

コバルト 咲の「あなたの領域じゃないよ」にもってちゃえば

諷虹 テリトリーですね。(咲 阿知賀編)

コバルト 麻雀も頭で打つと負けるから・・・負けるというよりは崩れる。

諷虹 安手しかつくれないときには負ける

ことり 自分が好きなラップでそれがあります。(弁天小僧の名ゼリフが入る)

諷虹 日本人のラッパーや七五調を入れると受けやすい・・・日本人受けしやすいとはいいますからね。

ことり 確かに聞きやすいですからね。

諷虹 アメリカ語っていうか、英語での感覚とは全然違う。そのままの直訳ではわからない

ことり 韻の踏み方が英語と日本語では違う。

諷虹 アメリカ語っていうのは・・・

ことり 日本でも青森とか沖縄とかでも言葉が通じなくなる・・・同じ日本語でも全然ちがう言葉になってる

虚空 イギリス留学した知り合いもそれを経験したわけだよね。
発音だって違うし・・・。イギリス留学だったから、大変だったって。日本での英語教育はアメリカ英語だからさ。それを使うとすぐに「それはアメリカ英語だ。ここは違う」って言われたって。


コバルト 格式がありますからね

諷虹 イギリスフランスはうるさそうですね。

虚空 アメリカを見下している。

諷虹 日本人って外国人が片言の日本語を使っているのを好みますよね。
・・・中国人が日本語を話すと「・・・あるね」っていうのはどうして出来上がったんでしょうね。

虚空 実際にそんな風に日本語を話している中国人はいないのにね。


コバルト やっぱり英語っていうのは言葉としては不十分なんですね。手の動きがね。ボディアクションが必ずつく。
ことり 日本人がこれやったら失礼じゃないですか。

コバルト それを含めて考えるとものすごく不十分

諷虹 体を使っていない。

コバルト 体を使わないと十分に伝わらない。

諷虹 感情がすべてのせられないから、動きで補う。

虚空 つい最近、ヒトラーの番組がやっていたけど、あの演説だって直立不動でやってみ、っていったらああはならないよね

(動画サイト)
虚空 そりゃ天才的だよ。中身は別として北朝鮮のアナウンサーもこんな感じだろ。
(チャップリン「独裁者」のスピーチシーンの部分を探して観る)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4429961
虚空 現代の教育批判にもきこえるね、この内容。

諷虹 ヒトラーが興奮しているところをまねていても内容は真逆にしているんですね。
「絶対値記号」のように。
意識的に手は動かしていない・・・「手は出さない」・・・

虚空 最後だけは手を動かしたね。

諷虹 演説シーンの結構有名な・・・・
ガンダム動画
https://www.nicovideo.jp/watch/sm29958
ことり 設定は何人なんですか?

諷虹 ・・・・宇宙人ですね。
これを声優がイベントでやったのがあるんですが・・・
動画サイト
https://www.nicovideo.jp/watch/sm9307157
(狂気のさたのアニメ演説で有名なもの)「私は戦争が好きだ・・・」
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4652913

諷虹 カリスマ性ですよね

コバルト カリスマってその方向にもっていく

諷虹 共鳴を起させるんですよね。

虚空 それが集団催眠効果だよね。

諷虹 決起集会・・・バタフライ効果ですよね。着火点がこうした演説。

コバルト 選挙でもよく使われるけど、足し算の効果じゃなくて、かけざん。
目的をもたせられるというか選択肢がない。

虚空 かけ算だって足し算的なじゃないから。指数だよ。だからバタフライエフェクト。


(縄文顔の話題)
コバルト 原始に帰る。

虚空 上原先生の「忘れ水物語」追い書きだね。

原子爆弾とは誰が名付けたのか、私は知らない。私だけがではない。原子とは何かを説明出来る人は、専門家以外、そう多いとも思えない。私は音の似通いからばかりではなく、原子に原子を思ってしまう。原子爆弾は、人間を原始に返してしまう爆弾であった。それは人間にとって瞋恚と悔恨との咒符にはちがいないが、それ以上に、逃がれられぬ咒詛の中にしか生きられないことを思わせられた。
 
(エヴァ 劇場版 心よ原始に戻れ)
世界よ まぶたを閉じて
生命は目覚めて 時を紡ぎだす
あなたの証拠をさかのぼるように
そして光が胸に届く
心よ 原始に戻れ
コバルト 月光と綾波レイ

諷虹 ヤシマ作戦が名シーンなのは夜だからってのはありますよね。

虚空 カヲル君だって青白い光のイメージだもんね。

(『おうち』意識の図を見ながら)
コバルト お笑い芸人とかはこの真ん中、源に近づくにつれて万人にうけるようになっていく
「生命」ってのは・・・東北にちんこ祭りとかありますしね。

虚空 農耕民族だからね。結局は全部そういう方向に結びついていく


諷虹 この「深層意識世界」とか「生理現象」とかゆゆ式っぽさありますね
体験したことないけど、共感できちゃうあるあるネタとかもこの辺ですよね


コバルト 原始だよね。中心に近づくほどそこに居たくなるとか・・・手を伸ばしたくなるような場所


虚空 外側の部分ほど個人差が出てしまうけど、中心部分は口に出すか出さないかは別にして共通な感覚だからね。だから「お笑い芸人」なんかでもみんなを笑わせようとするとそういう方向になるよね。一発芸なんかそうじゃない。
昔で言うと「8時だョ全員集合」。

(補足1)
 虚空の卒業論文「フレーベルにみる感情教育の原理」・・・「共通感情」が意識のベース。「恩物」で遊ぶ感覚から、「自然・宇宙・神」へとつながっていく。

(補足2)
おうち論文 P26 石崎小4年男子
おうちの中はめろだらけ。トイレやおふろや台所や、いろいろな所につながっている。めいろをたどっている人が、今、宇宙にいった。
(終業式作文 R小学校とIZ小学校の違い)
虚空 ・・・成績表を返さるところまではだいたい似ているんだけど、その後がね。IZ小は「さあ、明日から休みだ、ワーイ」っていう感じで終わる。でもR小はそこからが長いんだよね。家に持ち帰ってどうやって母親にみせようかとか、みせたらどうなるかとか、小遣いを減らされそうだとか・・・・いっぱい書く。

IZの子には「そういうのを書いてもいいんだよ」といっても、「何書くの?」っていう顔をされる。もちろん中には厳しい家もあって書く子だっているけど、少数派なんだよね。

諷虹 ツイッターみたいなもんですね

虚空 動画のコメント。こころの実況中継

諷虹 量子論の観測のようなものですね。観測したら安心してオワリなのがIZ小で、観測してからあれこれ考えるのがR小。たとえそれが悪い結果だったとしても確認したからそれ以上下がらないからもう安心って感じなんですかね。

私も小中学校の頃は、テスト帰ってくるまで「100点だったかな」と「ミスしてひどい点数かも」が同時に存在している・・・シュレディンガーの猫のような。で、点数見て一気に心が落ち着くって体験はよくしてましたね。いい点だったとしてもどこか冷めるというか

虚空 だからね、ずっと話題になっている英才児の「観察」・・・IZ小って案外読み直してみると、興味関心のある部分に関しては細かく観察を書いているのが多いんだよ。
留守番中のもね・・・ボットン便所の探検にしてもさ。

コバルト君の「お母さんのお腹の中」作文もそうなんだよね。

じゃあ聖徳の英才児とIZ小とでは何が違うかっていうと、聖徳の方は「レポート」というか「報告書」のような感覚。数学とか理科の考察文のようにね。
だから生活作文で細かく書いていても、気持ちなんかは書いても、ナマの部分は極力いれない。オフにしているんだと思うんだよね。
決してそういう感覚がないんじゃなくてさ。

だってあれだけ高学年でも廊下でキャッキャと子どもっぽくはしゃげるんだもん。
1年生だってうんち作文で壮大な物語を書いていた子もいたしね。

だから単純にモード切り替えというだけだと思う。

あと、もう一つ違うのは、何度も引用している上原先生の師匠の郡司先生の「江戸庶民」の発想法。
江戸人の目は、いくつもの世界を、同時に一緒にみることの能力があった。トンボの眼のように、複眼的構造は、同時に、いくつもの事象をうつしとることができる。あるいは、それは封建時代に生きる者の生活の知恵であった。右か左かを分明しては生きてゆかれなかったこともあろう。なまじい教育のある者にとっては矛盾として受け入れられないものを、おもしろしとして、そこに見るべきものを見た世界構造。それが歌舞伎の構成であった。

 江戸歌舞伎は、テーマを四つも五つも一つの作品に盛り込み、鵜匠の手綱のように、その捌き方の技術を、ほれぼれと舞台で鑑賞するような、そんな生活基盤の美的基準がもうなくなってしまったのかと考えこまざるを得ない。
自分は「多次元構造の同時進行」っていっているけど、さっき中3の授業では「量子コンピュータ―」って例えた。あの「重ね合わせ」のこと。

アニメに例えると、IZ小は「なのは の 収束砲・・・すごいやつはスターライトブレイカー」とか「宇宙戦艦ヤマトの波動砲」に似てると思うんだよ。

で、聖徳は「フェイトの切り札 ファランクスシフト」だと思うんだよね。
ネット解説
フォトンランサー・ファランクスシフト(Photon Lancer Phalanx Shift) † 
→考察
使用者:フェイト・テスタロッサ
魔法ランク:AAA
フォトンランサーのバリエーションにして、1期時点でのフェイトの最大攻撃魔法。
30発以上のフォトンスフィアより繰り出される、フォトンランサーの一点集中高速連射。
小説版によると、生成されるフォトンスフィアは38基。 ここから毎秒7発の斉射を4秒継続することで、合計1064発のフォトンランサーを目標に叩きつけることになる。 メガミマガジンの設定資料での記載もほぼ同様で、継続時間の表記はないが『合計38基のフォトンスフィアから秒間7発の高速連射を行う「一斉射撃」』とされている。
フェイトの教育をしていたリニスが、機動力に頼りがちなフェイトの絶対防御対策として考案した。 リニスがフェイトに手本として見せたときは発射体は20体に満たなかったが、フェイトに課した目標は最低30体の生成だった。 当初フェイトは3体までしか生成できず、本人も同時発動・制御が苦手だった。 しかし、そのためにリニスの作ったインテリジェントデバイス・バルディッシュを手にすることによって、この魔法も完成に至った。(以上小説版)
なのはのスターライトブレイカーほどではないが、この魔法も呪文詠唱にそれなりの時間が掛かるため、使いどころはかなり難しい部類と言える。 本編中では、なのはをライトニングバインドで拘束して時間を稼いでいた。 また、フェイト自身の魔力を莫大に消費するため、1度使うと後がない状態に追い込まれかねないことも注意点と思われる。
リニスは発動・命中さえすれば防げる相手はまずいないと言っていた。 小説ではバリアジャケットの原形をかろうじて保っていられるほどの損害をなのはに与えたが、アニメ本編ではまったくの無傷に終わった(VFB054)。
因みに「Phalanx Shift」は、古代ギリシャに端を発した攻防一体の密集陣形戦法であるファランクスが由来と思われる。 それに由来するバルカンファランクスと呼ばれる圧倒的な連射速度を持つ機関砲もある。 本編中での発動呪文は以下の通り。
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け、ファイアー。」
使用話数:1期第11話、小説版

コバルト このテストの成績・・・不安・・・不確かだから恐ろしい

諷虹 ジャパンホラーは、お化けとか妖怪の姿をみせないからコワイ。逆に出てきた方がこわくない。

コバルト 黙っている方がこわい、しゃべると安心

虚空 考えちゃうんだよね。
四谷怪談でも最もコワイのはお化けじゃなくて、顔が崩れていても髪の毛を櫛でとく場面。あれを延々とやる

ことり (金縛り体験)布団バリアがはれない。もぐってしまえば勝ちなのに。

諷虹 観たい方向をむけないから確認できない恐怖

(あるホラーで潜ろうとした最終ラストリゾートである布団の中にコワイのがいた)

コバルト 最終防衛線。
量子論っていうのが「不確かなもの」っていうのも・・・

ことり ホラーの恐怖と現実の怖さって違いますよね。

諷虹 (いろいろ語る)
死んじゃえば逆に安心っていうのもあるかも。
面倒なゆえの自殺なんかの気持ちもわからないでもない

ことり 人間って群れで生きるものだから、一人の怖さとかも・・・

諷虹 新学期とか、悪い想像ばかりが浮かんでワクワクじゃなくてドキドキ。
想像よりマシと思いたいから逆に悪いことばかり考える。よく考えていて裏切られた時によけいにショックだから。

(ことり スマホ買い替えのトラブル クレームをつける時にどこまで紳士的でいられるか 感情の交え方のさじ加減)
諷虹 嫌な思い出がつきまとうものって・・・心の平穏が常に脅かされる。
子供の顔見るたびに虐待とかしちゃうのもそうなんですかね。
ホラーだとスタッフロールでもうそこで終わる。
自分は怒ったことがあんまりないんですよね。怒りの一線を超えたことってないんです。嫌な思い出がくっつかないように。どちらかというとグッとおさえてしまう。


(インチキ商法)
虚空 騙されることはあっても、騙す人間にはならないっていうことだよね。

諷虹 (実例いろいろ)

ことり そういう生きかたはしたくないですね。

(豊田商事問題・・・被害老人の態度)

(処世の問題)
虚空 IZ小はストレート。R小はいかに誤魔化していこうかばかりなんだよ。
だからIZ小の子は大人になってもたくましい。

コバルト (おうちの図を観ながら語る)

ことり どうすればそういうことを考える余裕ができるんですか?

虚空 っていうよりは、そういうことを考えているから余裕ができる。

諷虹 やってから、あとから考えればいい、っていう

ことり 基盤ができていればそういうこともできるんでしょうけど・・・。

諷虹 大学で家庭環境についてしっかりと把握することって。子どもが家のことの不安を抱えていると勉強どころじゃなくなる。

今、「ソウナンですか?」っていうアニメがやっていて、それの流れになってきていますね。
本当に食べ物がなくなったらどうなるか、っていうのを描いている。

(実家に住み続けたいかどうかの話題)
ことり 一言でいうとコバルトさんが羨ましいんですよね。安定した生活をずっとしていて

諷虹 自分は死の恐怖とは明日の不安を感じたことはないんですよね

コバルト 正社員とアルバイトの違い

諷虹 負荷になることは避けたいから実家にいつづけたい・・・

ことり ものごとを深く考える環境が実家にはあるんですかね。

コバルト 構える必要がない。鎧の必要がない。生命体のままでいられる

ことり (引き籠りの問題)

諷虹 実家ぐらしだから引き籠りもできる

コバルト 現実問題でというのがなかなかないしね

ことり 何かあっても親がやってくれる

諷虹 ただ、普通に生きていられればいい。ハングリー精神はないですね。実家だと

ことり 長生きの秘訣ってそうかもしれないですね。
(午前1時頃 解散)