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☆古典に親しむ 枕草子・徒然草 ⇒ 和歌・連歌の効能

☆2019年12月7日 諷虹・虚空やりとりです


ちょうどこの前の時間、虚空が中学生の家庭教師で古典を中心にやったという話題から始まりました。枕草子や徒然草が現代のネット社会と通じる部分があるのではという諷虹君の意見が中心です。


それから虚空がずっと気になっていた吉田兼好さんの和歌に対する考え方・・・トランスフォーメーション(意識の転換)機能についても「連歌」がらみで簡単にですが触れられています。


諷虹 古典に関してはある時点からフィーリングで読むようになりましたね。音の響きからなんとなく意味を感じるような・・・。

虚空 それは達人級っていうか、ある意味望ましい姿勢かもね。


諷虹 それはそれで全然意味をとりちがえることもあるんですけどね


虚空 学者によって解釈が分かれているところだってそれなりにあるしね・・・。

(諷虹より高専の古典の授業の思い出が語られたあと⇒高専はどの教科でも所謂「受験」を意識した授業が行われていない 至極真っ当な授業が行われている)


虚空 どうしたって受験を意識した学校の古典って文法の暗記ばっかりだからね。

そりゃ確かに辞書をひきながら正しく解釈していくのに助動詞の知識とかが必用なのは分かるけどさ、そもそも入試のためじゃなくて、好奇心として古典を読んでいこうっていう「動機付け」がないまま、文法ばっかりやっても嫌いになるだけだよ。
それにね、自分もそうだったけど、古典っていうのは教科書に載っているようなものばかりだと勘違いしちゃっていることもあるじゃない。それで「あんなのツマラナイ」って。でもね、それこそ怪しい内容も含めて教科書に載せられないような内容もものだって山ほどあるわけだよね。
テーマとしては深くてもね。
でも、アニメやラノベと同じようなノリで読める古典だって山ほどある。それすら知らないまま大人になっていくんだもん。


諷虹 徒然草も枕草子も感性そのものが残っているようなもんですよね。今で言えばツイッターやブログの記事のよう


虚空 デジタルデータだから永遠に残るって思われがちだけど、案外あっさりと消え去っていくよね。忘れ去られていく・・・。消耗品のような感じ。
今のネット上のものが、数百年とか1000年以上あとにどれだけ「古典」として残るか・・・・。
案外紙の印刷物の方が残る可能性があるかもね・・・。


諷虹 (ネット上で枕草子を検索)

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第二六段:原文
(心ときめきするもの。)
雀の子飼ひ。稚児遊ばする所の前渡る。
よき薫き物たきて、一人臥(ふ)したる。唐鏡の少し暗き見たる。
よき男の車とどめて、案内問はせたる。
頭洗ひ、化粧じて、香ばしう染みたる衣など着たる。
ことに見る人なき所にても、心のうちはなほいとをかし。
待つ人などのある夜、雨の音、風の吹きゆるがすも、ふと驚かる。

(現代語訳)
心がときめくもの。
スズメの子を飼う。赤ん坊を遊ばせている所の前を通る。
良い香をたいて、一人で横になっている時。舶来の鏡が少し曇ったのを覗き込んだ時。
身分の高そうな男が牛車を止めて、供の者に何か尋ねさせているの。
髪を洗い、お化粧をして、香りをよくたきこんで染み込ませた着物などを着た時。
別に見る人もない所でも、心の中ははずんでとても素敵だ。
待っている男のある夜、雨の音、風が吹き、がたがた音がするのも、はっと胸が騒ぐ。
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諷虹 これなんて女子高生が共感する女性シンガーソングライターの書くラブソングの歌詞のようですね。


虚空 そういう観点での授業をもっとやればいいんだよね。
さっき中学生に原文は紹介できなかったんだけど、清少納言の感性で猫の耳の中のもあったんだよ、って紹介したら興味を示してくれた。
今、自分でも調べてみたけど・・・
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むつかしげなるもの。縫ひ物の裏。猫の耳のうち。
(むさくるしく見えるもの。縫い物の裏。猫の耳の中)
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*さらに諷虹、いろいろなのを枕草子からみつけ、音読しながら楽しむ。
その中の一つ
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第七二段:原文
ありがたきもの。
舅に褒めらるる壻。また姑に思はるる嫁の君。
毛のよく抜くる銀の毛抜き。主そしらぬ人従者。

現代語訳
めったにないもの。
舅にほめられる婿。また、姑にほめられるお嫁さん。
毛がよく抜ける銀の毛抜き。主人の悪口を言わない使用人。
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虚空 どうでもいいことを大真面目に書いているよね。


諷虹 春はあけぼの じゃないですが、その時代の価値観というか・・・


虚空 「・・・づくし」だね。


諷虹 こんなのも(笑)

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第一四五段:原文
胸つぶるるもの。
競馬見る。元結よる。親などの心地あしとて、例ならぬ気色なる。
まして、世の中などさわがしきころ、よろづの事おぼえず。
また、物言はぬ児の泣き入りて、乳も飲まず、乳母の抱くにも止まで、久しき。
例の所ならぬ所にて、殊に又いちじるからぬ人の声聞きつけたるは道理(ことわり)、異人(ことひと)などの、その上などいふにも、まづこそつぶるれ。
いみじう憎き人の来たるにも、またつぶる。あやしくつぶれがちなるものは、胸こそあれ。
昨夜来始めたる人の、今朝の文の遅きは、人のためにさへ、つぶる。


現代語訳
はらはらどきどきするもの。
競馬見物。元結をよる時。親などが具合が悪いといって普段と違う様子の時。
まして、世間で伝染病が流行っていると聞けば、もう何も手につかない。
また、口の聞けない赤ん坊が泣くばかりで乳も飲まず、乳母が抱いてもずっと泣き止まない時。
思いがけない所で、特にそれも、公でない恋人の声を聞きつけた時は当然のこと、他の人が、その噂などをしても、たちまちドキドキする。
ひどく嫌な人が来た時もまたドキドキ。変にドキドキ縮みっぱなしなのが心臓というもの。
昨夜通い始めた男の今朝の手紙が遅いのは、人ごとでもはらはらする。
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虚空 「才女」としての文章っていってもいろいろだよね。だからさ、教科書にのるような有名な段じゃない方が、若者にも親しみが持てるかもしれない。
もちろん名文もいいけどね・・・どっちも載せる。
でさ、書かせてみるといいんだよ。「これなら書けそう」っていう段を示してからさ。そんな中から清少納言との時空を超えた共鳴が起きる。



諷虹 徒然草なんてはどうでしょうね。
(ネット検索)
諷虹 枕草子より固い感じですよね。

女子高生のような感覚・・・短文短文で略してリズミカルな文章っていうと、枕草子ですよね。


虚空 吉田兼好と共鳴しあうのは大変かもしれない。


諷虹 頭が固いおじさんかと思うと色恋に関してはいろいろなことを書いてますね


虚空 今に通じる人生訓はたくさんあるから、現代でも愛好者は多いよね。

*諷虹 第74段 をみつける。
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原文
蟻のごとくに集りて、東西に急ぎ、南北に走(わし)る。
高きあり、賎しきあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり帰る家あり。夕に寝(い)ねて、朝に起く。
営む所何事ぞや。生をむさぼり利を求めてやむ時なし。

身を養ひて何事をか待つ、期(ご)するところ、ただ老(おい)と死とにあり。
その来る事速かにして、念々の間に留まらず。これを待つ間、何の楽しみかあらむ。

惑へるものはこれを恐れず。
名利に溺れて、先途の近きことを顧みねばなり。愚かなる人は、またこれをかなしぶ。
常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。


現代語訳
人間がこの都に集まって、蟻のように東西南北にあくせく走り回っている。
その中には地位の高い人や低い人、年老いた人や若い人が混じっている。それぞれ働きに行く所があり、帰る家がある。帰れば、夜寝て、朝起きて、また仕事に出る。
このようにあくせくと働いていったい何が目的なのか。
要するに自分の生命に執着し、利益を追い求めてとどまる事が無いのだ。

このように、利己と保身に明け暮れて何を期待しようというのか。何も期待できやしない。待ち受けているのは、ただ老いと死の二つだけである。
これらは、一瞬もとまらぬ速さでやってくる。それを待つ間、人生に何の楽しみがあろうか。何もありはしない。

生きることの意味を知ろうとしない者は、老いも死も恐れない。
名声や利益に心奪われ、我が人生の執着が間近に迫っていることを、知ろうとしないからである。逆に生きる意味がわからない者は、老いと死が迫り来ることを悲しみ恐れる。
それは、この世が永久不変であると思い込んで、万物が流転変化するという無常の原理をわきまえないからである。
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虚空 自分はさ、徒然草の中にある和歌の作用についての記述がずっとひっかかっている。トランスフォーメーションとの関連でね。
和歌が今よりもずっと身近だった頃は、こんな風にして現実問題を違ったイメージのオブラートに包みなおしていたのかもしれない。
(参考 「たかのすとり」の授業テーマ 上原先生説)


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第十四段 
和歌こそ、なほをかしきものなれ。あやしのしづ・山がつのしわざも、言ひ出でつればおもしろく*、おそろしき猪のししも、「ふす猪の床」と言へば、やさしくなりぬ。・・・・・

ポップな感じの現代語訳
 短歌はとても面白いものである。他人から羨望を集めることのない人や、マタギのやることなども歌の歌詞にしたらポップな感じになるし、あんなに恐ろしいイノシシのことでも「イノシシが枯れ草を集めて作ったベッド」なんて言うと可愛らしいものになってしまう。
(14段全部はここ
https://tsurezuregusa.com/014dan/

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諷虹 これも何かを批判することに対して、本当にそうなのかと論じているブログのようなものですね。
いつの時代も人はあまり変わっていないのかもしれませんね。

虚空 そりゃ人間の精神構造の根元部分とかはね。ただ表層部分を覆っているものが変わってきているから違ってみえちゃう


諷虹 心意伝承のようなものは変わっていませんからね


虚空 変わらないから心意伝承だしね。
折口先生の言葉に「間欠遺伝のようなもの」っていうのがあるんだけど・・・突如としてある世代にポンと甦ってくる感覚。

駿煌会でのやりとりなんて「間欠遺伝」という折口先生の言葉の実証をやっているようなもんじゃない。そういった発言が意識していないのに自然にポンポン出てくる。

さっきの徒然草の和歌の転換作用っていうのが、個人レベルじゃなくて、っていうのが「連歌」だよね。一人で和歌を詠むのとは違った転換にふれられるわけだよね。


諷虹 伝言ゲームの面白さにも通じるものですよね。聞き間違いを趣きのある感じにしたというか・・・間違いを「想定外」にしてしまう
伝言ゲームって、ちゃんと伝わっていたら「すげーな」にはなるけど、全然面白くない。福笑いもそうですよね。「想定外な間違い」を楽しむ


虚空 そういう転換遊びが人同士の許容力アップにもなったわけだよね。勘違いや誤解があっても「お互い様」って笑って許し合えるようなね。
それが今の社会は、他人の勘違いには目くじらたてるくせに、自分ではいくら誤解しようなそんな自覚をしようともしないで、相手の言い方が悪いからだ、と責める。
結局すべて自分は正しくて、間違っているのは相手の方という姿勢だから。
これで、指導要領とかでコミュニケーション能力の為に「論理性」なんてやったら、逆効果になりかねないよ。

うちの例の親戚がそうだけど、自分の我が侭を通すためには屁理屈をこねるくせに、自分が滅茶苦茶なことを言っているのを論理的に追求されると「世の中そういうもんじゃないんだ」なんてね。他人に厳しく自分に甘く。

だからみんなに嫌われている。本人は「他人を自分の思い通りにするのが私は上手」っていつも自慢しているけど・・・
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☆「新旧バットマン比較」にみる 「悪人キャラへの構え」変化の子どもへの影響

2019年11月8日 諷虹・虚空のやりとり記録です。


新旧のバットマンを時代背景と共に比べているのですが、その中で「バイキンマン」や「ヤッターマン」の話が飛び出します。


バイキンマンに原作者が込めた想いと、バットマンのテレビシリーズの頃の悪人キャラの描き方等々には、もしかしたら通じている部分もあったのかも????


そしてそれは、子ども達にとってある種の救いになっていた????

(今期アニメ等々の話題)
諷虹 最近思うのは・・・何も考えないで気楽にアニメを観れるようになりたいかな・・・。日常系は肩の力を抜いて見れるところはありますが。


虚空 そりゃ10代とかの見方とは違ってくるだろうね


諷虹 新たな設定とか覚えるのがね・・・。だから異世界ものとか、長いタイトルのとかはダメ。
しっかりと観たアニメが見ている本数ほどではない・・・片手でたりるくらい


虚空 現実とのかねあいからすれば、諷虹君はちょうど人生のサイクルの中では最もそうなる時期に差し掛かっているともいえるからね。

熊野の六道図からしてもね・・・一番あちらの世界から離れている期間に入ってきてる。
自分だってその頃は一番アニメや特撮とかから離れていたからね。懐かしのは時々みていたけど。
https://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/digital-exhibitions/maya/ex0001.html


諷虹 どうせ作り物と割り切っていても、だからといってバッドエンドを見たいわけじゃないですけど。
映画とかの文化ができていいとこ150年くらいじゃないですか。その中で話題作や名作だけだとしても全てを追うことだってできないし。
アニメや小説でもそうだし。自分がみているところしかみない。


虚空 それこそ流行歌もテレビもね、世間で話題になったものは、結構みんなも知っていた時代。それが今は特化している


諷虹 暇という感覚がなくなる時代が来る・・・今だってアニメやゲームだけでもアップアップしている・・・多趣味な人とかどんなバランスで時間を使っているのかって
それは熱中する気力がない状態なんですよね。漫画もあるし映画も見にいけるんだけど・・・。「暇って何か」ってことになってくる
ネット検索「暇」
暇(ひま、いとま)は、余った時間。することがない状態。
自由に使える時間としての「暇」は、余暇を参照。
休暇としての「暇」は、休日を参照。
官職や奉公をやめて、ひまな身分になること。
職業を離れること。退職、解雇を参照。
離縁すること。夫婦については離婚を参照。


虚空 なんか一気に現実シビアになるね。「ヒマを出される」「おヒマを頂きます」ってなるとね・・・・。

あとはさ、世の中のゆとりというか許容範囲というか・・・ハンドルとかでいう「遊び」の部分の欠如。ぎすぎすしているし、互いに言葉尻とか行動を監視して、非難の応酬。そんなにみんな偉いのかって思うくらい、自分のことは棚にあげて他人のあら探しと総攻撃。
とんでもない時代だよ。

アメリカなんかは日本に先だって社会の風潮というか歪みが起きているのかもしれない。それが先週も話したテレビシリーズのバットマンと、近年作られて劇場版のバットマンの違い



諷虹 友達から誘われるときの決まり文句が「今日、ヒマ?」なんですけど、それに返す言葉が「ヒマっていえばヒマ」・・・飯に行くとかも可能ではあるけども、溜まったアニメの消費とかやることはあるよって状態・・・暇の代替行為というか等価変換というか
ヒマなときにすることだから何も今やらなくてもいいんだけど・・・そのタイミングしかないならそっちが優先なんですけど。だから東京から友達が帰ってきて誘われたら優先しますけど。
優先順位がわけわかんなくなっているから漫画がたまる。新刊がでた時とか買ったタイミングがいいトリガーなんですが、それが過ぎると・・・。「旬」の感覚・・・時が来たというような。
(旧作のバットマン・・・テレビシリーズの劇場版 を一部視聴)
こちらはテレビシリーズのDVD宣伝動画
https://www.youtube.com/watch?v=Bar6vi90heE

コミック・テレビシリーズ ・劇場版 ・アニメ等々をさっと網羅した動画
https://www.youtube.com/watch?v=DBwOIxg34iY

諷虹 ヤッターマンの感じですかね。悪人の方も。

虚空 これが近年の映画シリーズだと街も悪党もみんな病んでいる感じだよね。

*新たな劇場版のダイジェスト
https://www.nicovideo.jp/watch/sm21709373

(バットマンの衣裳のリアル感がアップしています。 あと・・・ジョーカーなどの悪党が非常に不気味) 


虚空 ヤッターマンもそうだけど、テレビシリーズだと何回も同じ悪党が出てくるっていうところは、バイキンマンのような感覚
でも新たな劇場版では悪人たちはみんな悲惨な最後をとげる。


諷虹 オブラートの包み方という感じですね。万人受けに包むとアラジンになるけど、リアル思考になるとフェイトシリーズになるのかなって。(注 願いをかなえる 魔法のランプか聖杯戦争か)

後発の映画の方は映画の方は犯人のキャラをたたせるための残虐性。キャラをリアルに追求するとああいう風になるのかな、って。
それを如何に華麗にみせるかになるとルパン3世のようになるのかな・・・怪盗系。

過去を料理すると残虐性とか・・・よくも悪くも同人作品なのかな、って。
東方の二次創作なんかも「本当は怖い幻想郷」なんて言って、キャラの大半が妖怪だから追求するほど人間を襲っていたり、残虐性がでてくる。
その感覚に似ているのかな、って。
東方だと原作はあいまいにしているからどっちにも作れる。


虚空 そこに時代性もあるんだろうね。ギリギリのラインも日常の感覚も、基準が違う。
昔のバットマンは仮にキャラを深めたとしても、犯罪の動機そのものに遊び心というか、バットマンや社会をおちょくってやろう、っていうのがあるよ。


諷虹 鬼太郎もシリーズによって随分毛色が違う。


虚空 魔法少女モノがそうじゃない。かつての魔法使いサリーとか・・・夢いっぱい路線とは違う


諷虹 リアルへの寄せ方が違ってきていますよね。
願いをかなえる代償とか・・・希望の分だけ絶望・・・光があるから闇
そうすると非常に病んだ敵キャラが出てくる。
言峰綺礼のセリフにもありましたね。(Fate/stay night)
『明確な悪がいなければ君の望みは叶わない。たとえそれが君にとって容認しえぬモノであろうと、正義の味方には倒すべき悪が必用だ。・・・最も崇高な望みと、最も醜悪な望みは同意である・・・そう、何かを守ろうという願いは、同時に何かを侵そうとするモノを望むことに他ならない』


虚空 だからバイキンマンとかのノリでの悪党というのも減っているんだろうね。今の世の中は白黒はっきりさせなければならないから、やっぱり悪は滅びるっていう方向になる。


諷虹 滅び方ですよね。悪いことをしてきたんだから幸せには死ねないけど、見せ場ですよね・・・歌舞伎じゃないですけど、いかに散らせていくか。
笑いながら死んでいく悪党っていますよね・・・


虚空 バットマンの新映画シリーズの1作目、ジョーカーは笑いながら死んでいったよ。


諷虹 どうせならそういう悪党であってほしい。創作の中での悪党は悪い事だと分かってやっているから、散り際は覚悟している。
自分から選んでいる。死ぬ時の美学。


虚空 ジョーカーの最後は不気味だったけどね・・・まあそれが狙いだったんだろうけど。でもペンギンにしてもグロテスクな死にざま。そして周囲の雰囲気も病んだ都会・・・・

(片付けながら)

虚空 諷虹君が50とか60になった時に、その時の社会状況と今を照らし合わせて語る時がくるんだろうね。どんな風に語る世の中になっているか分からないけど・・・その時には自分は草葉の陰からっていうことに間違いなくなっているだろうし。

このバットマンよりは後だけど、東京12チャンネルでアメリカ製の子ども向きアニメをいろいろやっていたんだよね。

チキチキマシン猛レースだとかさ。あれもね、悪者が愛嬌があった。ブラック魔王とかは性懲りもなくやっつけられても毎週でてくる。その雰囲気がバットマンのテレビシリーズにもあったし、日本でいえばバイキンマンなんだろうね。


諷虹 ドロンジョ一味も最後にお仕置きをされて終わりですもんね。


虚空 あれも毎回あんなお仕置きを受けてよく生きてられると感心していたけど・・・。ヤッターマンもそのあと実写で作られたけど、だいぶ雰囲気は変えられてた。


諷虹 ポケモンもそうですね。ゲーム版だと結構あくどいこともしているんですよ。人に危害を加えたり。でもアニメでは非常にコミカルなキャラクターで毎回毎回主人公たちにやられて「やなかんじー」って飛んで行って星になっておわるというのがお約束。で、飛んで行っても次の週にはまた・・・


虚空 もしかするとさ、子どもが安心するのかもね。子どもだって悪気がなくても怒られるようなことをしちゃったりするけど、でもそれが復活する。
生きている限り、どうしたって「悪い心」を抱いてしまうことはあるよ。

でもね今のような成果主義だと一度でも失敗したり悪いことをしちゃったりすると許されないとか捨てられちゃうとか復活のチャンスをもらえないというような感じじゃない。

だから生真面目な子ほど、ちょっとでもそういう大人からみてマイナスの気持ちが芽生えた自分に対してものすごい罪悪感を持ってしまう。

でさ、それを親や教師に絶対悟られないように必死に隠すんだよね。そんな自分だって知られたら、ダメな子と同じ扱いを受けてしまうから。

それで深い部分でどんどん心が病んでいってしまう。子どもとして普通の段階から進行してしまって、はじけた時には取り返しのつかないような反社会的な行動を一気に起こしてしまう。
悪い事をしたら許されないんだ、滅びるしかないんだ、っていうイメージ。もちろん悪い事を毎回復活して繰り返す、っていう受け止め方では困るけど・・・でもある意味で雑草のようなたくましさ。



諷虹 さっきのバットマンも人殺しに近いことはしていますけど、でも粉にするって、ギリギリ人殺しはしてない。だから最後もそこまで非道な最後を迎えるということはない。


虚空 たしかにおちょくったラストだしね。


諷虹 新作映画の方は非常に・・・人も殺すし・・・超えちゃいけないラインを超えている。ここまでやっちゃったらそれはもう相応の報いを受けても仕方ないと。やっぱりどこまで描写するかどうかと思うんですよね


虚空 やっぱりさ、古い映画の方だとあの悪党どもは捕まってもまた性懲りもなく脱獄して悪さをするだろうけど、そこが新映画シリーズだと因果応報というか・・・ひどいことをやったんだからそれなりの破滅。
それで新しい劇場版のペンギンなんかの場合は、分かってくるのはペンギンたちだけっていうようなね。哀れさというかね。だいたい奇形児だからということで親にどぶ川に捨てられて、ペンギンたちに育てられた、っていう設定だからね。だからもう本当に化け物とか妖怪の雰囲気だろ。そういった差別とか偏見。そういった人間の歪みとか気の狂いとか・・・社会全体が病んでいるというようなね。
*新しい劇場版でのペンギン解説サイト
https://bibi-star.jp/posts/2906 ・・・一部テレビシリーズのペンギン解説もあります

https://yumemigatio.hatenadiary.org/entry/20111225/1324822995


諷虹 昔ルパン三世のゲームやってて知ったんですけど、勿論警察につかまってもゲームオーバーなんですけど、ワルサーP38で人を殺しちゃってもゲームオーバーなんですよ。多分そこは美学としてあるんだと思うんですよ。銃で人を撃っても命までは奪わない。


虚空 撃つのはどっちかっていうと次元だもんな


諷虹 そこのラインを超えないようにというところがルパンが愛されているキャラなのかな


虚空 考えてみれば五右衛門だってあれだけ車だの何だのを真っ二つにはするけど、人間の手足をバラバラに切ったっていうのはないね。


諷虹 そこを超えちゃいけないラインとしてわきまえているから。
怪盗キッドも決して人の命を奪わないというのはあるんですよ。


虚空 それは面白い点だね


諷虹 ルパンの美学に反するとゲームオーバーっていうのがね・・・


虚空 そのあたりのところなんだよね。

昔話や童話での残酷な描写を改変しようっていう風潮が強いけど、それが本当にいい効果をもたらしているのかどうか・・・

深層心理学なんかからいうと非常に大事な意味があったというらしい。

このあたりの事は今後も考えていく必要がありそうだね。

☆タイ「ウルトラマン と 仏教」の絵画賛否問題について

コバルトブルー君が紹介してくれたネットニュースからのやりとりです。


宗教に関する感覚には国によっても大きな違いがあるので・・・特に宗教に寛容な傾向のある日本人の尺度をそのまま持ち込めないとは思いますが・・・もともとウルトラマンは呪術的な存在として発想されたものであるということは確認しておきたいところです。


上原輝男先生の愛弟子である金城哲夫氏が、民俗学(折口学)の「まれびと論」(来訪神)ということだったわけですから。


短いやりとりですが、「ジャータカ物語」や「チベット仏教」の父母仏立像(合体仏)についても言及しています。



2019.09.14 土曜日
06:02 コバルト https://www.jiji.com/jc/article?k=2019091200683&g=int
(これとは違う絵での同じ記事  https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/09/post-12990.php)
(ニュース動画 https://www.youtube.com/watch?v=Eu9KsfcwY94
06:09 コバルト
この仏陀とウルトラマンを結びつけた女子大生は天才ですね。
衝撃を受けましたした。

06:55 虚空
知っているかもしれないけど、ウルトラマンの生みの親である金城哲夫さんは、ウルトラマンが古代にも地球を救うためにやってきて、ある種の「神」として信仰を受けていた、という位置づけをしています。

そのことが端的に表れているエピソードが 第七話 バラージの青い石 脚本 金城哲夫 他です。
粗筋がわかるもの
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13147612748?__ysp=44OQ44Op4oCV44K444Gu6Z2S44GE55%2Bz

ウルトラマンが神として祭られているシーンの画像
https://pbs.twimg.com/media/DwClv2gU8Acmnhj.jpg


07:03 虚空
仏教的にいうと、少し前のラインでもやりとりがあったジャータカ物語。
菩薩が悟りを開いて釈迦になるために様々な存在に輪廻転生するインドに伝わる仏教説話です
http://tobifudo.jp/newmon/jinbutu/jataka.html

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(転載) 色々なものに輪廻転生
輪廻転生をくり返す中で、お釈迦様は人間ばかりではなく、いろいろな動物や鬼神などにも生まれ変わりました。
例えば人間ならば、国王・大臣・長者・バラモン僧・商人・盗賊など、動物ならば象・鹿・猿・兎・鳩・孔雀・魚などです。
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虚空
この作品を仏教を冒とくするものというならば、ジャータカ物語などは最も非難されるべきものということになってしまいますよね。
(これらの絵画が面白おかしくいかにも仏様やウルトラマンをおちょくっているようなものだったとしたら話は別ですが)
信仰の世界って理屈ではないから難しい問題もありますが・・・・日本はかなり寛容な国。
それこそヘビの姿をした神仏像や、道祖神などのようなすごい神様もお祭りしていますからね
参考
道祖神 普通の石像もありますが・・・・そうでなものもかなりあります
https://search.yahoo.co.jp/image/search;_ylt=A2RimVvSEnxdJjAA_AiU3uV7?p=%E9%81%93%E7%A5%96%E7%A5%9E%E3%80%80%E6%80%A7%E5%99%A8&aq=-1&oq=&ei=UTF-8


こうした生命の象徴としての信仰は、もちろん日本だけのものではありません。

しばらく前に上野の森美術館で開催された「チベット仏教展」にいくつか展示されていた「父母仏立像」(合体仏)のような仏像もあります。

参考サイト
https://www.abaxjp.com/tibet-buddha/tibet-buddha.html

☆「天気の子」公開の頃のラインやりとり

映画「天気の子」が公開された頃からのラインやりとりです。

互いにネタバレにならないようにと配慮しながらのやりとりだったのですが、「個人とみんな」「犠牲論」「自然と人間のかかわり」などにつながるやりとりがなされています。


2019.08.24 土曜日
22:14 ヒマワリ
昨日のポニョやってたけどさ、天気の子ポニョのまんまだね。天気の子もさ、世界の形が変わっちゃうじゃん。

そのことを「自分たちさえ良ければ他人がどうなっても構わない」っていう現代の風潮を描いてる、って考察してる人がいたって聞いてさ。
ほーなるほどって思った。
でも君の名は。もそんなとこあるよね?
たくさんの人が瀧と三葉のおかげで助かったけども、その結果がハッピーエンドって誰が決められんの?ってゆう。



22:48虚空
天気の子の場合だと、それまで他人のことばかり考えすぎていきてきた女性だからこそ、自分という視点もいれていいんだよ・・・自分もみんなの中の一人なんだから・・・という見方を監督はしているんじゃないかな、って思っています。

単に現代の若者のことだけではなくて・・・「自分達のため」にも次元の違いがあることを描きたかったのでは、というような・・・。

「君の名は」の結末に対しても実際に監督のところにはいろんな意見が飛び込んできたようですね。

だから、それまでの新海監督作品・・・特に「秒速・・・」とか「言の葉の庭」なんかのタッチに戻した、っぽいような発言をテレビでしていたような・・・・(正確には覚えていないのですが、インタビューを録画したのはあるのであとで確認してみます)


23:14 諷虹
「自分達さえ良ければ~~」の考察は私は少し違和感を覚えます
陽菜が巫女の力を手に入れたのはたまたま鳥居をくぐったからで、血筋とかそういうのは一切ないんですよね(三葉は神社の娘)。そんな風にたまたま選ばれて力を多少使ったから人柱にならないといけない…ってのはあまりにも理不尽過ぎるだろっていうのがあるからかもしれませんが、帆高とか夏美とかが世界を変えてでも陽菜を奪還しようと最後まで権力に立ち向かうっていう方に感情移入できます。
それを自分達さえ良ければという風に捉えるのは少し狭いような気がします

ラストの後日談で、須賀さんが「お前ごときが世界を変えたつもりになってんじゃねぇよ」とか、瀧くんのおばあちゃんが「ほとんどが海の時代で東京が陸だった方が珍しい」なんて台詞がすべてを物語っているのかなと思います


23:30 ヒマワリ
うんうん、こっちの考えのがストンと来るね。
昨日聞いた考察もそれはそれで納得したんだけど、実際映画見て感動してた私は…?と。
陽菜が晴れ女になったの鳥居くぐったときからだと思ってたけど、お母さんの形見のブレスレットかなんかチョーカーにしてたじゃん、最後陽菜がこっちに戻ってきたときチョーカーが割れてたとこで、お母さんもなんか雨女とかそんなん持ってたのかな〜?なんて思ってたんだが、そんなんない?



23:45 諷虹
その辺は尺的にカットでもされたのかなぁ…って感じですね

2019.08.29 木曜日
10:16 コバルト
ダークエネルギー(無いもの、存在しないもの)
例えば妄想だったり漫画、ゲーム、アニメ、映画にしても現実にはない世界が描かれている訳ですけど、でもそういった架空(空想)エネルギーって在るわけじゃないですか。
共鳴共振を起こせたものだけが得られるエネルギーが。
事実に基づいていなくても、それらで生きる力得ることが出来れば、それはもはや事実に大きく関係する訳で、もう一つの事実ともいえるんじゃないかと感じます。
またそれが複素数になってくるんだと思うし。


11:01 虚空
中高生と話題にしている「現実」ってそもそも何だろう・・・・
先日は、黒澤明監督の「七人の侍」「蜘蛛巣城」や、市川崑監督の「東京オリンピック」を教材にして行いました。
このコメントを読みながら、フトその時のやりとりを思い出しました。
2019.09.03 火曜日
17:23 虚空
やっと「天気の子」2回目鑑賞。
今日もそれほど体調がいいわけではなかったものの、1回目のときよりはずっと意識がはっきりした状態でみることができました。
8月の「おうち意識(母胎回帰)」「意識のベース」等々のやりとりもあって、1回目とはまた随分違った印象を受けました。
新海誠流の「千と千尋の神隠し」+「崖の上のポニョ」なのかな・・・とか・・・・


17:26 コバルト 天気の子は未鑑賞ですが、千と千尋の神隠しでのカマジイの台詞で「雨も降れば海にもなるさ」が印象的でしたね。


17:45 ☎虚空 是非機会があったら2回以上みて意見をきかせてほしいものです。
新海監督の「時間」「空間」の意識って本当にすごい・・・宇宙との共振共鳴も相当意識しているし・・・・
星を追う子ども では、日本神話のネタをずいぶんと仕込んでいたのが、君の名は になって、消化された形で描かれて・・・今回ので人知の枠をこえた?????


2019.09.04 水曜日
06:57 虚空
例の高校生 かうと君 との授業は 先週と今週の2週間にわたって、上原先生の犠牲論を行いました。
「天気の子」なんてまさに犠牲の話ともいえますから・・・・
(天気の子以外のネタで様々なやりとりがあったのですが、省略します)


2019.09.29 日曜日
11:47 コバルト
思考の直感力と瞬発力。これが肝ですね。 一秒以降に出した答えほどどんどん歪んでいくんです。
起承転結は足元をすくわれやすいんです、まるでオレオレ詐欺の息子がすり替わっても思い込みがずっと続いてしまうようなもの。
序破急スタイルは相手の声を聞くのではなく、響きを聴くんです。(嘘発見器みたい)会話のリズムの波長のズレが違和感となり、そこから疑いが生まれるんです。
本物を見抜く能力ですね。だから序破急スタイルは必然と本物(真実)のやりとりになっていくんですね。
それは駿煌会の生のやりとりの中でも何度も実証済みですよ。



13:50 虚空
日頃から「自分の無意識世界」とか「あちらの世界からのメッセージ」をキャッチする習慣がついている人・・・という条件付きかな?
うちのあの親戚たちのように超自己中の連中の瞬発力は周囲を不幸にするだけ・・・。
やっぱり基本は人間性・・・意識のベースの「おうち感覚」がしっかりしていれば、他人との共感も持っているから、相手を平気で踏み台にするなんていう発想は浮かんでこないでしょうからね。
 「相手の声を聞くのではなく、響きを聴くんです」・・・・この感覚が今の日本人の生活から消えていますね。
スマホなど、間に機械を介在させるから。
ちゃんと人間同士のナマのやりとりが小さい頃からできていた人がスマホを使うのと、そればかりで生活している人では随分違うと思います。「道具」として使いこなすというより、機械に支配されてしまっていますから。主導権は向こう。



2019.09.30 月曜日
10:51 ヒマワリ
個性、自分、ですか。
あるようで、ないようなものって感じ?
魂は目に見えないし、私という器でしかないみたいな?
まえ先生と話したよね。
自分って何?みたいな。
心じゃん?とか言ったけど、
じゃあ自分のどこ直したい?って聞かれたら、外見ばっか直したいとこ出てきて、
あれぇ?みたいな(笑)
(略)
排除しないでほしいってことだよね。
みんな違って、みんないいってことで。
人と人とのあたたかいさの中で育っていけば、社会性とか協調性とかそういうのは、自然と身についていくものだと思うよね。
思いやりみたいなものじゃん。
人の気持ちに共鳴することがそういうものだと思うな。


11:04 虚空
今後の予感として・・・本当に皆さんの育った地域での具体的ないろいろな事と「英才児教育」とをワンセットで考えることで、教育全体・・・なんていうのを超越して「人間すべて」・・・・とどのつまりは「自分自身の日常や人生」のカギが見えてくるような気がしています。
だから若手のみなさんの生活経験が大事になってくると思うんだよね。
「人と人とのあたたか中で育っていけば」っていうのも勿論だけど「自然に抱かれて」というのも身をもって体験されてきた皆さんだから。
例えば「天気の子」だって、都会暮らしをしてきた人と、農村部でまさに天候と一体感をもって暮らし続けてきた地域の人とでは、映画の感想はだいぶ違うと思うしね。

11:08 ヒマワリ
はぁ〜なるほど〜。自然に抱かれて、かぁ。
そうだよね、全然違うよね。人よりも緑のが多いド田舎だから(笑)


11:08 虚空
最近ちょっと妄想したのは、「のんのんびより」の蛍の逆パターン。
何かのきっかけにれんげが都会の大規模小学校に転校してきたら・・・・。(トトロのメイでもいいかな)
いい意味でとんでもない暴風が吹き荒れるのか・・・・埋没してしまうのか・・・・埋没してしまうほど 軟ではない とは思いますが。
*それを連ドラでやったのが「ちゅらさん」・・・かな
 日本でも世界の多くの国々でもそうですが、本当に国を根底から支えてきたのは「ド田舎」だし、「名もない庶民たち」ですからね。それを忘れた国は必ず衰退していきます。


12:26 コバルト
昨日やっと天気の子を観てきました。
「空とつながっちゃった」ってという場面がここでのやりとりと繋がりました。
また大地との繋がりが深いのが農地がたくさんある茨城町、常澄なのかと、そうすると大地の子となる。
大切なのはニュートラルであること、自分自身を超えた超自然との一体感なんです。
そこからの一秒以内の選択なんです。
それが器化であって、中身が空っぽであるから響くことができるんです。
(太鼓にびっちり中身が詰まっていたら音が響かなくなるように)
また祈りモードの時って喜怒哀楽がないんです。
だから「いざなわれた」っていう導きに真っ直ぐに捉えることができたんですね。
 空と自分がつながっちゃった!という発想を元にすれば、心って繋がっちゃえば自分一人だけのものでは収まらないものなっていくんだよね。



14:49 虚空
天気の子 も内容が濃いだけでなくて、隠されたメッセージというのがあちこちありそうなので、出来れば複数回の鑑賞をお勧めします・・・・とはいっても私もまだ2回ですが。
この前の聖徳の先生とのやりとりで始まった「自分」意識のことも、天気の子とは密接に関わっていると思います。
具体的にいえば、みんなのことを重んじて人身御供としての運命をうけいれるのか、本音を重視した生き方をするのか・・・
そしてまた「本音を重視した生き方」というのが現代人やうちの親戚たちのような「我が侭な身勝手さが許されるということなのか?」という問題です。
そのあたりを含めたやりとりも航太君と2夜連続でしているのですが・・・・ブログアップ作業になかなか入れないでいます。


2019.10.01 火曜日
23:09 ヒマワリ
わかる。
自分の大切な人とかのさ、悲しみとかってさ、自分も同じになっちゃって辛いんだよね。
心に共鳴しちゃうってゆうのかな。嬉しさや幸せなときももちろんだけど(cony smile)
エヴァのアスカが受け入れてて、シンジが我が儘って感じ?


23:15 虚空
あの少年だって、自分の大切な人を選んだ・・・とは言っても、東京などが水浸しの街になってしまったことをずっと悔いているような描写もあるよね。やっぱり多くの人たちの気持ちとも共鳴している表われだと思うんだけど・・・。
エヴァQのシンジは、ずっと前の劇場版のシンジとは違って、目先の自分を守ることにばかり必死になっているように描写されていると思います。綾波に本を勧めるところもそうだけど・・・・あの槍の場面なんて特にね。

23:19 ヒマワリ
そうだよねぇ…そう、そうなんだよ。
人の気持ちを考えれば考えられる、想像できる、完全に分からなくともコーヒーコーヒーに近づいて、共鳴することはできる、けども、自分の気持ちを押し殺すこともできない譲れない気持ちもあるんだよねぇ、わかる。
 天気の子…深けぇ…
 シンジもそうだよねエヴァQ前は自分の運命を受け入れてる系の場面たくさんあったものね。
なんだかごっちゃだねぇ。
一番人間らしいっちゃ人間らしいのかな?うぅーん。
守ることにも必死だし、ヤベェ皆んなになんてことしてしまったんだなんとか挽回しないとって気持ちもあったかねぇ。空回りしてる感じだねぇ。2020年公開の映画が楽しみだねぇ。


23:29 虚空
他人のことを考えると言ってもいろいろあってさ・・・「損得計算で自分にも利があるから」というのもあるし、損得とか理屈じゃないんだ・・・ただただ共振の度合いが強くて、他人ごとではないんだ、という純粋な気持ちで動く人もいるし。
どっちも純粋な人間の姿といえば姿。
ただ、その結果として、自分の幸せのために他人を滅茶苦茶にしても平然としていられるような生き様を「上手な生き方」として自画自賛するのか、「そうまでして自分が幸せになろうとは思わない」というのか・・・それは人間性だよね。
どっちの憧れるような自分であるか・・・・。
「どっちにしなければいけない」というのではなく、人間にとっての永遠の課題。
だから今回の新海監督も、賛否両論になるのを覚悟の上で、どっちにすべきかという答えを示さない映画にしたということなのでしょう。


23:48 コバルト
だから迷った時こそ美しいと思える(あたたかい)方を選べと言うことなんですかね。
シンジにしても帆高にしても世界の秩序を乱しても綾波レイ、ヒナの手を掴んだという点では一緒だから。逆に会いに行かないシンジと帆高を想像したらドラマにもならないし、見損なってるかも(笑)
因みに帆高(もはや使途)が手錠をはめながらヒナに会いに行く場面で周りからグスン(;´д⊂)と泣いている人達が結構いました。
 ってかファースト(セカンド?)インパクト(出逢う)が起きて東京の一部が海に沈んだっていう点でも一緒なんだね。



23:52 虚空
物事の善悪は単純には決められないですよね・・・・。
表面的なことばかりで、パッと善か悪かを判定して、すぐに非難を集中させるというのは、正義のつもりであっても全く逆の結果をうむことがあるという危うさ・・・・これも日頃からの共感・共鳴力が要になるのかな????


23:58 コバルト
そう言われると上原語録にあった「善を持てば悪を憎んでしまう」という事になってしまうんですよね。


2019.10.02 水曜日
04:47 虚空
かつての偉大な人物との大きな違いは「自分の言動に責任を持つか」・・・平たく言えば自分が不利になりそうになったからという理由だけでコロッと態度を変えたりしないかどうか・・・じゃないかなと感じています。
今のネット社会は、本当に正義としてみんなの幸せを考えるのではなく、流行に乗っかって「正義」をふりかざし、だれかを断罪して、優越感に浸るというのが主流。
極端にいえば、攻撃できれば相手がどんな人でもいい・・・・本当に悪でも悪でなくても・・・・
「みんなだって悪人だと思っていう」と互いに責任を押し付け合いながら・・・・異なる意見の持ち主というだけで・・・・「気にいんねーからやっちまえ!」っていう式の。

だからこの前のような常磐道あおり事件で、関係ない女性をあの動画の女性だと決めつけて実名や勤務先をネットにあげながら、あっというまに日本中で悪者にしたててしまう。そのくせ、実は全く違う人間だったとわかっても、誰も謝罪しない。知らんぷり。
こんなのは「正義」とは言いません。



07:48 コバルト
白々しいというか怖い世の中ですね。ニュースを見てもコメンテーターもそんな感じですよね。
たとえ一般論であってもそんなもの子供達というか人々に見せる姿勢ではないという事なんだろうな。
また正義が憎しみを持ってしまえば悪と同じ狂気(凶器、絶対値)であることは変わりないですからね。
 ゴジラなんてその象徴になるんじゃないですか。

昨日の天気の子とエヴァのやりとりでもそうですが、人々が過ごしやすい環境は自然側にとっては害悪、脅威そのもの、天気(自然)そのものが浄化作用を起こしていた、人間の体でいうと熱を出して病原菌をやっつける代謝みたいなもの。(悪性と良性の違い?)
だから天気の子のお婆ちゃんも実際住んでいたところが海に沈んでしまっても、ただ元に戻っただけと言えるんでしょうね。
自然に住まわして頂いているという感覚ですね。
昔の人はもっと天気(自然)に脅えがあった訳なんですから。

08:24 虚空
それこそみなさんのような地域で暮らしているから、自然との一体感というのはベースとしてありますよね。
天候によって作物の出来不出来が左右されるのは人間の力ではどうしようもない、等々のことも含めて。
クレイマーでもネット社会でもそうですが、何でも自分の思い通りになる、自分の信じる事が絶対だから、みんなは自分の思い撮りになるべきだ・・・・自分はそうした恩恵を受ける権利があるんだ! という発想。
でもそうした権利をみんなが持っているわけだから、他人のために自分だって貢献しなけりゃいけないというのは、子どもでも分かる発想なのですが・・・・そうはなっていない大人が多すぎますね。それをみていりゃ若者や子供もおかしくなる


22:05 ☎虚空 ソルティさんがこんな記事をみつけてくれました。紹介します。
++++++++++++++
瀬織津姫と映画「君の名は。」はのつながり
大ヒット映画の「君の名は。」には瀬織津姫とのつながりがあるといわれています。
主人公の名前の「宮水三葉」と「立花瀧」
三葉の実家の神社(宮水神社の神紋の五芒星や道具)
映画のポスターや映画内のワンシーンにある陰陽に関わる表現
これらのキャラクターの設定やストーリー展開、劇中の様々なデザインに瀬織津姫が隠されていると言われています。
主人公の名前の「宮水三葉」と「立花瀧」
君の名は。の中の2人の主人公は瀬織津姫と縁のある言葉を選んでいると言われています。
「宮水三葉」
まず、水の神である瀬織津姫の水。
さらに瀬織津姫と同一と考えられている「罔象女神/水波能売命(ミツハメノカミ)」のミツハという名前
ちなみに新海監督はミツハの名前は日本書紀に出てくる「罔象女神/水波能売命(ミツハメノカミ)」から命名したとも言われているとのこと。
「立花瀧」
龍神様とも考えられている瀬織津姫、その龍の字が入る瀧。
さらに、瀬織津姫と同一と考えられている「弟橘姫」の橘と同じ読みの「立花」という苗字。
一致がすごいですね。
三葉の実家の神社(宮水神社の神紋の五芒星や道具)
さらに、ミツハの実家の神社の神紋は紐をつないだ五芒星を形作っています。
桜のようなデザインになっています。
瀬織津姫は桜の神とも言われ、桜のように美しい神様と言われています。
さらに、ミツハも利用する道具の様々なところで龍がデザインとして利用されています。
映画のポスターや映画内のワンシーンにある陰陽に関わる表現
また、陰陽(男性神、女性神の統合の象徴している)を表現するデザインが利用されています。
瀬織津姫とシリウス文明?(プレアデス星が…?)
シリウス文明と呼ばれる、スピリチュアルな説が世の中にはあります。
これは、シリウス文明という今とは別の文明の説です。
この説に瀬織津姫が関わっていると言われています。
瀬織津姫が生まれ変わりをする?
この説はシリウス文明や、マグダラのマリア(イエスキリストの母)が関係しているとも言われています。
ただしとてもスピリチュアルですので、信じるかどうかはあなたにお任せします。

☆子ども達に向かい合う際の構え 2019,8,24 諷虹・虚空

大人側が子ども達に向かい合うさいの構え、ということに関してのやりとりですが、それはまた「そういった構えが持てるような人間に成長していってほしい」ということでもあります。


例のごとく「このはな綺譚」とか「フェイトゼロ (Fate/Zero)等々の漫画やアニメを通しての考察も含みますが、未見であっても、それを通してどういったことを二人が考えたのかを察して頂けるとありがたいです。





虚空 一応こちらが「大人」であっても、対等意識って大事だと思ってて・・・だから低学年を担任していたってそれはかなりあったよ。人間として対等。

そんなのただの理想論って批判されることもあったけど、本気でそう接すると、2年生だってすごかったもん。
それはさ、昔学童保育でバイトをしたり、分校での経験も生きている。だから分校後の方が子どもに丸投げすることがさらに多くなった。


諷虹 学校の清掃も任されているというかはやらされている感が強かったというのはありますよね。この櫻(このはな綺譚 漫画のキャラ)のように「自分の出来ることだからやるんだ」じゃなくて、ただただ「働かされている」意識・・・ここは気の持ちようによって全然違ったんだろうな・・・「構え」ですよね。


虚空 さっき50円玉君と「大人しい子」の話になったんだけど、大人しい子が単に大人しいとは限らないからね。本当に性格的にそういう傾向の子もいるし、そうでないのに黙るしかなくなっている子だっている。「あんたなんかには分かってもらえない」と思っているから黙っている子もいる。
そういう子は何を聞かれたって「別に」とか「何もない」っていう態度だよ。本当はちゃんと譲れない考えがあるからこそ、黙ってしまう・・・・まさにこの櫻だね。


諷虹 大人びた子も押し黙っていますよね。私もずっと親戚たちから大人しいとか大人びているとか言われましたけど・・・幼少期からまわりにどう言われてきたかは大きいでしょうね。


虚空 だからね、みかけだけで決めつけるのがいかに危険なのかだよ。
仮に本人が「・・・思っています」って言ったって、本心かどうかは分からないし、本心だと思っていても無意識には本人も気が付かない心が隠れているのが普通なんだから。


諷虹 自分のことは案外みえていないですからね。

(このはな綺譚 9巻P48、桐が皐に対しての言葉 実は桐そのものと周囲が感じている事
「頭もいいし、仕事は出来る子なんですが・・・すぐ落ち込むのに自尊心が高いのが面倒というか・・・」聞いていた女将たちが笑う)
(一人一人が持つ可能性は簡単に決められないという話題)


諷虹 欠点があったときに、他の部分までそうと考えてしまうのか、その分違うところは優れていると考えるのか、って大きいと思うんですよね。

*問題児扱いされた偉人の実例 エジソン等々

*結城さん(数学ガール作者)がリツイートしていたもの
ひびき@Xジェンダー @sousakunyan
LD(学習障害)の僕が使っているリーディングルーラー。

ほかの行を隠したり青色に見せてくれるのですが、これでかなり字が読みやすくなります。漢字が覚えられないのも、本が読めないのも、僕が馬鹿だったからじゃないんだ!と感動した記憶。道具のサポートで大きく変わることもあります。#発達障害 

https://pic.twitter.com/As5D3slNRE

https://pbs.twimg.com/media/ECOtibNUwAAM4h6.jpg

https://pbs.twimg.com/media/ECOtibOUEAAG74_.jpg
2019年08月18日(日) 14:46:25 Twitter for iPad
https://twitter.com/sousakunyan/status/1162963941351256065


虚空 昔上原先生が1年生なんかへの訓練っていうことで言っていたらしいんだけど、頭を動かさないで、長い棒の先を目で追わせる・・・今自分がどこを観ているのかをきちんと意識させる練習だったようなんだけど・・・それを思い出した。

何に意識を向けているかの自覚がないと、やがて自分の意識世界を独自の作り上げた世界だと認識する足掛かりが自分でつかめなくなると思うんだよね。


諷虹 このはな綺譚の後半でも、もーぱいでもありましたけど「自分の立ち位置」とか「到達地点」がどこなのかの自覚ですよね。


虚空 そうなんだよね。それはなにも眼球運動に限らず、ものの見方や考え方も、何に影響を受けているのかをつかまえる力。
この前から話題になっている「英才児の観察力」っていうのは、それの表われだと思うんだよね。何かの引用だったらそれも明記する。


諷虹 俯瞰・鳥瞰もそうですよね。


虚空 まさに自分も視点がどこからみている捉え方なのか、だよね。やっぱり俯瞰とか鳥瞰がとれるのは、ある意味で能力が高いと思うよ。


子どもの絵で、描きたいというものを中心にドーンと描いていない絵は低い評価をされがちだけど、もしも子どもが全体の雰囲気・・・その場の世界そのものを描きたいって思っていたら、どうなんだろう、ってずっと思っていたよ。
そういう評価基準だけだったら、日本の「大阪の陣を描いた屏風絵」も、源氏物語絵巻の挿絵のような「吹抜屋台」のなんて、先生に怒られるよね。


諷虹 絵巻物なんかそうですよね。だいたいキャンパスの中心にあたるものがないわけですからね。

吹抜屋台<ふきぬきやたい>
平安,鎌倉時代の風俗画の一技法。室内を描写するとき視点を斜め上方におき,天井を描かずに柱と襖,几帳などだけで室内を表現する。平安時代以降の作り絵や白描やまと絵の系統の絵にはこの技法が多く用いられた。現存する最古の用例は『聖徳太子絵伝』にみられ,その他『源氏物語絵巻』『紫式部日記絵巻』『春日権現験記絵巻』などに典型的な用例が多くみられる。
虚空 教師もね、絵だって作文だって、「どうかくべきか」を押し付けたり、自分の理想と比べて評価することばかり考えるんじゃなくて、「どういう立ち位置にいるのか」「どうしてそうかこうとしているのか(かきたくなっているのか)」を見届ける立場だと思うんだよね。それが「生態研究」の視点だとも思うしね。
それが「評価者」視点になるとおかしくなる


諷虹 自分が納得いかないところも、どうしてそれを受け付けないのかの自己分析をきちんとすると、逆に理解が深まる場合だって・・・そういう意味では「特異点」をみつけることの方が大事。


虚空 初発の感想を本音で書いてもらうとさ、納得できない部分とか拒絶反応がでる部分がはっきりと出てくるわけだ。そうするとそこが授業のまさにツボになるんだよね。
そこを率直にとりあげてやりとりをしているうちに、納得したら逆にハッとしてバタフライエフェクトが起きる。


諷虹 道徳なんてまさにそうですよね。あのモヤモヤするような終わり方・・・それを真剣に考えるうちに・・・。
まどマギでのさやかちゃんなんかの場面がそうですよね。虚淵さんの脚本の典型。

フェイトゼロも全員そんなところがあるじゃないですか・・・イスカンダル(アレクサンダー大王がモデル)くらいじゃないですか、観ていてスッキリとするのは。


虚空 日本人が好きなタイプだと思うよ。特に外来思想がはいる前。地位や名誉のレベルが違うじゃない。それがあの世界地図をみての地図のエピソードにあらわれているよね。
⇒イスカンダル「かつての世の領土は・・・(豪快に笑いながら)小さい!あれだけ駆け回った大地がこの程度か。よいよい、胸が高鳴る! では坊主、今我々がいるのはこの地図のどこなのだ?
・・・・ほほう・・・うん、これまた痛快! これで戦の指針も固まったな」

諷虹 知波単のような発想ですね。
これもある意味でははじめて俯瞰視点に立ったということですよね。あの当時は世界地図がなかったわけですから。


虚空 井の中の蛙に気が付いた


諷虹 蛙と気づいて、そこで笑えるかどうかですね。


虚空 しかもワクワクしてる。
以前から出ていることでいえば「余白」への構えだよね。
もっと自分の可能性を伸ばせる場所のアタリをつけることができたとするのか、せっかく自分が分かっていると思っていた自信を崩されてしまうと思ってしまうのか。
新たなものが出てくることに拒絶反応を起こしてしまうタイプの人間は、自分で自分をどんどん狭くするだけだよね。

*フェイトゼロ ライダーとの対話シーン
 https://www.youtube.com/watch?v=jHFA7x_IogE
⇒やりとりの一部
「いずれ貴様が真に尊いと誇れる生き様を見出したら、そのときには否が応にも自分のための戦いを挑まなければならなくなる。己の戦場を求めるのは、そうなってからでも遅くはない。」

「これより立ち向かう敵(世界)と比べたら、貴様も余も同じ!極小の点でしかない!そんな二人の背比べなんぞなんの意味がある!?だからこそ、余は滾る。至弱極小、大いに結構!この芥子粒に劣る身を以って、いつか世界を抱かんと大望を抱く!この胸の高鳴り、これこそ征服王たる心臓の鼓動よ!」

「貴様のそういう卑屈さこそが、すなわち覇道の兆しなのだぞ?貴様は四の五の言いつつ結局は己の小ささを分かっている。それを知った上で尚、分を弁えぬ高みを目指そうとあがいておるのだからな。」

「貴様の欲望は己の埒外を向いている。彼方にこそ栄えあり、と言ってな。余の生きた世界では、それこそが人生の基本則だったのだ!」

「笑うがいい!2000年の時が経とうといまだ同じ夢を持ち続けている余もまた、大馬鹿者だ!だからな、坊主。馬鹿な貴様との契約が、まっこと快いぞ!」

*先の領土についての動画の中に、「夢の大きさ・人生の目的」に関するやりとりも。


諷虹 自分を点でとらえる・・・極小の点・・・理数的ですね。
*駿煌会のラインコメントの特徴について
虚空 自分なんかの自覚ではさ、みんなのやりとりの中に風が吹くとか風向きを変える、じゃなくて、余計によどむんだよね。


諷虹 流れを変えようとしていないんっじゃないですか。そのままみんなのコメントを受けいれている感じ。


虚空 よくいえばそうなんだろうけど・・・トランスフォーメーションは起こさないよね。特に話題によっては自分の個人的な感情でどんどん重たく暗くよどませてしまう(苦笑)
それはいつもブログアップのための整理をしていて思うよ。
このフェイトゼロのやりとりをみていると、この肝っ玉の小さいサーバントの方に似ているよね。他の面々はライダー(イスカンダル)タイプだけど。